第50話-協会vs四凶!-
色世トキと崎島恵理が人員輸送ヘリに乗り込んだその時、太平洋上ではすでに多大な熱気が狂気をつくり上げていた。
海の上に浮かぶ金属。
それらを操る人、SR。
間もなく、開戦の標は上がったのだ。
(ヴィラ・ホート・ディマ――魔法使いのSR。
詳しい誕生のルーツは不明)
例えば、どれだけのメモ用紙を用意すれば空が埋まるのかを考える試みに、その果てしない詮索は似ていた。
影がどこから生まれ、闇がどうして付きまとうのか。
存在そのものを問う疑問に諦観が訪れるのと同時に、脱線していた自分に気付いて本題へと戻る。
(闇や影など物体が生むものから、人の心に掛かる暗部にまで干渉する魔女。
過去の戦闘で敗戦の記録は無し。
物理攻撃と精神攻撃の両方を使い分け、あらゆるSRに対抗できる強大過ぎる個体。
自らと対を成すボルト・パルダンとは血の繋がりない“姉妹”か)
協会司令部。
レーザー照射砲:フォルトが放つ白光はここに居ても眩しかった。
もし、ここにマスターピース様が居たらこのやり方に反対しただろうか。
やらなければ押し潰されるだけというシビアな状況であることは理解していたが、やはり一般人を討つことには気が引けた。
“復活の秘策有り”
四凶の軍に攻撃を仕掛ける最後のセイフティーアンロックが協会長が口にした言葉だ。
“とりあえず”邪魔な駒は排除しておけと言ったのだ。
殺しても蘇らせる方法があると。
ジャンヌは会長の言葉に素直に従ったが、俺には出来そうにない。
私――ミギス・ギガントは、本名こそ捨てても不殺の決意を捨てたわけではない。一人だけだろうが、私を紳士と認めてくれる者がいる限り、ソレを軽々しく捨てるつもりはない。
「いいんですか、ミギス司令。
ファイルの検索をしているだけなんて……」
「問題ない。
指揮はジャンヌ司令一人でも事足りている。
さぁ、次だ。
否定のSR、メイトス・シュラヴァイトフ・ジヴィア」
円形上の司令本部は二つのグループによって成り立っていた。
四凶蠢く戦場を動かすジャンヌ司令官と各部署に指令を飛ばすオペレーターらのグループ。その一方で、司令部の一角に置かれたコンピュータより協会のマザーデータベースにアクセスし、ミギス・ギガントの未来千里に映ったSRを片っぱしからリストアップするグループ。
混沌の直前にある現状で、これから参戦するSRの中で特別注意が必要なSRは5人。
光撃魔女:ボルト・パルダン
戦影魔女:ヴィラ・ホート・ディマ
完全否定:メイトス・シュラヴァイトフ・ジヴィア
「次は誰です?」
「名前は分からない――あ、コイツだ。
“コルスレイ・トルメイトス”
確かにこの顔だ。俺達には“欲望”としか名乗らなかった。
何者だったのか知りたい。プロフィールを表示してくれ」
指示に従うオペレーターの肩を叩き、画面に映る略歴を読んでいく。
並ぶ文字の羅列を追うちに、ミギスの眼は驚愕で大きく見開いた。
「誕生は17世紀。
本名不明、両親不明。
10歳から19歳までの9年間を ボルト・パルダン の保護下で過ごす。
9年間の間に魔法使いとして覚醒。
得意とされりSRは光と催眠術と推測……もっと明確なデータはないのか?」
「はい。どんな魔法を使うか記録しているのはこのデータ以外には無いようです」
「……18世紀から今世紀にかけて幾度か戦場で目撃。
追跡と生活の記録はすべて失敗。
コンタクトも悉く失敗に終わっている、か」
これ以上の調査が不可と分かったミギスは次の人物の名を挙げる。
「ヒラリー・マトン」
「はい、出ました……っと」
「魔術師のSR」
顔写真の無いデータを目で追い、背後の喧噪を耳で追う。
「トウテツがレーザー砲に接近!」
「食材は?」
「全て食われました!」
「予備の食料を撒きます!」
狼狽するオペレーターへ冷静に新たな指示を出すジャンヌを確認し、ヒラリー・マトンという人物の詳細へ意識を傾ける。
(完全魔術師の二つ名で知られる最大級の物理法則違反者、その一人。
豪華客船の神隠し、人攫い、金銭詐欺、高層ビル消滅疑惑……etc.etc.etc、数え切れない犯罪の容疑をかけられているな。
SevenS Heaven Magic Surcus――第七天国魔術演芸劇団。その団長を勤めている。
こちらも私生活の一切が謎に包まれている。国籍不明、推定年齢30代、素顔を見た者皆無。SRに関する情報もこれといった共通性がない。
それなのに古代魔術や陰陽式、超能力者顔負けの空間術、動物を凌駕するほどの体格不釣り合いな身体能力を隠し持っている。しかし、なによりも厄介なのは他の団員達との硬い結束と柔軟な連携力だ)
小規模集団最大規模の人数を要するのがSHMサーカスである。
構成員全てがSRで、しかも平均して危険度の高い連中が揃っていた。ただでさえ近付き難い魔術師は、部下と言う厚く強力な壁によって護られている。ヒラリーの過去に取った行動は全て団体行動で、戦場に単独出現したことは未だかつて記録されていない。
問題はやはり、これほどの実力者が1人だけで戦場に赴いてくることが有り得ない、という点だ。
「……これから来る全員がブラックリストのSクラスだ。
単身で軍隊を壊滅できる奴が2人。
国を相手にできる奴も2人。
世界を相手にした魔女が、1人」
「本当に来るんですか?
今までこんなことはなかったのに、本当に来たら世界の……」
「終わりだな。
下手をすればそうなりかねない。
だから、俺達は戦闘指揮をジャンヌ司令に任せ、その間に対策を練って備えておくんだ」
無線機で待機中のナイトメアSRに指示を飛ばす。
これから来るであろう5人は、四凶と協会の戦争を根底から持っていく可能性が高かった。戦争を白黒の決着で終わらせようとはせず、横から入って全てを沈黙させしめる力を、そいつらは持っているのだ。
「この戦争の結末を四凶が掴むか、協会が掴むか。
果てまた、何にも縛られない者達が終わりへ辿り着くか」
完全に予想の範疇を超えるイレギュラーの参戦。
ミギス個人としては、芹真事務所が協会の依頼を受けたという話を聞かされただけでも多大な不安を覚えたのに、未来読みの中に芹真事務所をも上回る面子がこの戦場にログインするということを知った瞬間、背筋に夥しい電撃のような脅威を見出した。
イレギュラーの存在は予知能力者にとって最大の障害である。
彼らの参加によって未来が変わる可能性は大きく、また読めるはずの未来が変化し始めることによって読めなくなったりするのだ。
四凶軍の攻撃を予知で以て防いでいる協会としては、どうしても予知の邪魔だけはしてほしくない。そうなる要因にも極力関わらないでもらいたい。
(すでに彼らの参戦は確定だろうな)
ディマ、ボルト、メイトス、コルスレイ、ヒラリー。
ジャンヌはこの面子が参戦するという予知を知らされた瞬間に停止した。一瞬の凍結から動揺しつつも立ち直り、新たな伝令を下して四凶軍を粉砕して見せた。早々に手を打っておかなければ敗北の色が濃くなる。
「それだけのSRが一同に集まったら何が起こるか、私なんかに予想は出来ないし、対応策を用いても足止め程度が限界でしょう」
目に見えぬ不安が募ったところで四凶軍は第二防衛海岸の攻略を開始した。
険しい状況が差し迫りつつあることを自覚し、各SRが忘却の彼方に押しやっていた恐怖を取り戻す。
圧倒的な敵勢力、狂気と戦争、死。
皆に恐怖が戻ってきたことを悟った2人の司令官は、互いに顔を見合せて早々に次の手を打った。
Second Real/Virtual
-第50話-
-協会vs四凶!/ Irregular が生むモノ-
キュウキが下した命令はごく単純なものだった。
残骸を足掛かりとする。
まずは小さな船舶。その群れの中に中・大型の船を交えて突撃させる。何らかの方法でそれらが撃墜される。そこまでは予想通りに実現した。ミギス――光と影の魔女の後輩である水使いの津波攻撃も想定の範囲内。 海上に無数の残骸が散りばめられるのを待って兎部隊を走らせる。残骸の上を跳んで海岸まで迫ってもらい、機銃の餌食になって潮水の上に浮かぶ。そうやって少しずつ海上に波以外の障害物を作って進路を確保。
ある程度包囲を縮めたらトドメに最大積載量で質量を増した大型タンカーによる一斉突撃。タンカーを盾にして大勢の人間を防衛海岸に上陸させ、無人攻撃システムを無力化する。
こうして第一防衛海岸の制圧は上陸から僅か6分で完了した。
「トウテツ、聞こえる?」
『ん〜? どうした?』
前線に移動しながら主力の1人に連絡を入れる。
キュウキは向こう側からの返事と雑音に、どういう状況が無線越しに展開されているのか容易に想像できた。
「食事中なの?」
『あぁ。なんか、いきなりたくさんの野菜が降ってきたからな。
誰もいないみたいだし、勿体ないから俺が頂いているってわけさ』
「…………そぅ。
ところで、水は欲しくない?」
『水か〜、海水ちょっと飲んだばっかりだからなぁ』
「鉄分とヘモグロビンと薬味の入った水がある場所を知っているけど、どう?試食してみたくはない?」
『是非とも』
四凶の1人、トウテツ。
キュウキの知る限り、トウテツに並ぶ大食漢などこの世には存在しない。
龍人のSRでありながら過去の影響によって無限の食欲と変化しない体質を手にした男。
実の所キュウキは、トウコツ以上にこのトウテツを危険視していた。
何故ならこの男は食べ物のある方へ簡単に寝返るほど根の軽い人間なのだ。食事の約束させ取り付ければ誰にだって味方に引き込める。
それなのに――単純な消滅力だけなら、四凶中トップクラスの威力を有するのだ。
但し、逆を言うなら食べ物がある限りコントロールは効く。量と種類さえ調達すれば子供にだって買収できる。
「あなたのいるレーザー砲付近よりも下よ。
海が回っている所があるでしょ?」
『お〜、良い感じにシェイクしているねぇ〜』
死骸、残骸船舶、薬品、金属……etc.
元が何だったのか判別できない物まで海流に飲み込み回るそれは、第二防衛海岸の海流発生機構。
第一防衛海岸と第二防衛海岸の挟間に仕掛けられた巨大発電システム。
「各指揮艦へ指令!
第一、第二防衛海岸のどこかに外側、あるいは海中から海水を取り込む吸水口がある。それを見つけ出して海流の供給を断て!」
『キュウキ司令、こちら南部旗艦ですが質問をよろしいでしょうか?』
「どうした?」
『吸水口を完全に塞ぐことは実質不可能かと思いますが……』
「いいえ。可能よ。
こちらの戦況を有利に運ぶためにもここの攻略はできる限り迅速に行いたいわ。力を貸してくれない?」
通信を切り上げてトウテツにつなぐ。
『いまテイクオフしてる』
「テイクオフ?
脱衣の間違いでしょ。
しかし、もう第二防衛海岸に到着したというの?」
『おう!
そんじゃあ、たらふく飲ませてもらうぜ!』
マイクから走るノイズに耳を塞いで顔を歪める。
耐水性の通信機を用意しておくべきだったと、後悔したところで後の祭り。気を取り直し、早急に第二防衛海岸の吸水口を発見して防ぐよう、催促の指示を飛ばす。
トウテツが回転層内に飛び込んで数秒後、彼がSRを発動した結果が明確な数値変動として協会司令部に伝わった。
「司令!
レーザー照射砲の充電効率が250%に低下しました!」
「何が原因はわかる?」
「現在吸水口をチェック!」
「各吸水口に異常は見られません」
「残骸などは排出システムによって除去されています」
「タービン正常!各部署からも何の問題提示はありません!」
「冷却システムにも異常なし」
「充電棒正常」
「波力発電、摩擦発電ともに異常なし!」
「これは……!
わかりました!海流発電システムの中にSRがいます!」
レーザー照射砲への電力供給率が200%まで低下するのと同時に原因が判明する。
水中カメラで捉えた四凶のSRは、潮水の中で満足げな顔を浮かべていた。
全裸で。
(これが“全身過食”か……レーザー照射砲の破壊を中断したのも発電システムに気付いたから)
ジャンヌの頭にはトウテツの行動に続く、第二防衛海岸の突破作戦の方法が浮かび上がった。四凶は第一防衛海岸と同じ方法を用いるつもりだ。
焦りを覚えたジャンヌとは対称的に、キュウキは新たな通信相手との交信に機嫌よく顔の表を変えていた。
2人のシナリオがリンクする。
“第一、第二防衛海岸間の造りは巨大な溝に変わりない。水位が下がったところでタンカーを始めと、無数の船舶を第二防衛海岸の中に落として無理やり足場を作る”
突撃は同時に潮流を利用する発電の効率を低下させる効果も兼ねている。
更に、船を足場にしつつ隠れ場とすることで四凶軍の進軍は安全性を増す。少なくとも機銃掃射を免れるだけの隠れ場は出来上がるだろう。
「ミギス司令、間もなく第二防衛海岸が突破されるでしょう。そうなるとレーザー照射砲も使用に制限が生じます。
そこで、早々にMr.シーズンを動かして貰いたいのです」
「了解。
すでに準備は終わっているという連絡が来ている」
「では、第三防衛海岸から敵艦隊の最前線より後方5キロまでを対象範囲として環状降雪、早々にお願いします」
無線を使ってジャンヌの要求をMr.シーズンに伝達。
かつて、白州唯の街を桜色の雪で染めた男が、二つ返事でSRを行使する。
間もなく、四凶軍の前線艦隊から第二防衛海岸に上陸した者達の頭上へ、白く小さな氷の結晶が静かに下り始めた。
「雪?」
水位が十数メートルも低下し、第二防衛海岸内へ強引に船舶を突っ込み始めた四凶軍のそこかしこで降雪を驚く声があがった。真夏と言うわけでないにしろ、初夏に堂々と降る雪は、敵味方問わずに多くの人間の感動を誘った。
「お〜い、オリヤ。
お前も見てもろよ、初夏の白雪だ」
特に雪を見てゴキゲンになっていたのが協会長だったりする。
眼下の戦火に混じる雪を眺めている隣で、オリヤはつまらなさそうに生命の消失と銃火を見下していた。
「……雪」
「温かい時に降る雪ってのも新鮮でいいなぁ〜
若干、潮風とはマッチしないけどさ」
溜息が2つ、同時に同じ長さで零れた。
「雪は嫌いか?」
「わからない」
オリヤの視線は眼下の殺し合いに注がれていた。
雪など既に眼中にない。
果てしない命の浪費を彼女がどう感じているのか、完全支配というSRを持ちながらもそれを把握することは出来ない。
「バースヤード、会長」
「オウルでいいぞ」
片付いた会長室の窓際で、オリヤの手が取り替えられたばかりのガラス面に触れた。
「ここみたいな場所を戦争というの?」
「“戦場”だよ。
それを何処かで行うこと、または意識することを戦争と言うんだ。
目の前の赤い海を見てどんな気持ちだ?」
流血に穢れた海面はハッキリと赤く染まっていることがわかる。それほどの血が既に流れている。
レーザー照射砲の閃光が夜の帳を裂く。
真っ直ぐ地平へ伸びるように進む光の筒に触れ、金属の艦隊が溶け、焼け、爆ぜ、消えてゆく。
その中に生命が混じり溶けていることは言うまでもない。
「これは明確な大量虐殺だ。
それを許可している人間が俺なんだぜ?
今どんな気持ちだ?
俺たちの足元では大量の命が消えている。大量虐殺を命じているのは俺。俺を討ち取ればこの戦争は終わる。言ってしまえば、後どれだけの命が残るかは俺の存命如何だ。
もし君が俺を討てば、オリヤアキという人間は英雄として祭られるだろう」
「そうなんだ」
横目で盗み見たオリヤの表情は再び苦痛に歪んでいた。
やはり判らない。
完全支配のSRで操りきれないオリヤは、SRの特性も謎が多過ぎる。
特性から予測した頭痛の解決方法も、結局はその場凌ぎ程度の効果しかない。
「お前はトキにしか興味がないのか?
下で繰り返される殺し合いを何とも思わないのか?」
「……何て思えばいいの?
私に何て言って欲しいの?」
「別に、ただ君がどう思っているのか聞いてみたかっただけさ」
「……」
こめかみを押さえて防衛海岸の光景を見つめる。
オリヤは考えてみた。
あそこに何を思えばいいのか、私の感想を会長が聞いてどうするのか。
「それが頭痛の原因だったらどうにかして取り除いてあげたくてさ。ただ、それだけだ」
四凶の放つ砲弾が空中の結界に止められる。
止め処ない白と赤の閃光の中、防衛海岸の狭間で煙を上げる人物を見つけた。
「トウテツか」
「とうてつ?」
疑問で返すオリヤに、四凶のひとつであることを簡単に教える会長。
ふと、空を見上げると星の輝きは厚い雲に遮られていた。雲の動き、風の流れ。それぞれが協定を結んだナイトメア非武装派のSRたちの力であると気付くに時間は要らなかった。
数秒の間をおいて覗くオリヤの表情からはすっかり苦痛の色が抜け、無表情と冷たい視線だけが海上に注がれていた。
言われて何かを感じようとしているのか、或いは既に何かを感じていたのか。もし後者なら、言葉を持ち合わせていないだけという可能性も十分にありうる。何故ならオリヤは多くの言葉を知らない。言葉を知っていても使いどころを間違ったり、意味をまったく理解できずに混乱することが、この数時間の中で幾度もあった。
「もし、色世トキの妨害をする者が現れたら、力を貸してくれるか?」
「殺すよ。邪魔するならオウルも」
彼女の目が向く。
取り戻した殺意は視線の冷気を完全に溶かして消すだけの熱量を充分に蓄えていた。
イレギュラーSRであるオリヤを宥めようと会長は肩を竦める。
「俺は邪魔しないよ。
寧ろ用事があるから傷つけるなんてことは言語道断」
「誰が邪魔をする?」
彼女の思考に置いてけぼりを食らわんと全力で頭を働かせる。
誰が邪魔をする
誰がトキを妨害するのか
トキの妨害をするのは誰だ[←Answer!]
変換完了。
「おそらくトウテツ」
「あの煙が出ている人?」
「そう、湯気立っている奴。
でもそれ以上に――」
新調したばかりのガラスに空間が生じる。
オリヤの触れた箇所に円形の虚空が輪郭を思わせると同時、流れ込んできた潮風に会長も手を挙げて敵を指差す。
人差し指の向く先にあるモノは四凶軍の艦隊。
「おそらくアレら、船の群れがトキにとって相当な邪魔になるはずだ」
ガラスの穴が拡大する。それと同時に色をあらわし始めた黒球がサイズを増していく。
オリヤのSRを見て、会長は黒球に触れないように後退した。
「今のうち消しておくのか?」
「そうすればトキは早く来るんでしょ?」
質問を質問で返し、会長に驚きを残したオリヤは穴の開いた窓から数十メートルもの高さへ飛び出した。
慌てて会長はすぐにオリヤを視線で追った。この真下にあるものは、記憶違いでなければレーザー照射砲のはず。更に照射砲の連射間隔を考えれば、オリヤの落下は見事に斜線と被る。
ガラスに映える白光は、会長の記憶が正しかったことの証明でもあるが、同時にオリヤアキ=織夜秋の呆気ない消滅をも意味する。
そんな会長の心配を余所に、秋の頭の中は疑問と憤りで混ぜ返していた。
(トキ……どうしてあなたがトキなの?
どうして私はオリヤアキなの?
お母さんは教えてくれなかった。
トキが知っている。
取り返せと言った。
何を? 名前?
トキを?
シキヨトキって、何?
私からその名前を盗ったワケってなに?)
地面は頭上の方にあった。
上昇気流に髪をはためかせ、目を瞑って戦場の阿鼻叫喚を小さく意識する。
思考はトキで埋め尽くされ、落下の時を一瞬たりと意識することはなし。
落下の先にある結末に死というものを見出していないが、白光だけは閉じた瞼越しにも明るい色を知らせ、無意識のうちに彼女のSRを発動させた。
光はこの身を飲む。
照射レーザーが放たれる。
ここで落下中の織夜が射線と重なった。
が、光よりも早く、白が触れる前に黒球は彼女を中心に広がっていた。
半径50メートルという大黒球。
濃色暗黒の黒は闇夜のそれよりも深く、触れた光が逆に織夜によって消滅する。
黒球の中に消える白光の大量殺戮光線。
この一瞬、レーザー照射砲:フォルトが一基、織夜が無意識のうちに展開した黒球に飲み込まれ消滅した。
「壊すな〜」
会長室に残ったオウルは呟き、口元を不機嫌に歪めた。
時間をかけて大切に作り上げた兵器を壊されることに怒りは覚えない。ただ、それを用いて始めて生き残ることが出来る部下達を失うかもしれないという事実に恐怖と、その結末へと現実を導く行動が許せない。
『会長、緊急事態です。
西側のレーザー照射砲が一基、織夜によって破壊されました』
「知っているよ、ジャンヌ」
『それからもう一点あります。
ミギス・ギガントの千里眼が新たなイレギュラーを捉えました』
「メイトスか?」
『はい。
しかし、彼だけではありません。
ボルト・パルダン、コルスレイ・トルメイトスの魔法使い2人に、闇影の魔法使いディマも。つまり、光と影の具現と結晶魔術師が来るそうです。
更にSHMサーカスも』
「……そりゃ良い」
『如何いたします?』
「放置しろ。
俺達は俺達の戦いをするだけだ。
そうすれば結果が得られる」
『放置、でよろしいのですね?』
「明確な敵意を持った奴だけを討てばいい」
ジャンヌからの思念通信を一方的に遮断して会話を切り上げ、足早に壁に設置されたインターフォンを操作する。
オウル・バースヤードの決意が進んでいく。
世界中の人間を敵に回し、それでも自分を護ろうと戦ってくれる者達がいる。そんな彼らのためにも新たに助け舟を出す必要性を見出し、使うことはないだろうと踏んでいた秘密回線を呼び出し、出撃命令を下した。
「コード:7-58. Going down」
極秘裏に命令が下っている最中、戦場には織夜の出現とレーザー砲の破損によって大きな衝撃が走っていた。協会にとっての焦り、四凶にとっての好機。第二防衛海岸を半ばまで攻略した四凶軍が、次の第三防衛海岸に迫る。
次の海岸までの距離は僅か2キロ前後。
レーザー照射砲が足下の四凶軍、第三防衛海岸に取りかかったSRたちを排除するためにエネルギー供給を断たれながらも照射を続けた。が、十分な電力供給を得られない照射砲に戦艦を溶かすだけの熱量は無く、人を焦がす程度の殺傷能力にまで落ち込んでいた。光の魔法使いによる増幅でも補いきれない損失。攻撃力の低下。
第二防衛海岸の損失は予想の範囲内ではあったが、タイミングという面から言えば早すぎる陥落だった。しかも、レーザー照射砲自体の損害は、四凶軍の仕業でないにしろ完全に予想外の出来事。
「西側の海岸が手薄だぞ!」
数万の群れが安全路に集中する。
しかし、協会側も黙ってそれを通すつもりなど毛頭無い。
「地上砲撃部隊、撃てぇいっ!」
第三防衛海岸の砲台が第二防衛海岸と、第一から第二海岸間を爆撃する。
立ち込める爆発、黒煙の壁。
サーチライトが照らす粉塵の奥から無数の兵士が押し寄せる。
水柱。高熱に立ち込める水蒸気。爆発による水飛沫が兵士たちの興奮を冷やす。
爆風がどれだけ多くの兵を巻き込もうと、数万の兵士全てを止めることは不可能。しかし、四凶が協会本島到達することを遅らせることは十二分に可能だった。
「再生部隊!今だ!」
特大の砲弾が128の方角に撃ち込まれ、同時に巨大な柱をつくり上げた。
その128の火柱を、再生のSR3人がループで再生する。
火柱、血柱、水柱。
爆風と灼火、爆音と周辺に散った破片を着弾から爆発までを力の限り再現再生させる。
人工海岸の残骸散弾、水面の衝撃長短波、粉砕した死体が撒き散らす鮮血の霧雨。
「うろたえるな!
爆風と爆風の間隔は広い!
盾を持ってそこを進――!」
対策を講じた四凶軍の指揮官SRが狙撃を受けて絶命する。
一基のレーザー照射砲を失った西側で、それまで照射レーザーの増強を行っていただけの魔法使いが直接光撃を始めたのだ。
焼き殺すレーザーではなく、極細の切断する光線で。
「駄目だ!
装甲板でも耐――!」
横へ薙ぐように走るレーザーが海中を潜行する工作部隊や、第二防衛海岸で機銃を構える兵士、スピードボートに乗り込んだ者たちを容赦なく切り裂く。
切断面を焦がした人間が火柱に飲まれ、発電システムの中に落ちる。
しかし、光撃は長く続かずに止まる。
これはキュウキの読み通りであった。光の魔法使いは光源あってこそ力を発揮するSRが殆どであり、闇の中に光を作り出せる者など過去に聞いたことがない。つまり、夜闇に包まれたこのステージで即攻性の高い光の魔法使いは短時間しか活躍することができない。
夜闇の中で光を集めて攻撃に用いる疲労は、時に術者の命を危険にも晒し、最悪の場合は夜闇に溶ける原型崩壊を始めてしまう。人としての形を失い、粒子として大気中に散って死に逝く、光を使う魔法使い特有の現象。
それを抑えるために魔法使いは休憩を余儀なくされるのだ。
四凶軍はその機を見逃さずに殺到する。
ループ再生される爆発と爆発の隙間を掻い潜り、限定された侵攻路を死体や残骸に隠れながら進み、砲撃陣地である第三防衛海岸を目指す。
「四凶共を近づけるな!
チェーンガン撃て!
砲撃も絶やすな!」
「トウテツ。第三防衛海岸を食べて」
『お〜ぅけぇ〜い!』
海上を1人のSRが走る。
第三防衛海岸へ直進し、陸に足を着けても止まらず、横目を振ることもなく砲台へと突撃して体当たり。
しかし、トウテツのそれは体当たりというよりは“喰い付き”と言った方が正確だった。全裸のトウテツが触れた砲台が、接触箇所だけを食われて機能的な死を迎える。
第三防衛海岸には協会の正規防衛部隊も展開していた。そんな彼らの眼前にやって来たトウテツは、これまでに見てきたどんなSRとも違う異色を纏った裸漢だった。
囲むSRは20人。
銃器を揃え、SRを解放し、いつでも何者でも叩き伏せる準備を終えていた。それにも関わらずトウテツの意識にはまだ、防衛部隊のSR達は映っていなかった。
「炸薬うめぇ」
喜々とした表情で大砲の残りに触れる。
掌で触れた場所が消え、肘が触れた場所が消え、四肢、関節、先端から付け根、肛門から男根、果ては髪の毛に至るまで、トウテツの体を構成する全てのパーツに触れたものが消える。
「こいつ……トウテツか?」
「“全身過食”と呼ばれる奴だ!
全員、距離を取れ!」
現場指揮官のSRが引き金を絞る。
が、その一瞬前にトウテツは身近にいた1人の喉を食った。遠心力に任せた大ぶりの右、手のひら。
喉を食われてコントロールを失った銃が発砲を始めた。零距離でトウテツに対して銃弾を吐き続ける。
砲撃に掻き消される連射音。
だが、闇の中に輝く銃火が周囲に異変を教える。
ゼロ距離でフルオート射撃を受けたはずなのに、トウテツは出血・負傷ともに皆無だった。やがて弾倉は空になり、首という大切なパーツを失った隊員が地面に頽れる。膝で離れ落ちた頭部を食い、頭部を失った亡骸の心臓を足の甲で軽く触れて摘み食う。
「撃て!撃ちまくれ!」
2つの密集陣形より放たれる十字砲火が始まる。
トウテツはその中で飛んだ。一度の跳躍で戦陣を組んだ協会兵士の胴体へ蹴り足一閃。上下で二つに別離したそれの頭部を足の裏で触れて食し、同じ要領で攻撃範囲内のあらゆるものを喰らう。
銃器、防護服、人体。
触れた腕が人を喰い、走る度に空気を吸い、際を打つ波飛沫は背中に飲まれて表皮から消える。
「速い!?」
防衛隊員らは突撃銃から拳銃へ持ち替えるが、トウテツは照準されるよりも早く懐に潜って抜き手を繰り出している。
正面から突き出した手で心臓を食い、側面から浴びせられる連射を全てを味わう。
今日初めて味わうそれに機嫌は上々。
離れようとする協会兵を、死体を踏み台に跳躍して追撃し“接触/捕食”する。
こうして20人のSRは全力を出す間もなく、全員が原型を留めることなく絶命した。たった1人の四凶によって。
更に協会の被害は増す。
防衛部隊を排除しながら食事を続けるトウテツは、東部から南部までの防衛機構を食い荒らして走った。
『聞こえるトウテツ?
上空にいる結界使いを排除して。すでに3人を撃ち落としているけど、まだ砲弾やミサイルを防ぐだけの硬度を保っている。あなたで2、3人倒してくれれば一気に勝負をつけれる』
「いいぜ」
「させるか!」
瞬間、トウテツは灼熱を味わった。
周囲を赤く染める炎が、柱となってトウテツの命を狙い伸びる。
しかし、高温という武器を以てしても――
「火炎放射機か、珍しいな。協会がこんなの使うなんて」
“全身過食”
その名に恥じぬ異常食性は火炎さえ軽く飲み込んでしまった。
「くそぉ!
俺はナイトメ――!」
果敢にも火炎放射機を持ち出して背後に迫った筋肉質の少年は、最期に四凶に優しく抱かれた。
「あ〜、ナイトメア非武装派か〜」
後頭部と腰に手を添えられ、引き寄せられて四凶の体に密着する。
火炎放射機はすでに飲まれ、次の瞬間に自分が飲まれていることを自覚しかけた。しかけた、その瞬間に少年は死に至った。
名も知らぬ少年を真正面から丸呑みにしたトウテツはげっぷを一つ吐き、随所に転がる協会防衛兵の突撃銃を手に取る。弾倉を確認し、試射に数メートル離れた場所に隠れて怯える誰かの尻を蓮根にする。
「あ〜たま隠して、しり隠さ〜ずぅ〜」
音程もなにも無い歌は、セリフを無理矢理にテンションで変換して生まれた騒音。
「なぁ、キュウキ。
協会ってこんなに弱かったか?」
『いいえ。正規部隊の殆どがロシア支部で戦っているのよ。
それに、こちらに残っているはずの正規部隊は未だ確認されていない』
試射の終わった突撃銃を上空の結界術者に向ける。
フルオートのけたたましい音も、今日に限ってはろくに聞こえない。
レーザー照射砲が機能を失い、更に第三防衛海岸の守備力も4分の1程食われて消えた今、残されている脅威は正規部隊とジャンヌ、そして会長のみ。
『まぁ、正規部隊が出てきた所で対策があるから問題ないわ』
弾倉を取り換える。
「なぁ、吸血鬼のアイツはいつこっちに寝返ってくるんだ?」
『まだそのタイミングじゃない。
もう少し私達が攻めるか、協会が新たに戦力を投入してからよ』
クラスター爆弾の爆ぜる上空に向かってフルオート射撃を再開する。
『撃ち落としたらレーザー砲を食べていいわよ』
「本当か!?
あのさ、さっき気付いたんだけどアレ結構いけるぜ。
長年潮風に晒されていたのが理由かもしれないけど、スッゲェ塩味がマッチしてんだよ」
『……そうなの』
「あとさ〜、出来れば第二だっけ?
あの回るところに戻りたいな〜なんて思うんだよ。
やっぱさ、皆が乗ってきた船がどんな味するのか食べられなかったからさ、ただの足場になった今なら食っても大丈夫じゃないかと思ってさ」
『・・・分かったわ。
そこの残骸は確保しておいてあげるから、まずはレーザー照射砲:フォルトを潰して頂戴』
「やったら食っていいのか?」
『いいわよ』
「よっしゃあ!
とっとと落ちろよ魔法使い!
さぁさぁさぁさぁ、さぁ!! さぁ!」
結ばれた約束を果たすため、十数個の弾倉を使ったトウテツは5人の結界術師を撃ち落としてみせた。同時にキュウキもトウテツとの約束を果たす為に新たに指示を飛ばしていた。
「制圧した第一防衛海岸の陣地は? 準備が整い次第突撃するように伝えよ。
前線に臆する者は集合せよ!
これより第一防衛海岸から第二防衛海岸にかけて足場を作る!使う材料はこれまでに粉砕されてきた船舶の残骸の中から使える物を選別して組み上げよ!必ずチームで動け!
銃撃が激しい場合は後退も許可する。が、そんな中で最も広く足場を築いた者を戦功第一とする!」
西部から北部へ移動したキュウキは空より降り続ける雪を気に留めた。
数十キロを飛行して移動してきたキュウキだが、体感温度はすでに夏のものではないことを悟った。降り始めて1時間も経っていないとはいえ、既に各方面で影響が出始めているという報告がある。
寒さによる士気の低下。
だが、狙いはそれだけじゃないのは明確だった。
「各方面旗艦、現状を報告せよ」
『こちら東部方面旗艦。
現在10万人が第三防衛海岸に接近。
その後方で第二波、第三波の90万人が足場の構築作業を開始。
第四から第八波の2100万人が第一防衛海岸周辺で準備中。
第九波以降は艦隊ごとに整列して待機中。
現在被害は9万強です』
『こちら南部方面旗艦。
現在2万人が第二防衛海岸で陣地を構築中。
なお、先行したトウテツは現在西部レーザー砲の破壊中。
敵レーザーによる被害は……100万に達すると予想されます。
構築改装作業は20万で開始。後続の600万を加え、急ぎ次の防衛海岸へと足を延ばせるように仕上げるつもりです』
『こちら西部方面旗艦。
南部方面部隊同様、レーザー照射砲による被害甚大!死傷者多すぎて不明!
くそっ!どんどん砲弾撃ち込めよ!
レーザーは壊れたが、本部から変なSRが現れた!足場の構築作業は当分かかりそうだ!
すまねぇが期待しないでくれ姐御!
絶対にでかして見せっから!』
『……こちら、北部方面旗艦。
緊急事態。
協会のSRが単身突入し、こちらの艦隊に甚大なダメージを与えている。
敵SRは“トウコツ”
SR要員の少ないこちらの部隊で太刀打ちは不可能。しかし、足止めはできるはずなので、全力を以て協会の主力であるトウコツを足止めします。
それから報告です。
現在、こちらの損害は協会の攻撃で28万3309人が死傷。トウコツの攻撃で2万197人が死傷。
人工平地の構築作業に要する時間は3時間半前後と思われます』
「各方面艦隊、了解。
数がこちらの強みよ。
SRは極力消費しないよう、慎重に攻めるのよ。
北部方面隊はトウコツを西側へ誘導。
西部方面隊は至急、決闘場を確保。どんな手段を用いても構わない。
南部方面隊はトウテツへ連絡。トウコツを西側へ誘導し、そこでトウテツを当てて討ち取る!」
『了解!』
緩急に動きを見せる各艦隊の中心で、空母から補給を終えた艦載機や輸送ヘリが飛び立つ。
同じ頃、協会では対空防御を固めるために忙しない配置変更を終えようとしていた。四凶が次に繰り出してくるのは航空戦力だと確信を持ったジャンヌにより、結界魔術師達は強度を増して範囲を縮小し、第二防衛海岸の大半は命辛々後退を終えた。 第三防衛海岸に防衛戦力を集中する。
「緊急事態!キュウキ司令!」
「これは――!ジャンヌ司令!」
二つの巨大な勢力、戦争を彩る2人の司令。
彼女たちの指示により震え続ける海上の戦場という会場が――最前線が、固まったのは2人の意識が完全に戦争へ戻った瞬間だった。
「何てこと!」
「あまり良くないタイミングで来てくれわね……」
2人はそれぞれ違う方角を見て、それぞれ違う敵を意識して毒づいた。
「東部方面隊より連絡!艦隊の後方より無数の結晶及び、黄金の侵食が伝染しているとのこと!」
「侵食を防げません!味方の船が沈んでいます!」
「黄金と結晶、侵食。
あいつか」
キュウキはコルスレイという魔法使いの名前を思い出していた。黄金と結晶を操る魔法使い。
同じく新たに出現したSR達の存在に協会司令部も騒然とした。
「四凶西艦隊の図上、第一防衛海岸上空に複数の強大なSR反応!」
「生体確認!
SHMサーカスです!」
「あのサーカスが……ヒラリー・マトン。
彼がどう動くかで私達の対応も変わる……彼らと交信できるか試みて!今すぐ!」
西側の空で、Mr.シーズンの雪と共に桜色の花びらが舞い下り始める。
東側の様子を確認したジャンヌは、そちらにコルスレイが出現したことを知らされて動揺した。
ボルト・パルダンの直弟子とういだけで相当な脅威であることに間違いはない。現に、東側の艦隊は黄金に侵食され、どこからともなく生成された結晶に貫かれ、無数の艦船が輝きを放って海の底へと消えている。
「コルスレイの本体は!?」
「ノイズが酷くて確認できません!」
西側に巨大な水柱が立ち上る。
船を巻き込み、人を呑み込み、混沌を撒き散らす。
水を操るサーカス団員が、水柱の登頂に乗って急降下を始めた。
軌跡のように水使いを追う柱。水柱を形作った大量の海水。それらが艦隊の隙間を縫って走り、甲板に姿を晒していた四凶軍の歩兵たちを海へ押し落とした。
疾走する姿は水龍の如く、衝突の威力は津波の如し。
西側の空から見下ろす協会本部。
その損害にセブンス・ヘブン・マジックサーカスの団長:ヒラリー・マトンは銀色仮面の鼻頭を指でなぞり、上空で待機している全団員に告げた。
「さぁ、古来中国式のお清めは終わった」
「マトン……やり方が間違っているぞ」
傍らで腕組みする副団長の獣人が突っ込むも、銀製マスケラに目元を隠した団長は聞く耳を持たない。
「ミミーの水掃除は終わった。
やぁ、こんばんわ。
皆、この戦場に足りないモノが何か、気付いている者はいるかな?」
「はい!笑顔!」
「はい!余裕が足りていないと思います!」
「右に同じく」
「笑顔に一票」
「う〜ん……自我、とか?」
「入場料だと思う。うん、入場料。入場料だ」
「残念っ!
みんな外れぇ!
そして、ノーヴィス君は入場料しか言わないから、後で厳罰だぁ!
さて、残りは2人。
どう思う、ポルシカ」
銀仮面の奥で眩さを錯覚させる眼光と一緒に質問を放たれ、副団長のポルシカは目を瞑って考えた。
「はたして我らがサーカスの誇る“万獣王”こと、ゲイリー・ポルシカにこの答えが分かるでしょうか!
さあ、人と獣の知性がいっぺんに試される時が来ちゃったぞ」
「やかましい!余計な御世話だ!
この戦場に足りないものだな? 俺なりの解釈を言うなら“音楽”だ」
団長の視線が移る。
最後の未回答者、サーカスで一番最後に入団した日本人。
「お花配りさん――陸橙谷麻君。
君はここに何が足りていないと思う?」
「僕はポルシカさんの意見に一票入れます。
が、敢えて僕だけの意見を言えというのであれば、それは“華”だと思います」
「いいよいいよ。ノーヴィス君と違い、それが僕の答えに最も近い。
さぁ、諸君!
今宵、我らの頭上に月が無いのは幸運だった。
まるで雲が我々に騒がせと言ってくれているように思えないか?」
団長が手をかざす。
その挙動だけで団員達はSRを解放した。
「厚い雲、協会の塔。
すでに天幕は出来上がっている」
「観客は四方八方」
「雪が降る時まで我らを待ち」
「来る我らに目を上げ」
「手を伸ばし」
「さあさ踊れと」
「歌えと熱打ち」
「我らが第七天国の扉を閉める。だが、まだ閉めてはいけない」
「花はまだ、揃っていない」
高くかざされた手が足下を目指して降りる。
「構わない。
ならば、我らは永久に付き纏われようと、全ての笑理者揃うまで見せ続けて待とう。
準備はいいね?
ゲイリー・ポルシカ。
ナタ・ナナナ。
スミス・ガンナー。
アルター・ノーヴィス。
ラブ・タフ、ラブ・ラフ。
ザイツ・バクライアン。
陸橙谷アサ」
即興が終わると同時、四凶艦隊西側にこの日最大級の水柱が天へと迫った。
「サーカスが来たぞぉ!」
水龍が海中に消える。
同時に劇団の7人が四凶軍艦隊に襲いかかった。
団長のヒラリーが手を叩くと船は泥船と化して沈み、スミス・ガンナーによって戦闘艦をシージャック。その奪った戦艦をザイツ・バクライアンが操船して隊列を大いに乱す。それと同時に、四凶によって制圧された第一防衛海岸でも、混乱は深化していた。 ゲイリー・ポルシカを始めとしたサーカスの体術員たちの大暴れ。
それだけで第一防衛海岸の西側は大量の赤色に塗替えられていく。
鬼の金棒が唸り、獣の爪が切り裂き、パントマイマーの壁が人間をすり潰す。人ごみの中をアクロバッターは蛇のように通り抜け、綱渡り師は攪乱のために四凶軍の頭上を走り回った。
反撃の銃弾はすべてヒラリー・マトンのマジックによってボールガムへと変わり、一切の殺傷力を失っていた。ナイフを抜けば刃物の形をしたキャンディーが現れ、手榴弾を投げれば中から爆ぜ出てくる物は紙テープというパーティクラッカー仕様。落ちている破片を拾ってもクッキーに変わり、懐から拳銃を取り出すと水鉄砲。
何を手にとっても殺傷力を得ることは不可能だった。
さすがの四凶軍も、素手で勝てない相手であることを悟って後退。後退というよりも逃走と言った方が正しい程の慌てぶりだが、現場指揮官が誰よりも慌てふためいているために起こった現象である。両軍の最高司令2人から見ても逃亡ではなく後退の範疇だった。
「完全魔術師と呼ばれるヒラリー・マトンに、万獣王のゲイリー・ポルシカ!?
それに、あの金棒を持った奴って、哭き鬼の陸橙谷アサじゃないか!」
指揮を執るSRの不安は現実になっているものと、これから現実になろうとしているものがあった。
団長のヒラリー・マトンによる魔術で装備のすべてが日常用品に変わり、副団長のゲイリー・ポルシカによって第一防衛海岸の仮設拠点の大半が陥落した。戦闘開始からわずか5分で成った異変である。
極めつけの一撃を放とうとしているのは鬼のSR:陸橙谷アサだった。
「華創実誕幻:天段――瞳断銃矢」
途切れたと思われたレーザーの閃光が再び艦隊を薙ぎ払う。衝撃波を伴う特大光線の一撃は、アサの意思で上下左右に射線を移して艦船のみならず航空機や潜水艇に至るまでを吹き飛ばす。
爆発の連続。
逆立つ波に混乱する四凶軍を、サーカスは更に叩くのだった。
同時刻。
協会本部の会長室では静かな説明が始まっていた。
「――いいか、芹真。メイトス。
それを君らに頼みたい」
否定と人狼の回答は肯定。
任務を請け負った2人が会長室を退出するのと、ディマが入室しようと取っ手に手を掛けたのは同時だった。
意外な人物の登場に驚く芹真。
予想だにしなかった2人組に眉を動かすディマ。
魔女に道を譲ってから部屋を後にする2人。
改めて闇影の魔女と向き合ったオウルは渋々、気の重さを全体で表現しながら一枚の紙を渡した。
「それが協会で掛けたロックだ。
制限時間はどんなに長くても3分だ」
「分かっているわ。
それでも危ないくらいなんだけど……」
光の解除コードを手に、早速ディマは大量の闇を自分の中に集め始めた。幸いにも今は真夜中で、暗闇は掃いて捨てても溢れるほどに満ち満ちている。
「ボルト・パルダンを完全に解放するわよ」
確認の一言を告げて闇影の魔女は部屋を後にする。
部分停電させた会長室の暗闇の中、オウル・バースヤードは新たな采配を頭で確認し、暴走の可能性と勝利の確率を計算し始めた。
南側にメイトス。
北側に芹真。
そして、最終防衛線でありながら、新たな反撃砲台としてSR最強の火力を有するボルト・パルダンを解放する。
この面子をぶつければ四凶軍の大半から本部を護ることは可能だ。正直な所、彼らは防衛海岸よりも信頼出来る防御力を誇る。それに護ってもらえるという贅沢を噛み締めつつ、頭の中に2つの思考を高速で巡らせる。
イレギュラーSRの目的は何か、織夜秋のSRは何か。
(すでに四凶側の死傷者は億を超えている。
それなのに死体から何か、光のようなものを採取しているコルスレイ。
四凶軍を観客に見立てて攻撃するサーカス。
彼らにこの戦争に参加する理由があるのか? 恩を売ろうなどと考える人物でもない。かと言って彼らが“舟”を目指して来ているとは考え難い)
(ここから降りていく時、織夜の展開した黒い球状空間に光が消えた。ディマの影絵:空腹の土、と似たような印象を受けたが、影に触れていなかったレーザー砲の先端をも飲み込んだことから闇と影に影響するものではない)
集結したイレギュラーの中で特に異彩を放つのがヒラリー・マトン。不気味を漂わせているのはコルスレイ。しかし、誰よりも激しく命を消滅しているのは織夜秋であった。
イレギュラーがイレギュラーを惹き付けたのか、それとも“自分”がこの戦場を想い望んだのか、オウルは思考を停止して席を立つ。
自分が呼んだのか、彼らが望んで足を運んだのか。
「しかし、すでに時間だ」
色世トキが協会本部に近づいていることを直感し、同時にコントンが戦場に紛れこもうとしていることを感じ取った。
この2人が戦場に降り立った時、本当の渾沌が訪れる。
カオストリガー。
2人という根源が生み出すカオスを覗こうとは思うが、見続けようとは思わない。それが会長の願いだ。
だから、
SRと人の渾沌を見届けた後――この世界をリセットしようと――別れをオウル・バースヤードは孤独に決意した。
眼下に広がる光景はまさに地獄だった。
未だかつて見たことない大勢の人間が人工島である協会本部に殺到しているのだから。
無数の人間、大勢のSR、無残な殺し合い・壊し合い。
そんな地獄へトキは視線を凝らせて送った。
「トキ、まずは会長へ会うことが重要よ」
崎島に止められながらも目線だけは眼下の人波に向けられていた。
この艦隊のどこかに倒すべき四凶2人がいる。そう思うと飛び出したくて仕方がなかった。
ヘリが結界の中に入り、崎島のSRによる偽装が解かれる。比較的安全な本部のヘリポートが西側にあることを伝えられて旋回を始める。
ふと、トキの視線がある人物を捉えたのはその時だった。
「――――」
本部から少し離れた金属の海岸で、一際目立つ戦い方をしている少女と視線がぶつかる。
「トキ」
「――誰だ?」
直後、織夜は時と出会い、トキはオリヤという存在を初めて見たのである。
トキが不思議な感覚に見舞われる中、アキは黒球を遠距離から操り、ヘリを撃墜し、協会長室へと墜としてみせた。