第49話-Second Real is war-
“勇気とは、1分だけ長く恐怖に耐えることである”
by ジョージ・S・パットン将軍
――どんなメディアで出会った言葉か覚えていないが、トキはそれがつい最近触れたゲームか映画で出てきた言葉を思い出していた。
疲労に下がる肩を落とさないように持ち応え、正面から迫るジェイソン佐野代という恐怖に立ち向かう。
めちゃくちゃ機嫌が悪い。
そんな佐野代と、疲労を隠し通そうとしているトキを交互に見比べ、ギャラリーと化していた者達が動き始めた。
大股で距離を詰める佐野代とトキの間に割ってはいる男女。3年3組の面々は、この2人に殴り合いをさせまいと肉体障壁を築く。
その障壁に入れ知恵をし、2人を接触させない策が施されたのは障壁形成5秒後のことである。
「邪魔だお前ら!」
佐野代の大きな怒声が教室内で反響する。
同時刻。
佐野代の怒声が白州唯高校3年3組の教室を震わせたように、数億もの人数で協会本部を取り囲んだ四凶軍もまた、大声による大合唱で太平洋を震わせていた。
陸ではない、海の上で始まろうとしている。
無所属だろうが、小規模集団だろうが見境なんかありはしない。
それは否応なしに伝う空気。
固めたかのように質量を感じさせる夥しい殺意がつくる寸法は、群れというレベルが発することのできない域に達していた。
現地の二大勢力、その主力SR達もそれを感じ取っていた。
激突へのカウントダウン。
衝突の時。
いつ火蓋が切られてもおかしくない状況下、長く続く沈黙の方が不自然で不気味だった。
心地の悪さは過去に例を見ないほどのもの。極まる不愉快は、大量の生命の消失が目に見えているからであって、その一端を自分たちが担っているという自覚を持っているからだった。
四凶や、ただ感じているだけではあるがリデアもそうだ。
これから殺し合いが始まる。
だが、例え全ての人が死のうと、それは果たして個人個人の責任と、必ずしも言い切れるのだろうか。
疑問と共に、オリヤを含む多くのSRが予感に近い感覚に見舞われていた。
“始まる”
-PM 16:00 太平洋沖-
協会本部を取り囲む艦隊が戦陣の半分を整え終えた頃、2億の大音声が協会SR達の士気を挫かんと空海の間に木霊した。
オレンジ色の景色を震わせる殺意の籠った音響と質量による圧力。
潮風をかき消すほどの“大音声/合唱”は、戦前の勝利を祈る儀式そのものであった。
「キュウキの作戦です。
まずこちらの士気を損なわせ、団結力を鈍らせたところで質量に任せた総攻撃を仕掛けてきます。
第一波は艦隊による陣形整列、この数億の大声が第二波。おそらく次の第三波は遠距離からの威嚇射撃かそれに準じるものでしょう」
予想通りの攻撃が繰り出されたのは十数分後。砲弾やミサイルが協会本部の上空で爆ぜた。
四凶の包囲に備え、艦砲射撃対策に配備された魔術師と超能力者による部隊が展開する不可視の結界があらゆる物理攻撃を無力化する。
その最中、協会司令部管制塔ではジャンヌによる各防衛線の最終チェックが行われていた。
「防衛海岸の展開は?」
「たった今100%完了しました」
「照明の用意」
「完了しています」
「迎撃システムは?」
「CIWS起動チェック、異常なし。
ハープーンの準備完了。
転送パネル異常なし。
チェーンガン、ガトリング砲台、レーザー照射砲、どれも異常は認められず」
夕焼けの地平線を隠す大船団の中に一際大きな船を見つけたジャンヌは、考えられる敵の攻撃パターンへの対抗策を練って備える。
レーダーに映る船団は漁船から空母、小型観光船から弩級戦艦まで多種多様に並び荘厳な陣形を整えていた。敵の総数が明確に分かっていない現状では常に全体へ気を配らなければ簡単に隙を突かれ、そこから瓦解していく。戦場では思いの他そういった些細な見落としが敗因となることが多い。特に少数機動の部隊は叩くことよりも見つけることの方が何よりも重要である。海上四方100キロ近くに渡って展開する四凶軍の配置配分を把握しきることは不可能であり、つまり対策はあらゆる事態に対応・対処できるよう事前に備えておくことだけ。
「なぁ、ジャンヌ司令。会長は本気で反抗するつもりなのか?」
協会の司令官であるジャンヌと並び、協会と合流したナイトメア非武装派の現リーダーであるミギス・ギガントは拭えぬ疑問をジャンヌにぶつけた。いくら協会本部を武装包囲しているとは言えこちらはSR、向こうはただの人間と少数のSR。
四凶の強みは数だけ。戦力のほとんどが一般市民である以上、戦力は有って無きに等しい。第一、一般人を攻撃するということ自体、協会が掲げる理念に反する明確な矛盾である。
「会長がどうして反抗を望むのか、私にも分りかねます。
ですが、ここで我々が屈してしまえば、四凶が跋扈する明日を迎えることになります。それだけは肝に銘じておいてください」
「そわは分かっている。
だが、一般人を大量に殺そうとしていることを忘れるな」
頷く司令に顔は微動だにせず水平線の向こうを射抜いていた。
(キュウキ……そろそろ勝負をつけましょう)
船の群れに隠れた向こう側。
しかし、確かにジャンヌの意思はキュウキに届いていた。
現場での指揮を執り行う時もワインレッドのスーツで佇むキュウキは、協会本部へ向いて鼻で哂って見せた。
(そうね、ジャンヌ。どちらが上か、ちょうど良い機会だから決めるとしよう)
-PM 18:00-
若造りの古老2人はそれぞれ新たに指示を出す。
「まずは防衛海岸を突破する。各指揮艦、作戦を開始せよ!
工作部隊は行動開始。
標準を協会レーダー塔に設定。艦砲射撃、撃ち方始め!
それからトウテツへ連絡。1900を以て海岸へ突撃せよ」
四凶が動く。対して協会も、
「こちらジャンヌ。聞こえますか、結界部隊。あなた方は結界の密度を落としても構いませんので守備範囲を第一防衛海岸まで拡大してください。
次、生源創水。あなたは敵船団が突撃を始めたら第10波までを海面を用いて返してください。
その次、海岸の海岸防衛部隊聞こえますか? 恐らく敵は海中から海岸の攻略にかかるでしょう。バーナーとスピア、爆雷を用いて敵を撃退してください」
万を超える大群に数千の集団がそれぞれ攻守の動きを取る。
再開する怒号の砲撃。
闇色に染まる空を、煌々と噴炎が煙を引いて走る。
頭上で煌く爆炎に、海上を揺らす衝撃波が人々の心に大きな変化を与える。
興奮、恐怖、“狂気/狂喜”、悲愴。
動じない者達は次々と戦況の数手先を読んで指揮を執り、指示を待ち、或いは独断で行動を開始する。
砲撃と共に四凶の上陸部隊が船を走らせ、それを防衛海岸の機銃掃射が出迎えた。
艦砲射撃や上陸船からの攻撃を結界部隊の防壁が90%近くを無力化し、逆に迎撃システムの前に四凶船団の第一波は一方的にダメージを受けることとなった。後続の第二波も生源創水こと、水の魔術師:オリベイル・セスナムが作り出す荒波、高波の前に多くの船舶が転覆する結果に終わった。
第一波を片付け終えた防衛海岸の迎撃機構は第三波を迎え撃とうと照準を変えた、その時だった。艦砲射撃が止むのと同時に航空部隊が第三波の頭上を飛び越えて来た。
結界で守られた防衛海岸に対してハリヤー、フルバックなどの航空機が、ガトリングやミサイルでの迎撃システム破壊を狙い、西から東へと抜けるように飛来した。
「砲撃部隊、敵が第一防衛海岸を突破したら爆撃を開始。
魔術部隊は第二防衛海岸が突破されたら四方から敵軍団へ攻撃。
ロシア支部の状況は?」
「各突撃艦へ通達。直ちに協会防衛海岸へ突撃せよ。
突破後はαゴースト部隊を降下。
コントンとの連絡は?」
海上を揺るがす咆哮の中、2人の司令官は上々の戦況に首を振った。
(ロシア支部健闘……嬉しい予想外ね。
ならば計画通りに会長に促しておこう。
問題は、援軍としてやってくる小規模集団が謀反を起こさないか。下手に崩されれば数に押し潰されかねない)
(コントンとの音信途絶……またか。
トウテツで全ての防衛海岸を突破することは容易。ならば、フォルトンと吸血鬼にも早々に動いてもわないと。
やはり問題はこの大軍を保つための兵糧。24時間以内に勝負を決めなければ待っているのは自壊だけ)
砲火と音声とSRが乱れ飛ぶ戦場はオレンジが去り、夜の帳が下り始めていた。
Second Real/Virtual
-第49話-
-Second Real is war-
崎島恵理は、クラスで最も冷たく厳しいツッコミとして分類されていた。
的確すぎるツッコミは冗談の域を超越することもしばしば、あまりにも棘のあるその言葉に撃沈した老若男女は数知れない。
当然、3組の派閥争いから逃れた中立派の中でもその役職と言って差し支えない立場は変わらない。中立派5人のリーダーである北島幸哉が緊張感に欠いた人物であり、大橋友樹は草食の皮を被った肉食で、そもそもボケてスベる立場の人間だ。秋森智明もどちらかというとボケ率が高い。特に、岩井信弥を彼氏として迎えてからの呆けっぷりは目に余るほどだ。色世時などボケてもボケきれておらず、ツッコんでいるつもりなのだろうがツッコミになっていないという始末。
誰に対しても平等な彼女の指摘は、協会内でもコードネームをスズメバチのあだ名に改名されるほど厳しかった。
ある会長曰く、聖人並に無差別だ。
ある秘書曰く、絶対上司にしたくないタイプの人物よ。
ある四凶曰く、机上に持ち込まれないようにして逃げる。それが最善の策。
そんな崎島さえ固めてしまうほど、言葉を霞とぼかすほど夕闇に沈む3年3組の教室は混沌を極めていた。
「俺にもその人形くれ!」
「俺も!」
「僕も!」
「私も!」
「最優先であたしに寄越しな!」
荒れた教室内で色世トキを囲むクラスメイト。
その足元に転がるぬいぐるみの数々。
出入り口まで退避している数名を除き、1人輪に入りきれていない――むしろ輪によって弾かれている男:佐野代勇司。
通称:ジェイソン佐野代。
「邪魔だテメェら!」
「あ〜、犬を作ってくれ!」
「俺ワニ!」
「リス!」
「僕はダンゴムシがいい!」
「ウナギだ!」
「エイだ!」
「ヒトガタは!?」
「プレ○ター!」
「チャッ○・ノリス!」
「やる○だろjk」
「コ○ナント」
「○ム・キャリー」
「や○ないかの人!」
「そろそろ版権と地球外生命体はやめなさい」
「ポチ!」
「いなば!」
「ニャンコ!」
「キリンさん!」
「――ぃぃ」
「凸」
勢いだけで佐野代とトキを引き離すクラスメイトたち。
疲労の色を隠せない佐野代だが、トキに対して怒りを覚えている今、疲労の一切を忘れて全力で殴りかかること間違いなし。それを理解していたからこそ、委員長を中心に大勢で佐野代の妨害に入った。交渉役を外側に残し、類家香織という脅威からクラスを救った功労者を護るために。
「落ち着け佐野代!
類家はもう動かない!」
「トキが止めてくれたんだ!」
「そんな馬鹿な話しがあるか!
どうせグルだったんだろ!?
そうじゃなきゃトキにさっきの類家を止めれるハズがねぇ!」
車輪戦法に巻かれて佐野代と引き離されつつ、雑ながらもクロノセプターで人形を作る。
回る、廻るクラスメイトの中心で人形が落ちる。
佐野代と話さなければと思うも、回転し続ける陣形に阻まれて叶わない。
廻り阻む人垣。超えようと思っても時間を使い過ぎてスタミナ切れも間近。精神的にもだ。それにこの輪を抜け、佐野代と面を合わせて言い合うことに若干ながらも抵抗があった。
「テメェらケガは大丈夫なのか!?」
堪忍の緒がはちきれた佐野代の暴力が、無差別に車輪を削り始める。
さっき――色世トキが現れてから、類家香織が戻ってきた。そして気付けば、教室から一階の体育館に移っていた。 クラスから離れた場所に飛ばされたのは類家香織の仕業だろうが、原理や仕掛けの検討は未だにつかない。
目の前で起こった異常。
学校内に出現した非日常。
それが無性に腹立たしかった。
しかし、トキが全てを丸く納めたという結果が何よりも信じられず、驚きを通り越して陰謀でないか疑わしく、腹立たしく腹立たしく腹立たしく、とにかく苛立ちが止まらない。クラス最弱の引篭もりがどうして非現実的な暴力を振るう類家に太刀打ちできよう。現実的に考えてありえなし、そもそも発生している事態すら現実的ではないのに、何がどう転んで引篭りゲームオタク野郎が暴力を止めれるものか。
クラス委員長を殴り飛ばし、岩井を崩し、宮原を剥ぎ取る。男女問わずに突き飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばし、トキとの距離を縮める。
「何しているの?」
佐野代の手が襟を掴むのと同時に担任はやって来た。藍に肩を借りて。
『げぇ!レンガ先生!』
フリーズ。
ただ現れただけの登龍寺蓮雅を見るや、半分以上の生徒がその場に正座した。佐野代やトキ、二大委員長達は正座こそしていないものの、動きは完全にフリーズ。数秒遅れて委員長2人が正座。背筋を伸ばして緊張に面を強張らせた。
「喧嘩は、私のいない所でやれと言ったはずよ?」
視線がトキと蓮雅を往復する。
構えた拳を解こうか考え迷った結果、襟を力一杯下へ引いてトキを座らせてから自らも腰を据える。やりきれない思いを拳に乗せて地面へ放つ。鈍い音と共に砕ける拳骨。
組んだ腕を解き、黒板の縁に肘を掛けて教室を見渡す。
床の半分を塗り替えたそれが血であることは何よりも早く理解できた。割れている窓も、散乱した机も、質量的減少を見せる室内のあらゆるものからSR同士の戦闘を見出すのも容易。ただ、そんな戦場跡といっても間違いないであろう場所に、真新しいぬいぐるみが山のように落ちていることだけは理解ができなかった。
「まず全員、元気のある者を中心に動きなさい。
机&椅子を寝台代わりがてら、全て廊下に並べなさい。
割れた蛍光灯と窓ガラスは私が手配しておく。数名理科室よりランタンを持ってきて。
負傷者は――」
「蓮雅先生、怪我人はいません」
佐野代以外。
「“誰が”綺麗に治したの?」
セカンドフリーズ。
まるで何があったかお見通しと言わんばかりの蓮雅に、流石の生徒たちも対応しきれなかった。
的確に個人を指名してくるあたりからも勘だけの発言でない。
そのうえ視線はトキをロック。
ついには指名。
「説明してトキ。
これだけ荒れた場所に負傷者がいないというのはどうしてかしら?
床の血溜まり後は明らかに個人のものではない」
「え〜……」
「先生、これは俺達の血じゃありません。さっきまでいた暴漢のものです」
「そッスよ。俺らで全員ボコり返してやったッス!」
「誰も怪我してませんよ?」
「ただ、色々壊されちまっただけで」
「えと……私達よりも先生の方こそ肩大丈夫ですの?」
起立するトキの援護に複数名が口を開く。
必死に取り繕っても蓮雅はトキ以外の話に耳を傾けていない。
周囲を意に介さず、長く続く担任と一生徒の沈黙が溜息によって終わりを迎える。
「はぁ、校長に何て言われるか。
そうね、ここにいる皆は“セカンドリアル”を見たのかしら?」
即興の口裏合わせが途切れかけ、まっすぐな性格の宮原など蓮雅のフェイントに掛かり、ストレートにイエスと答えていた。
『宮原ぁ!』
「それならいいわ。
中途半端に見ていないというよりも、自分たちが何を見たのかしっかり正面から考えてゆく事も大切だから。
聞いておくけど、それを目撃したあなた達が今後気をつけなければいけないことは何か、それを理解しているかどうか聞かせて欲しい。さぁ、グループで考えるも良し、個人の意見でも構わないわよ」
担任の宣言と同時に正座を崩す生徒たち。
その中で、
「黙秘」
真っ先に口を開いたのが崎島恵理であった。
「俺も同じ考えだ」
「私もよ」
次いで二大委員長。
両委員長に続いて2人、3人と同意を示す者がグループを形成する。
「いや、でも今後のこと考えて警察に言うべきだろ?」
「……混乱」
「いや、出頭はまずいだろ」
「報道でもされたら面倒だ」
「あのさ、SRだっけ? そいつが居たら俺らも危ないんじゃねぇ?」
両金生徒の言葉に同意を唱える者も少なくはなかった。
「どうする、SR」
あえて名を挙げずに蓮雅は言った。
「学校を出て行くべきだと思います」
蓮雅の質問に対するトキの返答は退学だった。
それを聞いた佐野代は肘を見舞う。ふざけるなと付け足して。
擁護派と追放派の出現を見た蓮雅は思い切って質問した。
「この中で、自分がSRだという人間は挙手した後、それを証明してみせて」
訪れる静寂の中に、驚愕の色が3つ浮かび上がる。1つは微々たる変化だが、蓮雅はそれを見逃さなかった。
「でも、蓮雅先生……それは」
「トキ。
あなたは学校をやめたいの?
それともやめたくないの?」
この状況で躊躇うトキの正しさに蓮雅は次の質問を繰り出す。
「何か未練があるの?
それとも一般人には喋ってはいけない法律でもあるの?」
藍がそれに答える。
協会という大きな組織が提唱する掟として、SRは公の場に存在を証明してはならないという掟があると。
それが同時に自白を意味していることを蓮雅は理解していた。芹真という師を持つため、少なかろうが彼の元で働いている藍への戦術指南補佐などを勤めたこともある。当然、SRであることを知っているし、それはトキに対しても同様の認識である。
「……まさか、橙谷さんもSRなの?」
「隠していてごめんね、麻衣子」
片手に棘付き金棒:理壊双焔を取り出し、床に付いた。
ひび割れる床に戦慄を覚える者は少数。この場では困惑に言葉を失う者が大半だった。
いつの間に取り出した凶器か。それを銃刀法違反だと取り締まるべきか。そもそも何故そんな物を持ち込んでいるのか等、不思議極まりない手品にクラスメイトの疑問は尽きない。
「はい、それじゃ皆に重大な事件を教えるわ。
藍も座りなさい」
割れたガラスと黒板だった物の破片を拾い、倒れた教卓の机上に鋭利な破片の角を入れる。
削れる卓の表面を盤面とし、蓮雅は大きさの異なる3つの丸を刻んだ。
「聞く耳をしっかり傾けておきなさい。
知りたくなくても、今を乗り切るためには必要な知識よ」
「先生、何の事件ですか?」
麻衣子の質問に蓮雅はこう説明した。
「香織が目覚め、藍が生きてきた世界。
トキがこれから戦いに行く世界。
そこで起こっている世界大戦の事よ」
複数の視線を集めて、トキは頷いた。
それが真実であることを認めるのと同時に、担任へ続けるように促す。
確認を取れたところで最初に大きな丸を指差す蓮雅が続ける。
「これはSRと呼ばれる人間だけにしか伝えられない世界よ。そこでは厳密な体制によって情報が管理されてきた。普通なら私たち一般人にはSRに関する情報は一切入ってこない」
人とSRを隔離する壁を作ったのは大きな丸――SR界における最大勢力:協会である。
人とSRの衝突を避けるために何千年もそういった姿勢を近年まで保ち続けてきた。
「あなたも何か知っていみたいね、恵理?」
指名されたにも関わらず涼しい顔をした崎島に視線が集まる。
素知らぬ顔を貫き通していても、指先に現れる動揺を蓮雅は見逃さなかった。
組んだ腕に隠されている指の動作はこれまで観察してきた生徒の数少ない癖。このクラスにどんなSRがいるのかある程度理解している蓮雅でも、崎島が動揺している姿は意外でしかなく、村崎翼のようにSRと共生している可能性も否めなくはない。
或いはもっと別の可能性――脅迫、裏取引、もしかすれば崎島自身がSRであるという可能性もある。
「いいえ。ただ、知り合いにその手の類を思われる人がいるので……」
「後で聞かせて。
さぁ、次。
協会という最大勢力は実在する。構成する人物は殆どがSR。ごく少数だけどSRに関わってしまった人間が保護されているという話も聞くわ」
挙手。生徒の質問が説明を遮る。
「あの、先生はどこからそんな話を?」
「私を拾い、育ててくれた師がSRなのよ。
更に言うなら彼は今、トキのバイト先の社長を務めているわ。この街で」
3年3組に大きな衝撃が走った。
生徒一丸になっても太刀打ちできない担任には、師がおり、しかも今はクラス内最弱候補の1人であるトキをバイトとして雇っているというのだ。
数人は“だから類家と戦えたのか”あと納得し、数人はあからさまに警戒。宮原は声を上げて感心し、岩井は唖然。佐野代だけが、それがどうしたと言わんばかりに口元を歪めた。
「そっちの界隈の情報は全て彼からのものよ。
話を戻すけど、協会が界隈の約8割方を占めるのに対し、残りの2割は反抗勢力と中立派という構造になっている」
そこまで聞いて3人の人間が首を捻る。
正委員長、裏委員長、中立派リーダー。3年3組を分ける3つの勢力は、このクラスにいる誰にとっても分かりやすい対立構造の“例え”であった。
「ミツルのグループを協会とする。
そうした場合、マイコのグループはナイトメアと呼ばれる反抗勢力。
コウヤの中立派は小規模集団と呼ばれるSR達よ。ナイトメアと小規模集団では圧倒的にナイトメアの方が人材は多い。
今までの対立構造というのが、主にこの“協会 対 ナイトメア”だった。
しかし、ある種の――グループに依存しない存在の謀反によってこれまでの対立構造は大きく変わった」
四凶。
トキの呟きに、グループごとに纏まろうと座った状態で移動していた生徒が一斉に止まる。
その呟きを間近で聞いていた佐野代は一瞬、トキに恐怖の念を抱いた。
(こいつ、何て眼をしてやがる……)
「トキが言った通りよ。
四、それから凶と書いて四凶。
こいつらが大規模な反抗を始めたことで協会とナイトメアの一部は停戦。ついさっき、共同戦線を締結したという連絡が入ったわ。
“協会&ナイトメアvs四凶”という構造が出来上がったの」
「先生。四凶って、何ですか?
ナイトメアってテロリストみたいなものですよね?
それを上回るテロリストってことですか?」
北島の質問に対し、トキはイエスともノーとも違う回答で応えた。
「四凶は誰の中にでもある。
俺にも、類家にもあった」
「私にも。
人種や性別、地位、貧富さえ関係なくそれは誰の中にでも在るのよ」
藍の助勢を受けて説明を続ける。
「だから、四凶は一般人をも巻き込むんだ。
いま、四凶は協会に対して戦争を仕掛けている。四凶の軍は殆どが民間人なんだ。ただ、四凶の属性を持っているというだけで」
『?』
「最近テレビで海外のニュースを見かけたことある人は?」
蓮雅の質問に大勢が首を捻る。
見覚えがない。
言われてみれば、ノイズ掛かっていたり、規制中・トラブル解消中というテロップ、或いは録画してあった古い映像の再放送ばかり。リアルタイムの映像はここ数日間見たことがない。
「一週間前のテレビジャックを見た人は?」
その問いに対して半分以上が手を挙げる。
「それが四凶よ。
あのテレビジャックは海外からのもの。そして、海外のテレビ局は殆どが全滅している」
部屋が凍る。
あまりにも現実離れした話しに頭が付いてこない。
辛うじて理解したところで不思議と恐怖が頭を支配して先へ進ませない。
ただし、関心の薄い数名を除いて。
「トキ、香織は四凶だったの?」
「はい。四凶でした」
そのやり取りに委員長が嘘であることを願った。
「香織はまだ運がよかったわ。
戦場でなく、ここに来た。
皆は辛い思いをしたと思うけど、でも香織を攻めちゃ駄目よ」
「どうしてだ蓮雅先生。俺ら殺されかけたんですよ?」
「落ち着けコウヤ。
その説明はトキがしてくれるはずだ」
類家がトキを嫌うように、北島幸哉は類家を嫌っていた。
まして、類家に突如として斬撃を食らった後である。怒りに震え、彼女を許せない気持ちは理解に易く、鎮めるに難い。
「類家は、四凶に騙されていたんだ」
「それを信じろっての?」
「いまは証拠もないから無理だろうけど」
頭を掻いて幸哉は溜息をつく。
トキがどれだけ嘘の下手な人間かは知っている。ボケることすら下手な人間だ。だからこそ、大抵の発言は事実に即したもので、更にこんな状況で流暢に冗談をかませる人柄でもないため、本当に類家が騙されていたのかもしれないという気にされた。
「どう騙されていたの?」
類家香織と特に親しい仲の女子、橋本雪兎。
もう一つのリアルがあると語られたこのタイミングにおいても、雪兎の関心は類家に向いていた。
「類家は人を騙したっていう、嘘のレッテルを貼られていたんだ」
「俺は実際に騙されたけどな」
類家香織と同じ中学校出身の幸哉が類家を嫌う理由。
僅かな言葉で多くを失った経験。
誰にでもあるようで、共感に遠く難い辛苦の記憶。
「確かにそうらしいな。
でも、さっき類家に聞いてみたけどさ、騙すつもりなんてなかったそうだ。良かれと思って吐いた言葉なんだって」
精神世界に彼女の本音は溢れていた。
攻撃の理由も、封じていた気持ちも。懺悔さえ。
許されるのなら罪を償いたいと心の隅で願っていた。
「皆を攻撃したのも、彼女が四凶によって追い詰められていたから」
「香織はそんなに深刻だったの?」
眉を寄せる蓮雅の問いかけに頷くトキ。
「はい、犯罪の肩を持つようにと――」
「肩、だと!? そいつは本当かトキ!?」
宮原の声が教室内に反響する。
耳を塞ぐ者たちと混じり、その話をすぐに信じた者たちはただちに怒りを覚えていた。
「ウチのモンを騙すたぁ……」
「女の子の一生に傷つけるとは不届きな!」
桃山の委員長が震える。
3組筆頭の卑怯者、隅田幸平が拳を作る。
「俺ら何にも知らずに類家を邪険にしちまった」
「あたしのカワイイ香織に嘘ついた挙句、犯罪を手伝えだって?」
「クラスへの危害を許すつもりはないが、まずはその四凶って奴らにケジメつけねぇとな」
後悔の念に沈む御倉嶺。
その隣で女王様臭全快の夏山陽子が額に青い筋で交差点を作る。
桃山委員長に感化されまくっている函音カイ(はこね かい)も自分の身内が嵌められていたと知るや、普段見せることのない怒りの面を表にした。
「そうですわね。まずはその方々を血祭にして、刎ねた首でも香織さんに貢ぎましょう」
『いや、お嬢、類家喜ばんだろソレ』
たまにぶっ飛んだ発言をするお嬢こと、冬谷紗月は何の儀式を始める気か、類家を騙した者の首を奉ろうと提言。さすがの3組一同もツッコミを入れた。
「さて、話を戻すわ。
今夜、トキは四凶のいるであろう戦場に行きます」
『ゑっ!?』
「え?」
「へぇ?」
「ひょぇ〜マジ?」
ツッコミを入れたメンバーが色んな意味で止まる。
お嬢も驚く。
実際は蓮雅も半ば受け止めきれずにいた。
「間違いないのトキ」
「はい。行くつもりです。
芹真さんがダメと言っても、俺は行きます」
「待て! どうしてお前なんかが行く!?」
佐野代が襟元を掴んで力を込める。
「大体何をしに行くつもりだ? 戦争? ついにゲームと現実の区別も付かなくなったのか?」
「四凶を止める。その為に行くんだ」
顔を近づける佐野代。血の登った頭に、言葉が届くかどうか自信がなかったが、それでもトキは告げる。
戦場へ出向く理由、その価値を。
「ある夏の日、一人の四凶が俺に言ったんだ。
黒い欠片を持ってこい。さもなくばクラスメイトを全員殺す、って」
「それこそ嘘なんじゃねぇのかよ!
下らねぇ脅しに乗ってんじゃねぇ!」
佐野代の拳が上がる。
顔面。しかし、
「止める四凶は2人だけ。
指揮している奴と、俺を半殺しにした奴だ」
額で拳を受け止めたトキに新たな質問をぶつける。
半殺しにされておきながら再び無謀に突っ込む気なのか、と。
「今度は負けない。
そのために何度も殺されてきたんだ」
「何?」
「類家にも約束したんだ。
四凶を止めて、証拠を持ち帰る。その為に俺はそこに行く。人を殺しに行くわけじゃない」
「じゃあテメェのすることは間違いだろ!」
流石に行動を抑えていた面々も佐野代に苛立ちを覚えて腰を浮かせる。
宮原や委員長はすでに取り押さえる準備を整えていた。が、
「証拠を持って帰って来ることが大事だろ!
何で自主退学の話が先なんだ? 本当は証拠なんてないのか? それとも端から類家の潔白証明する気が無いのか! どっちだ!」
「いや、そういう訳じゃ――」
「じゃあ、まずは証拠を持って“帰って”来い。
ケジメはそれからだろうが」
胸に一発、やや軽めの拳を送ってから一瞥し、その場に座って黙り込む佐野代。
一男子の約束を聞き、クラス中にある種の熱が伝播した。
「おう、トキ。しっかり落とし前付けろよ?」
「今度は半殺しにされんな!」
「類家の仇だ!」
「討たれてないけど」
「自分たちで殴りこみにも来ない野郎に負けんな!」
「つぅか、俺らにできることある?」
「この数で行ってフクロにできそうか?」
「いい? スタンガンで狙うなら脇腹を――」
「今のお前ならタイマンで負けることはねぇ!」
「間違っても誤射すんなよ!」
「俺も行く!」
『黙れ宮原』
「まだ教えてほしいことあるからさ、ちゃんと帰ってこいよ」
「SRとか、類家とか……」
「橙空のことも」
「ゲームも〜」
「行く前に出席日数確認しろよ!」
「ガンバ」
「話のケリはテメェが帰ってきてから着ける。
いいか、逃げるなよ?
死んで帰ってくることだけは絶対に許さねぇからな」
帰還祈願、声援、暖かな拳。
親しい者も、親しくない者も、等しく彼らは言葉を送った。
予想から外れた応援。
その風にトキは、
「え???」
口をポカンと、呆然。
その表情には『理解不能』の四文字が浮かんでおり――
3組一同、ぶち壊された“イイ雰囲気”にキレかけた。
波間を漂う有象無象に剣を突き立ててみる。
傾く骸は、しかし海面に接することもなく、違う残形の上に横たわる。
海上は満員だ。
泳げるだけの隙間を見つける方が手間なくらい、いまこの海は埋まり、汚れている。
「ジャンヌの姐さん、俺の出番はまだかい?」
インカム越しに通じてもいない相手に愚痴を零す。
ついでに股間の息子も汗を流す。
不発弾にひっかける小便というのもスリルがあって良い。命を奪わんと降ってきた物が、いまでは無価値に海面を漂っている。藻屑に紛れるこのミサイル、ちゃんと使えるかもしれないのにゴミ同然の扱いを受けているのは何故か。
答えは簡単。
これが戦争である。
浪費し、乱費し、消費した挙句の果て、掌中に掴むは僅かの宝玉、或いは石ころ。捨てた金貨は山をも超える。
「ヒ〜マ〜だ〜。
戦らせろ〜、殺らせろ〜、掠奪らせろ〜!」
無数に漂う残骸の上を、トウコツは独り歩きまわっていた。
ここが敵地の真っただ中であることを十分に理解し、いつでもパーティーを始められるように前座の余興として馬鹿をやっている最中である。
夜の海ということもあって、未だ索敵には掛かっていないはずだが、むしろトウコツとしてはとっとと発見してもらいたかった。そうなると自衛を理由に襲い来る者を相手にすることができるのだから。
しかし、残念ながら四凶軍はトウコツの徘徊を完全に予測し、対策を整えていた。
“あからさまに闘りたそう奴がいたら極力無視しなさい。剣を持っていたら尚更、声を掛けるどころか、気付く素振りも厳禁”と、キュウキ直々のお達しであったのだ。
つまりトウコツは既に索敵に引っ掛かっており、しかし、無駄な兵力の消費を抑えるための措置によって完全に無視されていたのであった。
-PM 22:21-
キュウキはトウコツの本陣離れを完全に読み、第一海岸を突破、第二防衛海岸突破の指揮を他の旗艦に任せて長考に入っていた。
配下の指揮艦が相手にする第二防衛海岸の機能を、キュウキは未だかつて目にしたことがない。予備知識だけしか持ち合わせていない防衛機能を前に、危険な橋――四方よりの一斉突撃を避けかた。 いくら人数で勝っていても、四凶軍の質は圧倒的に低い。貴重な人数を少しでも保つために、ある程度の知識を持ち合わせていた部下に前線を任せ、他の軍は突撃に万全を期すための準備にかかっている。
攻略法が見つかり次第順次突撃予定――と、表面上は動いているが、すでに予防措置は施している。
第一防衛海岸の突破と同時に、トウテツを送り込んでいたのだ。
「キュウキ司令、東部司令艦の指示により一個大隊が第二防衛海岸に突撃しました」
「第二防衛海岸の動きは?」
「今のところありません」
数で押すこちらに対し、協会は徹底的に殻へ籠るか、或いはこちらの数を減らし続けるか。
いずれにしろ向こうが長期戦の備えをしていることに間違いはない。
(ナイトメアの武装派を取り入れきれていたら、もっと別の方面から切り崩せたか。
ロシア支部が健闘していることはマイナス、協会の仕掛ける長期戦もマイナス。加えて圧倒的な質量負けに、全体の指揮・連携の不届き。この状況で私たちの勝率は4:6。
本部に取り付くことさえできれば、どれだけSRがいようと無理押しすることもできる)
「第二防衛海岸が動きました!
第一、第二防衛海岸の間に潮流が発生しています!」
オペレーターの報告に、キュウキは驚きよりも不思議を覚えた。
協会の第一防衛海岸は迎撃兵装、新たに判明した第二防衛海岸は巨大な潮流発生装置。
後援部隊の到着、先発部隊の消滅、突撃部隊の現状を把握し、協会が次に切るであろうカードを予測して腰を上げる。
「潮流の速度は?」
「はい、報告による発生した潮流の速度は現在29キロ。あ、たった今30キロに達しました!」
円形状の防衛海岸の回転機構はある程度聞かされていた。
第一防衛海岸にターレットが設置されていたことは予想外だったが、水の魔術師による津波攻撃や海流による防御も想定内である。
(回転機構、海水の流れ、水の魔術師……これ自体は防御設備じゃない!
そうなると、次は確実にアレを使うな!)
「東部の突撃部隊が流れに飲まれました!音信不通!」
「――!
協会の魔術部隊が結界を縮小!」
「やはり……よし!
我が隊はこれより前線に移動する!
ダミーとコピーを準備、南北部隊は即刻突撃。
制圧した第一防衛海岸を仮拠点とし、そこへ停船。停めた船を攻撃壁として敵の海路を塞げ!」
四凶の司令が動く。
協会本部から20キロ離れた旗艦の艦橋を発ち、潮風に髪を靡かせる。
キュウキは甲板より協会本部へと飛び立った。
四凶の司令官が自ら前線へ赴いたことに気付いていない協会司令部では、第二防衛海岸による“充電”の完了を合図に大規模な反撃の合図が上がった。
「司令、光の魔術師たちが配置と準備を完了しました」
「電力の予備は?」
「300%を超えています!」
第二防衛海岸が生み出す海流。それを利用した巨大タービンの回転で生み出された電力が、協会本部――司令部の根元付近に隠された砲台へと集まってゆく。
「“フォルト”の発射プロセスを最終段階へ」
「了解。レーザー照射砲:フォルトを照射段階へ移行」
「エネルギーチャージ完了」
「魔術師より報告!
光波増幅準備が完了したとのこと!」
協会という巨大な人工島の中央に聳える司令塔が発光を始める。
それは四方の海上からハッキリと確認できた。 トウコツからも。
夜闇切り裂く白光。水銀灯を凌ぐ明るさ。協会司令部の根元が輪郭を明確にする程の輝度光量。
「2番を照準、目標は西の艦隊」
キュウキは予想通りの光を海上から見た。
第二防衛海岸は、それ自体が防衛機構ではなく、レーザー砲のエネルギーを作り出すための発電装置。そうでなければ潮流による防御力など高が知れる。
(おそらく、光の魔術師による強化が施されているはず!)
翼を強く羽ばたかせ、潮風を切って海面の際を高速で飛行する。
急がなければ光は一瞬で無数の命を焼く。
光の線から逃げなければ敗戦の決定打となる。
翼を持った虎が協会までの距離を半ば過ぎた頃――
「来る!」
「照射」
――光が太平洋上を走った。
海面を光が照らし、熱は無数の命を消し飛ばす。
金属を溶かす。
人を焦がす。
その一撃、空気を震わす光撃は、四方から本部を囲む四凶の艦隊を同時に襲撃した。
教室を抜け出て街へ向かい、その途中で鬼の姉妹に捕まる。
「何してんだ?」
鬼姉妹の姉を説き、同行者が増える。
警察署の前を通ると今度は妖精が現れた。
「気をつけろよ」
掛けられた声から、妖精もまた戦場に赴くだろうことが読み取れた。
「どこに向かっているんだ?」
「ヘリポートよ」
崎島恵理を先頭に歩くトキと鬼3姉妹。
隣町へ入り、住宅街を抜けて漁港へと出る。あらゆる寸法の船舶がいくつも並ぶ湾内で、一際大きな船に乗り込み、船員に話しかける。
「本部まで」
それだけで船員らは慌しく動き始めた。そのうちの1人がトキらを船内に誘導し、リクラゼーションルームで待機してもらうよう説明する。 出されたお茶を啜りながら、船が動き出すのをエンジンの唸りで知り、それでも崎島が入ってくるまで4人は黙っていた。
「これからトキを協会本部へ連れて行くわ」
「私ら3人は?」
鬼の3人に留守番を推薦する崎島。
淡々とその理由を説明した後、トキに同行を求めた。
船内から甲板に出で、潮の香漂う夕闇の海上を見渡した。
ここまで乗ってきた船に、隣接する二回り大きな船。その甲板に、暗闇の中で冷たくも存在感を露わにする人員輸送用ヘリコプターが静かにローターをまわしていた。 巻き起こる旋風が潮風にぶつかり乱流を生む。潮風の中に僅かな油の匂いが混じっていた。
「協会本部はすでに戦場と化している!
海上から本部に上陸することはできないわ!」
「それでヘリか!」
背中を3姉妹に見送られながらトキはヘリへと乗り込む。
望んで臨む戦場。
クラスメイトを人質と言う危険な立場から救い出し、四凶との因縁に勝負を着けるための参戦。
「気をつけてくださいね!」
「頑張れよ!
おい、藍。お前も何か言ってやれって!」
「……トキ!」
離陸を始める機体。
巻き起こる旋風に髪を遊ばせながら鬼は1本の金棒を投げた。
搭乗口から身を乗り出していたトキはそれをクロノセプターで軽くし、質量分解して、普通の人間でも持てる重さに加工してから取っ手を掴んだ。
「藍の、リカイソウエン」
「使い終わったら返してね!」
垂直離陸で船を離れる。
ベルトで体を固定し、崎島と向かい合うようにしてトキは座った。
「崎島さん。
君はSRかな?」
「そうかもね。どうして?」
「何か落ち着きすぎているよな〜、と思って」
「それはトキもでしょ」
「そうかな?」
「そうよ」
「……」
「会長はあなたに伝えたいことがあるそうよ」
「四凶のことかな」
「詳しくは私も知らされていない」
「……もう、協会は戦場になっているんだよね?」
「えぇ」
「コントンとかも戦っているんだ」
「いいえ。まだ四凶の根源が目撃されたと言う情報はないわ。特にコントンは千里眼所有者達が必死で探しているけど見つからないの」
「戦場って、酷い?」
「何を基準に酷いと言っているの?
殺人?清潔?破壊?
それとも善悪論?
敢えて言うなら、間違いなく穏便という言葉に疎遠な場所よ」
「あぁ……」
「善悪は存在しないし、壊れないものなどない。
すでに裏切り者が出てくると言う憶測が飛び交っているし、海上は血の色に染まっているそうよ」
水平線の向こうに夕日が沈む。
それを眺めながら崎島は溜息をついた。
「コントンを倒したいの?」
「あぁ。あいつだけでいい」
「キュウキは?」
「討てるのかもしれないけど、討たなきゃいけない」
「トウテツは?」
「……誰?」
「じゃあ、味方のトウコツとは共闘できそう?」
「……たぶん」
単調に続く海原も、夜の闇に染め上げられてはろくに見下ろすことも出来ない。
機内の僅かな明かりと、それを反射する崎島の眼鏡だけが距離を掴む数少ない手がかりだった。
「簡単に命を落とせる場所よ。
生きて帰れないかもしれないけど、覚悟の程は?」
「きっと、最終ステージだろう。
難易度は極めて高く、コンティニューも不可能。誰もコインを入れてくれない状況だ。
でも、今更引けるはずはないし、逃げる気も起こらない。コントン倒して証拠を持ち帰らないといけないからな」
強い眼差しと共に返された言葉に不安は絡んでいなかった。
どうあっても生き延びて帰る。そんな意思が色濃く現れていた。
「でも、トキ。
ここを最終にしていいの?」
「え、どういうこと?」
「ここが最終ステージなら、貴方は相応のエンディングを迎えなくてはいけない。
問題は、エンディング以降に問題があっても関与しない、したくないという宣言を貴方はしていることになるけど、どうなの?」
「はい?」
「つまり、この戦場を最後の舞台にするなら、帰るべき場所に帰った貴方を、この戦争とは関係のない誰かが襲ったら無抵抗に終わる気かしら?」
「いいや」
「なら――ここが最後、これが最終という言葉はやめておきなさい。縁起という側面から見ても良くない言葉よ。
最後を実感してから、ここが最終ステージとでも言いなさい。私も咎めたりはしない」
「あぁ、そうだな。
藍にこれ返せとも言われてる、佐野代に帰ってこいと怒られたし、類家に証拠を持ち帰るって約束したからな。
言葉には気をつけるよ」
2人の会話が終わる頃――ヘリの操縦席からは、煌々と夜を引き裂く光に包まれた協会本部とその周辺を取り囲む四凶、無数の船舶で埋め尽くされた太平洋が視界一杯に広がっていた。