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Second Real/Virtual  作者:
5/72

第4話-確実に迫る影/The nine days after……raid-

 目標を見失った人間は何を目印に生きていけばいい?

 そんなことを言っていたのが誰だったか私は覚えていない。

 ただ、私は目標があってもそれに向って自ら動くことが出来ない。


 そんな時こそ、どうすればいい?

 夢を持ち――

 憧れを抱き――

 それでもそれが叶うのこと無いモノと知ってしまったら?


 数日前。

 その話を人に打ち明け、私は泣いてしまった。


 そんな私に、彼は――

 希望の言葉を残してくれた。


 “歩ける頃の君を取り戻す方法を見つけたから、ちょっとだけ待っていて欲しい”


 歩くことの出来ない私。

 そんな私に“治る”と言い続ける人。

 どうして彼は、私のことを知っていたのだろうか?


 人助けをしたい。

 小さい頃からの夢がそれだと言った日から、その人に勧誘された。

 歩けるようになったら、人を助ける仕事に就きたい。

 その為に勉強をしたい。


 “君なら なれる”


 彼が言った言葉がどれだけの希望を与えてくれただろうか。

 嘘偽りの無い彼の眼は、私に失ったと思っていた希望を思い出させてくれた。


 月明かりに照らされる病室。

 上体を起こし、彼女は窓の外に顔を向けた。



「芹真さん……」



 それが、希望を分けてくれるその人の名。

 今日は、月は出ているのだろうか。



(明日も来てくれるかな……)











 Second Real/Virtual


  -第4話-


 -確実に迫る影!/ The nine days after……raid-











「最近変わったこと?」



 いきなりトキは質問された。



「どうしたんだよ?

 急に……」



 昼休み。

 場所は、学校でダントツ人気の無い特別棟の2階と3階をつなぐ階段。

 何故、自分達のクラスで食べないか?

 理由は簡単だ。


 昼休み、あの場所は“戦場”と化す。


 そんな場所でランチタイムを邪魔されたくないし、クラス内の抗争を止めることも出来ないトキら5人はいつもここまで避難して昼食を取っているのだ。

 定番になっている平和な場所。

 あまり大きな理由がない限り場所を変える気はない。



「ああ。変わったことは無かったか?」



 回答を求められたトキは悩むそぶりを見せ――



(ありすぎるが……

 話せる内容のもの1つもなんて無い)



 変な集団に襲われて――

 勧誘されて――

 巻き込まれて――

 家を破壊されて――

 学校生活にまで関わって――

 住所変わって――



「何でそんなこと聞くんだよ?」


「別に聞いたって良いじゃん?」


「ダメだ。今の俺はとても神経質になっているため、理由を教えなきゃ口を開かないぞ」



 軽いノリの友樹に対し、トキは硬い頭の人間を演じてみせた。



「アハハッ!

 トキが馬鹿になったよ!」



 そのトキを見て、自分より上の段に腰を下ろしている幸哉は、腹の底から笑っていた。

 トキは沈黙。

 墓穴を掘った気分だ。

 同じ空間にいる女子2名は見事に無反応。



「かなわねぇな……」



 友樹は理由を話す気になったらしい。



「最近クラス内でトキのあだ名が変わってきたからだよ」


「俺の?」


「あ、それ私も気になった」



 智明が話しに加わる。



「え? 変わってた?」



 トキのいるクラスは、変人の集まりだとか、戦場、異世界なんて呼ばれるほどオカシナ連中が押し込められたクラスだ。

 笑えないことに、全員にあだ名が付いている。

 ここにいる5人も例外でない。


 階段の一番上にいる幸哉コウヤは、『コウボウ』

 幸哉の場合はまだスタンダードなあだ名だから良いが、秋森 智明チアキさんの場合、あだ名が、『放火魔』である。

 メガネかけた崎島サキシマさんは、『スズメバチ』

 友樹トモキは、『バッファロー』


 で、俺。

 色世 トキのあだ名は……


 『Mr.バーチャル』


 これは、俺がゲームやマンガ――

 つまり、俗に言う2次元に詳しかったりする(といってもジャンルはかなり偏っている)からだ。


 一応言っておこう。

 俺よりも数段ディープな奴が同じクラスにいる。


 とにかく、あだ名が変わったとして……

 一体何に変わったっていうんだ?



「俺はまだ聞いていないな」



 トキ本人はもちろん。幸哉と崎島さんも知らないようだ。

 すでに新しいあだ名を知っているのは、友樹と智明の2人だけ。



「で、どう変わったんだ?」



 ふと、予想がついた。



(もしかして…)



「“引きこもり”だってさ!」



 予感的中だよ、チクショウ……

 それに変な出来事のオンパレードだったから、自分が引き篭もっていた事すら忘れかけている始末だ。



「そりゃピッタリだ〜」


「お似合いじゃん!」



 いや……

 お似合いっつぅか、まんまじゃん?

 いや、まんまじゃんとか、その前に、もう引き篭もってねぇじゃん!



「ハッハッハッハッハッ!!」


「クスッ

 何の捻りもなしね。ニックネームセンスを問わないと」


「何もそんなに笑うほどじゃねぇだろうが!!」



 みんな馬鹿にしやがって……

 チャッカリ何言っているんだ崎島さん!?



「マジかよぉ、引き篭んなきゃよかった……」



 今更になって後悔しまくるトキ。

 その間、崎島さんは黙々と弁当を頬張ることを再開した。






 昼休みが終わる頃、話題はすっかり別の話に変わっていた。

 いつものように昼休みの喧騒が残る5時間目。


 トキの席から見える光景を一言で言うなら――


『消しゴム合戦』


 文字通り、消しカス、消しゴムの破片が飛び交っていた。

 写真でよくみる湾岸戦争の光景にも匹敵する量の消しゴムが飛んだ時があった。


 ちなみにどの写真かというと、トキは詳しく知らないからこれしかいえない。


“夜空を飛び交う緑のレーザーか何か……”


 皆さん経済的余裕を持て余しているのだろうか?

 さすがに教師からの説教を喰らい――


 あっさりカウンター。

 クラスの知能派4人(その中に崎島さんも入っている)で、教師を丸め込んでしまった。



(さすがにヤベぇだろ?)



 今回が11回目だけど。

 生徒と教師の問題を抱えたまま5時間目終了。


 6時間目を迎えるまでの休み時間。


 不曲の宮原と、キリングマシーン岩井のケンカが始まり、結果は岩井のパーフェクト勝ち。

 宮原はいつも通り、1Hitも入れること出来ずにブチのめされた。


 懲りないヤツめ……


 6時間目、担任の登龍寺 蓮雅レンガ先生によるロングホームルーム。

 やはり、先ほどの5時間目のことで話し合いになり、抗議した生徒4人も蓮雅さんによって簡単に丸められた。



「担任の私から言えることは一つ」



 ジャージに身を包み、長いポニーテールにまとめられた赤茶けた髪を後ろでまとめている。それが蓮雅先生の外見的特長だ。



「そんなに体力を持て余しているのなら――」



 その一言でクラスに漂う雰囲気がガラリと変わった。

 説教を喰らってダンマリが続く雰囲気が、一瞬のうちに闘気で充満したのである。



(ああもう、またかっ!?

 このクラスになってから何度目だよ?)



 次に発せられる言葉が、大体予想できたトキ。

 トキだけじゃない。クラス全員がそれを理解している。

 そして予想通りその言葉は発せられた。



「全員、机を寄せなさい」


『ぃよぉぉっしゃぁ!!』

「早く行け!」

「るせェ 馬鹿!」



 待ってましたと言わんばかりに動き出す生徒達。

 ほぼ男子全員が机を教室の両サイドと前後へ綺麗に寄せる。

 ちょうど教室の真ん中がぽっかりと開いた状態になる。


 はぁ〜っ、皆さん血の気の多いこと……って!

 いや、ダメだろ!?

 さっきのこと反省しろよ!



「玄路君、これをドアに張って」



 そういって男子生徒:玄路が受け取った真っ黒の画用紙には黄色い文字で――

 『体育祭について作戦会議中。覗いたら通報!』

 ――なんて書かれている。


 ちなみに、この学校の最高権力者である校長は担任の蓮雅さんによって丸められている。 

 決して脅しているわけじゃないらしい……

 が、実際のところは怪しいもんだ。


 だって、未だにこのクラスへの苦情、学校側からは0件らしいんだから。

 クラスの中央に早くも1人の男子が立つ。



「リベンジだ!

 前に出ろ岩井!!」



 宮原……



『さっきブチのめされたばかりじゃん?』



 と、ギャラリーから苦情が飛んでくる。

 例によって例の如く、指名された岩井も宮原を叩きのめすために出て行く。絶対の確率で。

 売られた喧嘩は絶対買う、それが岩井だ。


 ちなみにこの闘い、6時間目が終わるまで続く。

 戦いとか、血が苦手な生徒は参加できるはずもなく――



「それじゃあ今日は、社会に出てから書類に書き込む時に役立つ実践術を……」



 ()りたいヤツは教室の真ん中で、戦り合い――

 戦りたくない生徒は、教室の横で蓮雅さんの実践術講座を聞く。


 どちらも嫌な人は自主勉強(つっても、遊んでいる奴が大半)。



(明らかに学級崩壊ってやつだと……)



 毎回思う。

 つうか、もっと説教するべきじゃないの?

 そんなことを思いつつも、トキは宮原と岩井の決闘(というか一方的で、いじめにも見えなくはない)を眺めていた。


 宮原の左正拳に合わせたカウンターが見事に入ったところで、藍が隣にやってきた。



「ねぇ、ここ本当に学校よね?」


「あぁ。学校さ。

 白州唯高校の2年3組のいつもの光景」



 約1ヵ月前。

 トキが引きこもっている間に、転入生としてこの学校にやってきた藍。


 それでも、この光景を目にするのは今回が2回目。

 どうも落ち着かないらしい。

 まぁ、本当にこれが授業の光景なのかと聞かれ、自信を持って首を縦には振れない。


 だって半・学級崩壊じゃん?



「これだけ騒いでよく苦情が来ないものね」


「蓮雅さんの仕業だよ」


「蓮雅先生の?」



 寄せられた机の上に腰掛けて2人は蓮雅の方に顔を向けた。



「去年もそうだったけど、かなり音響対策しているんだよ」



 トキの説明の最中、早くも岩井と宮原の対決に決着がした。

 右ハイキック。

 またしても1Hit入れることもなく、宮原は撃沈した。



「ところでさ」



 トキは藍に聞いた。



「10日くらい前だっけ?中華料理屋でさぁ……」


「パイロンの店のこと?」


「そう。あの時言っていたことで聞きたいことがあるんだけど」






 -9日前-


 パイロンが部屋に戻ってきた時、持ってきたお盆に人数分の飲茶が乗せられていた。

 芹真は再びパイロンが出て行くのを見計らい、



「じゃあ、信じるかどうか分からないが、俺達の詳細を教えよう」


「詳細って、私達のSRを教えるってこと?」



 思わずそう聞き返したのは藍だった。

 芹真はそれに頷く。

 藍が自分の力を明かすことを嫌っているのを知っていての言動だ。



「俺達が正直になれば、トキも素直になるさ」



 根拠無き自信。

 いや、心のどこかに根拠の欠片があるのだろう。

 ボルトは料理が食べられるのなら何でも話すだろう。


 それらを計算に入れて芹真はパイロンの店を選んだのである。



(まぁ、まさか藍がここの割引券拾ってくるとは思わなかったが……)


「あんたらが詳しいことを俺に教えたとして――で?」


「……で、ってのは?」



 話の要点をつかめない芹真。



「まだ俺に用事があるのか?」


「トキ、もう忘れたの〜?」



 ボルトが2人の会話に入ってきた。



「トキを私達の事務所で働かせることが、第1の依頼でもあるんだよ。

 それで、ついでに引き篭もりからやめさせる、っていう……」



 淡々と説明するボルトを、



「わかったから!

 じゃあ、始めてくれ!」



 トキは大声で遮る。

 当然、ボルトは頬を膨らませてトキを睨む。



「じゃあ、俺は相談事務所の社長の芹真。

 俺のSRは―(―」コイツ、聞いてんのかよ?)


「一応聞いているみたいだよ」



 トキと芹真の心の内を読み取ったボルトが説明する。

 ボルトとにらみ合っているトキだが、耳は芹真の方へ向いているようだ。



「“人狼”だ」


「ジンロウ?」


「そう。

 狼人間。狼男」


「狼男って、あれか?

 満月見て興奮するような?」



 トキが知る人狼。

 映画や本で見聞きした情報を口にする。

 どれかの情報が当たるかもしれない。



「銀の弾丸で死ぬとか、二足歩行の半人半狼になれるとか?」



 とは言ったものの、オカルト方面に関してはゲームで触れた分の情報しか持ち合わせていないトキである。



「当たりが1点ある」



 それでも当たりはあった。



「二足歩行の狼に化けることくらいはできる」



 foon。

 ヘェ〜。

 もっかい、ふ〜ん。


 その時、破れんばかりの勢いでドアが開く。



「川丸子湯と福建炒飯で〜す!!」



 扉を破壊しかねない勢いで部屋に突入してきたパイロン。

 これでよく店を任されているもんだ。



「待ってたよ〜っ!♪」



 機嫌を損ねていたボルトの顔に笑顔が戻る。



「いつもに増して早いな……」


「はい!

 自分でも作れるメニューが増えましたから!」



 改めて――

 凶悪そうなイメージのマフィアの息子:パイロン。

 彼のその言葉遣いと容姿のギャップに驚いた。


 見た目異常に丁寧な言葉遣い。

 芹真とパイロンのやり取りをよそに、ボルトは誰よりも早く料理に手をつけていた。



「いただきます」



 芹真も手を合わせ、食前の儀式を済ます。



「では!」



 それだけ言って再びパイロンが退室。

 入れ替わるようにボルトが挙手し、



「私のSRは“魔女”だよ!」



 これまた元気ハツラツと宣言。

 次に、トキと芹真の目が藍に向く。



「言わなきゃダメなの?」



 つい先ほど言い争ったばかりの藍とトキ。面と向かって話しにくいのはお互い様。

 付け加え、藍は元々自分のSRを話そうとしない。



「今日ぐらいいいだろう?」



 芹真の一言で藍から溜息が漏れる。

 話す気を完全に失ったか?



「“陰陽師もどき”のSR」



 短く、それだけ言った。

 よって、トキは肝心な部分しか聞いてなかった。


 元々まともに取り合いたくない気持ちで一杯だったから仕方がないと言ったら仕方ない。



「まぁ、他にも色々あるけど――

 簡単な説明はこれくらいでいいだろ?」



 いいワケが無い。

 が、今のトキにそれを突っ込む気力、精神的余裕はない。



「……人狼」



 トキはもう一度確かめるため、芹真に軽く人差し指を向けて言う。



「魔女?」



 次にボルト。それから……



「陰陽師」


「そうよ」


「じゃあ、魔法とか陰陽術みたいなのが使えるのかよ?」



 聞いてみた。こればかりはなぁ……

 論より証拠という奴だ。

 この目で見たら認めてやろうと心に決めたトキ。



「無理だよ〜」



 間髪入れずボルトは答えた。



「だって、私も藍ちゃんもさっきの戦いで意外と消費したんだよ?」


「してない」


「あっそ」



 ボルトの解説を否定する藍と、その解説を聞いてやっぱりなと思うトキ。



「どうせ、口だけのでまかせだ。と思ったら大間違いだよ〜」



 いきなり心を読むボルト。言いながらトキに人差し指を向ける。

 図星のトキは一瞬フリーズ。

 芹真はそんな事態を予測済みだったらしく、黙々と炒飯を口に運んでいる。


 トキが芹真たちの説明を信じないのは何故か?

 “自分は神だ”と言って、周りにそれを本気で信じる人間はいるだろうか?


 まず、いない。

 これは絶対間違いないとトキは思っている。

 それが常識だろう。だから信じない。



「信じてよ〜」



 箸で肉団子を4個の肉片にしながら、ボルトが困った風な口調で言う。

 が、そのボルトの表情は料理の所為かわからないが、綻んでいる。


 そんなに美味いか、肉団子。



「華創実誕幻」



 ふと、トキの顔が聞いたことのない単語を発している藍へと向く。



「一段:しょうぶ


「何それ?」



 トキより早く、ボルトが聞いた。



「あ〜、初めて見る術だね」



 ボルトの視線が自分……

 正確には、自分の背後に注がれていることに気付き、トキは自分の背のほうへと顔を向ける。

 そこには藍が居た。



「あ……れ?」



 2人……

 再びトキは卓に座っていた藍へと目を向け、



「あれ?」



 紛れもなく、藍本人はその席に座ってトキの反応を堪能していた。



「菖の効果は、虚像」


「あ、なるほど」


「菖」



 もう一度術を発動し、虚像が4体に増えた。






 その時のことを思い出しながら、トキは質問した。



「カソウジツ何とかって、……術?」



 最後の方をまわりに聞こえないように小声で説明する。



華創実誕幻かそうじったんげん



 藍の手がトキの肩に置かれる。



「一段:椿」



 その瞬間、トキと藍の周りに流れる時間の早さが変わった。

 瞬速効果の添付である。



「おっ、何だこれ?」



 周りの光景が全てスローモーションになる。

 オレンジの光が差し込む教室から、全ての声が消えた。


 その光景に驚くトキの横で、藍は掌をクラスの中央に向ける。



「一段:すすき



 もう一つの術で、スローモーションで動いていた光景が更に遅くなる。

 それはまるで止まっているかのようにも見えるが、僅かに動いているのが見て取れる。



「何なんだこれ!?」


「トキが疑問に抱いていたモノでしょ?」



 驚くトキに説明する藍。

 周りに2人の会話が伝わらない為にこの術を発動したのだ。



「じゃあ、これが藍の陰陽術?」


「クワニーとの戦闘中、トキにかけた“菫”

 パイロンの店で見せた“菖”

 それから、いま使っている“椿”と“薄”

 これが私の使う術の一部よ」



 教室全体に目を配る。

 やはり、誰もが止まっているようにしか見えない。



「それじゃあ、誤解を解いておきましょう」


「誤解?」



 机に座ったままのトキに、同じく机に座ったまま藍は説明した。



「私の華創実誕幻は、陰陽術じゃないの。

 あくまで 陰陽術-もどき- 」


「陰陽術と違うのか?」


「私は陰陽術を身につけることが出来ないのよ」


「へぇ、それでも陰陽師のSRって名乗っているんだ?」


「正確には全然違うけど」



 即答、否定。



「え?違うの?だって、パイロンの店では……」


「ええ。

 陰陽師もどきと言ったわ」



 トキには理解できない。というか、出来るはずがない。

 言葉に脈絡というか、道筋というか、順序というか……

 自信はもてないが、藍の話し方にそう言うのが無いから理解に困るのかもしれない。


 それ以前に、トキはあの時ちゃんと話を聞いていなかったのも原因である。



「この“陰陽術もどき”は、今は私だけの力。

 一般人にも正統陰陽師にも使えないオリジナルの術よ」


「へぇ。あの時見せられた残像も驚いたけど、これはこれで新鮮――

 というか、不気味だな」



 トキの目は静寂に包まれた教室中へと向いていた。

 極度のスローモーションのおかげで、動いているのかどうかさえ分からなくなってくる。

 いっそスローモーションじゃなく、完全に時間を止めてしまえばいい気もするが。



「あまりにも騒がしいと時は、これで半現実逃避できるわよ」



 便利なのかどうか判断が難しい。

 藍の術は、端から聞けば現実離れしている。

 実際に目で見て体で体験すればより現実離れしている。しかし、認めざるを得ないのも確かだが。



(改めて……本物だな)



 トキが藍の力を認めたところで、藍は少し自慢げに、



「こんなことも出来るわ」



 掌を見せるように左手を差し出す藍。



「二段:紅葉」



 もみじ。

 トキの頭の中に紅一色に染まる山の風景が浮かんだ。

 と、掌から熱が零れてくる。



「:朝顔」



 藍はトキの前で2つの術を同時発動させ、掌に炎を生み出す。

 トキは目を丸くした。



「わっ!

 ……炎も出せるのか」


「正確には紅葉で熱を生み、朝顔で光を放ったの。

 理論的に炎を作った、と言っていいのかしら」



 藍は掌を握り、炎を消した。



「何か、術を唱える時、何段とかって言うけど、全部で何段あるんだ?」


「あまり人には教えたくないけど……いいわ。

 今日だけ特別に教えるけど、他言は禁物よ」



 特にクワニー。

 言ってから、それを付け加えて言おうか悩み、とどめた。



「分かってるって」


「約束よ」



 念を押し、藍は説明に入った。



「華創実誕幻は、私ともう1人の陰陽師もどきが作ったオリジナルの戦闘陰陽術よ」



 藍の真剣な眼差しがトキに注がれる。



「基本は一段。

 この段から術は始まって、次に二段、三段と続くの」


「どう違うんだ?」


「一段は主に効果。

 二段は属性(二段の下段は特別だけど)

 それで、三段は特殊な攻撃と効果」


「始めから三段目は出せないのか?」


「出せなくは無いけど――

 強力な術は一段目を発動させてからじゃないと無理よ。

 三段目と天段は、一段と二段の効果と属性の複合強化版だから特に。

 獄段は例外だけど……」



 段々ややこしくなってきたところ――

 実際はそうややこしい話ではないが、午後という一番眠くなる時間帯もあって話を聞くだけでは頭で整理ができなくなっているのだ。

 

 ほら、結構眠くなる時間帯じゃん?

 トキは頭を整理するため時間をもらった。



(えーっと、つまり――

 ゲーム的な感覚でいけばこうなるんだな……

 一段が基本攻撃。

 二段が効果。

 三段が……一段と二段の術の強化版で)



「天段と獄段?」



 藍はその質問にもすぐに答えた。



「天段は切り札よ」


「すごい術なんだ」


「華創実誕幻の中でも最高威力と効果を持っているのが天段よ。

 基本的には三段の後にしか発動できないけど例外もあるわ。

 獄段は天段とも……ちょっと違うかな」



 獄段の説明に困る藍。

 当然、トキは疑問に抱いた。



「やっぱり違うんだ。

 で、今度はどう違うんだ?」


「獄段は……回数制限みたいなものがあるのよ。

それに対して、天段は回数制限は無いと言ったら無いわ」


「どっちも回数制限はあるんだな?」


「……1日の内に発動できる回数に制限のある方が天段。

 もう一方の獄段は、一生の内で使える回数が決まっているもの。

 ええ。今の表現の方が正確ね」



 自分でも納得し、藍は念を押す。



「1日の内に回数制限がある術が、天段。

人生で使用回数に制限のある方が、獄段よ」



 分かりにくい表現に少し戸惑ったものの、トキも納得した。

 切り札のような術であることは同じで、ただ、使える回数が違うだけだ。



「華創実誕幻について他に聞きたいことはある?」


「いや、ない」


「じゃあ、それ以外で聞きたいことは?」


「………ぁ。

 ある!」



 質問を思い出し、藍に投げる。



「今の俺達の立場、ってのが気になるんだ」


「立場?」



 話の糸口をつかめない藍に砕いて説明できるようにトキは頭を回す。



「それは、私達、芹真事務所全員にいえること?」



 トキが言葉を選び抜く前に藍は聞いた。

 まさしく、当たりである。



「そう。協会がどうのこうのって話とかしているじゃん」



 芹真とディマが話している場面を思い出す。

 ディマたちも協会を抜けた、と言っていた。

 『も』ってことは、芹真さんらは既に抜けていると解釈できる。


 もちろん。

 芹真さんはそれに頷いた。


 とっくの昔に抜けた、と。

 芹真さんやディマの会話を聞いてそう解釈する前にその話は聞いていたし。



「協会ってのは敵なんだろ?」


「世界中の全SRのうち、約70%が協会の側にいるわ」


「残りの30%は?」


「無所属の者達を協会はテロリストと呼んでいるわ」



 あらかじめ前置きを言っておく。

 重要なところを説明しているからだ。



「残り30%中、26%の割合を無所属者たちが占めているわ」


「俺達は無所属に入るのか?」


「いいえ。私達は協会でも無所属でもない、小規模集団。

全体の4%くらい、最も割合の少ない立場にカウントされているわ」


「4%って……」



 協会とは一体何なのか?

 それは芹真に聞いた。


 SRによる犯罪を防ぐための組織。

 無所属の者ほど、何モノにも束縛されずに自分のセカンドリアルとしての力を自由に開放できる。

 だから、無所属の者をテロリストと呼ぶということも聞いた。



「小規模集団のほとんどが、弱小で脆弱なSRの集まりだからよ」



その中で、芹真事務所がどれだけ異色の存在なのか、トキはまだ気付いていない。



「どっちかというと、小規模集団のほうがテロに繋がりやすいんじゃないか?」



テロリズムや犯罪心理に詳しいわけじゃない為あまりハッキリしたことは言えないが、集団の方が“皆で行けば恐くない”の理論で行動し易いんじゃないだろうか?



(集団心理もよくわからないなぁ……)


「どれだけ束になろうと、弱小であることに変わりはないのよ。

 SRだけの世界情勢で言うなら、完全に協会側が優位な立場にあるわ」



 圧倒的人数。

 その全員がSRに目覚めた者達だ。

 中には軍隊にだって手におえないSRがいる。



「そろそろ術を解こうと思うんだけど?」



 藍の言葉を聞き、トキは教室の時計に目をやる。

 密かにカウントしていた。

 これくらい話をして、3秒も経っていない。



(便利な術だなぁ……)



 術を解くことに頷いたトキを横目で見ながら藍は中央へと体を向けた。

 少し、後悔する。



(嘘をついた)



 自分に言い聞かせる。これでいいのか、と。


 4%……


 確かに、弱者同士の組合が4%の内、3%を占めている。

 しかし、正確な情報を教えるならこうなる。

 “協会すら手出しできない連中の集まりこそ小規模集団の本質であり、弱者もそういう厄介なSRと強い繋がりを持っている厄介者たち”


 それが、小規模集団だ。

 テロリスト撲滅のために組織された協会。


 “協会からテロリスト扱いされないテロリスト”


 パイロンもそうだ。これからSRとして目覚めるだろう彼。

 そして、その父親の孫悟空も。

 世界で十指に数えられる強者だ。


 ……それでも。


 パイロンはもとより、小規模集団はSRな力を使って事件を起こす気はない。

 だから、小規模集団と呼ばれる。

 テロリストとしてカウントされないのもその為だ。

 群れるだけで直接的な脅威ではない。


 その後、藍は誰かに聞かれたらまずい説明も、聞かれても大丈夫な説明もなかった。

 ただトキと並んで、目の前の決闘を6時間目の終わりまで観戦しるだけだった。






 1時間後


 夕焼けに染まる街。

 街の中心部から少し離れた地域に『芹真事務所』は建っていた。

 1階が事務所。2階は物置。3階には、いつの間にか住みついた人が何人か居るらしい。

 4階だけ未だ謎。

 屋上には、物干し竿とテレビアンテナ。

 芹真事務所を簡単に説明すればこうなるのだ。


 それが、肉親から送られた情報。

 特殊なスーツに身を包み、景色に溶け込んで事務所を見下ろしている者がいた。



(芹真事務所の周辺に特殊な視覚結界か……)



 明らかに異常が発生している。

 その状況に男は溜息をつく。



(芹真事務所………

 全員が手練れと聞いていたが、嘘のようだな)



 男が耳にした情報と、いま男の眼下に映る光景。

 そこには大きな差があった。

 平和な日常生活が事務所のメンバーを変えたのだと思う。


 そうでなければ、何故芹真は動かない。

 あの光の魔女は気付かないフリでもしているのか。



(社長の芹真は人狼としてトップクラスの猛者。

 同じく同居するボルトも外見は大分変わっているが、最近見せた戦闘能力の高さから見て、どの魔女よりもズバ抜けて高度・特異極まるものだ……

 それに――)



 そして、何故これほどの異常事態に芹真事務所 “ナンバー1”の実力を誇るSRが気付かないのか?



(陰陽師もどき・符術師……そして)



 彼女のことは聞かずとも少しは知っている。

 だから、男は落胆しているのだ。



(何故この事態に気付かない?

 ……藍!)



 男の目には、トキと肩を並べ何事もないように事務所へと帰宅を続ける藍の姿が映っていた。






 事務所に帰ってきた藍とトキを、いつも出迎えてくれるはずのボルトが、今日は現れなかった。



「誰もいないのか?」



 静寂に包まれた事務所内は、いつも誰かがいる騒がしい事務所の雰囲気からは想像も出来ないくらい寂しいものだった。



「出かけたみたいね」



 藍は綺麗に片付けられた台所を確認して、確信した。

 芹真とボルトが一緒に出かけるときは、決まって事務所を清潔にしてから出かける。



「買い物かな?」



 ソファに鞄を置きながらトキは言った。



「書置きも無いみたいだな」



 藍も鞄を置き――

 テーブルの上にたたんで置かれている新聞に気付いた。付箋が張ってあることにも気付く。

 時折、芹真はこうして自分がドコに出かけるのかを、直接紙に書かずにヒントだけを残して出かけることがある。



(夕刊?)



 一度は新聞が開かれた形跡がある。



「コーヒー飲む?」



 トキの質問に耳を貸さず、藍は付箋の貼ってあるページを開いた。



「勝手に淹れとくよ?」



 藍からの返事が無いことを確認し、トキはカップにコーヒーの粉を入れ始めた。



「………」



 藍の目が、付箋の貼ってあるページ内の記事を転々と移り読んでいく。



(中国でテロ。

 ケニアで新種の感染症の疑い。

 フランスの航空機がトラブル。空港が乗客で溢れかえった。

 世界の警察検挙率、堂々の1位は――

 …………)



 藍が新聞に目を通している間、トキは給湯ポットの中身を調べていた。

 中は全く冷めていない熱湯でいっぱいだった。

 きっと、出かける前に芹真さんかボルトが入れてくれたのだろう。

 いつも学校から帰ってきた藍とトキを出迎えてくれるのはボルトで、間髪入れずに芹真さんがコーヒーを差し出してくれるのだ。


 まだ1週間とちょっとの共同生活だが、トキはそのパターンを覚えた。

 出迎えはボルト。

 で、間髪入れずに芹真さんがコーヒーを淹れてくれる。


 有難いけど――



(俺はブラック飲めないんだよなぁ……)



 芹真さんが淹れるコーヒーはやたらと濃い。

 コーヒーに限らず、紅茶や緑茶まで全ての味が濃い!


 トキはコーヒーカップに熱湯を注いでいく。



(え!?)



 藍の目がある記事で止まった。

 芹真が残したヒントが見つかったのだ。



「そんな……」


「どうしたんだ?」



 2人分のカップを運びながらトキは藍に聞いた。



「芹真さんたちはパイロンの店に行ったみたいね」


「あの中華料理屋に?」


「そう。この記事を見て」



 テーブルに新聞を置き、両手をついて藍は説明を始めた。

 トキの目がその記事へと向く。

 そのページに載っているのは全て外国の出来事だった。



「イングランドの孤児院施設で火事?」


「私やボルト。それからディマもお世話になった場所なのよ」



 そこに載っている記事の内容を簡潔に言えばこうなる。

 “現地時間のPM 23:58にイングランドの孤児院で火災が発生。

 出火所は台所である可能性が高く、現在も調査中。

 当時、院内には100人近くの孤児たちが就寝していた。

 児童指導員や保育士たちの対処が遅れたことが原因か? 生存者 -0人-”


 トキは首を横に振る。



(ひでぇ事故だ……)



 哀れむトキを気にとめず、藍は新たに説明する。



「この施設、表向きはちゃんとした孤児院だけど、裏の顔はSRの――

 特に魔法使い達の隠れ家なのよ」



 トキは自分の耳を疑った。



「魔法使い?」


「そう。17世紀あたりから存在している歴史ある隠れ家なのよ」



 当時の魔女狩りから逃れた者達の最後の隠れ家。

 なぜ孤児院なのか、その理由は藍も知らない。



「今も、この孤児院は魔法使い達にとって隠れ家であった……」


「SRの家」


「ここに名前は載っていないけど、保育士や児童指導員もSRなのよ」


「もしかして、全員がSR――とか?」


「指導者たちは全員そうよ。

 でも子供達は違う。すでに力を発現しているか、これから発現しうる子供たちよ。

 ただの人間もいたハズ」



 トキは手に持ったコーヒーのことを思い出し、藍に差し出す。



「ありがとう」


「じゃあ、ほぼ全員が魔法使いであったにも関わらず、火事になっちまったってのか?」



 何とも間抜けな……



「違うわ」



 藍はそれの否定した。

 危うくトキはコーヒーをこぼしそうになった。



「私が知っている限りだと、あの施設には火の特性を持った魔法使いがいた。

 それでも火事が起こり、なおかつ生存者が皆無……

 いくらなんでも有り得ないわ。

 つまり、そこから出てくる結論は一つよ」



 生存者ゼロ。

 火災対策が万全かは知らないが、藍の口調を聞く限りだと充分に対応できる人材は揃っていたようだ。

 だが、それでも火事になった。

 魔法使いは何もしなかったのか?


 いや……

 トキも藍と同じ結論に辿り着いた。



「襲われたとしか考えられない。あの施設にいた魔法使い達を凌駕するSRの持ち主に……」


「そんな……」



 信じられなかった。

 これが事故ではなく、事情を知る者だけに分かる無差別殺人だと言うことに。

 それから、SR同士が殺し合う理由。


 今回殺されたのはほとんどが子供だ。

 何故、孤児院を狙った。全員がSRだからか?

 いや。



「――そう、思い出したわ。

 この孤児院は、協会の側についている」


「協会に?」



 トキの頭にセカンドリアルの勢力と関係図が思い出し、投影される。



「ってことは、相手はテロリストか?」


「その中でまともに魔法使いの集団を相手に出来る――

 且つ、協会に喧嘩を売る人物なんてごく限られている」



 藍の頭にそいつの名前が浮かぶ。

 一時期とは言え、自分に大きな希望と力を与えてくれた孤児院の焼け崩れた写真を見ながら、藍は言った。



「テロリストの筆頭と言われる男……

 メイトスの仕業である可能性が高い」


「な!?」



 その名を聞いてトキは驚いた。



(芹真さんが言っていた倒すべき目標――

 その1人目の!?)



 完全否定のSR。メイトス。



「ここまでやったということは、トキのことを知るのも時間の問題ね」


「な、どうして!?」



 何故、孤児院の事件でトキのことを知ることができるのか?

 どうして存在を知られるのが時間の問題なのか、トキには理解できなかった。



「トキがこれから目覚める力の候補者があの孤児院にもいたからよ」


「候補者?

 俺の……他にも?」


「ええ。いるわ。

 SRの候補者は」



 芹真、ボルト、藍はすでに知っている話ではあるが、トキにとってそれは初めて聞く話だった。



「何だよ、候補者って?

 何で――」


「トキの他にも、同じ力に目覚める可能性がある人間は何人かいたわ」


「いるのか?」


「ちゃんと聞いて。“いたの”よ。

 でも、もうトキを残して他は殺された」



 僅かに噛みしめながら藍は言った。



「あの孤児院にいた子を含めて残り2人。残るはトキだけのハズよ」


「え……俺だけ?」



 藍が本気で言っていることは間違いない。

 冗談を言うタイプじゃないし。

 だからこそ、本格的な恐怖が腹の底から湧いてくるのだ。



(俺が?狙われている……)



 次に殺されるのは自分か?

 それは確かなのか?

 そうだと分かったとしても逃げ出すことしか出来ないのが、今の自分だ。



「次はトキの前に現れる可能性が極めて高いわ」



 そんなトキの心境を知ってから知らずか、藍は決定打を打った。


 やべぇ。

 今のうち警備会社にコネでも作って……



(って、そんな金があるか!)



 パニックに陥った。

 それを察した藍は、



(言わないほうが良かったみたいね……)



 ちょっとだけ後悔した。






「芹真さん、父の携帯に繋がりました!」



 同時刻。

 芹真とボルト、それからディマの3人+1人はパイロンの店に来ていた。



「サンキュー」



 芹真がいつも使う個室に5人はいた。



「一体孫に何の用事なんだ?」



 白人の男が芹真に聞いた。



「ちょっと黙ってな、ワル」


「おそらく、銃器の注文だと思います」



 回答を拒否した芹真に代わって、ワルと呼ばれる白人に説明した。



「久しぶりだな孫さん」



 会話が始まり、パイロンも口をつぐんだ。



「その話は互いにナシだろ?」



 どんな会話なのかパイロンは気になって仕方がない。

 自分の父:孫悟空と、憧れの先生的先輩的存在である芹真。

 付き人や、父の仕事仲間からも2人の関係は聞いたことがある。


 世界一の怪猿と世界最速の人狼。



(協会が傍観することすら出来なかったと言われる2人の戦い……)


「ああ。小さいのがいいな」


「ねぇ、ワルクス。今日も学校でトキに変化はなかったの〜?」



 勢い良く料理を頬張るボルト。



「いいや」



 ワルクスは否定する。



「まだだよ。

 ただ、それらしい力の放出――のようなものをたまに感じることはある」


「ホムッ。放出〜?」


「英語の授業の時しか近付く機会がなくてな」


「ハムッ。それでも“完璧”のSRなの〜?」



 話し方と表情から、ボルトが上機嫌だということは分かる。

 だからこそ……



(どこかムカつく餓鬼だ)


「ディマにもよく言われるよ〜」



 勝手に心を読むことも、ボルトの得意技だ。



「分かってて、そういう風に思った」


「むっ」



 大人気なく喧嘩を売るワルクスとその原因であるボルトに目を向け、芹真は孫の話に耳を傾け続けた。



『じゃあ、ワルサーでどうだ?』


「スプリングフィールドXDあったろ?

 そうだな、サブコンパクト」


『そいつは在庫が少なくてな』


「PPKじゃダメだ」


『弾数か?』


「それが大きいな。

 なんたって、学生に持たせるんだからな」


『学生?トキって奴か?』


「知っているのか?」


『そこにいる息子から聞いたんだよ』



 電話の向こうの孫は、同じ空間にパイロンがいることを見通している様だった。

 考えてみればコレ、パイロンの携帯電話だし……



「パイロンから聞いたわけだ」


『別に減るもんじゃねぇだろ?』


「別に買う気が失せた訳じゃねぇ。

 ただ、下手に話しすぎると長生きできないぞ?」


『分かってる。言っておくよ。

 で、XDのコンパクトだな?いくらで買う?』


「ん〜、デカ過ぎて見失っちまうほどの借りがあるから……」


『あったか?』


「俺が渡来した時、助けてくれただろ、族の時の。

 それからトチった時もぶっ放しにきてくれたろ?」


『まぁ、結果的に助けたことにはなるか。

 で、いくらだ?』



 芹真は考えに考えて、



「100万」



 言い放った芹真の額に、一同は驚きを隠せなかった。



『単価は?』


「何が一番だ好きだ?」


『焦らすなよ。ドルだ、ドル』



 不敵な笑みに彩られる芹真の顔。それは話し相手の孫も同じだろう。

 ディマはどこにそんな資金が転がっているのか疑問に思った。



「OK。じゃあ、ドルな。店の方に投資しとくよ」


『店?おい、そりゃ無いだろ!?

 せめて口座に振り込むくら……………って、おい。

 まさか――』



 孫の口調が変わる。



「すまん!

 銀行のあの機械、未だに使い方がわからないんだ!」



 深い溜息が出てくる。

 芹真じゃなく、ワルクスの方が。



『……仕方ねぇ。哀れな人狼にオマケ付けてやるよ』


「お!助かるよぉ。何せ、いまは俺も丸腰だからさ!」


『恩を作っとくのがこの商売だ』



 そこから先、2人の会話は弾み――ズレていった。



「ねぇ、ボルト。

 芹真は私達にも金を出せと言いそうかしら?」



 音量をセーブし、小声でディマが聞いた。



「ううん。でも――

 確実に誰かからお金を取る気だよ」



 普段から敵対関係にある2人の会話を聞きながら、パイロンは緊張した。



(この2人の仲の悪さは、犬猿以上だと聞くけど……)



 いまの2人からそんな険悪な雰囲気は漂っていない。

 むしろ、母と娘みたいにも見える。

 身長に差がありすぎるのも原因だが、まず、性格にも差がありすぎる。



「芹真。俺の武器も頼めるか?」



 ワルクスが電話中の芹真に注文した。

 その突然の注文に芹真は――

 ――悟った。


 同時に、パイロン。

 ワンテンポ遅れて、ディマとボルトも気付く。



「孫。追加注文だ。

 870のエントリーガン」


『レミントンだな?』


「ああ。とにかく送ってくれ、後払いで。それじゃ」


『敵か?頑張れよ。

 明日には届くだろうから』



 芹真が電話を切った直後、従業員が部屋へ飛び込んで来る。



「オーナー!敵襲です!」



 全員が戦闘準備を始めた。







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