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Second Real/Virtual  作者:
49/72

第48話-崩壊感染源-

 

 喋る、聞く、現実となる。

 聞く、伝える、嘘に変わる。


 “また根も葉もないこと言い散らしてやがる”


 無を有に。

 噂を情報に。

 霞に輪郭を。

 知の無を有へ。


 “一体如何なる根拠があって言い張るんだ?”


 話す、教える、訪れる静寂。

 知る、感想を求む、新たな世界に塗り替えられる。

 感動する、“有る/在る”ことを報せる、傾く耳の少なさに自身を疑う。


 “それ本当?”

 “前のお話が嘘となってしまったので、私にはどうしても信じられませんわ”


 人が言葉を信じられなくなったら、何に縋ればいいのだろうか。

 初めはみんな、私のことを嘘つきと呼んだ。

 1つの情報を、私1人だけが独占したくない思いがあってみんなに教えていただけなのに。持ち得ない情報を教えてあげることの何が間違っていたのか、それに悩んでいるうちに私は巷で嘘つきではなく“キュウキ”と呼ばれるようになっていた。僅かな期間だったが。


 “外国の人が凄い形相で怒っていたな”


 根も葉もない嘘とは果たしてどれか。

 私は外国人と接した事もなければ、関わろうとすら思ったこともない。その上、本物の外国人なんて、中学校の授業で会った経験だけが当時の唯一。怒らせたこともなければ、喜ばせたこともないし、悲しませたことすらない。そもそも触れてなどいない。


 “嘘つき”

 “信用できねぇ奴だな”

 “お前のせいだ……全部っ、全部失くしちまっただろうが!”


 中学を卒業する頃、私のあだ名は3度目の変化を遂げた。

 それは同時に親しかった全ての人との決別であり、善悪の全てを忘れ、ただただ話すばかりの自分に変貌を遂げた瞬間であった。何のために情報ばかりを仕入れる生活を送ってきたのか、何を思って伝えることに意義を見出していたのか、今では思い出すことすらできない。全て霞のようにぼやけ見失った真実。


 何が嘘で、何が真実なのか。

 もう何も考えたくない。

 私が口を開いても信じてくれる人間はいない。

 嘘をつく勇気なんて無い。余裕もない。

 ありのままだけを話す。話そう。

 何も考えず、聞いたままを伝え、知ったままを教え、私は何も脚色しない。



『いや、それは違うよ』



 再び日常を取り戻せるだろうと予感した高校1年生の春。

 高校生活で初めて私の“嘘/間違い”を指摘した男がいた。



『何が違うっていうの……え〜と、君』


『確かにKO●Iのソレが映画化するって話は出ていたけど、製作費が馬鹿にならないって理由で製作中止になったんだよ』



 きっかけはあまりにも些細なことだった。

 得意げに話していた私を、影ほどの存在しか持たなかったソイツは静かに、しかし確実に挫いたのだ。



『何よ!たまたま情報が古かっただけでしょ!』


『ああ』


『――何? 教えてくれてどうも。でもさ、いきなり後ろから話しかけないでくれる?』


『わかったよ。気をつける』



 そいつとの会話を端緒に、私のウィルスという名前がどこからともなく蘇った。

 思い出したくない名前が、気付けば影のように付いて回るほどにまで肥大化し、気付けば私は類家香織と呼ばれるよりも、ウィルスの名で呼ばれることが多くなっていた。

 全てを掘り返す原因を造ったあの男が悪いんだ……無感動で、中途半端で、引っ込み思案で、そのくせカラーコンタクトをいつも付けているような半端な目立ちたがり屋。喧嘩も弱い、勉強も平均以下。世事に疎く、書物とも縁遠く、気配りもからっきしなゲームオタク野郎。


 それなのに――色世、時――私よりも信頼されているのは何故?

 

 

 

 

 全くの予想外に遭遇することが、最近は多かった。

 学校での危険物採掘――ガス漏れ事件という話もあった。関連性の薄いクラスメイト同士がこぞって同じ内容の夢を見たり、桜色の雪を見たと妄言する者や遠足先での悲劇的遭遇。

 ばらばらになっていくクラスメイト達。他のクラスよりも特殊な編成で在学を許された3年3組だが、感情の起伏を欠いた人間は数えるほどしかいない。

 鉄面皮は1人。 面倒臭がり屋が1人。 無関心が1人。

 現在3年3組の教室で目の前の光景を見ている者全員が我が目を疑った。

 それまでどんな揉め事に対しても無関心に振舞っていたトキが今、集まっている全員の目の前で狂気に触れたクラスメイトの暴力に立ち向かっているのだから。



「――コントンさんと一緒に行けるんだ!」



 類家香織が二色の剣を振るう。

 トキの命を奪わんと攻め続け、反撃を一瞬で立ち代って躱し、ついにはトキから奪った剣を胸元に突き立てた。



「トキ!」



 僅かに膝を震わせた宮原が類家へと突撃する。剣がトキを襲っている今なら武装解除ができ、それがトキの救出にもつながると考えての突進であった。が、類家のSRはその危機にしっかりと対応する。

 トキと自らの位置を入れ替え、宮原のタックルでトキを吹き飛ばす。教卓に後頭部をぶつけるトキと、手首を挫く宮原。



「くっ!すまん!」

「宮原、時間を借りるぞ!」



 攻略法を1つ、トキは見つけていた。

 逆転による防御は後手が必須条件。



(類家がコントンとどこかで接触したのは確かだ!

 問題は、類家が事の重大さに気付いているかどうか!)



 両腕を開く。

 それぞれの掌を開閉させると同時に、本物のLv.3:クロスセプターを発動する。

 Lv.1:時間奪取と、Lv.2:時間創造の両方を任意に発動させることの出来る空間を生み出す力がこれである。力加減で他人の心を読むことも可能となり、また、こちらの思考を伝えることもできる。

 これの発動で宮原の時間を完全に停止する。廃工場を襲撃した3人を捕縛した時のように。同時に、僅かな時間を固まった宮原から借りて開いた穴を塞ぐ。



「ねぇ、宮原の様子が変よ!」


(銃刀法違反……)

(トキも類家もどうなっているんだ?)

(クソッ!俺にも今のトキみたいなスピードがあれば!)

「やめて類家ちゃん!」

(ウィルスの名を本物にするんじゃない……!)

(何でトキが戦っているんだ?)

(腰抜けだったトキが、しっかり戦えている。ということは夢か?)

(類家もだ。2人とも喧嘩するような人間じゃないし――)


(何だ? あの白い球体みたいなのは?)



 時間の止まったクラスメイトの様子に気付いた級友が声を上げる。

 類家と色世の2人を交互に見回し、彼ら気付いた。学校の生徒・教職員から異世界と呼ばれる3組で、本物の異世界が展開されていることに。類家の凶行、そこにトキが加わったことによるある意味でのカオスが成立していた。


 トキが乱積した机に触れて机が消える。

 類家が剣を振ってトキを攻めつつ、再び動き出した宮原の攻撃を完全に避ける。



「止まれ!」



 叫ぶトキに全員が困惑を示した。

 大声が意味するものは何か。何を願っての発言と行動なのか。

 全く先の読めない戦いを目の当たりにし、喧嘩が日課とも言える岩井は恐怖を感じていた。



「あれは、トキなのか?」



 誰に質問するわけでもなく呟いた岩井の言葉に、多くの男女が同じことを考えた。


“トキの物理法則を無視した動きは果たして現実なのか?”


 集団催眠術という言葉が複数人の脳裏に浮かぶ。が、しかし、負傷を負った者達は疼くその痛みに現実であることを知らされた。

 認めたくない現実に諦観の印が上下に混乱する。認めたくない、認めざるを得ない。


 切りつけ、剣を作り出し、突き、宮原に時間を分け与える。



(刺されたはずの傷が塞がっている!)

(何で?)

(え、どうしてどうして?)

(有り得ないだろ!どうなっている!?)



 突然の轟音が鼓膜を震わす。室内に響いた銃声にほぼ全員が指や手を当てて耳を護ろうとした。


 銃 対 剣。


 トキが乱積した机から時間を奪取して作り上げた物が、マグナム弾を使用する大型自動拳銃。

 大型の弾丸で刀身を撃ち、軌道を変えつつ持ち手に衝撃を伝えて武装解除を狙う。麻痺。

 両手をグリップに沿え、引き金を絞る――2度目の衝撃を逃れようと、類家は逆転を使わずに大きく回避行動に出る。

 教室の壁を44マグナム弾が貫く――穿たれた大穴と銃口に殺意を感じ取りながら、類家は剣を構えなおしてトキの腕に斬り掛かった。

 躱して照準――射線に身体を乗せる。

 咄嗟に銃口を類家から外すのと、位置が逆転するのは同時――直後、類家の斬撃がトキの脇腹を掠め、トキの銃弾はクラスメイト達の足元へと飛んだ。



「コントンと行けるだって? それはどういうことだ!?」


「トキは行けないから欠片を頂戴!

 それから消えて!」



 デザートイーグルのフレームで星黄を受け流して照門が削り飛ぶ。

 拳を打ち込むだけの余裕が十分にある腹部を目の当たりにするも、打ち込んだ瞬間に位置が逆転すれば類家の剣がこちらを貫くだろう。



「何処へ行く気だ!」


「何を言っても信じない人たちに教える意味なんてないじゃん。例えば――!」



 マガジンを新たに作り、銃身も別物に取り替えたところで斬撃を躱す。

 懐に飛び込んで肘を見舞おうとするトキの前で類家は他者と入れ替わる。

 クラスメイト達の中に紛れる四凶。



「こいつとか!」



 木田村委員長と入れ替わった類家は、木田村委員長の膝を枕に介抱されていた桃山(とうやま)委員長の肩に星黄の切っ先を埋め込んでいた。

 鋭利を極めた剣先に触れて破れる皮膚の下から鮮血が零れ、僅かな呻きを周囲の悲鳴がかき消す。



「こいつとか」



 委員長の次は、クラスで木田村委員長に次いで腕の立つ女子――額からの流血をハンカチを当てて止血していた春蘭穂(はる らんほ)が標的となった。

 顔面に拳、平手。

 倒れた春の親指を思い切り踏みつけて、最後に無傷の側の足に星黄の刃を入れる。



「こいつも」



 男子、北島幸哉。

 彼はトキといつも昼食を一緒にいただく仲の、クラス内対立において非暴力を徹底した中立派のリーダー的な存在だった。

 見慣れた彼の姿に変化が現れる。四肢の損傷。

 失った腕の口から流れるとめどない紅。



「こいつらも……」



 類家香織が次々と入れ替わってゆく。

 教室は紅の色を深め、所々に黒が生まれる。

 1人の人間が放つ、蓄積された過去が周囲を焦がす。

 止まらない彼女の怒りが伝播する。

 憎悪が憎悪を生む悪循環の端緒。



「クロノセプター」



 逆転と反転を繰り返す類家の肩に、北島幸哉(ゆうじん)の四肢を元通りに復元し終えたトキの手が触れた。



「類家は何を恐れているんだ?」


「………………はぁ?」



 逆転。2人の位置関係が変わる。

 しかし、目線は互いを結んで離さない。

 無言でにらみ合う2人だが、類家の先制によって静寂は破られる。 腕を引き、(はらわた)目掛けて突き出す鋭刃。

 致命傷は必至。

 だが、あえて躱さない。

 切っ先が腹を捉えて内蔵をズタズタに裂き千切る。 その痛みに息絶えることは簡単だが、生かんと耐えることは至極困難であった。


 剣が身体を貫く。

 想像に絶する痛みに、一瞬で意識が飛びかける。

 最初の極痛を耐え、続く激痛に顔歪める。

 死ねたらどれだけ楽だったことか。

 噴き出す汗が筋を作る。



「――!!」



 まるで電撃。

 激痛が全身を駆け抜ける。

 腹部に受けた刺突。受けが切り口に触れて更なる痛みを呼び、何度も意識を持っていかれそうになるのを辛うじて堪える。

 そんな深刻なダメージをもらいつつ、デザートイーグルを握った手を類家の肩に置き、もう片方の手で星黄の刃に触れる。

 クロノセプター。

 時間を奪取して痛みを和らげる。

 延命措置を施す最中に、類家は阻害を始めた。

 負傷した腹部へと、手刀を傷口に見舞ってきたのだ。



「……っ!」


「私はいま、何も怖くないよ。

 トキどころか、軍隊にも負ける気がしない」



 押し殺していた悲鳴が口から零れ出てしまう。

 顔色ひとつ変えず、類家の手が体内を探りまわす。傷口から迸る鮮血に腿を汚しながら彼女は苦痛に歪む表情を楽しんでいた。

 クロノセプターで得た時間を回復に充てても、彼女の手が抑えようのない、触れるという攻撃を続けている。それが続く限り痛みを消し去ることは出来ず、反撃すらままならない。



「コントンを……裏――っ!」



 細い指が臓物をかき回す。

 五臓に触れるたびにこみ上げる嘔吐感と寒気、激痛。



「いいよ。私は何も信じていないし。

 “そこ”へ連れて行ってもらうだけで良いの」


「ど――ぐっ!」



 絡まる指が内臓を挟み掴む。

 嫌悪感に大量の汗を吹き、涙が滲み、体の震えが抑えられなくなる。 呼吸さえ苦しく、激痛は意識を濁し、姿勢を保てという電気信号の往来に支障が生じる。

 崩れ落ちそうな身体を類家は支え、更なる痛みを提供し続けた。

 そんな彼女に触れ、クロスセプター。

 接する類家が抱く感情の、哀怒の混色烈火が伝ってくる。 そこに見えた戸惑いと恐怖、それから巨大な虚勢。



「トキは消えて。

 あ、その前に欠片の場所を話して。じゃなきゃ、他の人も死ぬよ。例えば、さっきのあいつらとか――」



 立っているのもやっとな状態で全身の力を両手に集中し、もう一つのデザートイーグルを作り出す。

 瞬間創造。

 両肩に腕を乗せ、そこで生む大型拳銃2つ。内容は最大口径。

 類家の死角で。

 半信半疑で引き金を絞ると再度、爆音が教室内に木霊した。


 その一撃は銃声の二重。 相手は銃声の大きさ・衝撃力を知らない女子高生。

 一瞬の静止世界で引き金にかけた指が作り出した結末は、トキが予想していた通りの未来を生み出した。


 .50AE弾の炸裂音は、他の拳銃弾よりも口径のサイズに比例して大きい。

 聴き続ければ難聴を誘うに容易であろう音量を放ったデザートイーグル。

 両耳の傍で爆音に遭った類家は、当然耳を押さえて踏鞴(たたら)を踏んだ。

 体勢を崩して尻餅をついたところで逆転を始めるが、すでに類家の中に結果は残っている。三半規管の麻痺。立ち位置が逆転したところで耳の痛みや異変は残り続けるのだ。



「……おい、じっとしろトキ!」

「カーテン持って来い!」



 類家が転げた場所――トキの現立ち位置はクラスメイトらの眼前。

 逆転したトキは類家の代わりに地面を背にし、必死で駆け上がってくる激痛の波に耐えていた。それを見て駆け寄る級友と、頭を抑えて痛がる類家を取り押さえようとする級友たちが一斉に動いた。

 しかし、類家は活動を停止したわけではない。



「傷口を押さえろ!」

「大丈夫か!?」


「クロス、セプター」



 握られた手を振り解こうと、傷口に応急処置を施そうと近寄った級友達を止める。

 SRの戦いに極力巻き込まんと願った故の制止。

 白色の半透明の空間に触れた者が次々と止まる。



「大丈夫だ」



 床から時間を奪う。

 傷に充てた僅かな時間で最低限の回復を終え、立ち上がって類家と視線を結ぶ。先に押さえにかかった宮原を躱し、樋口と多名中(たなうち)を斬り伏せ、村越を一蹴した類家の目は、怒りの純度を高めて大炎と化し、揺らめき盛っていた。強度の落ちた星黄を強く握り、耳を押さえて顔を(しか)めながらも殺意だけは絶やさない。



「みんな、逃げろ!」



 両腕を開いたトキの肩に、近寄ってきた岩井が手を置いた。

 何をする気なのか。

 一切理解できない行動を続けるトキに質問しながら、傷ついた身体で不退の姿勢を示す。



「逃げろって誰に言っている?

 ふざけるなよ。クラス最弱って言われるお前が頑張ってんのに……」



 正面から飛び掛る宮原を躱す類家。

 そちらに目を向けながらも、トキの耳は岩井の言葉を聞き逃すまいとよく働いた。

 クロスセプターで空気から僅かずつでも時間を集め、それを岩井に送る。外し壊された肩に触れられた岩井は目を見張った。ありえない速度で回復していく自分の身体とそれを促進したであろうトキを交互に見回す。我に返って今度は類家へと顔を向ける。



「テヤァァッ!」



 宮原がまたしてもいなされる。木田村委員長が床を転がり、多名中と村越が額同士をぶつけ、藤峰は腕に深い切傷を負った。

 逆転と受け流し、打撃と斬撃。

 トキに後れを取るまいと立ち上がった彼らだが、誰一人として類家を止められず、触れることすらままならない。

 そんな光景を意識を取り戻した桃山委員長も立ち上がりつつ眺めていた。



「……組の乱れは、俺の統率力不足によるものだよなぁ?」



 岩井とトキの目線を受けつつ、肩の切り傷による痛みを堪えて立ち上がる。夏使用の制服を破り捨て、拳を鳴らして類家と向き合う。

 右の岩井、左の桃山委員長を見てトキは時間を集める。

 傷を癒さなくては。

 両手を開いたトキに、桃山委員長は言った。



「トキよぉ、お前凄いことができるじゃねぇか。

 それでテメェの傷は治せるのか?」


「まぁ」


「ひでぇ汗だな。俺達の傷はいいから、テメェを治せ」



 SRを目の当たりにしても全く動揺しない桃山に安心し、遠慮なく頷いてクロスセプターを始める。

 今度は岩井がトキに時間を与えようと言った。



「俺とミツルで時間を稼ぐ。お前ならあいつを止められるだろ?」


「あぁ」


「へっ、まさかテメェのクラスに異能持ちが居るとはな……行くぞ、岩井!」



 2人が仕掛ける。

 先に戦闘を展開していた木田村委員長らに加勢し、類家を抑えようと攻めた。

 桃山は木田村と。岩井は宮原と。

 やくざの息子と警察の娘、才色兼備と堅固不屈が四方から逆転のSRを囲む。


 しかし、どれだけ集まろうと類家は押さえられない。その確信があるからこそ、トキは一秒でも無駄にしたくないと願い、必死に空気中から時間をかき集めた。

 委員長達がどれだけ持ちこたえられるか分からない。ただ、長く持たないことだけは理解できる。

 いま、類家は怒りに震えている。

 手中の剣で級友を切り捨てる可能性は高い。それは先ほどの態度で十分にわかる。類家は何の躊躇いもなく凶刃を繰り出すだろう。



(ごめん、数秒だけ頼む……)



 目を閉じ、両腕を広げた状態で時間を収集する。

 空気中から時間を得ることは難しいが、成功さえすれば物質から奪うよりも多大な時間を得られるという利点があった。速攻で時間を得るなら物質だが、時間量でいうなら空気の方が多い。

 ただし、成功すればの話だ。僅かな集中の乱れがすべてを水泡に帰すことに繋がりうる。



「マイコ、下をやれ!」



 戦闘開始すぐに桃山の声が上がった。

 血の香漂う教室内、喧騒と悲鳴を背景にトキは時間の獲得を続ける。

 失敗は許されない。暗闇の中で集中し、周囲に漂う確かな時間を掌に集める。



「うるさい!」



 類家の声があちこちから響く。

 逆転と移転。

 対峙する者と入れ替わり、見守る者と入れ替わる。攻めと守りを入れ替え、本命を狙おうと剣を振るう。


 だが、岩井ら8人が全力で類家を阻止した。

 剣を落とそうと攻め、躱され、羽交い絞めにしても入れ替わり、視界に納めてもすぐ逆転して誰かと入れ替わって逃げられる。

 だが、どんなに躱されようと8人は我武者羅に類家へと攻撃を繰り出した。

 同士討ちさえ怖れず、怯まず、阻害を完遂する。

 宮原を中心に岩井、木田村が武器を落とそうと掴みかかり、藤峰・多名中は押さえつけようと背後や足元を狙い、桃山ら3人は無力化しようと殴りかかる。



「うるさい!邪魔をすんな!」



 暗闇の世界で類家の罵声を耳にする。


 この瞬間、現実世界の中で類家は僅かな変化を遂げていた。 立ち位置の逆転。そこに僅かでも任意を含むという能力。



「何だ!俺の手に剣が――!?」



 藤峰の驚嘆が集中力を乱す。

 続いて殴打の響き。それから一拍置いて再び斬撃の空切り音、飛来する冷たい液体。

 集中を切らす要因が相次いで襲い来る。何が起こっているのか理解出来ないが、兎に角急がなくてはいけない状況になっていることは間違いないと焦る。失敗は皆の抵抗を無駄にすると思い改め、出来る限りの自分を落ちつけ、力を集めて時間を手繰る。

 最後の収集。内臓の機能を修復して痛みを消す。皮膚・筋組織も必要分の回復を終え、手中に畏天を作り出して瞼をあげる。


 十数秒程度押し殺していた雑念が一斉に乱れ蘇り――

 類家の言うコントンの行き先、

 皆は無事か、

 助けられるのか、

 委員長はSRのことを知っているのか、

 類家のSR発現はいつからなのか、

 戦争には間に合うのか、

 いま、目の前に居る彼女を落ち着けるには死ななければいけないのか?

 ――同時に開いた視界に飛び込む新たな鮮血飛沫に恐怖を覚えた。



「退がれ!宮原!」



 十数秒間の暗闇から晴れた向こう、類家は8人中5人を完全に無力化していた。

 木田村麻衣子(きたむらまいこ)が四肢の腱を断ち切られ、藤峰徹(ふじみねとおる)は後頭部を強打して意識不明。 多名中豊(たなうちゆたか)は蹲って微動だにせず、村越貫二(むらこしかんじ)は顔面を赤色に染めて床に転がり、樋口四式(ひぐちよしき)は頚動脈を穿たれて止まっていた。

 立っている3人もすでに満身創痍。宮原以外、岩井と桃山両名は虚勢状態。



「馬鹿は退け!」



 実質残っているのは宮原のみ。

 類家が動く。

 岩井の横に並ぶ宮原と入れ替わり、息を切らす岩井へと斬撃を見舞う。それを警戒していた岩井は膝を折って避け、余力を振り絞って一気に懐まで詰めた。

 宮原も背後から迫る。

 それを見越していた類家が岩井と入れ替わった。

 不曲と呼ばれる宮原の攻撃パターンは一つ。そのパターンを見切った類家は、岩井の居た場所、つまり宮原の1歩先で隙を突くために構えていた。先端が打突を目的に膨らんだ星黄の柄。それが宮原の鳩尾に食い込む。

 体勢を崩す宮原の後頭部に、跪く形で姿勢を崩した宮原の首を斬り落さんと星黄が唸りをあげて迫る。



「させるか!」



 衝突する星黄と畏天。

 滑り込んで斬撃を防ぎつつ宮原を突き飛ばす。



「いい加減に黒い物の場所を教えなさいよ!」



 類家が歪む。

 宮原と入れ替わって背後からタックルで組み付き、マウントポジションを獲得したところで再度の問い掛けがやってきた。

 コントンと同じものを望み、コントンへの献上を目的とし、しかし――それでも、後悔を抱きながら虚勢を張り続けることで自分を保ち、混乱を自らへ誘いながら級友への攻撃を続けてもいる。


 矛盾する意義と行動。

 それの酷く忠実な実現。



「嫌だ、絶対に渡さない」



 (またが)って剣を左腕に突き刺す類家を目で捉える。畏天を彼女に受け止めてもらうように低速で振る。その間、感覚が激痛の熱で麻痺している左手を力いっぱい開く。

 手首を掴んで畏天の斬撃を止める類家。

 その目が自分だけを捉えていることを認め、認め返し、掴まれた右手から畏天を解放する。両手が開いたところで彼女は射程内に存在した。

 逃げ道はない。逃がすつもりもない。

 手放した畏天に違和感を覚えた類家の目が見開く。だが、次の移転を始めるよりもクロスセプターの発動が早かった。



「こんな、どうして私が――!」



 刹那、白い空間が2人を包む。

 明確な攻撃が来るわけでもなく、結果として痛みを伴う攻撃に過剰反応する類家香織のSRは、トキの痛みを伴わない時間制止から逃れることに失敗した。一瞬の迷いが逃れられたであろう僅かな時間を見送ってしまった。


“どうして、私が?”

“何で誰も騙すつもりなんてないのに”

“私が黒い欠片を持っていけば……”


 トキは返す言葉を失いかけた。

 犠牲者、それが類家香織の四凶から受けた影響。


“間違っていただけなのに、うそつき?”

“騙してもいない外人からキュウキなんて呼ばれるのはどうして?”

“うそつきなんて呼ばないで……呼ぶな”


 クロスセプターが彼女の言葉を拾う。


“どうして気持ち悪いトキの方が信頼されているの?”


 同情することもなければ、憤怒を抱くこともない。

 類家の質問はトキ自身にも解けない難題だった。

 人の信頼度というものは自分で設定することのできないステータス。他人と触れ合うことによって初めて生まれる繋がり。



『色世、時――私よりも信頼されているのは何故?』


『ごめん類家。

 それは俺にもわからない』



 完全停止の一瞬前、極低速時間の中で2つの精神が交流した。

 心と心が作り出す夢層の入り江に、2人の魂は反映する。

 あらゆる殻を取り払う、クロスセプターが生み出す空間の一つ。その中に類家を連れ込んだのはトキの意思だった。



『コントンとは仲が良いのか?』

『……私を利用しようとしているけど、私のことを信じてくれた人』


『利用?』

『そうだよ。私は見たの。あの大きな影』


『それは一体?』

『あの大きな影が何かはわからないけど、知った以上後戻りは出来ないって言われて……でも、嫌な感じがしたの。あの影は触りたくないくらい大きくて、冷たくて、永くて、深い』



 交わる2つの心が形を成していく。裸体に近い形状の精神を構築し、類家香織の心に残っている背景が2人を包み始めた。


 オレンジ色の空。

 空高くにある塔の天辺。

 そこに存在する黒く大きな影。

 強風に前髪が揺れる。

 類家の髪留めが攫われる。



『これは!』

『これがコントンさんの目的。この影を動かすためにトキの持っている破片が必要なんだって。これが動けば世界を一瞬で変えることが――人間を根絶やすことが出来るん切り札』



 かつて、夢で見たことのある光景にトキは固まった。

 類家は自分の中に留めていた情報のすべてを吐き出し、その内容が示そうとしている狂気に震えた。両腕を絡めても震えは止まらない。



『そんなに怖がるなら、どうしてコントンに破片を渡そうと?』



 逆転。



『私のこの力なら、コントンさんを止められると思って……』


『それだけの理由でクラスメイトに手を挙げたのか?』


『だって、私が言っても誰も信じてくれないんだ!

 それとも私と違って力を持っていない人を連れて行って、コントンさんを倒せると思う!? やらないと皆殺されるかもしれないんだ!学校も家族も友達も、皆死ぬかも知れないんだよ!

 他に誰がやるのよ? 誰に頼めばいいの? 信用ない私が誰にどう頼めばいいって言うの?』


『確かに信じないかもしれないけど、でも――お前のことを認めている奴はいる。

 それに口先だけで類家は信用できない、って言ってる奴がほとんどなんだぞ。

 お前はそいつ等を知っているか?』


『――嘘でしょ?』


『嘘なんかじゃない。

 俺のグループだとコウボウ以外、お前のことを嘘つきだとは思っちゃいない。マイコ委員長もそうだし、ヨシキなんかお前の話をラジオ並に楽しんでいたこともあった。』



 景色が夕焼けの空から暗色灰色のトンネルへ変わる。

 記憶から心境へと変化を遂げたのは、類家の動揺が原因だ。

 暗い石造りの構内は漏水が壁を濡らして寒さを感じさせた。冷たいコンクリートに拍車をかけて冷気を連想させるトンネル。奥へ行くほど暗さは灰から闇へと近づく。

 類家の背後の明かりと、今日を境に奥へと続くトンネルの明るさは火を見るどころか火が欲しくなるほどに暗く窄んでいた。



『それにこんなこと言っちゃ癪かもしれないけど……類家の力でコントンを倒すことなんて不可能だ』

『何で? どうしてそんなことが言い切れるの?

 それじゃあ、皆と別れる為に力を振るった私の努力は無駄だっていうの!?』


『それが間違いなんだよ。

 どうして嫌われて離れようとするんだ?』



 怒りに輪郭を揺らめかせるトキ。

 漂う嫌悪感に一歩後退する類家。 ふと、



『……なにコレ?』



 類家はトキの背後に見るコントンの素顔を見た。

 それは自分の知るコントンの腹黒い笑顔とは段違いで危険な本性。

 桜色の雪のようなものが舞う中、トキの記憶である映像が目まぐるしく動く。攻撃の一切を無力化し、時間と銃器を用いて嬲り殺しにかかる。 一瞬での移動、停止時間中を動く自由、何処からともなく取り出す銃器。

 類家は言葉を失った。自分の挑もうとしていた相手が予想の遥か上を行く凶悪な人物だったことち、それに挑んだ自分がどんな風になっていたのかを想像して。

 万に一つも勝ち目はない。



『コントンは俺が必ず倒す。その代わりに協力してくれないか?』


『協力? どうして私にそれを言うの?

 北島や大橋に頼めばいいじゃない。仲がいいんでしょ……』


『仲が良ければ頼めるってわけじゃない。

 ハッキリ言っておくけど、今の君はクラスで1番に強い。だから――』


『だから何? トキの代わりに何かしろって言うの?』



 頷く男に彼女は首を横に振る。



『正気じゃない……そんなに戦いたいわけ!?

 確かにコントンさんは悪い人だけど、でも、どうしてあんたが出しゃばる必要が――!』

『ある。

 俺がコントンに会わなければ、クラスの皆が殺される』


『みんなが?』

『頼む。あんなことをした後だろうけど、みんなを護って欲しいんだ』


『は……あは、無理に決まっているじゃん。私はもう樋口とか殺したんだよ?』

『いや、殺していない。

 聞いておきたいんだけど、首にナイフ入れただけで殺したつもりでいるのか?』


『普通死ぬじゃん! 何? 頸動脈を切ったのに樋口は生きているっていうの!?』

『ああ。俺が治した』



 飛び血で濡れた教室の光景が背後に浮かぶ。その中で、鼓膜を銃声に打たれた類家が血眼でトキに向かってくる光景が鮮明に映し出される。負傷した樋口や村越を最優先で延命しながら類家を躱す場面が来る。絶命寸前だった樋口を辛うじて意識不明状態にまで持って行き、昏睡しかけていた村越を軽い気絶にまで回復した。



『すぐに目を覚ますはず。

 それに、類家は嘘つきじゃない。さっきから聞こえてきた声の中に少しだけ知っている名前があった。お前は四凶達に利用されていたのかもしれない』


『利用?

 私をコントンさんが?』


『類家、覚えておいた方がいい。

 いま俺達の敵は四凶って呼ばれる奴らだ。

 コントンもその1人。

 キュウキもだ』


『キュウキって、それ……じゃあ、私は四凶の奴らに嵌められていたってこと?

 でもどうして?』


『詳しくは分らないけど、過去にどこかで遭遇したのは間違いないと思う。

 そうだ!

 こういう条件はどうだ? 俺が証拠を持ち帰る。その間だけクラスを護る!』



 景色が変わる。

 一週間前の遠足先。その惨状、その直後に。

 アレを繰り返さないための決意がそこに現れたのだ。



『証拠って、どうやってよ?

 トキが?』

『あぁ、どうにかする。

 これから四凶のいる戦場に行けると思うし、俺も四凶の奴らに用事があるし』


『……クラスが人質、っての?』

『他にもある』



 類家の視線を追い、自分の心像が映すものに注目する。 四凶による攻撃が始まる前の茶会。

 協会長、メイトス、魔術師2人、マスターピースという一勢力の指導者。その中に混じる自分の無知は鮮明に覚えている。マスターピースの警告も、会長の告白も。



『頼む!』

『やっぱり無理だよ。

 私はあんたのことが嫌いだし、それに皆に酷いことしたばっかりだし』



 再度、背景が変わる。


 何度目の変化か覚えていないが、類家にとって今度の映像はあらゆる意味で衝撃だった。

 そこに映っているものは、色世家・2階・トキの部屋・ゲームプレイ中とういもの。



『なぁ、類家。

 お前が俺にムカついているのはいいけど、自分の間違いを償おうっていう気はないのか?』



 ゲームしているトキと、真顔で説教を始めるトキを見比べてしばし回路がフリーズする。



『引きこもりのゲーオタ野郎』


『悪かったな。でもさ、そんな引きこもりでゲームオタク野郎の俺から一つ言わせて欲しいことがある。

 類家さ、お前逃げすぎだよ』


『ゲーム中毒者に言われたくねぇ……』



 背景のトキがコントローラーを放棄する。

 立ち上がってパソコンの前に移動し、攻略サイトの名前で検索を始める。が、マウスのポインタをサイト名に当てたまま数秒思考し、最終的にデスクトップの電源ボタンを押して再びコントローラーを手に取り、自力での攻略を再開した。



『お前、何か最後までやり遂げたことはあるか?』


『うわぁ……真顔で聞いてるし。

 無いけどさ、トキはあるの?

 まさか、ソレとは言わないよね?』


『俺のは良い例じゃないかもしれない。

 でも、おかげでゲームでクリアできない物はない。発売中止と糞ゲーの極み以外。

 大抵のゲームは最高難易度で全部クリアしたし、縛りプレイも一通りクリアした。

 わかるか?

 たかがゲームだけど、世界の一つは極めているんだよ』


『きめぇ……』



 全力で逃げ出したい衝動に駆られる類家だが、ここまで真剣なトキを初めて見ることと、そんなトキを言い負かしたい衝動に心揺らいで足は後退を選ばない。



『ゲームなんか極めてどうすんのさ? それが世界? 随分ちっぽけな世界だね』

『あぁ。籠っている間にその小さな世界を征服してみた』



 青筋を抑えて背景として動くトキを一瞥する。



『学校サボって自分の世界ね。それでよく今まで生きてこれたね。

 こんな奴に負けたなんて……』


『あのさ、ここ精神世界みたいなもんだから丸聞こえだぞ。

 それにお前また言い逃れしようとしてないか?』


『言い逃れ?どうしてそうなるの?』


『俺でも気付けて、他人に言われて改めて納得した人生の攻略法がある。

 “一つでもいいから何かを極めろ”

 そうすれば未来の見え方が変わってくる。 類家ならうまく皆と打ち解けることだってできたかもしれない。本当はそう言いたかったんだけど、聞いてくれないかもしれないから遠回しに話してみたんだ。逆効果っぽかったけど』


『……本気で私に皆を護ってくれって言いたいの?』

『本気だ。頼む。1、2日でもいい。お願いだ』



 ブラックアウトする景色と、土下座するトキ。

 しかしよく見ると背景は黒一色ではない。仄かな白色を含んでいる。



『……そこまでする理由って、何?』



 次に目に飛び込む背景は敗戦。

 流れ始めた映像はトキの敗北の数々。

 独りの生活、暗い日々の合間に挟まれる生死を分かつ程の敗れ方。学校で悔しさに震え、家で孤独に耐え、新たな出会いを経て更に敗北を重ね、遂には死亡する。

 だが、生き返る。トキを殺さんと多くのSRが現れ、しかし殺めんとするSRも増え、敗戦は増す一方。SRと学生の両面を持つことで悔しい思いをする日々が増し、それでもゲームで精神を安定させることによって乗り切る。



『友達の為だ。でもそれは、誰か一人を護ればいいってわけじゃない』



 SRという世界に触れて視野が変わった。類家もその感覚を知っている。まだ己の内に(わだかま)っている。

 画面が目まぐるしく動く。 雨に濡れる駐車場、人で埋まった校庭、燃える飛行機内、朝焼けの街、屋上での対峙、月光に浮かぶ更地での戦い、粉塵舞う廃工場。

 全てトキの記録。



『友達のため』



 打ち明けられた敗戦の中に自分との共通点を見つけ、鼓動が一つ、大きな波を立てた。



『友達の現実を護りたい。俺はどんな罰でも受ける。だから頼む。皆の“現実”だけはできる限り拡張したくない』


『そうだね……いいこと無いもんね。

 私よりも強い人が出てきたら嫌だし』



 例えば腕力。それで言うなら類家はトキに勝てる自信すらない。 知力でトキに勝っていようとも、クラス・学年の中で見れば中間程の能しかない。



『悔しい……私がトキ何かに説得されるなんて。

 いいよ。クラスの皆は護るけど、代わりにお願いがあるの。 これは大事なことよ』

『何だ?』


『現実で私を許して欲しい』


『都合よく許してもらえると思う?』


『全然……だからお願いしているの。

 こんな頼み方も色々癪だけど、クラスを護るためにはまず――』


『クラスの全員に許してもらう必要があるな。

 類家がちゃんと謝るって言うんなら俺は手伝うよ』


『コイツ本当に大嫌い……ねぇ、どうして助けてくれるの?』


『いや、だって困っているだろ? それを助けるってだけだよ?』


『世間じゃそれをウザいと……あ〜もう、参った。降参よ降参!

 絶対に謝るんだから!

 もう、こんなことしないんだから!

 だから今すぐ消えてよキモオタ野郎!』



 さまざまな思考の果て、類家は謝るという口約束を結んだ。

 そこで限界が来た。

 火山が周囲で爆発する。

 噴火口から剣やら銃やら飛ばし、震える怒りを熱き血とマグマの混合で爆発させた。



『こいつは反省と前進を知らないのかな?

 分かった。じゃあ、先に現実に戻っている。数分したら元通りに動けるから、ちゃんと謝れよ』


『うるさい!余計な御世話だ!』



 トキが形を崩して行くのを睨み続け、目に寄った皺を掌で覆う。

 一斉に込み上げてくる悔しさを堪える中、類家は遺恨と同時に安堵を覚える自分に出会った。



『あいつ、何で私のこと信じるんだ……』



 極超低速の世界が解け始める。

 心像を映す空は闇となり、瞬間的に映像が横切って行く。

 トキの見てきた世界と自分の内にある世界が比較を始め、如何に自分が過去を引きずっていたのかを思い返す。



『図星な私が悔しい』



 トキに家族は居ないに等しく、学校ではとても低い地位に格付けされている。オタクや引き籠りと罵られても、動じていないようで我慢し続けている。誰にも話さず、すべて一人で抱え込んできた。 しかし、その先は私と違う。一人で抱え込みながらも解決を目指してきたトキに比べ、私は行動を起こすことがなく、解決しようと志したことすら稀。目を空押して次へ次へと振り返らずに突き進んできただけ。

 何も解決していない。

 そういう意味では確かに逃げ続けている。さっきもそうだ。


 だからこそ、目が覚めたら“トキに行動でモノを言わしてやる”その為にもまずクラスの全員に謝らなくてはいけない。

 逃げてる、なんて二度と言わせないために。

 私がつきたくて嘘をついていないことを知らしめるために。






 類家香織が星黄をトキの喉元に向けたまま微動だにしない。

 戦闘を見守っていた誰もがその光景に目を疑った。先ほどまで忙しなく入れ替わり、立ち代り、殴り、蹴り、斬りかかっていた類家が、石像のように固まって動かない。

 そもそも、先ほどから連続している事態は現実なのか。そのいちいちを頭で考えている人間はもちろん、ある程度さばけた頭を持っている者でさえ、2人の対決を完全に理解しきれる者はいなかった。

 見せつけられたどれもが現実の範疇を大きくはみ出している行為ばかり。

 怪我人を癒し、触れた机や椅子を消滅させ、何処からともなく取り出した銃刀、瞬間的な移動。化学的証明が不可能なことばかりを実現させていた2人。


 完全に静止した類家と、いつの間にかマウントポジションから脱出し、黒板の前まで移動していたトキを追う。

 トキの左手が黒板面に触れ、接触面を中心に黒板は大きな音を立てて崩壊を始めた。それはまるでガラス細工のよう無数の破片と化した。



「どうなっている、トキ」



 廊下側の壁に背を預けた桃山が聞くと、トキは無言で頷きながら立ち上がり、再び両腕を上げて拳を開閉させる。

 散乱した黒板の破片や周辺の物々から時間を集め、クロスセプターの範囲――白く透いた空間――を頭のなかで教室いっぱいにまでイメージし、現実にそれをフィードバック。全ての怪我人を範囲内に収めたところで白色空間内で余時間の回遊を始める。警戒する級友に大丈夫だとだけ伝え、怪我人を最優先で治療した。



(これがSRってやつか……)



 感触を覚えさせるような時間に触れ、白い空間の中で桃山は傷が塞がっていく様を目の当たりにした。



「トキ。お前はいつからこの力に?」


「委員長は、SRを知っているのか?」



 多くの人間がトキと、SRという存在を知る桃山委員長へ視線を注いだ。



「俺は知っている。

 おっと、勘違いするなよ? 俺自身はフツーの人間だ」


「そうなんだ……俺は去年から。

 どうして委員長はSRのことを――」


「やいやい!さっきから聞いていれば第2だ、現実だと、一体何の話をしていやがる!

 それはコイツとも関係ある話なのかよ!?」



 不曲の宮原は頭の出来も大変シンプルでストレートな発想の持ち主である。

 やくざ委員長相手に謙ることもなければ恐れを抱くこともなく、聞きたいことだけを必要最小限の態度に示して問う。



「“SECOND REAL”

 直訳して第2の現実。俺も詳しくは知らねぇ。

 ただ、祖父がそれの古株なもんでな。たまたま親族にそういったのが居るってだけの話だよ。 まさか、俺のクラスにも居やがったとは夢にも思わなかった」


「家の人がそうなのか……」


「なんか協会がどうこうって所に所属しているが、トキはわかるか?」



 今度はミツルがトキの答えを待った。

 そういう界隈があることは知っていても、ミツルはそれほど関心を抱いていなかった。しかし、トキと類家の話を聞いているうちに興味が湧き、現実に自分のシマに被害が出た今、そちらの世界の事情というものにも何らかのパイプが必要であると悟ったのだ。戦闘中に往復した言葉から、色世トキというクラスメイトは自分よりもその世界に詳しいとも気付いた。



「協会所属のSRなのか?」


「詳しかぁ、わかんねぇけど確かそんなこと言っていた気がする。英雄がどうとかも……」



 ヒーローズ。

 その中に桃山と似た苗字の人物がいたか、必死に思い出して照らし合わせる。芹真事務所でヒーローズのリストを見せてもらったのは何週間も前のこと。当然ながらすぐには出てこなかった。



「何だよSRってのは!」



 教室内で響く宮原の言葉にトキは足を止めた。

 どう説明すればいいのか。

 それだけに悩んだ。










 Second Real/Virtual


  -第48話-


 -崩壊感染源-










 多くの級友が見守る中で、真新しい傷口を僅か数秒で完全回復させてみせる。


 時間の取り扱いに慣れてきたトキからすれば当たり前のような行動だが、それを目撃した殆どは驚愕に言葉を失った。切創、骨折、火傷、銃創等、トキはあらゆる傷を自らの身体に刻んでは治し、言の葉ではなく実で()べる。高校生ともなると個々の治癒能力をある程度理解し、計算できるようになるものだが、3年3組の多くはそう言った常識とは到底言えない、現実離れした現象を目の当たりにしたのだ。



「ありえない……」

「そういうのがSRなのか?」

「つまり、ちょっとお得な力を持っている、みたいな感じ」

「傷が無くなっている」



 教室内は異常な空気に包まれていた。トキを囲う者達、停止した類家を依然警戒している者達。

 トキの施した時間による治療で怪我人は居なくなったものの、精神的安定を取り戻せない生徒や佐野代のように未だ教室に戻ってこない生徒が懸念となっていた。それでも元気を取り戻した何人かを見て僅かな安堵の息が漏れた。


 しかし、冷静に考えてみるとこの環境へすでに適応を始めているクラスメイト達は明らかに他の学年やクラスの生徒達とは違う。



「何をしていたんだトキ?」

「どうしてそんな力を手に入れたんだ?」

「まさか、犯罪に使ってはいないでしょうね?」



 冷静すぎる分析は、むしろトキに夢でも見ているのかと錯覚させる。



「類家はどうなっているんだ? 全然動かないけどさ……」

「よく分からんが助かったぞトキ!」



 数名、いまだ現実として受け止められない生徒も居るが、宮原のようにまず感謝と掌を合わせる者も少数いた。

 恐怖を強制される空間に居たクラスメイトは、類家という脅威が停止したことをトキから聞かされた初めて安堵の息を漏らす。張り詰めていた空気の緩和に、必死で理解を追いつけようと許容量の限界まで頭脳を絞る者も現れ始めるくらいだ。



「みんな、お願いしたいことがある」



 衆人が注目する中、トキは告げる。



「類家を許してやって欲しい。

 あいつはずっと前から騙されていたみたいなんだ。人生を歪められるほどの嘘によって」


『騙されていた?』

「いいわよ」

『え!?』

「騙されていたって、誰にだ?」

『ちょ!委員長(×2)!』


「そいつらをこれから捕まえに行ってきます。

 それで、俺……何て言うか、うん。

 学校やめます」


『は?』

『あ゛ぁ?』



 トキの告白に男女の間から不満の声が上がった。

 更にこの瞬間、教室内の気温が不思議なことに5度も上昇した。






 セカンドリアルとは何なのか。

 一般常識から外れた能力を手に入れた者達の呼称で在りながらも、その名称にはどこか後悔の念が込められているように思えてしかたがない。大多数の人間が生まれ持った自然や法律の中に存在する世界を現実と言うのなら、第二の現実とは一体如何なるものを指し示すのか。


 全てを支配する男。 未来をも読む予言者。

 光と影の魔女。 幻想を実現する魔術師。

 全てを否定する男。 最も欲に忠実な者。

 

 学校で教える歴史すら覆す彼らの存在は、時として人々を救い、また時として戦争の火種として良くも悪くも世界と共に、人と共に歩み続けてきたのだ。

 支配者協会長と反逆者たちの対立構造。協会という組織体制。

 この中に不思議と不安と矛盾がいくつも内在していた。まず、現在四凶に包囲されている会長は本当に完全支配と言われるだけの資格を持った人物なのか。奇しくも会長の存在が今日の世界の安定に貢献しているというものなら、なぜその安定に反抗する必要があるのだろうか。なぜ対立する。どうして反逆者らをみすみす生かしておき、果ては組織化するまで見過ごすのか。SRが起こす問題を、一般人に悟られないように解決するのがSR協会の主な仕事のはずが、最近の協会は仕事効率だけを見るのなら無残なほど処理能力に欠いている。



(全ての歯車が狂った明確な瞬間を、私は知っている……)



 夕焼けに身を焦がし、目に飛び込むスコープの映像から数百メートル先の白州唯高校3年3組を見守る。

 日本で唯一、完全支配の影響を免れた白州唯の街は、言ってしまえば混沌の生じ易い特異地帯である。協会長の支配は人と人の衝突を回避することも、また恋にぶつけることも出来るほど強力なのだ。それで護られている場所が確かにある。その点白州唯という街は混沌という危険と無限に等しい自由を許された空間であった。



(色世時……いや、正確には“色世家”が四凶の全てを宿したことが始まり)



 僅かに吹く横風の中、狙撃銃の銃口が真っ直ぐ教室内の人物に向いていた。

 スコープのレティクルと被る人物がクラスメイトであったことを思い出し、小さなため息と共に僅かな安堵が漏れた。レンズに映る光景に向け、引き金を絞る必要はすでにない。


 セカンドリアルとは何なのか。


 他の誰が何と言おうが自分だけの理論を曲げない――それが自分の考えるSRである。

 当分変わることはないであろう真相、真実、個有現実。


 望める力と容れられる力を持ち、今日までを生きてきた。SRを使いこなし、協会の門を叩き、必要とされるまでに貢献して別格の地位を得た。人とは違う、自分だけの強み。世界の中から飛び出し、常識というルールを破るアビリティ。


 狙撃銃:AWS(アークティク・ウォーフェア・サプレッサー)のグリップを握りなおし、今一度トキを見改める。

 芹真事務所が抱える最大級の不確定要素。

 協会が最も欲する予知能力者――風間小羽の予知が絶対なら、完全無力化されている状態の類家は脅威と言える存在なのか。これ以上の戦闘は有り得ず、彼女以外の下階に展開していた四凶軍メンバーも皆、陸橙谷藍によって既に撃破されている。



(……類家香織は負けた)



 敵が居ないのだ。

 トキを取り巻く現状で、運動ができ、且つ敵対することができる四凶は1人もいないのだ。四凶化の可能性を孕んでいた級友達も、類家を非現実的に止めたトキに対して敵意を見せるどころか感謝の言葉を述べるまでに順応し始めていた。まるで類家香織という危険が完全に去ったかのように、停止した類家に近づく者もいるが、間違いなく四凶はまだ力を持っている。

 ただ止まっているだけの話だ。



(しかし、あれは何?)



 両腕を広げ、白色空間がどういった原理かわからないが発生――そもそもSRを原理ではかること自体が間違いなのだが――前例が無い程に特異なトキの力に触れた瞬間、類家香織は凍り付けにでもされたかのように行動をやめた。僅かながらも事前に話は聞いていたが、現実に人間が時間を操る瞬間を目の当たりにし、知り合いの中に大きな脅威となるSRの存在を認めた。



(時間を止めることは当たり前のようにできるようね。

 見た限り、体感時間の拡張・外部からの奪取・周囲ごと凍結させるアレが現在の戦法。

 どう考えてもAクラスレベルの注意人物じゃない……)



 昨年の夏、コントンが白州唯を訪れた時期にトキの危険クラスはレベルAだった。 時間を使い、ある程度の銃器経験があり、黒羽商会などとの交戦経験も複数ある。“戦闘になって初めて脅威となりうるレベル”とジャンヌ秘書も手紙に記している。

 だが、現状は違う。

 すでにトキは自ら戦闘に加わる気概を知り、理由を持ち、あらゆる時間を手繰る可能性を秘めている。



(混沌、人、命、四凶、連続……)



 ここ1週間を思い出し、どれだけの命が失われたのかを数えた。何が原因かと問い、その都度出てくる答えが四凶であることに溜息が洩れそうになった。

 醜欲が生む悪と、純粋ゆえに周囲を破壊してしまう悪。

 コントンのように自覚ある者を悪と、無自覚なトキのような人間を罪と会長は言う。


 今、この世界で急激にSRへの資格を得た人間が増えている。

 その原因がトキとコントンの2人だ。その中でも色世トキと関わった人物は高い確率で日常に異変を感じるようになっている。厄介なことに、一般人だけでなくSRにもトキは影響を及ぼしている可能性があるのだ。



(1週間どころじゃない。 2年前から……すでに異変は始まっていた)



 色世時の裏を取りって調査し、解析していく中で見つけた答え、それは過去に出逢ったどんな四凶よりも性質の悪い“属性力”である。

 それ――トキの変化が明確に発現した原因は芹真事務所。そしてトキの四凶を確たる属性として覚醒させたのは、トウコツであった。トキを取り囲むあらゆる環境にSR――感染覚醒者が出現し始めたのは、桜雪が降った夏の日から。兆候だけなら入学当時からソレと思えなくはない兆候はあったが、確たる判断に繋がるような徴は一切なく、多数のSRが気付くことなく見過ごしてしまたったのだ。


 類家香織、宮原漣太、灘仁美(なだ ひとみ)岩井信弥(いわい しんや)秋森智明(あきもり ちあき)――少なくとも3年3組のこの5人はSRとしての兆候が協会派遣の監視部隊によって確認されていた。



(しかし、本覚醒に至る危険性がある人物は秋森智明だけのはず。

 そうすると、類家は外部からの要因があってこそ覚醒に至ったということになる、のかしら?)



 感染している5人には、共通した色世時への認識がない。

 類家のように良く思わない者でも、佐野代には微々たる兆しすらない。 岩井信弥と秋森智明の2人は恋仲であり、智明がクラス抗争においてトキと同じく中立派の構成生徒であって面識があるものの、ただ仲が良いグループ員というだけで、互いに特別な感情を抱いているわけではないし、仲が悪いという訳でもない。宮原漣太、灘仁美の2人に至っては接触したことすら回数的に指の数で収まる程。クラス内には毎日のようにトキと接するメンバーがいるにも関わらず、感染発現・覚醒の徴に至る者は極端に少ない。

 そもそも、SRが感染するという事態が稀代の現象と言えるにも関わらず、トキによる感染者達には覚醒への共通因子が判明していないのだ。



(やはり1週間前の村に、何者かが器かパンドラ実験の薬物を持ち込んだいう話が本当だったのか……)



 ライフルをコンクリートの中に埋設した保存ケースに隠し、表面偽装を施してアパート屋上から撤退する。

 夕日の中で陰る階段を降り、ふと気付いて足を止める。不覚にも屋上の片隅に日用品を忘れてきたことを思い出した。



「これか?」



 PM 16:13



「安心しろ、ジャンヌ指揮官からの命令だ。

 俺以外の協会員と至急合流せよ、ってな」


「高城播夜。妖精がどうして私の姿を捉えることができる?」



 高城が同級生の背中に声を掛け、ついでに忘れ物を指で摘んで掲げる。

 1歩ずつ、ゆっくりと背中に近づき、腕を伸ばして肩越しにソレを渡す。



「なにも人目を盗むのは暗殺者だけじゃない。妖精だって日々、人目につかないように研鑽しているんだよ。

 俺達はな、人に見られる妖精は三流以下って罵倒しまくってる世代なんだぜ」


「そう。それで?」



 眼鏡を受け取った少女が踵で回り、妖精と向き合う。



「正直お前がSRで、しかも同じ協会の所属とは思っていなかったからかなり驚いているよ。 いままで気付くこともできなかったし、上層部に教えてもらった今でも半信半疑だ。

 まさか、同じクラスに暗殺者が居るなんて誰が想像できる?」


「口を慎め妖精。任務があるのなら優先して報告しなさい」


「そうカッカするなよ。崎島恵理(さきしま えり)



 端正な輪郭に収まる冷たい双眸を眼鏡で隠し、妖精の口から零れた我が名を自分の中に当てはめようと試みる崎島。

 だが、高城播夜が妖精として現れた以上、崎島も協会所属のSRとして対応するしか出来なかった。何の前触れもなく本性に触れてきた高城に、いつも通りの女子高校生である自分で振舞うことが出来ない。



「任務?」


「あぁ、そうだ。

 崎島特務員、俺はロシア支部に行くよう命じられた。そこでアンタには――」


「本部の防衛かしら?」


「そう。確かに本部だ。

 ジャンヌ司令を通じ、協会長からアンタへと言伝がある」



 妖精の透明な羽が夕日で僅かな輪郭を顕にする。妖精の目は、協会内でも強く秘匿と守られて来た暗殺者をつま先から毛先に至るまで警戒を注いだ。



「“今夜、色世時を協会本部の会長室へ連れて来い”とさ」


「了解。ミッションレベルは?」


「は?」


「……ミッションレベルを聞いていないの?

 それとも聞きなれない単語だからすでに忘却したの?」


「そういや、そんなこと言っていたな。ミッションレベルは確か……5だったはず」


「了解。任務を更新し開始する」



 最後に一言残して階段を下っていく崎島。

 その背中に一声かけておこうか迷い、高城は無言のまま屋上へと上って行った。





 

 

 飛び血に濡れた3年3組の教室では、トキを中心に据えて多くの学友が質問を投げつけていた。これは現実なのか、その力は誰でも得られるのか、どうして類家はお前を殺すと言った等々。

 崎島恵理や高城播夜、村崎翼が揃っていなくとも、今後の生活に支障をきたす大きな可能性を持つ現実を問う。冷静に対応しているように見えても、実のところ動揺皆無というわけではない。興奮冷めぬ者に恐怖拭えぬ者、静まらない怒りに震え続ける者だっているし、体力を多く消耗して息を切らす者もいる。



「委員長、俺は――」


「どうして類家がいきなり殺しにかかってきた?」

「コントンってのは誰?」

「類家が騙されていたって?」

「SRってのは、さっきみたいな奴だよな?」

「その力って俺らも使えんの?」

「もらえる?」

「最近この辺の治安が悪いのもお前たちの所為か?」


「危うく皆殺しにされるところだったんだぞ! お前が元凶なんだろ!」

「詳しく教えてくれないか?」

「助けてくれてありがとう……」

「危ねぇ野郎だ。今まで一緒に居たってこと思い出すだけで気分が悪ぃ」



 質問攻めに不慣れなトキは口を(つぐ)んで周囲が鎮まるのを待った。しかし、クラスメイト達は止まらない。



「どうして隠していた?」

「黙っていないで何か喋れやコラ」

「聞いてる?」

「おい、お前らあんま責めるな。もう少し丁寧に聞けよ」

「早ク喋リヤガレコノ野郎」

「どういう事情でこうなった?」

「闇金か?」

「俺らに何か恨みあって謀ったとかじゃないよな?」

「非常識」



 気が滅入ってきたトキは溜息とともに口を開いた。



「だって、結構死ぬんだよ?

 それに、知ったら何回も殺されかけたりする。そういう世界なんだ」



 やっと口を開いたトキに、今度は周囲が沈黙する番だった。



「俺は去年だけで死にかけが5、6回。

 今年は20回以上死にかけてるし、実際に死んだ回数も30を超えて……」


「ま、待て待て!

 死にかけたとか死んだとか、何の話だ!?」



 普段からトキと一緒に行動する北島幸哉も、突然の発言だけは信じられなかった。類家との戦いはしっかり現実と受け止めていたのに、だ。

 今の話から幾つもの矛盾を見出し、流石の北島も混乱した。死にかけたと言う友人の体には生傷一つなく――先ほどの治癒によるものだろうが――30回以上死んだのが本当なら、いま目の前にいるトキは幽霊か或いは幻か。



「SRって世界だと、俺の力って――」



 星黄と畏天を両手に作り出して見せ、幸哉に渡す。

 2刀を受け取った幸哉は、重量・触感等どれもが見た目以上の金属とは思えない軽さと柔らかさなのに、その刃は息を飲むほどに鋭利で不撓の鋼刃を連想した。一瞬だけペーパークラフトやプロットブレードと思ったが、刀身から溢れる冷気のようなものは本能に危険を呼び起こすだけのリアリティを秘めており、実戦と無縁に等しい幸哉の背中に冷たい走らせた。



「――結構珍しいらしくて、拉致しようだの勧誘しようだの沢山人が来るんだ。 いきなり銃を突き付けられたことだってあるし、撃たれたこともある。

 そんな、本っ当に危ない世界なんだ」



 2人の委員長が幸哉から二振りの剣を奪い取ってトキの前に出る。

 桃山充(とうやま みつる)が畏天を取り、木田村麻衣子(きたむら まいこ)が星黄の柄を握る。幸哉を押し退けて前に出る2大委員長。



「それで? さっきチラっと出た退学の理由はそれなの?

 第一、蓮雅先生と話はした?

 許可は下りているの?」


「トキよぉ、そんな不当な理由が認められるわけないだろう。俺のクラスを抜けていいのは学ばない奴と死人だけだ。

 そもそも(トップ)である俺が許可してねぇのに勝手に話進めてんじゃねぇよ」



 切っ先を突き付ける桃山委員長に対し、柄を逆手に持ってトキへ突き返す木田村委員長。



「トキ。私はちゃんとした正当な理由があるなら類家の暴行も、ミツルの位も、村崎君のセクハラも許すわ。

 でも、誰も認めない理由を突き付けての離脱は許さないわよ。

 あなたが抜けることで困ることが――」



 星黄を受け取ろうと手を出すトキ、とタイミングを同じくして、類家香織の移転によって離れた場所に飛ばされていた男が教室のドアを蹴破って戻ってきた。



「――彼とかね」



 手足を血に染め、木製の重いドアを打ち破って入室してきたのは佐野代勇司。

 眼に血を走らせ、鬼のような形相でまっすぐトキだけを捉えていた。理由は分からずとも、相当頭にきていることだけは一目で判った。



「何で?」



 他人の退学に佐野代が怒りを覚えるのは何故か、トキにはどうしても理解できない。

 そんな表情をありありと表に出しているトキの態度を見て、佐野代は堪えていたもの全てを吐き出しつつ人間の域をはみ出したクラスメイトに殴りかかった。



「ちょっと面貸せ」



 

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