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Second Real/Virtual  作者:
48/72

第47話-Red Age-

 

 人の世に生まれ、人を知り、人の時を生きる。


 人を外れ、人の醜さを知り、人を様々に思う。


 喜んだ始末、悩んだ結果、苦しみの先、とある仮説が生まれた。


 悦楽を経て、苦悩に頭を抱え、絶望の淵に落ち込んでみて、とある結論が輪郭を現し始めた。



「人の生態が迎える限界が、ここか」



 目の前で少女が暴れている。

 破壊の限りを尽くそうとしているのか、何を考えているのかさえ分からない彼女を正しく理解してあげることは出来ない。



「生と死さえ曖昧になっている……」



 一冊のノートを机上で焼き、一冊のノートをゴミ箱に丸めて捨て、一冊のノートを閉じ、最後にノートのタイトル記入欄に貼り付けていた付箋を剥がす。


 “仮説Lv.4”


 付箋の下から現れたタイトルを指でなぞり、視線を上げて暴れるオリヤに声をかける。


 協会長:オウル・バースヤードは絶望の淵に立ち、最後になるやもしれない考察に頭を回した。オリヤのSRとは何か、という規模としてはあまりにも小さな疑問に……




 

 始まりとは些細な事象。

 それに異を唱える人間は思いの外多い。

 始原が小さいという人間は自分に酔っている人間だと、四凶は言った。


 始まりは帰結への連続原始であり、事象の1つとして始まり。次へ次へと緩急自在に移り変わり、“完結/結果”を迎えて初めてひとつの現象と成る。


 現象をサイズで考える四凶の彼女に対し、別の四凶は異を唱えた。


 “大小に拘るよりも、現象(それ)全部を成功させる方法でも考えろよ”


 言われた瞬間、彼女は溜息と共に青筋を額に浮かべつつ眉間を右手で押さえたという。






 -PM 15:23 協会本部 会長室-


 壁に掛かった時計が記す時刻に気付いたのは、会長が用事ありとだけ言って部屋を出て行く直前だった。

 ここに来るまでに通過した灰色廊下の仕組みを知り、協会本部自体が大きなスクリーンのような物で覆われ、世界のどこかが迎えている夜明けの空を映し出していたことを知った。それはそのまま協会長の道楽とも思える趣向を垣間見たような、異常を感じさせた不思議でもある。


 なぜ、現実の空がオレンジの美しき彩を見せているというのに、どこの空かも分からない夜明けを頭上に映す必要があるのか。


 痛みに歪む視界で、床についた手の上に汗が落ちていくのをハッキリと見る。



「あれが、絶対支配」



 徐々に沈静化していく頭痛を体感しながらオリヤは、オウル・バースヤードというSRについて思考を始める。


 絶命を恐れず、トキの来訪を断言し、頭痛の仕組みを教えてくれた。

 どうしてか話そうとする内容を先読みするのに、微塵も嫌悪感を抱かせない。

 前に出会った男とは別の支配力を持つ人。



『君の力は“否定”に近くもどこか違い、“神隠し”よりも純粋な破壊をもたらすが、それとも違う』



 ならば、この力は何なのか。

 額の汗を拭って立ち上がり、僅か残る頭痛に顔を歪めながら、破壊の爪痕が刻まれた会長室の硝子辺に立つ。そこから見下ろす海は夕日に焼け、視線を手前に移すと金属の陸と凶器の群が目に入った。

 いつの間にか朝焼けだった空には夕方が戻っていた。



『四凶に利用されているつもりか? 利用しているつもりか?』



 落ち着いた頭に響く会長の言葉が、じわじわと心に厚い雲を掛け始めた。


 欲しいモノはシキヨトキなのに、どうして四凶が関わってくるのか分からない。なぜ協会がシキヨトキを囲うのか理解できない。

 邪魔な存在でしかない。

 四凶も、協会も、シキヨトキの名を持つあいつでさえ。

 取られたものを取り返すことの何が悪いのか。

 どうしても返してくれそうにないから、殺そうというだけの話なのに。


 どうして咎められなくてはならない?



『それが分からないうちは痛み続けるぞ』



 会長は言った。頭痛は反動。

 最初に教えてくれた言葉の半分は理解できたが、残る半分は理解が追いつかなかった。痛みが攻撃の反動なら、何故この反動は生まれるのか。そもそも何が原因で、何が痛んでいるのか。

 両腕を持ち上げて掌を開閉する。

 眼前のガラスを消し、吹き込む潮風に全身を晒す。



「なにが痛い?」



 夕日を直視して目をつむる。

 力を使ったのに反動が襲って来ない不思議。謎を抱き、初めて抱く遣る瀬無さに呟きが漏れる。



「全部、色世時(あいつ)のせいだ」



 顔を濡らす汗と涙が混じりながらも、その瞳は再び燃えるような色で輝く夕日を捉える。盛る炎の如き怒りを思い出し、やり場のない熱に身を震わせた。






 -PM 13:56 日本 白州唯-


 芹真万全事務所のデスクで当社長はジャンヌと受話器越しの会話に頭を抱えていた。 内容は決して穏やかなものではない。

 一週間ぶりに聞くジャンヌの言葉を、芹真は真顔で聞き受けていた。乱れかけた黒髪を整え、大きく深呼吸して姿勢を正す。



『それでは“受諾する”という方針で話を進めていいのですね?』


「ああ」


『それでは、改めて芹真万全事務所にミッションを依頼します』



 無数の赤ペンチェックが入った新聞の上で拳を固め、コーヒーの入っていた紙パックを圧縮する。限界まで固めたところでゴミ箱目掛けて放り投げ、次にノイズの自重しないテレビ画面に目を向ける。海外のチャンネルが全滅していることを確認し、リモコンを操作して電源を落とした。



『現在、協会本部は四凶の何億という軍団によって包囲状態にあります。

 四凶の軍全てを防ぐことは困難を極めます。本部防衛の戦力はどんなに掻き集めても2万程度。陥落した第1支部から落ち延びてきた者を含めても物量的劣勢は覆るはずもなく、圧倒的な敵の数量を前に士気の低下は著しく、時間が経つにつれて投降者が出てくるでしょう。

 そこでまず、四凶の包囲網が完全に完成する前に敵戦力を削り、ある程度足止めします』


「決死隊か?」


『特攻を依頼するつもりはありません。

 敵艦隊を叩き、尚且つ帰還できる人材が必要なのです』


「確かにその任務をこなせば、僅かでも士気は上がる。

 ただし、失敗した場合は死期を早めることになるぞ」


『それを承知の上であなた方に依頼をしたのです。

 敵艦隊は一般人多数とSR極少数によって編成されており、一隻一隻の戦力はそれほど強力なものではありません。

 あなた方にはこれらに対して攻撃を仕掛けてもらいます』


「分かった。それで?」


『この作戦のメンバーは22人。芹真事務所から何人参加するかで最終的な参加人数が確定します』


「なら、俺とボルトの2人だ」


『哭き鬼と色世時は不参加、ということですか?』


「ああ。あの2人は参加させない」



 理由を説明しながら机上の新聞紙を折り畳んで隅に退ける。ボルトが外出から帰って来たのは同時であった。

 電話中であることをボルトに手話で伝え、ついでにコーヒーを淹れるように頼む。 笑顔で頷き、光の魔女は豆の缶を取りに棚の前へと移った。



「――というわけだ」


『では、四凶属性の深化を防ぐ為参加させないということで、途中参加を認めないことになりますが構いませんね?』



 途中参加を認めないジャンヌに疑問を抱き、芹真は胸中を語ってジャンヌの心境を試した。



「……俺は、あの2人には四凶として誤った道を進んで欲しくない」


『はい。こちらも同じことを望んでいます。

 四凶問題は何者にとっても深刻で、また簡単に結論付けすることの出来ない難題です。発生を抑えられるのなら極力抑えて貰いたいです』



 相槌を打ちながら芹真はボルトの差し出すコーヒーを受け取り、受話器を持ち直して聞く耳の左右を変える。



「もし、俺とボルトが失敗した時は……2人を協会で保護して貰えないか?」


『2人とは、風間小羽と色世時のことですか?』


(なるほど、いま協会での優先保護順位はトキとコハネが重要なんだな)



 ジャンヌが真っ先に口にした名前にはこれまで一度も出てこなかった少女の名があった。

 半年前と比べ、四凶やナイトメア、無所属SRたちの状況が激しく移り変わったのだが、特にその中で四凶の属性を持つSRたちは、その危険性を指摘されてブラックリストの上位へと食い込み始めていたのだ。それまで注目されることのなかった弱小SRさえ、今ではリストのトップ10に名を連ねている。

 芹真事務所では、藍がそれに当てはまった。これまではBクラスの注意人物でしかなかった彼女だが、四凶問題の深刻化に伴ってAクラスブラックリストに移り、要注意人物と認定された。


 乾きかけの口をキリマンジャロで潤し、ジャンヌに名の挙がらなかった藍の処遇を頼み込む。



「そうだ。

 できれば藍もそうして欲しかったが、叶わないだろう。藍には戦地を与えて欲しい」


『何故?』


「藍の属性は、トウコツ。

 深化する可能性も否めないが、彼女に破壊の欲望がないという結論が出ている。むしろ、人助けを進んで買い出る人柄だ。藍には命を守るために戦地に赴いていて貰いたい。うまくいけば四凶の属性を完全に消せる」


『……それは、仮に今回の任務であなた方が命を落とした場合、です。

 縁起の悪い話はまた後ほどにしましょう。繰り返しますが、それはあなたが任務に失敗した時の場合です。が、今回選抜したメンバーは誰もが成功を約束してくれるであろう猛者ばかりです。

 私の目に狂いがなければ作戦の成功率は不確定要素を考慮しても86%です。失敗を想定することも間違いとは言えませんが、まずはご自身が生き延びるために戦うという心意気で望まれては如何でしょうか?』


「あぁ、そうさせて貰うよ。いまの話は事務所員の保険だ。

 こんな俺でも一応社長だしな」


『心得ています。もし事務所の存続が危うい時は協会を頼れと会長も――』


「……分かってる。わかているから、会長の言葉だけは聞き飽きた」



 毎日恒例、会長からの帰順勧告を丁重に断る。

 最後にジャンヌから迎えのテレポーターを派遣するという話を聞かされ、細かい内容を了承したところで通話を終えた。



「協会は爆弾を抱えているみたいだ」


「え?」



 受話器と2つ目のコーヒーカップが交差する。

 啜られる、極度に熱いコーヒーと台に戻る受話器を交互に目で追いながら、ボルトの視線は芹真を捉えて注がれた。



「爆弾?」


「藍の話題の時点で話を切り上げたが、その辺りから焦りのようなものを感じた。

 ボルト、今夜協会本部の防衛任務を依頼された。行けるか?」


「うん!」



 魔女が光を纏うのと同時、事務所の扉が静かに動いた。

 それは芹真が望んだタイミング、ボルトが予知を外した瞬間でもあった。

 扉の向こうには見慣れた顔が3つ、初見が2つ。

 トキ、藍、高城。それから白髪の少女に気絶しているらしい男。



「よぉトキ、もう大丈夫なのか?」


「はい。それより芹真さん、聞きたいことがあるんですが――」


「ダ〜メ。教えないよ」



 デスクの前まで歩み寄ったトキに、ボルトは先制して禁を捺した。

 見上げて薄ら笑うボルトに対し、トキは不機嫌の表情を向けた。



「おい、ボルト。俺が質問されているんだ。せめて内容を聞いてから否応を決めようじゃないか」

「だって、会長の秘密を教えろって言うんだよ?」



 トキに続く言葉を高城が口にした。


 ――芹真事務所は協会長のどんな秘密を知っている?


 現役協会所属SRの質問である。

 誰も知らない秘密を知っているからこそ、今日の芹真事務所はあるのだ。 短い期間でも協会に所属していた芹真事務所は、会長の秘密を知って協会を抜け出たという噂も一時だが囁かれていた。



「それを知ってどうする。会長に脅しでもかけてみるのか?」



 芹真が高城を突き放す。

 沈黙する妖精に変わり、哭き鬼が2人に食い突く。



「芹真、そろそろ私も聞かせて欲しい。

 会長の本当の秘密。

 歴史を覆す何かを秘めているという素性以外の秘密を――」



 抑止の手が上がる。

 デスクに着いたままの芹真が挙げた掌に、藍は言葉を止めた。

 今一度、芹真はここにいる面子を確かめ、全員が本気でいることを認めた上でボルトに目線を送る。すると、光を纏った魔女は小女から少女の容姿へと変化を遂げていた。

 ボルトも説明することをある程度認め、会長の危険な一面を話し始めた。



『仮説Lv.』


「かせつ……」

「えるぶい?」


「四凶も潰したがっているプロジェクトだ」



 立ち上がった芹真がコーヒーメーカーの前に移る。右手のカップに、溜まった黒い液体を注ぎいで一口飲む。一息つき、食器棚から人数分のカップを取り出そうと歩む。それを手伝おうと藍も足を進めた。



「その計画を発動する条件は一切不明だけど、発動後に人類は激減か或いは死滅しているはずよ」



 ボルト・S・パルダンの言葉を高城は認めることができなかった。 協会とは異能力者による一般人への事件など、被害を防ぐために組織・体制化され、それぞれを管理・監視することを目的とした団体なのだ。

 自らもそこへ所属し、何人もの人間を救うために貢献してきた。


 それなのに、その組織のトップが人類を減らそうと目論んでいると、光の魔女は言ったのだ。今でも正義に最も近しき組織と信じているのに、芹真事務所は組織を危ぶんでいる。



「馬鹿な、本当にそんなことが……!」


「ある。

 だから俺たちは協会に与さない」


「一時的でも協会に所属していたのは、会長の素性を暴くため」



 カップを運んできた藍が芹真の言葉を裏付ける。



「退会する時に、私達は会長の親衛隊による追撃を受けた。これは、会長の秘密を芹真さんが掴んだからなんだ」


「それなのに、協会を抜けて数日後に会長直々によるカムバックコールだ。

 高い地位と権利を約束するだの言われ、ヒーローズ以上の行動・戦闘の自由権を許可するとも言われた。

 正直、かなり執拗に戻るよう言われている。因みに今日もその声があったんだぜ。ついさっきのことだ」


「何か変ね、それ」



 それまで沈黙を決め込んでいたアリスが1歩、前に出て藍からコーヒーの注がれたカップを受け取る。



「キミは?」


「アリス・アンダーグラウンド。

 ねぇ、協会の戦力ならこの事務所を潰すくらい容易いはずよ。どうして説得に切り替えたのかしら?」


「そこだよ。アリスの言う通り、会長は何かが奇妙なんだ。

 何か裏があるのは確実だが、解明に繋がりそうな手がかりが1つもないんだ。

 いくら調べても経歴が出てこない上に出身地や本名、身内すら浮かび上がってこない。

 年齢、血液型……性格類型すら不詳だ」


「でも、ほんの少しだけ収穫はあった。

 さっき言った“仮設Lv.”には、とてつもない感情が込められていたことがわかったの」


「感情って――憎悪とか? 一体何を憎んでいる?」



 その問に芹真は沈黙し、代わってボルトが暗澹な面持ちで答えた。



「人の世界」


「“仮説Lv.”は今のところ発動する気配はない。

 だが、いつ発動されるのか、その計画の発動条件が分かっていない以上、四凶達が下手に刺激を与えないように穏便に物事を進めたかったが、衝突状態になった現状では理想の進行を計ることは最早不可能だ」


「だから今夜。協会本部の護りに行って来るの」



 ボルトの発言に高校生3人が固まる。



「今夜!?」


「待って!いきなり出向いたら――」

「大丈夫だ。ジャンヌからの依頼で出向くんだ。予約は済んでいる」



 唐突が高城に混乱を招き、藍に焦りを呼び込んだ。

 四凶の行動に対して沈黙していた芹真事務所が行動する。それも、協会を助けようと動くのだ。協会にとっても予想外の動きなら当然、四凶からして見ても相当な驚異となる。

 戦果を期待できると踏んだ高城だが、しかし――



「芹真さん。出発は何時ですか?」


「ねぇトキ。芹真さんからトキと藍を連れて行かない、って直接聞きたくないよね?」



 再びボルトとトキの視線がぶつかる。



「今日はもう帰るといいよ」



 向けられた笑顔を脇目に芹真へと移す。 カップをデスクの隅に置いてネクタイを正す芹真は無言で首を横に振った。



「連れて行けないんだよ。トキ」


「何でだ?

 俺は行かなきゃいけ――っ!」



 瞬間、光がトキの首を絞める。絞られる筋肉が音を発し、内の流れに支障を生む。

 光の魔女は締め付けたまま持ち上げ、潰さんばかりの勢いで顔面を天井に押し付けた。



「トキが殺すべき敵はキュウキじゃないでしょ? それに、私たちは戦争をするために行くんだよ。未成年の来場はお断りします」



 丁重に断っているつもりのボルトでも、顔面を天井に押し付けられ擦り付けられたトキは天井ごと破壊し、その断りを断固拒否した。

 時間奪取と回復を同時に行う。



「キュウキなんてどうてもいい! 俺が会わないといけないのはコントンなんだ!」


「わかってる」


「うん。トキはコントンと戦わなくちゃいけない」

 

「じゃあ、何で同伴させてくれない?」



 光が解ける。

 着地と同時に一歩踏み出そうとしたところでトキは躓いた。一見解除されたように見えた光の拘束だが、実の所首元から足首に束縛場所を移しただけで、ボルトはトキを支配し続けていた。

 前のめりに倒れ、膝から地面に接す。

 腕を立てて転倒の衝撃を和らげるトキにボルトは伝えた。



「コントンは、私たちの予知でも捉えきれないSR。だから、ここを空けるわけにはいかないの」


「予知出来ないというのは……それはどういう事だ?」



 軽い困惑と恐怖に苛まれた高城が、トキの傍に歩み寄って魔女に質問した。



「別に、コントンだけに限った話じゃないのよ。

 どんな千里眼所有者でも探知が難しいSRはいるの。 トキだってそうだし、コントンもその類。

 いまハッキリと分かることは、協会を包囲している艦隊の中にコントンはいないということだけ。 だから、トキが行ってもあまり意味がないんだ」



 世界に数人しかいない特殊な存在。

 その代表格がコントン、メイトス、トキ。

 そういった者達は高い確率で創造型のSRであり、あらゆる過去を踏襲する力と強大な四凶の属性を持っていた。



「原因は未だに不明。

 どうして見ることが出来ないのか、心霊学者や哲学者達が一様に頭を抱えている。

 協会の研究テーマでもあるくらいよ」


「常人と何が違うのか。具体的要因と言ったらSRの有無と、他SRと比較した場合の特異性だろう。

 しかし、トキと同じようにSRを持った学生だって存在するし、同レベルと言ってもいいSRを持ち、使い慣れている奴だっている。世界に唯一という珍しいSRの持ち主もだ」



 だが、それらの例を破って、トキを含む複数人のSRは予知の外にいた。



「特に異彩を放っているのがコントンとお前だ、トキ」


「俺が?」


「常に消えているわけじゃないの。

 さっきまで予知出来ていたのが、突然消えるのよ。レーダーに映っていた影が何の前触れもなく消える感じ」



 魔女の手が伸びる。

 頭頂部に触れた温かい掌に、トキは抵抗をやめた。



「もしもの事態に備えて私たちの動きを教えるよ。

 キュウキは協会の第1支部を制圧後、部隊を陸海空からそれぞれ大軍を協会本部に向けて放った。

 陸路はロシアを通過して日本の北を通過するルート。それからフランスからオーストラリアへの直進ルート……」


「海路はイギリスからブラジルへの経由で向かい、ブラジルの湾口からそれぞれアメリカ行きと協会本部行き、オーストラリア行きと三方に分かれて進軍」


「空は?」


「……各国の空軍はまだ殆どが出撃前の準備状態よ。協会本部に最も近いオーストラリア空軍を除いて」



 沈黙に彩られる芹真事務所内で、高城は声を失い、藍は目を伏せ、トキは立ち上がった。



「それで?

 どうして一緒に行っちゃ駄目なんだ?」


「わからないでしょうね。だから今から教える。

 私が予知夢で見たキュウキの進軍は、陸海空の洗脳行軍とは別に、日本を目的として動く者たちを見たの」


「でもそれは夢だろ?」


「えぇ。予知夢、ね」


「……確率は?」


「今まで外れなし、というパターンの夢だったよ」

「そこでだトキ、藍。

 2人にはどうしても護ってもらいたい人物がいる」



 高城の視線を受けたトキの視線が藍へと注がれる。

 それを止める藍には心当たりがあった。



「コハネね」


『コハネ?』


「病院にいる娘だ。藍に教えてもらえ。

 とにかく、キュウキが小さな動きを見せている以上、こちらもそれなりの備えをしておきたい。ウチで狙われやすい人物の筆頭がコハネだ」


「そうね。ベッドから降りることもできないし……」



 納得する藍を余所に、高城は同行を懇願した。

 高城にとって協会は貴重なライフラインのひとつであり、長く所属した協会という組織は自分の家族も同然。その危機を見過ごすことに耐えられず名乗り出たのだが、ボルトはそれを否定した。



「ねぇ、妖精さん。

 足手纏いを抱えたまま部隊が素早く動けると思う?」


「なんだって? 足手纏いだ!?」


「邪魔って言いたくないけど、日本には適材適所って言葉があるでしょ?

 あなたの戦場はあそこじゃないの」



 ボルトの襟元を引っ張る高城を藍が抑える。

 激昂する妖精に変わってアリスが答えを聞く。適材適所に従い、妖精の戦場が協会本部の防衛でないとするなら、彼に適した戦場とは何処か。



「ロシア支部よ」



 見守っていた芹真が頷く。 現在、協会のロシア支部は300万四凶軍の猛攻に耐えている。四方から難を逃れて来たSRらを合わせても5000人の防衛では制圧されるのも時間の問題である。攻撃開始から5日が経過しているが、その士気は本部の比ではないほど高い。



「本部を防衛する者達との決定的違いは、猛攻に対応できる精神力の確保が役割として確立しているからなの。

 英雄(ヒーローズ)による圧倒的火力。サイキッカーによる遠距離攻撃の無力化。創造者による拠点内栽培での食糧確保、及び負傷者の修理。千里眼者による敵動向の予知に、計略看破。

 でも……その中で最も肝心なのは、睡眠時間を守るSRの存在よ」


「睡眠時間を守る?」


「ボルトの言う通りだ。

 高城みたいに他者の睡眠を促進させられるSRは、戦場の狂気で興奮した兵士を眠らせるのに重宝する。それが短時間でも、深い眠りなら精神的にも安定するし肉体の疲労も素早く回復させることができる。

 分かるだろ?

 催眠術を少しでも扱える君は、最前線に加わるよりも窮地での防衛を影から確実に支援すべきだ。ロシア支部が陥落すれば、四凶軍はそのままその地の戦力を奪い取り、協会本部の攻略に力を注ぐ」


「だから俺は本部に行くべきでないと?」


「別に。ただ、ロシア支部の健闘はそのまま本部の士気にも貢献できるだろうし、うまく行けば四凶を追い返せると思うからな」


「……そうか。言われてみればそうかもしれない……」



 素直に引き下がる高城を見て、次はトキが質問した。

 コントンがこの国に現れる予知が外れた場合は、協会本部に出向いていいのか。



「どうしてもダメ」


「行かなくちゃいけないのに?」


「何をしに行くんだトキ。そもそもお前の本当の目的はコントンか?」



 懸念は四凶にある。

 トウコツがトキの属性であるのなら戦闘への参加自体許可できない。

 コントンでも同様だが、しかしトキに選択を強要ばかりさせ、流れのままに流し放っておけばトウテツの属性を深めることになってしまう。



「みんなを助けに行くんです」

「皆ってのは誰のことだ?」


「人質のみんな、ですよ」「でも、本心では会長にも会いたがっているよ」



 食いつくトキの心に魔女の目が光り、口が真相を暴露する。

 これまで何度も厄介と思ってきたボルトの読心術だが、今日ばかりは堪忍袋の緒が切れかけていた。



「勝手に覗かないでくれ、ボルト」


「事実でしょ?

 それともそうやって嘘を重ねてキュウキの属性を肥大化させたいわけ?」



 魔女の言い分に返す言葉を失うトキ。 そんな、真実に沈黙する少年を動かしたのは携帯電話の振動だった。


 テレビをつけて海外の状況を確認する芹真と、それを眼で追う高城。



「もしもし?」



 -PM 14:56 芹真事務所-


 通話の相手がクラスメイトの大橋友樹であることを確認してから通話を始めた。

 その通信でトキは――携帯電話から流れた大声と悲鳴を耳にした藍は、信じられない事態が学校で起こっていると把握した高城は――すべてを投げ出し、真っ直ぐに白州唯高校へ向かって走り出した。










 Second Real/Virtual


 -第47話-


 -Red Age-










 殺意が東の海に集中していることを感じ取れた。

 長くこの世界を渡り歩いてきた者や特殊なSRらに、四凶と協会の激突が間近であることが光の如く伝わる。

 メイトスにも、風間小羽にも。

 あらゆる境界を超え、それを感じる者達は一様に願う。 協会と四凶の戦火が世界の過去の全てを焼き尽くさないように、と。



「これは……ああっ!」



 五感は失ってもSRを感知する力だけは損なわない風間小羽が、暗闇の中でトキを追った。

 事務所から学校へ向かおうとしている。

 それを見えない目で追い、向かう先でトキが遭遇する未来を見てしまった。



「そっちは駄目!」



 重たい右腕を上げ、緊急用にと芹真に渡された携帯電話を取る。

 指先の感触だけで通話ボタンを探し、これまで何度も繰り返してきたリダイヤルのコマンドを入力する。

 通信先は“芹真携帯”。いつもなら3コール以内に通話ボタンを押してくれた芹真だったが、火急の今に限って通話の始まる気配が一向に訪れなかった。



「お願いトキ、止まって……」



 何度も電話を掛けて芹真を呼び出そうとするが、どれだけ掛け直しても芹真は出ず、無機質な電子音だけが緊迫を煽った。

 電源ボタンで切る。掛けなおす。

 返ってくるものは通話中を告げる音ばかり。



「どうして?」



 脳裏をよぎった未来は、明らかに予知のものだった。

 これまでに何度も見てきたから間違いはない。

 その予知の中でトキは戦っていた。

 四凶になったばかりの、幼爪。

 現実世界から第二の現実世界へ。

 しかし、世界のもう1つを見てもその四凶に動揺はなかった。

 むしろ、新たな現実と得た力の新鮮味に溺れて善悪と前後を忘れ、己が欲望にだけ従順な悪鬼と化している。

 トキの四凶に悪く影響するものだ。その未来を飲ませるわけにはいかない。トキには私のようになって欲しくない。


 もし、垣間見た未来が実現するのなら、それが意味するものは――



「自滅への生」



 無数選択の有限化。


 その恐怖に、一切が見えない今日の目を憎む小羽。

 もし、この目が安定して万物を見ることが出来るなら、携帯電話の中に芹真以外の番号を登録しておけただろう。

 もし、この身体があらゆる病を跳ね返しきれたのなら、真っ先にトキを止めに行っただろう。

 しかし、それが叶わない。


 芹真事務所に救われて数年。

 庇護はもう、欲しくない。

 欲するは自力での生。

 叶わずとも願わずにはいられない願望。


 小羽を知る人間は皆知っている。

 他人の不幸を取り込んでしまう力。

 完全否定のSR、メイトスと対を成すSR。



「誰?」


「SRよ」



 彼女を知っている者達は皆思う。

 もし、自分の抱えている不幸を彼女(こはね)が全て持っていったら、不幸を失った自分は幸せになれるのだろうか。


 ――何を基準に幸不幸を判断すればいいのか?


 だが、他人を不幸にしてまで自分が幸福になりたいとも思わない。

 逆に小羽を幸せに出来ないかと多くのSRが考えた。



「メイトスさんのお知り合いですか?」


「…………ええ」



 真っ先に動いたのは芹真事務所。

 癌を患った壮年の男からそれを引き受けた小羽は次に、視力を失った人々から暗闇を取り込んだ。

 人狼は見るよりも臭いを嗅ぐことによって小羽の病気と、原因になっているSRを突き止めた。



「私を殺すんですか?」


「いいえ。困っているから助けに来ただけよ」



 携帯電話を与えられ、治療法を探していると勇気付けられた。

 芹真と話して世界が広がり、ボルトと接して元気と光を貰い、藍に触れて忘れかけていた人の温かさを思い出した。

 事務所に護られている。

 そのことに気付いて幸せすぎることの不幸を知った。 強く意識しなくても、他人の不幸を自分のものにしてしまう私のSRは、幸福に長く浸らせてくれない。

 絶望、諦観、空虚。

 何もかもが突然のように襲い掛かってくる。それは時に食事中、時に検診中、ひどい時は芹真さん達との会話中にやってくる。



「安心して。これでも一応協会所属だから――」


「特殊部隊、暗殺機構の方ですか」



 何もかもを取り込む私の四凶は“トウテツ”の属性にカテゴリーする。

 全てを食らう者。

 人の不幸を食らう。その中にはSRという呪縛から逃れたく、力を放棄したがる者だっている。そういった望まぬ力さえ私は身につけてしまう。



「読心術まで持っていたのね」


「ぁ……すいません。これは、入ってきたものです。

 それに、今日は目が見えなくて、よく――色々分からないんです」


「それで、トキをどうすればいいの?」



 単刀直入に彼女は聞いてきた。

 余計なことを聞かず、ただこちらの助けを呼ぶ声を聞いて馳せ参じたと言った。



「トキを四凶の人と戦わせないで欲しい。

 彼が本物の四凶になっちゃう……」

「場所は教室ね?」


「はい。白州唯高校の3年3組です。場所はここから――」

「場所は分かっている」



 声の発生場所で彼女の居場所がわかる。

 目の前。

 ベッドの前に立っている。

 まるで氷を思わせるような冷めた声。



「相手の情報が欲しいわ。どんなSR?」



 離れようとする彼女に、私が予知の中に見たものを伝える。

 白州唯高校の汚れた教室。

 阿鼻叫喚の地獄。

 必然の消滅。

 果敢。

 だが、無謀。

 必死の抵抗も長くは続かない。

 四凶は1人、その惨状をつくった者のみ。



「そのクラスの人が、四凶になっています」



 そんな空間にトキは飛び込んで行こうとしている。

 待っているものは過酷と残酷であることを知らず、知ることもできずに四凶へ走っている。



「学生が四凶になってしまったのね」


「はい、もう成っています」



 その言葉を最後に、扉の前で彼女の存在感を見失ってしまう。

 それだけで私には彼女のSRを理解できた。



(“否定のSR”

 協会にも居たんだ……)



 完全に気配を消した彼女を思い出し、高度な否定の力を持つことを認める。

 入室と退室の瞬間を知ることも出来ず――

 何よりも、心を覗けていたにも関わらず、氏素性に関する情報を見ることができなかった。彼女が読心術に対して防御を行っていたことは明らか。

 自らの情報を任意にブロックできる技術を持っていることが、どれだけ高レベルなSRなのか。


 小羽がそれを知っているからこそ、トキを止めてくれるだろうという希望と同時に否定のSRへ多大な不安を覚えた。






 街を抜ける。



「四凶が本部へ攻撃開始!?

 分かりました。すぐに向かいます!」



 道中で高城は協会からの呼び出しで警察署へ向かう。



「私はキョウたちに知らせてくる!」



 アリスが色世家に連絡のため走る。

 残る藍とトキの2人は、白州唯高校へと続く通学路を只管(ひたすら)に急いだ。


 事務所で受けた友樹からの電話は助けを求めるものでもあり、同時に一切の呼び出しに応えるなという警告を含む内容だった。

 途切れた通話から推測出来たことが幾つかある。まず何者かが学校にクラスメイトを呼び出していること、集まった級友は全て人質になっていること。次に、状況が悪い方向に傾いていること。怪我人という単語と男女の悲鳴が通話の背後から聞こえていた。



「藍、煙だ!学校の方!」

「急ぐわよ!」



 ――トキの相手はキュウキじゃない


 ふと、ボルトの言葉を思い出す。


 立ち上る黒煙の元に急ぎ、正門前で足を止める。 グラウンドを二分するコンクリートの道端は随所で砕け、真っ直ぐ伸びたその先で学生玄関が原形を失い、職員室の窓からは黒煙が溢れ、時折灼火を覗かせていた。玄関ロビーには複数の教職員だった者たちが転がっていた。それらを一見して全員が刺殺されたことに気付き、敵襲されたことと相手の武装が刃物の類いであることを理解した。



「二手に分かれるわよ」


「俺は教室に行く!」



 ロビーで別れた2人はそれぞれ職員室と教室へ急ぐ。

 往来に慣れた校内をトキは最短ルートで駆け抜ける。階段で三階まで登り、長く続く廊下に出て、その途中にある自分のクラスを示すプレートが視界に飛び込んだ。



(皆は無事か?)



 祈りながら、1週間前の四凶襲撃を思い出してしまう。

 クラスメイトの死。

 指の数ものクラスメイトが消えた日。たった1時間にも満たない惨劇。

 教室のドアを乱暴に開ける。勢いに震える戸硝子と、クラスメイトたち。

 期待と現実が衝突する。

 散乱した椅子と机が窓際に山積みとなり、色のある液体が床を汚していた。



「……トキ!」



 一ヶ所に集まっていた級友たちから声が上がる。最初に名を呼んだコウボウを視界に捉え、次ぐように怪我人複数が飛び込んだ。



(全員が揃っているわけじゃないのか!)



 教室の片隅には負傷した腕利きの面子が並んでいた。

 全員と言うには人数が足りない。


 クラスの全員が揃っていないことを確認し、誰が欠けているのか頭の中のクラス名簿と比較して検索する。 誰が欠けて居るのか把握する間に、少しでも状況を把握するために冷静を保っていそうな級友を探して質問した。



「これはどうしたんだ?」



 意識を失っている桃山“正”委員長を介抱する木田村“裏”委員長は、トキの問いに無言で首を振った。その横ではクラス最強で通っていた岩井が、外れた右の肩と折れた腕の骨を自力と他力で押さえながら息を荒げていた。頭にシャツを巻いて止血している者、壁際で震える者、涙を流す者。 怒りに震える者。



「意味が分からないままだ、誰にもな……!」



 男は立ち上がり、トキの眼前まで歩み寄った。全身に汗を浮かべ、何回転もして捻れた足を引きずって。



佐野代(さのしろ)、その足――!」


「何でノコノコ学校に来た! 大橋から電話があっただろう!

 これは罠なんだよ!俺達を訳もなく殺そうとしてる奴が居るんだ!

 分かったら逃げろ馬鹿野郎!」



 全力で食いかかる佐野代。

 彼が自分を良く思ってないのは知っている。原因は言葉と現実のギャップ。



「何から逃げるんだ?

 みんなはどうして逃げないんだ?」


「強がるんじゃねぇ……逃げたくないから俺はここに居るんだ。

 それに怪我人放り出して逃げる人間が何処にいる!

 クラスメイトを見捨てる奴はここには居ねんだよ!」



 腕が伸びて予想通りの行動を取る。 襟元をつかんで手繰り寄せ、平手打ちが目覚まし代わりに打ち込まれた。

 もう一発。

 平と甲で打たれた両頬の痛みを堪えつつ正面から佐野代を見据える。


 やはり彼も年相応の少年であり、同級生であることを思い改めた。

 平手よりも遥かに激しく痛むであろう足の負傷に顔を歪める。血色の悪さはそのまま出血量の多さを示す。



「雑魚は引っ込んでろ……」


「……足手纏いは引っ込んでろ」


 

 瞬間、集まっていたクラスメイト全員がトキに注目した。

 異常によって崩れた日常の場所であった教室内。そこで初めて、多くの級友はトキの強気な発言を聞いた。

 しかも相手は過去に幾度となくトキを打ちのめした男子。ジェイソンの二つ名で通る加減を知らない血の気の多い佐野代である。



「足手纏いはお前だろ。とっとと逃げろ――帰れよ」



 掴んだ襟を放す佐野代に、トキは掌を突き出した。

 若干の抵抗はあった。今まで自分を殴るだけ殴ってきた男に対し、まともに正面からダメージを伴うであろうアクションを実行するのだから。後に来るであろう報復が怖い。

 しかし、1歩の勇気はある。佐野代を凌ぐ恐怖と痛みをこれまで体験してきている。それと比較すれば――



「ちょっと我慢してくれ」


「何だって?」



 やっぱり怒っている。

 ドスの聞いた声を閉目して受け止め、1拍の間を置いて拳を突き出す。

 腹部。

 背後では2人を止めようと複数人が立ち上がった。眠り魔の樋口や万年受け手の藤峰達、普段は自ら動かない面々が喧嘩を始めかねない2人を見て抑えようと慌てた。

 普段動かなかった者達が動かざるを得ないほど、このクラスに残っている戦力は乏しい。普段なら喧嘩が始まれば我関せずと無視を決め込むのだが、今はそれもままならないほど切迫している。

 怪我人を抱えているというのが最大の原因である。

 佐野代のように外傷で重症であることが分かる者もいれば、桃山委員長やのように外傷が一切皆無でありながらも意識を失っている者もいる。


 重症が7人。


 そのうちの1人である佐野代に、トキは時間を打ち込んだ。

 誰の目に留まることもなく――時間による創造と回帰――負傷した左足を復元する。



「あぁ?」



 打ち込まれた拳に痛みを感じない佐野代は、不思議な感覚を抱きながらもトキの行為を倣って殴り返す。



(あと、6人!)



 打撃に傾く視界の中で佐野代から視線を外し、外れた肩の激烈な痛みにもがく岩井に向く。

 鳩尾に返ってきた拳に耐えつつ1歩踏み出そうとした、その時だった。



「やぁ、トキ。

 やっと来てくれたんだね」



 理解し難いことが目の前で起こった。

 佐野代の居た場所に、それまで居なかったクラスメイトが現れたのだ。



「え――?」



 ジェイソン佐野代こと佐野代勇司が姿を消し、それに代わって“ウィルス”と呼ばれる、彼女が現れたのだ。佐野代の繰り出した腹部への打撃、その姿勢をそのまま再現して。

 予想外のタイミングで警鐘が打たれる。

 あまり仲の良い人物ではないにしろ、クラスメイトが敵として攻撃を繰り出してきたのだ。

 それも殺意を抱いて。



「類家香織――?」



 刃が襲いかかる。

 煌く凶刃の一撃を後退して躱しつつ、距離を取ってその姿を窺う。

 右手にナイフ。

 左手を鮮血に染め、満面の無邪気が彩るものは笑みと狂気。


 3年3組 35番女子(るいけ) 類家香織(かおり)


 学校指定の制服を赤黒く汚して立ち尽くす彼女が、確実に第2の世界に触れたことを実感させる。



「黒い欠片を頂戴。

 じゃなきゃ、みんなを殺すよ」



 瞬間、背後から4名の男子が類家に襲い掛かる。タイミングを計り、村越と多名中(たなうち)が左右後方、宮原と函音(はこね)が真後ろから、それぞれ必死の形相を着けて殴りかかった。

 が、類家は1歩も動かず、笑みをトキだけに向けていた。

 その時を見逃さない。

 何が起こったのか、先ず理解しようと観察を試みた。



(避けない!?)



 理解できない事態が起こっていた。

 背後から迫った4人の攻撃は、確かに類家香織を捉えていたはず。

 それにも関わらず一瞬後、トキは我が目、我が身を疑った。類家の立っていた場所に自分の身体があり、類家に襲い掛かった4人の攻撃が自分の背中を捉えている。



『くそ!しまった!』

「大丈夫か、トキ!?」


「卑怯だぞ類家!正々堂々と勝負しろ!」



 背中に走る痛みを堪え、片目で彼女の姿を追う。

 俺の立っていた位置に彼女が居る。

 村越と函音の言葉から彼女がコレをやったのが初めてでないこということが分かり、同時にそれが答えとなる。

 この惨状をつくったのは、コイツだ。人間でなくなった類家香織だ。



「雑魚に用事はないよ。黙ってて宮原。

 さぁ、トキ。

 黒い欠片を頂戴。持っているんでしょ?」


「持っていない」



 類家が消え、黒髪角刈りの宮原が現れる。



『え?』


(これは――!)



 宮原と類家の位置が入れ替わっている。

 警鐘の報せる方向へと身体を捻りながら右手にLv.2:CCで剣を作り出して握る。

 背後でぶつかるナイフと畏天。 短い刀身を力で押し返し、左から右へ横に薙ぐ。


 その斬撃を類家は両腕を後ろに回して受けようとする。剣筋は真っ直ぐ彼女の首へ。

 彼女自身が剣筋に乗ろうと動くのを見て、トキは直前で斬撃を止めた。

 抑止した彼女の行動は予想通りで、2人の立ち位置を入れ替えてしまう。



「もう気付いた。

 やっぱりトキもこの力を知っているんだ!」



 頚動脈の間際で止めた剣。それが入れ替わってナイフになる。

 刃物を突きつけているのが類家。

 首を晒しているのがトキ。


 幸いだったことは畏天とナイフのリーチ差が開いていたこと。

 横薙ぎに払ったところでナイフは首に届かない。

 しかし、次の攻撃はどうあってもナイフの方が早い。喉仏を狙った右手ナイフの刺突。対する畏天はまだ身体の真横を通過して防御に駆けつける最中。



「トキは何のSR?

 私はね――」


 

 刺突を躱す。

 上半身を捻って銀色刃に空を切らせ、手首を取って畏天の柄でナイフを握る手を殴りつける。


 逆転。

 2つの姿勢をそのままに、2人の人間が入れ替わる。


 畏天を握る手を、類家がナイフの柄で殴りつける。



「ぐっ!」


「四凶だよ!」



 感覚の麻痺した手から畏天が離れる。

 右腕を掴まれたまま肘関節に圧力がかかる。

 折るつもりだ。



「ふざけんな!」



 肘が悲鳴を上げるのと類家が離れるのは同時。

 2人の間に割って入った宮原がナイフの斬撃を受けながらも類家に猛進していく。

 ナイフを持った類家――しかも、SRに対して宮原は果敢に徒手空拳で挑んだ。



「下がれ!

 こいつは普通じゃない!」



 言って宮原は一度距離を取り、非現実的な脅威をトキに告げた。

 同じ言葉をそのまま返すが、宮原はそれを素直に聞く人間ではない。


 トキの言葉を半ばほど聴いたところで再び仕掛ける。

 迎え討つ類家は、黒板の真ん前でナイフを前方に構えたまま。

 しかし、目線だけはトキに向いていた。



(――しまった!)



 類家の言動と行動に戸惑っていたトキは完全に出遅れた。

 低速世界を展開するよりも早く、類家のSRに捕まり、意思とは関係なしに場所を強制交換されていたのだ。

 ナイフを構えていたのは宮原を打つ為。

 逆転した立ち位置が生む結末は、宮原の加速ストレート心臓打ちと、硬直しかけていたトキの右手が捉える宮原への設置顔面カウンター。衝突の衝撃はそれぞれを背後へと仰け反らせた。



「一瞬……!」



 黒板が衝撃にたわむ。

 類家が宮原を踏み越えてナイフを突き立てる。

 止まれ。

 幾度となく繰り返してきた時間停止と低速化。

 一瞬だけの発動で斬撃軌道から身体を退かせ、反撃に用いる時間を黒板から奪う。

 劣化した緑の板面をナイフが切り裂く。そこへ再度、武装解除を試みた。

 黒板を切り裂いたナイフの刃を掴み、クロノセプターによる時間分解に処す。



「あれれ?」



 消えた刃先に気付く類家が小首をかしげる。

 僅かな危機感が彼女のSRを発動させる。


 それがトキにとって予想外の力であった。


 ナイフを無力化した類家に当て身を食らわせようとしたトキだが、瞬時に立ち位置が代わってしまう。それはすなわち攻防の反転。

 必中の攻め手と直撃必至の受け手。

 結果は当然、仕掛けたはずだったトキがダメージ。



(嫌な夢でも見ているみたいだ……!)



 類家が連続した打撃を打ち込んでくる。

 拙くも相当の威力を秘めたコンボは、佐野代や岩井以上に脅威であった。2人の攻撃が残撃のように一瞬の激痛を伴うものと例えるなら、類家の放つ打撃は毒のようなもの。重く響き、鈍く長く痛みを忘れさせない。



(夢を見ているみたい! 私が誰にも負けていない!)



 加速する類家。

 トキも独自の加速をかける。打撃を流して一瞬の静止世界にて打突。

 喉仏を捉える親指と人差し指の付け根の感触は、始めて触れるクラスメイトだった女子のもの。


 ――クラスメイトへの攻撃が心を締める。


 接触、逆転、衝撃、再衝突、逆転。

 一方的に攻める者が、一切の攻め手を見せない者よりも深刻な状況に追い込まれる。 現実を崩す第2現実の世界。

 ただのクラスメイトに目は向かない。向けるつもりがなければ向ける暇もない。

 眼前の脅威は兵器を凌ぐ。

 SR、四凶、私情。ここにある世界は3つ。現実と敵と自分。

 攻撃、防御、逆転、一撃。


 ――夢想すらしなかった事態の中心に自分が居て、それを自覚した瞬間に彼女は笑う。


 圧倒することの愉悦が外敵の圧力全てを無力化して、反撃を逆転し、退がる相手に対して一方的に攻めた。

 トキの落とした剣を拾い、間断を与えない。

 奔る畏天が肉体を切り刻む。必然の流血が床に新たな染みを作り、それぞれの制服を濡らした。



「トキの四凶は何?」



 頭頂へと切りかかる畏天。

 咄嗟に星黄を作り出して斬撃を防ぐ。弾け飛ぶ刃の破片に顔をしかめてしまうが、類家の斬撃は止むことを知らない。



「黒い欠片を頂戴!

 そうすれば私がコントンさんと一緒に行けるんだ!」



 連撃と逆転の果て、畏天は正面からトキの心臓を穿っていた。


 時間による加速で行動しようが、彼女への攻撃は全て逆転されて意味を成さない。

 静止世界での攻撃も、結果として彼女に残ればそこから逆転・反転が始まり、攻撃を与えた者と受けた者が入れ替わってしまう。


 残る結果ごと、相手と位置を入れ替えるSR:逆転。

 

 純粋な殺意を孕んだ類家の目がトキを覗く。


 視線を返しながらトキは、結果を逆転させてしまうSRの攻略法を既に見つけていた。




 

 

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