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Second Real/Virtual  作者:
47/72

第46話-色世境の帰宅と-

 

『エイプリルフールは4月の10日じゃない!?』


『はい』


『テメェ、嘘言ってんじゃねぇよな……』


『はい』


『本当に4月1日なんだろうな?』


『はい』


『……て、ことは』


『トウコツさんが騙されていましたのですよ、キュウキさんに』


『あンの野郎……!』



 これが――四凶トウコツと水の魔法使いセンの会話の一部である。



『俺は、てっきり4月10日かと……マジで思っちまったじゃねぇかよ』


『あまり落ち込まないでくださいトウコツさん。

 4月1日に“本当は10日がエイプリルフールだ”って嘘をつくことに罪はありませんよ。その日が嘘つきの日なんですし』


『クソ、あの虎女め……腹が立ってしかたねぇ。アホ狩りにでも行くぞ!』


『ちゃんとミッション報告書を出してくださいね』


『わかってるよ』



 以上、トウコツが4月1日と4月10日を間違えていた日より。


 ※本編とは関係ありません。申し訳ない※



 

 

「南極基地でも見つからなかった!? それでは作戦に大きな支障が出てしまうのよ!分かっているの?」


『ククッ……分かっているとも。計画通りに事を進められないことも、お前が取り乱すことで士気に影響が出てくることもな』


「相手を間違えているでしょ……それで、どうするつもり?」



 -AM 08:43 ロシア 西シベリア上空-

 ノートパソコンと向かい合っていたキュウキは、突如電話を掛けてきたコントンの話に我が耳を疑った。

 オーロラ作戦の要であるコントンが提案した切り札――いまは破片が行方不明で起動不可能な兵器の一欠片が、最も重要な局面に来て見つからないと彼は言うのだ。



「トキが見つけた可能性は?」


『限りなくゼロだ』


「会長は?」


『知っているだろうが果たして事漏らす可能性はあると思うか?』


「それこそ限りなくゼロに近いわ。 コントン、あなたの言う最大兵器ってのが本当に協会本部のどこかに隠されているなら、わざわざ起動させなくても他の使い道が――」


『盾とするより、矛とした方が何倍もの効果を期待できると言ってもか? フフフ……うまく行けばその日のうちに協会を消すことだって不可能じゃないんだぞ』



 苛立ちを喚起する笑い声に青筋を抑え、キュウキはとある予測をコントンに、抵抗はあったが計画を優先して一説を持ちかけた。



「黒い欠片よね?」


『それがなければ例の兵器の中には入れない』



 改めて確認してから過去と現状を口にする。



「協会所属時に本部を探り、謀反して第一支部、第三支部を調べまわったものの結果は“収穫なし”。昔、その欠片を持ち逃げ出した妖精たちの大半は死去し、主犯格である色世皐もこの世から消え去った……」


『そいつらの子孫をあたるも、やはり収穫はなし』


「……コントン。あなたは“泣き虫キョウ”って、知っている?」



 切り出す話にコントンは名前と略歴を知っていた。持ち合わせる情報を確かめるように綴る。



「色世家の純血を継ぐ一人っ子で、妻に絶対神判の色世皐を持つ、知る人ぞ知る大泣き虫のチキン・オブ・チキン」


『妻に従って何度か従軍した経験を持つが、いずれの戦闘でも恐怖におののき終始涙に暮れて目を腫らせたとか。そこから病気に発展したこと複数回。敵前逃亡回数は余裕で指の数を超えるらしい。 戦場で人を撃って一ヶ月寝込んだという話も聞く。言うなれば、筋金入りの雑魚だ』


「そう……色世皐が死ぬまでは」



 端末を高速で叩きいて表示画面を変更する。

 現在作成中のシミュレーションを一時停止し、フラッシュメモリを差し込んで保存していたデータを展開すると、ファイル名“色世”の中身が画面最前に表示される。その中には複数個のメモ帳があった。



「黒い塊を探すようになったのも、ソレが行方不明になったのも、色世皐がそれを持ち逃げした前後からだったわね?」


『ああ』


「前から少しだけ引っかかることがあるの」


『ほほぅ、それはキョウも関係するのか?』


「色世境の服役だけど、彼は妻を見殺しにしたという理由だけで檻の中を望んだらしいのよ」


『何?

 そんなことで隔離を――』



 僅かな沈黙後に受ける否定。

 もしもコントンが欺かれていたのなら、という憶測が色合いを強める。キュウキはそこに自分が予測する可能性のひとつ、現状では最も怪しい点を、混沌に加えた。



「色世境が、その黒い欠片を隠し持っているとしたら? むしろ、真っ先に調査すべきだったのでは?」



 言われたコントンの頭には色世皐の死に際の顔、言ったキュウキは協会が管理するカリフォルニアのSR刑務所の堅牢なセキュリティを思い浮かべていた。

 あの場所なら一切の外敵から身を守ることが容易になるし、会長の許可さえ下りれば牢屋だって貸してもらえる。“SRに関わった一般人保護”という、協会の存在理由として頻繁に使用される名目で。



「つい先程だけど、同刑務所の房内から行方不明者が出たという情報が流れた」


『激変の可能性か……分かった。今からそれを確かめる。おそらく日本だ』


「お願い。私はカリフォルニアに部隊を派遣して刑務所の中を探ってみる」


『ああ。 期待はしていないがな』


「それはとても正しい期待ね。

 くれぐれもキョウを殺してしまわないように」



 通話を切り上げるのが同時――直後、二人は同時に携帯をしまいながら、薄ら笑みに顔を歪めた。






 -日本-


 廃工場から続く坂道を下り、住宅地を進みながらトキは質問攻めに振り回されていた。

 駆けつけたアヌビスや警察署長らに現場を譲り、少年らは落ち着ける場所を目指して歩む。



「じゃあ、本当にお前があの三人を?」


「ああ」


「トキさんがやった技は、僕の左腕を作ったのと同じアレですか?」


「そうだよ。クロノセプターとLv.2:CC(時間による創造)だ」


「どこで銃を手に入れた?」


「作ったんですよ、高城先輩」


「ひとまず飯といこうぜ。腹ペコで動く気力が空っケツだ。なぁ、トキ」


「何か食べたいものがあるなら作るけど……出来る範囲で」

「失礼ですよカンナ姉さま!」


「お姉さま、自重を」



 -PM 13:09-

 色世家に向かって歩を刻む足取りは、そのどれもが疲労と心労で重く、常時の平均移動速度と比べて遅々とした。

 その中でもトキは疲弊による翳りが明確だった。気丈に振舞ってこそいたが。



(親戚の一斉自殺後だってのに、意外とヘコんじゃいないな)


(トキさん、無理して笑っているのかな……)


(こいつ、意外とクラスメイト思いだったからなぁ……それに従兄弟の死だ)


(クラスメイトの死と親族の死が重なり、相当に疲れていると思っていたが……コイツ、意外と心は強いのかもしれない)


(自重してくださいカンナ姉様。いまトキさんに負担を掛けては――!)


(わかってるっての!じゃあスミレ、お前が何かして気を紛らして見せろよ!)



 一同の中でトキの印象が一気に変わる。疲れを隠そうとしていることに同情の余地あり、或いはその気丈さを賛辞を浮かべずにはいられない。

 その中で藍はトキの疲労を測っていた。



(芹真の話が本当なら、トキは寝ている間も訓練を受けていたことになる。

 これまでの訓練は大体2時間でダウンするような内容だったから、それが一週間……しかも、昼夜などの概念が存在しない心層世界での実施。仮に一日24時間の訓練で計算するなら7日×12ダウンで84回分の訓練をこなした事になる)



 それでも、納得の出来ない速度でトキは変化を遂げていた。特に、最後のあの忍を止めた技。



「ところで、翼が先に行ったって本当か?」



 奈倉の言葉にトキは足を止め、しっかりと頷いてみせる。

 返答を聞いて真っ先に安堵したのは当然エミルダ。次いで高城だった。



「先に家に行っているって連絡があった」



 工場を出る直前に、翼を逃がしたアリスは先に家へ向かうと言葉を残した。初見である彼女に殺意はなく、完全に味方するつもりでアプローチをはかってきたことがクロスセプターで判明している。

 アリスの加勢と同時に“来訪/帰宅”した人物がいる事も。



「よし、それなら急ごう。いよいよこの一帯も安全とは言い切れなくなってきた」


「この一帯? どういうことだ高城」


「四凶の戦争はもう始まっているってことだ。いまだ崩れていないのは日本ぐらいだ。すでに大陸の半分が四凶によって占拠されている」



 進行速度が上がる。

 全員が急ぎ足で家へと向かい、道中にトキへの集中砲火を自身が受けようと、高城播夜が集中砲火の的となるため真実の現状を一同に伝えた。



「大国はほとんど陥落して、いまや40憶を越える人数にまで膨れている」


「協会は動かなかったのか?

 それに、国の陥落を軍隊が見過ごす筈が――」


「四凶の軍は一般人とSRによる混成軍隊。

 協会のSRには一般人を、一般人にはSRをぶつけた。協会の掟でSRが一般人に危害を加えることは難しい。なんたって殺しちゃ駄目、傷つけちゃ駄目っていう条件だ」


「はぁ!? んだそれ?

 それであちこち占拠されているってのか!?」

「カンナ姉様落ち着いて……」


「ハリヤ、お前はどこまでの情報を持ってる?」


「四凶が欧州と南北アメリカを制圧し、アジア・アフリカ圏への進行を開始したというところまでだ」


「形勢は?」


「四凶が圧倒的優勢だ。協会の支部も制圧されたという話だが……」


「やっぱり会長の首が狙いね」

「あるいは協会の制圧だよ、藍」



 見慣れた景色が目的地までの距離を算出させる。あと1分足らずで一行は色世家に辿り着く。

 足を止める者はいない。足取りこそ重いが止まる者はいない。

 彼女らが姿を晒すまでは。



「お待ちしてました」



 1週間前に半壊したはずの色世家は完全に復活していた。

 玄関先に佇む影は3つ、横たわる影が1つ。

 うち1つは村崎翼のもので、残る3つは個人によっては理解できるものであったが、共通してそれを認識することの適う面子ではなかった。



「あの白髪は、アリス・アンダーグラウンドか」


「敵か?」


「何が起こっているんだ……?

 あいつは、ナイトメア武装派のドッペルゲンガーじゃないか!」


「敵か!?」


「親父……」


「お――!?」



 軽い混乱に見舞われた一同の視線を動かすのは神隠し。一目散に翼の元に駆け寄って抱きついた。

 万一に備えてエミルダの後に続く高城、奈倉、カンナ。

 一方で立ち尽くすトキの傍ら、藍とスミレは混乱を深めていた。突如として出現したトキの父親と並列する翼の存在、ダウンしたナイトメアの容態。



「藍姉様、トキさんのお父様は服役中では?」


「えぇ……そう、聞いているけど」



 トキの父親:色世境(シキヨ キョウ)の――汗玉を浮かべて強張った――顔を見、真横のトキの唖然とした顔を覗く。トキも混乱していることを見て取り、藍は状況の進展を望んだ。おそらくこの場でもっとも肝心であろう2人がアクションを起こさない限り、取り付く島などないだろう。

 色世境が何を思っているのか、読心術を持つボルトならすぐにでも対応しただろうが、生憎とこの場で読心術を持つ者は折らず、遠からずともそれに近い力を持ちながら、しかし心中を語る気配をトキが見せないのはフリーズ状態のため。時折口を開きかけるも声は出ない。2人の視線は交差したまま微動だにせず、抱き合う翼とエミルダや、倒れ伏したドッペルゲンガーを調べる高城とカンナに構う事もなく文字通り向かい合ったまま、2人は1歩も動かない。



「ほら、キョウ」



 横から肘で小突かれ、それまで固まったまま汗を浮かべていたキョウが一歩を踏み出した。ギクシャクとした人型機械のような嫋娜(じょうだ)に欠いた動き。

 それを見ても無感動のトキ。緊張を見て取った藍とスミレらは記憶の片隅にある“泣き虫キョウ”という名前が浮かび、それがすなわちチキンでもある彼の性格把握に至る。



「ただ……た――」



 絞れゆく声で伝わる緊張の度合い。しかし、トキはそれを理解できていない。まずどうして父が目の前にいるのか、そこが理解できておらず、処理と整理が追いついていないのだ。



「ただイま――トキ」



 緊張でアクセントがおかしくなるも、ちゃんと帰宅の言葉を伝えたキョウを見守り続けていたアリスの口から溜息が漏れた。それを見た藍は返事するようにトキを突いて我に返るよう促す。



「おかえり……」


「さぁ、まず家に入って落ち着きましょう。ね、キョウ」



 アリスの提案に元来の家主が頷き、目線で返事を求められたトキもそれに応答した。翼や藍たちにも家に入るように促し、一同は藍とカンナを殿に色世家の玄関を通り抜けた。

 屋内を見回すトキら5人は驚愕に足を止めた。一週間前に破壊されたはずの物件がどうして何事もなかったかのように存在し、確かな手触りを感じさせるのか。無数の弾丸を穿たれた壁も、吹き飛ばされた壁も、砕け散った数々の家具の一切も、全てが一週間前の破壊より前の姿を取り戻している。



「トキ、台所を貸して。私達でお茶を淹れるから」


「あぁ、いいよ……」



 足を止めた5人を動かさないことには進まない。それを見て取った藍は労の労いも兼ねて台所へと移った。先頭を行く奈倉、藍に続き、翼、トキ、エミルダ、スミレ、高城、アリス、境、カンナ、藍と順に靴を脱ぐ。

 廊下から色世父子と翼、アリスを除いた全員がリビングに入る。

 リビングに集まった面々を見て、4人は2階へ続く階段を踏み出した。見慣れた景色、初見の景色の中に銃痕がないものかと探すトキとアリス。先を歩く3人が踊り場を通過した所で翼は足を止めて踵を返した。



「翼?」


「トイレ使わせてくれ」



 それだけを言って階段を駆け下りてゆくクラスメイトに、トキは心細さを覚えた。

 再開する足取りは真っ直ぐトキの部屋へ。

 我が子の部屋が近づくに連れて激増する緊張に逃げ出したい境だったが、すぐ横を歩くアリスがそれを悉く阻止して隙を見せない。



(息子の前でしょ? もっとシャキっとしないと幻滅されかねないわよ!)


(わかって、わかっているけど……!)



 部屋への扉を前にして足を止め――トキと視線を交え、アリスの視線を受け止め――勇気を出してノブを手に取る。止め処ない罪悪感を胸に、謝罪の勇気すら表せない自分を嫌悪して入室を果たす。

 この家、この部屋に自分が戻ってくる資格があるものか。



(ここまで来たのに、また檻の中が恋しくなったの!?)


「なぁ、親父……」



 アリスの後押しで刑務所を抜け出た時の覚悟を思い出し、しかし、その半ば程が現実のトキの声を聞くや、ひび割れて挫けそうになってしまう。

 必死に自分を落ち着けようと呼吸し、指を動かし、忙しなく目配せするが、唯一の助け舟であったアリスは『ごゆっくり』と言い残して部屋から去っていた。



「ハ、はい、どうした?」


「……ほら、たくさん知り合いが来ていたけど、大丈夫だったかなぁって思ってさ」


「いや、嬉しいよ」



 沈黙。

 突如として訪れた静寂は、トキの理解不足に因るものだったが、キョウにとってはとてつもない不安への因子となった。



「嬉しいの?」


「あ、いや、何と言うか……受け入れてもらえるのか不安が……」



 本心を語り始める父の言葉に、トキは理解が追いつかない心地良さに満たされ、同時に矛盾と判明できるものを抱く自分に気付きつつ耳を傾け、また進んで問いた。



「刑期は終わったの?」



 臆病を知らせる警鐘と、これから訪れるであろう巨大な危険を知らせる音がトキの頭をノックした。 父親の態度から冒険をしない性格であることは十分に予測ができた。だが、過去に送られてきた手紙の中に1枚だけ、刑期が20年近いという内容の手紙があったのを覚えている。

 だから父親がここに居ることに疑問が尽きず、何故ここに至るのか詳しい経緯も聞きたかった。獄に入った本当の理由も含めて。



「……いや」


「脱獄したんですか?」


「最初から刑期なんてありはしない……」


「え?」



 扉が閉まる。現在この部屋の主がトキだ。元の主であるキョウはベッドに腰を下ろしてトキを正面に構えた。

 部屋中に散らばるゲームや本の数々に誘惑されることなく、柔らかい寝床の感触を羨むでもなく、正面から注がれる視線から逃げ出そうとしている自分を全力で奮わせ、正面から息子の目を覗き込み、思ってもいないことを確認する。

 忘れようとしていた影が、息子の瞳の中に輝いていたのだ。


 皐はトキを護りきった。



「協会のことは知っているか?」


「SRの協会?」


「……会長は、いつでも出て行けと言った。投獄初日に」


「やっぱり、親父に罪は――」


「罪はある。皐とお前を護れなかった。

 それどころか、私は……あの日、に、逃げ出していた」



 両親と離れて十数年。

 トキは初めて当時の両親を知った。

 誰も教えてくれることなく、どれだけ必要だと説いて尋ねても決して聞かされることのなかった現実。

 それは、父が子に話したくなかった真実だった。

 生きる。

 ただそれだけの筈なのに、誰もがそれをコンセプトとした人生を歩んでいる筈なのに、恥じずには居られない過去。

 決定的な違いは、捨てたか否か。

 その境を跨いで人は誇りと恥を学び、積み重ねて人生を彩ってゆく。


 キョウの口から出たモノは誇りではなく恥。人生を先駆ける年配として若者に話せるような内容とは程遠い、忘れたくても忘れ得ない過去。



「皐はお前を護るため走っていたのに、私は皐の言葉を真に受け、生きたくて生きたくて、怖くて走って逃げていたんだ……お前を護るという、親としての義務を、放棄して」



 再度訪れる沈黙の中、キョウは後悔、トキは混乱に沈んでいた。

 顔色ひとつ変えないどころか、無表情を貫き通すトキは落胆しているのか、それとも怒りを覚えているのか。

 額に汗を浮かべ、目じりに涙を浮かべる父が、羞恥心と臆病を押し退けて打ち明けたそれは、どこか眠気を誘った。



「どうして、逃げる必要が?」



 床に腰を下ろしてベッドに腰掛ける父親を正視する。



「SRの問題だ。

 皐が四凶という者達の計画を妨害した為に報復を受けた」


「コントンのこと?」


「ぁ……知っているのか?」


「はい。一度殺されているし。それに――」

「それは、やっぱり本当なのか? コントンに殺されたってのは」


「あぁ。前は負けた。

 けど、次は負けない。

 それに、コントンはクラスメイトを人質にするって言っていた。条件は俺が卒業するまでに、とも。だからその前にアイツをどうにかしなくちゃいけないんだ」


「黒い欠片のことでか?」



 衝撃は内より来たるもの。発生の拠り所となった父の言葉に大きな鼓動がひとつ。

 何故知っているのかという疑問は同時に、過去に一度捨てた可能性に焦点を、必要以上のスポットを当て始める。



「どうして?」


「あいつ等の探し物の場所を知っている。まだ勘繰られてはいなかっただけで、時間の問題だった。

 私が檻を抜けたのは、お前が殺された事と、ツツジさん達が四凶に対して反抗の戦歌を口にしたからだ。

 残されたのはお前だけだが、今度は私も戦う。 護らせてくれ、逃げ出しはしない。

 SRもある!」



 それまでに見せなかった凛とした眼差しに見つめられて安心しつつも、それを覆すほどの言葉にトキは返そうとした言葉詰まらせた。



「……え゛? 本、当にSRが?」


「見てみるか」



 ベッドを離れて部屋中を見回す父に倣って立ち上がり、何を探しているのかと尋ねようとした所で父の身体の向きが一方に定まる。

 夏冬の服装をしまい込んだ大型クローゼット。中に入っている物は服飾以外にも古本や完全攻略したゲームソフトなど、隙あらばと余分な物が詰まっている大きな箱であった。右手を取られ、引かれるがままに引かれていくと――



「鏡の中?」



 クローゼットの大きな鏡の中に消えていく父の背中に怖気づくが、引かれるままに鏡面へと近づき、手首が面を透き抜けた所で恐怖は消えた。父の身体はすでに鏡の中にあり、自分の身体も半分以上が鏡の中にあるのだ。一切の不快感や抵抗無く、同じ空気、同じ湿度、温度――内容の左右反転世界が目の前に広がった。いわゆる、



(鏡の世界……)


「ここへのアクセス権限は私しか持っていない」



 左右の反転した世界で境が部屋を出る。握った手を解き、階段の手摺を辿って1階へ。後ろを歩くトキは周囲が完全に左右反転していることを確かめながら父の背中を追った。



「信じてくれるか? これが私のSR。最近名隣の房の人に“鏡幻燦画”と呼ばれたが、呼び名が欲しかったわけじゃない」



 構造や装飾品の絵柄・文字まで反転した世界で、境が何処を目指しているのか。僅かな懸念はそれだけだった。



「い、一応だけど……ここを使って何人かのSRを倒したんだぞ」


「倒したって、SRを?」


「追跡する人たちをな」



 リビングに入って手頃なサイズの鏡を探し、境は鏡面を指してトキに覗かせる。その鏡には映るべき者が存在せず、映らぬべき者が姿形を持って運動していた。

 翼や藍たち。

 それを境は元の世界と指して説明し、改めてトキは鏡の中の世界に入り込んだことを実感した。



「私とアリスはこっち側から元の世界を撃つことが出来る」


「撃つってのは銃を?」


「そう……ごめんなトキ。ある意味で私は、間違いなく犯罪者なのにお前に会いたくて刑務所を抜け出てしまった」


「いや、気にしてないよ。ちょっと恥ずかしいけど、本当は嬉しいなとも思ってるし」



 静寂。

 本心を打ち明けた2人の間に下りた静けさは当分去る気配を見せず、そのこそばゆさと重圧に負けた境は指先で鏡に触れる。

 指先が鏡面を離れるのと、鏡から音声が流れ始めるのは同時だった。



『じゃあ、あの人がトキさんのお父さんなんですか?』



 静けさを無理矢理飛ばす第三者の声、始めに耳へと達した声はエミルダの質問だった。

 鏡の中でリビングまで移動し、現実世界のリビングで交わされている会話を映像と音声で見ているのだ。 そう分かった瞬間トキは、これが盗聴の類にカテゴリされるのか、頭の隅で悩み考えつつも会話に耳を傾ける。

 会話の中心にいるのは奈倉とアリス。そこに高城と翼が加わり、決して穏やかではない空気を醸し出していた。



『色世境って、見てられないくらい逃げ腰な人なんだけどね……どうしてか見捨る気になれないのよ。気にさせる、っていうか何ていうか、何か隠し持っている感じもするし』


『で? その色世境とどうしてブラックリスト30位の君が行動を共にしていたんだ?』

『何時から一緒なんだ? つぅうかよ、昔貸し出した剣返せ』



 2、3の質問を同時に処理するアリスを見て、トキはそこはかとなく母が持ち合わせていた強気をアリスに被り見た。



『見捨てられないからよ。境は命を狙われていたし、私なら護れたし。

 スイマセン、魔倉さん! 壊されました!』


『はぁ!? 誰にだよ!

 お前に貸したのパチもんだが、200万はする代物だぞ!?』


『なら後で200万返します。絶対に返します!

 もちろん利子付きで!』


『OK。絶対だぞ』


『約束は破ったことがありませんから御安心してください』


(B81W53H79の……Bカップか。スタイルは決して悪くないが髪の色が視聴者受けするかどうかだな。なぜ毛先だけ水色? 海外ではああいうのが流行っているのか?)



 気のせいか、翼の心の声が聞こえる……が可能な限り無視し、気のせいだと必死に思い込みつつ他の面子の会話を傾聴する。



『それで、どこで知り合った?』


『半年前。刑務所に忍び込んだ私を助けてくれた恩返しに話し相手を務めたり、外の情報を集めて教えたりしていたの』


「アリスの言っていることは本当なのか、親父」


「……事実だ」


『何はともあれ全員が無事でここに居て会話できるのも、アリス君とトキの父上が助けに来てくれたからであろう。でなければ今頃私は骸となって工場内に転がっていた』


『それは違うよ翼さん。私はトキを起こしただけ。境は催眠術者を撃破しただけで、私と境はあの工場であなた達を襲ったSRに指1本触れていませんから。

 撃破――捕獲したのは全てトキの力よ』



 父と合う視線が面映(おもはゆ)い。それは、信じ難いといった眼差しの中に確かな褒賞の念が含まれていたことに気付いたからであって、決して言葉として聞いたからではない。

 トキは照れて顔を伏せつつ、この鏡中世界では表面に出かけた思いが感覚として伝わり易いという性質に気付いた。鏡の外の翼の心境が声として伝わってくるように、鏡の中の世界に居る者の声も周波数ではない響きで伝わる。一種の読心術のようにも思えるが、見境のない解釈は果たして読心と言えるものか考えどころだった。



「でも、素直に会話できるから私はこの空間が好きだ」


「それに静かだし……」



 ここなら近所迷惑とか気にせずゲームを大音量で遊べるだろうというトキの声もしっかりと伝わっていたが、境はスルー。それよりも話さなくてはいけない、渡さなくてはいけない重要な物が懐に待機しているのだ。

 逝去した妻より託された時間の破片。それを再認識した瞬間に浮ついた気持ちは一瞬にして引き締められ、額には水玉が浮かぶ。 圧し掛かる責任と恐怖。果たしてこれを遺言通り力を付け始めているトキに託すべきなのか。


 胸に手を当てると内ポケットに潜むそれの圧力を思い出す。



「どうしたの? どっか具合が悪いとか?」



 感付いた息子に戸惑いの色を窺わせたことで境の選択は絞られた。決定への焦燥は、手を内ポケットに走らせて巾着袋に触れる。



「トキ、大切な友達はいるか?」


「……あそこの、テーブルの傍に居る翼、それから奈倉さんに高城先輩、藍とはクラスメイトだよ」


「友達が四凶に狙われて護りきれる自信はあるか?」


「どうして?」


「私も少数だが敵に狙われていた。しかし、いずれも強敵でなかったから今まで逃げ切ることができたし、協会の施設に護ってもらえた。

 だが、それもそろそろ限界のはずだ。正規の四凶達が世界各国を陥落させている。この国も安全じゃない。それどころか、十憶を越える四凶の軍団を防ぐことは不可能だ」


「四凶の戦争は知っているよ。それに親父、言っただろ。

 俺はすでにクラスメイトを人質に取られているも同然だ。卒業前にコントンの要求するものを見つけなきゃいけないんだ。

 だから聞かせてくれ。母さんの遺品とか隠し物が何処かに残っていないか、心当たりはない?」


「何を探しているんだ?」


「コレくらいの、黒いプラスチックみたいな物体らしいけど、全然見当がつかない。具体的にそれが何なのかも分からないし、心当たりも全くないから探し様もないんだ……」


「卒業するまでに見つけてコントンに渡す気なのか!?」


「それでクラスの皆が助かる」


「……代わりに、世界中の人間が大勢死ぬとしても、クラスの救出を選ぶのか、お前は」


「え?」


「コントンがそれを何に使うか、知らないのか?」


「親父は――何を知っているんだ?」


「答えてくれ。クラスか、世界のどちらを助ける気なのか」


「それは……両方を選べない?」


「無理だ。私が見つけた“ERROR:2708”という四凶の計画が潰えていないのなら、コントンの要求は呑むべきじゃない」


「それじゃあ、クラスメイトを見殺しに――」


「しかし、それで70億を超す人々の命が助かるんだ。

 いいか、トキ。私と皐は四凶達の一大計画を掴んだ故に命を狙われたんだ。誰の援助もなしに妨害活動を始めた皐は……皐が殺されたのは……本当はこんな事聞きたくはないが、答えてくれ。皐が四凶に殺されたのを覚えているか?」


「覚えてる。

 大雨の日で、山道を逃げている途中に落石があって、それで車が潰れて車が燃えて、トウコツが現れた。

 俺も刺されたのに、それでも俺だけ助けられて――」



 鏡を覗きながら返答するトキの首に腕が絡まる。

 後ろから抱きついて謝る父に怒りを覚えるはずない。同時に、悲しみも起こらなかった。



「トキ……コントンの探す物は私が預かっている。皐から」



 2度目の衝撃がなければ動揺も当然ない。それはこの世界が伝わりやすい場所だからかもしれないし、父の突然の期間がある程度事態を予測させもした。

 引き受ける覚悟は出来ている。

 腕から伝わってくる震えは、父が何に対して恐怖を抱いているか分からないが、今までとこれからを大きく分かつ言葉を後に控えているからだろうと理解できた。



「お前にコレを渡したくない」


「どうして?」


「人々の死を選択しなければいけなくなるからだ。

 ずっとお前を放置していた私に言う資格などないだろうが……父として、子供のお前にそんな重責を押し付けたくない」


「……でも、このまま何もしなければクラスの皆が殺される。

 遅いよ、親父。

 俺はもう人の命を背負ってしまった。だから――」



 絡み付く腕を押しのけ、鏡面より視線を移して父の目と合わせる。不安でいっぱいの親の顔に罪悪感を感じつつも、すでに決した意を曲げるつもりはないと態度で示す。

 父が言うように世界中の人々の命が掛かっているのかもしれない。しかし、実感が湧かない。それもあって確実に実感できるクラスメイトの生命を、遥か強大で凶悪な敵から守るために、目先しか見えていないと笑われようと、罵られようと、叱責されようと、守るべき人々と決めた命を見捨てるなど出来ない。



「クラスメイトを守って、コントンを殺す。

 そうすれば四凶の軍団も少しは弱体化するんじゃないか?」


「トキ……簡単にものを言うな」



 首を横に振った境は鏡の外を指差す。



「例えば、いまこの瞬間に彼らが四凶に襲われてもすぐに駆けつけることができるのか?」


「ああ」


「不可能だ……この世界から出るには私の許可が要る。それに、私は四凶に立ち向かえない。逃がす事は出来ても、四凶を討つことなんて叶わない。相打ちすら私には望めないんだ」


「じゃあ、親父を脅迫してでもこの世界を出て行く。出してもらう。それから俺が四凶を倒す。親父は皆を逃がしてくれればいい」



 1歩、後ろに踏み込む境。向き合うトキの顔は無表情に近くも、瞳は闘志の高熱を孕み、決意と相俟(あいま)って殺気に変わっていた。読み取れる表層心理から四凶に対する敵意が尋常でないことを知り、境はその態度に危険を感じた。



「分かった……そこまでの決意なら、本当にやれるかもしれないな。

 お前にコントンを確実に倒す勝算はあるのか」


「やらないことが“負け”だからな。

 俺なんかが頑張ることで皆が助かるんだ。負けない限りな。

 クラスメイトの中には結構お世話になった人たちもいるから、恩返しってわけでもないけど、少しは役に立ちたいし」


「……勝てるのか?」


「負けられないよ」



 人助けを望むトキを、境は一瞬でも我が子なのかと疑った。

 アリスや協会から提供された話によれば、トキは引き篭もりだった。

 それが今は弱志の片鱗さえ見せない。どれ程の目に遭って来たのか想像できないが、予想を大きく上回る変化を遂げている。



「それでも条件がある」



 引いた足を前に戻し、逃げ腰をそれ以上退かないように据え、境はそれを提案した。



「これも言いたくはなかったが……お前は、コントンとの対峙を望むのだろう?」


「アイツのリクエストを渡す瞬間に討ち取れないかと考えている」



 返答に目を瞑り、一度抜いた手を再び内ポケットに潜らせて巾着袋を取り出す。

 袋の口紐を解き、右手の3本指で中身を摘み取る。

 はたして黒い欠片がその姿を露にした。



「これを持ってコントンに接触したいなら、まず、その……」



 口篭る父の本音が伝わる。

 この空間を父が好むと言った理由が何となくわかった。口の達者でない父が本音を手っ取り早く伝える手段として、この空間は確かに便利で、手早かった。



「学校をやめろ、って……どうして?」


「本当に恐れるべきはコントンじゃない。キュウキだ……」



 それ以上の発言を捨て、境はトキの手を引いて鏡の外へと出た。



「トキ……!」



 リビングで話していた面々は、突然現れた2人に身を固めて息を呑んだ。

 沈んだ面持ちの父親と、戸惑いの中に怒りを含む息子の間に漂う空気が場を重くするに十分な力を持っている。誰も動くことが出来ず、下手に口を割ることもできない。2人の間でどんなやり取りがあったのか、知る術もない。



「学校の皆を思うなら考えておいてくれ。現実に、選択の全てから人々を救い出した人間なんてごく僅かなんだ。

 それでも、クラスの友達を守りたいなら、もっと自由に動けるようにした方がいいと思う。

 無数之時象(じかん)に余裕を作らないと駄目だ」



 トキに背を向け、トキと共に行動していた少年少女らを一通り見回し――冷や汗を覚えたところで――境はソファに横になり、手近なクッションを手に取り、頭を覆って顔を伏せた。



『??』



 一同、その行動を理解できずにお互い顔を見合わせて疑問符を浮かべた。しかし、アリス唯一人がソファにうつ伏せた境を理解でき、褒め言葉を送れた。



「よく頑張ったよキョウ!

 ちゃんと伝えること伝えられたんだから、キョウはもう臆病者なんかじゃないって!」


『……』



 一同、唖然。

 送る言葉に困る状況に直面する各々の中、トキは1人悩み、藍はトキを見て、父親である色世境が放った言葉について考えていた。










 Second Real/Virtual


 -第46話-


 -色世境の帰宅と非武装派の合流-










 専用のエレベーターで上階に上り、厚い会長室の扉を叩く。

 返答を待ちつつ浮かぶ汗をハンカチで拭い、手元の資料を確認して姿勢を正す。



「ジャンヌか?」


「はい。そうです」



 答えた後に開くドアをくぐり、珍しく荒れている会長室の内装に動揺しつつもファイルを最優先で協会会長、オウル・バースヤードへと手渡す。

 会長が資料に目を落としている間、ジャンヌは散らかった部屋の一角に頭を抱えて蹲る少女の後姿を見つけた。 オリヤという名の未確認だったSR。会長直々に連行して来いと伝えられた危険人物。

 この部屋で何があったのかを深くは詮索せず、ファイルのページを捲る会長に言葉での説明を加えて、現状を造り上げる情報を素早く伝える。



「四凶の軍がそれぞれ港湾を経ちました。予想される第一波は総勢5億程かと。

 大量の人間と少数のSRより編成された混成部隊による物量作戦の展開の可能性が大」


「空からも来るな」


「おそらくは。

 時間差で出撃するとして、航空機での先制爆撃も予想され、最も可能性の高い攻撃時間は今から164分後かと。最初の軍団で指揮を執ると思われる人物は5ページ目にまとめておきました」


「それで、他の伝言は?」



 ファイルを読み進めつつジャンヌの本当の目的を促す会長。その目が一瞬だけオリヤに向くのを見て、片腕で壁を探りながら立ち上がろうとしている彼女に、会長はどんな思いを抱いているのかジャンヌは思案しつつ、複数の客人訪れてきたことを伝える。



「リデア・カルバレー、

 ベクター・ケイノス、

 ミギス・ギガントが面会を所望しています」


「レーダーの上に案内しておいてくれ。すぐ行く」


「レーダー、ですか?」


「うん。そう伝えておいてくれ」


「分かりました。そのようにお伝えします」



 頭を下げて会長室を出て行くジャンヌは、扉の前で一度オリヤの面を覗いた。

 額に汗と青筋を浮かべ、頭を押さえつつ肩で息をしている彼女に何があったのか、皆目見当がつかない。



(苦しんでいる?)


「こっちを見るな……」


「失礼しました」



 溢れる殺意が行動に変わる前にジャンヌは退室する。

 扉を閉め、改めて会長のオリヤに対する特別な扱いが不当なものだと考え、言い知れぬ不安と違和感を抱いた。

 今まで会長が無償で誰かを会長室に招いたことは一度足りとない。

 オリヤが今まで存在し得なかった異質な存在であることは十分に理解しているつもりだが、それは彼女のSRに限った話であって、SRを抜いて語る彼女のレベルは決して高くはない。非常識という意味でなら相当なレベルの異常者だが、オリヤ自身の態度から自分で自分を確立したわけでないことは明らかになっていた。



(誰かに仕込まれた性格……洗脳ともマインドコントロールとも捉えれるけど、彼女にはしっかりと自覚というものがあった。

 言われた通りに動いているとはいえ、オリヤ自身もそれを“加速の糧”としている気配がある)



 厳密に洗脳ともMCとも違う。

 強いて言うなら純粋な信仰に近い感じだが、それを覚えさせるオリヤのトキに対する執着はやはり理解できない。


 トキを殺害し、果たして色世時の姓名獲得に結びつく方程式が解けない。



「これから上階へ案内します」



 待合室で会長を待っていたリデア、ケイノス、ギガントの3人を別所に案内する最中もジャンヌの心には分厚い雲がかかっていた。

 そもそも色世時とオリヤアキを結ぶものは何なのか。名前に拘るあたりからヒントを感じるものの解答には程遠く、名前に起因する因果関係が何なのか、解けたところで2人を取り巻く周囲の関係も曖昧過ぎて真相に近づけない。



(名前、なまえ……オリヤアキ、シキヨトキ。

 日本人?

 折、檻、織、澱――もしや“漢字”にヒントがあるのでは?)


「おい、そいつは今どこに居る?」



 協会本部――人工島の中央にある司令本搭の、更に中央に位置する多目的レーダー搭の作業用エレベーター内で、オリヤについて考えを巡らすジャンヌの心をミギスは覗き見て憤怒に声を震わせていた。



『え?』



 直前まで平静を保っていたミギスを知る風魔術師:リデアと空間魔術師のケイノスは揃って間の抜けた発音をしてしまう。

 誰が何処にいるという質問が、どうしてこの場で出るのか。考えられるのはミギスの――衛星千里よ呼ばれる――透視能力。読心術までこなすその眼が、ジャンヌの中に誰かを捉えたのだろうか。



「オリヤアキは会長室に居るんだな?」


「何だと!オリヤがここに居るのか!?」



 追撃を掛けるミギスの言葉に今度はリデア、静寂を保ってはいるがケイノスも沸き起こる怒りに身を震わせた。

 忘れるはずもない、反協会体勢組織:ナイトメア非武装派の若き指導者:マスターピースを死に至らしめた名前の人間がここに居るのだ。それも、この人工島の創造主の部屋に居ることがマスターピースの片腕だったミギスの千里眼によって確定し、魔術師2人に怒りの炎を点す。



「マスターピース様のことは会長を始め、多くのSRが遺憾に思っております」


「そんな言葉よりもそこへの行き方を教えたまえ!」


「それは会長との対話が終わり次第、許可を求めて認可されたのならそう致します」


「……どうして会長の部屋に居るんですか?」



 声を荒げるリデアとは対称的に発せられた、低く沈んだ声がジャンヌに寒気を覚えさせた。

 冷たい視線も覚え、振り返るとその先に居たのはベクター・ケイノス。

 訪れたナイトメア非武装派3人の中で最も若く、また非武装派の誰よりも伸び代が大きいと噂される人物である。



「オリヤがここにいるのは会長より連行せよとの私に命が下り、それを遂行した結果です。

 本来なら特別監視棟に監禁すべきところを、会長の特命で軽レベル尋問室に入れました。が、良くないことにオリヤはいとも簡単にその部屋を出て、しかも同室した全員を殺害しています。それにも関わらず、会長は自室でオリヤと対話をするという冒険に出ている最中。いつオリヤが牙を向くか不安でなりません。

 これが私から言える今までの経緯と事実、それから個人的心境です」


「本当だな?」


「本当ですリデア様」



 潮風の向きが変わる。

 正面から吹き付けていた風は、気付けば背後から流れていた。

 気の治まらないリデアの殺意と供に流れ来る風を背に受け、ジャンヌは漏らしたい溜息をひとつ、それから教えたくなかった事実を3人に伝えた。



「オリヤを発見する直前、協会(われわれ)の監視衛星が1基、消失しました」


「何だと?

 そいつは……オリヤも、千里眼所持者なのか?」


「わかりません。

 会長はそれを調べると言って自室にオリヤを招かれましたが、今のところなにが判明したというお話はあまり出ていません」



 箱が減速を始める。

 かくして4人の前で開く扉の反対側に協会長のバースヤードが姿を現した。

 今更ながらもナイトメア3人にとって、会長が直に会うことを許可したことに改めて衝撃を覚えた。

 そんな3人の前でジャンヌは言葉を失っていた。

 レーダー塔に案内するように言われたものの、会長室を出たのは5分前であり、1分前に会長室へ連絡を入れてレーダー塔への進入許可を会長本人に確認したはずだった。数分間、塔の上で潮風と共に待機するであろうことを予測していた故に、珍しく神速の移動をなした“会長の本気”に驚きを隠せなかったのだ。



「ようこそ。協会本部へ」



 笑みと共に掛けられた言葉。その真相を探らんとミギスの千里眼は光った。真相というよりも、オリヤの場所を覗き見ようと試みるが、そこは完全支配のSR――普通なら遮ることの出来ない心を読み取る視線を、いとも簡単に断ち切ってしまったのだ。



(流石は会長と言うべきか……)


「そんなことよりも。さぁ、こっちだ。君達に用件があるように、俺にも君達に頼みたいことがある」



 エレベーターを降り、潮風に風化を促進された金属の狭い通路を会長が先頭を切って進む。その後ろをミギス、ケイノス、リデアが順列して続き、僅かに距離を置いてジャンヌがナイトメアの3人を警戒しながら最後尾を務めた。

 時計回りに続く階段を登った先はメンテナンス用の空間を兼ねた見張り台。

 そこに禿頭の男がひとり、手足をそれぞれ組んで足元に敷いた(むしろ)の上に座していた。



(予知部隊のSRか)


「やぁ、敵の数は掴めたか?」


「駄目だ会長。私の遠視でも数隻しか捉えられない」


「そうか……わかった、ご苦労だった。下で他の奴の手伝いをしてやってくれ」



 男が去るのを5人は見送り、ある程度距離が生じたところを見計らってミギスは会長に話を持ちかけた。



「俺のSR()で確認出来る敵艦隊は80。

 戦艦の数は大小合わせて千を超える。その中の1隻に――なるほど、こいつだったのか――裏切者(フォルトン)も見つけた。甲板で一般人と花火の準備してやがる」



 ミギスの千里眼が伝える言葉の意味を解し、バースヤードは笑顔で右手を差し出した。



「花火か……なるほどな。

 おし、まずは宜しくだ」



 差し出された手を握り返したミギスは、許された会長の心に触れて真相を知った。


 ――会長はこの展開を既に読んでいる


 しかし、読まれていたことに不快を抱きはしない。協会本部に乗り込んできたのはこれが目的であったの。



「では改めて、君達の用件を聞かせてもらおう」


「はい。私はナイトメア非武装派のミギス・ギガントです。

 我々、現非武装派は――故マスターピース様の遺志に従い、また、マスターピース様以外の多くの同志による賛同を基に、今後は対四凶の旗を掲げると同時に、SR協会とは無期共同戦線を展開したい所存にあることをここに宣言し、宣誓します」


「あぁ、こちらも異存はない。協力を感謝する。

 そちらの条件は協会の内部矯正だけでいいのかな?」


「それだけです。

 そうする事によって次なる四凶らの“反乱/氾濫”を未然に防ぐ事も可能になってくるでしょう」



 協会が東西と南の三方から包囲された日。

 誰も夢に見たことのない、ナイトメアと協会の停戦協定が成立した。



「そうだな。その為にはまず、目先の大戦に勝利しなくてはならない。

 早速だが、こちらの戦闘配備に従って欲しい」


「了解した」



 協会本部に迫る四凶軍先鋒5億。

 軍艦や武装した民間船を水平線の彼方に捉えた頃、SR世界の勢力図は大きな変化を見せ、四方を敵に囲まれつつある状況の中で協会本部の士気は過去に例を見ない激動に熱を帯びた。

 現在までに確認された四凶軍の総勢は約50億。

 対する協会は、ナイトメア非武装派と締結したことでその勢力を2万にまで拡張した。



「早速だがリデア、台風の準備をしてくれ」



 いまここに、四凶軍が予想だにしなかった協会・ナイトメア連合軍が形成されたのであった。




 

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