第43話-予見来撃!チート・ザ・フルスロットル!-
低速の世界が自分の中に入ってくる。
人が生み出した時間という万物の共通を目指す概念に反抗し、流れの中から外れる。
だが、これは決して自力によって成せる業ではない。
「まず、聞かせてくれ。その力に気付いたのは何時頃なのか」
低速の世界が自分を包んでゆく。
外からの時間と内からの時間が融合し、対峙する者との時間を共有し始め、解読し――部分的に超越し――問答の開始へと導く。
最初の質問に答えるのは、銃を斬り落とし、双剣を振りきるモーションで完全静止したままのトキ本体から飛び出した、もう1人の半透明なトキ。
「去年の春の終わり頃だ」
半透明のトキが仕掛けるのと同時、半透明のトキから更に色素の薄いトキが、右腕を持たない状態で現れ、最初に出現した半透明のトキは左手の剣で突き、右手の剣を上段で構えた突撃状態で静止していた。
本体と半透明が静止した状態で、右腕の無いトキとの会話をはじめる。
「なるほど。どおりで拙いわけだ」
右腕の無いトキへ聞く。
同時に静止世界というルールが破れ、極超低速の世界が展開した。
静止と低速。
現実と未来。
矛盾を犯す、境界を超えた問答。
「では、四凶という存在を知っているか?」
「知っている」
低速で動き始めた世界でトキ本体が動き始め、半透明のトキ、右手のないトキも一緒に動き始める。
右腕の無いトキの斬撃。左の剣が内から外へ流れ、手首の返しで以って外側から襲い掛かる。低速に縛られない唯一の存在がそれであるのだが、刃先が触れる前に世界が更新される。
「お前自身もそれだと言ったら、疑うだろ?」
「いいや。もう、知っている」
隻腕だったトキの中から顔の右半分が欠けたトキが現れて答える。
自らが四凶であることを知ったのは今日の今日で、四凶という存在の重さを十分に知ったと言う。
「そうか……」
見回す戦場には車両の残骸と倒れた仲間しかない。
壊れた兵器と、人間だった物質達。
誰がどのSRにやられたのかは、骸をみれば一目瞭然だった。ミンチなら鬼、部分消失なら神隠し。 幸運にも武装解除ならトキである。
左手をかざした状態で半分顔の無いトキは静止する。
「真相を知らない第三者から見たこの戦争の主役は“四凶 対 協会”だ。
しかし、それはあくまで真相を知らない大多数から見た映像であって真実ではない。お前は分かっているか?
本当の主役が何なのか」
「……四凶の狙いは協会じゃないのか?」
両肩を持ち、しかし左腕だけ無いトキの質問。
それは、確信こそ無いものの真相に限りなく近い、的を射た質問だった。
「その通り」
四凶の描く戦争は、協会をも巻き込む大規模なものというだけであって、厳密にメインターゲットは協会ではないのだ。
「本当の主役がいないのは、アクションを起こすべきキャラクターがあまりにも多過ぎるからだ。わかるか?」
左腕だけ無いトキの内から左側へと、赤色と右目を欠いたトキが現れる。
「まさか、“四凶 対 四凶”」
右目と赤色の無いトキには、本体と比較して更に欠けている物があった。
両手の双剣が消えていることに気付き、男は僅かながら警戒を強める。
目の前のトキは、現実のトキ本体が実現可能な未来のひとつだからである。剣を手放したのか、或いは投擲でもしたのか。
しかし、剣はどこを見ても見当たらなかった。
「惜しい。
と言いたいが、そうだ。それも間違いではない。
色世時、この戦争に巨大な点はない。無数の小さな穴が幾万も存在し、それらが特定の結末へ向けて集結と連鎖を繰り返し、変動と流転と逆転を持って無限に等しい回数の展開してみせているだけだ。
今はまだ、初期段階に過ぎない。これからはもっと変動が激しさを増す」
左腕だけ無いトキの内から右側へと、緑と左目と双剣の無いトキが現れ、更に赤と右目、双剣を欠いたトキから青と両目、両手首を失ったトキが現れる。
『意味が分からない……』
本体を除いた全ての欠けたトキが答え、全ての時が通常通りに動き出す。
時間が戻るのと同時に、本体から飛び出た欠けたトキたちもオリジナルの中に戻る。
「知らないならそれでいい」
トキの攻撃が再開する光景を眺めながら1人呟く。
そもそもの生まれつきが一般人であるトキに、SR界の激流の如く流れ変わる情勢を把握しきることは不可能である。一、学生であるトキにはそれを知る力も、情報網もない。
当然、四凶という概念も、ある程度までしか理解できない。
(いや、理解云々の問題ではないな。
そもそもトキがSRという力を持って、これからどう社会に対して姿勢を向けるか。問題はここにあるな。
相反する現実と非現実。これとどう向き合っていくのか)
SRを封印して一般人として生きていくか。SRとして協会に属するか。
無所属として今の立場を維持するのか、四凶となって生きていくのか。
(いや、何を考えている。
俺はトキを四凶にしないために来たんだ。
その為には三択。一般人か、協会、無所属のいずれかを選択してもらわなくてはならない。選びかねる場合は殺そう)
時間は止まっている。
ゆっくりと瞼を閉じて自らに問う。
四凶をどれほど理解しているのかを把握する必要がある。
自らを四凶だと自覚しているのはいいが、それを間違って認識していてはその属性を強める結果になってしまう。場合はによっては予想すらしない最悪の未来を招いてしまう可能性がある。よって、把握が最優先となる。
(お前の母のようにな)
もしもその属性がコントンなら。
色世皐やヴィラ・ホート・ディマ、協会長ですらが完全に回避できないそれは、知っておくことと大まかな予測を立てて備えることが最善の対策となる。
「四凶の成長を止める方法を知っているか?」
双剣の軌道から体を反らしつつ返答を待つ。
手中でナイフを握り直し、今一度周囲の状況を確認する。 手勢の7割は死亡。部隊は壊滅。現状での生還率は1%もない。
「干渉しないこと」
1%未満の生還。
その僅かな可能性を秘めているのが目の前の人物、色世トキだ。
鬼が2人いる戦場。神隠しもいて、目の前には最大の障害でありながら最大の突破口であるトキがいる。
もし鬼が参戦してきたら、真っ先にトキを撃破することで如何様にも逃げられる。
「お前は自分の四凶を理解したうえでそう言っているのか?」
「協会長たちから直に教えられましたから。
それに、自分でも薄々そんな気がしていた……」
「協会長が?」
予想外の人物の登場に驚きつつも、トキが断言する理由に納得する。
「しかし、対策としてそれだけでは不十分だ。
不干渉が通用しない時がいつかは訪れるだろう」
「どういうことだ?」
「四凶とはそういうものだ。
望まない“時間をもたらす者”であることを忘れるな。いま起こっている戦争を見れば分かるが、四凶は無数の一般人たちの中に眠る四凶属性を利用している。
わかるか?
四凶とういものは誰しも持っている一面なのだ。それがどれだけ表に出、また裏に隠れているかで、周囲に与える個体の影響力が変わる。
幸せをもたらす者、逆に不幸を呼ぶ者。
平和を好む者、戦を好む者。
喰う者、喰われる者。
創る者、壊す者。
与える者、奪う者」
「お前も四凶なら、お前の四凶は何なんだ?」
「そうだな。それも含めて名乗らせて貰おうか。
戦前の儀式としてな」
低速化した世界が動き出し、半透明のトキが消えて本体が動き出す。
双剣が空を斬り、トキの背にナイフを走らせる。
狂気的に鋭利な凶器が衣服を裂り、皮膚を破って刃を赤く濡らした。
「俺はトウコツと、キュウキの四凶。
予見のSR:チート・ザ・フルスロットル。
覚悟はいいか、色世時……」
(チート!?)
体勢を立て直すトキを待ち、男:チートは自ら仕掛けていった。
Second Real/Virtual
-第43話-
-予見来撃!チート・ザ・フルスロットル!
/End of a long one day-
最初に仕掛けたまでは覚えていた。
だが、最初にダメージを受けたのは構えてすらいなかった敵ではなく、速攻で相手を無力化しようと仕掛けた自分である。
高速移動ではない。
空間転移でもなければ跳躍した訳でもない。
(必要最低限の動きで背後に回り込んだ!?
しかし、これじゃあ……!)
「そう。俺はお前の行動を先読みできる。完全に、な」
手中の時間を背中の傷に回し、最低限修復し、流血を止めたところで再度仕掛ける。星黄を投擲し、残った畏天を以って切りかかる。
だが、チートと名乗った男は投擲の回避準備を終えており、トキが仕掛ける頃には近接戦の準備を始めていた。
距離が縮まり剣とナイフが触れる。
ぶつかり合ったのは最初の一合のみ、二撃目にチートの腕を狙ったトキだが、チートはそれを寸分狂わず予見。
世界が低速化してトキ本体の中から半透明のトキが飛び出し、チートに向かってきたヴィジョンがそれである。
(なるほど、肩を狙ってくるのか)
半透明のトキが本体の中に戻って消え、低速の世界が解除する。
すると、直後にトキは半透明のトキが行った斬撃をそのまま実現した。当然チートはその軌道上から身を退かせた。回避し終えていた。
空振る畏天。
それを握るトキの手の甲にナイフの刃が走る。
背筋を伝う痛みに奥歯を噛み締め、落としかけた畏天を強く握りなおし、手首を返してもう一度畏天を振る。
「お前はその程度の力でこの戦争に参加しようとしているんだぞ? 自覚があるのか、それともないのか分からないが、戦争を舐めているとしか思えないな」
再び半透明のトキが飛び出し、仕掛け、答える。
「舐めてなんかないし、それに戦争が起こっているとはとてもじゃないが思えない!」
「お前だけだ。もし生き延びることができたのなら誰かに聞いてみろ。
いまは戦時中か、とでもな。
それを自覚していないSRは、お前くらいのものだろう」
半透明のトキが本体の中に戻る。
時間が戻る。
トキの本体が半透明の分身が辿った未来を辿る。
脛を蹴り抜き、バランスを崩したトキにナイフの刺突を繰り出す。
辛うじてチートの斬撃を防ぐトキ。
黒い刃と刃がぶつかり合い、そこから鍔迫り合いに持ち込もうとするトキだが、しかしチートはそれを予見して後方に飛んだ。
「今までの考えを捨てろ。
最悪なことに、俺もトキ(おまえ)も戦争を動かす要因の中にカウントされている」
「何?」
半透明ではないトキは疑問を抱き、僅かな躊躇を突かれて斬撃を躱されてしまう。
畏天を躱したチートが腕に切り掛かる。
「ぐっ……!」
「しかし、救いはある。
こうして俺とお前が戦うこと。それが唯一、2つのシナリオから降りる術だ」
「何の、ことだ!」
相手の能力が何であろうと切り伏せるという一点のみに集中し、トキは連撃を仕掛ける。
剣術と体術。
相手をリーチの外に逃す前に追う。攻撃が外れてもがむしゃらに、最初の一撃を当てるつもりで、そこからコンビネーションへ繋げられるよう、執拗に追う。
しかし、剣も拳足もチートには届かない。
リーチ云々の問題ではなく、繰り出す直前にチートは回避を終えている。
完全に予見されている。
「遅い」
(速い!)
ナイフの斬撃が腕と背中に集中する。
攻撃を仕掛けるたびに背後か側面を取られ、一方的にダメージをもらい、蓄積していく。
(ヨケンのSR!?
よけん……予見!未来読みか!?)
畏天を持ち替える。
右腕の感覚が消えかけている今、こちらで剣を振ることは難しい。ましてコントロールなど不可能に等しい。
左手に剣を持ち替えたところでチートに攻撃が当たるわけではない。
的が右腕から左腕に変わる。
「その通りだ。
流石サツキの子だ。感付くのが遅い。」
「何!」
「恵まれすぎているお前には分からないだろうな」
「一体全体、何の話だよ!さっきから!」
空振りの後に低速世界が展開する。
本体から飛び出すトキの攻撃を躱しながらチートは会話を成り立たせる。
「俺が芹真事務所に護られていって言いたいのか?」
「ほぉ、その自覚はあるのか。
ならば何故自分の意思で抜け出さない。
迷っているのか? 不安なのか?」
動き出す現実。
攻撃を回避して太股を斬る。
「ぎっ……!」
「善悪だけで世界を分別する時代などとっくの昔に終幕している。
お前は現代人だ。ゲームばかりやっていないで、もっと現実的に物を見、将来を考えてみるべきじゃないのか?
芹真事務所は必ずしも正しいのか? 協会はどうだ?
四凶は間違っているのか? 間違っているとしたら何が間違っているのだ?
そもそもそれを判断する者達が間違っていたとしたらどうする?
真実とはどこだ?
お前の本心はどう叫びたい? どう叫んでいる?」
半透明のトキは答える。
行動を第一の未来として映像化し、言動を第二の未来として音声化するチートのSRの前で、トキの本音はチートのそれに応じた。
「わかっている!
芹真さんやボルトのやっていることだって、覆しようの無い犯罪だってことぐらい、頭の悪い俺にだって分かる!」
「じゃあ、どうしていつまでもそこにいる?
お前はその犯罪に希望でも求めているのか?」
「そうじゃない。
コントンを討ちたい。あいつだけは許せないんだ」
「それだけか?」
「……、……俺自身が、芹真さんのところでなら変われると思ってもいるからだ」
実現。
回避、反撃。
腿を刺突されたトキの膝が折れる。
「芹真では無理だ。
お前が本当に自分のSRに気付くことができれば、誰の助力も必要としない。
たった1人でどうとでも変われる」
「ちくしょう!」
切り上げ。
躱される。
反撃が来る。防御。
畏天を予測攻撃軌道上に置き、世界は低速化した。
「悔しいのなら選び取って見せろ、お前の未来を。
お前が憎む存在とは何だ?
大切にしているモノはあるのか?
お前はこれから、何を優先して生きるつもりだ?
これらの質問に対する答えを持っているか?」
「俺が憎むモノはコントンだ」
「嘘はやめろ」
低速化した世界が更に低速化する。
半透明のトキの中から更に半透明なトキが飛び出す。 攻撃をしてくるわけでもないそのトキは、剣を握っている“だけ”であった。
「平気で他人を殺せる奴が許せない」
「それは後天的によって発生した感情か、それとも心底から湧き上がる先天的感情か?」
更に色素を薄めたトキが現れ答える。
そこまでは分からないと。
「ただ、知り合いが殺されたり巻き込まれるのは我慢できない」
「当たり前だ。誰だって抱く感情だ」
「巻き込んだ奴らを討ちたい……」
「なるほど、それが本音か。
結局のところ、お前は殺したくないくせに、自分の知り合いが巻き込まれた途端に犯人である人物を殺したくなるという矛盾を孕んだ自分に葛藤を覚え、自分で自分を恐れているだけだ。
中途半端な善悪論、道徳、現実と非現実の境界を見失いそうになる恐怖――」
色素の薄いトキが全て消え、トキ本体の攻撃全てが虚空を切る。
リーチの外に避難したチートは笑った。
「なるほど。やはりお前は、完膚無き“一般人”だ」
息を切らせながらトキは攻撃を続ける。
タイムリーダーで加速しつつ、畏天をも投げつけ、地面に触れて土から奪った時間で右手と両足の切り傷を塞ぐ。チートが動く前に距離を詰めてナイフの刃を手中に収めた。
「やはりこの程度。
努力はした方だが、全く以って話にならない。死んだ方がマシだな」
タイムリーダーが発動するよりも早く、ナイフは走った。
チートの得物を握った手が――指が――根元から離れて地面に落ちる。
無痛のままに進む現実は、トキに一切の時間を許さない。
右手の指5本を斬り落とされ、次の瞬間に両腿に斬撃が走り、鎖骨を打ち、鳩尾、金的、顎、額、胸部へ拳足の連撃が入った。
回し蹴りで脳を揺さぶられ、意識が飛びかける。
朦朧とする意識を激痛が覚醒へと強制する。背中に刻まれた縦長の切り口。
鮮血が宙を舞う中、チートはトキの視界の中で畏天を広い、ナイフとの二刀流として構えて追撃をかけた。
足の甲を刺し、手首の腱を斬り、前蹴りで下腹部を打ち、膝を折って崩れ落ちるトキの顔面に膝蹴りを入れる。
すぐ背後に回りこんで畏天の刀身で後頭部に峰打ちを見舞う。
「そのまま死ね。
お前の力は俺が貰って行く」
前傾に倒れ、顔を地面の土にうずめたトキに言って聞かせる。
生きていようが死んでいようが関係ない。とりあえず言っておくだけだ。
トキに使いこなせなかったSRを他の誰かに与えて、或いは自分が世界のために使役すると。
倒れたトキの両腕にナイフと剣を突立て、頚動脈へと手を伸ばす。
(辛うじて息はあるか。
だが、時間の問題だな)
まだ残っている生命も、5分と経たずに終わりを迎えること必至。それほどまでに目の前の生命は弱っていた。
色世時という一個の世界の終わりである。
(これで彼女の関心は俺に向くか……フン。因果という奴かな)
横たわるトキの背中に手を伸ばし、傷口に沿って体を探った。
トキの持つSRの根幹となっている部位が存在するかどうかによって、力の奪取方法が変わってくる。SRの中には稀にそういった人物がいるのだ。体のどこかに力の源となっている部位を持つ人間が。
そういった者達は共通して特異で、強力なSRの持ち主である。トキも十分にそのレベルに達していた。
(目か、これまた珍しい場所――)
「お前の、声が……聞こえたぞ」
小さな声がチートの意識を呼び寄せる。
まだトキが話せた事に軽いショックを受けつつも、チートはトキの顔へと手を伸ばして笑って見せた。
「大人しくしていろ。お前に出来る事はもう何もな――」
そこまで言いかけたところで違和感を覚えた。
悪寒にも似た感覚。
何に違和感を覚えたのか。
恐怖のような曖昧な感覚。
トキが話せたことにも違和感は感じていたが、それよりももっと前からこの感覚はあった気がし始め、本物の悪寒が走り、恐怖が沸いてきた。
「何だと?」
「小学校の頃は……よく、翠眼でからかわれていた……高校生になっても変わらないなんて思っ――」
言い終える前に頭髪を鷲掴みし、目出し帽を被ったチートと汚れた顔のトキの目が正面からぶつかった。
(この眼は、まさか――!)
「あんたは、ミスっている」
交差した視線。
その結果トキには理解できないが、確実な動揺をチートは見せた。
意識が眼に向いているうちに、トキは両腕の腱を完全に修復し終えていた。駄目元でチートの隙を狙い、手中に作り出した2連装デリンジャーの引き金を引く。
先ほどから雨のように降り注いだ銃撃に比べれば、物静かで小さな銃声が微々たる月光に照らされた夜の戦場に響いた。
「っぐ……な、なるほど!
サツキの遺物がそこに収まっているということか!」
「彼女の関心が向くってのは何だ……?
彼女ってのは、誰だ?」
右足の脛を押さえてチートが距離を取る。
触れている地面から時間を奪って両腕の傷口を治す。両腕を留めている2本の凶器を腕ごと持ち上げて地面から抜き、ナイフの方から時間を奪いって完全に傷口を塞ぎ、機能を回復する。ナイフが終わった次は剣。
土と、ナイフ、畏天から奪った時間で出来る限りのダメージを緩和し、流血を止める。
「俺の力を奪ってどうするつもりだった?」
「どうするつもりだったと思う!」
ヒップホルスターから銃を抜いて連射するチート。
この行動も、トキからすれば選択ミス。チートに攻撃が通用しないように、銃撃をやり過ごす術をトキは備えているのだ。
訓練やこれまでの実戦で繰り返してきた方法を正確に実行する。
銃弾の一発から奪える時間は微々たるものだが、数でそれを補えばデリンジャーを創り出す程度は可能で、切り傷のひとつを完全修復することもできなくはない。
しかし、トキは拳銃を創り出した。
「お前も四凶を倒すつもりなのか?」
言い終えた途端、トキは膝を折った。
銃弾を全て消されて動揺したチートだが、トキの受けたダメージが大きい事には間違いがないと確信し、予備のナイフをシースから抜いて構えて仕掛けた。
(なんて澄んだ眼をしていやがる!)
この時、チートは完全に動揺して、同時に驕ってもいた。
最初に気付くべきだったものは、四凶という属性でない。
力の根源だった。トキの翠の目には力と同時に、四凶の属性が内包されていたのだ。
チートが先程同様に警戒し、慎重に行動していれば、トキのこの行動を見落とし、油断する事はなかった。
(……クロノセプター)
膝を付き、体を支えんと地面に伸びた左手。
本当の目的は時間の補充である。
体力を補うための時間でありながら、武器を創り出すための時間。
訓練のことを思い出す。
同じような状況を、すでに経験している。
その時も当然苦戦した。
だが、攻略もした。
(この男、チートは覚悟があるかと聞いた。
俺の覚悟とは何だ?)
指が地面を離れるまで地面へのクロノセプトを続けた。
攻撃が来る。
全身が問題なく動くまでに四肢の機能を回復したトキは、突撃しながら銃弾をばら撒くチートを視界に納めた。
(俺の力を奪いたいのは、どうしても俺の力が必要な状況にあるからか?
もし、その原因が四凶と協会なら、俺は――)
銃弾を掴み消し、触れ消す。
時間のストックが増え、その時間を用いて外形だけ作った銃の中に、マガジンを創生していく。
右手に思い出すその感触は、黒羽商会との戦いで初めて握ったものと全く変わらないソレ。
Sphinx3000のグリップを握り正し、銃口を向ける。
反撃の銃弾。
チートはそれを予見して躱し、マガジンを取り替えてグロック17のトリガーを引く。
やがて零になる2人の距離。
ナイフがトキの頚動脈めがけて走り、トキの右手が自らの銃を消し、チートの銃を消しに伸びる。
展開される低速世界。
(この後どう動――!?)
低速世界で2人はぶつかり合う。
トキの右手がグロックから時間を奪って銃口とバレル、フレームを消し、同時にナイフによる斬撃を左手を犠牲にして防いで見せた。
突き刺さったナイフの刃に顔を歪める事もなく、その状態から時間を奪い始める。
「何だと!」
「俺は死なない。
死ねないし、今はまだ死にたくない!
やること全部やって、戦争を終わらせてから死んでやる!」
チートの服を掴む。
同時に警鐘が強く響いた。
危険を知らせる前兆だが、無視してトキは力でチートを押す。
「やれるものなら、やってみろ!」
頭を後ろに引き、上半身のばねを利用して前へと勢いよく頭を突き出す。
チートの頭突きに対し、トキも同様の手段で対抗した。
激突する額と額。
骨振動に軽い麻痺を起こす互いの脳。
切れる額、流れる鮮血。
「彼女が誰であろうと!」
意地による衝突。
「お前には無理なんだよ!」
反動を省みない触激。
「トキ!」
連続する激突。
次のぶつかり合いに合わせ、トキは新たにアクションを起こした。
相手の頭突きを誘って紙一重で躱し、側頭部でチートのこめかみを打つ。
更に一瞬怯んだところで右手を自由にし、チートの脇腹に拳打を打ち込む。1発ではない、5、6発連続で、早く、同じ場所に打撃を集中した。
「無理じゃない!
やってもいないのに決め付けんな!」
僅かの呼吸。吸い込み、吐かない。
再び右手でチートの肩部に触れ、防弾ベストから一気に時間を奪う。
「止まれ!」
一瞬だけ展開される、静止世界。
それだけで十分だった。相手の防弾ベストを完全に無力化するのは。
両肩のつなぎ目から時間を奪い、ベストを落とす。
(どうしたことだ!
先とは動きがまるで違う!)
トキが展開した低速世界に対抗し、チートも予見の低速世界を展開する。
次に来る攻撃は何か。
どの角度からどういったタイミングで、どのような種類の攻撃を仕掛けてくるのか。
「お前に、彼女を止める術なんか――!」
無かった。
チートの視界に映るトキは、本体ただ一つ。
数瞬後の未来に起こるであろう可能性が、一つも視覚化していないのだ。
(なんだと!
こいつの未来が、読めない!)
詰まるところ、トキはどうとでも動く事ができるのだ。
ついさっきまで不可能だった、無限の選択。
強い意志でいくらでも変えられる未来。
トキもそれを思い出していた。
時間を自らの内にストックする事により、相手の予知・予見を躱す方法を。
近接に持ち込んだトキの拳が胸に刺さる。
鋭い拳打と左手の掌底に肺の空気が押し出される。
矢継ぎ早に次の痛みが走る。
右手の掌による顎の打ち上げ、肋骨を打ち、足の甲を踵で踏みつけ、肘を突き出して鳩尾を打って押し飛ばす。
(いきなりやれるようになりやがって……!)
今度はチートが膝をつく番だった。
切れた口の中に広がる鉄の味を引き金に、押さえていた怒りが爆発する。
「あんまり図に乗るなよ!」
接近するトキに向け、腰に隠し持っていたカスタムコンデンターを構える。
装填されている弾丸は00バックの12番ゲージ。
ハンドガンを強引に散弾仕様に仕立てたカスタムメイド・ハンドショットガン。
しかし、銃口が向くのと、一瞬トキが視界から消えたのは同時であった。
「乗っていない!」
反論と同時に、チートの顔面を左足での蹴りが打ち抜いた。
鼻血と土が舞う。
立て直したばかりの体勢を崩しながらも、銃口はトキを捉えていた。トリガーに躊躇はない。
発砲。反動。
「言え!彼女ってのは誰だ!」
散弾が銃口から放たれた瞬間、トキの右手はピッチングモーションで銃口を塞ぐように迫り、放たれた散弾の全てが掌の中に消える。
「そいつも四凶か!」
奪った散弾の時間を体力の回復に回し、もう一度、一瞬だけのタイムリーダーの完全制止を実現。
側面に回りこんで肩に拳打を見舞う。
距離を取ろうと後退しつつ、チートはコンデンターのバレルを下ろし、空薬莢を取り外して新たな散弾をセットする。
2度目の発砲と同時にコンデンターを蹴り飛ばす。
明後日の方向に小さな土柱を立てる散弾。
終いにチートの両足に銃撃と、再び創り出さした畏天による斬撃で機動力を奪った。
「投降しろ、そして答えろ!
彼女ってのは一体誰だ? そいつは四凶か!?」
そして、いつの間にか回収されていた星黄。
念を入れたトキは拳銃の時間を変換して完全に傷を塞いだ。
両膝を地についたチートに、双剣を構えるトキが支配するこの状況から逃れる力は残っていない。
勝負は着いた。
「答えろ」
「答えたところでお前はどうする?
そいつを討つのか? それとも助けるのか?」
「聞かなきゃどうしようもない」
目だし帽に隠されたチートの顔が歪む。
「それじゃあ、お前は死ぬな」
「何……それはどういうことだ?」
「言葉通りだ。
殺すつもりも無い、救うつもりも無い。 そんな心構えで彼女の前に立つなら、待っている結末は死のみだ」
星黄を突きつけて見せるが、チートは動じない。
頑として素直に答えず、わざとらしく呆れて文句をつけた。
「そんな状態だから言ったのだ、死んだ方がマシだと。
今すぐ、ここで死ねとな」
「死ぬ気はないから諦めろ。
言え、彼女ってのは誰のことだ。四凶のキュウキって奴か?」
「残念ながら外れだ。もし……
もし、彼女に会う覚悟があるのなら、俺を刺してみろ」
「断る」
「はぁ……もう、やってらんねぇ。
そんな生ちょろい考え方だと殺されるぞって言ってんだよ。いい加減分かんねぇか?」
いい加減うんざりしてきたのはトキも同じだった。
冷静に振り返ってみよう。今日、何があったか。
遠足に出かけてその先で会長らとお茶会、気が付けば遠足先の村は四凶たちに制圧され、多くの死傷者が出た。 どうにか撃退する事ができたものの、疲労は計り知れない。強敵と言えるSR数人がいて、何とか解決に至ったものの、クロノセプターを用いても回復しきれないだけの疲労を抱えて帰宅したのだ。
そのままやりきれない思いのまま隣町の港まで移動してしまい、ぼんやりしたままスミレとカンナに出会い、ダイレクトに帰宅。2人に料理を振舞って、波状攻撃でも仕掛けるように翼・エミルダコンビが来客し、そしてこいつらである。
本音を言うなら、早く休みたい。
しかし、それ以上に気になるのが、自分を殺してまでタイムリーダーのSRを必要とする理由、それからその原因と思わしき人物の詳細。最低でもそれだけは知りたかった。
「私もだ。早く終わらせたいから、とっとと結果を選ばないか。
私を殺してシナリオから抜け出すか、それとも私を生かして今までとさして変わらない四凶の、戦争の駒として生きるか」
「そこもよく、分からない……」
「……何が分からないって?
お前ひょっとすると頭悪いのか?
四凶が始めたこの戦争、お前は自分が関係ないと思っているからわからないんだ」
いま世界では戦争が起こっている。
その原因は四凶で、オリジナルの彼らが四凶とうい属性の発現していない一般人の四凶に呼びかけ、波紋を起こして呼応させ、味方の軍勢として手足のように動かしている。
それが現状だ。
最新の情報によると、6ヶ国のミサイルサイロを占拠され、9ヶ国の首相らが暗殺、3つの情報都市と11の貿易都市が四凶の手に落ちている。
この戦争を客観的に見て分かる事は、四凶の属性を持っている人間は漏れなく巻き込まれている。
特定の人間を除いて。
「それだけの話だ……足の感覚が無くなってきた。そろそろ殺すか助けるかしろ」
「あんたにとっちゃそれだけの話だろうが、俺にとっては理解できない話だ。
何が目的で四凶はそんなことをするんだ?」
土から時間を奪ってチートに止血を施し、痛みも少しだけ和らげる。
「マジで直すのかよ……くそっ、仕方ない。
四凶の目的が、単に戦争でないことは明らかだ」
「そう言い切る根拠は?」
「四凶共の行動速度の遅さを考えれば分か――おっと、ただの学生には理解の外か。
つまりだ、四凶を観察していた者達から見れば、これほど遅く動く四凶は珍しく、こういった場合は大概何か裏があるのだ」
再度確認するが、トキが聞きたいのは襲う理由とその原因となっている人物だ。
それを聞くのも億劫になりつつある中、やはりチートはそれを話そうとしない。
「教えてほしいなら選べと言っているだろう。
俺を殺すか、お前が死ぬか」
「だから、それじゃあ意味が無いじゃないか!」
「いいや。世界の未来を見つめろ。
俺たち2人、どちらかの死で戦争の結末は大きく変わる。人類の未来も変わって行く。
無意味と言うのはやはり、お前が理解していないからだ」
「だったら教えろよ。くどいん――」
瞬間、チートは余力の全てを一つの行動に使った。
剣を突きつけるトキに向かい、体を前に倒したのだ。
当然、刃がチートの体に触れ、鋭い刀身は容易く衣服を破り、肌を裂いて肉を断った。
「っ、お前――!」
「お前が選ばないからだ、トキ。
ったく、こんな終わり方かよ、俺も……」
心臓を貫いた剣。
激痛に顔を歪ませながらもしゃべり続けるチート。
「……オリヤだ」
その言葉の中に混じる、彼女の名。
「あいつには気をつけろ……お前は知らないし、直接奪っていないから自覚は無いだろうが……大切な、モノ――」
吐血が目出し帽の生地を飛沫となって抜け出す。
すぐにクロノセプターで時間の予備を両手に集めるが、それよりも早く、チートは手榴弾のピンを抜いていた。
安全レバーが飛び、同時にチートの蹴りがトキの腹を正確に捉えた。
尻餅ついてから気付く。
(自殺する気か!)
間に合わない事を警鐘が報せた。
蹴りの反動が吐血を誘い、大量の血液が宙を舞う。
手榴弾の爆発までコンマ数秒しか残されていない。
そんな状況でだった。
男は上半身を起こして大きな事実を、静かに語った。
今夜初めて戦った敵。 チート・ザ・フルスロットル。
決着の間際に初めて見る覆面の下の素顔。
しかし、それは初めて見るモノではなく、
「すまんな、トキ。オリヤを頼む。俺たちはお前を孤独にしてしまうが――」
爆発が、交差した視線を遮る時、初めてトキは身内の人間で敵であったことに気付いた。
「ツツジおじさん?」
立ち込める爆煙の中に横たわる、生き物だったそれ。
傾いていたはずの耳が、言葉に集中していたはずの頭が、善悪と利害の一切を抜きにして“彼女”と言われた人物を求めた個人が、1人の男の死に混乱していた。
「何で? どうして……?」
土の上に横たわる亡骸を探り、混乱は深まった。それは間違いなくトキが知っている叔父の体であり、脇腹の銃痕は幼い頃に浴場で見かけたものの正にそれだった。
問題はどうしてここにいたか。
何故戦ったのか。
どうして、いつもと違う声で話しかけてきたのか?
「これが……私たちの答えだよ、トキ」
女性の声。
振り返り、叔父の前に倒したサブマシンガンと対物ライフルを持っていた2人が上半身を起こす所を目にする。
混乱するトキを余所に時間は容赦なく分秒を刻む。
2人の手には叔父同様、破片手榴弾が安全ピンを抜かれた状態で握られていた。
「俺たちは世界を四凶たちの良いようにさせたくないんだ」
「もちろん、協会にも……サツキさんや、陸橙谷の家族、銀狼の一族みたいな犠牲者を出さないためにも」
1人の手榴弾が爆ぜる。
隣で爆風と飛来した破片の痛みに顔を歪めながら、もう一人は目出し帽を取った。
叔父同じく、知っている顔。
「如月のおばさん……」
「全部を話してやれないのが酷だが、時間がないから仕方ない」
いつ安全ピンが抜かれたのか分からない手榴弾。
現状でトキに出来る事は少ない。
叔父の死を目の当たりにし、何もしなかった自分に出来る事は、本当に少ない。
だから、それらの行動を無理だと諦める前に、全ての可能性を試行する。
「止まれぇっ!」
直後、数メートルの距離が一瞬にして詰まる。
展開するは瞬間的だが完全静止の静寂世界。
親戚の如月めがけて全力で地を蹴った。
りんごが爆ぜる前に触れる。
時間と時間。
一方は奪い、一方は奪われる。
結果、りんごは形を失い、機能を失う。
アップルグレネードを完全に排除したトキは、息を切らせならが親戚の生存を確認した。
「どうして、こんな……」
「トキには驚かされっぱなしだ。まさか、こんなことも出来たなんて」
銃声の止んだ戦場で向かい合う2人。
如月夜深。
親戚の集まりで何度も会ったことのある人物で、親戚の中ではみんなの頼れる相談であった女性だ。
トキは戦う羽目になるとは夢にも思っていなかった。
理由もない、戦えるだけの力を持っているとも思えない。
それなのに今夜、彼女はここにいた。
正確には彼女だけでない。
ツツジの叔父もそうだった。
一般人を装ったSR。一般人の中に溶け込んでいたSR。
「おばさんもSRなのか?」
「まさか……私はただの人間さ。ちょいとばかり腕に自信がある程度の」
「……どうして、こんなことをするんです?
オリヤというのは何者ですか?」
トキの質問に、血に濡れた夜深の顔から柔らかさが消える。
何が語られようとしているのか、トキはその表情から身構え、真剣に耳を傾けた。
「オリヤは、トキの大事なモノを取りに来る。
それは殺してまで奪うかもしれない」
「殺すって、俺はオリヤなんか知らない……」
「トキが知らないのも無理はない。
私たちだって、実在するのを知ったのは1ヶ月前なんだから」
それまでオリヤという人物の実在を疑っていたと夜深は言う。
「何者ですか?」
「母親思いの優しい娘だ。
けど、母親に最期に吹き込まれたことで異常をきたし、そのまま今日まで生きてしまった。正常に戻ることなく個性を創り上げてしまった可哀想な娘だよ」
「……と、言うと?」
「彼女の本名は、オリヤ アキ。
織物の織と書いて、夜。それでオリヤと読み、アキは四季の秋。
分かるか?」
「織夜……秋」
復唱しながら頭にフォントイメージを形成する。
織夜秋。
これが、マスターピースを殺した人物の――
「そう。それが彼女の現在であり、彼女の欲するものだ」
「――?
それは、どういう意味――?」
ふと、遠くから自分を呼ぶ声が上がった。
虚を突かれ驚いて振り返ってみると、歩み寄ってくる鬼の姉妹と、家の中から顔を覗かせて手を振る翼とエミルダが目に飛び込んだ。
「織夜秋。
それが、彼女の本当に手に入れたがっている名前だよ。
その為にはトキ、お前を殺さなければいけないと吹き込まれている……」
「それ、だけですか?」
はたと気付く。
再び夜深の手中に手榴弾が握られていることに。
しかも今度は破片でなく、焼夷手榴弾。
それはトキが振り返った瞬間に用意した、夜深の最期。
「アキにとって、トキが唯一の敵であるんだ。
彼女の四凶はトキ次第とも言える。
アキは、まだ幼い。
会って色々と教えてやってくれ」
眩い明かりの後に炎が如月の体を覆ってゆく。
夜の闇を裂いて。
静寂を破って。
テルミット反応による熱と光に包まれ、世界に平穏を、個人に希望を願い、ひとつの命が消えてゆく。
燃え盛る夜深に触れ、時間の補充による回復で助け出そうと突っ込むトキを、カンナが慌てて止めた。
「お前、死ぬ気か!?」
「離してくれ!今ならまだ――!」
「トキさん。その方の生命反応は消えています」
「まだ、俺なら――!」
直後、3人の背後で爆発が起こった。
一つではなく複数。
そのどれもが爆発物による爆発であることがすぐに分かった。
カンナの手中で暴れていたトキが落ち着き、同時にそれを直感した。
爆発が起こった場所は、全て自分が切り伏せた者達のいた位置。
(……まさか!)
ツツジと夜深、親戚2人の言葉が引っかかり、悪寒を覚えながらトキは爆発場所に駆けつける。
“ 俺達 はお前を孤独にしてしまう”
“これが 私達 の答えだよ”
確認する先々で、悪い予感は悉く的中してしまった。
(まさか、この人たち――!)
爆煙を払って覗き込む敵だった者たちの顔。
中には顔面を損失して判別できない者も居たが、半数近い素顔を確認してトキは悟った。
ここで息絶えた“全員”が、親族であった。
老若男女、自分の知りえるいとこ全員が揃っていた。
人数と体格から誰がどの家の人間かを判断していき、その途中で気付いた。
ツツジ叔父の言葉。
孤独にしてしまうという謝罪の意が込められた台詞。
「おかしいだろ……」
家の周りを一周して確認して歩き、ツツジの亡骸のもとへと戻る。
改めて、ツツジの言葉が実現した事を理解する。
呆然とするトキと、状況を飲み込めずにトキの異変を気遣う4人。その耳に遠くから聞こえるサイレンの音に捉えると、カンナとスミレは逃げることを進言し、翼とエミルダの2人もそれに賛同し、トキに異議の有無を確かめた。
「どうしたんだトキ!」
「あたしが背負ってく!逃げんぞ!」
そう言ったカンナはすぐ、トキの腹に強力な拳を一発見舞った。
大きな衝撃を受けて前かがみになったトキを、カンナは無理矢理背負った。翼は自分の住居に向かおうと提案。姉妹はそれに応と答えた。
ほどなくして走り去る4人。
途中ですれ違うパトカーをやり過ごし、翼とエミルダの住む廃工場へ向かった。
揺れる背中、朦朧とする意識。
トキはどうしても納得ができなかった。
何故死ぬ必要があるのか、何故自分なのか。
自分を孤立させる理由は何なのか。
原因は何だ。オリヤか、それとも四凶か。
分からない。
視界に飛び込む見慣れたむき出しの鉄骨。
それが翼の住居であることを報せた。
報せたが、理解はしない。ただ、無気力なままに感じ取っただけである。
(分からない……)
カンナの背中から伝わる振動が消えた頃、トキは完全に意識を失っていた。
「ここなら安全なんだろうな?」
声が遠のく。
いつも風が吹き抜けるこの廃工場は、気のせいか穏やかだった。
「ああ。私とエミルダの2人でここに住んで1ヵ月は経つが、何のお咎めもない。
それに私はここに長い。
なぁ、トキ」
工場内が暗いのはいつものことだが、今日は蝋燭の光さえ見当たらない。
「カンナ姉様!
トキ様が……!」
もしかしたら、これは夢かもしれない。
現実ではなく、夢の中の話。
出来の悪い悪夢。
C級映画にありがちな夢落ち。
佐倉の叔父も、如月の叔母も、死んではいない。
夢の外ではいつも通りの生活を送っているはずだ。
(結構疲れたな、今日は……)
長き一日の終わりに、トキは多くの“者/物”を失った。
クラスメイトを。
居場所を。
親戚を。
絶望。
現実逃避。
容赦を知らない現実。
しかし、そんな深く、巨大な闇の中を僅かに照らす光があった。
長い一日の終わりに――意識を失う直前に――トキは、唯一あの戦場に、父の亡骸が無かったことに気付き、思い出していた。
「行方不明?
トキが?」
『そうです。
つい先程、本部の予知部隊からトキの存在をロストしたという報告が入りました。数分前まで戦闘をしていたのですが、開始数分で突然ロストしたそうです。ですからアナタに捜索し、位置報告をして欲しいのです。分かりましたか、トウコツ』
「分かりましたも何も、目と鼻の先でトキは寝てるぜ?」
『えっ?』
「予知部隊もとうとう箱払いって時期なのか?
俺はずぅ〜っと、見失わないように追っかけていたんだけどな」
『それは本当ですか?』
「当たり前だろ(トキが死んだら決闘できなくなるし……)」
『そうですか。
助かります、トウコツ』
「ぅ……ぉう、あ、つぅかよ、速攻でこれから言う位置を知らせてやんなよ。俺も腹減ってきたしさ」
以上、日本より。
同時刻、インドネシア。
「色世トキを見つけた!?
それは本当か!」
『ぅす、間違い無いッス。
鬼、神隠しと共に廃工場に逃げ込んだところを見かけました。
暗闇で、背負われていましたが、間違いなくトキだってことを確認できました。そう呼んでいましたし』
「分かった。
僕はこれから日本へ向かう。色世トキを見逃さないように観察しておいてくれ!」
『了解ッス!』
通信を切り上げるのを待ち、特級風司:リデアは口を割った。
「私達2人がナイトメアを抜ける理由はトキにもある。丁度良い機会だ。君も直に会ってみたまえ。
マスターピース殿の右腕だった君だ。歓迎はされなくても、突き放される事もあるまい。何なら私が紹介しようか?」
「隊長〜、隊長だってそこまで親しくはないでしょう」
「心遣い感謝する。
だが、このミギス・ギガント。既に組織の構成員でない君たちを従えて赴く事は出来ない」
「誇示は充分だ。
考えてみたまえ、君の“衛星千里”でも捉えきる事の出来なかったトキだ。もし敵対した場合、君は彼をどうにか出来るのかね?」
「それにミギスさん、僕達はほんの僅かですが面識があります。半日ほど前のことですが、共に四凶と戦ったのです。僕達が同行する事に僅かながらも意味はあると思います」
「……なるほど。それもそうか」
「よし!そうと決まればすぐ大気圏へ向かおうではないか!」
以上、リデアのケイノスを従えた、現ナイトメア最高指令であるミギスの説得より。
同時刻、四凶たちは特に興味を示す事も無く、進行を続けた。
――十数分前。
「もしもし〜、藍ちゃん?」
『どうしたのパル?』
「うんとね〜、いま事務所襲われたんだけど〜」
『襲われた?
相手は?』
「雑魚ばっかりだよ」
『そう……』
「それで〜、トキの事がちょっと心配だな〜って、芹真さんが言っていたから、藍ちゃん見てこれないかな〜って、電話したんだ」
『了解したわ。
急いで見てくる。連絡は確認後にするから』
「はぁ〜い。お願いね〜」
折り畳み式である携帯電話を閉じ、ボルトは携帯電話を芹真に返した。
「言ってくれるようだな」
「うん。オッケ〜、だって」
芹真は数人の分の四凶が重なって出来た骸の山を足蹴にしつつ、残敵の有無を確認し、その傍らでボルトは少し早いカキ氷に頭を痛めていた。