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Second Real/Virtual  作者:
43/72

第42話-In my home……Successive attack! Part.2

 

 酷いものだ。

 嗚呼、酷いものだ。

 酷い酷い。


 クククッ!


 理由などない。

 ただ感じたまま、想ったままのことを言葉にして形を与え、口にしてそれを発生させたまでだ。


 理由などない。

 それが酷いことに理由などない。

 なぜなら理由は理由という名を呈していながら諸悪の根源に近しき存在であるのだからだ。

 理由を求める事こそが一般にいう悪というものだ。


 少なくとも、俺はそう考えている。

 あくまで個人的にだが、俺はそう考えている。


 クックックッ……


 故に、自分を評価する大多数の他人がどうなろうと、俺には全く関係のないことである。


 また、偉人の言葉に則ってみると、自論で孤独である現状にたどり着きながらもこの状況に不満を覚えない自分は強者である。


 真に強き人間とは孤独に耐えうる者、とは限りなく下らない話だがそこそこ的を射ていると思う。


 しかし、強者でいるつもりもない俺にはやはり下らない話であって、俺の興味は鮮烈な過去か、熾烈な未来に向く事はなく、ただ整然とした今を壊す事にのみ、ベクトルは向いている。


 だってコントンだもん♪――ってな、ククク……



 

 

 ――協会本部


 刻々と悪化する状況の中、会長は数分前まで1人静かに衛星から中継されて送られる映像を眺めていた。


“アヌビス部隊が敗走”

“サルヴァドルで戦域が拡大”

“EU配置のヒーローズが総敗北”

“現在第1支部が攻撃を受けている最中、救援要請確認”

“オーストラリア首都および補給支援基地が制圧された模様”

“ウルグアイの資材拠点陥落”

“南アフリカ共和国で戦闘激化”

“オーストリアにてホート・クリーニング店の支援を確認”


 バースヤードが覗き込む画面の隣、フィルムモニターには最新の戦況報告が文章として映し出されていた。

 その内容からは四凶の動きをいくらか読み取ることが出来る。彼らの目的は明らかに協会(こちら)の部隊を壊滅に追い込むこと。正確には、派遣先から本部へと追い詰めること。こちらの戦力を一箇所に集めたところで大規模な、例えば核爆弾か何かの攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。制圧した軍の基地から大量の兵器を奪取し、戦闘に用いているという報告もあった。相手は先導した四凶を持つ市民達を武装させることにより、全体の戦力を底上げした。つまり圧倒的物量で以って怒涛の勢いを得た。 今、こちらの守備戦力でこれを抑えきることは不可能。



(仮に核を使うのなら、次は本部の防衛機能を無力化しようと攻めてくるだろうな。

 そうなると先陣は……SRのみの特攻隊。 第2陣に一般人とSRの混成部隊。それ以降の第3、第4部隊等は一般市民多数とSRごく少数による編成だろう。そして、一般人と防衛部隊が戦闘を展開したところを一気に核攻撃)



 予想される相手の攻撃、戦術、作戦。

 しかし、敵四凶にはキュウキがいて、現在の状況に至っている。予想外だった市民の加勢と武装、各戦線の不利。

 残念ながらバースヤードには彼女の思考を先読みできるほどの能力は備わっていない。予め対策を立てることができなかったのがその証拠である。 作戦を立案する能力では圧倒的に彼女の方が高い位置にいるのだ。つまり――



(俺の考えていることはすでに知的経過済み……か。

 二手も三手もこちらの先を読んで虚を突いてくる。愚策を取らないよう選択するのが俺にできる最善の抵抗。それが俺の抵抗。

 なら、最も考えられる今のフローチャートをベースに、この案を捻るとすれば何処だ?)



“ノルウェー大統領官邸にて銃撃”

“中東の資源基地が奪取”

“中国で一般人と黒羽商会が戦闘を展開、援助と判断して加勢を許可されたし”

“北海で国籍不明の船団が大型貨物船をジャックし、イギリスへ進路変更”

“イタリアの空港が制圧”

“アルゼンチンの首都で大規模な人為的火災発生”

“アメリカのワシントン、サウスダコタ、アラバマ、ケンタッキーでダムが占拠”



 頭で今後の四凶の行動を考えつつも、衛星が送る映像が――1人のSRが、バースヤードにボルト狩り事件以来の危機感を呼び起こしていた。

 協会長の興味と危機感は、四凶よりもこのSRに向いていたのだ。


 初めて見る人物。

 完全支配という監視下から抜け出したわけでもない、最初から支配の中にカテゴリされない存在が液晶に映し出されていた。



(オリヤ……何者だこの少女は?)



 映像の中の彼女と衛星が向かい合う。

 見上げる彼女、その映像を送る衛星。

 大気圏外から監視しているはずの衛星が見えているかのような仕草に寒気を覚える。もし、オリヤという少女に監視衛星が見えているのなら、すぐさまブラックリスト入りである。が、残念なことにまだそれを確定するだけのことを彼女は行っていない。



(マスターピースの坊やはコイツにやられたと言っていたが……どうして今までこれほどの存在に気付けなかった?

 それがこの娘のSRなのか?

 もしそうなら、一体どんな)



 およそ考えられる可能性は、彼女の四凶属性。

 世界中で四凶たちが一斉に蜂起した今、彼女の力が何らかの要因とシンクロを始め、その結果彼女という存在が初めて輪郭を持ったということ。理屈では有り得るSRの中に“天涯孤独”という存在がある。ただ、このSRは今までに1度も確認されたことがなく、また実質発生に至るまでには幾つかの矛盾が付きまとうので、存在は理屈で表現できても、実在させることなど不可能なのだ。

 バースヤードは天涯孤独の可能性を控え、別のパターンを考慮する。

 過去に存在を近く出来なかったという例は存在するが、オリヤの場合はその例に当てはまらない例外。前例の人間は知覚され支配下にあった

人間のSRへの覚醒であって、その覚醒に伴う存在の曖昧化が原因となったのだが、一方のオリヤは初めからSRとして知覚され、それでも支配下に置くことが出来ない存在であったのだ。果たしてそれは人間であるかどうかを疑わせた。


 彼女は年恰好からして高校生あたりの年齢。それなのに“一般人”として今までの十数年間、知覚することができなかったであろう存在。

 いつからSRなのかもわからず、また、持ちえる力の内容も強弱も不明。



(コントンの属性である可能性53%、トウテツ28%、トウコツ14%、キュウキ5%。

 しかし、目的は何だ。四凶だと仮定して、なぜコイツだけ動きが違う?)



 彼女が発見されたのはつい3分前。

 場所は日本だった。

 渾沌に揺られるこの世界において唯一、四凶たちの洗脳と扇動が本格化していない国である。彼女がトリガーである可能性も十分に考えられた。四凶らによって切り札として匿われていた可能性だって否めなくはないのだ。滅多に有り得ないが。

 未だに荒波に揺られていないあの国にいる彼女が、引き金であるか否かで今後の姿勢も変わる。



(どう対処するべきだ、コイツは困った……)



 密かにではあるが、バースヤードは芹真事務所に期待を寄せていた。

 彼らなら、この状況下でも自分達(きょうかい)を有利に巻き込んでくれるだけの行動をしてくれるだろうと。

 だが、仮にオリヤの目的が芹真事務所――最悪、トキだった場合はどう対処をすべきか。

 また、光の魔女の激怒も不安を醸し出す要素の1つであった。それが芹真事務所最大の脅威であり、不確定要素。現在の日本国内の運命はこの最大級の不確定要素2つの動向によると言っても過言ではなかった。



(今現在、ボルト・パルダンがどの段階にあるのかにもよるが、これをオリヤが下手に刺激しなければいいんだが……)



 最近の報告では過去の記憶――夢の殻を破り、昔の人格を取り戻しつつあるという話を聞いていた。H・パルダンやA・パルダンまで目覚めているのなら、四凶の蜂起よりも厄介である。持てる戦力の全てを投入しなければ抑えることは出来ない。協会どころか人類の存亡にまで発展しかねない。



「何だかんだ、四凶が動き出したことで他の人間も連鎖するように行動を始めたわけだ」



 画面内でオリヤの腕が空、衛星のカメラに向かって掲げられ、手のひらが開かれる。

 バースヤードは動き出した彼女の行動と、口元に注目した。


 “トキは何処?”


 ノイズが走り始めた画面。そこに映るオリヤの口の動きと使用するであろう言語を予測し、読唇術で内容を汲み取った。

 安定を失う画像が数秒後には完全にブラックアウト。

 衛星一基を失ったことを悟り、バースヤードは最も信頼に足る精鋭部隊に令を下した。


 予想していた最悪の展開その2、である。



「ジャンヌ、任意で手勢を選抜した後、すぐに日本へ飛んでくれ。

 白州唯周辺に潜伏しているであろう、オリヤという少女の身柄を確保し、連行してきてくれ。ここに直接だ」


『了解しかねます。

 四凶の狙いは会長です。今は少しでも本部の護衛を――』


「却下だ。

 残念ながら、いまは指示通り動いてもらう。これは会長命令だ」


『了解しました。

 しかし、代わりに飲んでいただきたい条件があります』



 会長はうなずき、それに応えた。

 全ては四凶から本部を防衛するためにと、ジャンヌは言った。






 ――四凶宣戦25分前。


 世界で今、どんな大事件が起こっているのかも知らず、この国の人々は変わらない流れのなかで1分1秒を謳歌していた。

 小さな事故や殺人を問うほどの事件、目に付くかどうかというほど小規模な犯罪。現状の世界のそれとは比べ物にならない、平穏な空気が未だこの国には充満していた。


 当然、白州唯の街も例に漏れず大多数の人間が通常の夜を過ごし、その中でトキは通常とは違う夜を――しかし平穏な時間を――過ごしていた。



「あ、酢が切れた」



 キッチンにて。


 誰かに料理を作るのは何時以来だろう。

 最近は訓練だ四凶だと、物事のめぐりが今までに比べて激しいせいか思い出せない。

 が、とりあえず今は――



「料理うめぇなトキ!誉めテつかWaス是!」


「気にしないでくださいトキさん。どうしてか、カンナ姉さまは機嫌が良いと酔いやすいのです」



 酒を煽って料理を食らう、知り合って僅か数時間の姉妹に料理を振舞った。

 いきさつや現状を気にせず最後の一品を作り終えることに集中しよう。久々の来客で、行儀は決して良いとはいえないが、客は客だ。失礼や不快はお互い無い方がいい。



(いや、やっぱ遠慮の欠片が見られないところが少しは不快だが……)



 配膳されたチゲをわずか十秒足らずで平らげ、そのまま炒飯に箸を滑らせ、山を半分ほど削り食べたところでビールジョッキを煽る。

 大きな一息。

 豪快な飲みっぷりに思わずこちらの喉も鳴る。 不快な思いは確かに感じているが、悪意はないのだろう。カンナの意識は完全に食べ物へとむいている。



「本当にすいません。これだけの物をいただいて」


「気にせず食べなよ。俺一人じゃ結構腐らせちゃうし」



 これで食費が一日分は浮きました、と頭を下げてスミレも炒飯に箸を運ぶ。



「おぃ、スミレぇ、普通そういうことは言わねぇんだぞ」

「え?」


「食費浮くだなんてよ、もしかして、お前も酔っているのか?」

「え、え!?」



 こちらに目が向き、再びカンナへと視線が戻る。何を慌てているのかはよく分からないが、そこはそっとしておいてあげよう。

 フライパンの中で焼けあがったホットケーキを皿に移してバターを乗せ、最後に蜂蜜を添えて料理を完成する。中学校以来作ることのなかったメニューだが、思いのほかうまく焼けたことが素直にうれしい。 気がかりは味だ。上手く焼けるのと美味しく焼けるのとではわけが違う。



「デザートってことで作ったけど、蜂蜜とかは苦手?」

「いや、全っ然!」

「苦手ではありません」



 即答するカンナと申し訳なさそうな顔で答えるスミレ。 顔立ちは似ていても、性格に大きな違いがあることは十分に分かった。態度や言葉遣いにそれが顕著に反映しているため非常に分かりやすい。

 卓上の空いた皿とホットケーキの皿を交換し、配膳と回収を終えたらガスの元栓を締めに戻りつつ、食器を洗剤につける。

 ホットケーキを絶賛しながら頬張るカンナがビールで喉を潤す。その脇でスミレは炒飯を租借していた。ホットケーキに至るまでまだかかるだろう。


 新たに空いた食器を回収しようと調理スペースを離れた時、玄関のチャイムが来客を知らせた。

 この時間帯に来客するという予定を聞いていないし、誰からも聞かされていない。確実に郵便等の類でもないことは時間帯が証明する。


 ならば誰だ?



「ゆっくりしていて大丈夫だから」



 2人にそれだけ告げて足早に玄関に向かい――勝手に扉を開けて入ってきた――翼とエミルダの2人に固まってしまった。

 直後、とある予測が浮かぶのと同時にソレは的中してしまう。

 こんばんわ。飯を。



「こんばんわ。トキさん」

「飯を食わせてくれ、トキ」


「飯、か……」



 黒いジャージ姿の翼と、相変わらずゴシック風の女性着に身を包んだエミルダ。

 2人の要求は晩御飯だった。慣れている事態とはいえ、調理を終えたつもりだったタイミングで翼が来ることは少々予想外である。いつもならもう少し早く訪れる。



「む、都合が悪かったか?」

「翼さんが今日のことでお話ししたいことがあるって、それを兼ねて来たんです」



 とある嗅覚に常人離れした反応を示す翼の別名はエロティカ。

 それが、その五感が高速で現状を把握する。 この家で滅多に感知することのない“女性の匂い”を。



「私達2人は先客を気にしない」

「え……ぁ、はい。気にしません」


「そうか。

 じゃあ、先に来た2人にも聞いてきてみる。

 ダメだったら晩御飯代渡すけど、それでいいか?」


『もちろん』



 悪い返事が来ないものかと心配しつつ、リビングでビールを煽るカンナとホットケーキと真剣に睨み合うスミレへ簡単に事情を説明した。


 似た者、というか知り合いが来たんだけど、同席しても大丈夫そう?



「おう、こっち来い!」

「構いませんよ」



 この返事を伝える前に翼はエンター・ザ・リビング。迷いながらエミルダも翼に続いて入室し、卓に着いた。

 カンナは聡明に2人を迎え入れ、スミレは無表情で翼を迎え、ゴスロリ装束のエミルダに僅かな疑問を抱きつつ物静かに迎えた。



「どうも。トキのクラスメイトの翼です」

「おぉ、クラスメイトか! おっしゃ、飲もうぜ!」

「カンナ姉さま!失礼です!それに未成年――」

「いやはや、中々話が早く、また分かる人だ!

 そう思わないか、エミルダ!」


「あの、まず自己紹介し終わってからの方が」

(え、男の子!?)



 お酒と煙草は二十歳を過ぎてから。

 法律違反を目前にしたスミレだったが、エミルダの服装と性別のギャップに違反を指摘する余裕を失った。


 四人の会話を背後に、トキはせっせと料理を再開する。

 ガスコンロの片側にフライパンをかけ、もう片方のコンロにやかんをかけてからコーヒーカップと新たな皿を準備する。

 幸い、4人は揉める気配も無く自己紹介を終え、会話を弾ませていた。主に弾ませているのは速攻で意気投合した翼とカンナであり、付き従うような立場のスミレとエミルダは黙々と見つめ合っていた。



(あの人数なら、から揚げでも作った方がいいな。つまみにもなるだろうし)



 冷凍庫から弁当用のから揚げを取り出し、揚げ物鍋をセットして油が温まるのを待つ。

 静かに揺れるガスの炎。

 煮える油。

 大声を上げるやかん、それから翼とカンナ。

 時計に目をやり9時からの放送に十分間に合うことを確認してから、翼とエミルダに焼き鮭とご飯、それからカンナとスミレにコーヒーを運ぶ。運び終えてすぐにやかんのお湯の残りをポットに移して食卓の脇へと運び、から揚げの状態を確認する。

 それと同時、ホットケーキのおかわりを注文する声がカンナからあがった。



『手伝います』



 幾度も往復するトキを見て、年少2人が名乗り出て立ち上がった。

 それに対し、年長2人はそれぞれ空腹を満たさんとご飯に、コーヒーにと必死だった。


 ふと、申し出た2人の動きが、同時に立ち上がったところで止まる。

 この2人が中々意気投合できていないのは様子を見ていてわかった。初対面で緊張があるからだろう。年端も近い。

 しかし、ぎこちなかったのは最初だけで、2人はよく手伝った。揚げ物を皿に移している最中にスミレが食器を洗い、エミルダが水を切って拭き、邪魔にならないようキッチンの隅へと運ぶ。隙を見てはから揚げの皿を運んだり、食器を回収したりもした。


 2人の助力もあって料理は予想よりも早く終わり、トキも4人と同じ卓について一息ついた。


 いつもより遅い晩ご飯だが、いつもより賑やかな晩ご飯。

 他愛のない会話の展開と共に進む箸。

 昼間の四凶事件が夢のように思えるほどの平和に包まれ、食事は終わりへと近づいていった。


 ――――――20:58


 重大なテレビ放送の2分前。

 トキを含めた5人が卓を囲むリビングに、再びチャイムの音が鳴り響いた。



「食べてて」


「そうさせてもらおう」

「片付けておきますね」

「ビールまだあるか?」

「カンナ姉様っ!」



 冷蔵庫を指差してから玄関へと向かい、覗き口に近づいて扉の向こう側に立つ人物を確認する。

 翼以外、これだけ夜の更けた時間帯に家を訪れてくる人物はボルトや自称訓練教官のナイン、若しくは芹真か藍くらいである。いずれにしろ、事務所の誰かであるという予想しか立たない。

 が、それは外れた。


 ――カチッ


 扉のレンズを覗く直前、警鐘で危険を知らされたトキは咄嗟に覗き穴から顔を退かせた。

 警鐘が伝える。

 敵襲。


 直後に砕ける扉の覗き穴。

 銃が扉越しにこちらを向いている。


 砕け飛んだレンズと共に扉から離れた。

 金属製の扉を貫いて襲い来る弾丸を躱し、連続で飛来する銃弾群をひとつ残らず掴み取る。

 弾は.32ACP。

 銃撃回数は7回。



(コルトガバメントか!)



 消音器を装備していると理解したうえで、トキは堂々と扉を開けて襲撃者と対峙した。

 扉が開くのと同時に相手は逃げ腰になっていた。

 私服に身を包んだ若い、金髪の日本人男性。

 物腰から手練でないことは明らか。

 扉越しの暗殺に自信があったのだろう。


 だが現実にそれが失敗し、リロード中にターゲットである色世トキは姿を現したのだ。直前になって逃げようとしても遅い。



(こっちは大事なテレビがあるんだ!)



 右手を伸ばしてコルトガバメントに触れ、消音器から銃身へとクロノセプト。

 グリップとマガジンだけ残されたガバメント。力を失った銃をを握り続ける男に向け、ガバメントから奪った時間によって作り出したコルト・ベスト・ポケットを向ける。小口径の護身用拳銃だが、この距離での発砲なら即死も十分に有り得る。



「誰にも言わないから帰れ。あ……いや、その前に聞かせてくれ。誰に頼まれてやった?」



 質問の答えも聞かぬうちに、第2の警鐘が伝える。

 路上から玄関前のこちらを狙っている。敵、1人。

 金髪の男を巻き込みながら弾痕が襲い掛かり、トキの肩を穿ち、玄関のタイルを割り、扉を歪ませた。



(M4A1、こいつどこから!)



 拳銃よりも遥かに強力な突撃銃を装備したそいつもまた、佇まいから訓練を受けていない俄か兵士であることが見て取れた。

 低速世界に入り、突撃銃の連射をすべて避けつつ懐に潜り込む。

 拳銃(ガバメント)と同様に右手で銃身からメカボックスへと向かって時間を奪い、戦力を削いでから男に質問する。



「目的は何で、誰の差し金だ?」

「うるせぇよ」



 突撃銃を失い、予備武装(ハンドガン)に手を伸ばす男だが、それを手に取るよりもトキが予備兵装の時間を奪うのが早い。拳銃の次にナイフを取り出すが、それも根元から時間を奪われて無力と化す。質問に答える気のない血気盛んな男の鳩尾と喉に、時間による加速を得た拳打を叩き込んで気絶に追い込んで完全に敵を無力化する。

 銃弾から奪った時間によって生み出したコルトを物質から時間へと還元し、更に4つの凶器から奪った時間を以って、金髪男の銃痕を消す。幸い虫の息であって、気を失ってこそいるがまだ死んではいなかった。



「外もかよ!」



 銃声を聞いて飛び出してきたカンナの腕を掴み、伏せるように振り回すが簡単に振りほどかれてしまう。

 喧嘩で日銭を稼いでいるだけのことはあって素早い。



「大丈夫か!」

「中に入っててください!まだいるかも知れ――」



 2人の人間を無力化したところで初めて気付く。

 色世家宅を囲む近所が、四方約50メートルに渡って消えていた。ブロック塀ごと消えた両脇の隣家。向かいの低い平屋。斜向かいも、明かりや人気がないのでなく、家そのものが消えていた。

 つまり、トキの家だけが周囲から孤立した形になっていた。周囲が道路のアスファルトを残して一斉に更地と化していたのだ。



「この人を運んでくれ」

「いまのは銃声か、トキ!?」



 飛び出してきた翼を捕まえ、カンナは倒れた男を運ぶのを手伝うように言い聞かせた。

 トキは周囲の様子を慎重に確認した。なぜ周囲の民家が消えたのか。

 理由は何か。



(退路の遮断? 一般人を巻き込みたくないから?

 しかし、それならこの2人は一体?)



 疑問渦巻く中、突撃銃を失った男を脇から抱えて引きずる。カンナと翼が金髪男の足と脇を持って運ぶのに続きながら、他に襲撃者がいないか警戒し続ける。

 外の2人を家の中へと運び、リビングへ戻ると、そこには新たに倒れている男2人がいた。襲撃者は全員で4人。いずれも銃や刃物で武装していた。トキが玄関に向かってすぐ、1人が2階から現れ、1人がキッチンの勝手口から侵入してきたという。翼の皿投擲とスミレの柔道技で早期鎮圧し、また階段を下って現れた男はカンナの咄嗟の(クセ)であえなく撃沈。

 一切の被害なく4人の男を撃退したのだ。



(狙いは、俺か?)



 状況を鑑みて、トキは4人に泊まっていくことを進言した。

 もし、先に襲ってきた4人が偵察なら翼やカンナたちもすでにマークされているかもしれない。


 護りきる絶対の自信はないが、そこそこ程度の自信はあった。



「泊まっていいんですか?」

(いや、大丈夫なのかを聞くべきだろ、エミルダ……)


「ああ。

 予備の布団は十分にある。自由に使ってくれ」


「待つんだ、トキ。

 またこの2人のような輩が現れたらどうする。

 私とエミルダはともかく、彼女ら2人を巻き込んでしまうぞ?」



 翼は昼のことと今の襲撃がつながりを持っている可能性を指摘し、トキも同じく四凶が糸を引いているのではないかと考え始めた。

 何にせよ、2人の男から依頼者を聞き出す以外に敵を知る方法はない。

 偶然この場に居合わせたカンナとスミレを外に放つわけにはいかない。



(確かに……帰してあげることができない今、泊める以外の安全は無い。だが、ここも決して安全とは言えない)


「問題ありませんよ、翼さん」



 安全策の思索に全力を傾ける翼と、現状の息苦しさに焦るトキを、エミルダの声が道を開いた。



「そうですね。この状況ではお互い協力するしかありません。

 ならば、それぞれを把握しておく必要があります」



 ホットケーキの最後一片を摘まんで口の中に無理やり押し込むカンナの隣、険しい顔で2人の男を見下すスミレは言った。

 リビングの中、現状をよく理解していたのはスミレ、それからエミルダの年少2人だったのだ。

 故に、



「それぞれを把握とは?」


「この人達も、SRです」



 全員が目の前の現実を、もう一つの現実として意識した。

 同時にその瞬間、第二波はやってきた。










 Second Real/Viartual


  -第42話-


 -In my home……Successive attack

 Round.2!-










 まず、奇妙なほど静まり帰った世界に気付いた。いくら色世家が住宅街のど真ん中に位置していようと、一切の騒音が遠くに聞こえないことは異常である。

 次いで5人は、独特でけたたましい車両の駆動音を認めた。 地面との間に生まれるグリップに伴う摩擦音。ヘッドライトがカーテン越しに通過していくのが分かる。騒音が家の中まで届き、その音の大きさから4人は、複数の大型車両が家の前に停車したことを知った。4人は静かにその方向へと顔を向けたまま静寂を守り、やがて日本語でない言語が飛び交うのを確認し、初めて危険を確信した。


 やがて奔る鉄の飛来。

 冷たい殺意の奔流。


 道路側のガラスとカーテンを破り、蛍光灯を大口径の牙が砕く。石膏ボードを貫いて壁を穿ち、壁紙や家具を(バラ)にする。破片と粉塵を撒き散らし、飛び散らし、静寂と平静を侵して(かたど)られた物の一切に対して破壊という印を刻んでゆく。テーブルを砕き、椅子を折り、液晶テレビが割れ、グラスが散る。

 凶器の繚乱。

 刹那の閃光が恐怖を植え付け、降り注ぐ破片が残酷なほど素直に生命の危機を耳打ちする。

 日本という、銃刀法違反という枷に守られ続けてきた国民にこれを理解することなどできない。殺されるべき理由を持たない者なら、力無き者なら尚更であり、この場では翼がそれだった。


 翼だけだった。

 そうでない人間がこの場にいるのも、“常識”で考えられない奇襲同様、矛盾を抱えてはいるが事実であり現実であるのだ。


 生命の危険を知らされたトキは4人を同時に突き飛ばした。

 低速世界の展開。

 4人が凶弾で負傷しないように突き倒し、直撃する可能性のある弾丸全てを両手で掴み消して時間を奪い、反撃の態勢を整える。



「そうです! 私たちもSRです!」

「ぁんだと、スミレ!こいつらもか!?」


「それは本当かエミルダ!」

「はい!」



 驚異が脅威よりも優先し、恐怖を緩和した。

 4人の頭上を弾丸が通過する。

 砕けたプラスチックが、ひしゃげた金属が頭上から粉塵と共に降りかかる。


 必要最低限の弾丸を消したトキはすぐ2階まで駆け上り、自分の部屋に飛び込んで窓の外を確認した。

 10人以上。

 先の襲撃者4人とは比べ物にならない大人数が自分の家を取り巻いている現実に恐怖――と同時に憤怒――を覚え、別の部屋へと移った。別方角の状況を確認し、どの方角にも10人以上の敵影を確認して四方を敵に囲まれていて、数的不利を認めなくてはならない状況であることに舌打ちした。



「なんて事だ……包囲しやすいように周りの家を消したのか!」



 十数台の攻撃車両が家を囲み、車両の陰から複数の襲撃者たちが家にむけて一斉射撃を実行している。

 敵にSRがいる可能性が生まれ、急いで部屋を飛び出て階段を下る。悠長にしている時間はもとよりなかったが、そこに緊迫感が加わった。

 降段途中に手すりから時間を奪って手中に得物を作り出す。


 二振りの剣。黄金の刃と青赤二色の宝石装飾を施された星黄(せいこう)と、黒刃白峰の畏天(いてん)


 敵の一斉射撃が止み、僅かな静寂が空間を包む。。


 階段を降り終えると同時に敵は玄関扉を蹴破って突入を開始した。

 投げ込まれた閃光手榴弾を右手で握り消す。更に銃口が定められるよりも早い、剣の投擲。投げ放たれた畏天はサブマシンガンを縦に切って割り、暴発を誘って、持ち主の両手を吹き飛ばした。後続の敵は暴発を免れ、物陰から突撃銃のフルオートを仕掛ける。

 マズルフラッシュで照らされた敵の姿は、特殊服と防弾ベスト。



(本格的にどっかの特殊部隊か!?)



 暴発の小規模な爆炎に飛ばされた畏天を空中で掴み取り、玄関の外を目指して走る。

 タイムリーダーの完全展開。

 銃弾の雨を潜り抜けて玄関を飛び出し、手首の動きだけで出入り口の両脇に潜んでいた敵3人の銃を切捨て、両足に斬撃を与え、目に付く予備兵装を片っ端から切り飛ばして武装解除した。

 玄関脇の3人、続いて路上の6人にも同様の攻撃を加える。

 6人を切り伏せたところでリビングに銃弾を叩き込んでいた軽攻撃車両と敵影を確認する。ファーストアタックを仕掛けてきた車両の銃座についている兵士へ、ボンネットに駆け上って屋根へと足場を移し、M2機関銃の銃身と機関部をそれぞれ切り落とす。矢継ぎ早にガンナーの両腕に軽い切れ込みを入れ、更に両肩に二振りの剣先を交差させて突き立てた。

 後部座席より降車する敵に頭上から肘撃ちを見舞って脳震盪を誘発しつつ地面に降りる。念を入れてそいつの四肢にも斬撃。


 ここまでの撃破数11。玄関を飛び出してからというもの、敵に認識されることなく11人もの人数を無力化できた。


 玄関前車道の敵を無力化し、撃ち砕かれたリビングの窓から家内へと戻り、トキは4人と合流した。

 窓ガラスやテーブルの破片、砕け散った陶器や破れたアルミカンなどに囲まれ、伏せていた翼たちはすぐトキへの質問を叫んだ。



「撃たれてないか?」


「ト……!」

「どこ行っていた!」


「外だ。完全に家を取り囲まれた」


『囲まれた!?』

「敵は銃で完全武装している。

 見た感じ30人以上はいるな」



 4人を目の前にしてトキは用意していた言葉を捨てた。

 逃げ道を確保した旨を伝えるつもりだったが、スミレやエミルダ、翼に至るまでが力に屈しまいと強い意志を瞳に宿していたのだ。

 恐怖は有るが、容易にそれを認めたくないそれぞれが在る。


 これを(たす)けて、4人を死なせてしまう可能性は?


 そんな、考え悩むトキに対してカンナとスミレは立ち上がり、エミルダの言葉を思い出させた。

 この少年が言ったように、私たちはSRである、と。

 同時、再び銃弾が壁越しに襲い掛かり始めた。



「ったく!スッゲぇ日だ!

 お前らもSRだったなんて、マジ驚きだよ!

 なぁ、カスミ!」


「べ、別段驚きはしませんが……カンナ姉様が酔って気づけなかっただけですよ」

「あんか言ったか!?」



 仲間を見つけたという想いが“言葉/瞳の輝き”を通して伝わる。



「ぉし、うまいメシのお礼だ!

 私らが半分――いや、残り全部片付けてやるよ!」


「なん……!?」

「安心してください、トキ様」



 銃弾の飛び交う空間にあって、カンナの容姿に変化が始まった。

 変化の開始と同時、カンナの体に衝突した弾丸が跳弾する。

 一方、スミレはどこからともなく取り出した札をサイドポケットに突っ込み、次いで右手に金棒、左手に日本刀を握り締めた。



「哭き鬼のSR、陸橙谷カンナ!」


「同じく、哭き鬼のSR。陸橙谷 菫、滅尽()らせていただきます」



 トキと翼の2人が、初見の彼女たちが戦闘において最も信頼できる彼女(アイ)と同じ力、同じ苗字を持っている事に多大な衝撃を受けたのは言うまでもない。

 驚愕に状況を忘れかけた瞬間、翼の背後で勝手口のドアが爆ぜた。

 宙を舞う粉塵、踊り狂う破片、畳み掛けるように撃ち込まれる銃弾、破壊の雨。攻撃車両のヘッドライトが夜の闇をまばゆくかき消し、その明るさにエミルダは目を細めてしまう。そこへ狙撃、すかさずスミレはそれを叩き落す。

 キッチン側の壁一面を爆破し、そこから複数の敵がなだれ込んで来る。しかし、鬼の姉妹は閃光の中でどうしてか敵の位置を完全に把握していた。



華創実誕幻(かそうじったんげん)、一段:椿!」



 オリジナルの陰陽術が唱えられる。詠唱終了と同時に加速したのは術を唱えていない、スミレの方であった。カンナは実妹であり、相棒であるスミレに真っ先に強化術式を施したのだ。

 瞬速の接敵。

 壁を爆破されてから1秒。鬼姉妹は侵入者たちの殲滅を開始する。

 スミレは日本刀で武器ごと腕を斬り飛ばし、金棒で骨ごと肉体を砕き、瞬速と怪力を以って武装集団を圧倒していく。



「同段:菫!」



 カンナは自分の両腕に重量変化の術をかけてから攻撃車両へと駆け寄った。

 自然の法を破った質量を得た四肢が開放される。

 振り下ろされるはスピードに乗った鬼の一撃。それは術によって見た目以上の重量を得ていたのだ。

 一発の左拳打で、たったの一撃でボンネットは完全にひしゃげ、有り余る衝撃はフロントガラスをも歪めてフレームから外し、エンジンを咳き込ませ、1トン以上もある車体を浮かせて見せる。

 1発の拳打のもたらす結果だけでこれである。その後に続く右拳、前蹴りのパワーコンボに車体は完全にひっくり返ってしまった。一瞬浮いたところに打ち込まれた右拳がボンネット内のエンジンを外側から完全に歪ませ――この時点で車体はすでに半回転経過――次の前蹴りで車体は完全に空中で一回転し、ヘッドライトどころか前面を過剰に破壊され、後方へ飛んだのちに数人を下敷きにして天井から着地した。



(玄関と、柏さん家方面はこの2人に任せて大丈夫か。問題は――!)



 リビングで2人の活躍をわずかに見守っていたトキも、すぐに立ち上がって戦闘へと身を投じる。

 銃弾は四方から飛んでいた。

 玄関の壁に向かって2本の剣を投げつけ、同時にタイムリーダーで廊下に飛び出し、星黄畏天の二振りに意表を突かれて一歩後退した敵を討つ。 左手のクロノセプターで相手の左腕から――掴んだ手首を始めとして腕、肘と左腕の半分から――時間を奪い、そこに右の掌底を叩き込んで関節を折る。 時間を奪われた人体の脆さは訓練で知っている。それを掴んだトキの感覚でいくなら、時間を奪った関節は細い枯れ木の枝程の強度しかない。

 止めに喉へ平拳を叩き込んで1人沈める。

 後ろに続く散弾銃のそいつも同様、壁に突き刺さった星黄畏天の刃に触れて刀身から時間を奪い、再び手中に星黄畏天を新たに作り出す。 味方に気を取られて隙を生んだ2人目の敵の懐に潜り込み、両膝に刃を突き刺す。 動きが完全に止まるのを見越して両足へクロノセプト、更に両肩から時間を奪って四肢の時間を、筋組織の強度を奪取する。



「大人しくしていれば助けに来る。それとも刃向かって死ぬか」



 やってみせ、言って聞かせ、倒れた敵から突撃銃と散弾銃を取り上げ、それぞれの予備弾倉・弾薬を持てるだけ持ってリビングへ戻る。

 そこには神隠しの左腕で銃弾の雨を凌ぐエミルダと翼の姿があり、トキは躊躇わずそこに入って2人に武器を渡した。



「これでなんとか凌げそうか!?」


「ト……まさか、銃を持つ日が来るとはな!

 できるかどうかわからないが、この状況だ!やってみよう!」

「翼さんは僕が護ります!」


「頼む!」


「大丈夫ですか?

 防弾チョッキを奪ってきましたので、お使いください」



 トキに次いで2人に生存率を高める道具を持ち込んだのはスミレだった。

 10人分もの防弾着を片手で運び、放り投げて被弾から2人を護る。

 スミレに今の方面を任せ、自分は反対側の敵を一掃する旨を伝える。

 了承を得て、エミルダの神隠しに護られている翼ら5人のもとに襲撃者が到達しないよう、素早く敵を殲滅する必要があることをお互い確認しながら戦場に戻った。



「止まれ!」



 静止世界が騒音の一切をキャンセルし、夜闇が暗さを増し――


 が、一瞬の静寂の後――夜がごく僅かな明るみを取り戻し、つまり――


 世界は鈍い音を取り戻した。

 タイムリーダーの完全展開が終了したのである。



(なんっ……!使い過ぎたか!)



 通常時間へと戻り出す時間の中、戸惑いつつも全力で最寄の敵に接近する。中途半端に離れることはできない。 乗りかけた船には乗ってしまえという偉人の言葉に従い、剥奪者は走った。


 突撃銃や相手の関節から時間を奪い、その他にも様々な物質から時間を奪った。手中に時間を溜め、それを以って体力の回復を図る。

 再び静止世界の展開を試みるも、やはり効果は一瞬で切れてしまう。

 低速の凶弾によるファランクスを躱しながらできる限り早く剣を振る。射界から逃れつつ一人ずつ確実に無力化し、時間を奪い、低速世界の展開を幾度も試行する。だが、結果が変わらない。

 一秒以上展開することはなかった。



(ダメだ!今日一日でかなり多用したからか!?)



 停止世界の展開を諦め、低速世界での行動に専念する。

 まだまだ銃弾は躱せ、指で摘まめる程度の速度であった。


 その矢先だった。

 低速世界の流れが一気に通常のそれに近づき、同時に3人の敵が視界に飛び込んだ。

 視認と同時に真横を通り過ぎる.50口BMG(ビッグフィフティ)。風圧で僅かに顔の筋肉が上下する。背後で家の壁に大穴が穿たれ、反対側の景色を僅かに覗かせた。



「デカブツ持ちか!」



 SMGの弾幕を紙一重で避け、側面から回り込むよう3人へと急接近する。

 こちらの接近に2人はそれぞれSMGと対物ライフルで備え、1人は腕を組んで状況を眺めていた。気になるのは銃を持った2人でなく、接近されているにも関わらず組んだ腕を解こうとしないソイツ。その堂々たる態度がSRであることを予想させた。



「なるほど。どおりで拙いわけだ」



 大きな閃光と小さな連続する閃光。

 複数発の大小異なる銃弾を突破して2つの銃器を破壊する。 銃身を斬り、片方の足と腕、肩を斬りつけて、とどめに2人を殴り倒す。



「そうか」



 初めて3人目のソイツは組んだ腕を解く。



「その通り」



 右手に持ったナイフ一本で、3人目の男はトキと対峙した。



「そうだ。

 色世時、この戦争に巨大な点はない。無数の小さな穴が存在し、それらが特定の結末へ向けて集結と連鎖を展開して見せているだけだ」



 タイムリーダーの低速効果が半減した状況で、トキは男に仕掛けた。

 双剣の下段薙ぎ。


 対する男は、



「最悪なことというのは、俺もトキもその点にカウントされているということだ。

 しかし、救いはある。

 俺たちが戦う。

 それが、唯一四凶と協会の舞台(シナリオ)から降りる術だ」



 不明の質問と回答、回答への返答を終えた。

 必要な言葉を告げ、現状を伝え――やっとのこと、トキの殺意をまともに受けたのだった。



「お前を試させてもらう。場合によっては殺すがな」



 静寂を切り裂く小さな戦場の一角で、3本の刃は交差した。


 初撃。


 この夜、最後の戦場にて。


 先制攻撃をかけたトキは、自分の負った傷に戸惑いながら膝をついた。





 

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