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Second Real/Virtual  作者:
41/72

第40話-Chaos Trigger-

 

 襲撃作戦開始から約5分前。

 先行して村に入る学生の中に面白い者を見つけ、男は胸を躍らせた。 面白いもの、といっても予めそういった者が存在することを耳にしていたので、男の嬉々とした表情は出会えたことよりも、発見した者が予想以上に良質であることによって作り出された。

 付き添いである教師の肩を借りて歩く彼女の前で男は足を止め、声をかけた。



「どこか調子が悪いのですか?」


「車酔いですよ。特にこの子は酷くて、それでバスでゆっくり休めようと」



 顔面蒼白で息を荒げる少女をバスに連れ戻そうとしていた教師が怪訝の眼差しで男を射抜く。 女性教師の後に、流暢に日本語を操る外国人が続く。



「やっぱり……私もさっきまでそうでした。

 この薬をどうぞ。よく効きます」



 カプセルを取り出して教師に差し出す。

 だが、受け取る気はない。表情からそれが見て取れる。確実に断るだろう。



「即効性の高い薬です。飲んですぐに吐き気は止まって、気が楽になります。

 それから子供にも人気のオレンジ味」


「先生……貰おうよ。

 バスの……備品、ほとんど効かなかったん――!」



 ビニール袋が動く。

 内容物を吐き出した後に苦しむ彼女を見て、教師は心苦しみ、男は嘲笑した。



「心遣い感謝します」



 教師が薬を受け取ると女生徒はすぐそれに手を伸ばす。

 備わった素質、それから彼女と自分の相性がここまで良く合うものであることに、思わず笑みが漏れてしまい、彼女はそれを目撃し、思い違いを始めた。



「ありがとう、お兄さん……なんかもう、少しだけ楽になった気がする」


「そんなはずはないだろう。ちゃんと“良くなる”まで休みな」


「あの、つかぬ事お聞きしますが、医療関係の方ですか?」



 教師の質問に男は一瞬止まる。

 それが誰にも認識されないほどの停止だった故、教師はその男を警戒することはなかった。



「えぇ、まぁ。

 凶源の薬剤師ですよ」


「私は類家。類家香織(るいけ かおり)。ありがとね」


「フッ、コントンだ。しっかりと休みな」


「ねぇ、まだここにいる?

 具合が良くなったら、もう一度お礼に来たいんだけ――」



 口元を押えてこみ上げてくる嘔吐を堪える類家。その様子を見て、コントンは休むことを優先するよう伝え、バスに向かって歩き出す2人の後姿を見送った。



「私、白州唯(しらすい)高校の3年3組――蓮雅っていう先生のクラスだよ!」



 笑顔で見送り、2人の姿が遠くに消えるや否やコントンは声を上げて笑い出した。知っていると。

 また、2度と会うことはないと呟きもした。



「もし、貴様が俺のようになれたら、会ってやろう。

 それまで生きていられたのならな。クククッ……」



 呟いてからコントンは新緑の中に消えた。

 後に残るは静寂。

 嵐の前の静けさ。


 それから程なく、四凶達による攻撃が始まった。 

 力と素質を持った人々による、一般人への一方的なテロ。

 自覚なき者と自覚した者たちによる暴力。

 それを眺めていたコントンは思わぬ反撃に感嘆の声を漏らした。



「まさか、これだけの面子がこの村にいたとは……フッハハハハッ!

 いいぞ。これはこれで面白い!」



 協会、ナイトメア、無所属。

 異なる3つの勢力が連合して四凶達を撃退していく。その様にコントンは頷いた。どのみち、今後はこのような場面が幾度も展開されると予測していたからだ。狼煙となる今日、初日からこれだけ面白い内容のものを見れるとは思っていなかったし、大きな収穫である。


 今後はそれぞれの勢力にも変化が見られるだろう。

 分裂していた世界が一つにまとまってしまう。



「しかし、挑む価値はあるか。フフッ」



 反撃は続き、村を襲撃した四凶達は連携を絶たれ、各個撃破されて半分以下になっていた。



 

 

 新緑が風に揺れる低い山の間に悲鳴と怒号が反響し、大地が機嫌を崩してゆく。

 その中に組み込まれ、トキは四凶でありながらも人として戦闘に介入し、結末を求めて力を振るった。

 逃げない、臆さない、目を逸らさない。

 怒りはあっても語らない。矛盾があっても迷わない。

 迷えば泥濘(ぬかるみ)から抜け出せないことを直感が告げ、故に戦闘が矛盾で満ちていようと突き進む以外に方法はない。それ以外を知らない。



(哭き鬼の姫が苦戦している。

 相手は黒鬼の若姫だ)


(藍が苦戦!?)


(相手は“金角”と呼ばれる実力者だ。

 今の黒鬼の若姫(そいつ)というのが千里眼所持でも有名な少女だ。

 早い、重い、正確の三拍子揃った強敵だ。なめて掛かるなよ)



 傷を治したトキは銀角の理懐葬媛に両手で触れて時間を奪った。完全な武装解除と体力の回復。それが終わってすぐ、双剣を拾って走り出す。新たに補充した時間を以ってタイムリーダーを発動し、連用して現場へ急行する。途中で凶器の残骸や四凶の死体から少しずつ時間を奪い、タイムリーダーが解けないよう時間のストックを保ちながら全力で前へと進む。

 背後に轟音が生まれ、爆炎が立ち込める。震撼する空気にあてられ後ろへと目を向ける。直後、爆炎が風に吹き消され、更に火炎が縮小し奥の新緑を妨げる黒煙と火炎を消した。それが魔術師2人の援護であることを、直接頭にコンタクトしてきた会長によって知らされ再び前へと集中する。

 芝生の上を駆け、池を迂回し、小川を飛び越え、家々の間を抜ける。

 ほどなくして、金属同士がぶつかり合う甲高いような、それでいて重鈍な物を連想させるような力強い衝突音を耳に捉えた。


 木造りの長屋。

 裏庭の方に動体が覘く。

 対決する、角を持った2人の女性。

 2つの影のうち1つが藍のものであることに気付き、援護のためもう一方の人物に奇襲を掛けようと試みた。

 物陰からタイミングを見計らって飛び出す。

 それと同時、トキの攻撃は予見され、逆に金角の攻撃がトキよりも先に奇襲者(トキ)へと向けて放たれていた。



(しまっ――!)



 濃厚な殺意が空間を滑り襲い掛かかる。

 熱気を帯びた凶器が目の前を通り過ぎ、前髪を焦がす。

 紙一重で攻撃を躱したもののトキは体勢を崩し、相手は次の攻撃準備を終えていた。

 第二撃が来る。



「一段:蓬!」



 咄嗟に繰り出された藍の捕縛の術を黒鬼は躱し、金棒:裏壊爪焔破開(りかいそうえんはかい)を振り下ろす。

 背後からの陰陽術を躱しつつ、金棒をトキへと振り下ろした黒鬼――金角だったが、一瞬生じた隙に漬け込まれ、攻撃を回避される。


 藍が隙を作り出してくれなければ確実にやられていた。

 そのことを自覚し、トキは双剣を握りなおす。

 相手の特徴は千里眼。物を透してこちらを見ていた。だから奇襲に失敗したのだ。相手には物陰から向かってくるこちらが何の隔たりもなく見えていた。そうでなければ奇襲を見破ることなどできなかったし、正確に顔面を狙って金棒を振ることも出来なかったはずだ。

 千里眼の力を念頭に置き、今度は不意を突かれないように仕掛けた。



「トキ……」



 トキと入れ替わった藍は口元の血を拭い、理壊双焔破界(りかいそうえんはかい)を持ち直す。直そうとするのだが、力の入らない手に理壊双焔は重すぎた。

 歯痒い気持ちを押し殺してトキと黒鬼の戦闘を捉える。

 黒鬼相手に確実に攻撃を躱して反撃を試みるトキと、同じく千里眼を用いてトキの攻撃を予測して反撃を繰り出す黒鬼。速さはほぼ同等。ただし、力比べとなれば圧倒的にトキが不利。加えて金棒:裏壊爪焔破開はその外見以上に強力な武器であるのだ。得物同士がぶつかり合う度に裏壊爪焔から火の粉と火炎が零れ落ち、足元の雑草を焦がし、熱し、トキの服装をも侵食していく。

 馬鹿力と高速度、そして火炎による攻撃。

 それに対し、トキは果敢にも攻め立てた。



(訓練の成果はあったのね……彼女の攻撃を一発も貰っていないなんて)



 右の剣を捨てて掌を相手の金棒に伸ばすが、黒鬼はすでにその攻撃を予見している。

 トキの右手を躱し、蹴り飛ばそうと左脚を振りぬく。が、タイムリーダーを使って瞬間的に攻撃軌道上から退くトキには掠りもしない。

 両者はダメージを与えることに失敗した。



(この鬼、物を透かして見るだけじゃない……確実にこっちの攻撃も読んでいる!)


(この学生は早い。けど、甘い!)


「トキ!彼女と力比べをしても勝ち目は無……!」



 藍の助言を受けながら剣を拾う。

 仕掛けてきた黒鬼の攻撃を受け流し、そのまま火の粉を掻い潜って懐へ切りかかる――警鐘――警告と同時にタイムリーダーを発動して離脱する。空振る裏壊爪焔が空間を熱す。その隙を狙って突撃を試みるが、金角は残った片腕でこちらの腕を握り潰そうと掴みかかった。躱して再び距離をあけた。

 間髪入れずに危険を報せる警鐘が次を告げる。

 敵、正面、掴み。安全圏に至るは後退のみ。

 それでもトキは敢えて踏み込み、最初の一撃を躱して双剣を振るう。懐にさえ飛び込めば力も半減するだろう。そう見越しての突撃だった。

 しかし、その予測は彼女の予見の範疇であり、好機でもあった。一刀は裏壊爪焔に阻まれ、もう一刀は黒鬼の黄金の角で弾き返されたのだ。



(だっ、無理か……っ!)


「無駄よ。抵抗を諦めて投降しなさい」



 反撃を予測していたトキからすれば予想外、同時に理解できない言葉であった。

 か弱い力で押してくる刀を押し返し、距離を置いて一旦構えを解く。

 トキが構え直すと、金閣も裏壊爪焔を構え直し、しかし口では投降を推奨してきた。



「私たちが争ったところで何の益もありません。

 身体の無事を願うなら抵抗はやめてください。

 抵抗しないのなら、哭き鬼の姫君にも手を出さないことを約束します」


「投降する理由はない。それ以前に信じられない」



 藍へと近づくトキに向かい金角が突進する。

 突き出される裏壊爪焔が地面を抉り、土と雑草を焼く。

 刀が奔り、金棒が黒鬼を狙う。

 左右を藍とトキに挟まれた形になっても金角は両者の攻撃を躱してみせた。

 トキを攻撃ごと裏壊爪焔で弾き飛ばし、藍の攻撃を飛び避けて蹴り飛ばす。



「大人しくしてください。私は人質に手を出すような卑劣な真似はいたしません」


「なら、どうしてこんなことをする?」



 火炎が消え、同時に木々が消え、緑が大地の上から消えてゆく。

 この瞬間、周囲の新緑はその緑を深いものに変えていた。



「お前と一緒の……他の奴らは、やりたい放題やっていたってのにか? 

 信用できるか!」

(トキ――これは、トウコツの時の……!?)



 1人のSRを中心に特定の物質が姿を消し、外見を変化させ、内容にまで時間的影響を及ぼしていく。

 円を描くように違う流れの時間が支配する空間が展開し、特定範囲内の時間がトキへと集約し始める。


 その衝撃波を金角は予見できなかった。



「たくさん殺しておいて――お前、片棒を担いでるって自覚は無いのかよ!

 それでも卑劣だなんて言えんのかよ!」


(何――これ!)



 金角の動きが緩慢になった瞬間、トキは一気に背後へと回り込み、充分に溜めてから全力で2本の剣を振り下ろす。

 その動きはしっかりと予見され、振り下ろした双剣と金棒が火花と火炎を散らす。


 その衝突――衝撃で裏壊爪焔は砕け、一瞬速く後方に飛びのいて致命傷を免れた金角だが、代わりに最も信頼する武器を失った。



「それにもう人質はいない。

 お前こそ投降しろよ!」


「なんですって?」



 距離を取る金角。

 トキはそれを追った。息切れが始まっていることにも気付かず、ただ目先の敵を目指して仕掛け続ける。



「人質は全員助けた!だから俺達に投降はない!」



 人質があってこその作戦を崩した今、彼ら乃至彼女らに戦う理由はないはずだった。

 トキは続ける。人質を包囲していた四凶たちは(ことごと)く討たれ、今も掃討のために魔法使い2人とスナイパー3人が攻撃を加えていると。



「しかし、魔法使い程度なら銀角がいる限り――」


「そいつはもう倒れた」



 折れた裏壊爪焔で斬撃を防ぐ金角の動きが僅かに止まる。

 剣撃を防ぐたびに金棒は傷つき、削れ、形を失っていく。

 業物から(なまくら)への強制退化。予見できなかったあの攻撃で、裏壊爪焔から一気に時間を奪われ、得物としての完成形を迎える前の状態に戻されたのだ。

 同時に警鐘が強く、非常に強く打ち鳴らされた。



「止まってトキ!」



 満身創痍の藍が金角との間に身体を滑り込ませる。

 それは金角の能力や言動以上にトキには予測できないものだった。

 振り降ろし掛けた双剣を全力で止める――間に合うか?――慣性が剣を完全には止めさせてくれない。タイムリーダーを発動し、少しでも自分の速度を落とせる状況にしつつ、双剣から時間を後退させて切れ味を落とす。

 タイムリーダーの解除後すぐ、藍の無事を確かめる。 際どくも刃は彼女を傷つけるに至っていなかった。



「彼女に戦意はない」


「な……私は!」



 刃を目の前にし、藍は戦闘の終わりを告げる。

 だが、金角は藍の背中とその言葉に抵抗した。


 ――まだ私は立っている。なぜ戦意がないと、しかも哭き鬼に断言できるのか。決め付けるな。


 哭き鬼を挟んで(トキ)と向かい合う。

 目の前に敵がいるのなら。まして自分が倒れていないのなら、戦闘を放棄する理由などない。



「聞いてトキ。

 ここで彼女を殺めてしまえば、トウコツと同じよ」


「どうして?」

「それが、四凶よ。

 これ以上戦いを求めてはいけない」


「でも、こいつらが――」

「偽っても駄目」


「認めろって言うのか……いろんな人が殺されたことを」

「自分を偽っても駄目。

 トキも、殺したでしょ。私だって……」



 言われて前へと出ようとしていた足が止まり、背筋は凍りつき、身体は震え始める。

 差し出された藍の得物が目につくと、それは倍加した。

 冷静でいるつもりだったトキは自分で気付かないうちに熱くなり、無自覚のうちに剣を振るっていた。藍の言葉で戦うことを前提に――救うことよりも殲滅することを念頭に立ち回っていたことに気付かされる。(いさ)められなかったら金角を仕留めるか、もしくは絶命寸前に追い込むまで戦闘を続けていただろう。

 金角が言った通り、この戦いに利益は無い。四凶になりかけているSRのどちらかが死ぬだけで根本的な解決にはならない。



「誰が望んでこんな事……」



 金角の裏壊爪焔の先端が地面を向く。

 認めざるを得ない事実に立ち向かっているのはトキ一人ではなかった。金角は藍の言う通り、目の前で戦う意を失っていた。


 銀角が倒れたというなら、これ以上もがいて生きる意味も自信も無い。



「誰が――」



 黒鬼に続きトキも戦意を失った。

 その涙が戦略なのか、あるいは本物なのか分からなかったのだ。策略なら構え続ける意味はあるのだが、悲しみからくるものなら無駄死にさせないため、戦闘を中断しなくてはならない。また、どうしてこのような凶行に手を出したのか聞き出すためにも生かす必要があったため、仮に戦闘を再開しても相手を生かさなくてはならなかった。



「四凶なんかに……!」



 藍と金角の言葉を聴いて思い知る。それが全ての元凶であり、その言葉があらゆる人間を動かして今回の事件は発生したのだと。

 望んでいない立場。

 予想だにしなかった存在への素質。

 中には理解していながら凶行に参加している者もいたが、金角のように望まずに参加しているSRだっている。


 自分が世界に及ぼす影響。

 個人と言う一個から始まる、他の連鎖とは桁と質が違う、大きな影響力を持った負の連鎖。



「鬼の……金角、君も四凶なのか?」



 頷く金角にトキは自分も四凶であることを伝え、彼女は知っていると呟いて本心を明かした。



「四凶でなくなるために参加したのに、どうして邪魔をする……あなたは、四凶という立場の恐ろしさを分かっていない!」


「あぁ、たぶん分かっていない。

 でも、四凶を抜け出す方法を会長に教えて貰った。

 それが自分のためにも、皆のためにもなって聞いたから実践しただけだ。君の四凶予防を邪魔するつもりなんてない」



 藍は2人の会話を聞き、互いが持つ情報に食い違いがあることに気付いた。トキと黒鬼の彼女は、それぞれの行動に四凶という属性から抜け出すという目的があり、その結果の実現を強く望む信念がある。

 だが、肝心の方法がそれぞれ違い、両者はぶつかり合った。



「私の首を、刎ねてください」


「断るね。

 君が四凶のうちは殺さない。

 何ていうか、俺が邪魔したようなら次からは手伝う。俺も四凶のままはイヤだし」


「それまでに何人を不幸にしてしまうか……私は、それが怖い。

 だから、四凶でいるくらいなら――」



 そもそも次があるのか。 この戦場から帰還することができるのか。

 黒鬼と言う実力主義一族の中において、肉体的実力を持っていても権力を持たないお飾りのシンボルに帰れる場所などない。

 誰も受け入れてくれないことが容易に想像できる。


 金角はそれを説明し、故に首を刎ねてくれと再度頼みを乞う。



「そうね。

 帰る場所がないのなら、ここで死ぬのもひとつの手ね」


「哭き鬼の結晶鬼、藍……手数をかけます。

 正直に言うと、私はあなたのように強く生きていける自信がない」


「でも、あなたを待っている人はいるはずよ」


「私を待つ者などいません。皆が私の後継ぎを狙って立ち回っている……」



 状況が悪い方向にしか進まない中、打開策を見つけるために突き進んできた。せめて四凶という属性から外れ、それから時勢に流されようという考えだったのだろう。

 過去に金角との交流経験のある藍は、彼女の器や厳格さ、なによりも優しさを知っていた。たった一度の交流だが、互いの短所を指摘し合い、鬼の次世代を担う者同士ということで互いの精進を誓った。故に彼女がどれだけ辛い状況の中に身を置いているのか、察することは容易だった。



「金角、君は本当に死ぬ気か?」

「はい」



 藍が聞くよりも早くトキが質問し、金角はそれに即答で応える。

 他に方法を知らないとばかりに頷いた。



「死ぬって事がどういうことか分かっているのか?」


「四凶となっても、皆に迷惑を掛けない唯一の方法です。理由としては充分――」

「それは間違いだ」



 トキの腕が伸び、左手で金角の喉に触れた。

 自分のものよりも細い首に高密度な時間の流れを感じ取りながら否定を続ける。四凶が死ぬ理由になるはずが無い。なぜならトキ自身も四凶でありながら若い。校正の時間は十分にある。



「論点が違う。あなたは四凶であっても生きていける」

「何が違って、どこが違う? じゃあ、何で今を生きている?」



 藍と金角の目の前で、喉に当てられた左手が淡く光り始める。金角の意識はそちらへと向いてしまい、反論の言葉がうまく浮かばなかった。 しかしすぐ、光が収まってから金角は自らの異状に気付いた。



「――っ!?」


「声をあげる前に感じてくれ……死ぬってのは、そういう事なんだぞ!」



 トキは銀角の発声器官と呼吸器官を退化させた。喉に触れた左手が皮膚と筋肉越しに直接体内へと時間干渉を施したのである。次に左手は喉から金角の胸部まで下り、そこから時間を奪い始めた。肺から時間を奪って著しく機能を低下させる。

 年齢不相応の肺活量では呼吸もままならず、更に発声はおろか、一声すら出すことのできない身体にされたのだ。

 それまで気丈に振舞っていた黒鬼が体勢を崩し、膝をついた。発声できないという突然の異状に困惑し、次いで呼吸困難が冷静を奪った。喉や肺を中心に広がる激痛に汗を、変化してゆく視界に寒気、終わりへと向かう己の存在にただならぬ恐怖を覚えた。


 そんな状況の中で金角は――ままならない呼吸によって、必死に繰り返そう、取り戻そうと生にすがる自分に直面した。



「……どうだ、君が望んだ死ってやつは。

 首を斬られなくても死ぬことはできる」



 苦しさに汗と涙を流し、目と口を大きく開いて苦しむ黒鬼に言い聞かせながら、両手に時間を集めて回遊させる。

 地面に倒れこみ、必死に身体を震わせている金角がいま、死を目前にしていることがわかる。奪った時間と共鳴し、その感触がはっきりと伝わってきた。



「いいのか、こんな所で意味もなく死んで。

 ここまで生きてきたことを、今までを全て投げ捨てるのか?」


「トキ!」


「金角、君は四凶のまま人生終えるのか?」



 両手が喉と胸に触れ、同時に時間を流し与え始める。金角から奪った時間とストックしていた時間により、彼女の身体を修復しながら痛みを和らげていく。程なくして彼女は今まで通りに呼吸を繰り返し始めた。息を荒げながら自力で立ち上がり、汗と涙を拭ってトキを睨み付ける。



「トキの言う通り。

 金角、あなたの気持ちは分かります。負の原因というレッテルを貼られたまま生きていくことがどれだけ辛く惨めなのか。私もそれを味わってきた」


「………」


「私に備わっているらしい四凶属性は――トウコツ。

 でも、それさえ分かっているのなら抜け出す方法はいくらでもある」


「……属性がキュウキ、でも?」


「あるわ。

 銀狼の芹真は知っているでしょ?

 彼もその属性の中にあるけど、未だに誰かを欺いたことはないし、暴力以外に人を傷つけたこともない」



 藍の言葉に金角は沈黙した。

 もし、哭き鬼の彼女の言葉が真実なら、方法は一つしか無いと自分に伝えた人物こそ、四凶なのではないか。そう考えた。

 自分に備わっている素質がキュウキだから嘘に関する事柄には多少持論を持ち合わせている。


 ――私が何の解決方法も心得ていないところに付け込み、計画的に私を駒として操作しているとしたら、騙したその人物も四凶ではないか。


 言葉による嘘と暴力、負の連鎖の始まりを創り、紡ぎ始めるのが四凶:キュウキである。それが裏で糸を引いている可能性は高い。これだけの規模の作戦である。事前に仕組まれていても不思議はない。



「私は、騙されていた……?」


「何なら騙したと思わしき奴の外見的特長を教えてくれないか?

 もしかしたら知っている奴らかもしれん」



 藍とトキによって自分の過ちに気付きかけた黒鬼。その目前に忽然と協会長は姿を現した。



「な――!」

(どこから近づいてきた!)

「会長?」




 思わず身構える金角だが、トキの言葉と態度から敵でないと判断し、警戒はしたままに構えだけを解く。

 初めて目にする協会長。その姿は思っていたよりもに若々しく、それでいて無言の圧力を周囲に放っていた。隙のない実力の持ち主であることが否応無く伝わり、更に密かな想いを強く押し殺している印象を受けた。目に宿る輝きは話で聞いた会長のそれとは全く違う、年齢を感じさせない力強さを持っていた。

 人であることを疑わせる。



「もしやと思うんだが、君に四凶を抜け出す条件を語ったのは、紅いスーツでウェーブのかかった金髪の女性じゃないか?」


「……はい」

「それさ、“本家”だよ」



 3人の目が会長に集まる。

 念を押して会長はもう一度、今度は分かりやすく真実を伝えた。



「その女は現キュウキの最高位だ。頂点にして原点を超えた者とまで謳われた。

 嘘が得意な戦略家で、今回のテロの立案者だ。同じ属性の女性のみで編成した私設組織まで持っているくらいだから、今回の計画もかなり以前から企画していたものと推測できる。まぁ、正確には把握しかねるんだが」


「会長、質問いいですか?」


「何でもいいぞトキ」


「四凶でなくなる方法は必ずしも一つなんですか?」


「そんなことは無い。

 俺は実際に何十パターンも経験してみたが、最後まで四凶から抜け出すって言う意気込みを忘れさえしなければ、大抵どんな方法を用いても失敗することはない。どんな方法を用いても、な」


「え――そ、その意気込みとは!」


「自分が騙されていたことには気付いたみたいだな、金角。

 そもそも四凶とは負の始まりとなる存在のことだ。自分が原因とならないように人を思いやり、時には自分から前に出、時には前に出たい衝動を押し殺して自重する。人の思いを受けること、自分から思ってやることも大事だ。 つまり、自ら場の空気や発生している関係、相互の認識された世界観を承認し、ある程度リセットできる人間で居続けなければいけないということだ。

 が、しかし、これがまた実践となればなかなかうまくいかない。最初の時点で躓いて、抗おうとしたその反動で逆に四凶の属性を深める者も少なくはない」


「……そうですか」


「会長の言う通りよ。

 金角、人は誰でも四凶という属性を持ち合わせている。

 その素質が高いか低いかの違いだけで、誰にでも嫌な関係を生み出す瞬間はやってくる。だから、あなただけが元凶となるわけじゃない」



 トキに加えて会長の説明を受け、後押しのように放たれた藍の言葉を聞き入れたこの瞬間。

 黒鬼、金角は絶命の選択を捨て、降伏する意を伝えたのであった。










 Second Real/Virtual


  -第40話-


 -Chaos Trigger-










 魔術師2人から連絡が入って敵四凶部隊の壊滅を確認したのが、金角の投降から1分以内であった。

 敵総勢30名、うち降伏が4名、捕虜が1名。

 この現場の名目上四凶の指揮官であったSRは、トキの奇襲により死亡。副官の四凶はリデアの狂風魔術の前に倒れた。 司令塔となる人物を失った四凶たちは各個に戦い、しかし狙撃と分断による挟撃と電撃的な圧倒によって瞬く間に壊滅へと追いやられた。



「投降した者はこちらの4人だ」



 村の中央に反四凶連合として戦ったSRたちは集まり、互いの無事と戦果を確認しあった。

 藍とトキは負傷した者を手当てし、愛院とMr.シーズンは周囲に残敵が存在しないか用心して警戒。会長は狙撃手2人とリデアを含んで今後の方針について話し合いっていた。



「君は国連のザ・キラー:ビアンカ・ハルモニアではないかな?」


「そういうあなたは特級風司のリデア・カルバリー。

 現在の協会の態度と四凶が気に食わないと言う理由から、度重なるテロとも嫌がらせともとれる行動を重ねる魔術師」


「投降、ということは今回四凶の手助けをしていたということか?」


「ええ。していたわ」


「ほぅ、それは是非納得のいく理由を聞かせてもらいたいものだな」



 脱線。険悪に傾く雰囲気を会長が止めつつビアンカに助け舟を出し、同時にリデアを納得させる。並行してビアンカを味方に引き入れた蓮雅のことも説明した。

 その傍ら、投降した4人は連合を組んだSRたちの会話に耳を傾けつつ大人しく処分を待っていた。唯一、金角だけは申し訳程度の傾聴で、頭では別のことを考えていた。



(それにしても――)

「それにしても、化け物だな。色世トキは」



 金角の表情に気付いた銀角が呟く。

 大人しく地面に座り込んだまま周囲を見回す金角と銀角の視点がトキで止まった。



「……銀を助けてくれるとは思っていなかった」

「全くだ。死んでさえいなけりゃどんな傷でも治せるんだからな」



 金角との戦闘から戻ってきたトキは風前の灯火となっていた銀角に時間を与えた。


 完全に消えた銃創のあった箇所を指先でいじり、銀角は色世トキというSRの可能性について考えを巡らせた。メイトスを絶命に至らしめると言う予言の噂も、実際にその力を目の当たりにして納得したし、メイトスや協会どころか、ナイトメアのSR達までも味方に引き入れようとする理由も頷けた。時間を味方にするという馬鹿げた、しかし、現実に無敵といって過言でない能力を持っている時点で申し分ない戦力となり得る。銀角個人としても確保しておきたい戦力だが、芹真事務所と哭き鬼の彼女がそれを許さないことは目に見えている。

 もしかすると、協会のヒーローズにも対抗できうる力であるのだから。



(強大な力を持っているからこその四凶属性なんだろうな。

 トキを見ているとそう思えちまう)


「トキには感謝しなくてはいけない。銀と死別せずに済んだ……」



 無言で頷いて銀角はため息をついた。目の前では作戦の要だったトキやケイノス、高城、ビアンカら戦闘に協力した全SRに対して会長が賛辞と感謝の言葉を送っていた。 感謝と悲しみ。 会長はこの面子が敵として立ち向かい会わないことを祈り、しかしそれが叶わないかもしれない願望であることを心底で認めつつ、この瞬間を噛み締めていた。

 状況が不安定なこの時勢にそれが叶うか考えつつ、銀角は沈黙を再開する。



「さて、諸君。

 そろそろお喋りをやめにして、警戒しようじゃないか」


『警戒?』



 各々の思考が駆け巡る中、意図しない言葉が皆を一つの方向へと導いた。

 全員の目と意識が会長に集まる中、トキはひとり、反対側へを顔を向ける。会長の発言と同時に殺意を感じ取ったのだ。この中の誰のものとも違う種類の殺意。 五体に感じる突き刺すような圧力。初めての感覚ではない。一度だけだがその殺意の前に立ったことがあった。結果的に仮死状態にまで追い込まれた、あの敗戦時に感じた力。



(やっぱり、コントンがいるのか!)



 タイムリーダーの展開と同時、視界の端に動く影が映り込む。

 一瞬の出現。確信を抱かせる輪郭。

 静止した世界で人の陰から人の陰へと移動する敵。

 コントンを除き、停止した時間の中を自由に行き来できる人間をトキは知らなかった。



「出て来い。ここにいる皆はやらせない!」


「クククッ、知らない知らない、見えない、見ない」



 静寂を切り裂くように声を出し、コントンはトキの前に姿を晒す。

 自信がなければ出来ない大胆な行動に、トキは双剣を取り出して構えた。



「気にしない気にされない、気付かない気付けない」



 何一つ変わらない凶気が目前に在った。

 前回同様デザートイーグルを片手に、銃口を自分のこめかみに押し付けながら喋り続ける。



「暇なし暇なし、意味なし理由なし」


「コントン……これはお前の仕業か?」


「クッククク、明日なし記憶なし存在侵食。

 知らない知れない宿命螺旋、結末始原触れることなし。

 解し介さず、遭いて逢えず、時のまま流されるままに」



 絶えない笑み。

 止まない戯言。



「何が言いたい……」

「何が言いたいと思う?」



 行き交う視線。

 ぶつかる質問。

 静寂を破る狂気。

 異質を際立たせる静寂。



「ククッ、リクエストしたものは見つけたか? 黒いアレを」


「まだ見つけていない」



 デザートイーグルの銃口がトキに向く。

 だが、前回と同じ凶器を前にしても脅威は感じなかった。真に恐ろしいのは銃器よりもコントン自身のSR:時元脱存。

 時間という流れの中から脱け出し、己だけに許された特別な時間を手にする力。


 タイムリーダーと同様・同等の能力。



「今日は期限の変更を伝えに来ただけだ。

 お前には何もしない」


「変更?」


「1年以内。

 そうだな、貴様が学校を卒業するまでとしようか」


「……期限内に見つけれなかったら、どうする?

 当ても保障も無いんだぞ」



 現実にコントンの課題はトキに僅かな負担を与えていた。勉学と訓練の合間に探してみたものの、実際に見たことない物を探し出せというのだから簡単には見つけられない。口述したように当てもなく、また発見の見込みも極めて薄い。家中をくまなく探し回ったが、それらしいものは一つとして見つからなかった。自分の部屋から両親が使っていた部屋、台所から洗面所のいたる所、果ては天井裏にでも隠されていないか確かめに潜ったこともあった。

 結果、収穫はゼロ。手がかり一つさえ見つからない。



「見つけられなかった場合は徴収に行くさ。 お前の友人を伴ってな。フッ、クククク」


「……だから俺を殺さないのか?」



 目を瞑って笑うコントンへの質問は、疑問の解消手段でありながら準備であった。

 それが何なのか、トキは未だに理解していない。

 する気などない。



「それ以外にお前の生命価値はない」



 ――俺の時間で止まれ


 トキの低速世界が展開され、静止していた会長や藍、リデアらが僅かに動き出すのと同時、双剣がコントン目掛けて奔った。

 デザートイーグルの銃身を切り捨て、もう一刀で頬を掠める。



「確かに今、俺にお前を殺すことはできない。

 お前は利用手段でありながら、唯一の手段でなのだからな」


「残念だな、コントン!

 俺はお前のやり方が嫌いだ!そして俺にはお前を殺せる!」


「ハハハ!

 結構!やってみればいいさ!」



 体勢を立て直すトキの目の前でデザートイーグルが復元する。

 切り捨てた破片は落下時の軌道をそのまま逆走し、凶器としての性能を取り戻す。銃口が右肩に向けられ、引き金が動く。

 タイムリーダーを発動して射線上から逃れるが、その延長上に会長の姿が目に止まり、トキは慌てて銃弾を叩き落とすように剣を振るった。 コントンはそこへ更に銃弾を追加する。更にコントンのタイムリーダーがトキから速度を奪う。

 コントンの時間で世界は動く。

 低速の世界に嵌められたトキは咄嗟にタイムリーダーで流動時間を更新し――自らの望んだ流れ方にすると同時、コントンの作り出した流れに自分の流れを重ねて主導権を奪う――流れを緩やかにし、再び弾道から身を退ける。コントンを双剣の間合いに収めて、太腿や手首を狙って刃を振るが、更なる時間の低速化によって躱さられる。



(腕を上げたなぁ、トキも)



 低速世界が上書きされていく中、会長は微動だにせず2人の交戦を見守っていた。

 銃対剣。

 遠距離では当然銃、近距離では剣が有利。威力は双方共に必殺保障。だが、両者掠りはすれど、当たりはしない。



(コントンの目的は本当にトキだけなのか?)



 再び銃弾が自分に向けられて飛んでくる。が、度重なる低速化の結果、銃弾が今すぐ自分に達する心配はない。が、目に見える凶弾に脅威を感じないわけではない。

 攻撃と時間の更新、回避が繰り返される度に低速化していく世界は、やがて静止世界を迎える。その光景の中に溶け込み、バースヤードは初めて体験する無音の世界に感動を覚えつつ、コントンの本当の目的について思案を始めた。


 今回のテロ事件の発案者はキュウキだが、実質四凶という属性を持つ人々の頂点にいるのがコントンである。実力的にも関係的にも、この事件の主犯であることに違いはない。コントンは敵の総帥と言っても間違いないのだ。



(おそらく目的は別だな。

 俺の暗殺か? しかし、俺がここにいることを知っている人間はおろか、SRさえいないはずだ。

 或いはビアンカか……国連の持つ戦力を手に入れたならば更なるテロ行為の持続が可能だ。しかし、ただの人間を傘下に取り込むなどコントンは絶対にしないはずだ)



 目の前まで迫った銃弾が弾き飛ばされる。



「本当の目的は何だ!」

(おっ、よく聞いた)


「ククッ、何故そんなことを聞く?」


「黒い欠片が望みなら、わざわざこんなことをしてまで会いに来る必要はない!」

「大有りさ。

 喋らなかった場合は人質をとって脅迫する。そうやって答えを聞き出せるんだからな。

 フフッ、逆に聞くが、ここまでやられなかった場合、俺が会いに来たとしても何ひとつ答えなかっただろ?」


「当たり前だ!」

「ふん。可愛げのない。

 まぁいい。俺は気に食わないが――」



 マガジンを取り替え、峰に銃弾を叩き込んで斬撃を防ぐ。

 強い衝撃が鈍い痛みとなって伝わる。



「トキ。俺達の仲間にならないか?」


「断る」



 再びデザートイーグルを切断する。

 銃身を斬り、薬室と装填された次弾、トリガーとそこに掛かったコントンの指を斬り飛ばす。が、得物は再び逆再生し、武器として蘇生する。指はコントンのタイムリーダーの上書きと共に切り口から再生した。



「お前ほどの四凶、はたして芹真事務所は押さえておけるか?

 協会でも同じ結果だろう。

 自覚しろ、トキ。

 まだお前は気付いていないかもしれないが、お前は世界中の誰もが思っている以上に危険な存在だ」


「じゃあ、お前はどうなんだ?」



 再生した銃身を更に斬り飛ばすが、その都度再生されて(らち)があかない。

 銃弾の軌道を反らして身を護りつつコントン本人を狙うものの、致命傷を与えるに至れなかった。タイムリーダーの使い方を訓練で学んでは来たが、現実にコントンは自分よりも遥か上をいく存在。レベルが違いすぎたのだ。訓練で埋まった差は僅かでこそないものの、肩を並べるほどでもない。



(ハッ、ハハハハ!

 思っていた以上に腕を上げているな!)



 冷静を装っているトキの表情だが、その内側には激情の火炎が垣間見えた。振られる剣を通してそれが伝わってくる。

 グリップで鎬を打ち払い、腰を引かせて剣撃を躱し、わき腹目掛けて鉛弾を見舞う。だが、十二分の余裕を持ってそれを避けられ、反撃の剣を手の甲に貰う。

 鎬打ち。

 引き金にかけられた指が力を失い、銃撃が途切れる。トキの攻撃はそこに集中した。


 得物(デザートイーグル)を破壊するのではなく、叩き落すように攻める。



「トキ。

 世界から見たお前の存在とはどういうものか、考えたことはあるか?」


「お前はあるのか?」


「あるさ。

 ククッ、世界世界といえば広くも取れるし小さくも取れる。その意味を解する者もいれば、意味なくして感じ取れる者もいる。

 意味は違えど世界というものは結局、スケールの中だ。インサイダーとアウトサイダーで構成されている。 平素ならば、どんなに外側の存在を目指そうと、常識と理解で追う内は決してそれに到達することはない。それとは逆に俺たち、凶源(カオストリガー)は外側に在りながらスケールの中に填まり込もうと必死にもがく。

 クフフフハハッ、わからないだろ?

 揉め事の原因になれる素質が大いにある。だから他人とのコミュニケーションを意図的に断ったり、自分だけの世界を確立させて他への影響を極力減らす。そんなことをしたことはないか?」


「それがお前の考えか? 今日最大の意味不明だ!」


「やっぱり理解できないか。思った通りだ。

 自分が持つ影響力を少しでも考えたことはあるらしいが、本当に微々たるもののようだな。自分の価値を知らない、自分の物差しでしか尺を知ることができない。全くめでたい奴だな、お前は。これからは否応無く世界がお前をリクエストするだろうに、何も知らずにその場に立ち会うのは難だろう?

 それ故さ。

 だからキュウキは言った。“トキに世界の真実を教えてやろう”とな。 もう一度聞こう。 一緒に来ないか?

 俺達の正義と世界の正義の違いを見せてやろう」



 双剣を喉に突きつけられながらもコントンの顔から笑みは消えない。

 押しているはずの刃は皮膚に切れ目を入れることすらなく、接触したまま止まっていた。トキの攻撃は完全に止められ、逆にコントンの時間がトキを支配し始めていたのだ。



「芹真はお前に何も伝えないだろう。

 だが、俺達なら隠し事などせず、真実をお前に伝えることができる」


「何を知っているから俺を口説くつもりだ?

 悪いが俺は――」


「会長の秘密、とかな」


「コラ、俺の秘密を何でお前達が知っているんだ?」



 この瞬間、コントンの顔から笑みが消えた。トキも意識だけそちらに向け、会長の行動を知り――何故動けるのか――疑問と冷や汗を覚えた。2人の意識を自分へ誘った会長が両手を組み合わせ、手に力を込めた。その光景を見守っていたトキとコントンの前で、静止世界は解除してしまった。

 交差した両手が離れ、再びゼロ距離へと戻る。たった一度の拍手。それが支配地域下で対峙する2人の力を完全に無力化してしまったのだ。


 静止世界が解かれてざわめきが戻る。

 3人を取り巻く中、最初にその光景に気付いたのは愛院だった。



「誰だトキ、そいつは!」



 視線を受け、コントンの顔は笑みで染まってゆく。

 高城や愛院が首をかしげつつ身構え、魔術師2人はだだ漏れる圧倒的力の差にたじろぎ、鬼3人と蓮雅は新たに姿を現してトキと対峙する男を囲み、ビアンカは見覚えあるその顔から名前を口にした。



「四凶のコントン!?」


「……フン、まぁいい。

 日本時間の今夜、9時。

 俺たちは協会を中心とした世界に宣戦布告する」



 コントンの目が、集まる視線のほとんどを排して会長からトキへと移る。


 多勢に無勢。

 トキと会長さえいなかったら苦もなく殲滅可能だった。しかし、自分と同じ時間の中で行動できる2人がいては無傷で済まないことは必至。

 殲滅が無理なら、次回へ持ち込む他なかった。



「会長、近いうちにお邪魔する」


「わかった。茶でも入れて待ってる」



 捨て台詞を吐き、あっさりと撤退していくコントンの背中に会長は余裕の返事を送る。が、それはコントンよりもリデアや鬼達に強烈な釘を刺すことになった。殴り込みを連想させたコントンの台詞に対し、会長が放った言葉には充分に含みがあった。すでに対策は出来ているといわんばかりの態度と口調。充分な余裕。



「だ、大丈夫なのかね、会長?」


「ああ。大丈夫だ。

 たかが300万程度の四凶で攻めてくるんだろうが、その程度じゃ問題ないさ」


「いや、それは軽視しすぎではないか?

 仮にも敵は四凶。それに、何らかの策も用いてくるはず」


「確かに敵は四凶。

 SR、非SRを問わず、世界には何十億もいる。その中から精鋭だけを選抜しても100万はくだらないな。

 しかし、烏合の衆」



 会長は続けた。

 四凶が動くのは今回が初めてじゃないと。

 だから対策はいくらでもあった。 例えば、各国家やあらゆる機関の軍事力の全てを以って四凶の殲滅にあたる作戦を展開することも、四凶を一箇所に集めて核攻撃で滅することも、協会長であるオウル・バースヤードには可能なのだ。



「でもそんなことはしない。そうすれば困る人間がいるんだよ」



 全員が疑問を浮かべる。

 核を用いるプランは確かに過激だが、四凶を滅することで困る人間などいるのだろうか。

 負を絶つことで、悪循環とその連鎖・感染は抑えられるのではないだろうか、という意見を耳にして会長は頷く。



「残念ながら、その考えは間違っている。

 トキ。君はさっき、コントンの口から凶源(カオストリガー)という言葉を聞かなかったか?」


「聞きました」


「人は不幸無しに進歩しない。みんなそれを忘れていないか?」



 数人がその言葉に気付き、納得し、数人が会長の答えに疑問を浮かべる。

 認めざるを得ない状況に苦虫を噛み潰す思いを抱きつつも、金角は質問した。



「しかし、それが連鎖の原因になるのでは?」


「そう。

 だが、不幸を知らなければ、いつか始まるであろう連鎖の開始を防止・或いは連続を止めることはできない。

 仮に知らないまま生きていくとしよう。結果として、その人物は何も知らずに四凶となる。どういうことか分かるかい?

 君のように、多くを知らずにもがいて他人とぶつかり合う。これも、四凶という属性がもたらす必然だ。無自覚の暴力さ」



 全てを理解したわけではないが、いくらか心当たりがあった。

 そんな会長の言葉の前に金角は黙り、入れ替わって銀角が質問する。



「それじゃあ、四凶がいなければ人類全部が無自覚のままその属性を得る、ということか?」


「全部ではないが、まぁそういうことだ。

 知ると知らないでは両者に大きな差が生まれる」



 そもそもの始まりが零。幸をプラス、不幸をマイナスとした時、それぞれの積み重ねが一定以上に達した時に分岐は始まる。

 積み重ね、分岐し、時として反転する。これの連続である。

 経過と過程。

 教養数学のような数字で取り扱うことの出来ない感情と思考。それらをプラスとマイナスのどちらに積み重ねるかは環境とタイミング、それまでの経過によって左右される。


 ここまでを聞かされて理解できたのは蓮雅ただ1人。会長はさらに続けた。


 全てが無知ならそれは零であり、始まりである。

 幸せも悲しみも知らない。これからという様々な未来を経験し、価値と感情、欲求や暗黙を覚えて内に蓄積し、知り得てきたそれらに新たな考えを見出して更新、伝播する。

 歴史においても人々はそれらを既に体験している。 偉人――マルセル・ブルーストが言うように、人には幸せも大切だが、精神を発達させるために悲しみも必要なのだと。四凶という存在は時として必要以上の悲しみや怒りを人に与えるが、しかしそれは――



「理屈上、四凶とは人類に“欠かせない存在”ということ?」


「その通りだ。蓮雅先生」



 四凶という存在は、人類を前進させてきた要因の一つである。戦争や大事件、衝撃的な悲しみや怒りの根源が彼らであり、その結果、人類は同じ悲劇を繰り返さないと誓いを重ね、進歩を続け、意識の共有を始めた。


 会長の口から放たれた結論に鬼たちは黙り、愛院と高城は混乱、魔術師と蓮雅、ビアンカは複雑な心境となった。呆然とするトキの顔を覗き込み、今度は会長が質問する番である。

 向いている方向こそトキだったが、会長はこの場にいる全員にそれを聞いていた。



「それでも君達は四凶を根絶やしたいと願うか?」



 異なる善と善のバランスが崩れた世界を待っているのは、本物の渾沌。


 トキの内心で、コントンという意味が少しだけ変わった。

 アウトサイダー。インサイダー。

 全く理解できなかった会話の一部が、パズルの欠片と欠片のように噛み合う。

 本物の渾沌(ソレ)を知る者と、現在進行形でソレに向かっている世界。本物を知らない世界はどんなに背伸びしようとそれに至る事はない。それになる条件は流されること。背伸びせず、縮こまらず、ただ流れるがままに流れ、その果てに絶望して初めて気付くこと。それがインサイダーからアウトサイダーへと変わるということ。

 また、渾沌を知る者が知らずに突き進む者たちの中に溶け込もうとするのは難しい。本物を知る故に感じるであろう知らぬ者達から発せられる温度差。もがいているつもりなのか、抗っているつもりなのか、本物を知っている者には理解できない。アウトサイダーがインサイダーという大多数の中に溶け込み、またその中に填まり込もうとするというのは非常に難易度が高く、そして――


 世界のバランスを整える負の役割、“本物の四凶”こそが、今回の敵である。

 それを認識してトキはコントンの言葉を思い出していた。



「さて、そろそろ面倒くさくなるので、ここらで解散するとしよう」



 一様に皆戸惑った。難題を出されてすぐに解散宣言である。

 突き放すような、あるいはそれが宿題とでも言いたげな――現に会長の表情はそれらしく――しかし、口裏合わせが間に合わないと分かっているこの状況では、潔く会長の案に従うのが上策。襲撃側だった金銀の鬼からすれば手厚い助け舟でもあり拒む理由はない。



「帰れって言うのか……」


「ん? 帰りたくないのか、トキは」



 言い終えてからトキのクラスメイトが襲われたこととを思い出し、会長は珍しく言葉で躓いた。

 今更言葉の綾だったとも言えない会長は、完全に忘却していたことを悟られないよう、慎重且つ迅速に言葉を選んで取り繕う。が、その言葉は半ば本音を含んでいた。



「何よりもまず、トキは考えてくれ。ゆっくりでいい。

 四凶とは本当に必要なのか、または不必要なのか。

 それを考えるためにも落ち着こうじゃないか。な?」



 メンバーはすぐに解散した。蓮雅、ビアンカ、会長、高城の4人は現場に残り、魔法使い3人は飛び去り、金銀の鬼は山に入って姿を消し、愛院は人知れずどこかへと走って去った。藍はトキに事務所へ帰るように勧めたが、トキはそれを無言で断る。


 静寂の内。


 新緑に包まれた村の出入り口をくぐり出る瞬間に、トキの視線はバースヤードの視線とぶつかっていた。お互いが四凶であり、SRであり、人間である。同じ敵に向かい、しかし異なる勢力に属し、また立場も学生と協会長と、明確に分かれている。

 多くを知らない者と、その逆の英知者。

 それでも共闘できる事実にお互い喜びに近い感情を抱いていた。


 抱いてはいたが、最後の最後で同じ疑問が脳裏をよぎり、2人の視線は外れた。



『お前の四凶は一体何?』



 2人は同様に、今まで出会ってきた四凶のどれとも違う気配を互いの内に感じ取っていた。





 

 

 虚しさが精神の大半を占める中、午後の空とともに見上げる自分の家は、どうしてか温もりが感じられなかった。

 しかし、今までも温もりというものを滅多に体験してこなかったトキにとって、自分の家というものは温もりある場所というより、自分だけの世界が展開される勝手気ままが通じる場所であった。

 自分の望む娯楽、何者にも縛られない時間。全て自己責任で片付けることのできる独り身という自由に満ちた空間である。



「どうして……俺は帰ってきたんだ」



 今、トキの目に映る自宅は何の魅力も感じさせない、ただの物質の集合でしかなく、そこに自由や気楽を見出すことはできなかった。


 それでも――


 

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