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Second Real/Virtual  作者:
4/72

第3話-Return to School ?-

学校編の始まりです!!でも、今回、かなり長くなってしまいました・・・申し訳ございません。それと、毎度の事ながら字の誤りを見落としているかもしれません・・・

 何もない空間に私がいる。


 音も。色も無く。生き物の気配さえ感じさせない。


 感覚がない。

 それが一番適切な言い方かもしれない。



 ――私だけ



 誰か知らない人が来る。


 見えるわけじゃないし、感じ取っているわけでもない。

 それでも。


 確かにわかる。

 誰かが来る。

 私は、それが何なのか知った。


 そうすれば――

 そう思えば――

 知らない、見えないはずの誰かが、私に会いにくることが解る。


 その理由になる。


 そうか……

 これが、運命なんだ。






 気がつけば自分が眠りの中に居た。

 それを自覚したのは夢から覚めてからだ。


 そして、それはまさしくたった今のことだ。

 頭痛を伴う起床ほど不愉快な朝はないだろう。

 頭痛に苛まれる頭を手で押さえ、上半身を起こす。


 静寂に包まれた空間。

 今が何時なのか関係ない。


 静寂に包まれる時間帯。

 カーテンの生地からうっすら差し込む光。

 適度な暗さ。

 その空間を独占しているのだと思うと、どこか新鮮な気持ちになる。


 この頭痛さえなければ、とう話だが。



(……5時)



 時計を確認し、短髪で黒い髪の少年:色世時シキヨ トキは、もう一度ベッドに背中から倒れこんだ。


 Let's 2度寝〜!

 …

 ……

 ………

 ――どころじゃない!

 トキは慌てて上半身を起こし、周囲を見渡した。

 時計、ベッド、カーテン、壁紙、蛍光灯、タンス……etc



「ドコだよ?」



 静かな朝も、見知らぬ光景の前には小さきこと。

 朝を堪能する余裕もなく、トキは焦った。


 見知らぬ部屋で寝ていたのだ。

 そこで、トキはいくらか考えてみた。


 昨日何があったか?

 ここに寝ている原因は何なのか。


 

「……酒?」



 ふと思いつき、それを機に1つ思い出す。



(そういや、昨日は中華料理店に連れて行かれたんだっけ?)



 まだ完全に目覚めていない頭の中のスクリーンに、その光景が浮かび上がる。

 飲んだ気がする……気がする。



「飲まされたんだっけ」



 ぼ〜っとしながらトキは記憶の発掘を続ける。

 が、それ以降の記憶が出てこない。

 それもそのはず。


 トキは覚えていない。

 料理店で出された酒を飲んで、誰よりも早く撃沈したのがトキだったのだから。






 同時刻、台所に1人の女性が立っていた。

 朝日を受けるその背中で、後ろ手に愛用のエプロンの紐を結ぶ。


 黒い長髪は綺麗に整い、腰に届きそうなほど伸びていた。


 目の前には調理台。

 その後ろ側にガス台。

 ガス台の左側には数々の食材&まな板と調理スペース。



「………」



 静寂の中――

 彼女は振り返り、まな板の隣に置いているバンダナを手に取った。

 三角に折り、額にあて、後頭部できつく結び止める。



「よしっ」



 太陽の光を正面から浴び、彼女:(アイ)は手に包丁を握った。

 目を閉じ、手首を包む黒い符を出現させる。


 開眼!


 それと同時に、包丁が日本刀へと変化する。

 それも二刀流。



(華創実誕幻)



 次に、オリジナル陰陽術を発動する。



「一段:椿」



 藍の瞬速クッキングが始まった。











 Second Real/Virtual


   -第3話-


 -Return to School ?-






 AM 06:58

 トキは応接用の席に着いていた。


 現在、トキは頭痛に苛まれてうずくまるようにソファに腰掛けている。

 しかし、それはトキだけじゃなく――



「ぬぅ……」



 トキの真正面に座る男も同じだった。

 彼は芹真といい、トキをココまで連れてきた本人である。


 そして、ここは彼の事務所だ。


 目の前のテーブルには様々な食器が並べられ、その上には様々な料理が乗せられていた。

 見た目だけで判断するなら、どれもこれもウマそうだ。


 頭痛さえなければ自然と食も進んだであろう。

 しかし、今は飯よりも頭痛薬が欲しいところだ。



「トキ食べないの!?」



 苛まれるトキに話しかける必要以上に元気な子供。

 メチャクチャ頭に響く声で元気に質問したのはこの事務所に住む一番小さな女の子。

 名前をボルト……

 え〜、確か、パルダンって言ったな。

 聞かれたトキは名前を思い出しながら首を振った。



「頭痛が治まったら食べるよ」



 小声で返す。


 頭痛に苛まれる2人をおいて、ボルトは次々と食べ物を口に運んでいる。

 気がつけば、テーブルの上にあった焼きそば、野菜炒め、ハムサンド、水餃子、トーストがなくなっている。

 卓についてまだ10分も経っていない。

 ボルトの消費スピードには驚いた。


 トキと芹真が頭痛に苛まれ、ボルトは手を休めず食べ続ける。

 その横で、テレビからのニュースが流れてくる。


 芹真はわずかにそっちへ顔を向けた。ボルトの視線も釣られてそちらに注がれる。

 僅かな沈黙が訪れる。



「昨日のアレは、現実なんだな……」



 トキがそうこぼし、ボルトが再びテーブルの料理に集中する。

 頭痛の中、昨日の映像が蘇ってくる。






 ディマたちとの戦闘を終えた後、芹真事務所の3人とトキは中華料理店に直行した。



「ここに来たことはあるか?」



 場所は3つ離れた街にある繁華街。

 その店は見た目でわかることがいくつかあった。


 まず、中華料理店で間違いない。

 看板にはデカデカと日本にはない組み合わせで漢字が並び、ドアには四聖獣か何かのレリーフが見られた。

 そして朱色がメイン。



「……屋敷みたいだ」


「ははっ!

 確かに、その表現は間違いじゃないな」


「芹真さん。

 トキはココに来たことが無いんじゃないかなぁ?」



 トキの反応を見てボルトが言う。

 この金髪っ子は、ついさっきまで死んでいた(ように見せていたらしい……)にも関わらず、この場所に行くと決まった瞬間から、誰よりもテンションが高い。



(有りかよ……)



 それも問題だが、他にも多くの不安や疑問が頭の中に浮かび上がっていた。



「いいの?芹真さん」



 藍も不安を抱いている様だった。



「何が?」


「この店って、ソンの店の1つじゃ……」



 誰だ?

 トキが疑問を浮かべた瞬間、ボルトが答えを返した。



「孫ってのはねぇ、中国とかインドの方で有名なSR(セカンドリアル)なんだよ」


「有名人なんだ」



 浮かんだ感想を言う。

 そこに芹真が一言。



「日本人も知っている奴は多いぞ」


「へぇ〜、そうなの?」



 今度はボルトが聞き返した。



「最も……

 多くの人間が物語で出会う孫と、いまこの世に存在している孫は天と地ほどの差があるからなぁ」



 日本人でも知っている者は多く……

 中国・インド方面でも有名人。

 で、物語が存在して、そこに出てくる人物。



「誰だろう?」



 店の前に立っているにもかかわらず、4人は会話を続けた。

 軽い営業妨害になりつつある。



「“ソンゴクウ”って読むんだっけ?」


「え?孫悟空?」



 それを聞いたトキが思わず笑いそうになってしまった。

 有りえねぇ〜。



「漢字が苦手なボルトにしてはよく出来ました。

 この店はその息子が営業している。肝心の親はというと、あれだ」



 半ば自暴自棄に近い状態でもトキの耳はしっかり傾き機能していた。



「職業マフィアだ」



 更に笑えない……

 ボルトの答えも、芹真の説明も本当に笑えない。



(ひょっとして、ギャグか?)



 そう願いたいものだった。こんな話を誰が信じる?

 しかし、そんなトキにかまわず説明が続いた。



「密輸ルートを幾つも仕切っているし、バラし・ヤク、他に何やってたっけ?」



 芹真から質問を受けた藍は肩をすくめ、仕方なさそうに答える。



「誘拐・暗殺・人身売買・武器の大量所持など諸々よ」



 説明の終わりと同時に、芹真は再びトキに顔を向けた。



「と、まぁ――

 そんな奴でも息子にまで同じ事をさせているとは限らんから安心しろ。

 それに息子とは面識があるんだ。

 だから、安心して入れるさ」


「それは知っているよ〜ていうか、前にも来たじゃん」


「……あれ?

 そうだっけ?」



 既知であることを告げるボルト。

 ボルトは一刻も早く入店したいらしい。


 が、逆にトキは乗り気じゃなかった。


 ついさっきまで、生死に――

 人生に関わるような事件に巻き込まれていたのに、どうして芹真やボルトは、平然としていられるのか?

 その疑問が心の内に晴れない雲を作っていた。



「トキ。

 もう終わったことだよ」



 横からTシャツの端を引っ張るボルトに言われる。

 そこで思うことがあった。


 こいつは心が読めるのか?

 そう思った矢先――



「読めるよ」



 元気に宣言。

 当然じゃんと言わんばかりに胸をそらして。



「嘘だろ?」


「本当だよ!」



 たまらず聞き返すが、ボルトは頬を膨らませて答えた。


 改め……

 諦めて、ボルトが心を読めるんだとトキは自分に納得がいくまで言い聞かせた。


 無性に疲労感を感じる。

 考えてみれば、今日一日変わったことが多すぎた。


 出会っては襲われ、逃げても襲われ、というか拉致・勧誘されたと言ったほうがいいのだろうか?

 とにかく、疲れた。



「だから、ここでご飯食べようよ!」



 勝手に心の内を読み、ボルトが励ましの言葉をかけてくる。

 プライバシーとか皆無に等しい。



「ここのホイコーローは旨いぞ」



 メニューを勧めてくる芹真さん。

 乗り気じゃないのはトキと藍だけだった。



「大丈夫なの?」


「大丈夫さ。藍は知らなかったっけ?

 息子のほうはまだセカンドリアルとして目覚めていない」



 藍も黙ったままでいた。

 正直、トキも不安でいっぱいだ。



「またアイツらが襲ってきたりするんじゃないか?」


「大丈夫だよ!

 ディマたちはもう来ないよ!」



 何を根拠に言っているのか理解できずにいると、



「だって、周りに人がいるじゃん!」



 ボルトに指摘され、トキは自分の目でそれを確かめてみた。

 数十分前まで静寂に染まった街にいたのだが、



「言われてみれば、人気が戻ったって言うか……」


「クワニーが術を解いたんだな」



 芹真が説明する。



「SRの力は……」


「芹真さ〜ん!!」



 突然開かれた正面扉。

 説明しようとした芹真の言葉が途切れる。


 姿を現したのは、中華風の衣服に身を包んだ男性だった。



「……コイツが孫の息子だ」


「お久しぶりですね!

 藍さんに、ボルトさんも!」



 満面笑顔で言う彼の特徴は、蒼みがかった髪と、細い目。それから左の頬から首まで伸びている大きな傷。


 白い肌にはつやがあり、何とも笑顔の眩しい御方だ。

 ボルトは挨拶を返し、藍は合ったことがあったのか記憶を掘り返してみる。

 ふむ、記憶にない。



「連絡をしてもらえれば、すぐにでも迎えにいきましたのに!」


「いや、お前は相変わらずだなパイロン」


「はい!

 ところで芹真さん……彼は?」


「こいつがトキだ」


「彼がですか!?」



 驚き、トキを上から下まで見回す。



「立場的にはお前と同じだよ」



 興味津々にトキを見回すパイロンに芹真は説明した。



「トキ、こいつが孫の息子のパイロンだ」


「“白龍”と書いてパイロンです!

 よろしくお願いします」


「……あ、日本語うまいですね」



 何とか出てきた言葉がそれだった。



「どうも。

 日本語は修行のために必要だったから何とか覚えました」



 2人の会話を聞きながら、藍は2人の身長がだいたい同じであることに気付いた。



「俺は、シキヨ トキ。

 “色”に世界の“世”書いて色世。

 トキは時間の“時”」


「そうか。そのまんまなんですね!

 覚え易くていいです」



 そう言って、パイロンは再び芹真の方を向く。



「芹真さん。いつもの部屋でいいですよね?」


「ああ」


「では、どうぞこちらに!」



 そうして4人は入店を果たした。






 店の中は大いに賑わっていた。

 正面玄関から少し進み、また大きな扉が3つ隣接している。


 そこをくぐり、5人は大食堂に入った。

 多くの丸テーブルが大小さまざま用意され、それを取り囲むみ食事をとる様々なお客達。


 来客には外国人が多かった。

 店内も朱色がほとんどで、柱、床、天井など、何処を見ても同じか似たような色で『装色』されていた。



「繁盛しているな!」



 まわりのざわめきに負けない声で芹真が言う。

 5人は中央の通路を奥へ奥へと向かって進んだ。



「はい!今日も満員ですよ!」


(すげぇ……)


「〜♪」



 トキはムードに飲み込まれていた。

 天井を見上げ、そこから見える天井絵もかなり凝っているモノだと直感した。


 店内の所々に置かれている彫刻や置物も、美術の教科書で見たことがあるようなモノもある。



「ねぇ、トキ。

 そんなにキョロキョロしなくても大丈夫だよ〜♪」


「ボルトはここに何度も来ているのか?」


「ううん。あんまり」


「俺はこういう高そうな店には入ったことがないから慣れてないんだよ」



 溜息混じりに説明するトキ。

 その台詞を聞いたパイロンは、



「大丈夫ですよ。ここは金持ちも来ますが、お金のない人たちも大勢、気軽にお越しくださりますからから」



 笑顔で説明。

 何でも、安い料理は100円出せば食べられるらしい。


 5人は2階へ続く階段に差し掛かり、昇り終えると目の前には正面玄関以上に立派な扉が現れた。

 その扉をくぐると扉は閉められた。



「こんな所もあるんだ……」


「ここは個室での食事も出来るのよ」



 トキの隣を歩く藍が説明した。

 5人はまた少し進んだ。

 通路の所々にきらびやかな装飾の黒い扉がある。

 それが、個室の出入り口だ。


 5人は数多くある扉の1つの前で止まった。



「では、いつも通りこちらで!」



 扉を開け、パイロンが4人を中へと導く。

 部屋の中も朱色がほとんど。

 中央に6人掛けのテーブルがあり、部屋の隅にはソファ。


 電灯が数種類設けられ、空調もある。



「メニューはどうなされます?」


「全部のメニュー持って来てくれ。

 トキの好き嫌いまでは知らないからな」


「わかりました!少々お待ち下さい!」



 手っ取り早いやり取りが終わり、パイロンはジェット機にも負けないくらいの早さで部屋を出て行った。



「さて、トキ。

 俺達に聞きたいこととかあるだろ?」



 4人だけの個室で最初に芹真が口を開いた。

 ボルトの視線もトキに向く。

 藍はひとりで瞑想していた。



(無いって答えたらどうな……)


「どうにもならないよ」



 またもボルトの読心術……



「じゃあ、聞かせてくれ。

 あんたたちは一体何なんだ?」



 これが一番の問題だろうとトキは思った。



「俺達は、『芹真相談事務所』或いは『芹真万全事務所』だ」


「何でも受け付ける万全事務所だよ」



 芹真の説明にボルトが加わる。

 再び、芹真の説明。



「で、俺が社長の芹真だ」


「私はお留守番係の〜!」


「+残飯処理係」


「ボルトだよ〜!」



 芹真の簡単な自己紹介に続き、ボルトが挙手して自分を示す。

 藍の小声は、ボルトに届いていなかったらしいが……



「藍です」



 仕方なさそうに、丁寧なあいさつ。



「事務所って、なんで相談事務所がマフィアと繋がりあるんだよ!?」


「孫のことか?」



 新たに質問するトキと、答えを返すため確認をとる芹真。



「最初は全くといっていいほど――

 ってわけじゃないけど、仲が良かったわけじゃないんだが……」


「パイロンね〜、芹真さんの熱烈なファンなんだよ!」



 ボルトから元気な声で答えが飛んできた。



「ファンって?」


「孫は武闘派過激勢力で有名な密輸カルテルなのよ。

 その息子のパイロンが色濃く影響を受けるのは当たり前。だから、近接戦闘の強さの一念においても、芹真は彼にとって憧れの的なのよ」



 今度は藍からの説明。

 ゴメン。せっかくの説明だがワケ解らない……



「芹真さんが強いからパイロンは憧れているんだよ〜!」


「メニューを持ってきましたぁ!!」



 勢いよくドアが開かれパイロンが突入してきた。

 それでボルトの説明と突然入室したパイロンの台詞が重なる。

 噂をすれば何とやら……



「さて、メニューが来たところで」


「わたし焼売と炸醤麺(=ジャージャー麺)!」



 早くもメニューが決定するボルト。

 おい、かき消された台詞は気にならないのか!?



「それから、川丸子湯と油淋鶏!!」


「相変わらずですね!

 かしこまりました!」



 ボルトに負けないくらいの威勢で注文を書き込んでいく。



(北京ばっか……)



 藍は内心呟いた。



「芹真さんは?」


「じゃあ、福建炒飯」


「かしこまりました!」


「私は麻婆豆腐で」



 ボルト、芹真、藍と、次々とメニューが決定していく。



「トキは?」



 藍を覗いた3人の視線が浴びせられる。

 早く選ばないと視線が痛い。



「ホ、回鍋肉……」



 雰囲気に呑まれ、芹真が入り口前で言った言葉を思い出し、口にする。

 それをすぐに書き込み、



「了解しました!

 では、少々お待ちください!」



 そう言って、電光石火のごとくスピードで部屋を出て行くパイロン。

 メニュー全部持ってきた意味ねぇ……



「さて、続きだ」



 パイロンが出て行ったのを見計らい、芹真は切り出してきた。



「事務所と孫の密輸カルテルとの関係はわかったろ?

 それじゃ、今度はこちらから質問がある」


「どうしてトキは引き篭もったの?

 ねぇ、どうして?」



 そんな芹真に気付かず、あどけない表情でトキに尋ねてくる。



「どうしてって……」


「自分でもわからないの?」


「クラスが嫌になったのかもしれないわよ?」



 否定しようか迷っているトキに、藍が言葉をかけた。

 ボルトは藍の意見に首をかしげていた。



「パルも嫌な思い出くらいあるでしょう?

 トキにもあるんだと思うの」



 聞いていたトキは内心で藍を疑っていた。

 コイツも心を読めるのか?



「藍ちゃんは読めないよ」



 ボルトが読むし……



「人の理由を勝手に決めるなよ。

 つか、その前に勝手に心の内読むなよ!」


「だってぇ、トキって答えるの遅いじゃん!」



 キッパリ言いやがるボルトと睨み合い、



「認めたくないけど……半分当たりだ!」



 ボリュームを上げてボルトに向かって言う。

 次に藍にも顔を向ける。



「何で知っているかのように答えるんだよ!?

 これは俺からあんたへの質問だ」


「知っていて当然だからよ」


「当然って、何でそう言いきれるんだよ?」


「これから迎え入れるトキという人間を追っていたからよ。

 入試でも履歴書の提出は当たり前でしょ?」



 ずだん、とトキがテーブルに手を着いて身を乗り出す。



「ストーカーかテメェは!?」


「初対面の人にストーカー呼ばわりされるのは初めてなんだけど。

 喧嘩売っているのかしら?」



 怒りで声が震えるトキ。

 藍も立ち上がる。

 珍しく激情している藍を見て……



《へぇ〜

 機嫌の良い日だ》



 ボルトと芹真は同時に思うのだった。






 途端、頭が揺れる。

 トキの脳天に衝撃が走り、回想がストップして現実時間に戻ってくる。



「しっかりと食べなさい」



 衝撃を与えたのは藍で、その手には目玉焼きが乗った皿があった。



「いらないんなら、ちょうだい?」



 ボルトの提案をジェスチャーで却下したトキは、頭痛の中なんとか箸を手に取る。

 芹真はまだ箸さえ握っていない。



「昨日、酒飲んだっけ?」



 誰にともなく呟く芹真。



「お酒に弱いのに無理して飲むからそうなるのよ」


「藍……俺は、弱いわけじゃないんだぞ?」


「そうだったっけ?」



 ボルトの目も藍に向く。



「藍が強すぎるだけなんだって……」



 それにはトキも同情。

 ボルトは声を上げて笑っている。何が可笑しい?

 逆に藍の顔が少し赤くなった。



「ち、芹真さんが弱いからよ!」


「ううん!

 藍ちゃんが強すぎるんだよ」



 ボルトも芹真の意見に納得。



「な――!

 じゃあ、私は次の仕事に行く準備をするから!」



 半ば機嫌を損ねたまま藍は振り返り、自分の部屋へと入っていく。



「トキも今日から学校に行くんでしょ?」


「え?」



 みそ汁を口に運ぼうとした途端、ボルトが聞いてきた。



「学校だよ。もうサボらないんでしょ?」



 芹真もトキに目を向けていた。

 痛い質問。

 そして、視線。

 いや、死線。

 引きこもりから脱出するためには学校へ行くようにならねばならない!


 だが……



「行けるかなぁ………」



 メチャクチャで壮大な不安を拭いきれない。

 圧し掛かるプレッシャー。それが時間の経過と共に強くなっていく。



「大丈夫だって」



 励まそうとしているのか、芹真がそんな言葉をかけてくる。

 ボルトは再び食事に専念した。

 何を根拠に大丈夫だと言っているのか、聞きたい所だっ……



「大丈夫だって、ホラ」



 芹真の指差す方向を向き――



「………」



 絶句。

 その先に藍がいて――



「何よ?」



 見慣れた制服に身を包んでたたずんでいた。






 悩み恐れているうちに学校へ行く時間になり、強制連行されるハメとなったトキ。

 そして、トキを引っ張る藍。


 何でか、昨日のことを思い出してしまう。

 藍は、店では中華料理を僅か口にしただけで、後は酒。彼女の行動が酒豪だと自ら暴露していた。


 しかし、あれだけ大量に飲んでいたにもかかわらずピンピンしている。


 その前はひとりでゾンビの集団を相手にしていた。疲れていないのか甚だ疑問である。

 そのおかげでトキは助かっているワケだが。

 改めて、彼女に救われたことを意識した。


 トキには打開出来なかった状況を、藍は打開して見せたのだ。



(認めざるを得ないのだろうか?)



 自らの非力。

 自分が知らない力の世界を……



「トキ」



 通学路の半分を消化したところで、藍が話した。



「何を悩んでいるかわからないけど――

 私でいいなら相談に乗ってあげるから、あまり無理しないように」


「別に我慢はしていないよ。

 まぁ、心配事って言ったら、いま登校しているってことかな……」


「私もよ」



 目を合わせないで会話は続いた。



「昨日はありがとう」


「え?何?」



 突然の話に僅かな混乱を見せる藍。



「昨日、助けてくれて」


「ああ……あれ。

 クワニーの時のことでしょ?」


「名前覚えてないけど、呪術師とかいう……」


「クワニー・トロス・ウィトナ。

 とても有能なSRよ」


「でも、クワニーは俺を襲ってきた。

 で、藍はそんな時助けに来た」



 やっと顔を合わせての会話が展開された。



「まぁ、結果としては助けたということになるけど……」


「違うのか?」


「昨日の私の仕事は午前中にトキの尾行、午後はクワニーの足止め」



 昼にディマたちがコンタクトしてきた瞬間から尾行の任は変更された。

 相手がクワニー達とわかっているのならば、対応策がある。


 とは言っても、芹真事務所でまともに対応できるのはわたししかいない。



「尾行って……

 やっぱりストーカーと変わりないじゃん」


「あのねぇ……多くの人間に『死』が迫っているのよ?

 あなたはそれを知らないだけで……」


「どうしてそんな事がわかるんだ?

 何を根拠に言っているんだよ?」



 残念ながら、藍が思っているほどトキは藍たちの世界を認めていない。

 まだ、冗談か夢だと思い込んでいる節がある。



「じゃあ、これから私が言うことを良く聞いていて」



 歩きながら藍は言った。



「SRの世界には大きな組織が1つと、無所属の者達、それから小さな集団、とに分類されるのよ」


「組織ってのは?」


「組織のことを多くの者は『協会』と呼んでいる」


「何協会?」


「何もない、ただ“協会”とだけ呼ばれているの」



 藍の説明は続いた。

 協会は、世界中で局地的に起こるSRによる事件を解決するために組織された。

 それが協会と呼ばれる一大組織だ。



「人員のすべてがSRで、そこに一般人は一人もない」


「じゃあ、芹真さんや藍たちも?」


「残念ながら、属していないわ。

 私達は、小規模集団よ」



 小規模集団であり協会に無所属であることは、協会と従わないという意味を示している。

 藍は無所属の意味をトキに教えた。



「そういや、ゾンビ野郎が言ってたけど……」


(クワニーの事ね)


「協会の実行だったか、行動だったか……

 とにかく何とか部隊みたいなこと言っていたから、あいつらは協会側なんだろ?」


「そうよ。

 ホート・クリーニング店。

 それがディマたちの拠点よ」



 そのことを少しだけトキに教えてから、



「話を戻すわよ」



 2人は僅かに歩行速度を落とした。



「私達の事務所も、協会も、ある人物2人を探しているのよ」



 トキがつまずく。

 藍はトキの腕を掴んで支えた。



「サンキュ」


「1人はメイトスという男」



 向き合いながら藍は続けた。

 幸い通学者は2人を除いて皆無だ。



「その男も、やっぱSRなのか?」


「そう。そして、彼の力の前ではSRであろうが何であろうが、無意味なの」


「無意味?」



 トキの腕を放し、再び歩き始める。



「メイトス・シュラヴァイトフ・ジヴィア

 彼のSRは」


「ちょっと待て……」



 気になったことがあった。

 もっと早くにツッコミたかったが。



「えーと、藍さん。

 キミは転入手続きしているのかい?」



 本当に今更気付いた。

 同じ場所を目指しているのはいいが


 いや、良くない…

 トキの頭を支配しているキーワード。


 それが、尾行。芹真からの勧誘。

 ディマたちの拉致未遂。

 ボルトの護衛。それから、今一緒にいる藍。

 そこから生まれてきたトキなりの予想。



(まさか、すでに学校に馴染んでいるとか……)


「しているわよ」



 悪い予感的中。



「何日前からだ?」


「20日前から」



 淡々と言う藍と、今にも不安のパラメータが振り切れそうなトキ。



「お話戻していいかしら?」



 ジェスチャーで応える。

 どうぞ……



「ワンシーズン前、彼らを追う私達はあることに気付いたのよ」



 再び歩き出そうとしたトキに、



「あなたが彼らの目的だってことに」



 言われて、トキは藍の目を見た。

 本気であることが一瞬で窺えた。



(やってらんねぇ……)



 え、俺?

 そんなリアクションを取る暇もなく、



「メイトスは、『完全否定』のSR」



 完全否定。

 No、と言う勇気。

 とは良く聞くものの、そんなものが役に立つのでしょうか?

 甚だ疑問だった。

 思わず心の中で静かに叫んだ。



「2人目は、老若男女さえわかっていないうえに、名前さえ知らない。

 わかっているのは能力だけは耳にしたの」


「で、どんな力?」



 何で朝からこんなうんざりするような話を聞かされなきゃならないのだろうか?

 言ったら負ける気がする故に、トキには口を出さないようにした。



「2人目は『完全支配』のセカンドリアル」


「完全“否定”に続いて今度は“支配”かよ」


「私は知らないけど、トキ。

 あなたには彼らに対抗できる力があるらしいわ」



 突然話題を振られるトキ。



「あー、無い無い。俺そういうの皆無。

 そんな力があったら、とっくに使ってますっての」


「SRの力が発現する条件はいまだに不明とされているけど、確率的には世界の誰よりも強く『思う/想う』ことで発現するらしいの。

それがいつ発現するかわからない。だから……」


「俺もこれから力に目覚めるってか?

 そうかそうか、良かったね。

 で、俺には何の力があるっていうんですか?」



 あきらかに舐めているその態度に――

 青筋が1本。


 藍は片手でトキの襟元を掴み上げ、背中を道路脇のコンクリート塀に押し付ける。



「礼儀を知らないのね」



 更に、何処からとも無く取り出された日本刀がトキの首を掠めてコンクリート塀に突き刺さっていた。



「何すんだよ!」


「まともに話を聞かないから説得しようと思って」


「これじゃ脅迫だろ!?

 藍には感謝しているけど、もう終わりじゃないのかよ!?」


「終わり?」


「とぼけんなよ!

 俺をあんた達の追跡劇に巻き込むんじゃねぇよ!」


「巻き込むつもりはないわ。

 それにどう足掻いたって、あなたは確実に巻き込まれる運命にあるのよ?」


「何だと!」


「さっき言ったメイトスともう1人は、ずっと何らかのSRを探しているわ」


「何のSRだよ!?」


「言ったでしょ?

 私は知らない。知っていることはあまりない。

 だから、出来る範囲でトキを護ってあげたいの」


「どうして!?」


「2人が求めている力の持ち主。

 それがトキの中にあるのよ」


「認めろって言うのかよ!」


「無理だと思うわ。いまの調子だと」



 藍の手から日本刀が消える。



「だったら、どうして……?」


「気休めになるから」


「気休め?」


「私達の目的はトキが彼らに殺される前に、力に目覚めさせてあげることだった」


「俺が狙われる理由は何だ?」



 落ち着いたのか、受け入れたのか……

 とにかくトキの表情が変わった。

 実際のところは、気休めとは何も関係ないことに気付いて諦めただけなのだが。



「メイトスの場合は、唯一の障害になる可能性を秘めているトキの抹殺。

 ……らしいわ」



 聞かなきゃ良かった。



「だから、私達が護ってあげる」



 そう。

 手遅れだ……






「あいつ、3組のトキじゃないか?」



 学校に到着して早々――

 トキの顔を覚えている奴らによる噂が始まった。

 ネタにされる側のことを考えもしない、どこにだっている迷惑な連中だ。



「不登校だったって言う?」



 校門をくぐり、真正面に校舎。 右側に野球部のグラウンド。 左側はサッカー部のグラウンド。

 とにかく、トキは久々にこの無駄に広い面積の土地を所有する学校に登校したのである。


 ―私立 白州唯高等学校―


 2人は校舎へと真っ直ぐに伸びる通路を進んでいた。



(朝練の連中の視線が痛い)



 まだ時刻は AM07:22

 この学校の連中の平均登校時間からすれば、かなり早い方だ。


 原則、08:35までに教室に入ればセーフ。

 それ以降はアウト。

 自慢じゃないが、トキは引き篭もる直前まで遅刻ゼロだった。

 自分の記録とも言えない記録を思い出している間も……


 あれって、色世じゃない?

 3組の?

 引き篭もってたって言う?

 何しに来たんだろう?

 つうか隣のって、同じクラスの藍ってヤツじゃないか?

 転入してきた人だっけ?

 何で色世と一緒なんだ?


 注目を浴びつつ何とか玄関へ到着。

 ふっ、と一息おいて、



「お前、俺と同じクラスなんだ」


「そうよ」


「そうか……」



 即答、諦観。

 校内にはあまり人が居なかった。

 たまに見かける生徒は、例の如く噂するか、疑問を抱いたような表情つくるか、我関せずと言わんばかり素通りするか。



(まぁ、素通りされたほうが助かるんだがな)



 滞りなく2人は自分達の教室へ。

 2年3組。



(あ〜、久々に来ちゃったよ……

 この異界に)



 曰く、変人の集まり。

 曰く、白州唯の激戦区。

 ……etc


 何故そう呼ばれているか説明すると――


 トキのクラスで委員長を務めているのがヤクザの息子。

 それと対立するように、裏クラス委員長というものが存在する。


 やがて2人の委員長によって『派閥』が生まれた。


 正クラス委員長:ミツル派

 裏クラス委員長:マイコ派


 クラスが二分しているのだ。

 教室の入り口から少し離れたところでトキは立ち止まり、心を落ち着かせる。

 不安が大きい。

 それを拭うための勇気を振り絞らなくてはならない。



「大丈夫?」


「緊張してる……」



 一度大きく深呼吸する。



(落ち着けぇ…)



 自分に言い聞かせた。


 瞬間――

 2人の前で、教室の盛大にドアが破損。


 同時に吹き飛ばされた生徒が、廊下の壁に頭を打った。



「野郎ォ!」



 怒声と共に、男子生徒は立ち上がって教室に突っ込んでいった。



「こんな朝からケンカって……」



 冷静を取り戻そうとしていたトキと、大抵は冷静でいる藍。

 登校して早々、ミツル派とマイコ派の喧嘩に遭遇した。

 今の男はマイコ派の1人だ。



(不曲の宮原……)



 トキはそいつの名前を思い出した。

 宮原という男は絶対に自分のやり方や信念を曲げない。

 だから、『不曲』と呼ばれるようになった。


 すると――

 再び宮原が教室から弾き出され、地面を滑りながら頭を廊下の壁にぶつけるという行動をリプレイ。


 まぁ、やり方を変えない。

 つまり、ケンカの時、リアルであろうが台本であろうがほとんど同じパターンの攻撃。

 負け続けて当然である。


 宮原の顔に出来た新しいアザを見て思った。



(コイツ、いまだ変化なしかよ……)


「まだだぁ……」



 トキと藍に気付かず、宮原は立ち上がった。


 その直後――

 教室内から蹴り飛ばされたイスが、地面を滑って宮原に向かってきた。



「何の!」



 宮原はそれを飛び越える。

 しかし、それが相手の戦略であったと気付いたときには――



「アホか」



 教室の中から助走をつけて、飛び蹴りを繰り出す男子生徒。

 見事に宮原の腹部を捉えた。



「グエッ!」



 再び宮原は壁に叩きつけられる。

 痛みにもがき苦しむクラスメイトを見下ろし、



「いい加減に諦めろよ」



 そう言って勧めた。



(相手はやっぱり――

 キリングマシーン・岩井か……)



 トキの知る限り、岩井がクラス――どころか、この学校での実質ナンバー1である。


 ちなみに、宮原は黒髪の角刈り。

 岩井は赤髪でポニーテール。



「おっ!」



 トキと岩井の目が合った。



「トキか?」


「あ、まぁ……」


「よぉ!

 久しぶりじゃないか」



 笑顔を向けて言葉をかけてくる岩井。



「あれ? お前、橙空と一緒か?」


「まぁ」


「まっ、いままで通りよろしくやろうじゃん?」



 その言葉が何を意味するのか、トキは知っていた。



「はぁ、どうも」



 こうした

 ――岩井vs宮原――

 みたいなことが日常的に起こることから、戦場などと呼ばれているのだ。

 ちなみに、岩井の言葉には威嚇も含まれていた。


 下手すれば、ああなると。

 もちろんその対象は宮原だ。

 岩井は2人に背を向け、破損したドアを元の位置に戻し、律儀に割れたガラスを回収した。


 その間、宮原は気を失ったままだった。

 2人は教室に入り、ホームルームが始まるまで小声で質問と回答を繰返した。






 同時刻 芹真相談事務所。

 食器を片付ける芹真の背中にボルトが質問を浴びせていた。



「トキのSRって、何〜?」



 危うく皿を落としそうになった芹真は、質問に答える。



「確定は出来ないが、今のところ……

 アレの一番確立が高い」


「意味が分からないし、答えになってないよ?」


「トキのSRとして目覚めようとしている力は、他にも何人か候補者がいるんだよ」


「じゃあ、トキじゃなくて、他の人たちにその力が目覚めるかもしれないの?」


「可能性としてはそれも有りなんだが……」


「じゃあ、トキが力に目覚めなかった時はどうするの?」



 いきなり芹真の手元の皿が割れる。



「それは……」



 割れた皿の破片を集めながら芹真が口を濁す。



「もしかして、考えていないの〜?」


「いや」



 ボルトに話していいのか悩んでいるところだった。

 説明が難しいわけではない。

 が、ボルトだけには話せない理由がある。



「とにかく、本人は気付いていないけど、トキの力は目覚めかけているんだよ。

 昨日見たろ?」


「パイロンのお店で?」


「いや、それより前だ」


「そうなの?

 私は夕方からだったけど、それっぽいの見ていないよ〜?」


「言うと思っていたよ。

 安心しろ、その時じゃない」


「え〜?いつ〜?」


「……覚えてるか?

 昨日の昼、ディマたちがトキに接触した時の事を」



 ボルトは少し頭を働かせ、その時のことを思い出した。



「ああ、昼間のあの時〜!」


「その時、何かおかしいと思ったことはないか?」



 食器洗いを何とか終えた芹真がボルトの方を向く。



「もしかして、いきなり止まった雨……!?」


「そう。あの止まった雨こそ――

 トキの力によるものだ」


「でも、メイトスが狙うほどの力とは思えないけど」


「俺も、それが気になっているんだよ。

 だから確信が持てない」



 そんなやり取りをしている一方、トキは……






 4時限目のちょうど半分を過ぎた頃、トキは教室に戻ってきた。


 これまで何をしていたか?

 簡単なことだ。

 職員室へ呼び出されて説教および進路相談。


 ホームルーム終了直後、呼び出されてから今まで職員室にいたのだ。

 開放されて教室に戻ったトキに、クラス中から異様な眼差しの集中砲火が浴びせられた。



(アイタタタッ……)



 正直、昨日銃で撃たれたのに比べればどうってことない。

 が、精神的ダメージはこちらの方が遥かにでかい。

 今すぐにでも逃げ出したい。



(いまの時間は――英語の授業か)



 痛い視線を出来る限り無視し、教室に漂う雰囲気を把握。

 黒板を埋め尽くす英単語の羅列。


 見慣れた女性英語教諭。

 見知らぬ男性外国人。


 ALTという奴か?



「トキ君。いままで職員室ですか?」


「はい。スミマセン」



 質問に手早く答え、自分の席に着く。

 トキの席は、廊下側から2列目の一番後ろ。

 ちなみに、藍は窓側2列目の一番後ろ。

 着席を確認した女性教諭は、



「では、説明します。

 彼は……」



 そう言って隣の外人を指す。

 ALTだろ?



「やほー、久しぶり」



 小声で隣人が囁いた。

 それに軽い会釈で答える。

 教諭の説明は続く。



「Mr.ワルクスです。

 カナダから……」



 説明を続けようとした教諭は口をつぐんだ。

 説明が終わる前にMr.ワルクスが動き出していた。



「ヨロシク」



 その男、ワルクスは白人で背が高く、顔は細長くて大人しそうに見えるが、筋肉の付いた体がひ弱い男性というイメージを軽く吹き飛ばしている。


 そんなワルクスから、トキの前に立つや否や、片言の日本語による挨拶が発せられた。

 トキにとっては都合がいい。

 何故なら、英語はどちらかというと苦手だからだ。



「………」



 有難くとも――

 英語の時間に日本語使う外人ってのに違和感を感じる。

 1人、心で呟いて放心しかけるトキ。


 まさか初対面で日本語を使ってくるとは。



「トキ……イロセ?」



 気付かなかったが、Mr.ワルクスの手には席配置の表が握られていた。

 そこに載せられた名前と位置を確認したらしい。



「あ――

 マ、マイ ネーム イズ トキ シキヨ」



「シキヨ……Sorry」



 そんなやり取りが続いた。

 周りからは、



『久々に来て人気者だな』



 罵倒ともとれる言葉が飛んでくる。

 ワルクスはトキの顔を見回した。



「メ、ワルイデスネ?」



 何の前触れもなしに、いきなり痛いトコ突いてきやがった。

 どうも昨日から失礼な連中&痛いとこばかり突く連中と多数遭遇していることが、気がかりだった。



「さ、サンキュ……」



 それだけ言い返したところ、ワルクスは黒板の横へと戻っていった。

 それから十数分で4時限目は終わりを迎え……


 最も危険な時間帯。

 飯時がやってくるのだった。


 弁当=> スタンバイ

 アイコンタクト=> 久しぶりなのに良好

 目標地点=> 変わりなし


 自分に言い聞かせる。


 Are you ready?


 英語女教諭が教室を出て行った瞬間――



「かかって来いオラァ!!」

「うるせェー!!!」

「なめんなぁ!」

「やかましんじゃゴルァ!!!」

「やめとけって、じゃなきゃ殺すぞ♪」



 毎日恒例、昼休み抗争!


 いい加減に飽きろっての!


 しかし、そんな事言える勇気も実力もなく――

 トキとその仲間、計5人はいち早く教室から脱出した。


 背後に教室の喧騒が伝わってくる。


 どれだけ騒がしいか?

 下手すれば野球の乱闘時の騒がしさに匹敵する。

 つうか、よく注意されないよなぁ、うちのクラス……


 そんなクラスから脱出した5人。



「トキ、お前本当に引きこもっていたのかよ?」



 走って3分後。

 2階にある渡り廊下を通過し、特別棟の階段。


 そこが、彼らの溜まり場だった。

 2階の踊り場から3階へ続く階段。

 そこに腰を落ち着かせて持参した昼食を堪能していた。



「ああ」



 ここにいる5人は、クラス内で起こっている現象から逃げ延びている者達だった。

 ミツル派でも、マイコ派でもない5人。


 他の生徒は5人を『中立派』と呼んでいる。


 その、他人曰く中立派のリーダー格:北島幸哉(きたじま こうや)の質問にトキは即答した。

 幸哉は髪を染める事も、ピアスをつけることもなく、喧嘩だってしたことが無い。

 学校の規定どおりに髪も短く切ってある、外見はいたって真面目な男子生徒だ。


 ただ――

 過去に何度かカラーコンタクトを使っている、と疑惑をかけられたことで揉めた事がある。

 が、彼は視力矯正とも無縁な為、コンタクトは未使用。

 生まれつき彼は淡い緑色の瞳を持っているのだ。


 そして極度に年上を嫌う。

 幸哉はいま、5人のなかで最も高い位置に腰を据えている。

 ちなみに、あだ名は『コウボウ』。



「でも、その割りにちゃんと走れたわね」



 今度質問を投げてきたのは、トキより下の段に座る女子だった。

 彼女は崎島恵理(さきしま えり)と言い、5人の中の相談役みたいなものである。


 水色の眼鏡に、肩まで届く茶色混じりのストレートにおろされた髪が特徴の女子だ。5人の中で一番頭がいいのも崎島だった。

 彼女のあだ名は『スズメバチ』



「私も同感」



 次に、トキよりも少し上の段に座っているもう1人の女子が、弱々しい口調でそう言った。

 秋森智明(あきもり ちあき)


 崎島よりも髪の長い彼女は、5人の中で最も平均的に何でもこなしてしまう人間の1人だ。

 勉強、スポーツ、家事……etc

 どれもが平均並みか、それ以上の結果を生み出す。


 性格はお人好しで騙されやすいが、ハイレベルなプラス思考というアビリティも兼ねている。

 そして、典型的な《キレると何をしでかすか分からない》タイプの人物だ。

 これはトキも認めている。

 そして、全校生徒が知っている。


 彼女のあだ名は――放火魔――であった。


 過去に起こった夜間学校での大火災。

 唯一、の生還者が彼女だった。

 焼死体が指の数以上発見された大事件で長い期間話題になった。


 彼女が火を放ったのを目撃したという者がいて、それがあだ名の原因となった。

 しかし、彼女は身に覚えがないと否定を続けている。


 とてもじゃないが、トキはそれがデマだとしか思えなかった。

 智明はそんなことが出来る性格じゃないし、第一に臆病者チキンだ。



「ほら、智明も認めたよ」


「でも、すごいよな。

 引きこもっていたのに体力が落ちてないんだから」



 今度は小柄でタイガーヘッドの男子。

 最も低い位置に座っている男子生徒、大橋友樹(おおはし ともき)


 (髪型を抜いて)体格と口調に似合わず、5人のなかで最も喧嘩っ早いのがコイツだ。

 大人数で群れる事を好まない性格上、このグループにいる。


 いざ喧嘩となれば、朝から喧嘩していた宮原と似ている。

 猪突猛進。困難上等。

 これは他人から聞いた話だが、友樹は相手が20人で、味方がいなくても突っ込んだらしい。

 そんな彼のあだ名は『バッファロー』。

 バッファローって、猪突猛進だったっけ?

 誰がそんなあだ名をつけたかトキは知らないが、毎回疑問に思っていた。


 とにかく――

 このメンバーでの昼食も久しぶりだった。


 この瞬間だけをいうなら、学校に来て良かったと思える。



(藍は何してるんだろ?)



 ふと、今朝から行動を共にしてきた彼女の事を思い出す。



「そういやトキ」



 幸哉が話題を持ちかけた。



「ここら辺さぁ、最近不審者とか多いから見回りを今まで以上に強化しているんだよ」


「不審者?」


「ええ。上級生と同級生の引ったくりや恐喝の報告が何件かあるわ」



 崎島が簡単な説明を入れる。



「それって、やっているのか?

 やられているのか?」



 大事な質問だ。

 問題を起こしているのがクラスメイトだったら厄介だ。

 ホームルームが長くなって、帰るのが遅くなる。



「やられているのよ」


「怖いよね」


(切れた智明の方が怖い気が……)


「だから、夜はあまり出歩かない方がいいぞ?」



 そう言って注意を促す幸哉と、



「でも、トキなら大丈夫だろ?

 引きこもるの慣れてるだろうし?」



 それに続いておちょくってくる友樹。

 そんな、ドコにでもあるような日常が流れた。


 昼休みの終わりを告げるチャイム。

 それも久々だった。

 教室には何時もどおりの光景があり、新しく加わったクラスメイト:藍の姿がある。


 校内に響いていた活気溢れる声も静まり返った頃、トキは疑問に思ったことがある。



『どうして自分は引きこもったのだろう?』



 改めて、自分がやってきた事を振り返る。

 引き篭もった動機が分からない。


 思い出せない。


 このクラスが嫌なのは確かだが、大した理由にならない気がしてきた。

 気付けば、5時限目は終わりを迎えていた。


 何事も無く放課後を迎えたトキは別のことで悩み始めた。


 部活に行くか否か。

 トキの所属している部活に大会は無い。

 だが、面白いしタメになる部活だ。


 そんなトキに、幸哉が声をかけてきた。



「またあの部活に行くのか?」



 明確な部室が無いため、その都度部活動専用の連絡板を確認しなければいけない。

 トキの目の先に映っている文字は――


『実践術部 本日 中庭!』


 顧問は蓮雅レンガさんという、クラス担任であり元傭兵という噂つきの女性だった。

 毎回教える内容が違うから出てみる価値はある。


 だが、強制参加じゃない上に今日はあまり関わりたくないという気分なので……

 トキは帰宅を決意。

 が、決意した矢先、



「一緒に帰りましょ」



 藍に掴まれ、芹真事務所へ……






「どうしてまたココに来たんだろ……」


「嫌だった?」



 呟くトキにボルトは聞き返した。

 精神的に参っているのだ。


 久しぶりの登校であったのだ。

 下校して戻ってきた藍とトキを迎えた芹真は、2人にコーヒーを差し出した。



「いや、嫌って言うか……

 ほら、あるだろ?

 自分の慣れた空間に居心地のよさを感じるってヤツが」


「理屈はわかるけど、あなたが1人になった時に昨日みたいな状況から生き延び自信はあるの?」



 これまた痛いところを突いてきた。

 無理です。

 即死でしょう。



「でしょう?

 だから私や藍ちゃんが護ってあげるんだよ!」



 元気に言ってボルトがココアを飲み干す。

 その後ろで芹真さんが、俺は?と言いたげに自分を指差している。



「だって芹真さん何にもしないじゃん!」


「すいませんね」


「芹真さんがマトモに戦うところだって見たことないよ!」



 そこまではっきり言われたら、さすがの芹真も文句を返さなければ居心地が悪い。



「あのなぁ、お前の攻撃が派手すぎて俺が見えないだけだろうが!」


「それに芹真さん事務所にいても食器洗いと掃除機しかやらないじゃん!」


「買い物にも行ってくれないものね」



 藍が追い討ちをかける。

 が……



「でも、芹真をボルトの攻撃の眩しさのあまりに見失うってことはよくあるわね」


「ぅ……」



 言葉に詰まるボルトと、沈黙する芹真。



「それより、一番よく食べるボルトが芹真さんか私の食器洗いを手伝ったことあった?」


「さ、3回くらいは……」



 くらい、の辺りからボルトの声が小さくなっていった。



「人のことを言うなら、自分に非が無いようにしてからにしなさい」


『はい』



 芹真とボルトが同時に頭を下げる。



「――藍。

 お前、部活入っているだろ?」



 思わず芹真たちの会話を聞きながらコーヒーを啜っていたトキの口からそんな言葉が漏れた。



「ええ。入っているけど?」


「何部に?」



 嫌な予感は見事、



「実践術部よ」



 ど真ん中に的中したのである。



「やっぱり……」


「誰から聞いたの?」


「いま聞きました」


「私は言ってない」



 そこで今のトキの心を読んだボルトが答える。



「実践術部ってとこで、顧問の人の口癖を藍ちゃんが言ったからだって」


「え、私が?」



 驚いて自分の言った言葉を必死に探ろうとする藍。



「“人の事言うなら、自分に非が無いようにしてからにしなさい”って台詞だ。

 篭る前に蓮さんから聞かされた口癖だよ」


「蓮さんって?」



 今度は芹真がトキに聞いた。

 ボルトはそれが下心による質問だったのか疑問に抱いた。



登龍寺蓮雅(とうりゅうじ れんが)

 今年で25だったはず」


「実践術部って言うからには、格闘とか強いんだろ?」



 その質問には簡単に答えられた。



「はい。

 何でも元傭兵だって噂もありますけど……」



 それを聞いて芹真は納得した。



「アイツか」


「知ってるんですか!?」


「知っているも何も、俺も同じ部隊にいた」



 その話に藍とトキが驚きを隠せなかった。



「芹真さんが学校の人と関係を持っていたなんて……」



 初めてその話を聞いた藍の頬は引きつり、トキはそのまんまの感想を漏らした。



「それはそうと……」



 藍は芹真に聞きたかった事を思い出した。



「あれは何なのよ?」


「あれって?」


「とぼけないでよ……

 どうして彼が学校に来ているの?」



 一瞬、俺のことか、と不安になったトキ。

 そのトキの心を読んだボルトは笑いを堪えていた。


 と、その時。

 事務所の扉が開いた。



「こんばんわ〜!」



 そこには岡持ち片手に笑顔満面のパイロンが――もう1人、見覚えのある顔がもうひとつ。肩を並べて立っていた。



「よぉ、どうしたんだパイロン?」



 芹真の目がパイロンの斜め後ろで改まっている男に向いた。



「どうしてお前がハンズと一緒にいるんだ?」



 トキは思い切り後退していた。

 藍の目付きも戦闘モードへ変わり、ボルトはノーリアクションで2杯目のココアの用意を進めた。

 芹真も微動だにしなかった。



「昨日、藍さんに頼まれたレシピを届けにそこまで来たところ、彼が事務所に入りにくそうにしていたので一緒に来たんですよ〜!」


「違う!

 わざわざライバルである芹真のヤツの所にいかなきゃならんというこの屈じょ……」


「えぇ!!

 あなたが芹真さんのライバル!?」


「だから、俺に言わせろ!!」



 芹真は前々思っていたことがある。

 自分を慕うパイロンと、自分をライバルとして嫌うハンズ。

 並べて会話させたらどうなるだろうか?



「漫才には程遠いか……」



 そんなアホみたいなことを言いつつ、



「パイロンの用事は分かった。

 それで、ハンズの用事は何だ?」



 これは早急に用件を聞いた方が良さそうだ。

 決意したのか、一度苦い顔をしたハンズが用件を口にした。



「ディマからの伝言だよ」



 仕方なさそうな話し方でハンズが言った。



「俺たちも協会から抜けた」


「協会から抜けただと!?」


「え〜、どうして〜?」


「俺も理由は知らん……

 それから、質問をひとつ預かっている」


「ディマからの質問?」



 再びボルトが聞いた。



「ああ、ディマからの質問だ。

 絶対芹真に聞いて来いって」


「早速聞かせてくれ」


「……協会のトップはオウル・バースヤードと名乗っているSRで間違いないのか?」



 芹真は質問を聞き終え、納得した。



「なるほど。

 今ごろ気付けたのには何か原因がありそうだな……」


「一体何のこと?」



 状況を理解しているのはおそらく芹真とディマの2人だけだ。

 トキはそう確信した。

 ほとんどの者が理解していないのがこの場の現状だ。



「時期が来たら教える。

 だから今後は、皆で打倒メイトスに集中するべきだ」


「俺にも教えれねぇのかよ?」


「自分で気付いた人間以外に話す気はない」


「まるで数学の問題ですね〜」



 数学じゃなくても問題のようなものだ。

 自分の力でその答えに辿りつくしかない。



「で、ディマは?」


「はぁっ?」


「他に何か言ってなかったのか?」


「……」


「私達と組まないか〜、だってぇ」



 沈黙していたハンズの心を読み、ボルトが皆に聞こえるように言った。



「テメェ!

 何で……!」


「いいぞ」



 即答が芹真の口から告げられた。が――



「クソォ! 俺は認めねぇ!

 何で芹真なんかと組まなきゃいけないんだよ!」



 本音を聞いたところで芹真は藍に食事の支度を頼み、藍はそれを受け入れた。

 ハンズやパイロンにも夕食を一緒しないか聞いた。

 返ってきた返事は2つ。

 NoとYes。

 どちらがNoで、どちらがYesかは説明するまでも無い。


 騒がしい一日がまた終わろうとしていた。






 そんな何事もない日々が続いた。






 トキと藍は学校へ。

 芹真は洗濯を出来るように練習し、ボルトは相変わらず。


 トキは当分、芹真事務所に住むことになった。

 ときどき事務所を訪れるディマたちと話し合い。


 騒がしい学校生活に振り回されるトキ。


 気が付けば、トキは自分が引き篭もった理由を忘れた。

 でも、これでよかったのかもしれない。


 過去にこだわりすぎて未来を見失う。

 それは、忘却から見出したトキなりの生きていく標のようなものだった。


 前向きに生きよう。

 せっかく、面白(が、現実離れしているのがかなり傷)い連中が自分の周りにいるのに。


 ありきたりな現実じゃない分、性質が悪く――

 でも貴重で面白い体験ができるかもしれない。


 だから、もう少し……

 こんな生活が続けばいいと思えるようになってきた。






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