第38話-CODE:ERROR 2708-
新緑の山々がざわめき、四凶を報せる。
だが、それに気付く者はほとんどいない。
なぜならソレが四凶。
気付かないうちに進行する病。
認識することの出来ない不幸。
無意識が繰り出す本能的悪性。
だが、気付く者もいる。
自らが意識できない四凶である者。
本能的に不幸から身を護ろうと感じ取る者。
本能的に同類の不幸に近しき所を感じる者。
老若男女など関係ない。
誰にでも善があり、
誰にでも悪がある。
しかるに、
現実と非現実、
人間と怪物という概念による分け隔てはなく、素質ある者達はそれを感じ取っていた。
最終的には、それを知覚するかどうかの問題だ。
認める認めないの範疇にそれを含んだ時、初めて彼らは四凶という存在に気付くのだ。
結果はこうなる。
平和を受け入れた彼らに、進んで不幸と困難を瞬時に受け入れるだけの心構えなどなかった。
だから、死者を多数出したのだ。
最初にマシンガンを持った男が目に付いたとき、彼らは瞬時に攻撃体勢へと移行していた。
「不審者だ!」
3年3組の委員長:ミツルが叫ぶ直前、山の間に銃声が木霊する。
山の斜面や新緑の中からの狙撃に気付き、急いで建物の影へと走りこむ。銃撃を受けない場所に身を置くと、急いで携帯を取り出して岩井や函音カイなどに連絡を入れる。クラス内において腕に自信を持ち、且つ信頼できる者達だった。
不審者が銃を過信して距離を詰めてきたところを見計らい、一気に反抗にでる作戦を伝えた。
敵が完全に村の中に入るまでこちらの作戦意図が読まれないように努める必要があった。だが、ミツルの考えは、何も考えずに敵に向かっていく数人のクラスメイトや大人たちの、果敢ではあるが無謀とも言える行動で補われた。
「わかっているな!
緊急マニュアルとさっき言った通りに対応しろ!
行動は常に複数だ!まずは武器を奪え!出来る限りでいい、死んだら元も子もないんだ!」
同時刻。
裏委員長のマイコは自分を慕うクラスメイトと共に、安全な場所を探して村人たちと走り回っていた。
「先生!
そっちはたくさん撃たれるから行っちゃ駄目!
佐野代くん!あそこに座り込んでる人を助けて!」
教師と生徒、村の責任者が急な事態の対応に追われる。
そんな中、彼女は辛うじて事態に対応していた。
非現実的だと思いつつも、心の奥底ではいつかこんな日が来るのではないかと思っていた。
人口爆発がもたらす格差社会。
職の有無や市場の激動、さまざまな燃料を巡った国と国の対立。
そこから生まれる各国の不安定。国の不安定は国民へと伝播し、より国を不安定にさせる。犯罪の原因にもなり、それはあらゆるメディアを通じて世界中にも犯罪の種を撒きかねない。
(犯罪伝播……)
いつしか来るであろう、小規模犯罪から大規模犯罪への転移、爆発的変化。
それがいま、目の前で起こっていた。
この国にも銃犯罪が浸透してきていると実感し、ぶつけようのない怒りに身を震わせた。
泣き叫ぶ者。
流れ弾に傷つく者。
非日常的な光景にありながらも生きようとする者。
しかし、銃声は止まない。
銃弾が命を奪い、村を壊し、それまでの現実を崩す。
不条理な現実の前で自分にできることを考え、マイコは自分に言い聞かせる。
今此処で不審者に向かっていけば、自分は無駄死にするだろうことが目に見えている。何せ、相手は銃器を所持しているのに対してこちらは素手だ。勝率はほぼゼロに近い。相手の銃器さえ奪い上げてしまえば、村人やクラスの全員で抑えることができる。しかし、現状でそれは実現不可能である。
なら、自分がいますべきことは、少しでも村人や他の生徒らを安全な場所へと導き、無用な混乱を避けることではないか。
それしかできることがないのなら、その現実を受け入れつつ、その現実に立ち向かうことこそがリーダーたる者が選択すべき行動規範だろう。
悔しさを押し殺しながらマイコは誘導と救助を繰り返し、安全な場所を目指して走り続けた。
――何人無事でいられる?
実際のところ、ミツルとマイコの2人はうまく行くとは思っていなかった。
担任の蓮雅に不審者対策のマニュアルを貰ってはいたが、そのマニュアルの中に銃器を所持した複数と遭遇した場合の対応方法は記されていない。そもそも、いざ実戦となって今まで学んできたことを瞬時に発揮できる学生は少ない。それが長い間を置いているならなお更である。
それでも、
「二段、下段:紫苑」
同時刻、現実を守ろうと彼女は戦い続けていた。
哭き鬼が芝生の上で照準をスライドさせている四凶たちから視界を奪う。
派手な攻撃を行えない藍は、小声で術を発動させ、確実に相手の戦力を削いでゆく。
「さぁて、少し頭を冷やしましょう」
同じく、生徒達を密かに支援する協会のSRがいた。
水の魔術師は四凶を池の中にさらい、1人ずつ減らしてく。
攻撃が始まって2分。
四凶という属性を持った人、あるいはSRを相手に、3年3組と協会の護衛SRはそれぞれ戦闘を展開した。
駐車場、工芸屋、食堂、池の周辺。
(来たわね……!)
村の奥寄りの道端。
もっとも現実離れした戦闘が展開されているのがここだった。
銃弾が飛び交う中、藍は比較的刀身の短い刀を持った3人が歩み寄ってくるのを確認する。
白鬼のSR。
他の鬼に比べて戦闘経験が豊富で、代々荒事の処理屋として稼いできた一族。
どんなに弱い白鬼でも一個中隊並みの戦力を有しているほどだ。
「よぉ〜、哭き鬼のお姫様。
俺らと遊ばないかい?」
「私と遊びたいのなら、周りの暴漢を片付けるのを手伝ってからにして――」
言い終える直前、1発の銃弾が制服の肩部を掠って破る。
思わぬ銃撃に藍は一歩後退し、それを機に白鬼3人は一斉に襲い掛かった。
「聞こえねぇな!」
「何で理壊双焔破界を使わねぇ!
素手で俺達に勝てるつもりか?あぁ!?」
問答無用の攻撃。
前髪を刃が掠める。
突きを躱し、振り下ろしを紙一重で避ける。
「それとも何か?
お前は貧弱な人間のフリでもしてるってのか?
そんなにこの学生達が好きか!?」
「関係ないでしょ!」
足元から伸びる茨が、前後から襲い掛かった刀を2本絡み止める。
巻き止められた刀を放棄し、白鬼たちは哭き鬼から離れた。
「へっ!これがアサの妹と恐れられた哭き鬼かよ?
人間を大切にするなんざ、おかしくておかしくて――笑えなくなってくるって!」
白鬼は、哂っているが笑ってはいない。
哭き鬼は、気にとめるつもりはなかったが、こみ上げる怒りを抑えられない自分に気付いた。
それが挑発だと分かりきっていても、抑えられない感情がこみ上げてくる。
「お前はアサよりも弱いな」
「ていうかよぉ、カンナの方がもっと怖かったぜ!」
「いやいや、スミレの嬢ちゃんよりもひどいな」
地を蹴る。
抉れる地面。面を捉えて蹴った足が土を舞い上げる。
白鬼めがけて突進し、拳を振り上げ、力いっぱい見舞いする。が、白鬼は一瞬早く回避を始め、哭き鬼の拳撃を躱していた。
芝生の上から舗装された道の上へと移る鬼達。
藍の放った一撃で砕け散るコンクリート舗装の道。
飛び散る破片の隙間を縫うように飛来する複数発の銃弾。
茨が銃弾を叩き落とす。
その隙を突き、白鬼2人はコンクリート片を掴み取って全力投球。常人の数十倍もの爆発力を持つ筋肉から放たれる破壊のエネルギー。投げられたそれが小石でも、強化ガラスを傷つけるだけの衝撃力は充分に有していた。
茨がそれを弾く。銃弾も叩き落す。
「ほら、隙をつくりやがった」
刀の峰が茨の退いた空間に滑り込み、鎖骨へと食い込んだ。
短い悲鳴と共に茨が怯む。
更に大きくなった隙に付け込み、白鬼の手が伸びる。
手刀。
狙いは、心臓。
「だっらぁあ!」
一瞬の影。
激痛を覚悟した瞬間、不意を突くように誰かが目の前に現れる。
窮地に現れた男に、全員の意識が集まった。
盛大な空振り。
「大丈夫か、橙空!」
死を覚悟したその瞬間に現れたのはクラスメイト、
「宮原……?
さがれ!こいつらまともじゃない」
目の前に現れた男子が自分のクラスメイトであることを認め、後退することを進言する。
が、手遅れだった。
「何でテメェラは俺のクラスメイトに手ぇだしてだよ!アァッ!?」
不曲の宮原。
その名に恥じない猪突、或いは猛進を始めた彼を止めることはできない。言葉による制止は不可能。藍は荷物が増えたことに焦りを覚えた。いかに腕に自信があろうと、相手が悪い。
というより、勝負にならない。
「威勢がいいな!」
「そこのお嬢ちゃんが言うように、俺たちゃマトモじゃないんだぜ。
後悔しな!」
左右から挟撃を仕掛ける白鬼に対して宮原は片方を完璧に無視し、片側だけに集中する。
無謀すぎる作戦。
タフネスに自信があるのかどうか分からないが、相手は鬼のSRだ。一般人のパワーとは比べ物にならない破壊力を持っているのだ。常人なら拳打一発で破壊されかねない。
藍は不安定な体勢のまま宮原が放置した側の鬼を目掛けて突進した。
「何が橙空だ!
そいつの本名はそんなんじゃねぇんだよ!」
予想だにしていなかった攻撃速度の速さに僅かな脅威を覚え、白鬼の1人は精神へと揺さぶりを掛けた。
精神的揺らぎが出来ればスピードも落ちる。そうなれば必然、反撃もしやすくなる。
「そいつの本名はなぁ、陸橙谷っつうんだぜ!
知ってたか?」
「知らん!
だからどうした!」
宮原は曲がらない。精神は揺るがない。
興味すら持たない。
ただ倒すと決めた者を倒すためだけに彼は攻め続ける。
それが完了するまで他一切に頭は向かない。
白鬼の顔面を拳が捉える。
顎を打ち、こめかみを捉え、顔面を叩く。
しかし、鬼は倒れないし、ふらつかない。
「お前らは騙されているんだよ」
「騙してなんかいない」
宮原の肩越しに藍の手が現れる。
右手の親指と人差し指の付け根の間が白鬼の喉を触れ、その状態から藍は力任せに白鬼を押し飛ばす。 反対側へと宮原が急いで振り返ってみると、そこには転んだ状態から立ち上がろうとしている男の姿があった。その様子からわかることは、藍が男を転がしてこちらの援護に来たということ。
「やるな橙空!」
「藍でいいわ」
日本刀が空を切る。
藍が日本刀を握る鬼の手を押さえつけ、その隙に宮原が拳を敵の頬へと叩き込む。
「額を打って!」
「デコか!」
交差する左右の腕。
右の正拳に続き、左の正拳が打ち込まれる。
思わず宮原は目を丸くした。顎を打っても頬を打っても怯みさえしなかった暴漢が、目を瞑るほど痛みを訴えていた。
「もういっちょ――!」
連打。
流血。
「調子に乗るなよ……陸橙谷ぁ、テメェらが常人護って戦うのは勝手だがな、誰が勝手にこっちのことを教えていいっつったあ!?」
宮原の突き出した拳が朱に塗れる。
宮原にとって、激痛よりもむしろ目の前の光景の方がより衝撃的だった。
白く鋭い何かが自分の拳を貫いたということまでは理解できる。問題は、何が皮を破り、肉を裂き、骨を削ったのかである。
「鬼に逆鱗はねぇが、ダイヤ並みに硬ぇ角があるんだよ!」
「あなただって、勝手に私の本名暴露したでしょ!
一段:菫!」
白鬼が角を突き出すのよりも早く、藍は宮原を叩き飛ばした。
菫の効果は重量変化。
術による軽量化を施したのち、体を回転させて手の甲で宮原の胸部を軽く打つ。生卵すら割ることができないほど脱力しての打撃だが、それだけで宮原の体は数十メートル後方へと飛んだ。
銃弾が右側二の腕の肉を削ぐ。
しかし、痛みを意に介してチャンスを逃すことだけは避けたかった藍は、痛みを押し殺して攻撃に移る。額の中心に白い角を生やした白鬼の後頭部へと、回転に乗って掌底を叩き込む。それと同時、
「3段:蕗薹」
後頭部に触れた瞬間に術を発動する。
蕗薹の効果は睡湿塗濁。
直接触れなければいけないという条件付きだが、確実に相手を夢なき眠りへと陥れる術である。相手によっては3日間も眠り続けるし、相手の相性がいい場合や疲労が溜まっている場合は半月も効果が現れる術であった。
例に漏れず、白鬼は前傾姿勢のまま崩れ、芝生に顔面から伏していった。同時に白い角が額の中へと戻る。
「人の命を護り、鬼の力を綴る。
あなたたちは忘れているようだから教えてあげるけど、それが哭き鬼の掲げる理念よ」
残った白鬼2人は、目の前の哭き鬼を再認識した。
哭き鬼最大の特徴は何か。
それは魔でありながら他の魔を学び受け入れる存在。鬼の中では最弱の部類に属するが、総合力なら日本の魔物総勢とも互角に渡り合える可能性を持った集団である。
「やっかいだな」
「あぁ、あの術な……」
華創実誕幻。
それが哭き鬼最大の取り柄であり、他の鬼に対抗できる数少なく且つ、強力な手段であった。
Second Real/Virtual
-第38話-
-CODE:ERROR 2708-
食堂から紅蓮が立ち上る。
ガス管と衝突した銃弾がもたらした爆発は、老人と学生を僅かながら巻き込んでいた。銃弾がそこかしこを飛び交う。
その中、蓮雅は大勢の生徒や村人が誘導されていることに気付いた。
村の出入り口へ向かった集団が逆流を始め、山の中へ逃げ込もうとした生徒達もきびすを返して村の中を右往左往と走り惑う。
中央へと少しずつ集まる人々。周囲に確認できる火線の向き。
(確実に、追い込まれている……!)
建物の影から飛び出す。
すると、
「レンガ先生!」
1人の女生徒が自分の背後に向けて指を突き出していた。
咄嗟に振り返るとそこには敵と認識すべき人物と、こちらとの遭遇に驚く相手の表情があった。
マシンピストルを持った男。
目が合う。
身長は170強。
相手の寸法を確認した直後、蓮雅の腕は精密動作をこなす機械へと化す。
スローイング。
手馴れたその行為で放たれたボールペンは的確に相手の眼球を穿ち、照準を狂わせる。敵が狙った射撃をできなくなったところで、がら空きとなった左側を目指して回り込むようにして接近する。
けたたましい連射音。
抉れる地面。
蓮雅は排出された薬莢を拾い、火傷に耐えながら手中で空薬莢の向きを変える。
接近して、銃を持つ腕へと新たにボールペンを追加。相手の片目が向くのを見計らってもう片方の目へ打撃を加え、その時に指と指の間に挿めた空薬莢でもう片方の眼球を破壊する。
直後に食堂から2度目の爆発が起きる。
銃を持った男の背後から爆風が襲い、衝撃波が周囲を逃げ戸惑う人々を薙ぐ。
爆発に紛れ、蓮雅は男の頚動脈へカットインして命を絶つ。更に事切れた男を盾として爆風から身を守った。
(武器……!)
男が持っていた銃器:MP7A1を手に取り、背中を焼かれた男の体を探る。
目的の予備マガジンを見つけると、早急に服の中に忍び込ませる。発見した予備マガジンのうち1本は本体に取り付けられている空のマガジンと取り替えた。
しっかりと銃を握り、爆風に煽られた生徒の腕を引いて起こす。ここが安全でないことは分かっている。分かっているからこそ、混乱が抜けないのだ。
「しっかり立って!逃げるのよ!」
「は…い……」
「先生駄目よ!
逃げ道をふさがれてる!」
駆けつけた裏委員長のマイコが叫んで伝え――そのすぐ横に現れる敵――蓮雅は間髪いれずに引き金を引いた。
マイコを背後から狙う突撃銃の銃口。
しかし、インサイトもトリガーも蓮雅の方が断然早い。セミオートによる3度の射撃は1発たりとマイコを掠ることなく、男の体だけを捉えて死に至らしめた。
「岩の影に隠れ――!」
刹那。
MP7A1の上部に取り付けられていたダットサイトが粉々に砕け飛ぶ。
(っく――狙撃!)
10時の方角からの奇襲。
そこまで理解した蓮雅はマイコを押し倒し、自らが的になるのと同時に狙撃者を自分の射界に入れるために移動を開始する。
スピードにささやかな緩急をつけながら、平地から物陰、物陰から物陰へ。
1発の銃弾が脇を通過するのと同時、僅かな段差の影に隠れることに成功する。
その時、いま対峙する狙撃手のものとは違う2種類の銃声を確認した。
標的は自分ではない他の誰かだ。つまり、自分達が狙われていることに間違いはない。
(スナイパーは何人いる?)
陰から飛び出す。
予測される弾道から体を退かせる。直後に予測は実現し、体を外した弾道上を.308ウィンチェスター弾が通過する。次の銃撃までの間隔が長いことから、対峙する狙撃手の得物がボルトアクション式のライフルであると予測できた。
一瞬覗いた銃火。
連射していれば当てられたであろうタイミング。射界に妨げとなりうるものがなかったのだ。それなのに撃ってこない理由は弾切れか、次弾装填による間隔なのか。大きく考えられる理由がその2つ。或いはこちらを誘っているのかもしれない。
一気に距離が縮まる。物陰へ飛び込む瞬間を狙ってフェイントをかけ、狙撃は見事それに引っかかった。弾道は蓮雅から2メートルも離れた場所に着弾して弾痕を創る。
物陰から見える敵に向けて弾丸を放つ。狙撃から逃げ切れているのが自分だけだと考え、全力で他人の援助に尽くす。力有るなら無きを助けよ。芹真の言葉が頭で繰り返され、それは蓮雅を奮い立たせるに充分な効果を持っていた。次々と照準を切り替え、敵を撃ち、生徒と格闘する敵の足を狙撃して援護する。
相手は1人たりと倒れはしないが、隙をつくることには成功していた。
銃声。
それと同時に村人が命を落とす。
狙撃手の狙いは、物陰から出てこない蓮雅から逃げ戸惑う村人へと移っていた。それが村人や生徒を助けるために物陰から出てこない蓮雅を引きずり出すための行動であるということがわかる。
蓮雅は飛び出し、狙撃者に対して横へ横へと直角に移動しながら少しずつ接近した。
狙撃手にとって物陰から飛び出すまでは予想通りだった。しかし、そこからの行動は、殺戮に酔った頭を覚ますには充分な薬となった。
(敵のスナイピングが下手過ぎる)
率直な蓮雅の感想。 それに対し、蓮雅とレティクルを合わせようと必死になる男。焦りばかりが爆発的に膨れ、事態は最悪の結果へと繋がってゆく。
ほぼ直進で接近してくる者に対しては正確な狙撃を行うことは造作もない。だが、真横に動く敵を仕留めるには骨が折れる。素直に言うなら難しいのだ。
そんな高難易度の狙撃に加えて蓮雅はスピードに緩急をつけている。更に地形が理想的狙撃を拒んでいた。
(いける)
生い茂る木々が盾となり、蓮雅への被弾率を格段に下げる。登り斜面の移動でも蓮雅の移動速度はほとんど変わらず、自然を味方につけ、結果無傷で狙撃手への接近に成功した。
近距離戦ではスナイパーライフルよりもマシンピストルの方が小回りが利くため圧倒的有利になる。しかも入り組んだ地形も助けて、分はよりこちらに傾く。
距離を詰める蓮雅は相手が予備兵装に切り替える場面に出会った。二挺拳銃。多くの場合は銃を体の各所に取り付けたホルスターに収めて携帯するのものだが、いま目の前にいる狙撃手は、珍しい場所に予備兵装を設けていた。一挺は狙撃銃のストック。銃床という肩に当てて命中率を上げると同時に射撃の安定化のはかるための部位に取り付けていたのである。もう一挺は銃身。トリガーよりも前方で、アサルトライフルでいうマスターキーやグレネードユニットを取り付けるバレルアンダーに取り付けられ、その拳銃を後付の持ち柄――フォアグリップ――として扱っていたのだ。予備兵装こそが男の命中率の低度/程度の理由だと、蓮雅は理解した。
(M92F)
しかし、タイミングが悪い。
狙撃手は蓮雅が同じエリア、木々のある斜面に入った時に武装を切り替えるべきだった。
敵を目前にして得物を選んでいる二流に未来は無い。戦闘とは、備えあるべき者に軍配が上がるものだ。蓮雅と狙撃手の対決も例に漏れず、狙撃手は蓮雅に対し一発の銃弾も当てることなく命を落とす結果となった。
狙撃手が2つの銃口を向けた時、蓮雅の得物はすでに相手を射界に捉え、指は引き金を押さえつけていた。
連射 対 速射。
勝負は、斜面を利用して回転しながら相手の銃撃を回避し、且つ相手の絶命を意識して銃撃した蓮雅の圧勝に終わる。
(サコーのTRG-22)
倒れた敵の武器を取り上げてマガジンを確認し、その場所からスコープと肉眼を用いて村を窺う。
老若男女を問わずに展開される銃殺・刺殺。
脅迫。追い込み。無差別殺人。混迷。
それがスコープ越しに映った村で行われている全てだった。
村で暴れまわっている彼らを支援している狙撃手がいる。彼らがいるからこそ、村のメンバーも思いきり暴れられる。
蓮雅は村を挟んで自分と反対の側にいるであろう狙撃手を探した。存在が予測される狙撃手は3名。うち1人を倒し、残り2人。
(いた)
緑の中に溶け混じる男性狙撃手。こちらに気付いてはいない。
蓮雅はレティクルを男から外し、村で堂々と銃弾をばら撒いている敵に狙いを定める。
発砲。
放った弾丸は蓮雅が思っていたよりも上に着弾する。狙った箇所は横隔膜くらいの高さに位置する背中だったが、弾丸は男の首筋を撃ち抜いていた。男が倒れる。その結果を元に銃のクセを把握した。
それからもう1発。村人に銃を向ける男の腕を狙って射撃。弾丸は的確に男の腕を撃ち抜き、戦力を半分以上に減滅する。
2度の狙撃データを記憶し、蓮雅は本命へと照準を合わせる。
相手はこちらに気付いていない。レティクルの交差に男を合わせて引き金を絞る。
一発。銃弾は男の左耳を捉えた。
男はまだ絶命に至っていない。
自分が狙われていることに気付き、照準を村から対岸の斜面へ向け、蓮雅を探す。
男が蓮雅を見つけるよりも早く、2発目が撃ち込まれる。
喉。首の左半分の肉と内容を吹き飛ばすと、さすがのSRも生命の危機に陥る。
駄目押しの3発目。
背中を向けて逃げようとする男の後頭部を撃ち抜く。
(2人――!)
撃破数、2。
3人目の狙撃手を探そうとスコープから目を離し、マガジンを新たに装填した瞬間、逆に狙撃が蓮雅を襲った。
青葉を貫き、一直線に飛来して着弾。
飛び散る木片。
狙撃そのものは失敗だったが、蓮雅の体勢を崩すには充分な一撃であった。 斜面を転がり、辛うじて体勢を整えたところに次の狙撃が襲い掛かる。またしても狙撃自体は失敗だが、着弾に伴う破片が蓮雅に刺さる。
(気付かれたか)
敵の第3狙撃。
蓮雅はそれまでの狙撃から相手の位置・方向を割り出し、その方向に負けじとTRG-22で撃ち返した。
(10時の方向……!)
4度目の狙撃。相手は囮を使うこともなく、堂々と蓮雅を狙う。
蓮雅自身も相手の態度に気付く。その証拠にたった今、蓮雅は相手を視界に捉えた。斜面を歩きながらこちらに銃口を向ける女性狙撃手。
(武装は、AMP TS DSR-1)
4発目の銃弾が近くの枝を折る。
移動を始めた蓮雅という的に対し、それまでの狙撃に比べて相当正確な狙撃を見せていた。
蓮雅は木陰に身を隠し、相手の狙撃に対して狙撃で応じる。
陰から陰へ身を隠しながら素早く移動する蓮雅に対し、女性狙撃手は身を隠すことなく、歩きながら狙撃銃を構えて進む。
お互いの武器はスナイパーライフル。
使用する弾丸も共に同じ。
(この感じは……?)
5度目の狙撃に合わせ、蓮雅も引き金を絞る。
交差する銃撃。
行き交う.308ウィンチェスター弾。
悪地形を移動しながらの狙撃は滅多に当たらない。
木々が2人の被弾を拒み、山の斜面が2人のバランスを許さない。
ボルトを操作して次弾を装填する。マガジンを取り替えて銃弾を補充する。
狙い、外し。当たると確信し、裏切られる。
対峙し、撃ち、進み、繰り返し、いつの間にか2人の距離は50メートル程にまで縮まっていた。
緊迫した状況下で、2人が狙撃銃を捨てるのは同時だった。
そして、互いが強力な敵であるということを肌で感じあったのも同時。2人は斜面沿いに走りながら銃撃を繰り出す。
蓮雅はMP7A1を右手に取り、相手女性狙撃手は左手にステアーSPPを取り出した。
マシンピストル同士が向かい合う。それまで徒歩と競歩ほどの速度で距離を詰めていた2人が同時に走り出す。 マシンピストルで弾丸をばら撒きながら木々の間を縫うように、それでいて確実に相手に被弾させるように、高速で場所を確保する。遅れれば身を隠すことに失敗し、ただちに死に繋がる。
互いの距離が10メートルをきったところで2人はそれまでと違った行動を取った。山の斜面を利用して登りより早い、降りという行動に伴う物理法則を利用した横へのスライドステップ。
数秒の浮遊。
陽光と新緑に包まれた戦場に流れるBGM。
空間を切り裂く鋼の応酬。
弾丸は景色を。殺意は相手を射抜く。
実現する光景と現れない殺意の願望。
だが、その中にひとつだけ非常識が紛れていた。
(この、SR――か!)
蓮雅の放った弾丸は確実に相手の体に穴を開けているはずだった。
高まる緊張に伴って分泌されたアドレナリンの作用で、蓮雅は弾道の全てを目で捉えていた。 厳密には目視したわけではない。相手の銃口の向きと、自分が放った弾丸の連続して隣り合う弾道を目で確かに追えていたのだ。
連射に伴う弾道の連続、数量から予測できるバリスティック。
それは確実に敵狙撃手の体に触れていた。行動不能にしていてもおかしくない攻撃だった。
しかし、相手は平然とした顔でマガジンに手を伸ばしている。
銃創もなければ流血もなく、ひるみさえしない。
蓮雅が相手の正体に気付いたのは斜面を転がり、斜めに生え伸びた木に背を預けた時だった。敵狙撃手は蓮雅よりも早く体勢を整え、斜面を下りながら連射を繰り出す。
(まさか……!)
マシンピストルを投げ捨てた蓮雅は慌てて樹木を盾にする。
自分の考えが正しければ、彼女が次に取る行動は、
「逃がさない」
それが実現する。
蓮雅の予想通り、相手は追撃の機会を逃さない。
マシンピストルを肩からさがるホルスターに預け、彼女本人は樹木を透過し、瞬く間に蓮雅の首を掴んだ。
「投降してください」
右手で首筋を掴まれ、背後から左肩に銃口を突きつけられている。蓮雅は背後を取られた状態で相手の位置を確認した。
背後、左寄り。
右腕で抵抗したところ、相手に届かない。
定石通りといったらそれまでだが、こちらの勝率が極めて低いのは事実である。
「どうしてあの村を襲ったの?」
「……命令、だからね」
蓮雅は両手をゆっくりと上げ、手の後ろで組む。
「殺戮が命令?
あなたの主義は何?」
「……降伏するのか、しないのか。ハッキリして貰いたい。
体を言葉に合わせるか、言葉に体を合わせるかしないと始末します」
「私の質問はたった2つ。いま言った事だけ。たったのそれだけよ」
両膝を折って反抗できない姿勢を示し、蓮雅は口を閉ざした。
「なら……いや、先にこちらの質問に答えてもらう。
あなたは何者だ?
ただの教師ではないな?」
左肩を銃のバレルでつつき、答えを要求する。
わずかに、蓮雅はその質問に寂寥を覚えた。
「協会か?
それとも、ナイトメアか?」
「どちらでもない、ただの教師よ」
静寂が降って下りる。
言われて彼女は悟った。この教師はSRのことを知っている、と。
「なら、教師になる以前は何をしていた?」
「生きるため、戦争をしていた」
蓮雅の言葉に、狙撃手の思考が一時停止する。
目の前にいるのは現教師。
そして、元――
「傭兵、だったのか……貴様」
「背中が熱いわ。私を忘れたの?
ビアンカ・ハルモニアさん」
2度目の沈黙が訪れるのと同時、2人は村から銃声が届かなくなったことに気付いた。
「……私を知っているのか?」
「元々はゲリラ。それから元傭兵。
いまは国連所有の切り札で、ワンマンアーミーとまで言われた過去を持つ女性エージェント。
徒手格闘から武装戦闘もこなし、あらゆる任務を完璧に遂行してきた。得意な得物は狙撃銃よりも拳銃。銃器だけでなく格闘戦もこなし、戦地の地形風土に合わせたカモフラージュは念入りで、頭髪にまでペイントを施す徹底ぶり。兵器に関する広い知識と柔軟な戦略対応性の高さを最大の武器とし、幾度も死線を潜り抜けている。
両親と夫、娘を数年前のテロで失うも、任務から身を引くことなくいまにいたる。
相手の殺意に敏感なエージェントはテロ遭遇後、かねてより持っていた直感に磨きがかかり、そのことを端に、戦場では殺意に反応する殺人者として恐れられ、また飼い主達からもシンプルながらも純粋な畏怖の念を込めて“ザ・キラー”の二つ名で呼ばれるようになる。
これが、私の知っているあなた」
「……どうやって知った?」
「あなたを調べようとしない人間はいない。まして、一度戦った相手を分析しない愚か者は傭兵を続けていけない」
「誰……どこから私の情報を得た?
言わなければあなたの生徒を殺す」
「一度自分の目で見たことを再確認するため何十、何百もの情報屋に話を聞いて回った。そのいちいちを覚えていない。
それに信じないでしょうけど、私の持つ情報の半分以上はあなた自身から聞かされた」
蓮雅は嘘を言わない。
ただ、それが真実として相手に伝わっていないだけだ。
眼前の教師に答える気がないと判断したビアンカは、SPPを村の方へと向ける。
「この距離でマシンピストルを用いた場合、正確に狙いを外すことが出来ると思う?」
「出来ないことは知っている。
あなたがベトナムでした大量殺戮も」
蓮雅は続ける。ビアンカも続ける。
「お前が従えていた生徒は大体把握できている。
まして、中央にほとんどの人間が集められているんだ。どんなに拒んだところで死体の製造は避けられない」
「また焼き殺す気?
それとも毒殺?今度もガスボンベをどこかに埋めて隠しているの?」
2人の目が村の中央で止まった。
村にいた者、訪れた者たちのほとんどが中央に集められ、銃口と向かい合っている。
一箇所に集められた人々と、それを囲む四凶たち。
「もう勝ちはない。一切を……諦めろ」
「今度は誰の殺意が気に入らないからこんなことに参加しているの?
それとも、誰かの殺意を感じたいからこんな仕事を承ったの?」
風が山の斜面を撫でるように吹き上げ、新緑を揺らす。
『いつまで続ける気?』
そんな時であった。
風が止み、ざわめきが収まるのと同時、2人が口を開き、同じ質問を投げ出したのは。
「頼むから、行動と言葉で抵抗しないでくれ……」
「ビアンカさん。あなたがこんな任務に参加したことに疑問をいだかずにはいられない。
あなたはそんな人じゃなかった」
2人は視線を固定したまま続ける。
村の様子から目が放せないのも現実だが、お互いに殺し合いたくないのも現実に発生する感情だった。
「さっきから何だキサマ。私とどこかで会ったことがあるのか?」
「本当に分からないんですか?」
蓮雅の唐突な質問に、ビアンカの焦点が変わる。
「私のこと、覚えていない?」
後ろで組んでいたほんの少しだけ手を解き、右手を翻して掌を見せる。
生命線と交差する切傷、厚い刃で貫かれた傷がそこにはあった。
「ベトナムでの傷よ。初めは殺しかかってきたが、まだ新成人程度だと気付いたあなたは私を見逃した」
伏兵の蓮雅に、ビアンカは大型ナイフを片手に奇襲を仕掛けた。
サイレントキルは失敗に終わる。
国内と近隣まで巻き込む規模の戦争時の1ページ。カルテルとゲリラが覇権を巡って争っていた時代の記憶。
「お前、あの時の……レンガか?」
掌の傷を作った本人の口から、確認の言葉が飛び出す。
脳裏にはその時のことが鮮明に再生されていた。
「そう。私よ。
次の日、敵同士だった私達は共通の敵に立ち向かっていった。覚えている?」
突きつけられた銃は下りない。
ビアンカは目の前の彼女がかつての知り合いだと気付き、様々な感情に揺るがされていた。
「たった12日だけの共闘だったけど、大切な思い出になった」
蓮雅の狙撃銃を蹴り飛ばしたのは誰か――私だ。
一突きに彼女を殺そうとしたのは誰だ――それも私だ。
しかし、殺せなかった。
「もう、忘れたの?」
蓮雅も同様である。
2度と会えないだろうと思っていた人物との再会。
「あなたの強さに魅せられ、私も前に進み始めた」
あの時、ビアンカが全力で襲い掛かってきていたら今日までの自分はなかった。
あの時、右手を犠牲にしても絶命を免れる自信はなかった。
でも生きている。
彼女が必死の抵抗を認めてくれたから。
「だから、色々な人にあなたのことを聞いて回った。どこに消えたのか、とかね」
「……すまない」
「私はあなたから銃を学び、芹真から応用を学んだ」
「忘れるものか……と、言えないか」
硬い感触が消える。
いま、銃口はおりた。
改めて蓮雅は質問する。
「無理もない。私もあなただと信じられなかった……ねぇ、それより教えて。
私たちの生徒を襲う理由は何?」
「それは言えない。一応、任務の最中なのだから」
「じゃあ、あの犯罪者達を見逃すというの?」
言って蓮雅は気付く。
ビアンカ自身もこの作戦に参加した時点で同種、犯罪者である。まして、戦争や暗殺を主な仕事とする彼女は職業犯罪者。肩書きこそ国連所属のシークレットフォースだが、中身は大量殺人者でしかない。
「レンガ。あなたはこれをどう思う?
この世界、いま何が正しく、何が間違っているのか……私はもう、考えが追いつかない」
「誰も望まないことを、果てしない質疑のひとつを強制するように実現する。そんな彼らが憎い。
私はそんな奴らから私の生徒を守りたかった」
日本の平和に慣れたせいだと言い聞かせつつ、蓮雅は答えた。
戦争を望まない国に、戦争を持ち込む。
それに慣れていない国民は混乱するだけだ。
現実としてそれを捉えない者も出てくるだろう。
その結果そのものに実感がわかなくとも、そうなることはある程度予測できる。
ならば何故、分かっていながら戦争を持ち込むのか。
「早まらないでレンガ。
彼らの中には私のように、都合があって参加している“人間”もいる」
「SRは何人?」
「私を含めて30人。
そのうち鬼のSRが5人、ゴーストのSRが2人、絶対世界が1人……問題は他のメンバーだ。
定義で言うなら残りのSR、22人は四凶に分類される」
だが、四凶全員が自分のSRという力に気付いているわけではない。
目覚めたてや無自覚の中にしっかりと力を把握している者が混じっている、と言った方が正確であった。
経験の浅い者を盾に本格的な四凶が場を仕切る。
現場でそれを把握している者は少ない。誰が利用し、誰に利用されているのか。それすらも理解できずに犯行に参加しているのだ。分かっていて殺人に参加する者もいれば、騙されて参加する者、何も聞かず本能にのみ従い戦う者。
「四凶って、大多数が忌むっていう、あれ?」
「悪や不幸につながる4大要素にして、人の本性の影。
闘争、食欲、孤独、反発。
だから、彼らに慈悲はあっても、罪悪感はない。いや、むしろそれ故に四凶と言った方が正確か」
ビアンカの言葉の後に響く銃声。
2人の視界に、人質となった教師の1人が射殺された瞬間が飛び込む。
悲鳴と、それを黙らせるための銃声。
誤射と偽り、新たに1人射殺する。
「芹真さんは、こうならないために協会と国連が秘密裏に手を組んだと言っていたけど……
これは、未然に防げなかったの?」
「ええ。事前に防止しようと試みて、失敗に終わった。
それどころか、その失敗を逆手に取られ、上層部は協会との手を切ることを決定し、私にこの任務を……」
「どうして?」
「上は偽の情報に踊らされて取り返しの付かない失敗をし、自棄になっている。
そんな状況下で内部に四凶がいることが発覚した」
「脅迫でもあったの?」
「わからない……けど、その可能性は高い」
俯くビアンカ。
「なるほど、やっぱり失敗したのか〜」
その背後から声が発せられる。
2人は面目無しと項垂れ――刹那の間を置き――我に返ってそこにいた男に気付く。
(敵――!?)
(気付かれたか!)
2人が振り返って銃口を向けるのと同時、男は名乗り始めた。
「待て待て。敵じゃない。
俺はオウル。オウル・バースヤードだ。
君達に頼みたいことがある。是非手伝ってほしいんだ」
微笑みながら男は2人に銃を渡しながら自分が敵じゃないことを説明し、証明してみせ、僅かながらも2人から警戒心を取り除かせた。
「他はすでに配置に付いた」
2人はそれぞれ得物を手に取り、男が話す作戦に参加していた。
なんとなく手渡された銃がそれぞれ得意な得物だったことを認識した時、蓮雅は男に対して畏怖を、ビアンカは想像以上の支配能力に驚きを隠すので精一杯だった。
「さて、これで反撃の準備は整った」
不敵な笑みが蓮雅とビアンカに確信めいたものを感じさせる。
自信に溢れた目。
疑いたくなる言動の中に隠された確信。
全てを話していないはずの男をどうしてか、2人は信じることが出来た。
「トキ(しゅやく)が飛び出すまで待機だ。
それがスタートの合図だからな」
――2分前
「いいか、トキ。
それからリデアとケイノス。絶対に成功する作戦を教えてやるから聞き逃すなよ?」
『はい』
「わかっている!」
「よし。
まずはトキ。
君がこの作戦の主役になる。
集められた人質の頭上から敵に近づく。危険だがやれるな?」
「はい。敵に近づいたら速攻で倒せば――?」
「指定がある。
ここから見えるかどうかわからないが、銀色の角を持った鬼と、金色の角を持った鬼の男女ペアがいるんだが、こいつらには手を出すな」
「わかった」
「この2人は哭き鬼の子に倒してもらう」
「じゃあ、先に藍を助ければいいんだな?」
「そうだな。先に言っておくが、敵を倒すより先に、全員の銃器を破壊しろ。そうすれば反撃もたやすい」
「分か……りました」
作戦通達に伴い、トキは救出を手伝って貰っていることを思い出し、言葉遣いを変えた。
協力者に馴れ馴れしい話し方では人として疑われるだろう。礼儀を知らない愚か者と思われかねない。
「次にリデア。
君は風を使って、トキを村の上空まで運べ。
君自身は村の西側にある山の斜面で待機。トキが戦闘を始めてから、ゆっくりと5カウント数えろ。そうしてからトキの援護に向かえ」
「5カウント?
ダウンか、アップか?」
「カウントはダウンの方がいいな。
君への注文は、いますぐ風を吹かせてもらいたいことだ。ただし、いきなり突風、ってのはやめてくれ。徐々に風を強くしていってくれ」
「何故?」
「この作戦はトキの奇襲に賭かっている。より相手にトキの存在がばれないようにするためにも、君の風が必要なんだ」
「なるほど。そういうことなら今すぐにでも始めよう!」
無駄に声を張り上げたリデアは村の方へと体を向け、大気の操作を始める。
「さて、次はケイノスだ。
君は、君が最も得意とする空間魔術のスライドで人質を一気に移動させてもらいたい」
「え?
待ってください。移動するにしても、彼らの人数を見てください。200人近くいるんですよ?
僕1人では厳しすぎます」
「大丈夫。
厳しいだけで、不可能ではないんだろ?
それにさ、そうやって言い逃れていたらまた嫌な気分になるぞ?」
「ぅ……出来なくは……
出来ますけど、そのためには四凶たちの囲みを一部でも解かなければ実行できないんですが?」
「俺がその囲みを破る」
「と、トキは言っているがどうする?」
「わかりました。それならやりましょう。
ただし、そうなるとトキの負担が増す気がするのですが?」
肯定、肯定。
会長もリデアもその意見に頷く。
トキ本人にその自覚はないが、メイトスもその意見に肯定し、負担が増加することを遅れて自覚した。
「まぁ、その辺は近くにいる狙撃手2人と学生2人に何とかさせるさ」
たったいま思いついた案を口にし、会長は足元のバックに手を伸ばす。
「さて、後は自由四季とメイトスだ」
全員の配置説明が終わると、会長は学生2人組みの場所を目指して移動を始め、その2人との接触が終わると、次に狙撃合戦をしている女性2人のいる場所を目指した。
反撃の準備は今、整ったのだ。