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Second Real/Virtual  作者:
38/72

第37話-深緑の死圧-

 

 つまり、そこが終わりじゃない。


 故に、いつか終わることを望む。




 

 

 沈黙を破るのは得意だ。なぜなら時代が沈黙を始める度に、いつもそうして展開を発生させてきたのだから。

 沈黙(それ)が悪循環の一種であることに気付いていない人間が多いのは何故か。深刻な沈黙に出会う度に考えてしまう。

 人々は沈黙について考えないのか、それとも悪循環について考えないのか。

 しかし、それは別の話。置いておこう。

 この場を支配しているのが自分だという自覚が十二分にあるだから。この茶会の主催者も自分である。自分から始めたことなのだ。停止した手を、口を、頭を――次へと進めるきっかけを与える責任があった。



「ここにマスターピースがいたのは何故だ?」



 彼はここに、見守られて逝くために来たわけではない。伝えたいことがあって来たのだ。

 味方である魔術師2人、初対面であるトキのために。

 誰に問うわけでもなく、協会長は言う。



「全員、意味を汲み取り損ねてはいなよな?

 警告と今後。

 誰が何をすべきか、全員が決まったわけじゃない。が、半数は決した」



 魔術師2人が顔を上げる。

 会長の台詞はどれも気に入らなかったが、間違いではなかった。マスターピースは死を目前にし、残された僅かな時間で2人に今後の標を示した。 彼が現れなかったら非武装派内に協会と内通している者がいるという事に触れることはなかった。それだけ考えてみても、マスターピースがここに足を運んだことには大きな意味があった。



(マスターピース殿は、私たちに夢を託したのだな……)


(高レベルの糸配というSRを追い詰めたSRとは、一体どんなSRだ?)



 リデアとメイトスが沈黙しながら目をそらす。ケイノスが静かにトキを見守る中、会長は言葉を続ける。



「さて、属性のことについて知らない者がいるようだから教えようじゃない」



 組んだ手を解き、水筒を取って中身をコップに注ぐ。

 注いだ茶の澄んだ緑色を楽しみ、独特の香りに心を和らげ、味を堪能する。それから一息つき、トキへと声をかける。



「いつまでそうしている気だ、トキ?

 死人は死人。

 機械のように電池を入れ替えれば再び動き出す、なんてことはないんだぞ?」


「…………」



 事切れたマスターピースの体に触れ、自分の持ち物・周囲の自然から時間を奪い、それを流し続けるトキ。

 冷たいマスターピースに触れながら悩んでいた。

 自分から死を望むということが理解できない。なぜ簡単に生を諦められるのか。

 聞きたいことができた。

 出会って言葉を交わしてみて、質問が生じた。

 母さんに会ったことがある。それは本当か。

 過去に一度死んでいるというなら、どうしてここまで来れた。それも生きて。

 なぜ、2度目の死を迎える。受け入れるのか。


 マスターピース、とは何だ?



「時間の無駄だぞトキ」



 相手がトキでなければ会長は力ずくで引き剥がすつもりだった。

 例えSRであろうと相手は学生。子供だ。

 しかし、あえてそうしないのにも理由はある。トキの力が未知数であることと、トキをいますぐ敵に回すのは得策ではないからだ。



「まだ……間に合うはずだ!」



 両手が地面に伸びる。

 緑の地面が枯渇を始め、土からは水気が失せてゆく。



「やめないか!」



 会長が言葉による制止を試みる中、風の魔術師は直接止めに入った。

 トキの顔面を風の塊が打ち、体勢を崩す。

 バースヤードの言葉に耳を貸さなかったトキだが、不意打ちを食らって妨害された。



「これは、マスターピース殿の望まれた選択だ。

 なんで貴様ごとき一学生がそれを妨げようか……」



 立ち上がったトキと、震えるリデアが対峙する。

 その震えの原因が何なのか分からないものはいない。

 明らか過ぎる動揺。

 それが余計にトキに混乱をもたらした。目の前のSRがマスターピースの死を受け入れていないことは一目にわかる。それなのに、どうして彼の蘇生を拒むのか。


 リデアの脇でケイノスが臨戦態勢を取り、2人を見守った。

 会長や隊長の言葉に否定的なトキはいつ攻撃に出るかわからない。そもそも、こちらがトキという人物を完全に把握していない以上、敵意をむき出しに襲ってこない可能性がゼロだとは断言できない。



「この人が――死んでもいいのかよっ!」


「もう死んでいる!」



 風が押す。

 それに負けじとマスターピースに腕を伸ばすが、直前で腕が止まる。風の仕業ではない。

 見えない何かがトキの腕を押さえていた。



「落ち着けトキ。

 リデアは正しいことを言っているんだ。

 これはマスターピースの選択だ。特別な関係があるわけでもないマスターピースを生かそうと必死になるその姿は、実に人間らしく正しい行動だ。いや、むしろ、命の重さが軽視されがちな今という時代においてその姿勢は立派だよ。ある種の正義感が強いようだな、トキは」


「どうしてだ……

 どうしてあんたらは興味なさげな態度を取るんだ!?

 人が死んでいるんだぞ!

 見殺しにしたんだぞ!?」


「見殺しじゃないって、さっきから言っているだろ?

 これはマスターピースの選択だ」



 奥歯を強く噛みしめるトキ。

 その姿にケイノスは同情の念を隠せなかった。俯き、こみ上げてくる悔しさを必死に堪える。

 マスターピースと同じ、非武装派のSRでありながら、自分にはマスターピースを救う手立てがなかった。そのため、救おうと行動することもなかった。諦観に支配され、ただ彼の終わりを見守ることしか出来なかった。


 それに引き換え、トキは初対面のマスターピースを助けようと必死に力を駆使していた。



「選択なら……何でも許せるってのか!」



 なお叫ぶトキ。

 その体に、上から圧力がかかる。体感する不自然な重力。

 SRの仕業であると気付くまで時間はかからなかった。気付けば体はイスの前にあり、重力もそこで急激に重さを増す。

 この時点でトキは、先ほどの不可視の圧力とは別の力が働いているのだと気付いた。



「まず、座ってください……それから少しずつ、話していきましょう」



 震える声を耳にし、目は自然と若い魔術師の方へと向く。

 一目でどんな力を使っているのか予想できなかったが、確実にマスターピースの死を悲しんでいることだけは伝わる。

 ケイノスという魔術師の目に浮きかけた涙がそれを示したのだ。

 


「僕も納得いきません。

 選択だったら自殺も正しいんですか?」


「よ〜し。

 リデアも席に着け。ひとつずつ解決していこう」



 不敵に微笑む会長に向かって3人は椅子と姿勢を正した。

 マスターピースの選択は、選択として在るべきものなのか。 選択すべきだったのか。

 その答えを、オウル・バースヤードは少しだけ持ち合わせていて、それを3人に教えるべきだと判断した。










 Second Real Virtual


  -第37話-


 -深緑の死圧-










「まず言っておかなくちゃいけないのが、今回のケースは“特殊”だということ。

 いいか?

 “マスターピースは10年以上前に一度死んでいる。それを色世 (サツキ)というSRが復活させた”

 この時点で今回のケースの特殊性がわからない奴はいるか?」


「一度死に掛けて蘇生した。それのどこが特殊なんだよ……」


「違うんだよトキ。

 やっぱ、勘違いしているようだな。

 マスターピースは死に“掛けた”のではなく、“本当に一度死んでいる”んだよ。

 これならわかるだろ?」



 分からないトキではないが、分かりたくはなかった。

 死んだ人間が生き返る。

 人のことをいえる立場ではない。

 そんな過去を身をもって経験してきたからこそ、分かりたくはなかった。



「まぁ、いまは認めなくてもいいさ。無理はするな。

 問題はこの選ばれた死というものがどういうものなのか。実は、落ち着いて考えれば簡単なことなんだよ。別段難しい話じゃない。

 OK? 今からそれを説明しよう」


(人が死んでいるのに、簡単も難しいもあるかよ……)



 景色が歪む。

 空間の魔術師の頭上で空と陸がどろどろに融合を始める。



「言いたいことがあるのは分かるが、落ち着けよ空間殺し。

 さて、前述した通りマスターピースは過去に絶命したことがある。そんな彼を救ったのがトキの母親だ。どんな方法を用いて復活させたのか、それは未だに予測の域で確信には至っていない。 だが、予測の中にはもしかしたら正解かもしれないというものだってある。

 特に、最も可能性のあるとされる予測の“死を延期させた”という説なんかな」


「……死の延期?」


「トキ。君は母のSRの内容を知っているか?」


「SRだったこと自体知らなかった……」


「色世皐のSRは絶対神判。

 あの力は有罪と無罪、即決と延期を持って相手を処分するSRだ。

 超絶ワガママを実現することもできれば、理不尽な死という結果の判決に異議を唱え、延命することだって出来るらしい。まぁ、本当かどうか眉唾物だが」


「でも、彼女とマスターピースの死は――」


「慌てるなって、ケイノス。

 メイトスのように、ほら、こんな寡黙になれとは言わないが、結果を焦ると肝心な見落としによって悪循環にも陥るんだぜ。な?」


「……わかりました」


「よしよし。

 マスターピースは完全な死から復活した。

 ここが最大の問題なんだよ。

 いまこの世界に1世紀半以上も命が続いている人間が果たして何人居る?

 俺の知っている限りでは9人。うち3人は20世紀以上も世界を渡り歩いている」


「に、20世紀もか?」


「君だって会ったことがあるはずだ。リデア。

 光の魔女と闇影の魔女。いずれかには出遭っているはずだ。……っと、話が逸れそうなので戻すぞ。

 マスターピースは魔術師でもなければ、光や闇の寵愛を受けたSRでもない。ごく普通の人間として生まれ、SRという力を得て高い位置まで這い上がった努力家だ。

 努力家ではある。

 若干20代後半で組織のトップに立ったのだからな。

 しかし……どんな凄い努力家であろうと、結局のところ彼は一般人でしかない。特別な力を持っていながらも、明確に定義された“寿命”という時間枠から外れているわけではない。彼の寿命は普通の人間と同じなんだよ」



 寿命が尽きても死ぬ。不慮の事故に遭っても死に至る。

 病気で命を落とすこともあれば、自分で命を絶つことだって出来る、出来たのだ。



「少しだけ他と違うが、しかしありきたりな運命の輪のなかに組み込まれた1人の人間、と言っておけば少しは納得するかな?」


(は?)


「運命なんて安い言葉で納得しろとでも?

 隊長やトキさんが信じるかどうかは分かりませんが、僕は運命なんて信じたくない。そんな不確かで目に見えないもの……」


「君は信じないか。

 まぁ、そういうこともあるさ。いずれは運命を感じる時が来る。 

 二度目だな。話を戻そう。

 ケイノスが信じない“運命”というもの。 その中に組み込まれたマスターピースはすでに死んでいる。それなのに今日まで生き長らえた。一度死んだ日から今日という日までな。

 だが、死という結果が変わったわけじゃないんだ。ただの先送り・延長だ」



 メイトスの瞼がわずかに動く。



「マスターピース自身は理解していたんだよ。 いつか(もど)らねばならない場所(けっか)があるということを。

 ただし、それは仲間の輪でも、冷たい故郷でも、思い出の場所ではない。

 かつて迎えるべきだった“死”に、今日到達しただけだ」


「そんな……」


「有り得ない!

 死が帰る場所だと?

 我々をおちょくっているのか!?

 マスターピース殿は――!」


「おちょくるつもりなんかないさ。認めたくないのはわかる。偉大な指導者を失ったんだからな。

 それでも、少しだけ静かにしてくれないか?

 四凶達にこの場所がバレる」



 一瞬の静寂は、会長の口から生まれた。

 短い 四凶 という単語で。



「なに……?」


「四凶がこの近辺にいるというのか!?」



 どんなに言っても声のボリュームが落ちないリデアの口が閉じる。

 2度目の閉口。

 協会長の強行手段、絶対支配による人体操作。それを目の当たりにし、ケイノスは戦慄を覚えた。



「どうして四凶がいるって分かるんだ?」



 向かい合う会長と、恐れを知らないかのように質問するトキ。

 どうにもケイノスには理解できなかった。

 色世トキという人物は強いのか、弱いのか。或いは賢いのか、愚かしいのか。



「ここに招かれるべき人物は招き終えた。だからさ、余計な邪魔が入らないようにこの一帯を支配させてもらっているんだよ。

 今ごろ何人かが見えない壁を相手に戸惑うなり怒るなり、何らかのアクションで無駄な時間を潰しているだろうな。

 下手をすれば、四凶と戦っているかもしれない」


「四凶の誰が来ているんだ?」


「焦るなトキ。

 お前を連れ戻そうとこちらに向かっていた2人は無事だ。まだ四凶と遭遇すらしていない」


「2人?

 俺を連れ戻すって、誰が?」


「ケルベロスと妖精。

 奈倉愛院と高城播夜。クラスメイトだろ。

 それに、魔術師2人の連れも無事だよ」



 リデアとケイノスの連れとは自由四季と呼ばれるSRで、Mr.シーズンと呼ばれる男だった。

 緊急時に備えて2人を前衛にしシーズンは後衛を務めると山の中に潜んだ。

 しかし、それが裏目に出て不可視の壁に阻まれ、茶会の席までこれなかったのだ。



「問題はその他の学生と村人達だ。

 いま6方向から四凶に狙われている」


「学生とは、トキの学校のか?」



 声を抑える意思を表したリデアの口が解放される。

 この場所を訪れている学生は白州唯高校の生徒をおいて他にいない。

 トキは焦りを覚えつつ質問した。



「その生徒……俺の学校のみんなを狙っている四凶の中に、俺の知っている四凶はいるのか?

 教えてくれ、会長」


「それを聞いてどうするつもりだ?」


「あんたが支配のSRなら、俺の考えも読めるんだろ?」



 イスから腰を浮かせた瞬間、両肩と背中、膝に重力がかかった。

 抵抗するが圧倒的重圧に負けて再びイスの上に収まる。



「これが俺の支配の一部。

 だから、さっきから言っているだろ。

 焦るなよ、トキ。

 過程も結論も」


「皆が狙われているんだ!

 ゆっくりなんかしていられないだろう!」



 テーブルに手をついて体を支えて立ち上がろうと試みるが、そのアクション以降、腕はは微塵も動かなかった。

 自分の纏っている空気だけが重くなったような感覚が強まる。 自分にかかっている重圧は、テーブルに何の影響も及ぼさない。その証拠がいまの抵抗だ。 テーブルに手をついているにも関わらず、テーブルは微動だにしなかった。 全く傾かない。



「確かにトキのクラスメイト達は狙われていて、それが生命的・存在的に大変危険な状況であることに間違いはない。

 だが、いまは打って出るべきじゃない。

 それから俺は読心術者じゃない。よって、他人の思考が読めるかと聞かれれば、Noと答える以外にないのが現実だ。

 わかったか?

 俺は別に他人の思考が読めるわけじゃない」


「じゃあ、どうしてあんたはさっきから人の思考を読んでいる……みたいな喋り方をするんだ?」



 こちらが睨みつけたところで相手は動じない。

 なぜなら協会長。

 何故なら絶対支配。

 芹真や藍、ボルトが最終標的として倒そうとしているSR。一口に言えばラスボス。



(そうか……)



 ボルテージを上げるトキに気付き、SRという力の世界の先輩として、リデアはトキに言って聞かせる。



「落ち着きたまえ、トキ。

 会長の力は絶対支配。それも協会という巨大組織の頂点に君臨できるほど強力なものだ。

 そこから導ける答えは一つ。奴はすでに我々の発言を支配しているということだ」


「そうそう。

 リデアの言う通りだ」



 頷く会長。 

 トキの肩に手を置いた特級風司。

 更に空間殺しが加勢に入る。



「僕たちを誘導してどうするつもりですか?」


「ここに一時的とどめるのさ」



 黙秘すると思われていた質問に答える会長。ケイノスは次を考えた。

 ここに自分達を留めておいて何のメリットがあるのか。

 何が本当の目的なのか。



「協会長っていう位置にいる俺の仕事を教えてやるよ。

 バランスの調整がメインで、たまに書類にサインしたり電話をかけたりする。バランス調整の為に何万ギガという情報と格闘するのが日課さ」


『は??』

「何だって?」



 メイトスを除いてクエスチョンマークを浮かべる3人。そんな3人に構うことなく、会長の口は休むことなく動き続ける。



「今まで光影の魔女だけで結構苦労してきたんだが、1世紀半前辺りから少しは楽になっていたんだよ。でもな、また近頃になって采配が難しくなってきたんだ」


「いきなりだな……何を言っている?」



 突如として変化した話題に混乱を隠せない3人。

 その中で唯1人、メイトスだけが静かに茶番の終わりを待ち望んでいた。



「俺の力は絶対支配。

 絶対じゃないんだけど、みんなからそう呼ばれるようになった。

 その由来に大した理由はない。

 ただ他人より長生きで、2世紀も生きられない他人(ヒト)から見れば読心術のように思える言動も、本当はただ長生きだから次に言おうとしていることや考えていそうなことが直感的に分かってしまうだけなんだ。 それでだ、本当の俺は読心術なんか使えないし、予知も出来ない。ただ部下に恵まれただけのちょっと若作りな老人だ」



 そこでケイノスは質問した。

 最初のうちは自分で訂正していたのに、どうして今になって――



「話を逸らしていませんか?」


「逸らしてなんかないさ。

 順を追っているだけだ。第一考えてみろよ、ケイノス。俺が話を逸らす理由はあるか?

 あ〜、そうだな、あるといったらあるな。

 何故なら君らをここに留めるため〜って、説明したすぐ後だもんな」


「なら、教えろ。

 どうしてここに留めるんだ?」



 あからさまに話を逸らし、言い訳で時間を稼ぐ会長だったが、トキの質問とその真剣な表情を目にした途端に笑顔を保つ理由を失った。

 どんなに朗らかに言っても通用しない相手が目の前にいることを認める。

 これ以上、下手に誤魔化すのは危険だ。



「どうしてだと思う?」



 トキの質問に答えるために質問を返す。

 にこやかな表情は次第に溶け始め、



「ここにいて、こうしている場合じゃないからだ。

 どうしてもここにいなくちゃいけないんだ?」



 無表情だけがトキらの目の前に残る。



「ここにいる全員が 四凶筆頭候補 だからだ。

 そしていまは打って出るタイミングじゃないんだよ」



 そして真実は告げられた。



「いま打って出ると、ここにいる全員が本物の四凶になっちまうからだ」






 同じ制服に身を包んだ学生や、各地方から訪れた一般人で賑わう村。

 その中心に足を運び、藍は敵が迫っていることに気付いた。



(確実に20人以上居る)



 新緑の奥に潜む脅威。観光客らに紛れる殺意。山の中から村を狙い伺う視線。



(そのうち5人が鬼のSR……それも、この頭の奥がざらつく感覚から白鬼の可能性は極めて高い)



 村の地図を片手に戦闘準備を始める。

 推定20超対少数。

 敵は四方八方、近距離・遠距離に分かれて村を包囲している。加えてこちらは一般人を守りながら戦わなくてはいけない。



(理壊双焔破界や生死繋綴を使うこともできない。術符も難しい)



 使用できる技は、滅多に媒介を必要としないオリジナル陰陽術もどき。華創実誕幻(かそうじったんげん)のみ。

 一段とつぶやき、いつでも術を繰り出せるように準備する胸騒ぎの原因が分かったところで深呼吸し、冷静を得る。



(今のところ問題となるSRは白鬼ね。 高城が戻ってくるまで耐えれば、勝機はある。あと問題なのは――)



 この村を包囲しているのが武装派なのか、非武装派なのか。

 可能性が高いのは武装派だがリデアたちの前例を聞いている以上、非武装派の可能性も捨て切れなかった。

 最終的な不安は相手の情報不足にある。誰が敵としてこちらを向いているのかさえ分かればそれ相応の対処をすることができる。



「藍、ちょっといい?」



 陽気な表情を見せながら近寄ってくるのは担任のレンガだった。



「高城やトキがどこにいるか知らない?」



 しかし、彼女の目は楽しんでいるという雰囲気を一切あらわにしていなかった。顔こそ明るさを表しているが、すでに彼女の眼には闘志の炎が灯っていた。そのことから不審者の存在に気付いたのだとわかる。生徒を守るという使命感が強く感じられた。



「……危険な空気が漂っています」


「知っている。

 芹真から聞いているわ。手伝ってくれる藍?」


「もちろん」



 笑顔のまま2人は手早く会話を終わりへと導く。



「私は食堂方面を片付けるから、工芸方面の不審者をマークしておいて」


「片付けますよ?」


「できるならそうして。

 その方が助かるわ。私を含め、特別な力を持っていない人たちが」



 わずかに曇った表情が再び陽気の仮面を取り戻し、それを機に会話は終わる



「そう。見かけたら教えてちょうだいね。

 トキとハリヤの2人には課題を出しているんだから」



 いかにもらしい打ち切り方で会話を終え、踵を返して村の出入り口付近へと向かうレンガ。

 その背中を見送り、藍はレンガの経歴の一部を思い出していた。 いつか事務所で芹真から聞かされた彼女の過去。 ベトナムのジャングルで傭兵として芹真と共に戦い、ただの人間でありながらSRを葬った経験を持つ人物。その気になれば素手でSRに立ち向かい、破壊することも可能な戦闘の鬼才。それが、登龍寺 蓮雅という人間であると聞いている。



(芹真が認める人……

 人でありながら人の領域をはみ出しかけているという元傭兵)



 それでも、いま相手にしなければならないのはSRだ。場所も入り組んだ場所などではなく、見通しの利いた村で、しかもこちらには戦力といえる戦力はなく、武器も余裕もない。



「一段:茨」



 広域に防御・迎撃に向いた術を敷き、移動を開始する。

 歩き回りながら村の各所に術によるトラップを仕掛けていく。

 高城が戻ってくるまでが勝負だ。催眠術で一般人を残らず夢の中へと落とせば、全力で敵を討つことができる。


 拳を強く握るのと同時、村の中をそれぞれ歩く藍と蓮雅の視界に、一瞬だけ新緑の奥に潜む影達が飛び込んだ。






「私達が四凶だと!?」



 魔術師が立ち上がるる。それに伴い、イスが倒れ、テーブルに衝撃が走る。

 バースヤードは大声を張り上げるリデアに対して頷き、他3名の反応を確かめた。



「トキもケイノスもメイトスも俺もみんなそうさ。

 ここに集まった全員には――」


「僕たちが、四凶だからここに留めているのですか?」



 空間が歪み、風が巻き上げる。草木は踊り、空と山、景色同士が溶け合う。

 戸惑い以上に怒りをあらわにする魔術師2人。対峙するバースヤードの顔には恐れも予想外というリアクションも、予測の的中に喜ぶ嬉々とした表情もない。先ほどまで幾度か見せた微笑みも何もない。



「その通り。

 特にこの場に集まっているSRないし、人間全員に四凶の兆しが現れている」


「なんだその兆しというのは!?」



 リデアの魔力と共鳴して吹き起こった風が止む。

 融合した空と山も通常の光景を取り戻す。

 何かが2人の体を後ろから優しく抑えていた。



「それを今から教えよう」



 トキも不可視の圧力を感じた。

 こうしている間にもクラスメイトたちに危機は迫っている。そう考えるといてもたってもいられなくなり、すぐに脱出を試みようと頭が動いて脱出経路とプランを考え浮かべてみる。

 しかし、その思考と判断を中断するようにと、警鐘が鳴った。



「四凶というものは、、誰でもなることができる。

 ただ、人によってはその人生においてなろうとしても成ることの出来ない存在であり、成りたくないと願ってもそれを必ず回避できるというわけではない現象である。わかるかな?」


「わかりませ――」

「それで?」


「数千年前に発見され、十数年前に確定した四凶の法則がある。実際のところ、法則と言っていいのかどうか微妙なところなんだけどな。数百年に一度、起こるか起こらないかっていう珍しい現象なんだよ。

 世界各地で同時に四凶が発生しようとするのは過去に4度の実例がある」



 同時という言葉にメイトスの顔が静かにあがる。

 その反応に気付いた会長は頷く。



「そうだメイトス。察しの通り、

 いま、

 この瞬間、

 全世界で、四凶が発生している」



 歪む。

 否定の顔が怒りにより変形を始める。



「この国はここが現場だ。

 せめて二十カ国は救いたいんだが、どうやらそれもままならないらしい」


「ここが現場って、まさか……」



 唖然とするケイノスとリデアの前にモバイルフォンを取り出してテーブルの上に置く会長。

 差し込まれたイヤフォンをはずし、音量を最大にする。

 一目見てそれが通信機器であることを理解し、流れてくる音声に耳を傾けた。



『こちらフィンランド担当部隊、クロース。

 残念ならが手遅れだ。四凶を始末する』


『こちらアメリカ、サンフランシスコ!アヌビスクレイモアだ!

 こっちじゃすでに犯罪が発生していやがる!一般人が多すぎる!増援を頼む!』



 落胆と怒りに彩られた声。

 スピーカーから流れてくる声に含まれた感情が、リデアやケイノス、トキに訴えるかのように響く。

 会長の言葉通り、たったいま、四凶が全世界で同時多発しているのだ。



「3時間前には中国。 2時間前にはチリ。 30分前はオランダとカナダ。

 19分前にイタリア、14分前に韓国、10分前にオーストラリア――」


『こちらエジプト方面担当部隊!

 応援頼む!敵大勢は重火器で武装!部隊は半減……!』


『メキシコ、四凶の発生阻止に成功。指示を仰ぐ』


『アメリカ、ハワイ部隊。四凶の処理を完了。

 他チームの、援護に向かう!』



 刻々と伝わる戦況。

 自分たちの知らない場所で――世界各地で戦闘が起こっている。


 四凶と協会部隊の戦い。

 発生したての四凶は、SRというよりはどちらかというとまだ人間である。ただ、他の人間に比べて不幸の原因になる可能性が大きく、現実的に無関係な人々へ不幸を撒き散らす原因となる存在であった。中にはSRに目覚めた者もいる。



「7分前にスリランカ。

 5分38秒前にアラスカ。

 4分前1秒前にナイジェリア。

 3分前24秒前にモロッコ。

 2分58秒前にブラジル。同2分、9秒前インドネシア。

 1分47秒前クロアチア、21秒サウジアラビア――」


「馬鹿な!

 これは……これでは世界の終わりのようではないか!?」



 叫ぶリデアを押さえ、ケイノスは会長の言葉を聞き逃さないように勤めた。

 告げられる時間は一分を切り始める。



「55秒前に朝鮮、39秒前にイタリア、30秒前にアルゼンチン。

 27秒前がインドとカンボジア。

 22秒前にロシアとレバノン。

 16秒前にミャンマー。15秒前にベルギー。11秒前にドイツ」



 会長の口が止まり、入れ替わるようにスピーカーが騒ぎ始める。



『こちらトルコ!手遅れだ――』

『ネパール阻止成功』

『バングラディッシュ、状況危険!市民の誘導が困難!』

『パキスタン処理が追いつかない!援軍を――』

『ボリビア、これより援護に向かう!』

『誰か……――!』

『こちらニューヨーク!テロ阻止失敗!

 現在、四凶(はんにん)を追跡中!被害拡大阻止に努める!』



 自然の風が吹き抜ける。緑が揺れ、各々の髪をなでる。

 静寂の中に響く怒号・怒声。助けを求める声や、焦りを顕にした声。飛び交う声の中に、希望あるものなどひとつもない。


 無線機の向こうの戦争。

 緑と僅かな平静に囲まれた自分達。



「これが四凶だ。

 そしてこれが、数百年に起こるかどうかという現象、四凶の同時多発を確実に発生させて利用し、協会への反旗を翻す作戦だ。

 協会、ひいては人類への報復を始めるというプラン。首謀者は現在四凶の中でトウテツの次に長生きといわれ、四凶全体の頭脳であるキュウキ。奴が描いたシナリオだ。

 ついさっき得たばかりの情報では作戦名“ERROR 2708”とか言っていたが……」


「待て!

 本当に四凶が全世界で発生しているのか!?」


「あぁ。冗談抜きにな。

 この国にも発生しているんだよ。いま、目の前で」



 会長の手が上がり、指が真っ直ぐに伸びる。

 その先に、



「……俺?」



 トキはいた。

 当然、指差されたトキは困惑しする。



「おっと、悪いがちょっとどいてほしいな、トキ」



 全員が動くよりはやく、轟音は届いた。

 改めて全員の目がトキの背後――離れた場所――村の方へと向けられる。

 その時、爆音と黒煙が産声をあげた。

  衝撃波が木々を揺らし、悲鳴と銃声が遠くから伝わる。



「君たち以外の四凶はあそこにいる全員を殺す気だ。

 君ならどうする? ベクター・ケイノス」


「……」



 会長の指が別に向く。



「君ならどうする?

 リデア・カルバリー」


「もちろん助け出す!」



 勇み立つリデアに続き、ケイノスも無言で立ち上がる。



「行くぞトキ!」



 リデアが手が肩に触れる。

 予想外の共闘申し出。

 しかし、ありがたい。



「行くよな、トキ。

 君達がここで四凶に立ち向かわなければ、君達も四凶になる確率がぐんとあがる」


「確率がなんだ!

 凶行から一般人を守る!それがSRの存在意義だろうに!」


「SRでなくても、犯罪は阻止するべきですよ隊長」



 静かに立ち上がるトキを不信な目で見つめ、ケイノスはリデアに呼びかけた。



「しかし隊長、(トキ)はまだ行くとは言っていません」


「ケイノス君。解答はすでに出ているだろうに。

 それとも君はトキと共に戦うことが嫌なのかな?」



 自分が信用していない、またはされていないことを認識し、トキとケイノスの視線は交差する。



「好きとか嫌いとかの問題じゃありません。

 僕は色世トキが信用できないだけです。背中を撃たれないという保証はありませんから」


「君達は、俺のクラスや他のクラスの人々を助けてくれるのか?」



 信用無しと断言されたところで逆に聞き返す。

 ケイノスがトキを信用していないように、トキもまたケイノスやリデアを信用してはいなかった。



「もちろんだ」


「そういうトキはどうなんですか?

 僕達と同じ敵と戦うんですか?

 それ以前に戦えるんですか?

 聞いた話によると、貴方はまだ発展途上だとか」



 リデアは頷き、ケイノスは挑発を含んだ質問を返す。

 生粋の魔術師である2人に比べ、トキのSRに対する知識や理解度、それを用いた戦闘での経験値は微々たるもの。2人から見れば、トキは新米でしかない。目に見えた不確定要素である。

 人命のかかった救助作戦に赴き、足を引っ張る恐れが十二分に考えられた。いくら期待されたSRでも、信用に値するかどうか試す余裕がない以上、イレギュラーとなりうる要素は省いておきたかった。



「……確かに、あんたらに比べて俺は全然この世界のことをわかってない」


「そうですね。下手についてこられてはこちらが迷惑です」


「ケイノス君!」



 言われ、トキの頭には今までの敗戦の記憶が次々と蘇る。

 学校での喧嘩や、コントンやアヌビス、事務所の仕事で足を引っ張ってしまったこと、SRでもない訓練教官たちに徹底的に打ち負かされたこと。

 悔しさはあった。だが、それを誤魔化しきれない前例があり、トキは返す言葉を失っていた。


 が、ケイノスの意見に反対の意が飛び出した。



「いや、トキは絶対に行くべきだ」



 動いたのは会長の口。



「まず、この面子の中で最も四凶に近いのがトキだ。

 四凶になる確率を下げるには自ら四凶が関わる事故・事件から巻き込まれる人々を救うのが手っ取り早いんだ。これが第一の理由」


「第二は何ですか、会長?

 そんなものが当てになるんですか?」


「第二に、ケイノスはトキの能力を侮りすぎている。

 先ほどから観察してわかったことだが、トキのSRは日本語が表す通り、“時間(トキ)/Time”だ。

 最悪の事態を考慮した場合にもそこそこ使える回復の力を持っているようだ」


「会長はトキのSRを知っているんですか?」


「いや、全然。

 話はほんの少し聞いているがな。

 回復に使えると言ったのは、さっきマスターピースに対してやっていたことで分か……分かるよな?

 やたらと時間を流し込んでいただろ」


(そうなのか?)

(あれは、時間だったのか)



 沈黙する魔術師2人に会長は空振りを覚え、隠すことに失敗した。



「まさか、動揺して分析できてなかったか?」


『…………』


「あ〜、まぁ、仕方ない。

 それから第三の理由。これが最悪の理由なんだが――」



 実際のところ、第二の理由でケイノスは反論を諦めた。

 もし自分達が失敗を犯して一般人に犠牲者が出たとしても、トキに回復の能力があるのなら怪我人を治療できる。こちらも怪我人を気にせず全力で敵を撃退できるのだ。



「最初にトキが聞いた質問の答えでもある。

 あの村に、トキにしか対抗できない奴が入ってきやがったんだ」



 椅子を下げ、質問を投げかける。

 自分に対応できないSR。それはやはり、コントンのことなのか。


 トキが質問する傍ら、リデアやケイノスたちもその人物が何者なのか、気になって仕方がなかった。これまでどんなSRと出会っても、光と影の二大規格外魔女を除いたSRで、対応できなかった者はいない。 それが今日初めて、対応できないと言われて癪に触れたのだ。



「そうだ。

 時の中からはずれ、元在るべき世界から脱し、それでもあり続ける個。

 誰が名付けたかわからないが、それが奴の通称。

 時元脱存、コントン。

 奴がここに来ているんだよ、トキ」


「やっぱり、あいつがいるんだな!」



 今にも飛び出しそうなトキを、再び会長の支配が抑え込む。



「そこでだ。

 相手がコントンなら、正面からぶつかっても自殺しにいくようなもんだ。

 だから――」


「狙撃か?」


「いや、タイミングを見計らって飛び掛かれ。

 俺がそのタイミングを教えてやるよ」


「タイミング?」


「もしケイノスとリデア、それからMr.シーズンが協力してくれるのなら、この作戦の成功率は――なんと99.16%」


(妙に細かいな……)



 トキはこれを疑わずに耳を貸す。

 リデアも数値を気にしながらも作戦に協力する旨を伝える。



「さて、“眼帯越し”に聞くがMr.シーズン。

 いつまでリデアの左目を経由して覗いているつもりだ?」



 最初からこの茶会を覗いていた人物に呼びかけ、バースヤードは全員の意思を聞く。

 いますぐにでも作戦を聞きたがっているトキ。

 同じくリデア。

 リデアを補佐しつつ一般人を護るために協力するケイノス。



『私は何をすればいい?』



 ケイノス同様、自由四季――Mr.シーズンは作戦参加を表明した。



「OK。

 じゃあ、まずMr.シーズン。君にはあれを降らせて欲しいんだよ」



 リデアの左目の眼帯を覗き込みながら会長は説明を始めた。



『あれ、とは?』


「俺さぁ、実は白州唯に降らせたっていう桜色の雪を生で見てみたかったんだよ〜」


『……』



 作戦の説明を始めたのではないのか。

 Mr.シーズンも含め、全員が同じ事を思った。

 明らかに私情を挟んでいる会長こそ、本当に不信に思うべきなのではないかと。



「そうすれば、全員眠らせてやることができるぜ」



 しかし、会長の目に悪戯によって輝く光はなかった。

 絶対的確信に満ち満ちた強い何か。

 その自信がいかなる根拠から来るものなのか、誰一人として理解できるものはいない。






 木陰から眺めおろす村は平和そのものだった。

 樹と木の間を飛び回る鳥や虫、視界に映り、動く物々。

 穏やかな平和といっても形容にならず、また遜色ない現実がここにあった。

 しかしこれからすぐに消えるだろうことを思うと、事前に遊びに来ればよかったと後悔が沸いて出る。



「さぁて、誰が何人消せるか勝負してみねぇか?」



 手中のサブマシンガンにサプレッサーを装着しながら無線に語りかける。



『いいねぇ、乗った』

『悪くないな』

『いいのかぁ〜? 俺は誰にも負ける気がしないぜ?』



 無線機越しに笑い声が届く。



『頭撃ち抜いたらポイント倍にしようぜ』

『それじゃ刃物持った奴は何をすれば倍になるんだ?』



 声に混じり、自分の周りで銃器を扱う音、または刃物をこすり合わせる音が伝わってくる。



『……ゲス共が』

『お前もやりたいんだろ?』

『素直じゃねぇアマがいるみたいだな』

『邪魔さえしなきゃ空気でもいいさ』



 パーティーを前に、亀裂に気付く。

 会話の内容が気に入らない奴をひとり発見。



『それよかあの女教師さ、気のせいかこっちに気付いているみたいな素振りなんだが……』

『生徒の中にもそんな感じのがいるぜ?

 黒髪の長髪の女だ』

『ああ、あいつはビンゴだ』

『知っているのか?』

『哭き鬼の次期姫だった女だ』

『哭き鬼?』

『あぁ、噂の生き残りの……』

『厄介なのはそいつくらいか』


『あいつらだけじゃない。さっき、ケルベロスも見かけた』

『何でもいいさ。

 あいつらが戦うとすれば、一般人を護りながらに決まっている』

『いえてる。あいつら協会のSRでもないクセに、協会の定めたルールはしっかり守っていやがるんだからな』

『えぇと……つまりさ、こっちの優位は変わんないわけ?』

『そんなことも分かんねのかよ、アホが』


『なぁ、さっきからケルベロスだ、鬼だと、御伽噺の話はその辺にしといた方が……』

『黙ってろオッサン』

『暗号だよ、俺らの暗号』

(ったく、誰だよ……ただの人間連れてきやがった野郎は)



 状況を理解し切れていない社会人を発見。


 撃鉄を下げる。

 刃の輝きを確かめる。


 新緑の奥に潜む陰が、村を目指して輪を縮め始めた。



『人一人10点な!』

『下らん。もっと単純に人数を競うべきだ』

『一発でしとめたら追加ポイントは2倍がいいな』

『1人でやってろ』

『そうだ。シンプルに人数でいこうぜ』

『俺は村の出入り口でおいしい汁を吸わせてもらうよ』

『あ!テメェ!そこは俺のポジ――』


『お前達……

 これから何をしようとしているか分かっているのか?

 遊びじゃ、ないんだぞ?』



 再び彼女が問う。

 なぜ人殺しを楽しめるのか、と。



『お〜お〜、自分がどんな場所にいるのか理解していないシアワセな雌犬がいるぜ』

『貴様こそ俺達と共に何をしようとしているのか分かっているのかな?』



 しかし、彼女は話せば話すほど浮くだけだ。

 いまはそういう状況が出来上がり、誰も降りることのできない舞台が幕を挙げ始めている。その最中だ。



『必要な分だけ攻撃すれば充分だろ。皆殺しにする必要はないはずだ』

『……お前、どこのモンだ?』

『アホは放っとけ』


『いや、俺も皆殺しに反対だ。

 あそこにめちゃくちゃ可愛い娘がいるんだぜ。勿体無い』


『本当か?』

『なるほど、体の発育は良いみたいだな』

『お、俺はそれより、あのあた、頭良さそうなのがい、良い』

『あのメガネかけてた、いかにも優等生みたいなのがか?』

『き、きっといい話あ、相手になってくれる』


『確かに、皆殺しはよくないな。

 あの中にもSRとしての素質をもった人間が何人かいるのなら、無駄に殺す必要はないしな』

『あわよくば仲間に〜ってか?』


『お前ら……どうあっても必要以上に暴れる気なんだな……』

『あんたの本心は?』

『だ〜か〜ら〜、放っておけっての』

『俺達のやり方に反対なら、いますぐこのヤマをおりるんだな』



 そこで初めて、女は長く沈黙した。



『……いや、私は依頼されて、ここにいる。降りはしない。仕事の分だけ働いたら撤退させてもらう』


『そうかい。

 じゃあ、あんたさ、こっちに気付いてそうなあの女教師、わかる? あいつ殺ってくんねぇ?』

『それがいいな。ところで、雌犬、あんたの装備はなんだ?』


『DSR-1。私は雌犬じゃない』

『あんたの名前なんてどうでもいいさ。それより、狙撃銃なら哭き鬼も狙撃してくれ』

『なら、俺達ぁ食堂の方に仕掛けるぜ』『じゃあ、こっちは池の近辺』

『私達は出入り口へ向かう』

『工芸屋の方をやらせてもらう』



 こうして四凶たちは一斉に動き出した。


 まず最初の30秒で村の出入り口を制圧。

 対物ロケットによる砲撃で駐車場のバスを爆砕する。

 直後、四凶たちは六方から村になだれ込み、狙撃担当の四凶らは四方から村に銃弾を送り込んだ。


 最初の爆発で近辺の人間全員が混乱状態に陥る。

 四凶たちが銃を持ってなだれ込み、その凶弾によって最初の犠牲者がでると、集団は恐怖に駆られて完全なパニック状態になる。


 何が起こっている?


 混沌とする光景の中、誰かが唖然としたままそう呟いた。

 目の前で銃弾に倒れる者。

 状況を理解できずにただ叫ぶ者。

 悲鳴と怒声の中に入り混じる凶気乱舞する哂い声。

 工房と食堂から火の手が上がり、路上や芝生は流血に濡れた。


 四凶らは村の人間を中央に追い込むよう誘導し、輪をコントロールし、少しずつ縮めていく。


 最終的に、四凶らが村の全員を中央に集めたのは攻撃開始から8分後のことであった。 この結果、この所要時間は、四凶たちが当初予測していた時間を大きくオーバーするものだった。

 無抵抗な人間を中央へと追いやり、逃げ出したり、無意味に騒ぐものを射殺し、それでも5分とかからない。

 そのはずだった。

 しかし、現実に結果は予定を大幅に違えるものとなっていた。所要時間、チームの損害。

 34人いた四凶チームは、その数を25人にまで減らされていたのだ。


 その原因となったのが、一部の教師とその生徒達による猛烈な反撃であった。





 

 

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Next

08/10 投稿

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※夏ばて防止のため、不完全燃焼という精神的重石を外すため頑張ります!という勢いです。例外的になってスイマセン……(汗

 それから、いつも長くてスイマセン。(前後書きも、本文も、言い訳も)orz


 

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