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Second Real/Virtual  作者:
37/72

第36話-Drastic Tea party-

 

 白州唯高校襲撃事件。


 黒羽商会。


 神隠し事件。



「なるほど……いずれも、トキ自身が直接解決に導いたわけではないが、強く関連しているんだな。こりゃ面白い」


『面白くありません。

 いま何処にいらっしゃるんですか?』


「ん?

 明日の茶会の用意を、な」


『は?』


「つまり、明日は有休!ってことで」


『え!?待ってください会ちょ――』


「ふ〜……電源切っとこう」



 強制且つ大幅に予定を変更し、完全支配はアウトドア用品の点検に移った。



「さぁて、“長い”から色々準備しとかないとな(ページ数的な意味で)」


 

 

「――ということで、明日は遠足なので皆の者、浮かれていないで聞け。

 おやつは300円以上とバレないように持ってくること。

 うまく誤魔化して持ってきた者にはプレゼントがある。

 全員、明日は学校をサボらないように。

 特に時と四式(よしき)。わかったか?朴念仁コンビ。興味が無いとか寝坊したという言い訳は受け付けないからね」


「はい」


「Zzz……」



 どういうわけか。それは大した問題ではないのだ。

 例え学校行事で数少ない楽しみであったスキー教室が潰れようと。

 例え、その代わりに行きたくもないような場所への遠足という退屈な行事が増えたとしても。

 例え……前に一度行ったのにまた行かなくてはいけない場所であろうが。


 兎に角。

 肝心なのはその行事が楽しめるかどうかである。過去が如何なるものであったかは置いておくのが肝心だ。

 しかしやはり、予めその行事自体がさして面白くないと分かっている場合、それをどうやって楽しいものにするかがポイント。これはある程度の労力と下準備が必要なのである。が、前々から何度もその話をしているので皆、準備にぬかりはないと旨を張って言えた。

 3年3組という問題クラスを構成する生徒の1人1人に担任の登竜寺蓮雅が求めることは、プレゼンテーション力とエンターテインメント性、それから、規範を守りつつそれらを実現できるかである。

 スキー教室がなくなりやがった代わりに、同じくらいにそのイベントを楽しめるようになって欲しいと願いつつ、それでも我関せずとばかりに自然を堪能することもない輩が出没するであろうことは容易に予測できた。その対策を練るために蓮雅は頭の中にブラックリストを構築していた。



『というわけですよ芹真さん』



 どういう訳か、理解する気など毛頭ない芹真だが、非常時に備えてその日のうちに蓮雅へと連絡を入れた。



「よし、復習だ。

 もしもテロに遭遇したら?」


『全力抵抗。隙あらば情報収集』


「蓮雅の予測を教えてくれ。

 得物を持ってきそうな生徒は何人だ?」


『3人。常に動けるような子たちよ』


「使えるんだな?

 なにはともあれ、気をつけろ」


『……ありがと』



 電話を終え、芹真は屋上へと顔を出す。


 学校を終え、真っ直ぐ事務所へと足を運んだトキの訓練風景が視界に飛び込む。

 藍はそれを見守り、ボルトの連れてきた訓練相手の面々もそれを見守る。


 明日、隣の県までバスで移動し、自然の中で集団行動・状況適応判断の大事さを学ぶという理由付けされた遠足が行われる。



(……)

「……ふぅ」


 明日という日が近付くのに比例し、芹真とボルトの中に胸騒ぎが起こっていた。

 何かが起こる。確たる証拠や予兆がなくとも、直感がそう告げている。或いはこの胸騒ぎこそ予兆なのかもしれない。

 しかし、それは2人だけに限った話ではなかった。トキの訓練を見守る藍も言い知れぬ感覚に見舞われ、教師を演じて白州唯高校に潜入しているワルクスも芹真やボルト同様の不安にかられ、隠し持ち込む武装を考え始めていた。愛院や高城らもそれを感じて連絡を入れ合っていた。


 胸騒ぎを感じたのは白州唯高校に関係する者達だけではなかった。

 明日の遠足に合わせて色世トキへの接触を試みようとした非武装派の2人、ベクター・ケイノスとリデア・カルバレーも不審を抱きながら明日の接触可能な時間と場所の確認を急いだ。






 内から零れる紅を拭いながら男は壁に体重を預けて立ち上がる。

 クレアボヤンスのSR:ミギスは、それを必死に引きとめようとするが男は足を止めなかった。



「無茶だ!

 そんな体で行くなんてどうかしている!今は治療が――」



 滴る流血が創り出す痕跡を辿って他の部下達が男を止めにやってくる。

 が、誰一人、彼に触れることが出来ない。

 例え命脈が尽きかけていようと、男にはまだこの場を完全に“支配/糸配”するだけの力は残っていた。



「あのSRたちに会える、最期の機会だ……せめて、意志だけでも――」



 霞む視界が傾き始める。

 誰にも支えられることなく、マスターピースと名乗るSRは意識を失い、冷たい地面の上に倒れた。

 ナイトメア非武装派のリーダーが倒れる。

 その報は瞬く間に世界中のSRたちへと伝播していった。










 Second Real/Virtual











 バスに揺られること1時間。

 日も高くなって来た頃、トキはバスの中で安らかに寝息を立てていた。

 クラスメイトの殆どがカラオケや会話、ミニゲームなどに熱を傾けているという、はっきりと言うなら騒音の中、まるで静寂に包まれてでもいるかのように穏やかな顔で夢と向かっていた。



「すごいよな。四式ですら寝ることが出来ていないこの状況で……」


「ホント、珍しいよな。トキが仮眠を取るなんて」



 後部と横からトキの寝顔を覗き込み、コウボウと友樹は顔を見合わせた。



「今のうちにちょっと拝借しておくか」



 言うが早いか、2人はトキの鞄を物色して携帯ゲーム機を取り出す。

 しっかりと人数分持参したトキに感謝の念を込めてスイッチオン。

 そんな2人以上にテンションの高い他のクラスメイト達は、



「次の私な!」

「レイズ!」

「結構山が綺麗だな」

「だからそこの攻略は赤だって」

「そいつがババだよボケがぁ!」

「あ、それ俺の嫁ね」

「やはり構造上このバスも後部座席の方が比較的酔い易い傾向が……」

「もっと面白いのあるよ?」

「やっぱり?」

「う゛ぅ、気持ち悪いぃ〜」

「これなんてどうかな?信弥くん」

(やべ……可愛すぎる)

「――眠ぃ」

「蓮雅さんこっち見てないよな?」

「行くぜ!“変態革命”!」「マイク取り上げろ!」

「大丈夫か?」

「何でバスとかって飲食禁止なんだろ?」

「公共故」

『……』

「死んだ〜」

「おっ、いい車」

「現地についてもあんまり下らない事すんなよ」

「ワカリマシタ。イインチョー」

(こいつら……)

「席交換してくれ」



 ノンストップで騒ぎ続け、それでも疲れの色を微塵も見せない。

 空元気というよりも自棄に近いものが原動力となって皆を突き動かしているのだ。

 喧騒と喧騒と喧騒と……とにかく喧騒が混じり合う車内(バス)

 そんな中で、蓮雅は静かに観光案内の地図に目を落とす。



(狙撃に適する場所は3ヵ所か……

 芹真先輩は藍を配置するように言っていたけど、大丈夫なのかしら?)



 真横に目線をずらして彼女を盗み見る。

 窓際に位置する席で、静かに書物へと意識を傾ける橙空藍。

 藍のことを芹真は信頼していたが、蓮雅は信頼していなかった。

 実際に藍が戦った場面を見たわけでもない。耳にしたことはあっても、それが信頼につながるわけではない。



(ただでさえ危なっかしい雰囲気で赴いている子が何人かいるのに……)



 蓮雅が自分の席を立ち上がり、騒ぎまくる子供達の中に要注意すべき生徒を確認する。


 慌ててタバコを隠す奈倉。

 鋭い目つきで窓の外を眺めている高城。

 確実に何かを企んでいるであろう、委員長と配下の馬鹿共。

 確実に羽目を外しすぎるであろう、お嬢と愉快(且つ不愉快)な仲間達。

 現地で揉め事を起こす可能性の最も大きい友樹と、それに付き合いかねない連中×4。

 翼が破廉恥な行動を実行しないように計画を練りつつ、視線を通路を挟んで反対側に座る藍へと向ける。



(漢詩?)



 藍の読む書物の内容を盗み見るが、蓮雅にとって専門外の分野であったため追求をやめて再び計画の立案に頭を回す。いざとなったら手伝ってもらおう。芹真との通話を思い出しながら蓮雅は地図に目を落とす。

 一方、盗み見る者が居たことにも気付かないほど、書物に意識を傾けていた藍は僅かに焦っていた。



(天段の“ホウセンカ”が発動しない原因は……ダメ、これでもない)



 蓮雅が漢詩と思い込んだそれは、藍の家族が残した数少ない文書。華創実誕幻(カソウジッタンゲン)の習得書だった。

 緊急時にホウセンカほど便利な術を藍は知らない。その為、緊急時に備えて習得しておきたかった術だが、難易度の高さが最高級であるため未修得のままである。



(藍の奴、何読んでんだ?)



 席に座っているSRの各々は、たった1人を除いて同じ感覚に見舞われていた。

 バスが目的地に近づくにつれて強まる胸騒ぎ。

 藍はあらゆる事態に備えて陰陽術を復習・習得するために勉強し、愛院は気を落ち着かせるために火の点いていないタバコを(くわ)えていた。のんきに読書する藍も気になるが、それよりも胸騒ぎの原因が何よりも気がかりであった。

 高城は脳内で持参した装備を思い浮かべ、どんな事態にまでなら対応できるかというイメージトレーニングを繰り返し重ねた。



(クソッ……この感覚、孤児院が()ちた日と同じじゃねぇか)


(まさか、このバスを追ってきているんじゃないだろうな?)



 それから約30分後、バスは目的地に到着した。

 見渡す限りの緑。所々に見られる人工色。

 山に囲まれた山村。

 村でありながら観光名所とされている場所。


 『奥の自然処』


 高速道路を降りて5分ほど車を走らせると辿り着ける場所である。

 国道から市道に入ると到着するという、ごく単純な道のりで辿り着けるのだ。


 電気も通っていれば水道も通っている。

 山に囲まれているからといって不便することも、災害に苛まれることも滅多にないという場所だ。

 観光所であるため自販機や食堂も存在し、また人が歩くための道も自然にそって敷設・整備されている。

 キャッチコピーは“自然とふれる村”であった。



「それでは皆さん、学生として、人として恥ずかしくないよう行動してください」



 学年主任からの諸注意を終え、自由時間が始まる。

 昼食時間まで完全に自由行動。

 グループも3人以上なら組み合わせを問わないというものだった。早速集合する生徒もいれば、孤立する生徒もいる。


 そんな中で藍や高城らはすぐに集まっていた。

 集まるやいなや、自分達の不安・胸騒ぎを告げ、それぞれの不安を更に深めた。



「じゃあ、お前らも……」


「嫌な予感は今でも絶えない」


「俺はむしろ、ここに着てから格段に酷くなった」



 3人はトキの姿を探しながら会話を続ける。

 いつから始まった胸騒ぎなのか。どういった感覚でそれを体験しているのか。

 藍は軽い息苦しさ、愛院は背筋に走る寒気のようなもの、高城は妙に落ち着かない己に気付いた。前者2人同様、これまでの人生経験を元にこれから何かが起こると予測した。


 そんな中、トキはどうなのだろうか?


 もし、この虫の知らせが間違いだったら。

 そんな僅かな期待を膨らますため、トキの意見も聞いておきたかった。

 しかし、見つからない。



「何処に行きやがった!」



 舌打つ愛院の横で藍はトキの降車後の行動を思い出していた。

 バスの中で目を覚ましたトキはすぐに車酔い組みとなり、お手洗いへと肩を借りて連れて行かれていた。それに付き添っていたのは――



「翼はどこ?」


「エロティカならカメラ持って食堂に行ったけど?」



 村崎翼。

 彼を探して藍と愛院は道を進む。

 その間、高城は工芸処やお土産コーナー・公衆電話・バス等を確認し、トキが戻っていないかを確認した。



 ――8分前



 村に入る前に諸注意を聞く為、生徒達は駐車場に集められていた。一刻も早く入村したい生徒もいれば、行事自体に不満を隠さない生徒・一切興味を示さない生徒までいて、当然早く長く面倒な話から解放されたい生徒がいた。そんな生徒達とは別に、車酔いした生徒達は一足早く村に入ってお手洗いに連れて行かれていた。

 中には肩を借りなくてはいけないほど重度の酔いに見舞われた生徒もいる。

 3年3組の生徒では色世トキと、類家香織(るいけ かおり)の2人がこれに該当した。


 しかし、トキは本当に酔っているわけではなかった。他の生徒達よりも早く村に入ることを目的とし、車酔いを装って他の生徒達よりも早く入村を実現したのだ。


 トキが誰よりも早く村に入りたかったのには理由がある。

 いつか見た、目的地に着く直前にみる夢のようなビジョン。前回は黒羽商会の時。今回もそれが見えたのだ。新緑と斜面を進み続け、その先で待つ誰か。ハッキリとその人物の顔を見ることができたわけではないが、場所は確実にこの村であるとわかった。この村を、奥へ進み、山に入り、直進して開けたところにそれが待っている。

 敵か味方かわからない。かと言って放置するわけにもいかない。

 だから、確かめに行くのだ。


 その為にバスから降りる直前に翼を捕まえ、付き添いを装ってもらった。



「本当は酔っていない?」



 お手洗いの直前でトキは翼に伝えた。



「もしかしたら、誰かがこの村に来るかもしれないんだ。

 それが敵なら先に倒しておかないと」


「確かにその方が犠牲者も減る。しかし、お前はどうするつもりだ?」


「どうって?」



 ため息をついて翼は貸した肩を解く。



「無事に帰ってくると誓えるのか?」


「わからないな」


「トキ……まさか、ゲーム感覚で行こうとしていないか?」



 首が横に振られる。

 トキには自信を持ってそれを否定することが出来た。

 ゲーム感覚で戦うなと、訓練で教わった。嫌になるほど体の芯に、リアルに刻み込まれた。その中でも特に“ゲームのように次の機会があると考えて戦いに望まない”ということを手ってして教育された。

 一度きりのチャンス。常にその気持ちを念頭に挑め、と。



「頼みがあるんだ。

 藍たちが知ったら心配するから、俺のことを聞かれても知らないと言ってくれないか?」


「……帰ってくると約束するのなら、な」



 トキが首を縦に振る。

 それを確認し、クラスメイト達が村に入ってくる前に行動に移った。翼が他言しないことを信じ、トキはタイムリーダーを発動して静止世界の中を進む。一気に村の道を駆け抜け、タイムリーダーが静止世界から低速世界に変わる前に山の中へと入った。

 警鐘と導き。

 バスで見た夢の場面一つ一つを思い出して道を辿る。



(黒羽商会の時もそうだったけど、どうしてこれからのことを見るんだ?)



 茂みを掻き分け、小川を越え、山の斜面を登り、時に下る。

 陽光を浴び、森林のざわめきを聞き、木々の間を風が吹き抜ける。

 人工物に囲まれた街を離れ、自然に囲まれた場所。



(俺に、予知能力でもあるのか?

 まだ俺自身が知らない力があるってのか?)



 木々で装飾された空間が開ける。

 トキの目がまぶしさに細められた。

 視界一杯に広がる新緑。

 真上に広がる快晴。

 ぽっかりと開けた草の茂る平地。

 タイムリーダーの発動と解除を小刻みに繰り返しながら辿り着いた場所。



(翼……嫌な思いさせて悪い。

 たぶん、あそこに何かいるんだ)



 山の中腹の平坦な場所に設えられている緑色のタープテント。

 トキはそこにSRの存在を確信し、複数の人影を視認した。






「おい翼、トキを知らないか?」


「敵がいるかどうか確かめてくると言っていた。

 頼む、探してくれ」



 同時刻。

 あっさりと約束を破った翼は、3人にトキを追ってくれと依頼した。

 心の底から心配していたが故に出てきた言葉だが、頷いたのは女子2人。

 高城はその意見に同意しかねると、異論を口にした。

 反対の意見を口にした理由は単純で、自分たちがこのクラスを離れた瞬間に、他のSRにクラスメイトが襲われたら誰がそれを阻止・防衛または救出するのか。それを考えて全員で捜索に向かうのは得策といえないと意見したのだ。



「人探しは愛院が得意だ。

 俺は残る」



 今度はその意見に異論が挙げられた。



「私が残る。

 チームプレイなら私よりも、播夜と愛院の方がうまくいくと思う」


「でも、1人でクラスを護れるのか?」



 愛院の言葉に頷き、高城も納得して護衛を藍に任せ、クラスメイトに見つからないように集団から抜け出す。

 正直、高城にとって藍の申し出は大変ありがたいものだった。実力的に自分よりも遥かに格上の藍なら心配は無用である。しかも、鬼のSRでありながら陰陽術まで使えるのだ。力で攻めてくる敵にも、遠距離攻撃の敵にも対応できる実力を兼ね備えているため、これ以上ない戦力であり、敵にとって脅威となる。


 走り去る2人の背後を藍と翼は見守った。



(どうか、何事も起こらないように)



 申し出た藍にもクラスメイトを護りきる自信はあった。アサの暗殺以来、今日まで必死に命を護るため術の修練に励んできたのだ。

 何も起こらないに越したことはないが、妙な胸騒ぎが止まないうちは警戒を緩める理由もない。

 唯一不安があるとすれば、それは自身にではなくトキにであった。

 訓練で確実に力をつけ、経験値を上げているとはいえ、まだファーストアタックには弱い。最初にペースを奪われるとすぐには立ち直れない。それが今のトキの弱点であるのだ。そういった現状に付け加えて、この地形である。山林茂り、傾斜複雑。こういった地形では潜伏することや奇襲・襲撃を掛け易い。

 戦闘が起こらないことを祈りつつ、警戒を怠らないよう自分に言い聞かせた。


 トキを信じろ。






 テントの中から新たに現れた人影を視界に入れた途端、特急風司は声を張り上げた。



「色世トキだと!?」


「落ち着いて下さい隊長。

 ……これも、あなたの仕業ですか?」



 興奮するリデアの腕を押さえながら、魔術師ケイノスの目が主催者である男に向いた。

 テントの下に集ったSRは新たに現れたトキを合わせて5名。

 ケイノスが知る限りでは最悪の集まりだった。何故これだけの場に自分たちが招かれているのか。

 リデアとケイノスの2人は理解に苦しんだ。



「やぁ、トキ」



 テントの日陰に入ったトキに声がかかる。

 その時のトキの反応から、先に席についている面々は主催者とトキが初対面であることを悟った。



「……どうも」



 申し訳程度の挨拶を返し、このテント内で最も権利を有しているであろうその人物、長テーブルの中央に座る男を見回す。全身を濃緑色のアウトドアを満喫している一般人にしか見えないが、警鐘の大きさから、彼がSRだとすぐに判断できた。

 自分の名を叫んだ隻眼の男も、それを諌めた人物もSRだとわかる。ずっと瞑想している迷彩男も然り。このテントに集まった者は全員SRだ。


 中でも特に大きく警鐘が鳴り響くのは、瞑想している迷彩着の男。

 その次にアウトドア着の男。



「歩いて来たのか――って、そうだよな。こんな山中じゃそれしかないし。

 悪い悪い。つまらないこと聞いたな。何か飲むか?」


「どうしてこんな所に?

 あんたはSRか?」



 トキはすぐに質問を始めた。

 この中のリーダー格。

 ダークグリーンの上下を身につけた男。



「そう。SRだ。

 ここに存在する理由は君と話すためだ。

 それから、彼らと話をさせるため」


「……余計なことを」



 瞑想していた男が初めて口を開く。

 重い声から不機嫌の様がひしひしと伝わった。


 その様子から、トキは疑問を抱く。

 彼らは同じ組織のSRではないのだろうか。

 漂う雰囲気から和気藹々としたものは感じられず、むしろ重い何かを嗅ぎ取ることができた。真っ先に考えたのは、ナイトメアの武装派と非武装派である。

 彼らには自分と接触する理由があった。協会と対峙するための戦力としての勧誘――



「その前に自己紹介と行こうか。 俺は完全支配のSR、オウル・バースヤードだ。

 職業は協会長。よろしくな」










 -第36話-


 -Drastic tea party-










「さあさあ、まず座りなよ」



 目の前に引かれたイスが存在していたことに気付き、トキはその背もたれに手を掛け、着席する。

 テーブルの上には紙コップと水筒だけが人数分用意されていた。中身は空だが。

 ノドの渇きを我慢しつつ、もう一度全員の顔を見回す。


 冷静を欠いたトキにそれぞれの特徴を見つける余裕は残っていない。

 思いもよらない面会によって驚異を覚え、そのせいで戦闘態勢をとるべきかどうか迷った。協会の方針に反対する芹真事務所に所属している以上、敵でなくとも味方ではない。攻撃をされても文句を言えない立場だ。

 しかし、相手は協会の頂点に立つSR。完全支配。一切の情報を持ち得ないトキは本能的にそれを理解してはいたが、考慮に含める余裕はなかった。



「あ……あなたが、協会長?」


「そうそう。よく言われるよ。

 俺みたいな軽そうな奴が本当に協会長なのか、って。今まで億単位の人に言われてきたから慣れてるけどさ。嘘をつくメリットなんて無いんだし、嘘をついた所で余計な揉め事に発展するだけだから、いつも正直に名乗り出るんだけど……

 現実はそう簡単にいかなくてな、なかなか信じてもらえないんだ。それに関してはここ数百年ずっと苦労しているんだよ。1人の人間を意のままに動かすのは呼吸と同じくらい簡単なのに、“関係の支配”が不調なんだ」



 自分をアピールするが、信用は限りなく零に近かった。

 どんなに言葉を紡いだところ、相手にそれが伝わらなくては意味を成さない。

 意味の為に紡ぐ言葉を選ぶ時間がないため、バースヤードは次の手段を考えていた。自分の証明に苦労するのは最近よくあることだが、改めて自分のやり方を見直すと非常に効率が悪い。



(どうして協会長が?)


「だから、君と話すためだよトキ。OK?

 さて、最後の1人が来るまでわずかな時間があるから、それまで少し情報交換でもしないか?」



 長年の人生経験を生かした会話の発展方法、勘が織り成す会話の支配。

 少しずつ自分の力を見せつつ相手に確信してもらう。それが協会長であるバースヤードが最近よく使う手段であった。



「少し待て協会長!

 君だけで自己紹介を終えてしまっては、我々が空気の如くなってしまうではないか!」



 隻眼の男が、今度はバースヤードへ向かって大声を張った。先程隻眼の男を(いさ)めた人物もその意見に賛同。

 協会長の納得を得て、2人はトキに体を向けなおす。

 最初に名乗ったのは隻眼の魔術師:特級風司。特級風司は挨拶の後に手を差し出した。



「私はリデア・カルバリー。魔法使いのSRで、いまはナイトメアの非武装派に所属している」



 一瞬、差し出された手を取るべきか悩み、トキはその手を取った。交戦の意志がないなら無理してでも拒む意味はない。

 このSRに対して警鐘は一切鳴らなかったが、リデアという男の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。何かを企んでいることに間違いはないが、警鐘は鳴る気配がない。

 リデアの次に声を掛けたのは空間殺しの異名を持つSRであった。



「僕はケイノス。ベクター・ケイノス。

 隊長と同じく、魔術師のSRです」



 もう1人の魔術師は無表情かつ機械的に挨拶を述べた。色世トキという人物を分析するため、感情の一切を押し殺して冷静を維持していたのだ。その様子がトキの警戒を強めた。

 警戒を解くべきではない現状。一瞬の油断が命取りになるこの場に於いて、トキの肩から力が抜ける。それはいつでも相手の攻撃に対応できるようにという反撃の姿勢。いつでも戦闘に移行できるようにと訓練された証である。



(少しは鍛えたわけか)



 挨拶を返すトキを見ながらバースヤードの分析が進む。

 索敵レベルこそ低いものの、トキの対応能力は高い。短いリーチを補えるSRを持ち、トキ自身その力の有効活用方をある程度理解している。この現場で3番目に強大なSR。

 つまり、立派に脅威として数えられるSRの1人である。



(僅か数ヶ月前まで問題視するほどのSRではなかったのに……)



 直に会って伝わる色世トキという人物のSR。

 協会長という地位に居て、絶対支配という力を持っている自分でさえ底を測ることが出来ないSRの持ち主。

 存在型や理論型のようでもあり、創造型でもあるような感覚。それほど特異な力の持ち主。


 色世 時。


 バースヤードの視線を受け、寡黙を守りながら耳を傾けていた男がため息を漏らす。

 出来ることなら名乗りたくはなかった。何故なら、このテントの下に集まったSRの中で将来的に最もトキに関係する人物が自分であると分かっているからだ。

 だから、名乗りたくない。

 折角リデアが交戦を避けてくれたのに、自分が火種となる恐れがある。

 出来ることなら顔も合わせたくなかった。



「ほらほら、みんな名乗っているんだ。

 大丈夫だって。交戦は起こらないさ。この場は俺が支配しているんだ。

 わかるだろ?

 誰にも拳は振らせないし、剣も握らせないし、引き金も引かせない」



 バースヤードの視線に加え、魔術師2人の目が向き、更にトキの視線までが迷彩服の男に集まる。



「まったく……」



 集まった視線の重さと僅かな支配により諦観に到る。

 一呼吸置き、男は親より授かった己が名前を名乗った。



「メイトス・シュラヴァイトフ・ジヴィア。 いまは、この茶番に付き合おう」



 腕を組んだままのメイトスと凍りついたトキの視線が交差する。

 2人がどういう関係なのか。

 バースヤードはもちろん、魔術師2人もそれを知っていた。


『メイトスの名を持つSRを殺すSRが、ニホンに誕生する。そのSRを持つ人間の名は“シキヨトキ”』


 現代のSR界最強のテロリストと言われるメイトス。その名前を知らない者は少なく、同時に顔写真を見たことがある者も少ない。が、その名は多くにとって脅威となるものだった。魔術師2人も、名を知り顔を知らない類であった。



(こいつが、メイトスだったのか!?)

(あれ? こんな人だっけ?)



 トキにとって、メイトスという名はいつか会うのだろう大事な名前。避けて通れない敵の名と、最初は考えていた。

 しかし、実際に会ったこともない人間を敵を決め付けることがどれだけ罪なのか考え、認識を改めた。



(この人がメイトス……俺が、将来殺す人)



 気が重くなるよりも早く、協会長の一声が全員の意識をまとめた。



「さて、いまの協会がどういう状況か皆に伝えておこう」



 虚を突くかのように放たれた言葉。

 それに真っ先に意識を傾けたのはベクター・ケイノスだった。



「自己紹介も終わっただろ?

 だから本題に入ろう。

 もう一度言うが、ここにいる皆に協会の現状を教えよう」



 メイトスが目を瞑るのを確認し、バースヤードの説明が始まる。



「現在、協会本部では四凶の監視・探索に全力をあげて戦力を世界各地に散りばめている。

 ヒーローズの三分の一は日本周辺に配置、三分の一は世界中で任務に就き、残りの三分の一は本部の防衛や待機要因として配備。

 また、内部で四凶反対派と賛成派、中立派による意見の衝突が増えてきている」


「中立派とは何かな?」


「いい所を指摘してくれたよ。リデア。

 協会内での内部分裂の規模を拡大するのも縮小するのも、彼ら中立派が鍵となるんだ。

 どちらの肩を持つべきか。自分では決めかね、流れに身を任せたり、他人に依存して自分の身ばかりを案じる。或いは――」


「四凶の存在を理解しているからこそ、深く悩み、悩み続けようが答えを導くことができない」



 メイトスの言葉に会長が頷く。



「さて、魔術師のお二方。それからトキ。

 君達に聞きたいんだけど、四凶と聞いてどんなイメージが頭に浮かぶ?」


「ドス黒い負の渦だ」



 即答するリデア。



「平静を乱すモノ」



 次いで答えたケイノスの回答。

 2人の意見を聞き、メイトスからため息が漏れる。



「トキはどうだい?」


「え……と、急に聞かれても」


「何でもいいんだ。パッと頭に浮かぶイメージだよ」



 四凶という言葉を耳が受け取る。

 最初に浮かんだイメージはトウコツだった。次にコントン。

 トキ自身が関わった四凶。

 実際に交戦してみた相手。



「人、かな?」



 メイトスの目蓋が上がり、会長は頷く。

 トキの回答を理解できないリデアは眉をしかめた。が、人それぞれ違うイメージを持っているのだと自ら納得し、質問を控える。

 だが、ケイノスは質問した。



「どうして“人”なんですか?」


「うーん、何となく……」



 ケイノスとトキの間に会長が口を挟む。

 それが道徳的に最も正解に近い、と。



協会(ウチ)で四凶の排斥に反対する人間の多くはソレを主張するんだよ」


生命(いのち)



 メイトスの呟きにリデアは固まる。

 四凶と括られるSRも結局のところ一基の人間でしかない。



「しかし、彼らが人々にもたらす不幸の大きさは、時として戦争という規模にまで発展し、多くの命を奪ってしまう。

 だから、排斥賛成派はそういう未来が起こる前に四凶を処分すべきだと主張するんだよ。多数の犠牲よりも少数の犠牲ってな。どうにかしなきゃ大変だよ。ホント」


「どういうことでしょうか会長さん。まるで将来、戦争が起こるとでも言わんばかりの言い草に思えるのですが、僕の考え過ぎでしょうか?」



 ケイノスが噛み付く。

 しかし、その質問はバースヤードの支配の一環であった。

 これから伝えなくてはいけない大切なこと。



「ああ。

 四凶が引き金となる戦争が、あと7年8ヶ月と22日±1日で起こる」


「な、何だと!?」

「本当……ですか?」



 立ち上がったリデアを押さえるケイノス。2人を横目で見ていたメイトスは歯を食いしばった。

 トキはその話が非現実的にしか思えなかった。戦争の発生を予測することが可能なのか。もし、知ることが出来たとしたら、人類にそれを阻止することは可能なのか。

 わからない。



「どうやってそれを知ったんです?」


「今は亡き預言者が残した最期の予言だよ」



 リデアがケイノスの腕を振り切る。身を乗り出してテーブルを叩き、抗議を始めた。



「貴様、それでも世界を牛耳る協会長か!?」


「ああ。会長だが何か?」


「その戦争の被害でどれだけの一般人が苦しむと思っている!?」


「人類の92%が戦火に巻き込まれ、築き上げてきた文明の68%が消滅する。

 国境は曖昧となり、食糧難、エネルギー枯渇、環境汚染の深刻化、爆発的人口減少が起こり、人は未来を失う。

 はっきりと言うとさ、人類史最大最悪規模の戦争になるんだよ」



 リデアの頭に火が灯る。

 ケイノスはそれを押さえようとはしなかった。



「そこまで分かっているのなら、戦争を回避する道を教えるんだ!今すぐ!

 人類の為なら致し方なくも協力する!」


「無差別テロに見せかけて、学区内に押しかける作戦を立てる君を?

 俺が信用するとでも?」



 2人の目がトキに向く。

 リデアは口篭り、ケイノスは沈黙を続ける。

 言葉を続ける会長。



「冗談だよ。安心しろ。

 今日、ここに集まったのは他でもない、戦争を回避したいがためさ」


「何?」



 沈黙していたメイトスが露骨に疑問を浮かべる。



「まず、俺が知っている未来の一部を教えよう。

 数ヵ月後、協会本部で大規模な戦闘が発生する。現在の世界情勢を一気に塗り替えるだけの事件だ。

 肝心なのはここから。

 その場には、君達全員がどういうワケか居合わせているんだ」



 それぞれの視線が交差する。

 リデアが居て、ケイノスが居て、トキ、メイトスが協会の本部に居る。

 協会長の予言を怪訝に思わないのはメイトスだけだった。逆にトキは先ほど会長の一言一言が信じられず、何故このような場を設けたのかという疑問にまで到った。



「それは本当ですか?」


「わかるよ。戦争もキャストも信じられないだろう?

 俺だって信じたくない。戦争なんて起こらないことに越したことはないんだ。平和が一番。ちょっとした歪みは必要悪だが、やっぱ平和に代えられるものなんてない」



 同情するバースヤードを他所に、メイトスが聞く。



「もし私がその場に行かなかったら世界はどうなる?

 私がそこに行くことで戦争を回避することができるのか?

 両方の答えを聞かせてもらおう」


「いいぜ、メイトス。

 もし来なければ別の可能性の未来が生まれる。ただそれだけだ。単純で分かりやすいだろ?

 逆に来てくれるなら、戦争の未来を回避できる確率がぐんと跳ね上がる」



 十指を絡ませ、協会長は前へと乗り出す。



「言っておくが俺は戦争反対だ。極力回避したい。

 戦争ほど自己中心的で汚いものはないからな。誰だって嫌だろ?もしかしたら親友になれたかもしれない奴らと銃火を交えるなんて。

 なぁ、メイトス。君ならよぉ〜く分かっている筈だ」


「……あぁ」


「世界大戦なんてもうやっていられないっての。今の時代はグローバルだもん。って、だいぶ前からか。

 まぁ、それでも戦争仕掛けたがっている奴らは何人かいるけどな」



 自国の為。利益の為。己が威信の為。

 戦争をする理由はそれ以外にも多く存在した。それでも戦いが起こらない理由は、人々がそれを望まないためである。



「それはさておき、世界中で俺たちしか知らない事実を伝えたんだ。次はそれに関連することだ」



 メイトスが足を組む。

 協会長の口からこぼれようとしている言葉は、とてつもなく冷たい事実なのだろう。まじめに取り組もうとしているその姿勢から重みが伝わってきた。真剣な態度に比例する責任感の強さ。

 メイトスだけでなく、リデアもそれを感じ取っていた。とてつもなく巨大な真実が告げられようとしている。



「今まで起こったすべての戦争の原因に四凶が深く関わっている」


「四凶、が?」


「どうして分かる?」



 質問しつつ、リデアは乾いた喉を潤すために手元の紙コップを手に取り一気に煽った。

 その隣でケイノスが、いつ紙コップに液体が注がれたのか不思議に思い、困惑していた。トキも気付く。

 誰もコップに何かを注いだわけではない。

 それなのに、リデアの取ったコップにはしっかりと何らかの飲料水が注がれていた。



「何を根拠に断言している?」


「俺が会長だからだ」


「協会長なら何でも分かるとでも言うるもりか?」


「違う違う。分かっているから会長勤められるんだよ」



 ケイノスが手元の紙コップを調べるのと、トキも同様の行動に移った。

 手元のコップに飲み物を注いだ覚えはない。

 その筈なのに、容器は液体の冷たさに汗をかいていた。透き通ったハーブティ。高価な茶葉を使ったものでないことは匂いでわかるが、問題はそれじゃない。いつ注いだかである。



「正確に言うと、四凶によって戦争が生まれてくるんだよ。

 戦争の原因とされる人物全員に四凶の属性が強く現れてな、これが何らかの出来事を境に更に強まり、周囲に大きな影響を与え始める。それが連鎖して連関すると、最終的には戦争が発生してしまうんだよ。だから四凶の属性がある人間を管理するために協会があるんだよ」


「四凶の……?」


(属性?)



 一同、聞きなれない単語に頭を回す。

 属性という単語自体日常的に使うことのないリデアはもちろん、ゲームや娯楽系の書籍で度々その単語を見聞きするトキでさえ理解に苦しんだ。

 四凶という言葉に加わる、属性という意味。


 微風がテントの中を吹き抜ける。

 風が止むのと同時、協会長がトキの背後を指差した。



「おっと、意外と早かったな。最後のメンバーがご到着だ」



 6つの目がそちらに誘導される。

 足を引きずるように光の下を進む人物。

 水色の眼鏡をかけ、衰弱した男。それが第一印象だった。

 新たに現れたその人物が誰なのか、トキを除いた4人は理解していた。



「やっと来たか、絶対糸配。

 倒れたって聞いたけど大丈夫か?」


「マスターピース殿!? どうしてココ――!?」



 リデアの口がひとりでに閉じる。本人の意思に反するその閉口は、絶対糸配の成せる技であった。

 絶対糸配:マスターピース。

 彼は急いでいた。余計な質問を省き、必要なことだけを聞き、考え、伝えなくてはならない。

 急ぐ必要があった。

 残された時間は僅か。誰かに理解して欲しいわけではない。ただ、現実的に時間が残されていない今、自分に課せられた役目を全うしなければならないと、何度も強い使命感が訴え続けていた。


 ケイノスはマスターピースの衰弱がただの体調不良によるものでないことを悟り、自分の腰掛けていた椅子を差し出す。背後に椅子が置かれると、マスターピースは崩れ落ちるように座り込み、呼吸を整えて顔を上げた。

 開口できるようになったリデアもケイノスと同じ考えに至った。立っていることさえ辛いほどにマスターピースは弱っている。

 その原因を理解することはできずとも、時間に余裕がないことは十分に理解できた。



「ナイトメア、非武装派の……マスターピースだ」



 息絶え絶えに彼は名乗る。

 それからすぐ、真っ直ぐトキへと手を差し出し、握手を求めた。



「サツキさんの子……だよな?」


「母さんを知っている?」


「あの人のおかげで俺は……生き長らえた」



 瞳に映ったマスターピースの姿が、トキにリデアらと同じことを悟らせた。

 目の下の隈の濃さが男の疲労を物語る。決して暑くはない気温の中で止まらない大粒の汗。絶えず上下する肩に、荒い呼吸。

 握った手に感じる氷のような冷たさ。恐怖のせいか、寒さのせいかわからない震え。

 マスターピースという男に触れ、トキはそこから自分の時間を僅かだけ彼に流し込み、彼に残されている時間の少なさに驚かされた。



「リデア……僕が来るまで、どんな話をしていた?」


「現在の協会内部の状況であります。

 四凶排斥派と賛成派、中立派に分かれ、また戦力も世界各国に分散し、本部は手薄だと。

 それから、将来四凶が原因の戦争が起こる可能性が強いという話を」



 リデアの視線が協会長とぶつかる。



「さぁて、マスターピース。

 俺は君に聞きたいんだが、そのダメージはどうした?

 誰にやられた?」


「俺……も、聞きたい。“オリヤ”という女は協会のSRか?」



 腕を組んだままのメイトスと、震える体を必死に抑えるマスターピースの視線が交差する。

 風が止み、鳥や虫たちの存在感の一切が消え、静寂が始まった。協会長の首は横に振られ、メイトスは遺憾を顔に表し、魔術師2人は唖然とした。

 トキも死に掛けている男にどう言葉をかければいいのか悩んだ。そもそも初対面の相手で、しかも関係上は敵対関係にもある男に、何と言えばいいのか。



「何者だ? そのオリヤという人物は?」



 メイトスの声が静寂を否定する。



「マスターピース。正直、私は貴様ほどのSRがそこまで追い込まれるなど、一生有り得ないだろうと思っていた。

 お前を追い詰めた相手は何者だ?どんな力を使った?」


「期待に……添えなくて、悪かったな」


「それより、非武装派のトップだからな。立場的には協会長(オレ)と近いんだ。指揮の方は大丈夫なのか?」



 支配の言葉に糸配は頷く。



「お前たち協会は、そこの2人を中心に崩していける……」


「なぁ、同士。

 非武装派には後任に選べるSRが何人いる?

 そもそも組織としてやっていけるのか?」


「いけるさ!」



 言い圧されるマスターピースの助けにリデアが立ち上がる。



「こちらには神父もいれば自由四季もいる!」


「ああ……リデアの、言う通りだ。それに、ミギスやフォルトンもいる」


「そうかそうか。

 言われてみれば厄介な奴ばかりだな。

 天啓神父に自由四季、衛星千里や絶夢までいるとなれば、非武装派は安泰だな」



 しかし、メイトスは頷く協会長と逆の反応を見せた。



(終わりだな……)


「何か変なことでもありましたか?」



 挑発的な視線を送りつつ質問するケイノス。



「魔術師の2人は知らないんだな。

 数日前、協会内部に非武装派へ通じている人物がいると情報が流れてきた」


「な……!」


「内通があったと情報を提供してくれたのは完璧のSR。

 完璧のSRに情報を伝えたのはデストロイ・マーチ。芹真事務所の社長だよ」


「芹真さんが?」


「こちら側の内通者が誰なのかは完全に把握できた。

 対処方法については検討中だが、いつでも排除可能なため今は泳がせている」


非武装派(こちら)にも内通者がいるのだな!

 それは一体誰だ!?」



 まず落ち着け、と手をかざす絶対支配。

 リデアと同様に心動かされた糸配が追求する。

 誰が何の為に協会のSRと内通しているのか。



「ナイトメア側の内通者の正体は掴めていないが、候補者数人は絞れている」


「その内の1人が非武装派の背骨と言われる、天啓神父ことパパ・テスタメント。

 次に、絶夢:フォルトン・ドラーズ。

 第三候補、原初悪夢:ナイトメア。

 第四候補、超絶潔癖:ギュン・パクフォン」



 協会長の口からではなく、メイトスの口でその名前は挙げられた。

 それを聞いたマスターピースの顔色が悪化する。

 挙げられた名は非武装派の最重要戦力ばかり。1人も失うことが出来ない貴重な人材たちだった。



「それは……本当なのか?」


「ああ。メイトスの言っていることに嘘はない」



 激しい息切れに襲われるマスターピース。

 メイトスはそれを静かに見守った。

 終わりの時は近い。

 もう、長くは持たない。



「なぁ、同士。

 今ならリデアに耳を傾ける余裕があるんだ。

 伝えるべきことを伝えろ。

 その為ここに来たんだろ?」



 1人の重々しい呼吸音が場の空気を塗り替えていく。

 連続し、必至に生の動作を紡ごうとする呼吸に反比例し、刻々と近づく終わり。



「リデア……」


「ハッ!」


「ケイノスと共に、ナイトメアを抜けろ」


「了……かぁっ!?」



 直立したリデアの姿勢が崩れる。その隣ではケイノスも動揺を隠せずにコップを握りつぶしていた。



「どういう、ことでしょうか?

 意味が……言っている意味が全く――!?」


「今日、誰のところにも行くな……内通者がいるのなら、非武装派はもう、終わりだ」



 予防策としてマスターピースは2人にナイトメアを離れて欲しかった。が、肝心の2人はその意図を掴めていなかった。

 説明する時間も無い。



「ぐっ……!」



 口元に手が走る。

 前後する上半身。直後に噴き出す赤飛沫。


 それを見て真っ先に動いたのはトキだった。

 コップを手に取り、マスターピースの目の前に差し出すと、



「飲めますか?」



 トキの次に動いたのがケイノスであった。

 差し出されたコップを持った手の首をケイノスが握りとめる。



(マスターピース)に何をするつもりだ?」


「ただ生きて欲しいと思うだけだ。それに、苦しそうだから――」



 手首に痛みが走る。 

 トキの言葉にケイノスは怒りを覚え、力を強めながら説明した。



「僕にはSRという力の作用を目で見る能がある。

 嘘をつくな。

 そのコップに、中身に何をした!」



 協会長が笑みを浮かべる。

 にらみ合う2人を他所に視線はマスターピースに向き、同様にマスターピースの目は協会長の一挙手一投足を捉えていた。



「そうだぞ、トキ。

 お前が良かれとやっていることも、実は当事者にとって厄介以外の何者でもなかったら、それは嫌がらせか或いは強制なんじゃないか?」



 まずは2人を落ち着けようと協会長がトキを、



「慌てるなケイノス。

 仮に、それに盛られた物が毒であろうがなかろうが、オレの死はもうすぐ目の、前にあるんだ」



 マスターピースが言って聞かせ、それでも反論しようとするケイノスを糸で以って着席させる。空間魔術よりもマスターピースの糸配が格段に早い。

 着席したケイノスとは別に、トキは立ち尽くしたままコップを持ち直した。直に伝わった死へのカウントダウン。

 今の自分になら、それを少しだけ延長することが出来るという自信があった。

 クロノセプターでコップとハーブティから僅かな時間を奪い取り、マスターピースへと与える。



(誰だって生きたいはずだ)


「それは偏見だよ、トキ」



 各々の視線が入れ替わる。

 協会長とトキが向き合い、リデアとメイトスの視点がトキへと向く。ケイノスはマスターピースを見守り、認めがたい現実に歯を噛み締めた。



「人が人であるために避けて通れないモノが“死”だ。

 いつか終わってしまう自分という物語。2度と再現されることのない自分という一つの世界。

 終末への恐怖が人を突き動かし、衝動を感じ取りながらも抑制させ、関係を創り上げていく。或いは、諦観へと突き落としたり衝動を開放する。利もあるが害もある。

 生き物である限り、それは不変のエンディングだ。絶対にその結末を曲げてはいけない」


「何が言いたいのかわからない」



 コップを手にしたまま投げ掛ける質問。

 こうしている間にもマスターピースの生は消費を続けている。

 出来るだけ急いだほうがいい。 その筈なのに、どうしてか気づいた時には質問をしていた。



「いまこの瞬間、彼は死に対する恐怖と死に至るまでに自分がしなくてはいけないという責任、それから使命感に駆り立てられて会話に参加している。

 それに初対面のトキは知らないだろうが、マスターピースの基本寿命はとうの昔に尽きている」


「尽きている?

 じゃあどうして――?」



 どうしてココにいる?


 言いかけて悪寒が走った。

 人のことを言える立場ではない。言えはしないが疑問が解消するわけではない。

 寿命の尽きた人間がどうして生きているのか。

 理解できないことに人は恐怖を覚えるという台詞をトキは理解した。どんなメディアで頭に入ったかは覚えていないが、納得した。不可思議が謎に変わり、謎が驚愕に変わる。更に変化し、感情がたどり着く境地は恐怖である。



「君の、母に助けてもらった」



 生と死。

 単純と思う人と思わない人がいるのは当然だ。人は皆価値観が違う。

 それでも、言葉でない現実的な意味でのその単語は、非常に重たいものだった。生が生を紡ぎ、死は生を断つ。その逆は無い。死から死は生まれない。生が死を拒むことはできない。常識として人はそれを学び、知り、気付かぬうちに生死という重石を背負う。



「母さんに?」


「本当は重大なルール違反なんだけど」



 協会長とメイトスの目が合う。



「本来なら命脈に従って生きていることは出来ない。それなのに生きているということは、多くの人間――特に繋がりを持った他人に多大な影響を及ぼすことになるんだ」



 家族や友達。

 自分が彼らと別れることで彼らが歩み始める未来。その未来が変わる。大抵の場合が、悪い方向・結果へと向かって動き出すのだ。



「アヌビス達にそういう不正な魂を処理させているが、追いつかなくなっている」


「だから私は生かされているのか?」



 全てを否む眼光。

 バースヤードはその視線から逃げるようにでもなく、言い切った。



「生かされている人間なんていない。

 ただ人は、運命っていう便利な垂れ糸をよじ登り続けているだけださ」



 沈黙。

 ため息をつき、それ以降メイトスは椅子を離れるまで口を開かなかった。



「さて、トキ。

 君はそれでも彼に時間を与える気か?本人の意思を確認もせずに」



 全員の視線が集まる。

 新緑に包まれた空間に漂う選択の責任。絶命に追い込みかねない圧力。

 ハーブティの入ったカップを手に取る会長。沈黙するメイトス。トキの判断の善悪に悩むリデア。トキの行動を邪魔し、後ろめたさを感じるケイノス。


 トキと目が合ったマスターピースは、ゆっくり重たい首を横に振った。



「いつかは、来ると思っていた……事だ。

 今度は、潔く受け入れよう」



 掌の中で、在り処を求める時間が機械的に回流し続ける。

 理解できない彼の選択。

 理解して欲しかった自分の選択。



「死ぬ気、ですか……?」


「一度、死の淵を見てきた。

 生きていることの素晴らしさを……知り、生き延びることの罪深さも知った。

 これ以上は望まない。

 ただ――」



 マスターピースの手が伸びる。トキの手にあるコップを取り、それをテーブルの上に置く。

 手を取られたトキはチャンスを逃すまいと時間を流し込んだ。

 が、すぐに手は振り解かれてしまう。



「使命のため、10秒の猶予を受けよう」



 歯噛みしてメイトスは堪えた。

 SRの能力による僅かな延命を許さずに戦ってきた。

 そんなメイトスにとってこの例外を見逃すことは、今まで貫き通してきた信念に背くことを意味する。老若男女問わず、幸・不幸など意にも介せず数多の命を断ち切ってきた。その時に発生した苦心が踏みにじられる。罪深き自分という存在の輪郭が明瞭にあらわれる。


 ここだけの例外を見逃して良いのか?



「気にするなメイトス」



 唯一、完全否定の苦悩を理解してたバースヤード。

 その言葉を受け止め、トキとマスターピースの会話に意識を集中させた。

 死に掛けの糸配が、時に何を伝えるのか。

 予定に無い、予想・予測外のアクション。



「色世トキ。

 ナイトメアを知り……協会を見て、無所属を考えろ」


「それは、仲間になれってことか?」



 否定。

 説明、焦燥。


 白んでいく視界が男に死期の到来を告げる。

 鼓動が途切れる。それを感じ取っていたケイノスは目を逸らし、リデアはうなだれた。


 震えを極力押さえて糸配と向き合うトキ。

 これが最初にして最期。2度と叶わない対話、会話。

 目の前の男から疲労の色が抜けていく。



「仲間にならなくて、いい。

 ……世界の構図だ。 知れ。お前の、目に映る以上のモノを。

 人も、SRも……

 四凶も――」



 一瞬。

 輝かんばかりの笑顔。

 一度振りほどいたトキの手を最期に握り、



理想的平和(マスターピース)など、無い。

 それを……知――」



 笑顔の次に現れたのは、鬼気に彩られた“人”。

 ナイトメア非武装派のリーダー、絶対“支配・糸配”のSR:マスターピース。


 新緑と遺憾の念に包まれ、静かな最期を迎えた。





 

 

 全てが白色に染まる瞬間、マスターピースはトキに僅かな期待を抱いてしまった。



(そうか……これが、色世トキの力か)



 直に触れて読み取った――偶然見つけたトキのSRの根源。



(もし、トキが味方だったら、我々と協会が共に歩む世界が実現していただろうな)



 最期に迸る願望。

 叶えることのできなかった夢。

 現実(そこ)に無き理想的平和。


 だが、直前で垣間見たトキのSRさえあれば――



(サツキ、さん。

 貴方は名も無き俺を助けてくれた。そして名付けてくれた。万人にとっての平和をもたらす者になれ、と意味を込めて。

 すいません……ぼくも――)



 最後の最後、僅か指先にあるトキという人間の感触を確かめながらマスターピースの意識が消えていく。



(あなたに救われた時のように……ぼくも、あなたの息子をたすけて……あげ……――)



 命が途切れようと。

 意識が無くなろうと。


 握られた手はつながれたまま、時間を与えられ続けていた。



 

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