表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Second Real/Virtual  作者:
35/72

第34話-Into the Wind-

 

 気だるい。

 それでも受話器が鳴っている以上、取らなくてはいけない。

 何故ならそれも仕事の内に含まれるからだ。

 仕事を怠ったところで給料が増えるわけでもないし、まして給料という概念すらない役職的位置にいる彼のが彼だ。

 物質的見返りがあるわけでもないため、精を尽くして仕事に励まなくてもいいのかと聞かれたらそれは間違いである。


 彼には世界を管理しなくてはいけないという大きな仕事が科せられていた。


 故に、また世界のどこかで面倒な事件が起こったという報告かもしれない電話だろうと、取らないわけにはいかなかった。

 先述するなら、彼に電話相手の台詞までコントロールすことは出来ない。



「もしも〜し?」


『あんたは協会長で間違いないな?』


「ああ、間違いない。

 初めまして。何の用件かな?

 ついでにこの番号を知っている理由も教えてくれ」


『偶然教えられたんだよ、この番号は。

 そんなことより取引しないか?』


「何を?」


『神隠しのSRだ』


「あのSRがどこかに発生したのか?」


『パンドラSRの中に神隠しがいた事は知っているな?

 欲しくないか?』


「別段欲しいSR(モノ)でもない。

 そうだな、忠告しておこう。

 専門家というわけじゃない且つ、早死にしたくなかったらあのSRには手を出さない方がいい」


『忠告ありがとう。

 それで、Yes or No。どっちだ?』


「ただ君の安全を願うばかりさ。

 まぁ、そちらの条件次第というのが本心だけど」


『四凶の居場所だ』


「あ〜、そう来たか。

 しかし、彼らの“欲望”を集めたところで君の目標には程遠いんじゃないか?」


『……なに?』


「ところで、いま日本で起こっている連続殺人がSRによるものだとは思っていたが、神隠しとは思ってもいなかったよ。君のおかげで疑問のひとつが消化できた。どんなSRが各国の四凶を刺激し、バランスを考えるSRたちを動かしているのか、ずっと考えていたんだよ。

 なるほど、神隠しか。あのSRは誰もが欲する消滅力だ。

 例えば、誰かが消えてしまえばいいという思い。これは明らかな殺意を含んだ願望だが、殺意だけで人を殺すことは出来ない。その願望が実現する可能性はまずない。

 SRにさえ難しいことなんだ。ただの人間に実現出来るはずが無い」


『常識だろ』


「そんなことが実現可能なら諜報機関など生まれることもないし、国際社会・国際世界の現実は有り得ない。民主主義や平等と言う言葉も要らないな」


『人には誰にでも頂点に立ちたがる欲があるからな。自覚しようがしまいが関係ない。

 それくらい俺にだってわかる』


「ここまで話しているんだから他人のフリはなしにしよう。

 それとも匿名の一匹狼のままがいいのかい?

 コルスレイ・トル……――」


『勝手にしろ』


「じゃあ、欲望侵食とでも」


『……それで、さっきの条件は飲むのか?』


「四凶の誰がお望みか、にもよるな」


『コントンとキュウキだ』


「コントンは全力をあげて行方を捜索中〜」


『凶翼虎口は?』


「彼女に関しては教えるわけにはいかないな」


『なんだと?』


「コルスレイ。

 君は優秀な人間だ。

 知識・面識は無くとも、目の前の現実を越えた選択をでき、有り得ないはずの未来まで作り上げることが出来る。

 君なら感じられるだろう?

 いま四凶が何をしようとしているのか」


『……この話をなかったことにするつもりか?』


「SRだけじゃない。一般人への影響も大き過ぎるし、強過ぎる。

 タイミングが悪すぎるんだよ。

 それに、君が捕まえようとしている相手も慎重に対処しなければならない」


『話を逸らすつもりか?

 しかもそんなことまで言ってしまって。

 協会長ともあろうアンタが、たった1つのSR(かみかくし)を恐れるなんてよ』


「そう。

 肝心なのはそこだ。

 俺ですらビビってる。それだけ影響力の大きいSRなんだよ。

 四凶も……神隠しも」


『なら、この話はなかったことに――』


「意外と諦めが悪いんだな。

 そうとってくれ。

 それから、神隠しには全力で注意しろ。

 あれは物質だろうが現象だろうが飲み込んでしまう力を秘めたSRだ」


『ふん。どうかな』



 乱暴に切れる通話。

 耳に当てていた受話器を元に戻し、ため息をつく。

 突然現れて突然去って行った男。欲望侵食のSR:コルスレイ。



「挨拶くらいしてから切れよ」



 目を瞑りながら僅かな思考に耽る会長。

 厄介な人物が神隠しとの接触を試みていることを予感し、思わずため息が零れてしまった。



「何事も無ければいいんだけど……」




 

 

 風が人を止めることは出来ても、人が風を止めることは出来ない。

 人が人を止めることは出来ても、人は過ぎ去る時間を止めることは出来ない。

 例外はある。

 だが、例に倣う人が大多数を占める。これが現実だ。

 殺人を止めることは出来ても、現実的に起こった殺人を無かったことにすることは不可能である。


 トキが躓いたことに気付き、高城は足を止めた。



「急げトキ!」



 急かされて立ち上がるトキは擦り剥いた箇所に手を当て、必死に遅れを取らないように前へと体を傾ける。

 数秒前、高城は警察からの連絡を受け、それを携帯で愛院と藍に伝えて合流するために走り始めた。

 武装派のSRと非武装派のSRが山の上の廃工場付近で目撃されたという情報が寄せられたのである。両者はその場で戦闘を始め、警察はSRの派遣を考えたが、連続殺人の件で現場に近いSRが中々いなかった。そこで、遊撃人員として常日頃から待機している高城に連絡が来たのである。


 どんな理由で武装派と非武装派が争っているのかわからないが、危険な人物が複数確認されているという情報が寄せられ、高城は愛院と藍に連絡を入れたのだ。

 少年殺人鬼の行方よりも、目下戦闘を展開しているSRたちを撃退する為。

 協会が定めているSRの世界にある秩序の安定を第1の目的とし、高城は走る。

 トキは、その連絡がもたらした情報を耳にした途端、ある不安で頭の中が混乱しかけた。



(廃工場って、翼が住んでいる場所じゃないか!)



 杞憂であることを願いながら走る。

 定期的に仲間と交信する高城の一語一句を聞き逃さないようにしながら戦闘に備えた。

 マガジン内の弾丸を確認し、スライドを手動で後退させ、チェンバーに弾を送り込む。高城も電話片手に装備を確認する。

 間もなくして2人が合流。愛院は手早く高城に詳細を求めた。

 相手の詳細。名前から全人数、個々のものからチームとしての戦力までも。

 彼女の質問に対し、高城は必要最低限の情報を次々と口頭で伝える。

 魔法使い、サイキッカー、幽霊武者、死神、ほか複数詳細不明。

 全員で11名。

 武装派が8。非武装派が3人。

 両者の目的は不明。また、どちらが先に仕掛けたのかも、真相は掴めていない。


 街を抜けた時、高城の携帯に新たに連絡が入った。



『救援要請が出ましたが、応えますか?』


「は?救援!?

 こっちは無理です!他の人を!

 アヌビスはどうです?」


『そのアヌビスからの要請です。

 ホートクリーニング店とハルバートアヌビスで潰した器実験の生き残りが、この街の周辺を横断する高速道路を通過する可能性が高いらしく、それを迎撃して欲しいとのことです』


「ジャベリンアヌビスに言えばいいんじゃないですか!?」


『彼女は現在、別の任務に赴いているため、間に合うかどうか明瞭な答えが出せないそうです。確実に間に合うのはハリヤだけです』


「しょうがない……よし、わかった!

 速攻でこっちを片付けたら向かう。それでいいでしょう?」


『お願いします』


「というわけだが、いいか?愛院。

 殺人鬼を追えなくなるが――」

「気にするな!

 それより、あいつらを捕まえてとっとと質問しようぜ!」



 愛院が微笑を浮かべる。

 ――器実験の生き残りが向かっている

 それだけでも十分な情報だった。少年殺人鬼はどんな方法を使っているか検討はつかないが、必ず逃亡者(それ)に食らいついてくるという確信があった。


 携帯の電源ボタンを押し、高城は移動速度を上げた。

 夜も更けてきたところで人目を気にすることがなくなった為、高城は自分のSRを解放し、薄い翼を広げて羽ばたく。

 飛行移動を始めた高城に倣って愛院もSRを解放し、藍も解放する。念のため目撃されないようになるべく高い場所を“飛んで/跳んで”移動し、そんな3人にトキはタイムリーダーを以て追いついてゆく。小刻みにタイムリーダーを使って加速を繰り返す。

 トキが低速時間を解除するのを見計らい、奈倉は作戦を説明した。



「アタシと藍で先に仕掛ける!

 その後からハリヤと隙を突け!」



 言ってすぐまた跳躍する奈倉。

 塀の上を足場に跳び、電柱を蹴って方角を調整する。


 未だにナイトメアが神隠しの力を求めているなら、彼らを追うことは神隠しに迫ることに繋がる。



「頼んだぞハリヤ!」

「行くわよ!アイン!」



 魔犬と哭き鬼が跳ぶ。



「わかってる!」



 先行する2人の後を追い、妖精とトキが(はし)った。






 丘を登り越え、山の斜面を下り続けると平らで開けた場所に出た。

 伐採された木のない、削られた山。

 剥き出しの土壌に、取り残された切り株。配備された建機の数が伐採現場の規模を物語っていた。

 休止中という表示の看板が目に飛び込む。

 その文字は配備されているのではなく放置されている建機の醸し出すもの寂しい雰囲気を、より一層虚しきものへと変化させていた。


 しかし、それらのいちいちに同情を見せたり、気圧されたり、雰囲気が誘う感傷に浸っている場合ではない。


 閑静な住宅街を目下に、翼とエミルダは風を背に受け、足を止めた。

 十数cm先の落差10mにも及ぶ崖。

 無傷で下れる自信はなかった。

 その間も刻々と背後から迫る何か。誰か。

 目の前に現れた崖。

 回り道をしている余裕があるのか分からない。

 ただ、風だけはずっと2人を前へと押し続けていた。

 それでも変わることはない目の前の現実(がけ)

 とにかく急がなくてはいけないと本能が翼を掻き立て、不安な表情で息を荒げるエミルダがそれを更に扇動した。



「そこ、危ないです」



 慌てて周囲に違う道を探す翼に、エミルダは声を掛けた。

 注意されて初めて気付いたそれは、地面から飛び出した岩の欠片。

 翼は再びエミルダの手を引いて斜面を下り始める。



「君は夜目が利くのだな」


「……姉さんが、教えてくれたんです」



 木々を掻き分けて横から吹き付けた突風に、少年の声が(さら)われる。掻き分ける茂みのざわめきも加わり、その言葉は翼に届かなかった。

 夜闇の中を進む2人の背中を風が押し、微かに金属と金属が擦れ合う音が混じる。

 視界の悪い斜面を慎重に下り、ほどなくして2人はアスファルトを踏みしめるに至った。



(後で何が起こっている!?)



 歩きながら呼吸を整え、翼は僅かに背後へと振り返った。

 風に乗って耳に届いた微かな衝撃音。

 それを発している源は何なのか。

 再び風に押されるまま移動速度を上げ、2人は夜の住宅街を中心街へと向けて急いだ。

 街にさえ着けば、追跡者をやり過ごすことも出来る。

 そう願いながら翼は出来る限り急いだ。






 斜面を下りきった魔法使いと天狗は目的の子供がどの方位に逃げたのか必死に探った。

 魔法使いは山の土による足跡を見つけ、その方向へ進路を取り、天狗はそれに従う。


 どこへ逃げようと子供であることに変わりはない。体力が持つ筈がない。

 まして、この国で連続殺人を犯している。

 先日にアヌビスまで葬っているのだ。精神的、肉体的に余裕があるとは考えにくい。

 追っては自分たち以外にもいるはずだ。

 協会、非武装派、完全な無所属主義者、闇商人……etc


 この中で特に問題と言えるのは、



(なぜ非武装派の連中が?)



 あの3人の存在だった。

 今のところ最大の疑問がそれである。

 どこからともなく沸いてきて作戦の妨害に出て、そのため神隠しを追うことが難しくなり、捕獲計画も修正を余儀なくされたのだ。



(誰か情報を垂れ流している者がいるとでもいうのか?)



 風に押されて2人は進む。

 非武装派が動いたということは、協会の部隊が動き出すまであまり時間はかからない。通報或いは発見されている可能性も充分に考えられた。

 他の誰にも先を越されないようにと、2人は全力でアスファルトの上を駆ける。

 付近の探索を終え、一度麓の住宅街で合流し、街へと進路を取る。

 人を隠すには人の中。

 仮にもSRまで葬ってきた殺人鬼である。それくらいの知恵はあるだろうと魔法使いは納得するため自分に言い聞かせ、天狗はその可能性にうなずいた。


 市道を1本通過し、交差点に差し掛かると、2人の目の前に2つの人影が飛び込んだ。










 Second Real/Virtual


  -第34話-


 -Into the Wind-










 再び風が弱まる。

 住宅街に設けられた公園の中、石造りのトンネルの中で翼とエミルダは乱れた息を整えていた。


 翼は激しい息切れを起こしているエミルダを見て、街へと全力で向かうことを断念し、街と住宅街の狭間に位置する公園に逃げ込んだ。

 追跡者をやり過ごせるかどうか不安だった。


 が、公園の石造りのトンネルに隠れてから5分。追っ手らしき人物は見られなかった。

 公園前に設置された自販機から購入した缶コーヒーで手を温める。

 冷風に体力を奪われないように翼は少し多めにコーヒーを購入した。

 啓蟄(けいちつ)の頃のような冷めたい風をトンネル内で実感し、ため息をつく。



「急に走り出してすまなかったな」


「いえ、別に……」


「ここまで来て疲れているだろう。

 少し眠りたまえ」



 缶コーヒーを飲み干し、翼は外の様子を窺う。

 風に揺れる木々の他に動く者が見えない夜の公園。

 薄暗く、無機質に発光し続ける電灯。

 揺れ葉のざわめきに混じる僅かな車両の走行音。


 トンネル内は風の影響を受け、冷え冷えとしていた。

 走行でかいた汗も、すぐに冷え切り間もなくに身は震え出す。



「私が見張っておく。気にせず休みたまえ」



 そう言って翼は自分の上着をエミルダに被せた。

 上目遣いに覗き込むエミルダの頭を撫で、眠って体力の回復を図るように勧める。

 最初の数分。

 エミルダは目を閉じないままでいたが、10分過ぎた頃から瞼は静かに降り、程なくして寝息を立て始める。

 翼は横になったエミルダを見守りながら、何が目的で彼らが追ってきているのかと考えた。が、一向に検討がつかない。



(パンドラ……パンドラの子。

 どういう意味だ?

 このエミルダという少年は一体何者なのだ?

 パンドラと言ったら、神話だったか何かに出てくる厄災がどうのこうのという箱の事だろうな)



 彼か、或いは彼の両親に原因があるのかと、翼は考えながらエミルダが起きるまで考え続けた。

 最も可能性の高いものはやはり裏業者との繋がり。

 ただでさえ密入国の多発が頻繁に起こっている世界なのだ。

 違法な入国許可証や住民票を手に入れるためにはそういった業者と関わることが何かと多い。しかし、業者に関わった者全員がそれらを手に入れることが出来ているのかとなれば、そうでないのが現実だった。

 買い手が交換条件を満たせない場合、その条件を飲まない場合。

 業者側は自分たちの安全を図る為に買い手を存在しなかったことにすることが多々ある。

 命がけの生命線。

 いや、生命戦。

 業者の存在が表沙汰にならないように。密入国が悟られないように。


 世界中で起こっているその現象は、明らかな恐怖を伴うにも関わらず後を絶たない。

 自分の国を捨て、他国での生活に望みを託す。

 自分の国に留まってさえいれば、死ぬこともなかったかもしれないのに。

 それでも密入国者たちは絶えない。


 “世界が狂っているとは思えないか?トキ”


 何故、あんなことを聞いたのか。

 いま思い返して翼は恥ずかしさに俯いた。

 国を捨ててまで、生きていこうとするのは何故か。

 どうして国から逃げ出す。

 原因は何なのか。


 ふと、脳裏に浮かぶ両親。

 間近で見た顔ではない、写真に残された2人の笑顔。


 何故、逃げたのか。

 どうして置いて行かれたのか。

 


「何が、どうなっている……」



 風が前髪を誘う。

 右から左へと流れる気流と共に、記憶ごと流されて消えろと、願う。


 国を捨てる人々。

 人を捨てる人々。

 消えてゆく大人。

 取り残される子供。

 それら、逆のケースも存在するこの世の中が、とても正常とは思えなかった。

 どうして人は希望のために他人まで犠牲に出来るのか。

 翼には未だ理解できないことであった。



 ――数分前



 翼とエミルダが走り過ぎた場所に煌きが生まれた。


 予期せぬ攻撃に、武装派の2人はその対応仕切れずにいた。

 普段では決して有り得ないハプニングに次ぐハプニング。

 その極めつけが、第2の奇襲だった。


 夜風を切り裂き、静寂を破る。

 最初にその存在に気付いたのは天狗だった。



「華創実誕幻、一段:菫!」



 天狗と違ってその奇襲に気付くのに遅れ、リアクションを取り損ねる魔法使い。

 前へと踏み出した一歩。

 それが彼の敗因となる。

 たった一歩で、魔法使いの体は地上から10メートルの地点へと踏み出されていた。



「なっ……!」



 それが重力操作による仕業だと気付いた時、彼の目の前にハッキリ敵だと判断できる者が姿を現していた。

 両の手に光る凶器。

 抗う術はあった。

 しかし、すがる時間もなければ、躱す余裕も無い。



「お前達は何を追っている!?」



 空中で体勢を立て直そうとする魔法使いに対し、奈倉は両の手に握ったナイフを突き立てた。

 両肩に2本のナイフを。

 その一瞬後、追加2本のナイフで両足を穿つ。


 頭上で魔法使いと魔犬がぶつかり合うのを目撃し、天狗は戸惑った。非武装派に留まらず、なぜこうも邪魔が入るのか。

 あれは裏の武器密売人の中で有名な管理人。

 最年少にして確実という実績を誇る魔犬。

 そんな彼女がなぜここに居るのか。



「華創実誕幻」



 頭の隅で考えつつ、天狗は一度止めた足に喝を入れる。

 衣類を突き破って展開する白翼。

 真横から迫ってきた陰陽術者に対し、天狗は背後へと飛んだ。

 地面を蹴って、後方へ……――


 同時、消音器から漏れた銃声が夜闇に吹く風にかき消され、完全な消音を実現する。

 2挺の拳銃による銃撃。

 住宅街の闇を照らす銃火。

 吐きだされる空薬莢。

 弾丸は的確に天狗の翼を捉え、2秒とかからず飛行能力を奪ってみせた。



「先輩!」

「任せろ!」



 銃撃を止めたトキの頭上を高城が飛び越す。

 地面を背に、高速で滑り落ちる天狗に急接近して右手首を狙う。

 高城の手の中でわずかな光を反射する手錠。

 しかし、



「明日薙ぐ突風!」



 手錠が嵌められるよりも速く、天狗の術文が風の向きを変える。

 突風に背を押され、顔面からコンクリート塀に叩きつけられる高城。

 その一瞬の隙に上空の相方の様子を覗き見るが、すでに落下をはじめ、激突を免れない状況にまで陥っていた。



(やられたか……)


「同段:桜!」



 天狗が隙を見て相方の様子を探ったように、哭き鬼も隙を突いて天狗の捕縛を始めた。

 充分すぎる間隙(かんげき)

 十二分すぎるタイミング。

 藍には、確実に捕らえることを実現できるという確信があった。



(これは……この術は、我流の陰陽術!)



 天狗は初めて風の中に哭き鬼の姿を見つけ、その姿が女性であることを確認しつつも1人の男の面影を重ねた。

 地面と背の摩擦が終わる時、両腕に異変が生じ始めたことに気付く。左腕が地面に、右腕がコンクリート塀の中に沈んでいくことに。

 肘まで石の中に沈んだ所でそれは止まる。



(哭き鬼の、陸橙谷(りくとうや)の家の子か!)



 完全に動きを封じられ、天狗は抵抗を諦めた。

 奇襲と先制攻撃。

 これを許したのが決定的敗因であることは火を見るよりも明らかである。

 相方の魔法使いも硬い地面の上に落ち、その時の様子から戦闘続行不能と見て取れた。そんな状況の最中、魔法使いに追撃を掛けた魔犬が降り立ち、顔面を打ち付けた妖精も体勢を立て直す。

 更に拳銃を手にした少年と陸橙谷の娘を目の前にし、天狗と魔法使いには抗うだけの術は残されていなかった。



「おい、寝るんじゃねぇ!教えろ!

 お前達は何を追っていた!?」



 戦闘が終わり、質問が始まる。

 真っ先に天狗に噛り付いた奈倉を、藍は手で制した。



「あなたは天狗のSR、黒河さんですよね?」


「……君はやはり“砲撃の森”の?」


「三女の藍と申します。

 どうか教えてください。なぜ貴方が武装派と共に動いているのですか?」



 僅かな沈黙。

 抗議のために口を開こうとした魔法使いを見つけ、前もって殴り静める高城。



「貴方は武装派にも非武装派にも肩入れしないと誓った人のはず」


「神隠しのSRがこの近辺に現れたんだ。

 そんなことに拘っている場合じゃないだろう。数ヶ月前から続く連続殺人だって神隠しによるものだ……君なら分かっていただろう?」



 鬼と天狗の会話から、武装派の目的が神隠しであることを知り、奈倉は魔法使いに聞く。

 どちらから来て、どの方角に逃げたのか。

 しかし、奈倉の予想に反して2人は首を横に振った。



「見失ったよ」



 その言葉に奈倉は言葉を失った。

 高城はすぐに上司に連絡し、身柄を拘束した2人の連行を依頼する。



「少し聞かせてください。

 廃工場から来たんですよね?」


「それがどうした……」



 憎悪の念をこめて睨みつける魔法使いの視線を受けとめつつ、トキは質問を続けた。



「あの廃工場には知り合いが住んでいるんですけど」


「知らん。

 我々の前に非武装派の連中が居た。

 工場の中を探す暇どころか、奴らの攻撃で隊はズタズタだ!

 おまけに俺たちが来ることを予知して目標を逃がしやがった!だから追っていたんだ!分かったか!?」



 魔法使いの言葉を聞いて、トキは走り出す。



「ちょ、何処に行く!?」


「翼が心配だから見てくる!」


「ツバサ……それって、村崎君のこと?」



 共に走り出した藍が尋ね、トキはその質問に頷く。

 高城に2人の処置を頼み、奈倉も2人の後を追って走った。

 斜面を駆け上り、頂まで上ったところでなだらかな斜面を下って行く。起伏を越えて山から丘へと移り、廃工場が視界に入る。

 奈倉はその地域に入り、風に血や硝煙の匂いが混じっていることに気付いた。



「注意しとけ!」



 喚起するのとトキが工場に入ったのは同時だった。

 トキに次いで藍が入り、奈倉が入る。

 夜風に晒され、時折金属の軋む音を響かせる廃工場。

 しかし、人の気配は無かった。



「誰も居ないみたいね」



 3人で手分けして廃工場内を探し回ったが、翼はおろか、ナイトメアのSRすら見かけない。

 1階、2階、外回り、各部屋。

 襲撃・待ち伏せを警戒しながら捜索を進めるが、戦闘の痕跡すら見当たらない。

 唯一発見できたものと言えば、工場の一角に置かれたガスコンロとまだ温かみを残しているカップ麺の容器。

 3人は顔を見合わせた。

 トキは翼がここに1人暮らししていることを教え、藍はカップ麺と箸が2人分あることに疑問を抱いた。この廃工場の住人が1人と知った奈倉は、



「もしかして、エミルダと一緒に居るんじゃ?」



 新たな予測が立ち、3人は天狗と魔法使いの2人と遭遇した方角へと走り戻った。


 当てのないまま始めた捜索が、初日で一気に終わりへと向かおうとしていた。

 所在が不明確の神隠しを追って同じ目的の武装派と非武装派が戦闘を展開する。

 止まない夜風を受け、少年を追うために走る。

 時間が容赦なく刻まれていく。

 丘を登り、街に下り、右へ左へ。

 ある者は来た道を戻り、ある者は風に身を任せ、中には痕跡となるものが残っていないか探す者もいて、またある者は匂いで追おうとする。が、強さを増してきた風に、嗅覚捜索を断念した。



(神隠しは、何処へ行った!)



 学生SRグループが走る。

 白州唯の隣、黄立(きたち)の広大なオフィス街を抜け、県境沿いに走る高速道路を目指し、神隠しと関係のある人物を捕らえる為に。






 押し寄せる睡魔と戦いながら、白んできた空を覗き見上げる。

 公園の時計に目をやると、時刻はすでに朝の4時を回ろうとしていた。



「姉さん……」



 翼の頭から睡魔が引く。

 少年の寝顔から零れたその言葉に、翼は使命感を感じていた。

 孤独と不安。

 不安定な生活と希望なき日々。

 誰の助けも無しに、1人の子供が異国で生きていくことが可能とは思えない。

 そもそも、異国の子供が1人でいること自体がおかしかった。

 しかも、家を持たない子供である。業者に追われて家族と離れ離れになったのか、彼だけが生かされたのか。



(泣いている場合なんかじゃないな)



 一呼吸置いて零れてきた涙を拭い、翼はエミルダを追っ手から守ることを決意した。

 真実がどうであれ、彼が1人の身であるという確信があった。彼は1人で工場を訪れてきたのだ。

 誰かと一緒でなく、たったの独りで。

 エミルダの目じりから零れた涙に、共通するものを感じ取り、翼は周囲を窺った。


 誰がエミルダを追っているのか。何故追うのか。

 不明な点こそ多いが、守り通すという役割があるのなら、翼はそれをやり通すまでだった。

 細かな理由や、些細な動機など必要としない。



(そうだ、トキなら)


「……泣いて、いたんですか?」



 意表を突く少年の言葉。

 突然目を覚ましたエミルダに驚き、翼はあわてて自分の顔を探り、涙の後が残っていないか確かめた。が、対応は少し遅かった。



「どうして、泣いていたんですか」


「……疲れは取れたかい?」


「はい」



 話の流れを変えようと尋ねる翼。

 布団代わりに掛けた上着を翼に返して膝を抱えるエミルダ。薄暗くて分かりにくいが、涙の跡が翼の頬に残っていたのだ。



「ちょっと両親の事を思い出していてな……」


「両親が、どうかしたんですか?」


「私の両親はな、私が幼い頃に家を出て行ったのさ」



 正面から向き合い、翼はエミルダに自分の両親のことを教えた。


 翼は両親に見捨てられ、歩き回っているうちに丘の上の廃工場に辿り着き、そこが捨てられた場所と言うことを知り、自分の拠点と定めて今後のことについて考えを巡らせた。

 それまでに得た知り合いとの(つて)を活かし、低年齢でも行えるバイトを探して自力で学費を稼ぎ、また、バイトで知り合った先輩や同年代の親友からの援助で無事に中学を卒業し、高校への入学を果たす。


 しかし、冬の寒さに震え、夏の暑さに悶え、僅かな収入のために尽くす精に虚しさを感じ、拭えない孤独が誘う寂寥を紛らわすことだけはできなかった。

 学校やバイトでのみ紛らわせるものもあれば、どんなことをしても払拭できない暗闇もあった。

 人と決定的に違う家族の有無。

 他人に無く自分に無い肉親とのつながり、絆。



「昨日、になるな……亡くなって見つかったんだよ」



 初めて所在を知った時、両親はこの世にいなくなっていた。

 死は誰にでも等しく訪れるということを実感しながらも、心のどこかで否定している自分。

 本当に平等なのか疑い、遣り切れない気持ちが胸を締めつける。


 これが夢ならどれだけ気が楽になるだろうか。



「僕と姉さんも、両親に捨てられているんです」


「姉さん?」


「名前を貰って、あとは孤児院を回って歩きました」


「日本のかい?」


「……カナダ、です」


「カナダか。ずいぶん遠くから来たんだな。

 ところで、君はどうして日本に来たのかな?エミルダ。

 こんな国じゃなく、もっとマシな場所があったんじゃ――」



 視線を翼から外し、トンネルの外へと目を向けるエミルダ。

 気まずい質問だろうが、いつ追っ手が現れるか分からない以上、原因だけでも知りたかった。

 直接的な原因でなくとも、少しでも核心に近づけるような話を聞いたかったのだが……

 しかし、エミルダの焦点は中々戻ってこない。



「うん……そうなんだ」


「エミルダ?」



 翼の問いかけに、少年は明後日の方向を向いて独り言を始め、答えているようで応えていない。

 風が止みかけている朝の公園で、少年はトンネルの外に姿を晒し、来た道へと顔を向ける。



「あっちに行けば、いいんだね」



 ぐるりと、顔が反対側へ向く。

 何が起こっているのか翼には理解できなかった。

 持ちえる常識が通じない、何かが少年の中で起こっている。


 独り言、定まる行方、決意を宿す瞳、殺意の篭った双眸。



「来るんだね。

 一緒に、懲らしめよう、姉さん」



 語られる第三者。

 向きを変えた風に押され、前へと体を傾ける少年。


 その一言の後、エミルダは走り出した。

 意表を突かれた翼はトンネルで頭をぶつけ、出遅れる。

 頭を抑え、駆け出したエミルダを追うが、すでに少年の姿は眼中から飛び出していた。



 ――同時刻



 朝日を反射する黒い塗装の車がアスファルトを踏みしめていた。

 3台の車が高速道路を下り、黄立の中心街へと進路を取る。

 それはナイトメア武装派の器実験資金提供者、マクシミリアン・ウェインとその護衛たちにより編成された一行であった。



「もっと急げ!

 アヌビスに追いつかれる!」



 ドライバーに怒鳴りつけ、スーツに鍛えられた恰幅を隠した男がリアウィンドウから後方を覗く。

 後衛の防弾車が無事に高速から下りてくるのを見守り、一息ついた。

 黄立の街まで逃げてこられたのは奇跡に近い。

 器実験の最中に襲撃を受け、僅かな部下と共に逃げてくることには成功した。しかし、いつ敵に追いつかれるかわからない。



(去年の夏ごろからこんなことばかりだ!)



 因果応報。

 マクシミリアンはその言葉を、今日ここまで逃げてきて初めて思い出していた。

 知り合いから聞かされ、教えられた言葉。

 過去の善悪が、いつかは逆転して返ってくるという意味を身をもって体験していた。


 ナイトメアの武装派と関係を持つきっかけは脅迫であった。

 だからといって、自分の悪行が嘘なのかと問われても否むことはできない。

 脅され続け、生き続けたい一心に武装派に服従した。器実験の為に資金提供を続け、必要とあらば部下を用いて孤児や浮浪児をさらい、生命の存続に関わることもある危険な実験の糧として提供してきた。


 いつかは来るだろうと覚悟していた筈である。

 因果は必ず応じ、報す。

 回り続ける因果から人は逃れられないと知人は言い残し、神隠しに()まれた。

 その時のことを思い出し、自分も同じ結末を迎えるのかと頭を抱えて悩む。



(私の番なのか……?)


「諦めないでくださいミスター!必ず、我々があなたを護り通します!」


「もうすぐ迎えのヘリがこちらに見えるはずです。

 それまで気を確かに」



 それまで運転にのみ集中していたドライバー兼護衛の男と、助手席で後方の状況をサイドミラーで確認する護衛が口を開いた。

 朝焼けに染まる晴天をガラス越しに見上げ、ハンドルを切りながら諦観に沈みかける主人を激励する。


 自分の主人がどんなことをしてきたのかを知っている故。罪悪感を忘れない人間である故。

 ナイトメアの武装派と名乗る組織から派遣された部下に脅迫されなければ、こんなことになるハズはなかった。

 神隠しや武装派、SRさえ知らずに生きていけたはずなのだ。

 ただの一般人として、ただ有能な議員として。


 家族を養い、国のためにと尽くし、ルールと人の在り方を尊重する。


 知ってしまった世界の真実。

 ――Second Real

 それは、真実に到達するまでの現実を夢とでも錯覚させるほどの衝撃力を有した世界。

 ――SR

 すべてが夢のような話。

 物語が実現してしまう存在。

 人の欲深さと意地汚さ、生に対する執念と死に対する恐怖。

 それらを極め、その果てに現実を歪めてしまう力を得る現象。その現象から編み出される特殊現象。連鎖は止まることなく続き、今日へと至ってしまう。


 SRという力がどれほど魅力的なのか、ドライバーもウェインもその魅力が理解できなかった。

 どんな力だろうと、平和な世界に力という存在はあまり必要とされない。

 力の存在は争いの源でしかなく、それ故に3人はSRという人員を欲するその異常なまでの執念が理解できなかった。

 協会という組織がトップに立っていて、それが気に入らない。

 それだけで戦いを挑む者も、戦い続ける者もいると聞いた。

 まるで、子供の喧嘩と大差ないように思え、それでも逆らうことの出来ないという現実を思い出して悲痛が湧き上がる。


 自分の死を予感して男は、最期になるかもしれない思案に暮れた。

 どうして、Rという力が在るのか、という事を題材に思考が始まる。


 誰が予測するでもなく、彼らはそこに集う。


 偶然が生み出す一致。

 一致に伴う確立の高低で偶然とも必然ともとれるのだろう。

 それは偶然か。

 なにが必然か。


 もしこの現象をその二択で分類するなら……――




 

 

 何気なくとも、それが終幕なら人はそれに従ってしまう。


 復讐と言う罪が優先されようとも、本来の目的の達成如何を問わず、終わりはやってくるのだ。


 そこには納得も不満もない。誰しもの考えが適用されるわけでなく、全てが汲まれることなど滅多にない。


 しかし、それが終わりなのだ。

 誰も逆らえない。

 誰もが気付くわけでない結末。


 終わりとはそうあるモノなのだ。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ