第2話-降臨!両義使い 藍!-
誰もが この空を愛した
もし
夢に色があるのなら、人々はどんな色を好むのだろうか?
私は あの空のような青色を好み
溶けてみたいと思うだろう
晴れ渡る空
清々しき 青
でも
どこか悲しい、蒼
同じ青が
違う蒼になる 何故だろう?
わからないけど
世界は素晴らしい
そんな世界を包むアオも きっと素晴らしい
きっと……
「ハァッ ハァッ!」
胸が苦しい。
運動を怠らなければよかったと今更になって後悔する。
自分の引きこもり生活を恨みつつ、色世時は走り続けていた。
短髪の黒髪は今まで一度も染めたことはない。
瞳の色は翡翠。 そのせいで小さいときはよくからかわれていた。
身長は170クラス。
体重は……
(って、それどころじゃないだろ!?)
そんな身体的特徴を持つトキは全力で走り続けた。
混乱する頭を振って少しでも状況を整理しようとする。
十数分前、体育系の服装をした見知らぬ外国人の金髪少女(11)がトキの家を訪れた。
目的はトキの護衛。
少女の話を信じきれないうちに襲撃を受けたのである。
しかも、襲撃者はここが日本であるにも関わらず、ハイパワーな銃火器を使用していた。
[ 芹真さんに…!]
少女:ボルトはある病院を指名してきた。
そこへ行けば、助かる。
同時に、ボルトを助けることも出来る。
(楼塔病院!)
それが目的地の名前だった。
闇の中、トキは止まることなく走り続ける。
そんなトキを1人の人物が見下ろしていた。
Second Real/Virtual
-第2話-
-降臨!両義使い藍!-
(アレがトキ)
ダイバースーツの両肩にパッドをつけたような服装のソイツは、高いビルの屋上から走るトキを見ていた。
(完全に目覚めてはいないわけか)
そいつの顔が走ってきた方、トキの家へと向く。
(ハンズ、魔女に手こずっているのか?)
闇に染まっているとはいえ、そいつの目でもしっかりとその様子を窺うことは出来ない。
今現在、トキの家ではどのような戦闘が行われているのか。
(また、透視が難しくなってきたか……)
再びトキに目をむける。
呼吸は乱れに乱れているのにスピードは全く落ちていない。トキ本人はそれに気付いていないようだった。
(速いな。
力に目覚めかけているのか?)
そう考えながらソイツはトキの後を追った。
走り続けてきたトキに限界が訪れた。
「ハァ、ハッ、ハァッ!」
荒い息を整えながら、ゆっくりと足を進めた。
すでに病院までの道のりの3/5を経過したのである。
トキの家がある住宅街からそのまま商店街、街を抜け、緩く長い坂道を登ったところに目的の病院はあった。
住宅街を抜け、商店街も抜けた。
街の中心部に突いた時、大きな不安と疑問と僅かな恐怖が湧いた。
「何なんだ?」
いつも騒がしいはずの、この時間でも人の流れたあるはずのこの街に――
一切の人影がない。
全くと言っていいほど閑散としていた。
人の気配が皆無なのだ。
まるでゴーストタウン。トキはそれでも移動を続けた。
信号はちゃんと働いているものの、車はあちこちで路上駐車されており、動いている車は一台も見えない。
所々消えかけている街灯が不気味だった。
屋内の建物からこぼれる光さえない。
おかしい。
昼間は昼間でおかしかったし、
さっきもそうだ。おかしいというか、明確に異常だ。
そして今。
どうして街に人がいないのか?
(有り得ねぇ!
これも、ボルトが言っていた女の仕業か!?)
「ディマにこんな真似はできないさ」
恐怖に負けじと自問自答を繰返すトキに声がかかった。
その太い声にトキは足を止める。
振り返ったその先には、昼間と同じ格好をした男が立っていた。
(あの女の仲間か!)
昼間ディマに話しかけていた相手の姿を思い出し、そういう結論が導き出される。
「トキ君。我らの店に来ないか?」
意外な質問にトキは耳を疑った。
もし、襲ってきたらすぐにまた走りだすつもりだったのだが……
「事務所?」
正直、頭にきている。
「何なんだよ!
あんたといい、あのボルトや芹真とかいう奴といい、何で俺を事務所に誘おうとするんだよ!?」
「必要だからだ」
「同じ事務所でも、まだ芹真とかの方が誘い方知っていたぞ?」
一応、嫌味のつもりだったが通じていなかった。
2人の距離は約7メートル。
左右に建物と道路。
道路には路上駐車の車が列を成していた。
「誘い方がどうであれ、我々も芹真も同じ目的のために君を仲間として迎え入れようとしているだけのこと。大差はない」
「俺を仲間に迎え入れて何があるって言うんだよ!?」
反論。
人気が全くないから言いたい放題に近い。
「君はこちらの世界へ来たくないか?」
「話を逸らすなよ!」
「逸らしてはいない。君の質問に答えるために必要な質問を君にしただけだ」
「ムツかしい奴だな!」
「何とでも言え。
だが、埒が明かない可能性があるな……」
「はっきり喋れ!」
引きこもりにあるまじき声のでかさ。
「我々はセカンドリアルと呼ばれる“世界/力”の持ち主」
「はぁ?」
「色世トキ!
お前もその世界を持つ人間だ!」
「知るか!!」
「知らぬか!」
「知らんわぁ!!」
そりゃそうか――
と、男はどこか納得したような顔になり、
「キサマの……」
「とにかく俺は知らん!!」
何かを言いかけた男。
そんな男を放っておいてトキは背中を向け走り出そうとした。
「致し方ないな。
来い!」
男が叫ぶと、曲がり角から夥しい数の人影が現れ、トキの進路がふさがれる。
その人数に圧倒され、トキは足を止めた。
全員、目を開いたまま瞬きすらせずトキを見つめていた。
「なっ!
街の連中全員がグルだったのか!」
「ほぅ?
全員がグルだったらどれだけ楽だったことやら」
男は近付きながら話した。
グルではないにしても、それに近いことは間違いない。
「彼らは私の術中にある。
故に、この場で君に逃げ場はない」
「意味がわかんないんだよ!
何なんだよ!セカンドリアルとか、事務所とか!」
「ボルトから聞いていないのか?」
2人を囲むようにその場に大きな輪が形作られる。
「何?」
「あの子供は、魔女だ。
それも超高度かつ高級な魔力を持った……おそらく、人類史上最大であるだろうクラスのな」
言われて思い当たる節がある。
家の中から、気付けばコンクリートの上に立っていた、あの時。
「魔女?」
「そして、君のところに向かったであろう男、ハンズは錬金術師だ」
「いるわけないだろそんなん……!」
断固否定。
歴史の進化、科学の進化が淘汰してきた存在だという考えあっての意見だった。
もし、そんなものが存在するなら人々が築き上げてきたものはどうなる。
「だから、我々はSRと呼ばれているんだよ」
男の手が動き、2人を囲む輪が縮まる。
「くっ!」
トキは周囲を見渡し逃げ道を探ったが、包囲網に隙はなかった。
「あの娘……
ボルトが魔女で、襲ってきた奴が錬金術師なら――」
「ん?」
「お前は何なんだ!?」
(ほぅ。
相手を知ろうという思考は混乱していないか……
意外と冷静なタイプになったのか?)
考えながら、男は笑う。
「私は呪術師のSR、クワニー・トロス・ウィトナ。
協会の実働部隊の1人だ」
「呪術師?」
「如何にも」
「じゃあ、この人たちは……」
「言っただろ術中にある、と。
私の力は、罪を持つ者を配下に加えて操作する、というもの」
「“罪を持つ”って……こんなにいるのかよ!?」
また周囲に目を配る。100人どころじゃない。
確実に1000人以上は居る。
「君は罪を何だと思っている?
犯罪だけが罪ではない。些細な事でも気にしていれば罪になるかもしれないものだぞ?」
「いちいち訳がわからないんだよ!」
「理解する必要はない。
君は自分の力を知る必要があるんだからな。他の事を気にしている暇などない」
「今度は命令口調かよ……」
(会話のレベルは低いのか)
呆れるクワニー。
しかし、表情にこれといった変化がないためトキは気付いていない。
「その前に、何でお前らは俺に力とか才能があるとか……」
「わかるものはわかる。それ以外の説明は要るまい」
「要るっつうの!!」
2人を囲む輪が更に縮む。
ますます逃げ場がない。
「俺をどうする気だ!」
「連れて帰る」
「いや、何で俺なんだ!?」
「だから、君には力がある。 君以上にその世界を望んだ者はいない」
「俺は何も望んで……!」
強いて言うなら、そろそろ“脱・引きこもり”をしたい……
そんなトキにお構いなく、輪は確実に縮まっている。
(やべぇ)
今更だが、よく見ると数人凶器所持を確認。
バットやチェーンの他に、ナイフまで持っている。
「大人しくしてくれれば無傷を保障しよう?」
それは警告だった。
だが、その前にトキはこの状況を打破する方法を知らない。
立ち向かう勇気さえ持ち合わせていないのだ。
(最初からこうしていれば良かったものを……)
クワニーには、何故ディマがハンズを先行させたのか理解できなかった。
大体ディマは何処へ行った?
自分達に指示しておきながら肝心のディマはどこに行ったのか全くわからない状態だ。
目の前で戸惑っているトキを見ながら考えた。
(まさか、ハンズと一緒にあの魔女を倒そうとしているのか?)
考えてみるものの、やはり検討がつかない。
ディマと知り合って数年になるが、未だにディマの行動は予測不可能なものが多い。
(まぁいい。
コイツさえ捕まえてお…………!)
咄嗟にクワニーは本能に従って後ろへ飛んだ。
その直後――
クワニーのいた場所にコンクリートの破片と粉塵による柱が立った。
「うあっ!?」
飛び跳ねる無数の小石から顔面を護るように防御する。
それでもトキはその場に倒れた。
撥ね飛ぶ破片が痛い。
全てを防ぎきれなかったのはクワニーも同じだった。
「何っ!」
「やっと見つけた」
煙の中から――
静かで力強く、それでいて流麗な女性の声が響いた。
「女?」
その状況にトキは驚いた。
(この街の人間全部が奴の支配下にあるんじゃないのかよ!?)
「華創実誕幻」
煙の中で、女の声が続いた。
そちらに気を取られているうちに2人の男がトキを脇からおさえる。
「いっ!」
「悪いがコイツは我らがもらう!」
誰が煙の中に立っているのか、トキには見えない。
クワニーは女性を知っているようだった。
無理矢理抑えられたトキの肩関節が軋む。
「一段:――」
トキの体を抑え、男たちは輪の外へと向かっていく。
誘拐。
その最中、
「茨」
女性の声が告げる、自慢の術。
瞬間――
風圧が僅かに髪をさらう。
目にも止まらぬ何かが、高速でトキの頭上を通過し、直後トキの目の前に転がったそれは2つの首だった。
トキは、クワニーの術にかかった全ての人も同じ方向を向く。
その先――
晴れた煙の中で自分に指を向ける、1人の少女がいた。
「菫」
落ち着いた口調で言う、何か。
少女は、再びクワニーへと顔を向ける。
「二段、上段」
それが何を意味するものなのか、トキは直感した。
「紅葉」
「連れて行け!!」
クワニーが叫ぶ。
それに呼応し、新たにトキの横に2人立つ。
今度は背中にもう1人ついた。
(しまっ……!)
少女に見とれていたことを後悔するトキ。
だが、思ってもいない事態が起こった。
トキの脇を抱えて連れ去ろうとする奴らは、トキを持つことが出来ない。
そんな異常な光景にトキ自身が1番驚いて、自分の体重を思い出す。
「藍!
貴様、何をした!!」
「思い通りに行かないとすぐに怒る。
だから、あなたは殺されやすいの?」
檄を飛ばすクワニーに少女は言った。
「あなたにはまだ見せてない術のひとつ、『菫』。
特別教えるけど、効果は〔重量変化〕」
「………わかっているのか?
そいつが……」
「メイトスを殺す者、でしょ?」
「かかれっ!」
クワニーの掌が少女へと向く。
術中に落ちている人々がその合図を待っていたかのように、一斉に藍へと襲い掛かる。
「うわっ!!」
その号令に少女よりトキが驚いた。
何人かが自分の体を踏み台にしていく。動かせないからまず目の前の障害を排除してから煮るなり焼くなりする心づもりだ。
「イテッ!痛痛痛痛テェって!!!」
文句を言おうにも、怒涛の如く押し寄せるその勢いで声も届かない。
全員が1人の少女めがけて襲い掛かる。
そんな状況下で少女はどこからともなく黒い符を取り出し、クワニーは彼女の姿勢を知った。
(2枚?
まさか……)
クワニーは思い出す。
一瞬にして――
黒い符は彼女の両手の中で2本の金棒と化した。
多数の細かな棘状の突起に、1m以上の長さをもつ棍棒。
「理壊双焔破界(リカイ ソウエン ハカイ)」
最初の1人が、少女に飛びかかり……
横一閃。
少女は軽々と棍棒を振り回し、飛びかかったソイツの上半身を消し飛ばした。
クワニーはやはりと確信し、トキは驚異に襲われていた。
再び襲い掛かる。今度は背後から。
しかし、奇襲は失敗に終わる。
振り返りざまに首から上がどこかへ消えたのだ。
「うそ……」
あまりにも信じられない光景。
次々と襲い掛かる人々を少女は軽く薙ぎ払っている。
(振り終えてから見える……
それだけ早いスピードで振り回しているのか)
驚きなのは、少女の戦闘能力の高さ。
無数の敵にただ1人で向かい、どんな死角から襲い掛かってくる敵も必ず仕留める。
もうひとつ驚いたのが、2つの金棒を振る速度の異常さ。
敵に当たって、僅かに止まるその一瞬しか金棒が見えない。
しかも、振り回される2本の金棒は、襲ってきた奴の体に当たって盛大に火の粉を撒き散らしていた。
その火の粉が大きくなり、本格的な炎と化す。
それで何人かが燃えた。
自分と同じくらいの少女。
トキは改めて少女の姿を確認した。
(黒いロング、碧の瞳……何だ?
タンコブ?
いや……)
少女の額。そこに異常な膨らみがあった。
正直、トキはいま自分の体を上手く動かせないでいた。
重い……
否!
重すぎる!!
しかも姿勢が正座。
滅茶苦茶な痺れと、重圧がいっぺんに足へと圧し掛かってきた。
少女に対する疑問も痛さで吹き飛び、
(早く病院行かないとぉぉぉぉ!!)
少女は軽々とクワニーの支配部下たちを消し飛ばしていく。
その一方で、トキは足の痺れなどと戦いながら願った。
-楼塔病院-
「また明日もくるから」
そう言って男は病室の扉を閉めた。
オールバックの茶髪をなで、それからYシャツの腕を捲った。
トイレに寄り、髪を整える。
鏡には見慣れた自分の顔が映っていた。
決して不細工ではない。むしろ整った顔をしている。
単刀直入に美形といっても過言ではない。
が、モテたことはないし、モテたいという気もない。
時間を確認し、病院の異様は静けさを気にしているうちに玄関に辿り着いていた。
(全く……病院てのは、どうも好きになれん)
薬品の匂いが苦手であることが、この男の悩みでもあった。
外に出れば染み付いた嫌な匂いもいくらか取れるだろう。
しかし、外は外で異常だった。
この時間帯で人影が皆無。
一応、地方都市の都市として分類されるのだが…
(はて?)
どうしたものかと言いたいところだが――
原因があろうがなかろうが、分からないうちは何とも言えないし、何にも出来ない。
空を見上げる。
見事な半月。僅かな風。
それに雲の量もバランス良く、色もいい。
男、又は彼:芹真は、いまの風景を写真に収めたい衝動に駆られた。
(まぁ、静かな夜も悪くないか)
そんな心境と同時に、芹真の本能は異常を感じ取っていた。
僅かに流れる夜風。
それに乗って漂う僅かな火薬臭。
焦げた空気の匂い。
何よりも多く、そして濃く漂う血の芳香。
芹真は嗅覚を最大限にまで活用し、探った。
(正規の火薬じゃない……構成成分は土、コンクリート……etc
粉塵爆発を利用したものか?)
その匂いから芹真はディマたちが仕掛けてきた事を悟り、ハンズがどこかで戦闘を繰り広げていることを知った。
「トキを狙ってか……」
再び嗅覚を最大まで感度を上げる。
(火薬と交じる焦げた空気の匂い、ボルトのビームだな)
慣れている匂いなのですぐにわかった。
次に、
(何だ、この大量の血の匂いは?
え〜。金属との瞬間摩擦。この匂い、肉骨粉状態が半数……
それから肉の焼ける匂い………)
「……藍か」
額に手を当てて芹真は溜息をつく。
「ん?」
そこで芹真は気付いた。
僅かだが、他の血の匂いとは異なる血の匂いを嗅ぎ取った。
嗅覚をもっと丁寧に使い、嗅ぎ別ける。
(もしかして、トキが負傷しているのか?)
丁寧に使う努力をする前に頭でそういう結論が導き出された。
思い立ったら吉、というか何というか……
芹真は一瞬にしてその場から飛び去った。
もしかしたら、トキを今すぐ引き取ることが出来るチャンスかもしれない。
「静かな夜だが」
ちょっと本音を言いつつ地面を蹴り、飛翔する。
地面の次にビルの壁を蹴り、さらに次の足場へと飛翔する。
(あ……)
戦いの最中、藍はあることを思い出してトキへと体を向ける。
「菫!」
「くそぉぉ!」
すると、一瞬で体が軽くなった。
というより、『重量変化+』に『重量変化−』をかけて『±0』にしたのだ。
だが、すでにトキの足の痺れは最高潮に達しており、立ち上がるのもやっとな状態だった。
少女は再び戦いへと戻っていく。
「走って逃げなさい!」
かなり無茶なことを言う。
藍が複数の敵を倒したことで、簡単に逃走経路を見つけることが出来た。
その時点で藍は100人目の敵を撃破していた。
トキは再び病院の方へと走り出したが、足の痺れもあって自然と走り格好は変なものになっていた。
遠ざかるトキをクワニーは追おうとしなかった。
疑問が残っていた。
藍と距離をとるゾンビ(罪人予定死者)たち。
クワニーはゾンビたちよりも一歩だけ前に出ていた。
「何故、私を相手にしたがる?」
「……ふぅ。
忘れたとは言わせないわよ」
「ほぅ?」
「憂さ晴らし……
それから復讐よ」
同じ頃、夜風を堪能しながら飛び続ける芹真の視界にあるものが飛び込んだ。
「ん?」
地面に降りる。
向かってくる人影の足元がおぼつかない。
(痺れてるのか―「―)ってトキじゃないか!
どうしたんだこんな所で?」
「あんたは!?」
お互いに予想外の遭遇だった。
「よかった!
ボルトを助けてやってくれ!」
急いで芹真に詰めより、トキは事情を話した。
突然襲われ、ボルトが自分を逃がしてくれた。
逃げる先はこの先の病院。
芹真に助けを頼めと。そう言われた。
その話を聞いた芹真は、
「おかしいな……」
「おかしい?」
「トキはボルトの――
う〜ん。魔法は見たか?」
「は?
いえ」
「じゃあ、僅かにでも見たか?」
「まぁ、僅かなら」
「どんな?」
「瞬きしたら家の中から道路にいたってだけですけど」
「そうか……とすると」
Yシャツのネクタイを緩めながら芹真は1人思索する。
「よし。じゃあ、助けに行こう」
(言うの遅くない?)
助けに行くのであれば、もっと早く決断するべきだ。
特に、人の命が懸かっているときは。
そう思いながら、スーツに身を包んだ芹真が信用できるかトキは考えた。
「1つ、聞いてもいいですか?」
あくまで敬語を使い、トキは質問した。
芹真は聞こうと顔を向ける。
「セカンドリアルって、一体何ですか?」
その質問で、どれだけ心のうちの疑問を解消できる要素が含まれているかわからない。
だが、聞いて損はないことは確かだ。
「第2現実。以上」
「そうじゃないだろ?他にもあるんだろ?」
「誰から聞いた?ボルトか?」
「変な外人。クワ…なんとか」
「クワニーか?」
「とにかく、街中の連中とグルになっている奴だ!
そいつが言っていたんだよ!」
「OK。教えるよ」
大げさな仕草で芹真は降伏したように両手を挙げる。
「その前に、ちょっとした誤解を解いておこう。
街の連中はグルってわけじゃない」
「グルじゃないって?」
「呪術師のクワニーが操ることが出来るのは “ゾンビ” だけだ。
故にあれは、人であって人じゃない」
絶句。
こんな話をどう信じていいのやら…
でも、心のどこかで面白いと思っている自分がいる。
トキはそれを確かに感じた。
「わかったか?
じゃあ、助けに行こうか。説明は途……」
言いながら芹真は背中を向ける。
が、
「その必要はないぜ」
新たな声がその場に響いた。
人のいない街とは、こうも声が聞き取りやすいものだと改めて思った。
「へぇ、ハンズか」
「かっ、て何だよ?
喧嘩売ってるんだぜ?買えよ」
「トキ」
呼ばれ、トキは我に返る。
「お前たちを襲ったのはコイツだ」
静かに芹真から告げられる。
襲った。
そこから思い出される我が家での襲撃。トキの心の内に怒りが湧き上がり、耐えかねなくなったトキは――
「俺の家(と、ゲーム)返せぇ!!」
「はぁ?
本当にお前がセカンドリアルなのかよ?
ただの引き篭もりじゃねえか。
らしくねぇ、どっかに引っ込んでやがれ!」
2人の会話をあえてスルーし、芹真が質問を投げつけた。
「ハンズ……ボルトはどうした?」
「ボルト……ああ」
笑うハンズ。
凶悪な笑みを見せた後、高々と上げられるハンズの左手に――
「殺したぜ♪」
全身が紅で染まったボルトの姿があった。
クワニーが操るゾンビをなぎ倒している途中、藍は気付いた。
(……別な方がいったか)
質は悪くても、圧倒的な量に少々手間取っている藍。
色々考えながら数人分の上半身を薙ぎ飛ばす。
「そうだ」
1人で言い、藍は地面を蹴って上空へと舞い踊る。
金棒:理壊双焔破界を空中で交差。
「華創実誕幻
獄段:八重捕覆!」
そう唱えた直後、藍が空中で8人に増える。
そして――それぞれが着地と同時に 戦闘を開始する。
改めて、7対多の戦闘が始まった。
「聞いていたより弱かったな。コイツ」
首を鷲づかみし、ハンズは言った。
ボルトの体には無数の穴が見え、左足・右手首・左脇・左側頭部が見えなかった。
無くなっている。
トキは吐き気をこらえ、それでも目をそらそうとしなかった。
「ハンズ……自分が何をしたのか解っているのか?」
「障害の排除だよ」
悪びれた様子が皆無のハンズは、2人の目の前にボルトの死体を投げる。
トキは駆け寄り、確認した。
間違いなく、彼女だ。
認めたくない…… 初めて会う女の子。それもまだ幼い。頼りになる・ならないの前に本気で自分を護ってくれようとしていた。
(死んだ?
俺が……足を引っ張ったから?)
「トキ」
ハンズに目を向けたまま芹真は口を開いた。
が、トキの耳に届いていなかった。
トキの鼓動が速くなる。
同時に息も荒くなり、めまいに似た感覚が湧き上がる。
自分へ圧し掛かる責任感。同時に起こる自分の所為にしたくないという矛盾。
他の人間が感じるかどうかわからない。
とにかく、震えが止まらない。
初めて目にする――本物の『死』の重圧。
「お前にはボルトを生き返らせる力がある」
そんな時に発せられる冗談は、冗談に思いたくないものだった。
トキは顔を上げる。
「俺に?」
聞き返す。
思ってもいなかった一言。それはまさに藁にでもすがる思い。
「正確には、お前と藍が組めば……」
「本当に助けられるのか?」
「無理ね」
全員の目が同じ方へ向く。
すがるべき藁を目の前に、トキは固まった。
その先に、あの女がいた。
「……ディマ」
黒衣に身を包んだディマ。
黒Tシャツに、黒いスーツ地のズボンという姿の彼女は、闇を連想させた。
「絶対の摂理《死》。
それはいかなる魔法、術、奇跡をもってしても覆すことは不可能。
誰もがわかっていながら、認めようとしない。
逆に、わかっていながら奇跡を信じ、それでも心の中ではすでに諦めがついている」
歩み寄りながらディマはそう言った。
「人と死の関係なんて、そんなものよ。
どんな特別な人間だろうといつかは死ぬ」
「だが、そうでもない奴らがいるんだよ。トキ」
トキはボルトの手を握っていた。
生き返ることは――出来ない……
「どんなに高度な魔法を使えても、所詮は子供。
殺せは出来なくとも倒すのに難くなかったわ」
「妙な動きはするなよ!」
MAC11サブマシンガンを手に取り、銃口を向けるハンズ。
芹真にではなく、トキに。
「芹真。あなたなら解るでしょ?
夜は私の独壇場。あなたでも勝ち目は薄いのよ?」
「下手に動くんじゃねぇ」
(完全に囲まれたか・・)
ディマとハンズに睨まれた状況で街中のゾンビが集まってきた。
冷静さだけは失わず、芹真は置かれた状況を飲み込んだ。
傍では、トキがボルトの手を強く握っている。
(あちゃぁ〜……
実験失敗ってとこかな)
改めてボルトの姿を見て芹真は思った。
この包囲網を抜けるための良い方法がない。
トキをディマたちに渡すか、戦って切り抜けるか。
どちらが最悪の選択なのか難しいところだった。
「逃げ場はない。投降しな」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ハンズが言う。
事実、この状況は最悪だ。
トキとボルトを抱えての戦闘は不可能。
ディマがいる。
ハンズは………どうにでも出来るからいい。3人を囲んでいるゾンビ達も問題ない。
「ちくしょう」
ディマが足を進める。
ハンズは周りのゾンビ達に作り出した銃器を渡し、無数の銃口が2人に向いた。
余計に脱出が難しくなった。
(どうしようもないな。こりゃ)
その瞬間、誰の目にも留まることなくトキは駆け出した。
全員の目が、動きだしたトキを追う。
拳打。
ハンズは呆気にとたれた。
(何!?)
一瞬パニックを起こし、何が起きたか解らない。
混乱から脱した時、頬に痛みがあった。
口の中で鉄の味が広がる。
トキはハンズを殴ったのだ。
「ふざけんな!」
(見えなかった……)
(目覚めかけているのね!?)
芹真とディマはその光景に驚き、ディマは同時に脅威を覚えた。
立ち上がり、地面を蹴る音が聞こえた瞬間にハンズは殴られていたのだ。
倒れてはいないものの、ハンズは衝撃を受けた。
我に返ったハンズに怒りが漲る。
「テ ンメェ……!!」
怒りに震えたハンズは32口径の銃弾をトキ撃ち込んだ。
芹真とディマが同時に叫ぶ。
撃たれたのは左の太腿の外側。
(2発目を撃ち込むつもりだ!)
「影槍!」
芹真よりディマが先に動いた。
一瞬で魔力の充填が終わり、ディマの魔力が形を作り上げる。
-闇・影の物質化-
形成された影の槍がハンズのハンドガンを破壊する。
「勝手な真似はしないでほしいわ」
「でもよぉ!」
「何か文句でもあるのかしら?
自分より力のない者を痛めつけるのがあなたの趣味だっけ?」
「ディマ。お前達にトキを預けるわけにはいかない」
「芹真。同じ言葉、そっくりそのまま返すわ。
あなた達は目標に辿り着くまでが長すぎるのよ」
「あんた何時からそんな馬鹿になった?
俺達は必要な経験を手にしてから戦いに臨んでいるんだ」
そうじゃない時のほうが断然多いけど……と、心の中で本心が木霊する。
そんな芹真をよそに、ディマはトキの右腕を掴んだ。
「大丈夫?」
「何なんだよお前らは!?
殺したいんなら殺せよ!!」
「それが一番最悪の選択なのよ」
「人殺しじゃないか!」
「そうだけど、ボルトは死なない。死ねない。それは私が一番良く知っているから安心しなさい。一時の死なんて無意味よ」
(死んでも死に切れない?)
ハンズはトキに対する怒りが疑問よりも強かったため、疑問もすぐに吹き飛んだ。
「トキ!」
「無駄よ芹真。
この子のSRは私達が完全に目覚めさせる」
芹真が何かを言うより早く、ディマがそう言って遮る。
「いや、そうじゃなくて!!」
芹真の口調の異変に、ディマとハンズは全神経を研ぎ澄まし――
ディマが……
そしてハンズが気付いた。
「上かぁ!」
「トキ!逃げろ!!」
トキはディマに突き飛ばされた。
空中に向けてハンズのサブマシンガンが火を噴く。
対空防御に備えたディマの隙を突き、芹真は自分のSRを解放する。
「しまっ…!!」
直後、ディマの目の前からハンズが消える。
拳ひとつでハンズは吹き飛ばされた。距離にして軽く200メートルOVER。
「……誕幻」
上空から迫った彼女は、地面に着地したと同時に攻撃に出た。
着地後すぐに何かをディマに向かって投げる。
その隙に芹真がボルトとトキを回収し、その場を離れる。
(黄色と、赤い符!?)
ディマもその光景に凍った。
視界に入った二枚の符により、これから何が起こるのかを知っている。
「これは…」
「二段、上:紅葉」
芹真は人の輪を飛び越える。
いそがなければ巻き込まれる!
直後――
強烈な閃光と、鼓膜を破らんばかりの騒音が闇を照らして静寂を裂く。
トキは今まで遭ったことない騒音と閃光に視覚と聴覚を奪われた。
「う. .…ぁ.・・!!」
声をあげようにも響かない。
2つの感覚が麻痺している最中、全身に浮遊感を覚えた。
肌で空中にいる事を理解し、トキは鳥肌が立った。
トキが空中にいるのだと感じてから数秒後、突然腹部に衝撃が走る。
墜落したのだという錯覚が起こった。
「―地したぞトキ」
言われて、混乱するトキの頭は着地したという結論にたどり着いた。
先ほどまでいた場所とは随分違う場所に来ている。
「コレで邪魔者はいなくなった、とでも言いたそうな顔ね」
「ディマ……魔術師としてあなたがやってきたことは尊敬に値するけど、トキの身柄は私達が預かるわ」
閃光と音響が消えた空間。
道路にできた小さなクレーターを挟み、2人は対峙した。
「なぁ、芹真さん!あの女の人は大丈夫なのか!?」
「ボルトじゃなくてか?」
「この娘も心配だけど、もう1人いたあの娘はどうするんだよ!
助けに行かなくて……」
「大丈夫だ。なんたって、藍は――」
「アイ?それが彼女の!?
助けに行かないのかよ?」
「だから、心配するな。藍は……」
「彼女は何なんだ?
そう言えば、ボルトは魔女だろ?
ディマもそうなのか!?」
「そう。でも、藍が何のSRなのかは、自分で聞け。
下手に怒られたくないし」
「とにかく助けに行かないのかよ!?」
「だから必要ないって!」
「何でだよ!?」
いい加減に同じようなやり取りが腹立たしくなってきたトキは芹真の襟元を掴んだ。
それを払いながら芹真は教えた。
ディマの作り出す影で出来た無数の槍を叩き壊しながら、藍は次の術の準備をしていた。
使う術は、華創実誕幻〔カソウジッタンゲン〕
その――天段――
準備を整えている間も影が襲い掛かってくる。
『影槍』はディマの魔術で『影人形』へと形を変え、襲い掛かってきたのだ。
「俺でさえ藍に敵うかどうかわからないんだぜ?
藍より弱い俺が助けに行って、何になると思うか?」
「いや、個人の差とかじゃなくて……」
「数で、って言いたいのか?
残念ながら藍はチーム戦とか拒んでいるんだから」
「それでも、こっちは!」
「遊びで藍がチーム戦を拒んでいるわけじゃない」
「聞けよっ!!」
「それに、俺はディマと相性が悪い。
でも藍は相性いいんだよ。ボルトもな」
「…………」
「……OK?」
睨み合いが続く。
あからさまに疑っている。
「じゃあ、コレだけは教える」
「何だよ?」
「藍は……」
上空から三つの影が迫った。
藍はそれを迎え撃つ。
「一段:茨!」
対空防御に藍が発動した術は、個人戦、複数戦を問わずに使える便利な術だ。
無数の茨状の鞭が自分の足元から発生し、敵意を持って近づくモノを薙ぎ払う。
その他に、がら空きになった後方や側面をカバーすることもできる。
それが空中から襲い掛かった3人の体に触れた瞬間、上半身と下半身を別離させた。
(影人形に、クワニーのゾンビまで加わりはじめたわね)
状況を冷静に読み取りながら、次々と襲い掛かるそいつらを薙ぎ倒していく。
飛来するナイフ。
藍はすかさず叩き落す。
理壊双焔破界をタテに振り下ろし、頭を潰す。
そこから力任せに横薙ぎモーションへともっていく。
力任せの戦闘!
ゾンビの中の1人が、手にしている日本刀を攻撃軌道上に置く。
防御の姿勢。
双焔の打撃を防ごうとする。
が、意味なし!
まるでガラス細工をハンマーで打ち砕くかのように、日本刀はいとも簡単に砕けた。
その後に持ち主の頭も吹き飛ぶ。
その隙を突こうと背後から敵が迫る。
もう片方の双焔を振り、押し寄せるゾンビ数体を殴り飛ばす。
同時に、茨に引っかかった何人かの首や腕、足が宙を舞う。
火の粉が地面に溜まり、引火。何体かのゾンビを焼き焦げて戦闘不能となる。
炎の光で闇がわずか朱色に染まる。
藍は別の術の準備を始める。
理壊双焔破界を空中に投げ、
「一段」
術文を唱える。
藍のリーチが短くなった瞬間を見逃さず、十数人が多方向から襲い掛かった。
「椿!」
直後、全員の視界から藍が消えた。
隙が出来ることを知っている。だから藍はそれを補う術を使ったまでだ。
それは、ディマも例外でない。
完全に見失ったのだ。
(椿……
確か、瞬速添付効果の術ね)
その時、ディマの影人形十数体と、クワニーのゾンビ多数が空中へと舞い上がる。
藍の攻撃によるものだ。
全員を全員殴り上げたらしい。
気付けば空中で回転していた理壊双焔破界も消えている。
しかし、ディマも見ているだけではなかった。
「夜にこの術から逃れる事はできない」
言って、ディマは右手を上げる。
その間も多くの影人形やゾンビが吹き飛ばされる。
空中に上げて何かをする気だ。
なら、それなりの準備が整う前に藍の動きを止める必要がある。
「影送り」
直後、全ての物体が月夜を覆う雲の如く、空に浮いた。
-影送り-
それは、ディマが得意とする捕縛魔術のひとつ。
物体は輪郭を持たなければ物体ではない。物質とカテゴリーされる。
影送りは輪郭と共に発生する影という概念を操作し、自由に身動きできない空中へと影ごと持ってゆくものである。
(足場をなくせば人は皆無力)
重力を無視した現象。
ワイヤーも仕掛けもなく、ただ純粋なディマの魔法でゾンビや自分の影人形が宙へ浮く。
足場を失った影人形やゾンビが空中でもがいている。
ディマはその中から藍を見つけた。
「いくら瞬速で動こうと、足場さえ奪えば……」
だが、それ以上言葉が続かない
(理壊双焔がすでになくなっている!)
2人は東洋こそ違えど、何らかの術使いであることに違いはない。
ディマは過去に藍と交戦した事があり、その戦いの中で自分と藍の戦闘方式には共通した点があったことに気付いた。
膨大で使い切れない魔力で武器を作り出すこと。
切り札のような術を使うとき、それら武器は媒体として使う。
(藍は既に……)
「華創実誕幻」
術の用意を完了していた。
「天段:瞳断銃矢!」
「“陰陽師”だ」
「陰陽師ぃ?」
「正確には、陰陽師の属性も合わせ持っている。
後は本人に聞け。言えばヤバイから」
芹真はトキを迎え入れたことを前提に喋り、トキはその意図に気付かなかった。
藍の左手に光球が発生し、その光景を目の当たりにしたディマは自分の死を予感した。
「冗談じゃない!」
ディマは急いで影人形何体かを媒体に使い、自分の体を影で包んだ。
光球から一条の光が放たれる。
その形状はまるで巨大な矢。
銃弾と同等の速度で迫る!
脱出の術を間に合わせる為、ディマは魔力を集中し、光の矢の先端めがけ、特大の影槍を突き立てた。
脱出の術を作り上げる時間を得るためだ。
ぶつかり合う光と影。
電光が生じ、光と影による競演は強烈なコントラストを生み出し周囲を飾った。
2人の術が押し合う最中にディマの術は完成し、すぐに発動する。
(反転影光!!)
瞬間――
一瞬でディマの全身は影に包まれ、縮小した。
遠くに聞こえる轟音と立ち上る爆煙。
そちらに顔を向け、芹真は言った。
「ほら。勝負アリだ」
言われたところで、トキは呆然。聞いていない。
何を根拠に勝利だと断定しているのか不明だった。
「ディマは逃げたみたいだし――
ハンズも逃げたな」
耳を澄まし、遥か遠くへと去っていく足音を確かめる。
(野戦用ブーツの音だからハンズで間違いないとして…)
ディマがどこへ逃げたのかが気になった。
-数分後-
藍は先に逃げた3人と無事合流した。
そして到着してからの第一声が……
「芹真さん。ボルトはずっと≪死体ゴッコ≫しているの?」
「はい?」
「…………」
絶句&理解不能。
トキは唖然。
「起きなさい。さもなくば――」
ボルトの死体に歩み寄りながら藍は宣言した。
その手元には、
「中華料理は無しよ」
見覚えのある、料理店の割引券が握られていた。
しかも、この場にいる全員分。
直後、ボルトの体がまばゆい光に包まれ、
「いやだ〜!!」
「うわっ!生き返った!?」
跳ね起きたボルトに驚き、トキは引いた。
全くの理解不能。それは芹真も同様だったらしい。
「やっぱり実験中だったのか……
でもどうやったんだ、一体?」
「ちゃんと起きたんだから、中華に連れて行ってよ〜!」
芹真の質問を無視して駄々こねて、藍に懇願していた。
「ちゃんと原理を説明したら連れて行くわよ」
「あ〜、あれは!
光を全部散らしていただけだよ!」
簡単に説明するボルト。
もちろん、トキは理解できずにいる。
それを見て、
「この場の全員が理解できるように説明して」
「あ、ごめん!」
頭の中が混乱中のトキに、何らかのリアクションを取る余裕はなかった。
「本当は、もっと早く起きようとしたんだよ?
でも、トキが何か頑張っているから起きようにも起きにくくて……!」
そこまで言われてトキの頭の混乱が少しずつ沈静化していく。
「生きているんだよな?」
「うん!私が死んだら形は残らないから、形がある以上私は死なないよ!」
などと言い、サラッと何か大事なことを言ったことにトキは気付かなかった。
ちゃっかり矛盾したことを言っていることに気付かなかったのは藍も同じだ。
「どう…」
「どうやってわざと死んでいたかというと〜っ!
自分の纏っている光をほぼ全部散らしたんだよ!」
気のせいか、起き上がってからというもの、テンションが高い。
芹真にとっては耳障りでもあった。
「トキは知っている?
生き物って、光がなくちゃ死んじゃうんだよ?」
知らね〜。
なんて、言いたくても思考が追いつかない。 いや、頭じゃなく口か……
とにかくリアクションが追いつかない。
「私ね、その光を散らしてもっかい集めることが出来るんだよ!」
「なるほど。
擬態にはもってこい……いや、待てよ」
疑問発覚。
芹真は改めてボルトの体を見回した。
「ボルト。お前ダメージは無いのか?」
ボルトの顔が振られる。
全く、なし。
「撃たれたりしてなくなった部分も、光から作り出すことができるようになったんだよ!」
誉めてくれと言わんばかりの笑顔と態度。
芹真は頭を撫でてやる。
いまの説明でトキも納得した。
うん。
「有り得ねぇ〜」
歩んできた人生で最大の溜息と共にトキはそう言った。
愚痴を言っても意味が無く、
抵抗しようにも暴力を受けているわけでもないし……
愚痴を言う前に頭の混乱が完全に収まったわけでもない……
よって。
そんなトキに、目の前で起こっている事実を認めろというのは難しかった。
これが夢なら、どれだけ気が楽だったか……
その後、襲撃も無く4人は真っ直ぐに中華料理店に向かった。