第27話-桜雪白州唯の戦い!-
「来たか……それじゃあ、失礼するよ」
トキの質問が出たのと同時、コルスレイは本命の存在を知覚した。
腑に落ちない点はあるが、コルスレイは何も追求しようとはせず、踵を返す。
「待て!」
「君の友達は寝ているだけだ。
それよりも、トキ。君自身の心配をした方がいい」
吹雪く桜色の雪の奥へと消えていくコルスレイへ向いたままトキは立ち尽くす。
そんな、呆然とするトキの視界に新たな人影が飛び込んだ。
コルスレイが去ってすぐ、入れ替わるように桜雪の奥から見知らぬ男が姿を見せる。
トキは倒れた友樹らに目を配ってすぐに視線を前に戻した。
次第に不鮮明だった男の姿がはっきりと浮かび上がってくる。
――近付いてくる。
上下とも黒い出で立ちに、オールバックの髪と露骨に握られた大型拳銃。
トキは身構えた。
あまりにも不自然すぎる。
状況が状況なだけあって、敵か味方か疑わずにはいられない。
(今、武器を持っていない。
大丈夫なのか?)
更にトキの周囲には友人がいた。
もし、近付いてくる男が敵なら、彼らを巻き込まないよう戦えるのか。巻き込まない為にはどう戦えばいいのか。
(ここから離れる?
いや、人質に取られるし、誘い込む術を知らない。
それに、目的が器実験とかだったら、誘拐される可能性も……)
目が再び友人に向き、そして歩み寄る男に向く。
先手必勝。或いは、4人を安全な場所まで運んでから対峙する。
どちらにせよタイムリーダーを使わざるを得ない状況だった。
「やっと会えたな――」
思案するトキの視界から男が消えた。
何が起こったのか理解が追いつかないトキの頭に、男の声が届く。
(何だ!?)
背後から、何かが迫っている。
どうしてか背後から声が響く。
(止まれ……!)
トキが振り返るのと同時、世界が止まる。
タイムリーダー。
桜色の雪が降る夏の夜、トキとそいつは初めて出会った。
強さを増す降雪が止まり、静まり返った夜から完全に音が遮断される。
風の音さえ起こらない止まった世界。
しかし、
「色世トキ。
フッ、ククククッ!」
「何で……?
どうしてだ!?」
男と距離を取り、トキは周囲を見回す。
桜色の雪は停止していた。
暗さを増した夜。
一切の音が遮断された世界。響いてこない世界。
完全に時間の流れは止まっている筈だった。
しかし、男は動いている。
暗闇の中、まるで光源のようにハッキリとそこに存在し続けていた。
そんな男のオーラがトキの焦燥感を仰いだ。
「ん? どうした?」
「お前は誰だ!?」
男は再び笑う。
不快な笑い声がトキの神経を逆撫でた。
「何がおかしい!」
「コレが笑わずしていられるか! やっと俺とお前は出会ったんだからな!
クッ、ハハハハッ!」
頭を抑えて笑う男。
トキは隙を見て距離を縮めようと男を窺った。
「もっと驚けよ、トキ。
このパーティーは俺とお前の為に用意されているんだぜ?」
「パーティーだと……?」
「あちこちで戦闘が起きているんだよ、いま。
どうだ、ん?
一緒に見に行かないか?」
トキが1歩後退る。
前に進むために注いでいた視線が、男の奇妙な雰囲気から恐怖を感じ取り、意志に反して引いた。
止まない警鐘。
絶えない寒気。
何を言っているのかわからない。何がしたいのかもわからない。
なぜ笑えるのか。 それさえ理解不能である。
「あんたは協会か?
それともナイトメアか、それとも――」
「そんなつまらない概念は捨てろ。
もちろん、俺を四凶と呼ぶのも無しだ。
俺にだって呼称はある」
(やっぱり四凶……でも、こいつが?)
トキは四凶の言葉でトウコツの姿を連想し、目の前の男と重ねてしまう。
姿形は比べ物にならなかった。
体格もトウコツに比べれば細く、身長は同じくらいだが殺意がない。
しかし、
「ああ、そうか。
俺ばかりがお前のことを知っていても公平じゃないよなぁ。
公平である必要は無いけど……フククッ!」
何故か、笑った瞬間の嫌悪感はトウコツを遥かに上回っていた。
「パーティーって、この雪のことか?」
「そうだ。
なかなか綺麗だろ?」
男の手が停止した桜雪に添えられる。
「気味が悪い……俺に、何の用事だ?」
「怒るなよ。
別に怒っても良いけど」
「殺しに来たのか?」
「それも悪くない」
「俺の友人には手を出すな!」
「ああ。
心配するな。興味ない」
「あんたはSRだな?」
「いまさら聞くか?
まぁ、いい。
そうだ。そして、お前もSRだろ。トキ」
「……あぁ」
「そうか。
じゃあ、いきなりだが“SRの在り方”について考えたことはあるか?
まぁ、捉え方はいろいろあるが」
男の手に握られた大型拳銃が不気味に輝き始める。
わずかに視線を配らせてからトキは男に目を戻す。
「協会とナイトメアの事か?」
「ん〜、まぁ、小規模集団も含めて、そこら辺からだな」
「何で協会とナイトメアが争っているのか、納得がいかない」
「納得がいかない?
どう不満だ?
俺は満足さ。いつだってな」
「満足、だって?
そんな私情は聞いていない。
何で協会はナイトメアと話し合おうとしない?
その所為で俺達の学校にまで――」
「ウハッ! 当たり前だろ!
トキ、お前って意外と頭悪いんだな〜
世界の物事全てに私情が絡んでいる。
だから、話し合いも何もあったものじゃないんだろ」
話しながらトキは友樹ら3人の倒れている場所まで移動する。目線は男に向けたまま逸らさない。
男は笑みを浮かべ続け、トキのその行動を見張った。
「政治、国、軍隊……
孤独が嫌だから誰かと一緒に居る。
無作為に構成された集団をまとめるため誰かが上に君臨する。
乗っ取られることが堪らないから自ら戦争を仕掛ける。
ありとあらゆる現象に理由がある。
生きるためメシを食う。休むため寝る。楽をしたいがため知識を容れる。死にたくないから抗う」
「それ全部が……私情だって言いたいのか?」
「全部私情だろ?
ナイトメアが協会の方針にケチをつけるのも、協会がナイトメアを認めないのも、お互い都合が悪いから以外の何ものでもない。
でもな、そういうのは組織云々の前に個人で起こっているんだ。
だからさ、実際のところはどうしようもない訳だよ」
「え……?」
「例えば、虫も殺したことの無い子供に、知りたくもない、聞きたくもない暗い未来を教える。
それは預言者が自分に降りかかる火の粉を前もって消火しておこうと考えた結果さ。
結果、その子供は予言を受けてから本当にその通りの運命を歩み始めた。
全ては預言者の私情から始まっていえる。
自分に害が及ぶ前に逃げようとした結果さ」
「全ては、自分のため……そのために他人を陥れるのか?」
「例えば、人々が望む国家を作るため。 例えば、人の欲を満たすため。 例えば、個人の願いを叶えるため。
元を辿れば必ず欲があって、私情が絡んでいる。
しかし……それこそがSRの起源でもある」
男も移動する。
トキは男が歩いて行く方向を見て焦った。
やがて男は足を止め、足元に倒れた奈倉に銃口を向けた。
「やめろ!」
「ナイトメアと協会が争う理由は協会のSRに対する対応と基本的方針にある。
ピックアップする内容は小さいが、濃度の高い問題だ」
男は腕を下ろし、倒れた番犬に目を配る。
鼻で笑い、再びトキへ。
「トウコツとはもう会ったらしいな」
「……お前はトウコツに頼まれたのか?」
「フフフッ、もしかしてビビってる?」
「悪いか」
「いいんじゃないか?
オレがトウコツとどういう関係で、どんな理由があって来たかなんて」
(よくない……)
笑いながら男は続ける。
「正直驚いているんだぜ。
一番下っ端でも自分の先輩を影武者に使うようなトウコツから手首を奪ったんだからな。
力に目覚めてわずかしか経っていない新米にしちゃ上出来だぜ、トキ」
「協会とナイトメアが争う理由ってなんだ?」
「いい感じに焦ってるな。
ククッ……
本人の口から言うんだ。聞き間違えるなよ?」
(本人?)
「ナイトメアには武装派と非武装派があるだろ?
特別な武器を持って協会に楯突く武装派と、SRの力だけで協会に挑む非武装派。
両者の決定的違いは、一般人を巻き込むか否かだ。
ある意味で両派共に巻き込みまくっているんだが、巻き込み方が違う」
トキの脳裏に2つの光景が浮かぶ。
イマル・リーゼ襲撃時と、黒羽商会の飛行艇。
「武装派の連中はSRがなくとも、使える人間なら誰でも仲間に迎えて、それで戦争を仕掛ける。
非武装派はなるべく一般人に犠牲者を出さないよう仕掛けてくる。
目的は同じだが、方針の違いもあって、お互いナイトメアの中で相容れない組織関係に成長しきった」
非武装派はなるべく犠牲者を出さないようにする。
男が奈倉や友樹たちを指差した。
その言葉をトキは信じなかった。
信用できない理由はとある前例――白州唯高校を襲撃したメンバー。
あの時、イマルは器実験の有資質者の確保も目的だと言っていた。
「俺が会った男は一般人を巻き込もうとしていた」
「ああ。
そういう奴らもいる。
それでな、そういう奴らがいる原因がオレ達なんだよ」
一瞬、トキは理解に窮した。
目の前の男は言動・仕草、どれをとっても突っつき難いのだが……
「たち……?」
今の言動はその中で特に理解に時間を要した。
「協会そのものじゃない。
その一部、オレ達“四凶”が原因なんだよ」
以前ボルトに言われた名前が頭に浮かび上がってくる。
トウコツ、トウテツ、コントン、キュウキ。
それぞれがこの世の悪を担うという。
いわば、禍根。
負の原因、元凶。
「お前は誰だ!?」
「ああ、俺な。
フッフフフ、ハハッ!」
「どうして――何がおかしくてそんなに笑える?」
「お前も笑えよ!
考えてるだけじゃ見えてこない事があるんだぜ?
わからないか? わかるだろ!?
成した奴、試した奴、死んだ奴らにしか見えてこない真実って奴だよ。
あるだろ? そういうのがさ」
「……」
いつの間にか動き出していた桜雪に気付き、トキは顔を上げる。
再び、トキの視界から男が消えていた。
(止まれ!)
タイムリーダーの発動。
それと同時、背後に気配を感じた。
殺気とは違う、黒く禍々しく巨大なモノ。
振り返った先にいた男は、自分の側頭部に銃を突きつけていた。
何がしたいのか全く理解不能なまま、トキは男と睨み合う。
「そうそう、そんな風に生きることも必要だ。
考えるのをやめて直感を頼りに生きろ」
自分に銃口を向ける男に言われても説得力は皆無。
何がしたいのか、何を言いたいのか、微塵も理解できない。
「さて、トキはどうする?」
「どうするって……話が飛びすぎていて何のわからないんだよ!」
「だから、それがダメなんだよ。
何を話せと強制しているわけじゃないんだ。
言いたい事を言えばいい」
トキは更に混乱した。
どう足掻いても、本当に目の前の男は理解できない。
行動も、言動も……
「あんたの名前は何だ?」
「いいぞ、その調子だ。
オレの名前はコントン。
お前は色世 時……フフッ」
その名を聞いた瞬間、トキは全員を連れて逃がす手立てを全力で考えた。
四凶が自分を狙っている。
そう言われたのが今朝だ。それがいま、実現してしまっている。
「ああ、そういえばトキ。
お前リストに載ってたぜ?」
「リスト?」
後ずさりながらトキは聞き返す。
「喜べよ。これで芹真事務所全員がリスト入り果たしちまったんだぜ?」
「何のリストだ?」
「もちろん、黒いヤツさ!
光の魔女がS級、哭き鬼はB+。
銀狼がA級、完璧もA、完全受容もA。
ほぼ全員がトップクラス。その中でだ、いったいお前はどれくらいだと思う?」
「指差すな
……それは指名手配って事か?」
「違……あぁ、まぁ、準指名手配だ」
(どっちみち犯罪者扱い)
「もし罪を犯したなら、そいつのランクに合わせて討伐チームが派遣される。
その基準がランクだ。
SRが強力で、その内容が稀少な奴ほど高いランクに載っちまう」
「オレも……入っているんだな?
でもその前に、芹真事務所には4人しかいない。
2人多――」
「お前が知らないだけだ。
芹真は他にも準事務所員として2人のSRを抱えている。
聞いた話だと、お前はその内の1人とは何度も会っているらしいじゃん?」
「記憶に無いね」
「考えるのはやめとけ。
ところで、お前のランクはいくらだと思う?」
「C、か?」
「残念。
お前と同じ力を持った奴がこの世に、今まで何人現れたか知っているか?
五指にも満たない。
そんな一世紀に1人発生するかしないってほど珍しいSRがC程度のはず無いだろ?」
「B?」
「お前が前に戦ったらしいアヌビスや黒羽商会の認定憑依と牛人、クリーニング店の錬金術師がそのレベルだ。 が、違う。
お前はそんな平凡な場所にはいない」
「……Sか?」
「お前の母親はそうだったが、残念。違う」
(え……?
どうして母さん――?)
「色世 時はA級のしかも19位にランクされている」
再三、コントンがトキの視界から消える。
「お前……母さんを知っているのか!?」
「当たり前だ。
オレはこれでも協会だぜ?」
「っ……!
もう一度聞くが、何でこんなことをする!?」
電柱に背をあずけ、手元で大型拳銃を自分の首に当てるコントンを見つけて距離を測る。
5メートルも離れていない。
確実に拳銃の射程範囲内であった。
「じゃあ、ちょっと付き合え」
コントンが電柱から離れるのと同時、トキは自分の身に起こった異変に気付いた。
(これは――体が動かない!?)
足が、手が、意識は正常だが五体は一切動かない。
そんな状態に焦り、戸惑いを隠せないトキ。
トキのタイムリーダーは確かに効いているはず……影響しているはずだった。
未だに動き出さない桜雪。
しかし、動き続けるコントン。
銃口はトキのこめかみに向いていた。
1人焦るトキを見て、コントンはハンドガンの引き金を絞る。
静止世界に――放たれる.50AE弾――響き渡る銃声。
「何でこんなことをするか?
意味無くやっても良かった。
この時期にやったのには、色々理由があったのさ。色々とな……」
見開いたままの目でトキは現実を再認識する。
音の無い、光の無い世界。
止まった時間、止まった桜雪。
そして、銃弾。
目の前の男、コントンは協会のSRで、四凶の1人。
自分の額にわずか触れる銃弾が熱い。
「ハハッ! 今さ、世界は破裂寸前なんだよ」
「殺す……気か?」
「話聞かなかったらな」
最初にタイムリーダーを発動させた時から気になっていたことがあった。
何故か、コントンにはタイムリーダーが適用されていない。
「わかり易く言えば、中身入れすぎた風船みたいなもんさ。
みんなの殺意が溜まりすぎた。
だから、そろそろ爆発させてやろうと思ってさ」
「そんなことをして意味はあるのか?」
「有る。
大いにな。
まず、オレ達は批判され、場所を失いかける。
そこから世界が変わる」
「はぁ?」
「協会の中でも煙たがられているのがオレ達。四凶さ。
最初は誰も四凶なんて属性は望まなかった。
そういう力だったが、慣れた今となっては幸せに思える力だよ」
「望まなかったって、どうして?」
「どうして?
どうしてと来たか。
なら聞くが、お前は自分から自分の夢を諦めてまで、世界の敵になりたいか?
どんなに頑張っても親しくなれない世界に、どう足掻こうと諦めざるを得ない未来。
望んでいないのに備わってしまったアビリティ。お前も、こんな現実なんて望んだか?」
コントンの指が現実を指し示していく。
倒れた友人や桜色の雪、銃に止まった時間。
芹真事務所と出会う前のトキなら、確実に現実であることを否定したであろう現実。
「誰だって望まないだろ?
幾千万の夢を語ろうと、曲げられない現実が世界を支配している。
常に何かに縛られている。
それが一般論であって現実だ」
「夢は夢、現実は現実。
そう言いたいのか?」
「そんな現実を忘れたのか?
お前は芹真事務所に出会ってから今に至る。 そうだろ?
じゃあ聞くが、夢のような現実とありきたりで常識的な現実が、いつでも手を取りあって踊れるほどに密接した世界の存在を、一度でも考えたことや信じたことがあるのか?」
「……」
「望んだモノが手に入るなら人類皆幸せだ。 幸せ過ぎて明日に死んでも文句無いってくらい幸せだ。
だが、ここに矛盾がある限り、矛盾が発生した以上、誰かが不幸になっちまう。
逆に、望まないモノばかりが手に入ったら、人類はどうなる?
不幸すぎて殺し合いでも始めるか? それとも、逆に助け合うようになるのか?」
「……わからない」
「そう。
誰にもわからない。
しかし――垣間見た者、出会った者にしか分からない現実だってある」
「それが……SRか?」
「でもな、そんな現実を知らない奴らに取っちゃ、オレ達の戦い続ける世界はゲームや映画の中も同然なんだぜ?
あり得ない世界。
現実でない世界。
現にこうして向かい合い、影響しあっているのに現実じゃない。
なら、俺たちは何だ?」
人が得る情報は人から伝わるモノが大半を占める。
書籍も、映像記録も。
古い情報からリアルタイムで起こっている何かまで。
伝播していくことで事実としての味を深め、その密度に比例して忘却しがたいものへと変わってゆく。
「生き物なのか、それとも架空の人物なのか?
仮に俺たちが架空の人物なら、現実とは誰のものだ?
誰が現実で、それは本当の現実か?」
「止まれ……」
小声で言うトキにコントンは笑いかけた。
「止まらないさ。
より深く、時間から抜け出した者が優先される」
微塵も動かない体。
平然と動き続けるコントン。
「さて、お前に聞こうとしていたことが――」
「止まれ……!」
「お前の友人は何発耐えられると思う?」
「――なっ!」
轟音が鼓膜を打つ。
放たれた凶弾が、まっすぐ岩井の胸を目指して飛ぶ。
が、トキに向けて放たれた弾丸と同様、皮膚を突き破ることなく直前で停止した。
「やめて欲しければどうするんだっけ?」
「話を続けてくれ!
今度は聞き逃さない!」
「ハハッ、いい子だな。
ちょっと聞きたいんだけど、これくらいの小さな物――黒い金属の塊みたいだけど木の破片みたいに軽い物、知らないか?」
コントンが示す何か。
大きさは5cm程度の黒い何か。
コントンはトキのリアクションに期待を寄せて返答を待っていた。が……
「知らない。
それは、プラスチックか何かか?」
「プラスチックじゃない。
金属のように硬く、表面もけっこう滑らかでツルツルなんだけど、金属じゃないんだよな〜」
「……わからない」
「本当にか?」
トキは頷く。
コントンには残念という他なかった。
尋ねられた物質を見たことも、また聞いたことも無い。
コントンは身振り手振りもう一度説明し、今度は別の方向からアプローチをかけた。
しかし、それでもトキは素顔で知らないことを伝える。
「家のどっかに置いてあるとか、誰かから預かっているとか、そういうのはないのか?」
「ああ。全く心当たりが無い。
悪いが、俺は本当に知らないんだ」
返答するトキの顔は真剣そのもの。
嘘をついていないことが声の調子からも窺える。
ついついため息がこぼれた。
コントンは下げていた銃口を再びトキに向け、引き金を引く。
左足太腿。
またしても銃弾が止まる。
2発目の銃撃を目の当たりに、トキは叫んだ。
「知らない! 本当に知らないんだ!
それがどうしたんだよ!?
何で俺にそんなことを聞くんだよ!?」
「お前の母親とその背後についた妖精共に盗まれたからだよ、ザコが」
笑顔のまま、しかし青筋たてながらコントンは次の銃弾を放つ。 右肩。
「全部で9個盗まれたんだが、そのうちの6個は取り返したんだよ。
一番大きな物を盗んだのがお前の母親でな。
そのせいで探し物も探せなくなっちまったわけよ」
「そんな……
でも、俺は知らない!
母さんがそんなことをしたことも!」
「知らなくてもいいさ。
ところで、このやり場の無い怒り、どうすればいいと思う?」
再び放たれる弾丸。
右太腿。
前の4発同様に体を貫く前に停止する。
「もしお前が普段から持ち歩いている物の中に紛れていたら……そう考えるとちょっと腹立つんだよなぁ」
6度目の銃撃。
銃口の向く先は左肩。
「お前……!
どうする気だ!?」
トキの質問にコントンは銃撃で答えた。
狙いは友樹。
次々と放たれては停止する.50AE弾。
友樹に向けて放たれた銃弾も停止し、8度目の銃撃が智明へと牙をむいた。
「そこで、トキ。
お前に思い出してほしいんだよ。
色世サツキがお前に残した物――何でもいいからさ。何かなかったか?」
マガジンを取替え、新たな銃弾を飲み込んだデザートイーグル.50AE。
コントンは2度引き金を絞り、トキはその銃口が奈倉に向いていることを確認した。
「早く思い出さないと、銃弾はいつまでも止まっているわけじゃない。
知っているだろ?」
「クッ……!
本当に知らない!
何も、何かを預かってなんかいない!」
「お前もこの力を知っているよな?
時間が永遠に止まっていることは無い」
コントンは笑う。
必死でもがくトキ、思考を巡らすトキ、固まるトキ。 そんな行動の一つ一つがコントンを楽しませていた。
「何――だって?」
「お前も体験しただろ?
時間が止まるのは一時的なモノ。
後は、ゆっくりと……動き出す」
真実を突き付けられ、トキはクラスメイトに目を配る。
岩井は心臓。
智明はノド。
友樹、左目。
奈倉は眉間と心臓。
コントンの放った弾丸全てが急所へと突きつけられていた。
「お前――待て!
信じてくれ!
俺は本当に、何も知らない!
何に誓ってもいい!」
「クフフッ……!」
免れられない死。
それは自分にも言えることだった。
五体全てに突き付けられたマグナム弾。
「……もし、俺が死んで、探し物が見つからなかったらどうする!?」
「さぁ、どうしようか?」
この、まだ停止している世界で誰かを助けられる人間はいない。
全力で説得しようとするトキの言葉を吟味しながら、コントンは楽しんだ。
「俺が見つけたら、お前に届ければいいのか!」
「見つける?
何も知らないお前がか?」
「それは……」
コントンが笑い、頭を抱える。
「しかし、面白いな。
悪くない。
だから、もう少し付き合って貰おう」
デザートイーグルを服の下に収め、静止したトキの右手首を掴む。
「右手だけ、いまの世界でも動かせるようにしてやろう」
リンクが始まる。
意識だけが通常時間世界から飛び抜けたトキ。
その右腕に時間が流れ始めた。
(動ける!
どうして!?)
「フフフッ……後は好きなようにしな」
右手の動作を確認し、右手以外が動かないことを確認したトキは、額に接触した銃弾の消去にかかった。
(クロノセプター!)
.50AE弾から時間を奪い、弾丸そのものを消滅させていく。
奪われた時間は掌に集まり回遊を始める。
額の銃弾を消し、次の銃弾を消す。
左肩、右太腿、右肩……
その光景にコントンは満面の笑みを浮かべていた。
いままで出会うことの無かった仲間がそこに居たのだ。
自分と同じ力を持ち、且つ、自分と違う力も持つ者。
色世 トキ。
(こいつには保存されたモノを管理するだけの権限があるんだろうな……フフフッ)
混乱した頭でトキは最後の銃弾の除去に取り掛かった。
コントンの意図が読めない。
自分が脅されているような、何かを迫られているような……試されているような気がした。
SRの存在について。
協会とナイトメア。一般人とSR。認識された現実と認識されない現実。
母が奪ってきた何か。
そのために銃を向け、引き金を引き、質問をぶつけてくる。
理解できない右手だけの解放。
トキにはとっては十分だった。
右手だけでも銃弾を消すことは出来る。
(あれ?
左手が――動いた!)
それは思ってもいなかった事が起こった。
意識に体が伴わなかった状態からほんの僅か、体が動かせるようになっている。奪った時間が左腕を通して左手に通い始めたのだ。
銃弾を消す過程でトキは、奪い取った時間を無意識のうちに体の各部へ流し、その結果、凍結していた時間が動き出したのである。
左手に続いて右足、左足、ついには全身から感覚の復活を感じ、トキは足を前へと踏み出した。
それと同時――
「さぁ、トキ。
時間が動き始めたぞ」
コントンは告げる。
「諦めな。
どう頑張ってもその状態じゃ間に合わない」
重い足を一歩、前に出す。
自分の中に流れる時間が足りない。
それが原因で、通常時間通りの速度で行動が出来なかった。
コントンが笑う。
トキは一番手近に居る友樹ら、3人に歩み寄った。
一歩一歩が重く、なかなか思い通りに進まない。
「間に合う!」
桜雪を踏みしめ、トキは進む。
誰一人死なせるつもりは無い。
「自分の現実は自分で護る……お前の母親はそう言っていた」
耳を貸さないようにしながらトキは進み続ける。
3人のもとにたどり着いた時、銃弾は肌に触れる直前まで迫っていた。
トキはまず智明、友樹の銃弾から排除を始めた。
眼球とノド。
即死は間違いない。
仮に助けられたとしても、失うものが大きい。だからこの2人を優先した。
右手で友樹を、左手で智明に向かう銃弾を消し去る。
「ハハッ……魔が見える、魔が見えるぞ、トキ。
やっぱりお前も俺と同じだ」
奪取した時間を体に与えるとスピードが増し、一歩一歩の重さが軽減する。
岩井の前に移動し、銃弾から時間を奪う。
銃弾の一つ一つからさほど時間は奪えない。
(この雪にだって、時間はある!)
右手で銃弾を消しながら、トキは降り積もった雪からも時間を奪った。
銃弾以上に奪える時間の少ない桜雪だが、量なら銃弾の比ではない。
降る雪、積もる雪。
全てから時間を奪っているほど余裕があるわけではない。
岩井を襲う銃弾から時間を奪い、銃弾そのものを消し、トキは奈倉の方へ向かった。
「お前の原動力は“護ること”か?
それとも、同じ能力を持った俺に“負けないこと”か?」
「どっちでもない!」
反論と同時に、コントンの顔から笑みが消える。
完全に消え去ってしまう。
「どっちかにしろよザコが……」
重い声の響きと共に伝わる重圧、莫大な殺意。
再び時間が凍結していく体。
それでも諦めず、顔だけ振り返るトキ。
「お前の原動力に興味があるんだよ」
「じゃあ、あんたの原動力は何だ!?」
反論を続けるトキ。体の不自由が次第に強まっていく。
目の前に横たわる奈倉に向かった銃弾は、すでに皮膚との接触を始めていた。
筋肉や骨を突き破る前に銃弾を消さなくては手遅れになる。
「……俺?」
トキが力み、無理やり全身を試みようとした瞬間、一度強まった不自由が弱まった。
予想だにしなかった反論。
初めて受ける質問内容にコントンは隙を見せた。
(さっき拘束よりは動ける!)
自分のポケットに手を伸ばし、トキは財布を取り出す。
――緊急事態にこんなものが使えるはずが無い。
考えを改めた。
決して使えなくは無い。
トキは躊躇なく、左手で財布から時間を奪っていった。
財布全体の質量から平均的に時間を奪い、体中に時間を流していく。
紙幣よりも硬貨が多く入っていたことも幸いし、銃弾十数発分の時間が手に入る。
再び走り出すトキを見て、コントンは笑う。
今までにないくらい、嬉々とした表情を見せ、空を仰ぎ、笑った。
不愉快な笑い声をBGMに、トキは全力で奈倉を襲う2発の銃弾から時間を奪う。
「俺の原動力か!
そうだな……初めて悩んだ!
いい質問、かどうかはさておき、何だ!」
一度収めた得物を取り出し、トキの後頭部に向け、次に自分の眉間に押し付ける。
銃弾を消去したトキは振り返り、コントンの銃を掴みにかかった。
興奮して考えるコントンの銃を掴むことは造作も無かったが、問題は――
「好奇心だけで動くということは原動力なんかじゃなかったとしたら、生存と保存が最終的な欲望に摩り替わっているのか?」
1人話しながらコントンは自分の銃を手放し、もう片方の手でトキの顔を掴む。
コントンが手放したデザートイーグルを持ち替え、トキは至近距離でコントンの胴体に向けて引き金を引いた。
強烈な反動と、痛烈な銃声が鈍き世界に響く。
ふと、トキはアヌビスとの戦いを思い出した。
(あの時に使ったリボルバーと同じくらいの反動……!)
そして、相手には効いていない。
コントンは銃口に掌をかざし、空中で銃弾を止めていた。
「いや、生存と保存は死命の経過点でしかなく――何だ!?
つまり……そうか! そうだな!
最も基本的な理由、“在り続けること”のみが俺たちに残された原動力とでもいっておくべきだな!」
トキはもう一度トリガーを引く。
再び響く銃声と、容赦なく伝わるリコイルショック。
だが、伝わらない銃撃。
「というわけだ、トキ!
あと3発。だが、お前はもう引き金を引けない」
「いいや……引ける!」
3度目のトリガー。
指が震える。
しかし、3度の銃撃でコントンに届いた銃弾は1発も無い。
3発の銃弾全てが空中で静止していた。
「残り、2発。
その辺にしておけ。
正直、俺はお前に期待をしちまってる。
だから、今回は運を試して終わろうと思うんだよ」
顔を掴まれたトキはもがき続け、コントンに蹴りを放ち、肩に銃口を突き付ける。
今度は至近距離というレベルではない。
ゼロ距離射撃。
だが、いくら指に力を入れようと、体が引き金を引くことを拒否した。
「素人が片手撃ちなんかするもんじゃないさ。
あと1発で手首がイッちまうぞ?」
コントンは掴んだトキを持ち上げた。
それは体格からは想像も出来ない圧倒的な力。
頭骨を締め付けられる激痛に悶えながらも、トキはデザートイーグルを両手に持ち替える。
(負けるか!)
反動、轟音、衝撃、返り血。
トキはがむしゃらに引き金を引き、コントンの肩を撃ち抜いた。
「放せっ!」
「…………へぇ」
声を震わせながらコントンはトキからデザートイーグルを奪い取る。
「なるほど、そんなにキツイ運試しをやってみたいか〜!」
再び笑顔を取り戻し、コントンは円を描くように移動する。
指と指の隙間からトキはその光景を見て青ざめた。
円弧を描くように回転する2人。
コントンと自分の間にある、それ――空中で静止した3発の.50AE弾。
(こいつ……!)
「生きていたら破片を見つけて俺に会いに来い。
生きていたら、な。
期限は5年以内だ。その方が生き甲斐があるってもんだろ?」
今になって、ようやく気付く内側の殺意。
未だに理解できない脈絡の無い言葉。
(コイツは……初めから俺を殺すつもりだったんだ!)
「わかったか?」
トキは手を伸ばし、銃弾に触れようとした。
銃弾が少しずつ時間を取り戻していく。停止位置から少しずつ、トキに向けて進み始める。
「生きていたら5年以内だ。
5年以内に意識取り戻したら、船の破片を見つけろ。
そして、俺のところに持ってこい。
いいか? 間違っても協会の連中に渡すなよ。
もし渡した時は、お前のお友達を1人1人肉塊に仕上げていく」
「待て! フネってのは――」
左手で触れた銃弾を消し、残り2発。
少しでも時間が欲しかった。時間を奪うための時間が。
「お前も一緒に来るというなら教えてやるぜ。
って、言いたかったところだが、お前は若すぎて、しかも弱すぎる。
だから、そんな奴に教える価値はない」
再びデザートイーグルを収め、コントンは拳を握った。
締め付る手から逃れようと必死にもがくトキだが、万力のような掌はビクとも動くことなく、開けた指と指の隙間からはコントンの構える様が覗けた。
「……チクショウ」
ただ見ていることしか、ただその結果を認めることしか出来ないトキの頬を涙が伝った。
恐怖もあったが、コントンからみれば、トキが恐怖に涙しているようには見えなかった。
「悔しいか?
残念ながら、時間はすぐに元通り動き始める」
笑うコントン。
哂う四凶、渾沌。
そして――拳は放たれる。
風を切る拳打。
時間を乗せた打撃。
襲いくる衝撃、反動、激痛。
その一撃は、黒羽商会の牛人のそれとは比べ物にならないパワーによる打撃だった。
(ク、クロノセプター!)
後悔の中、トキは最後の抵抗を試みた。
衝撃が体を吹き飛ばす瞬間、残り2発のうちの1発を両手で掴み取る。
両の掌に包まれた銃弾は、全体的時間と部分的時間を同時に奪われ、一瞬で消滅に至る。
同時に最後の――消し損なった――1発がトキの胴体を貫いた。
強力な拳打と銃撃がトキを遥か後方へと吹き飛ばす。
「フフッ、これが俺に許された時間だ」
遠ざかる視界。
縮まりゆくコントン。
再び降り始めた桜雪。
激痛。
しかし、己の身と同じくらいあの場に取り残されたクラスメイトのことが心配だった。
汗と涙が混じり合い、逆流する血に呼吸が遮り、口から零れる。
視界に映る黒が、一体何なのかわからない。 夜空の黒なのか、夜闇の黒なのか。
(――死ぬからか?)
落ちる目蓋の感触に気付き、トキは黒を感じた。
死ぬこと。
初めてでない死。
未遂を含め、何度目なのかわからない死の感覚。
着地の衝撃。
雪が着地の衝撃を和らげたのも束の間だった。
縁石に体を打ちつけて跳ね上がり、地面を転がりながらフェンスに激突し、トキは停止した。
慣性によって止まるまで8秒。
銃撃のダメージ。
強力な打撃の負傷。
吹き飛ばされて出来た傷など、それらの痛みで立ち上がることが出来ず、また、時間を奪うことすら出来ないトキは、確実に死へと向かっていった。
「今日はさよならだ。
もしかしたら永遠にかもしれないけどな」
数十メートルもの彼方へ消えたトキに別れを告げたコントンは、足元に目を配っていた。
欲望侵食の術で眠りに落ちたトキの友人たち。 必死で護ろうとしていたモノ。
「赤髪の男に、長髪の女、警察の娘に……
魔倉の番犬か」
しゃがみ込み、コントンは一人一人の顔を間近で覗き込んだ。
「あん?」
微笑んだ表情が、満面の笑みに移り変わる。
眠りについた四人。
その中に、興味を引く存在があった。
「これって、魔倉のスペアキーじゃん!」
それは奈倉愛院の手に握り隠されていた物。
すばやくポケットにしまい、コントンは嬉しさのあまりケルベロスの頬に平手を見舞った。
「お前たちは面白いな……
何が原因だ?」
それだけを言い残してコントンはその場を歩き去る。
金品も拝借しておこうか悩んだが、金には困らないことを思い出してすぐ撤退することに決めた。
(あんな状況になるんだ?)
笑いが絶えない。
おかしなことが今日、この街で起こった。
夏の吹雪。
だが、コントンはそれ以上の異変を発見した。
(SRの発芽因子を持った人間がまだ他にも居たなんてな……)
一度歩を止め、トキの吹き飛んでいった方へと向き直る。
理由など無いはずなのに、コントンはそちらへ体を向け――
「うおっ!」
同時に状態を逸らした。
(色世トキ!?
こいつ……!)
それは完璧な虚を突いた攻撃だった。
音も、予兆も、気配さえない。
血と雪と土に汚れたトキの背後からの一撃。
長く生きてきたコントンにさえ恐怖を抱かせる程の圧力――殺意――を帯びた攻撃だった。
しかし、コントンの直感が奇襲を喰らう直前、トキの殺意を感じ取って体に回避を命じた。
「なるほど、褒め……あれ?」
コントンが向き直った瞬間、短剣による刺突を放ったトキはそのまま地面へと倒れた。
「何だ。お前、惜しいよ。
久々に俺をビビらせてくれたじゃないか。
今度は生き延びて俺を驚かせてみれくれよ……」
笑いながらコントンはデザートイーグルを取り出し、トキの左足の腱を撃ち抜いた。
「うん。そう……そうだな。
面倒な奴等が来たから、次会うまで寝てもらおうか。
クフフッ……そうだな、10年分の俺の睡眠時間を与えてやろう。
どれだけ早く起きられるかな?
5年という期限に間に合えるかな?」
笑い声を響かせ、コントンはトキの頭を鷲掴みに、そこから自分の中の時間をトキへと移していった。
「俺にはな、トキ。
時間を奪うことはできない。
だが、与えることは出来るし、お前よりも長く通常時間から抜け出すことができる」
立ち上がって右足の腱へ銃撃を繰り出す。
破壊される両足。
コントンはトキが追撃不可能になったことを悟り、今度こそその場を立ち去った。
「じゃあな」
五感全ての機能が停止したトキへ、コントンは申し訳程度の挨拶を残し、夜闇の中へと消えていった。
Second Real/Virtual
-第27話-
-トキvs渾沌!
桜雪白州唯の戦い-
「こちら衛星。
各員、作戦は終了。任意で撤退してください」
『おい、レッドキャップとの連絡がつかないが、どうなっているか教えてくれ』
「レッドキャップは172秒前に捕縛されました。
ですから、これ以上無駄に戦力を失うわけにもいきませんので、可能なら速やかに撤収してください」
『了解』
『俺はまだ負けてねぇ!』
『斬潮、了解』
『待てギュン!
もうちょっとで芹真――ブゴッ!!』
『これより撤収する』
「気をつけろよ」
『こちら警察署前、疑真化身。
アヌビスチームに70%のダメージ。面倒臭くなったので帰る』
「お疲れ様」
数分にわたり、衛星は他のメンバーとの更新に勤しんだ。
撤退をよしとする者がいれば、未練を口にする者も居て、あからさまに不機嫌な者だっていた。
「ご苦労様」
労いの言葉も尽きかけてきた頃、最後のメンバーからの通信が入った。
『こちら四季。
衛星、いまから確認してもらいたいものがある』
「こちら衛星。
何でしょう?」
『シキヨトキの連れと、哭き鬼、それから依頼主コントンの現在位置だ』
「お連れの方々は微動だにしていません。
哭き鬼は移動中。目的地はシキヨトキの家だと思われます」
『肝心の依頼主は?』
「……わかりません」
『色世トキのように?』
「はい。
お連れの方々の近で止まっていたことから、その近辺で目標と接触したものと思われます。
その時はしっかりと存在を確認できたのですが、断続的に確認ができたりできなくなったりと……」
『了解』
「あ、ちょっと待ってください!
協会のSRがその付近に接近中です!」
『その付近とは?』
「……あ、えぇと、目標のお連れの近くです。
間違っても近づかないように気をつけてください」
『…………わかってる。
で、近づく協会の者とは?』
衛星は返答に迷い、問題の場所に接近する者が依頼主と同じ名で括られている者であったことに困惑した。
「四凶です」
やりきれない想いを必死に押し殺し、男はトキを見下ろした。
目の前に転がる現実。
予想はしていたが、実現までが予想外に早すぎた。
「やっぱりテメェだったか……コントン」
協会所属、遊撃隊登録の四凶のSR、トキに左手を奪われた男。
トウコツ。
怒りに震えた手をトキの胸へと手を伸ばし、生死を確認した。
(微かな鼓動……
このままじゃ、死ぬのは時間の問題か)
トウコツの額に青筋が立つ。
自分を楽しませた男を、むざむざ見殺しにするつもりはない。
だが、敵と認識したトキを助けることに抵抗があった。
敵は助けない。
それがトウコツの方針であり、戦場での常識である。
ましてトキは、メイトスを殺すと言われるSRだ。
そんな敵を生かしておいた所、後の災いとなるだけである。
「……くそっ!」
頭では理解していた。
いままで惚れた女も助けたことのない自分が、今はなぜか、トキを救わなくてはいけないと全力で訴えている。
「未練ってやつか?」
左手を奪われ、しかし、トウコツはトキの母の命を奪っている。
自分が助けていいものなのか迷いつつ、トウコツはトキの体を掴み起こした。
「俺と戦うまで死ぬんじゃねぇよ……」
その言葉が本音なのか、自分でもわからない。
だが、呟かずには居られなかった。
自分の知り合いが、自分の認めた敵を先に撃ち破る。 獲物を横取りされ、気分は最悪以外の何ものでもなかった。
背中の斧6本を投げ捨て、代わりにトキを背負う。
警察署へ向かうか、病院へ向かおうか悩み、トウコツは警察署に進路を定めた。
足元に横たわるケルベロスに蹴りを放ってから地面を蹴り、路上から民家の屋根の上へと飛び移る。
背後でケルベロスが咳き込み、それを確認したトウコツは疾走した。
「お前を死なせはしない」
トウコツが警察署に着く頃、白州唯を桜色に染めた雪は、夏の熱気によって跡形も無く消えていた。