第26話-Summer Snow Stream!-
桜色の雪が降り始めてから7分。
芹真事務所のメンバーで、最初にその異変に気付いたのは藍だった。次にトキ、芹真、ボルトとそれぞれが異常を認める。
芹真は急いで電話を取り出し、ボルトにワルクスの携帯にコールしてもらい、受け取る。
4度の呼び出し音の後、ワルクスの声が伝わってきた。
前口上を述べながら背後から聞こえてくる音に耳を傾ける。
「お前たちの仕業か? ワルクス……」
呼びかける電話の向こうから断続的破砕音が伝わった。
それだけで交戦中であることは分かる。
『そんなワケないだろ! 非武装派の連中だ!』
「すでに交戦中だな?」
『ああ!
俺の相手はレッドキャ――』
電話が切れるのと同時、目を扉の方へ固定したままボルトが芹真のシャツを引っ張った。
「ここにも来るよ」
「何人だ?」
「とっても強い人、1人」
(非武装派の連中か。
ワルクスの相手はおそらく、あの妖精だな……)
ボルトの警告から数秒後、事務所の扉が勢い良く開いた。
開ききった扉を潜って姿を現したのは、青い縁の眼鏡をかけた男。
その姿に一瞬、芹真は固まった。
「こちらは芹真事務所ですよね?」
「うん、そうだよ」
出入り口に立ったまま男は尋ね、ボルトはしっかりとそれに対応する。
「はじめまして。私は……」
「マスターピースさんでしょ?
絶対糸配のSR。
ナイトメア非武装派の第1リーダー」
「それで、どんなご用件でウチに?」
芹真は2つ質問した。
1つ、マスターピースの用事は何か。
もう1つは、
「あんたから藍の匂いがするんだが、知り合いだったのか?」
2つ目の質問について、マスターピースは軽く驚いた。
「あの鬼の娘、アイといったのか……ココに来る途中で襲われたものでね。
撃退させてもらったよ」
マスターピースも予想だにしていなかった関係性。
事前調査が甘かったと、心の中で自分に言い聞かせ――
マスターピースが言い終わるのと同時、芹真の対物拳銃が吼えた。
しかし、弾丸はマスターピースを掠ることさえなく、背後の壁に大穴を空けるだけに終わる。
(なっ……!)
「私に弾は当たらない」
戸惑う芹真に告げるマスターピース。
狙いは完璧だった。何度も何度も繰り返してきたクイックドロー&トリガー。いままで一度も外したことのない銃撃である。
それなのに腕、手首、銃口は、標的から逸れた別の場所に向いていた。
引き金が絞られる一瞬前、狙いが標的を避けたようにも思えた。
「私の用件は、光の魔女だ」
マスターピースの言葉を聞き、芹真の目がボルトに向く。
ボルトもそれを理解していたらしく、その双眸は闘志の輝きを放っていた。
「いいよ。
相手してあげる」
「ボルト、俺は病院を見てくる」
「うん。ここは任せて」
出入り口に立つマスターピースの脇をすり抜け、芹真は事務所を飛び出した。
そんな芹真をマスターピースは止めようとしなかった。
目的はあくまで光の魔女。
人狼はその気にさえなれば殺せる。
「さて」
社長の飛び出した芹真事務所で、魔女と糸配は向かい合った。
同時刻。
白州唯オフィス街。
「こちら衛星。
11:30、芹真事務所にて糸と光の接触を確認。
銀狼が別行動を開始。注意されたし」
雑居ビルの屋上。
そこでは、ナイトメア非武装派の千里眼がフェンスに寄りかかり、白州唯各所の状況をつぶさに伝達する仕事を担っていた。
『行き先はわかりそうか?』
『シキヨの所じゃね?』
『いや、もしかすれば……』
「いま特定する」
『早くしてくれよ』
『馬鹿馬鹿しい。
俺はクリーニング店の奴等と遊んでくる』
『私もそうしよっかな?』
「……見えた。病院だ」
『それは何分後の未来だ?』
『おっ、マジで?
ツイてる!』
『げっ!
目の前……』
『でも、何でこの病院目指してくるんだ?』
「49秒後に到着だ。
戦る気のない奴はとっとと逃げた方がいい」
『そうさせてもらうよ』
『銀狼の相手なんざまっぴら御免だ』
『ああ、物好きに任せる。面倒な』
『赤帽子が予想以上に頑張ってるんで、俺たちは予定を変更する。
ホート・クリーニング店の相手させてもらうぞ』
『俺は協会のアヌビスどもをやる!』
『どうすっかな〜。予定通りいっちゃうかな〜……』
『手当たり次第やりゃいいじゃねぇか!』
『そっ、臨機応変にね』
「……ああ。
その方がいい足止めになる」
『アヌビス来た〜っ!』
「幸運を祈る」
『四季より衛星。
一般人の状況、協会と事務所、クリーニング店の動きを知りたい』
「了解。
効果が現れるまで残り推定120秒±10。早い者はすでに意識を失っています。
それに伴い、協会は混乱中。
次にホート・クリーニング店ですが、影の魔女は寝息立ててます。今のところ起きる気配はありません。
錬金術師はさっきまでアヌビスと行動を共にしていましたが、今はだいぶ離れています」
『罪の呪術師は?』
「一般人を起こそうとしています。
場所は商店街、東入り口から300メートルの位置。
完璧再現は現在、日本に居ないようです」
『そうか……』
「次に芹真事務所。
銀狼は病院へ向かいました。
光の魔女は糸配と接触。
哭き鬼の娘はすでに戦闘不能状態です」
『色世トキは?』
「……」
『いま、どんな状況か?』
「それが……正直に申し上げると、見えないんです」
『何?』
「妙なことに、私の千里眼に映らないんですよ」
Second Real/Virtual
-第26話-
-Summer Snow Stream!-
芹真が自分の事務所を発ってから7秒後。
ボルトの光撃が、事務所の床と天井だけを残し、全てを吹き飛ばした。
爆発の衝撃波が周囲の建物のガラスを叩く。
飛散する破片を掻い潜り、マスターピースは夜空に躍り出た。
桜色に染まる白州唯。
ボルトの光線が真横を通過し、同時にボルト本人がマスターピースの高さまで上昇してくる。
(ペンライト?)
マスターピースに迫りながら、ボルトは細いライトのスイッチを入れた。
それに危機感を覚え、マスターピースは距離を取り、一瞬前にいた空間を光が切り裂くのを目の当たりにする。
ペンライトの光を特定の長さに押しとどめ、質量を与えた得物。
光の魔女だからこそ実現できる武装魔術。
光の物質化、調整。
(なるほど、レーザーソードというわけか)
「それで、私に用って?」
「あぁ、私と戦ってくれないか?」
「足止めが目的なんだ。
でも、どうして?」
「考えていることを読んだな」
「協会が絡んでいるんだよ?
手伝っているようなものなんだよ?」
「ああ、知ってる。
知っていて、この機会を大事にしただけの事」
「じゃあ、いずれは来るつもりだったんだ」
光剣が明るさを増す。
「協会の存在以上に君たちの存在は危険だ。
戦争促進のため協会を相手に、我々を相手に……それでいて中立を貫く。
本当の目的は何だ?
過ぎた矛盾から疑問が生じたのさ。
世界中を敵に回してどうするつもりだ?」
「なら、あなたたちは?
協会を転覆させてどうするつもりなの?」
「新しいルールで世界の秩序を保つ」
「そうなんだ。
頑張って〜」
ボルトが仕掛ける。
光剣の横薙ぎ。
しかし、剣筋は反れ、掠りもしない。
マスターピースは桜雪と共に降下する。
道路は早くも桜雪で埋まり始めていた。
地熱で溶けるよりも早く積もる雪。
国道では随所で事故が起こっていた。原因は明確である。この桜雪以外の何ものでもない。
『こちら欲望……全員、聞こえるか?』
無線に低く不機嫌な声が届いた。
『一般人の99%が眠りについた。
とっとと片付けろ』
「第2段階、開始か」
ボルトの光撃が地面を掘り返した。
土柱を避けながらマスターピースは高度を落とし、路面数十cmという低空を飛行する。
「百火光乱!」
マスターピースへ向けて無数の光の線が降り注いだ。
光線の発生源は街灯。
ボルトはそれが周囲に放つ光を一条の線に変え、またはそれを自分の手元に集め、あらゆる場所からマスターピースに向けて撃ち出した。
地面を抉る光線。
路上のあらゆるモノが焼き払われていく。
(ここら辺で始めるか)
マスターピースの右手が街灯に向く。
その動作を見て、ボルトはマスターピースの反撃を警戒した。
「さて、糸配を始めよう」
「させないよ〜!」
後ろを振り向くと、ボルトはすぐそこまで迫っていた。
光速移動。
光剣が届く距離。
すでにマスターピースを射程距離に置いている。
体を捻り、光剣が振られ――
が、振られるはずの腕は、半分も振られないうちに止まった。
更にボルトの移動が止まる。
腕を引っ張られた感覚。
ボルトの目が街灯に向く。
そして、マスターピースの言葉の意味を理解する。
(もう、とっくに支配は始まっていたんだ!)
分かっていたつもりだったが完全理解には及んでいなかった。
ボルトは街灯に駆けつけ、根元から切断して腕の自由を確かめる。
不可視の糸。
噂に聞いたことはあっても、ボルト自身体験するのは初めてであった。
「糸の長さは10メートル前後。
銃では撃ち抜けない、刃物でも切れない、炎だろうが焼けない」
戻ってくるマスターピース。
不利な状況に陥ったと、ボルトは悟った。
この状況で自分の能力の一部を公開するということは、
「知ってるよ。
これがあなたのSRだって事は。
銃でも刃物でも無効化できない“繋がり”という武器をね」
「そこまで知っているか」
桜雪に阻害された視界の中、マスターピースは眼鏡の位置を正す。
「その通り、繋がりが私の力。
この世に在る限り、全てのモノに何らかの関係が纏わりついてくる」
(ヤバいなぁ)
「一般人には見えなくとも、ボルト・S・パルダン。
君になら見えるだろ?」
ボルトの視界に、少しずつ繋がりを持つ糸が浮かび上がってくる。
体中のあちこちに結び付けられた糸。
ボルトはそれに僅かな光を流してみた。次の瞬間から、不可視の糸は次第に輪郭を顕わにし、可視の糸となった。
(一体、これだけの糸をいつの間に!?)
街灯、信号機、立て看板、ガードレール、街路樹。
小型・大型・特殊車両。
道路、建物、人。
そして、ボルトとマスターピース。
あらゆるモノが2人を糸で取り巻き、マスターピースがこの場を支配し始めた。
「これ、雪だよな!?」
夏の曇り空を見上げた、友樹が興奮しながら言う。
友樹以外は言葉が出せずにいた。
常識と非常識がぶつかり合い、混乱が生じ、自分の目を疑い、現実を疑った。
「冷たい……!」
「何、で?
夏……だよ?」
「なんだよこの異常気象は!?」
「これって、夢?」
手に落ちる桜色の雪。
それを握り、トキは顔を上げた。
「奈倉さん、これって……!」
「SRの仕業だ」
友樹らが騒ぐ後で、奈倉さんは頷く。
「これも四凶の仕業?」
「いや、四凶にこんなことが出来る奴はいない……可能な奴と言ったら、元々ナイトメアで、元協会の四季使い。
Mr.シーズン。奴以外考えられない」
桜雪が強さを増す。
夏の夜を冷気で包み行く。
トキたちにそれを止める術はなかった。
「四季より、欲望へ。
上空より、目標を確認。すぐその先だが、連れが何人かいる。
早急に眠らせたし」
『……欲望了解。
実行する』
最初にその男に気付いたのは岩井だった。
少しずつ強さを増してゆく降雪の中、桜色の奥から姿を現す誰か。
見知らぬ外国人。銀と黒の髪が混じりあった若い男。
岩井はその男を不審に思い、睨み続けた。
桜色の雪に動揺する自分たちとは違い、この光景の中を毅然とした態度でこちらに歩を進めている。この光景に戸惑うこともなく存在している男。
そして、男の目は自分たちに向いていた。
どんな用事があってこちらに向かってきているのか分からない。だから警戒するに越したことはない。
(ん?)
一瞬だけ、岩井の視界に映る桜雪が輝いた。
だが、降り続ける雪に輝きは無い。
街灯に照らされてその姿を照らす程度で、目がくらむほど輝いてはいなかった。
「それがお前の欲するものか」
聞き慣れない声に全員の目が男に向く。
それと同時、岩井が崩れ、続くように智明が倒れた。
何が起こったのか、この一瞬誰もが理解できなかった。
トキにも、奈倉にも。
「お前たちの望みは同じところにあったのか……仲がいいんだな」
「岩井! どうした!?
智明まで!」
心配して駆け寄る友樹。
警戒する奈倉さん。
目の前の男が何なのか、理解するまでそうかからなかった。
「あんた誰よ?」
「お前の望みは……
いや、お前たちの望みは友を護ること、か」
男が言い終えるのと同時、何の前触れもなく、今度は友樹が倒れる。
次いで奈倉さんが胸を押さえながらよろめきだした。
「奈……!」
「大丈夫だ、ケルベロス。
お前の友人には手を出さない。
ただ……1人の例外を除いて」
男の目がトキに向く。
トキは傾く奈倉の体を支え、その場に寝かせた。
「俺はコルスレイ。
以後よろしく」
突風が目をくらます。
頭を下げて挨拶する男。
しかし、トキの目は倒れたクラスメイトに向いたままだった。構っているほど余裕がある訳でもないし、付き合う理由も無い。
そんな無言のトキにコルスレイは声をかけた。
「……なぁ、お前も名乗れよ。
例え、相手が自分を知っていようと名乗る。
それが礼儀だろ?」
「色世トキ」
「お前、今は先生と一緒にいるんだろ?
礼儀くらい教わらなかったのか?」
「先生って誰だ……?
何でこんな事をするんだ!」
肩に積もった雪を払いながらコルスレイは答える。
「俺は手伝いだ。
そのついで、先生がいるこの街を見てみたかった。
ただ、それだけでここにいる」
「手伝いって――」
「もうすぐ本命が来るハズだ。
それまでちょっと待っててくれ。
……ところで、お前は興味深いな」
トキは1歩引いた。
合わせるようにコルスレイは1歩前に出る。
「他の人間とは少し違う欲を願っている」
「……先生って誰だ?」
「俺を助けてくれた人だ。
今ここでこうしていられるのも先生のお陰であり、先生の所為でもある」
「意味がわからない。
先生って、誰だ!?」
病院の前を中心とした一帯が戦場になろうとしていた。
その原因が、芹真と芹真を待ち受ける3人のSRである。
目標が視界に飛び込んだ瞬間――芹真は病院を視界に捉えるのと同時、砲撃による歓迎を受けた。
対戦車ミサイル。
地面を強く蹴って跳躍する芹真。
ミサイルを飛び越し、背後で起こる爆発に照らされ、そこかしこに身を潜めていた敵の存在を確認する。
(3人!)
跳躍中、ハンドガンを取り出すのと同時、芹真の体が不自然な落下を始めた。
自然落下のそれとは違う、上からの圧力。
「こっ……超能力か!」
芹真の目が1人の韓国人を捉えた。
ナイトメアの上級サイキッカー。 ギュン・パクフォン。
地面と背中が密接する。 呼吸を乱しまいと抵抗する芹真だが、体が思うように動かない。
一瞬後、不可視の圧力から解放されると同時に反撃に出ようと試みたが、
「いっただきぃぃいっ!」
(いつの間に……!?)
間髪居れず、他のSRが襲い掛かってくる。
動けない芹真に対して大きく振りかぶった大鎌。
繰り出される斬撃。
回避――間に合わない。
しかし、斬撃より、回避より、芹真の指は早く動いていた。
銃声が木霊する。
向いた銃口から放たれた特殊弾がギュンの目前で消滅する。
サイキッカーの意識を芹真から逸らし、大きな隙を作った。
空を切った大鎌がアスファルトに突き刺さり、鋭利な傷跡を残す。
(赤いハーフフィンガーグローブに、右頬の火傷。
噂通りだコイツは……死神のSR!)
芹真は紙一重で脱し、死神に銃撃を浴びせる。
が、銃弾は全て死神の体を透き通り、背後のトラックを破壊するのみに終わる。
「残念賞ぉ〜っ!」
殺意に満ちた笑顔。
銃撃が無駄と分かった瞬間、芹真は全力で跳んだ。
一瞬前にいた場所が不可視の力で蹂躙される。
砕けたアスファルト、舞い上がる桜雪、潰された植込み。
「下っ手くそ〜!」
サイキッカーに文句を垂れながら死神が追跡を始める。
芹真は路上からビルの壁面へと跳び、そこから適当な建物の屋上へと足場を変え、2人を引き離そうとした。
2人同時に相手をするにはリスクが高い。
死神はさして問題ないが……
(まさかサイキッカーに出くわすとは!)
死神が浮遊して追ってくる。
銃撃を浴びせながら芹真はサイキッカーとの距離を嗅覚と聴覚で確認し……――
「させない」
屋上から屋上へ。
芹真が跳んだその瞬間、サイキッカーが追いつく。
「テレ……マジか!?」
顔と顔がぶつかり合う程の至近距離。
突然の出現に芹真は動くよりも考えてしまい、引き金を引くよりも早く、ギュンのサイコキネシスをまともに受けてしまう。
先程よりも強烈な圧力。
風が、桜雪が不自然な加速と降下を始め、芹真も落ちる。
飛翔の慣性・重力の法則を捻じ曲げてしまうほど強力な付加重力。
地面に向けて加速が始まった。
(やっぱり、一番厄介なのはサイキッカーだ!)
だが、芹真は最後まで足掻く。
不可視の圧力を受けた瞬間、空振り覚悟で放った蹴り足がサイキッカーの太腿を捉えた。
(コイツの視界に入るのはやばい!)
(……っ、空中でこれほどの蹴りを放つとは!)
圧力が消え、同時――
「ダッセ!
蹴られてやんの!」
落下の最中に死神が追いつく。
芹真は乱射を繰り出すが、死神は横目も振らず芹真に迫ってくる。
銃弾は当たらない。建造物の壁面を剥がして終わるだけだ。致命傷どころか、かすり傷にもならない。
「効かねェんだよ!」
吼える死神に芹真は別の得物を向けた。
「じゃあ、こいつはどうだ?」
指先から生える銀爪。
桜雪に視界を阻まれた死神がそれに気付いたのは、芹真の射程距離に入ってからだった。
「なぁっ!
銀の爪!?」
芹真の指先が弾け、銀色の鋭爪が死神に触れ、貫いた。 左肩に穴をあけられた死神は、自分が傷を負ったことに驚く。
背後の建物に突き刺さった爪。
銀爪。
「テンメェ……納得いかねぇ!
なんで人狼のくせに俺に触れるんだ!」
空中で体勢を整え、芹真はトラックのコンテナ上に着地する。
死神がアスファルトに降り、サイキッカーが死神の反対側に姿を現す。
「何で俺に傷つけられるんだよぉっ!?」
「惨めな」
芹真を挟んで死神とサイキッカーがにらみ合い、同時に芹真は背後の足音を聞き取った。
3人目のSR。
奇妙なことに、そいつからは一切の匂い漂ってこなかった。
(この変な雪の所為か?)
「ダイアン、この人狼は芹真皇聖。
日本の北の人狼一族最後の1人だ」
「サイキッカー、俺をフルネームで呼ぶな。
その名前は嫌いなんだよ」
芹真の警告を無視し、ギュンは続ける。
「ダイアン。君は“CUMo”という名を聞いたことはないのか?」
「聞いたことねぇよ、悪いか!?」
芹真の目がギュンとぶつかる。
既に死神は眼中に無かった。
「魔を以て魔を滅す。
獣と共に、風と共に、歌と共に」
「お前は俺のことを知っているのか?
ギュン・パクフォン」
「知っているさ。
様々な人狼の中でも異端の一族、対魔銀狼。
その人狼、計14人からなる楽団における指揮者の1人」
「たいまぎんろう? 楽団?
指揮者って……
コイツ、リーダーだったのか?」
死神が顔をしかめた。
聞いたことの無い単語に頭を働かせて検索をかけるが、やはり分からない。
「10代後半から20歳未満の男女から編成されたその部隊は、協会の助力を得て世界中を飛び回り、テロやSRによる犯罪の早期解決に臨んだティーンスカウト達。
これが裏の顔だ。
その一方で、オペラから民謡、クラシックからクラブミュージックまでこなす14人の男女。これが楽団の表の顔。
表のバンド名を“Critical Under Mountain”で、略称が“CUMo”だ。
裏の名前は日本語に変換して“雲”」
「……何故そこまで知っている?」
「犠牲者ですから」
「ちょ、お前ら、俺を無視すんな!」
「何処で遭遇した?」
「フランス。
僕が研修旅行中の話だ」
「……美術館か?」
「もっしも〜し!!」
「あの日からずっとアンタを追っていた!」
前後からの攻撃。
芹真は死神に向かって飛び、銀爪で死神を自分が立っていた場所へと突き飛ばす。
そこへ見事なタイミングでサイキックが襲い掛かった。
更に芹真めがけて発射された複数のグレネード弾が死神の足元――10tトラックのコンテナから運転席まで――を吹き飛ばした。
「邪魔するんじゃねぇよ、ギュン!
テメェもだ、キリ!
つぅかワザとだろ!?」
「やれやれ」
「クスッ……」
文句しか口にしない死神を放って置き、銃撃を繰り出す芹真と向き合うサイキッカー。
吼え続ける死神。
どこからともなく聞こえる微かな笑い声。
ギュンの目が芹真の銃に向く。
前に目撃した時、芹真は銃器の類を使っていなかった。
昔を思い出し、今の自分の使命を思い出す。
「殺すには早いだろ。
まだ確認すべきことがあるんだ。勝手に先走らないで欲しい」
「俺に命令すんなっ!
ていうか、殺す気満々だったのはどこのどなたか覚えてますか〜!? えぇ、こら!」
死神を無視し、ギュンは芹真に向け、単刀直入に言い放った。
「僕たちの仲間になりませんか?」
「はぁ!?
確認するべきって……おい!
芹真事務所を勧誘すんのかよ!?」
「光の魔女を除いて、全員が四凶反対派だと聞きました。
目的が同じなら我々が争う理由など無い。そうでしょう?」
矛を下ろすサイキッカー。
それでも仕掛け、突っ込む死神。
「俺はゴメンだね!
こんな生チョロくて弱ぇヤツなんか!」
「じゃあ、そんなチョロくて弱い俺とタメ張る程度のお前は何なんだ?」
大鎌による旋風と芹真の銃撃。
桜雪が舞い上がり、アスファルトが砕け散る。
「断る」
「一時的に協会に属していたあなた方が味方につけば戦力的にも心強い。
それに、非武装派はこれから1年以内に協会との接触をはかる計画を立てています」
「おい!
何バラしてんだコラァッ!」
「そのため、あなた方の協力が必要不可欠なんです。
計画が成功の暁にはあなた方や、ナイトメア全体の矛先が協会で無くなる」
「それでも断る」
銀爪と大鎌がぶつかり合う。
至近距離での銃撃。
足元から飛び散る破片で視界を遮り、距離を取る。桜雪のお陰もあって離れることは容易だった。
「俺たちはあくまでも小規模集団で動く」
「それは、楽団に対する未練ですか?」
「ああ。
それに、オレ達の矛は最初から向けられるべき方へと向いている。
向けているつもりだ」
「そうですか。
あなたの通り名は“殲滅行進”でしたね?
是非とも――」
「何だと!
こいつが、デストロイ・マーチか!」
「悪いが見せるつもりは無い」
「見せてもらわなくともコツを教――」
「うるせぇ!
ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!
とっとと見やがれ!」
大振り。
姿勢を低くし、脇腹へ銃撃し、両足には左手の親指と小指を向けて銀爪飛ばし。
銃撃は効かずとも、銀の爪は透き通らない。
「見せないって言っただろ。
難聴か?
それとも聞く耳無しか?」
「とにかく見せろ!」
(馬鹿だ)
「……なるほど、馬鹿か」
「馬鹿ぁ?
何とでも言いやがれ!
デストロイマーチに会うことを何年も夢見てきたんだ!
お前こそ俺を知らないのかよ、えぇ!?」
銀爪の傷を意に介することもなく、死神は無無闇やたらと鎌を振り続ける。
「俺は全滅舞曲! ダイアン・デューティフリー!
死神のSRだ!」
「無税?」
「デューティーじゃねぇ!
デューティだ!」
「自由義務、か。
どのみち凄い名前だな」
「テメェに言われたくねぇぞ! 芹真皇聖!
俺の舞曲とテメェの行進曲どっちが上か、殺し合おうじゃねぇか!」
「嫌だね。
それに、俺を名前とフルネームで呼ぶなと……そう言った筈だ」
低くなっていく芹真の声に、サイキッカーは身構えた。
銀爪が鎌を弾く。
その連撃速度にダイアンは自分の死を予感した。
銃弾程度ならと、そう考えていたこと自体が間違い。
芹真の連撃速度はマシンガン程度のレベルではなかった。
ぶつかりあう得物と得物。
一方的な攻防。
最中、地面にクレーターが穿たれ、2人の戦いにギュンは加わっていった。
受け入れがたい存在とはいえ、同志であるダイアンを見殺しにすることは出来ない。
それにもし、芹真を撃退できたのなら……
夏の吹雪が一生に一度あるかないか考え始めた最中、彼は襲撃を受けた。
「いや、だから!
一番性質悪いの来てっから!」
その襲撃をきっかけに我に返った錬金術師、ハンズ・ブリジスタスは柄にもなく携帯電話で助けを請いてしまった。
「はぁ!?
助けてなんて言ってねぇ!
どうなってんのか教えてくれってんだよ!」
『こっちも交戦中だ!
状況もクソもねぇ!
あちこちでお前んトコと芹真事んトコ、それから俺たち協会が攻撃されてんだよ!』
「何でだよ!?」
『こっちが知りてぇよ!
お前の所には誰が現れた!?』
「たぶん、原初悪夢!」
『はっ? マジか?
レアな体験じゃん! そいつ本物か!?』
「後ろから追っかけてきてるんだよ!」
『幻覚じゃないよな?』
「テメェの鼻で調べてみやがれ!」
『いちいち文句付けんな!
こっちはドッペルゲンガー相手してんだぞ!』
「ド……おいおい、ちょっと待て!
何でそんな特級にヤバイ奴がこの国にいるんだ!?」
『他にもマスターピースやMr.シーズンなんかも確認されている』
「はぁっ!?
防衛ライン敷いてるって話は嘘だったのかよ!?」
『だから、俺たちも対応に追われているんだよ!
分かるだろ? 緊急事態だ!
もう切るぞ邪魔なんだよ、ボケッ!』
「お、ちょ!
待てコラ、ハルバート!
誰か1人くらいこっちに……!」
ハンズが言うより早く、ハルバートのアヌビスは通話を終了する。
やり場の無い苛立ちと虚しさ、的中した予感による落胆が何処からとも無くこみ上げた。
「冗談じゃねぇ!
帰って寝てりゃ良かったぜ!」
桜雪に苛立ちを感じながら、錬金術師は警察署を目指して走り続けた。
今の自分に追いかけてくるSRを迎え撃つだけの実力を持ち合わせていない。
だから、ハンズは対応できる奴を求めて走った。
メインで戦うのも嫌いではないが、影から支援するのも嫌いではないし、自分のSRが支援に向いていることをハンズは知っていた。
だから、走った。
白州唯の各地で戦闘が発生してから数分。各戦線の状況は一進一退を繰り返していた。
駐屯している協会部隊の出動。
ホート・クリーニング店の妨害。
芹真事務所の行動。
激変を続ける空模様。
しかし、それら激戦の中で、光と糸の戦いはほとんど進展していなかった。
両者微動だにせず。動き出す気配がない。
糸配と包光。
お互いの仕掛けが膠着状態を作り出し、互いに身動きできずにいた。
ボルトの光がマスターピースの体を包み、マスターピースの糸はボルトをの体をあらゆるモノに繋ぎ止めていた。
桜雪が、ナイルグリーンの霙に変わる。
「こちらMP。四季へ、雷だけは落とすな」
『四季了解。
霙は降り始めたか?』
「良好さ」
『……わかった』
空中で睨み合うボルトとマスターピース。
霙と強風がマスターピースの声を掻き消した。
なるべく会話を聞かれないように、という試みであったが……
「Mr.シーズンが来てるんだ〜」
魔女の前で隠し事は無意味に等しかった。
濡れる髪にもどかしさを感じながら、ボルトは聞く。
「目的は私達?」
「他の何人かは、な」
「全員で17人ね〜。
少ないけど、みんな実力者だね」
「まったく厄介だな、読心術というのは」
「うん。よく言われるよ♪」
ボルトを拘束する糸が絞まり、皮膚に切れ目が走る。
マスターピースが拘束を強めるのに合わせ、ボルトもマスターピースを包む光を凝縮させた。
体が軋む。
「ちっ!」
「下手に動いちゃだめだよ?」
「俺は動かなくてもいいが、お前は動かなくてはいけないだろ?」
再び睨み合う2人。
「協会の部隊はすでに足止めを喰らっている。
芹真も当分帰ってこない。
お前を助けに来る者など1人もいない。
だが、こちらにはまだ仲間がいる」
「……知ってるもん。1人こっちに向かってきてるんでしょ」
「俺たちと来ないか?
ボルト・パルダン」
空中で微動だにできない状況にありながら、マスターピースは勧誘を試みた。
彼にはボルトが芹真事務所に身を寄せている理由がわからなかった。彼女を超えるほど強力なSRが居るわけでもなく、またナイトメアのように自由に活動できるわけでもない。
「い〜やっ!」
「君は協会によって殺されたと聞いたが、それでいいのか?」
「……いいのかって?」
「なぜ誤魔化すんだ?」
「誤魔化していないよ〜?」
マスターピースは首を横に振る。
ボルトに遊ばれているのではないか。
「君は過去に一度、協会の部隊に殺されている」
「…………」
「私は当時の記録を覗いたから知っているだけだが……
生き残った魔法使い達はみな揃って悪夢の年だったと言っている」
「……」
「その前は、原始宗教殺しから始まり――
草原・密林・村・街などへの放火、焼き討ち。
加害民族の虐殺。
単独での魔法使い狩り。歴史書で言うところの魔女狩り。その核心対象」
「うん?」
「居もしない神を信じる人々を、手当たり次第に葬ったことは覚えていないのか?」
「全然」
「君を探すためだけに、協会が魔女狩りを始めたのを覚えていないのか!」
「…………」
「お前が何万人の魔法使いという人々を消したのか、それさえ覚えていないというのか!?」
「そこまで言うなら、教えてあげるけど」
風が止み、霙の音が際立つ。
「宗教を消したことは覚えているよ。
4万と3106人の正魔法使い。それと、その家系を消したことも覚えている」
「……それでもいい。
私たちと共に、協会を正そう」
「嫌だよ〜だっ!」
「自分の罪を意識しているなら、まだ……」
「悪いけど、協会なんかに興味はないんだ」
一瞬、マスターピースの思考が停止した。
協会に対する興味が、無い。
それは全く予想外の返答であった。
ボルトほどの魔法使いが協会に興味を抱いていない。
夢にも思わなかった事実にマスターピースは戸惑った。
なら、光の魔女が過去に犯した犯罪の原因は何なのか?
彼女が協会を敵対視する理由は何か?
「それから……」
緑色の霙が光を放ち、周囲を照らし始める。
「私は、ボルト・N・パルダンなんだ。
なんかおかしいよね〜♪」
(……見誤ったか!)
空中のそれらが光り始める。
霙を光が包み、その光が強さを増してゆく。
直後、それらの光が一斉にマスターピースへと牙を向いた。
雪の降り積もる夏の夜。
一時的に意識を失っていた彼女は雪の中から起き上がった。
背中に積もった雪が落ちる。
冷えたアスファルトに手を突き、ゆっくり体を起こしていった。
「いっ……!」
体中に刻まれた無数の切り傷。
そこから流れ滴る血に気付き、懐から白い符を取り出して傷に覆い被せた。
五体のどれが欠けているわけでなく、また決定打は喰らったものの、致死的外傷は無いに等しい。
周囲を見渡し、数分前の戦闘の傷跡がそこかしこに残されていることを確認する。
(夢、じゃない……)
立ち上がり、桜雪に埋もれた得物を拾い上げる。
理壊双焔破界。 そして、生死繋綴。
「生死繋綴を奪いもせず、行った……?」
それが藍にとって理解できなかった。そう、最初は。
マスターピースとの戦いを思い返し、その最中に理由を語っていたことの意味を改めて理解する。
“我々は陽動”
非武装派の第1リーダーが陽動で動くわけが無い。
それが信じられなかった。それ故に別の意味があるものだと思い込み、その所為で何がこの街で起こっているのかさえ理解できず、遭遇した敵に敗北を喫した。
だが、本当は最初から分かっていたはずだった。
特別な意味なんかない。
それは最初から考えられていたことだ。
(協会以外の誰かがトキを……
それしか考えられない!)
負った傷と装備を確認し、彼女は走り出した。
目指すはトキの家。
マスターピース程の男が陽動として動くということは、本命はそれ以上の実力を持った誰か。
(まさか……メイトス?)
最も考えられ、大いに可能性を有する男。
他に考えられる奴がいない。
しかし、どのように立ち回ればナイトメアのリーダーが動くのか。
道筋が立たない。
様々な可能性を考えながら、彼女はひたすら重い足を前へと進めた。
「そう。誰にも分かるはずが無い」
PM 23:30
「そもそも関係を持つことが人をリアルタイムに変えていく。
主にプラス。
しかし、孤独からもプラスは生まれる。が、それは隕石が地表に届くほどの確立での誕生。
確実じゃない」
1人の男が交差点の中央で足を止めた。
「なら、プラスとは何だ?
マイナスとは?
そもそも性格の方向性に±という概念を用いることは正しいのか?
揺るがない精神を以てして、人はどこまでいける? どこまで変われる?」
桜雪の降る空を仰ぎ独り言を続ける。
「変わり続けることに終わりがあるのか?
無限に変わり続ける者にとって、終わることは幸福なのか不幸なのか。
どう思う、俺。
この質問でどれだけの人間にどう思われてきた、俺……」
自分の問いに対する答えを思い出して吟味する。
変化、進化と退化。
在ること、無いこと。
始まることと終わりを迎えること。
何かを始められること、何かの終わりを知ること。
その中の普遍的回答のひとつ。
「何千年過ぎれば、人の世から争いは絶える…………か」
無音の夜。
人とは違う世界を生きる男。 人が触れることの出来ない世界に、男の笑い声だけが響く。
「思い返せば、なかなか面白いことを言っていたんだな、色世皐は。
お嬢様を装った、ワガママ女王め……今頃になって笑えてくるとは!」
男から笑い声が途切れ、しかし、微笑みは崩れない。
「さて……返してもらうか。
どうせトキにでも託し、残したんだろう。
死してまで隠したものだ。運があったらトキを生かしてやるし、遺言があったら聞いて記録しておいてやる……クフフッ!」
目を瞑り、正面へ顔を向け、再び歩き出す。
数歩進んだ後に目を開き、男は少年を目指した。
「どんな方法を使ってでも、我々、選ばれたマイナス要素は残らなくてはいけない。
ありふれたプラスなど要らない……」
男は好奇心が理由を上回ったことを実感して笑った。
返して欲しい物があって会いに来たはずなのに、以前から募っていた“わずかな、会いたいという気持ち”がそのサイズを変え、好奇心へと姿を変えて前に出ていた。
「オレが苦労して見つけた破片を取り返すんだ。 自分に言い聞かせろ……
フフッ、先に殺してはいけない。無駄とわかっていても言い聞かせてみろ、俺。
クククッ…………やっぱ、無駄だろうな!」
声高らかに男は笑いながら走り出した。
どれくらい走ったのか分からない。
どれだけ大きな声で叫んでいたのか自分では把握出来ない。
ただ、目的が変わろうとも情熱は変わらず、また多大な興味があった。
「いま会いに行くぞ、トキ!」
自分と同じ力を持っているSR――
色世トキに。