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Second Real/Virtual  作者:
25/72

第24話-Lv.2:CC!-

 人気のない道路端に設置された電話ボックス。

 それは、携帯電話が普及した現代において無用に等しい長物だった。しかし、携帯電話を持たない人間や携帯連絡機器を失くした人間にとって重宝する物である。


 白州唯――街境


 魔術師2人にとって、携帯電話とは縁遠いモノ。

 定期収入もなく、通信する相手もろくにおらず、また詐欺にあった経験から2度と持たないと2人は決めていた。

 電話ボックスの前で無駄に大きなリアクションを取る隊長から離れた場所で、魔術師:ベクター・ケイノスは尾行されていないことを確かめた。


 怪しい視線、なし。

 民衆の訝しむ視線以外、特に軽快すべき存在は見られない。


 2人が所属するのはSR無所属連合:ナイトメア。

 その非武装派のリーダーから指令を受けたのが3時間前。

 内容は、ある人物との接触をはかれという指令だった。その際、リーダーは相手を『介入者』と呼んだ。

 受けた指令を遂行するため、隊長はボックスの真横で待機。ケイノスは大人しく電話ボックスから少し離れた電柱の側で待機した。


 隊長は時間が近付くにつれ、珍しく表情を曇らせていた。


 何故ならリーダーは、これから接触する相手を『増援』とは言わず『介入者』と呼んだのだ。

 そのことから推測できることは、相手が協会か武装派の連中である可能性が高い。交渉に抜擢されたとも考えられなくは無かった。

 その責務の重さは、今まで傲慢かつ能天気に突っ走って生きてきた隊長には良いクスリだ。



(もう少し常識的に生きてくれれば……)



 そんな心のつぶやきが口から出かけた時、無人の電話ボックスが鳴き始めた。

 定刻。

 時間を確認してから隊長:リデア・カルバレーが受話器を取る。



「私は悪夢ナイトメアを見た」



 間違い電話か否かを確認する為の言葉。

 ナイトメアの中でなら、武装派・非武装派を問わずに通じる言葉であった。



『君だな、リデア・カルバレー』



 その声はリデアの予想を簡単に裏切った。

 協会か、武装派のSR……そう思っていたが、現実にはどちらでもなかった。

 電話越しに声を聞いたリデアはすぐ、その声主を理解する。


 隊長の様子を見てケイノスもそれを察した。



「まさか……!?」


『忘れた訳ではあるまいな、特級風司?』


「ええ、もちろんです!

 そちらはお元気で?」



 曇っていた表情が晴れていく。

 そんなリデアの顔を見て、ケイノスは通信相手に疑問を抱いた。


 誰と話せばあんな表情を見せるのか?



『明日、直に元気な姿を見せやるさ』


「楽しみにしています。

 そういえば、上物のココアパウダーを見つけたのですが――」


『……その話はまた明日するとしよう。

 1つ、頼まれてくれないか?』


「あなたから頼まれるなど、光栄です!」


『雲を用意してくれ』


「雲、ですか。

 種類や大きさは――?」


『乱層、高層、積乱の3種類。

 サイズは、白州唯を覆い隠すくらいデカイやつだ。

 細かい配置等は明日説明する』


「わかりました!

 明日までに用意すればいいのですね!?」


『ああ、できるなら昼までだ。

 難題を押し付けて悪いな』


「いえいえっ!

 勿体ないお言葉……!」


『それから、ベクターの子はいるか?』


「ケイノスですか?

 ええ、居ます」


『ちょっと、代わってくれ。

 話したいことがある』



 電話ボックスのガラスを叩き、ケイノスを呼ぶ。



「あの御方だ」


「……?」



 リデアに言われても誰のことなのか分からない。

 隊長のような傲慢な人物でも(へりくだ)ることがあるという事実に驚きを隠せなかった。


 とりあえず、敵じゃないということは隊長の態度で確信を持てる。



「代わりました」


『元気か?

 空間殺し』


「……その声」


『忘れてなどいないだろ?』


「忌々しいほど覚えていますよ。

 ですが、まさかあなたが介入者だったとは」


『殺したいか?』


「殺したい?

 ハハッ……逆じゃないですか?」


『そうかもな。

 お互い、殺り過ぎた』


「もう過去のことです。

 ……それで、どういった理由でこの電話を?」


『明日、オレはその街に入る』


「え?」


『私自身の為ではない。

 ある人物がその街の住人に会いたがっていてな』


「たった……それだけで?」


『だが、世界を大きく動かす可能性もある』


「まさか、色世トキ?」


『鋭いな』


「この街で世界を揺るがす力を持っているのは芹真事務所とその周辺だけですから」



 電話越しに失笑する介入者。



『“だけ”と来たか。

 あまり大きなことは言わないように気をつけろ』


「では、改めて聞かせてください」


『せっかちだな』


「僕への用件は?」


『あぁ……これから言う奴らに声をかけてくれ。

 そうしたら明日、君の父の日記を返そう』










 Second Real/Virtual


  -第24話-


 -(COUNT:2)Lv.2:CC!-










 オレンジ色が揺れ移る。

 溶解した鉄扉。獄炎に触れたコンテナが床や壁と溶け合った。

 燃え盛らり、火の粉を撒き散らし、熱源を拡大していく。


 第2格納庫の火災が第1格納庫へ飛び火する。


 そんな中でトキとウラフは睨み合い続けた。

 まさかりを首筋に当てられたトキ。圧倒的不利な時間が続く。

 火焔は容赦なく機内・格納庫内の温度を上げていく。ハザードランプが引っ切り無しにがなりたて、炎獄と共に赤を出演する。


 しかし、トキの耳にはランプの音も火の爆ぜる音も届いていなかった。



(これは……?)



 麻痺に近い状態に陥っていた右腕に痛覚以外の感覚が灯る。


 右手に生まれた、体温や血液循環、脈動とは違った感覚。

 そこから連想される、日常では体感することの出来ないクリアなヴィジョン。

 不愉快にしか見えなかった火炎空間が、新鮮に見えた。

 それは浮遊感とも清涼感とも違う。



(力が漲るって……こういうことか!)



 その感覚は同時に痛覚を消した。

 トキの体が沈む。

 誰に目撃されることもなく、突如としてコンテナの一部が消滅する。



「動くな……!」



 ウラフの鉞がコンテナと共に少しだけ沈んだトキの体を追う。

 船の振動でトキが背にするコンテナの山がズレた、とウラフは解釈した。



(危ねぇ……!)



 両手に感じる力の流れ。


 右手……動く。

 先ほどまでの痛みが嘘のようだ。

 ボルトの言っていた回復方法をトキは見つけた。


 両手で更にコンテナから時間を奪う。



(足まで届くのか?)



 試験的にトキは意識を左足に向けた。

 すると、見えない流れが変わっていくのが感じられた。

 確かに流れている。



「……それはひょっとして通信機か?」



 心臓が高鳴る。

 ウラフは初めてトキの耳に付けられたそれに気付いた。



「貴様、連絡を取ったな!」



 鉞の刃が皮膚に食い込む。



「ちょ――っ!」



 思わずトキは腰を浮かせた。

 右手で鉞の厚い刀身を必死に引き離そうとする。が、動かない。

 食い込んだ刃が皮膚に朱を浮かばせる。



(待てよ、この状況……)


「今度少しでも喋ってみろ!」


(コイツの武器を消すことが出来れば!)



 右手に意識を集中させる。



「その時は、容赦なくコイツをぶち込む!」



 握られたウラフの大きな拳。

 填められたアクセサリ兼メリケンサックが申し訳程度の室内灯と燃え盛る炎の灯りを反射させて輝いた。


 だが、トキは物怖じせず睨み返す。



(奪え……)



 視線をそのままにし、右手で僅かに相手の得物に触れた。

 意識を右手に集中させる。

 ひときわ強い流れが、トキの腕を通り抜けていく。



「クロノセプター!」



 叫ぶと同時、ウラフは思わず右手を引いた。

 ウラフが自分を殺せないことを逆手に取ったのだ。

 トキが上体を起こした直後、ウラフの視界に奇妙なモノが飛び込む。



(なっ……!?)



 それは刀身を失った得物、ただの棒切れと化した鉞だった。


 逡巡するウラフの横を、トキは一瞬で通り抜ける。



(くっ!

 このガキっ……!)


(間に合え!)



 タイムリーダーが解け、同時にウラフのVz61の銃口がトキに向く。

 降り積もったコンテナの山影までトキは走った。

 振り返っている余裕なんか無い。

 全力でコンテナを飛び越え、銃撃を躱わす。


 コンテナと銃弾がぶつかり合い、火花を散らした。

 山となっているコンテナの影に飛び込んだトキは更に突き進む。



(あった!)



 床に転がったそれがトキの目に飛び込む。


 それは切り壊されたBul M5。

 もし、予測が当たっていれば……アレはまた使える。


 移動しながら右手に意識を傾ける。

 僅かな不安があり、そして希望への大きな予感があった。

 壊れた銃めがけて走りながら、右手で横の壁(天井)に触れて時間を奪う。

 時間を奪われた天井は表面の汚れや傷を失い、綺麗な面、曇りなき輝きを得た。


 時間を奪う。

 トキはその光景から、何となくその性質を理解した。



(時間を奪うと、過去に負った傷や汚れが消えるのか!)



 右手の中に不可視の力を感じる。時間の流れを感じる。

 奪い取った時間が行き場を求めて手中で回遊しているのを感じていた。


 トキは足を止め、床に転がるBul M5を手に取る。


 トリガーガードの端から銃身を切られ、更にマガジンが空になって軽くなっているBul M5にマガジンを装填した。

 これがラストマガジン。

 その背後でコンテナを蹴散らす音が響く。



(違うイメージだ。

 タイムリーダーと同じようにクロノセプターが使えるなら……!)



 タイムリーダーのコツならある程度知っていた。

 強く、実現を願う気構え。

 数秒、数瞬後の未来のイメージ。


 右手に奪われた時間が、両手を通して銃へと伝わっていく。


 それは――トキが思い描いた結果――望まれたモノの実現。


 切り飛ばされた部分が、どこかへ消えてしまった銃身が、切り口から新たに生成される。

 僅か2秒の願いで、Bul M5は完全に元の姿を取り戻していた。

 トキはスライドを引いて薬室に9mm弾を送り込む。


 頭上から降り注ぐ火の粉、焼けた金属の破片。

 いつ落ちてくるかわからないコンテナ。

 そんな状況下にありながらトキは恐怖を押し殺し、正確に銃を操作した。


 マガジン装填、スライド、装弾。


 次の瞬間、トキとウラフの中間に位置したコンテナの山が蹴り飛ばされ、散乱する。

 トキは振り返り、牛人は突っ込んだ。


 そして、お互いの得物が敵に向く。


 銃声。

 直後、風切り音。


 小さな船窓が熱気によってひび割れた。






「がぁっ……クソォっ!」



 第2格納庫を包む火炎が自然の法則を取り戻す。

 瀬賀の支配から解放され、無差別に周囲のモノを焼き上げていく。


 勝負は一撃。

 炎鎧を纏ったことが瀬賀の敗因だった。



「ふざけ……やがって……何、しやがった!」


「さすが九尾。

 呆れるほど、もの凄い生命力だよ」



 火炎に包まれ、瀬賀は大の字で天井カベと向き合っていた。

 そんな瀬賀の顔を、芹真は真上から覗き込んだ。



「これに懲りて、2度とこんなことをするんじゃねぇぞ」


「オレが、どんな商売しようが……テメェにゃ関係無ぇだろ!」



 息を切らせながら瀬賀は叫ぶ。

 瀬賀の感情の高ぶりに共鳴し、周囲の炎が勢いを増す。



「確かにそうだ。

 だがよ、お前は自分の仕事がどれだけの人間を幸せにしているか考えたことがあるか?」


「喜ぶ奴等はいるさ!」


「馬鹿だけだろ?

 じゃあ、逆に……テメェの仕事でどれだけの人間が不幸になっているか考えたことは?」


「オレに説教垂れるんじゃねェ」


「……だよなぁ」



 芹真の左手が瀬賀の血で汚れた胸元を掴み上げる。

 悪あがきで瀬賀は炎を纏った。

 銃弾を気化するほどの火力はないが、人の肌を焼くには充分な熱の炎。

 それでも芹真の手から力が抜けることは無い。



「お前さ、利害関係って知ってるか?」


「……知らず、に勤めが出来るか」


「商売やってく上で欠かせないよな。

 でもそれ以上に大事にすべきモノがあるだろ?」


「……」


「偉そうなこと言っている俺だけどさ、実はオレもよく分かってないんだよ」


「じゃあ黙れよ」



 瀬賀の体が宙を舞う。

 頬に走る衝撃。壁に叩きつけられる背中。

 炎が風であおられた。

 地面に膝が付くのと同時、今度は襟首をつかまれる。



「そんなオレでも絶対に守っていることがある」



 瀬賀は出来る限りで炎を操り、火力を上げた。

 直接炎が触れなくとも肉を、皮膚を焼くことは出来る。

 だが、芹真の腕は微動だにしない。確かに焼けているにも関わらず。



「まず、飯を欠かさない」


「あぁ?」



 瀬賀の視界からコンテナや壁、窓が遠ざかっていく。

 その後、壁に激突してから投げられたと自覚した。



「次、社員のストレスを見抜くべきだな。

 疲れているのか、怒っているのか、泣きたいけど泣けないのか……

 ボケるなり、励ますなり、同情するのはその後」



 床に足が触れる直前に芹真の手が瀬賀の喉首を掴み、再び投げる。

 ダメージと戯言。

 思考が追いつかない。



「それから、常に気前良く」


「ぐぅ……っ!」



 立ち上がって火炎を全身に纏う。


 灼熱の炎鎧。

 銃弾を気化するほどの熱量を持つ、攻防一体の火炎能力。

 近づくだけで大抵のモノは燃焼を始める。それだけの高温を有しているハズ……


 それにもかかわらず、芹真の拳撃は炎鎧を貫き、瀬賀の頬を叩いた。



「個々の意見、一つ一つを大事にして――」



 ふと、芹真の脳裏にトキの姿が浮かぶ。

 偉そうに言っておきながら、芹真自身がトキの言葉を聞き流すことの方が多いという事実と思い返していた。

 これといって間違った発言をしているわけでもないが、なぜか聞き流してしまうことが多い。



「――時には聞き流す」



 自己正当化しつつ……

 瀬賀の顎を掴みあげて壁へと軽く投げ飛ばした。

 背中に痛みを感じつつ、瀬賀は背中の炎鎧を解いて壁の溶解を止める。

 機内から夜空へ飛び出た所、無事に地面を拝む術を持ち合わせていない。


 体勢を立て直し、再び芹真と向かい合った。



「分かったらとっとと帰れ」


「分かるかっ!」


「その腹の傷、これ以上やると死ぬぞ?」


「うるせぇ!

 ここまでやられて引き返せるか!」


「そうか。

 じゃあ、引き返してもらうさ」



 芹真は、瀬賀と反対の壁に行き、そこに備え付けられているモノに手を伸ばした。






 第1格納庫に苦痛に悶える2つの声が響いた。



(目は……普通の人間と、変わらなかった!)



 トキは壁を背にしながら、左目を押さえてのた打ち回る牛人を見据えた。


 2人の攻撃は同時だった。

 ウラフの投擲とトキの銃撃。

 トキの銃撃が見事、ウラフの左眼球だけを破壊。

 殺さずに済み、同時にわずかな時間的余裕を手に入れた。



(いっ……!)



 もちろん、トキも無傷ではない。

 ウラフの投擲してきた物。それが、刃を無くした鉞の柄。

 柄の先端を力任せに破壊し、先鋭化させてトキへと投げつけたのだ。


 それは風を切り、トキの右肩――骨を砕いて、肉を裂き――貫通して壁に突き刺さっている。

 辛うじて武器は落さなかったが、握っているだけで精一杯だった。



「ぐぁっ!」



 肩と壁を貫いた棒をを引き抜こうとするが抜けない。

 下手に動いても、激烈な痛みで動けなくなる。

 涙で歪む視界の中、辛うじて左手で棒に触れた。



(消えろ……消えろっ!)



 左手で時間を奪い始める。

 しかし、トキのイメージは実現せず、棒は短くならない。



(左手じゃダメなのか?)



 挫けずもう1度左手に意識を集中する。

 痛覚がそれを妨げるが、極力棒を消すことに意志を注いだ。

 今度は左手の中に時間を奪った感触が灯った。

 時間が手の中を彷徨っている。クロノセプターは発動している。


 しかし、体を貫いた棒に変化が現れない。



「クソガキがぁっ……!」



 叫び声にトキの顔が強張る。

 眼球を撃ち抜かれたにもかかわらず、牛人は立ち上がっていた。


 SMGを捨て、鉞と左目を失った今、ウラフはメリケンサック片手にトキへと歩み寄った。失った左目の分だけ殴らないと腹の虫が収まらない。

 ウラフには自由を奪われたトキがサンドバックのように見えた。



「ふざけやがって……」


「くっ……抜けろ!」



 タイムリーダーで時間の流れを緩やかにするが、棒は消えない。

 どれだけ意識を集中させても、棒は姿形を変えずに突き刺さったまま変化しなかった。



「覚悟は出来てるか!?」



 タイムリーダーの効果が消えた時、牛人はトキの目の前に立っていた。


 牛人が大きく振りかぶり、重い一撃が放たれた。

 狙いは鳩尾。



「ォグッ……!!」



 汗と涙が浮かび、胃の中身が逆流する。

 右肩の棒が更なる激痛を誘い、トキの思考を乱した。


 次の攻撃が来る。

 同じくボディ。今度は連打。



「っ……!」



 逃げられない状況。

 防ぐことの出来ない打拳。

 苦痛の時間。


 全てが遠ざかる。そんな錯覚がトキの中に生まれた。


 どうしてこんな所で、こんな目に遭っている?


 霞む視界、歪む景色。

 そこに写るのは、金属と屑鉄と火焔。

 揺らめく赤に、申し訳程度に光を放つ屋内灯、殺意に燃える牛人の右目。



 ――助けて


(……え?)



 一瞬の空耳。

 そして、ウラフの拳撃がトキの混濁した意識を通常状態へと引き戻した。



「な……っ!

 グッ!」



 いま、自分の意志や願いとは違う声が頭に響いた。

 明らかに自分のモノとは違うかすかな声。

 だが、小さすぎて幻聴なのか、現実なのか区別がつかない。



『トキ〜!

 大丈夫〜!?』



 トキの耳にボルトの声が届く。

 あらゆる痛みに顔が歪む。



「……回してくれ!」


『え、船?

 OK!』



 トキは途切れそうな意識の中、左手で奪った時間を自分の体の中へと流し込んだ。

 今は少しでもまともな意識を保つこと。

 気を失ったら負けだと自分に言い聞かせる。



「貴様っ!」



 拳撃。

 顔を横から打ち抜かれる。

 その衝撃でトキの意識が飛びかけた。が、金属の断裂音が飛ぼうとする意識を繋ぎ止めた。


 頑丈な鉞の棒が、トキと壁の間で折れていた。


 同時、機内に変化が始まる。

 急激な回転。

 それはある意味、墜落よりもひどい光景だった。

 床だった壁が天井になり、天井が壁に、床に。

 上が上なのか、認識が追いつかない中、コンテナが容赦なく降りかかった。



「もっと回せ!」



 それでもトキは要求を続け、ボルトはそれに応える。



「もっと!」



 いまや飛行艇は巨大な乾燥機化していた。

 回転する機体、弄ばれるように回って落ちる物、回っても敵を捉えようとするモノたち。

 更に、ボルトはオマケと言わんばかりに縦方向の回転を加える。


 横回転と縦回転。

 第2格納庫と第1格納庫のモノが混じり合う。

 コンテナ、屍骸、残骸、火災。


 トキも例外なく弄ばれ、床なのか壁なのかわからない面で体を鞭打った。

 空中に身を投げ出され、落下が始まる。頭上からの落下。

 一番下の落下地点まで約6メートル。



「止まれぇぇ!」



 全力で叫ぶ。

 落下しながらトキの目はウラフを捉えていた。

 ここで一番恐ろしいのは、牛人の存在である。

 仮に、無事着地を果たしたとしても、奴は力任せに身を呈してまで突っ込んでくるだろう。


 だからトキは――止まった時間の中で――勝負を仕掛けなくてはならない。それがトキに許されたアドバンテージだった。


 今一度、突き刺さった棒から時間を奪う。

 左手の中に、より大きな時間の回遊を感じるが、消滅しない。



(もっと……!)



 更に時間を奪う。

 そこで初めて、刺さった棒に異変が現れた。



(あれ?)



 トキはその力が働いていることをやっと視認できた。

 それは自分の予想とは全く違う形で作用していたのだ。右手のクロノセプターとは明らかに違う。時間奪取。

 触れた部分から徐々に時間を奪い、比例するように対象を消滅させる右手のクロノセプター。


 しかし、左は違う。



「棒が、透けている?」



 棒の向こう側、めまぐるしく回り移る景色がそこに見えた。

 直感がトキを突き動かす。

 そのまま時間を奪い続けろ、と。


 完全停止の世界が、わずかに動き出す。

 だが、体感時間5秒で2cm程度の落下スピード。


 トキの左手が時間を奪い続ける。

 落下し終わる前に棒が消滅するという未来を確信した。

 半ば透けていた棒が、徐々に透明に近づく。



(もう少し!)



 右肩がうずく。

 途切れそうな集中力を懸命に保ちながら時間を奪い続ける。


 肩に突き刺さった棒が透明化していき、完全に消滅する。


 それと同時、棒によって塞がれていた傷穴から大量の血液が滴る。

 次にすることはその傷を奪った時間で治すこと。

 歯を食いしばって痛みを堪え、イメージ。それから奪った時間を体中に流す。


 傷口はがみるみるうちに姿を小さくしていく。

 破れた皮膚が新たに組織され、筋肉や神経は繋がり、熱や痛みが引いてゆく。

 それはビデオの早送りで植物の開花を見ているようなモノだった。

 落下速度が増す。

 タイムリーダーの効果が落ちていることは明確だが、まだ時間はある。



(右手……良し、動くぞ!)



 トキは顔を上げ、落下してきたコンテナの角に手を伸ばした。

 また少し落下する。

 そうして少しずつ体勢を変え、地面に対して体の位置が90度直角になった時、



(動き出せ!)



 自らタイムリーダーを解除した。


 視界から消えたトキを探すウラフ。

 回転する飛行艇。

 シェイクされる機内の床を一瞬だけ踏み、トキは再び時間を止めた。



(あいつは左目を失っている……)



 完全に停止していない世界。

 トキはコンテナや残骸を足場に、空中でトキを探しているウラフに接近した。

 銃の残骸、コンテナやその中身から両手で時間を奪い、右手の中に集中させる。

 コンテナの上からコンテナの上へ。

 的確に足場を判断し、移動。ウラフの目前に迫る。


 その時、タイムリーダーの効果が激減し始めた。



「ぬ――!」


(あと少し!)



 考えてみれば今日ほどタイムリーダーを多発させたことはなかった。

 夢の呪術師の時でさえ指の数ほどしか使用していないのに、今日はすでに指の数程か、それ以上この力を使っている。

 加えて、トキは自らウラフの視界に入っていた。



「――るい!」



 効果が完全に切れる。

 最後の跳躍。

 その途中で世界は正常な時間を取り戻した。

 勢いに乗ってウラフへ突っ込むトキ。それを迎撃しようと拳を構えるウラフ。


 空中で伸びる2人の腕。


 トキの右掌がウラフの左目に触れ、ウラフの打拳がトキの胸に突き刺さる。


 お互い空中でぶつかり合い、落下してゆく。

 2人が床に触れた瞬間に飛行艇の回転が止まった。

 照明のほとんどが機能を失った機内で、2人は同時に立ち上がる。



「なっ……!?」



 先に声を出したのは牛人の方だった。

 トキは息を切らせながらウラフの左目に視線を向ける。

 ウラフは自分の左目に触れて驚いていた。


 着ているシャツこそ血痕で汚れたままだが、銃撃で破壊された左目は視力・感触・視覚の全てを元通りに、在るべき場所に納まっていた。



「お前がやったのか?

 シ……シキ……

 トキ」


「俺は、あなたに恨みがあるわけでも無いし、戦う理由だって無い」


「そうか。それがコレか!」


「逃げることに必死で考えなったけど………………スイマセン」


「はぁ?」


「手や足の傷だったら治るかもしれないけど、目は治らない」


「それを吹っ飛ばしたから謝るってのか?」


「ああ」



 向き合いながら、お互い構えながら沈黙が続く。

 十数秒後、沈黙は破られた。



『黒羽商会に告ぐ。

 瀬賀社長はこの機を放棄することを決定した。

 ……ってことで!

 この飛行艇と心中したい奴以外はとっとと機外へ逃げやがれっ!』



 ブツン。

 異常。じゃなくて、以上。

 繰り返しはしない。



「今の、芹真だな?」


「……たぶん」



 向かい合ったまま、2人は言葉を交わした。



「目を元通りにしてくれたことには感謝しよう。

 が、一言。

 お前が目を吹き飛ばせたのは、俺が怒り任せにお前を攻めたことが原因で、お前が謝ることじゃない。

 礼を言おう。

 自分の欠点がわかった。次は負けん!」



 指を指されるのと同時、機体が揺れた。

 2人は構えを解き、周囲に目を配る。


 散乱したコンテナ、銃やその残骸、積荷。

 申し訳程度に光を放つ照明。

 格納庫の随所で燃える炎。



「生きていたけりゃ急ぐんだな!」



 ウラフが走り出す。

 言われなくても、死ぬつもりなど無い。トキもウラフと同じ方向へ走る。

 第3格納庫にあいた穴。


 ウラフは瀬賀を回収するつもりで、トキは芹真と合流するために第2格納庫を目指した。


 2人の戦いは引き分けという形で終わったが、隣の第2格納庫ではしっかりと決着がついていた。

 壁に背を預ける瀬賀と、コンテナに腰掛ける芹真。

 そして2人揃ってタバコを吸っていた。



「真似するなっつってんだろ……」


「俺は真似してないさ。

 ただ、このタバコがどんなものか興味があってな〜」



 ……精神的暴力は続いていた。



「芹真さん!

 この船墜ちるんですか!?」


「社長!」



 第1格納庫から戻った2人に、社長2人が気付く。



「返しやがれ……俺のショートピース」


「悪りぃ、鉛弾しか残ってないんだ」



 ウラフは脇から瀬賀を支え、穴へと向かう。

 瀬賀は携帯を取り出し、誰にとも無くコール。



「ジュリー、撤退だ。

 ギムレットにも伝えろ。

 それと……迎えを頼む」


「迷子になるなよ?」



 哀れみをこめ、芹真は手を振る。

 瀬賀は憎しみをこめ、中指を立てて応えた。



「覚えておけ!」



 低く抑えたウラフの怨嗟が芹真の耳をつく。

 生憎、それは芹真が最も言いたかった言葉である。



「お前らこそ、これに懲りてまともな仕事始めろよ」



 黒羽商会の狐と牛が第3格納庫へ歩み去る。



「芹真さん……」


「ん?」


「本当にこの船を墜とすんですか?」


「いや、協会の連中に引き渡す」



 そう言われ、トキは腰を抜かす。

 疲労と、緊張がピークに達していた。



「させねぇよ……」



 それが、瀬賀の最後に放った一言。

 トキと芹真が顔を向けた時、瀬賀とウラフは穴に飛び込んでいた。


 対物拳銃のセイフティを外し、芹真は床に向けて発砲する。

 金属の床を易々と貫通する弾丸も、見えない目標には1発も当たらない。



『芹真さ〜ん!

 前と後ろが燃やされた〜!』



 ボルトからの通信が入ったのはその直後だった。

 芹真は舌打ちし、コンテナから腰を上げた。トキも急いで立ち上がり、第3格納庫へと顔を向ける。



「芹真さん!

 俺、ちょっと確かめてきます!」


「は……何を?

 って、今からか!?」



 機体が大きく揺れる。

 爆音。

 瀬賀の生んだ炎は未だそこかしこで燃え続けていた。

 増え続ける炎と黒煙、熱。


 そんな中、トキは第1格納庫へと駆け込んだ。


 散乱した足場に機動力を奪われつつも、気になるそれを聞いた場所へ。

 助けを求める声。

 残骸の中で立ち止まり、耳を傾けた。


 確かに、誰かいる。

 黒煙で咳きこみ、温度の上昇と爆発の連続で不安に駆られ、必死に助けを求めている声が断続的に聞こえた。



(あそこか!)



 またしても機体が揺れる。



『ヤバイから急いで〜!』



 インカム越しにボルトがトキに知らせる。

 この機が1分もつかどうか怪しい。


 トキは微かな声を頼りにその扉へと急いだ。

 瀬賀が最後に残していった火炎が格納庫内まで広がり、室内温度はすでに90℃を超えていた。

 どんな状況であろうが、ここは密売船だ。

 人身売買――商品として捕らえられている人がいてもおかしくない。



「……け、て」



 扉の前で、トキは生存者の存在を確信し――足が止まった。



(これは……さっきの!?)



 目の前に現れたのは2つの扉。

 亀裂の入った扉と、弾痕のある扉。


 壁が床になっていた時、ウラフの鉞でつけた傷とトキが放った銃撃痕。


 それは、空中で見た幻覚。


 爆音。

 振動の大きさから、爆発が起こった場所が近いと推測できる。

 周囲の火炎も勢いを増し、あちこちでコンテナに積まれていた弾薬に触れて小さな爆発が起こった。



(幻覚じゃないのか?)



 寒気を感じつつもトキは覚悟を決め、走り出す。

 迷っていれば生存者を助けられない。


 あの幻覚の中、トキは右の扉を選んでいた。

 その先の映像は赤と黒。

 予測できるのは――



(バック何とかってヤツか!)



 左のドアを目指す。

 弾痕で飾られた扉。

 戦闘や爆発で重いドアは歪み、思い通りに動いてくれない。

 全力で引いてみるものの、やはり微動だにしなかった。



「動けっ!」



 靴の底で思い切りドアを蹴ってたが、ドアは微塵も動かない。

 そこで、トキは左手でドアに触れた。



「熱……っ!」



 一度手を引いたが、痛みより命を選ぶ。誰かを救う代償が火傷くらいなら、軽い。



(クロノセプター!

 このドアから時間を奪い尽くせ!)



 扉から奪った時間で掌の火傷を癒し、容赦無く時間を奪い続けた。

 すると突然、扉の向こうから強烈なノックが始まる。

 しかし、それは助けを求める為のモノではなく、まして、人の成す事では無い。


 直後、歪んだドアと共に後方へ飛んだ。


 原因は弾痕とクロノセプターと理解するまで時間はかからなかった。

 時間を奪うことによって頑丈な扉を脆い物にしてしまい、質量的に薄くなった扉で弾痕は小さな空気穴へと変わり、爆発を誘発する。

 結果、トキを吹き飛ばしたのだ。



『――――!』



 インカム越しに誰かが何かを叫んでいるが、その内容を理解できない。聞こえない。

 爆発の衝撃に吹き飛ばされ、硬く、あらゆるものが散乱した床に背中を強打したのだ。

 圧倒的な痛みが意識に問いかける。


 死ぬか?


 怒涛の勢いで押し上げてくる疲労感に見舞われながらトキは必死に耳を傾けた。



『もう保たないって、芹真さん!』

『トキは!?』

『だから、トキを待てって!』



 この船が墜ちる。


 早く脱出しないと、藍やボルトまで大変な目に遭ってしまう。

 上体を起こし――火炎に包まれた――弾痕の扉、その奥に目を向ける。

 そこに人が居た気配はあったが、生きている気配は皆無だった。

 悔しさと虚無感が同時にこみ上げてくる。


 助けられなかった?


 なぜ救えなかったのか、誰に対してでもなく怒りが湧く。誰に対してではなかった。

 自分に対する怒り。


 全力でやったのに……


 再び背中を床につけ、呼吸を整える。



『聞こえる、トキ!?』

『芹真さ〜ん!

 船が崩壊始めちゃうよ〜!』

『まだ……』



 外れたインカムから怒声が流れる。



(俺は帰っていいのか?)



 誰も救えないまま、日常へと戻っていいのか。

 目の前で消えてはいけない命が消えた。助けようとその場に居たのに、何もできずに、誰も救えないまま帰っていいのか……



「――――けて」


(……そうか、もう1つの扉)



 トキは全力で抵抗した。

 このまま帰らない。

 さまざまなモノに触れ、時間を奪い、少しでも痛みを和らげながら立ち上がる。



(ぃ……っ!)



 立ち上がった時、金属――コンテナ――の破片が深々と太股に刺さっていたことに気づいた。

 爆発と振動の間隔が早まる。

 トキは足を引きずりながら、もう1つ、亀裂の扉を目指した。

 背後で起こった爆発で躓きながらも前進を止めない。


 すでに右も左も火炎に支配された第1格納庫で、トキは扉の取っ手を掴んだ。


 熱を孕んだ取っ手を引きながら、トキはその光景と直面する。

 炎に包まれた小さい部屋の中で、必死に助けを求めていた女の子。

 オレンジの炎と、煤けた泣き顔の少女。耐火シートに身をくるんで耐えていたのだ。

 室内の熱気を意に介さず、トキは急いで少女を背負い、女の子はしっかりとトキにしがみつき、泣いた。

 よく頑張ったと励まし、トキはインカムを拾いに移動する。


 数メートル歩いた場所に落ちているインカム。

 熱でわずかに変形していた。



「芹真さん、女の子を……!」


「あぶない!」



 叫び声と共に、トキは連絡を中断してタイムリーダーを発動させた。

 のたうつ高電圧ケーブルを避け、トキは安全地帯を目指す。



(くっ!

 通路が塞がれてる!)



 度重なる爆発が、第2格納庫と第1格納庫を繋げる空間を塞いでしまったのだ。



「掴まっていて!」



 少女を背負ったまま、トキは火炎の上を駆けた。

 熱でトキの体に火がつく前に、火の無い場所へと移動する。

 すでに体力の限界を迎えているにも関わらず、体は動いた。

 窓際。

 厚いガラスに反射する光炎。その向こう側に見える夜空。


 夜空と火炎地獄を隔てているのは、この分厚い壁、たった1枚。



(もう少しだけ我慢だ!)



 両手を金属の壁につけ、時間を奪い始める。


 壁に穴が現れ、少しずつその口径を大きくしていく。

 確実に時間を奪えている。



(急げ!)



 タイムリーダーの効果が減滅し始め、体感速度が上がった。

 背後で鈍い音が生じ、その直後に伝わってきた振動から爆発だと理解する。


 爆発がすぐそこまで来ている。



『そのまま落ちてきて〜!』



 マイクから伝わるボルトの助言。

 しかし、壁を消すことへ全意識を集中しているトキに、その助言は無いに等しかった。



「行くよ!」



 背中で怯え、咳き込む少女に言い聞かせ、トキは境界に手をかけた。

 眼前に広がる冷たい夜空。

 背後から迫る灼熱の地獄。

 2つの空間を遮る壁に手をかけたトキ。


 その背を――爆発――爆風が押した。



「   」



 一瞬の出来事。

 脱出と同時に起こった爆発。

 体を虚空に投げ出され、火炎地獄から脱することには成功する。だが、その衝撃で、トキと背中の少女と別々に飛ばされてしまった。

 目まぐるしく映り変わってゆく夜空。

 時折視界に飛び込む飛行艇は、全体を紅蓮で包まれ、轟音と破片を撒き散らしながら崩壊を始めた。



(オレよりも下に飛ばされたか!)



 定まらない視線で、トキは必死に少女の位置を把握しようとする。

 自分よりも低い位置――数十メートル下――を落下していた。


 姿勢を整えたトキは彼女に追いつこうと落下を始める。

 夜闇の中、肉眼で誰かを見失わずに追跡することの難しさを知らないトキ。だが、目的意識が少女を捉えて見失わなかった。


 急速な落下に意識は途切れかけ、汗ばんだ体が涼しさを通り越し、冷たい痛みに変わる。

 耳や胸・四肢・関節、体中が痛い。


 やっとの思いで手をつかむ。



(気を失っている!?)



 少女に追いついた時、トキはその状態に驚いた。

 高高度での落下と相まって――背中の火傷――少女の意識を断ち切ったのだろう。


 最悪のケースが頭に浮かぶ。

 これが『気絶』ではなく『ショック死』による沈黙だったら。



(クロノセプター!)



 少女の体を確保し、焼けた肌と肉に右手を添え、左手を虚空に伸ばす。

 間近で見れば凄惨なものだった。

 黒く焦げた肌。焼けた背中の肉。背中の所々に刺さっている金属片、ガラスの破片。



(何でも良い!

 雲でも、空気でも!

 この子に時間を……!)



 その強い意志に、クロノセプターは反映を始める。

 右手に集まる時間。

 その集約速度は先ほどの戦闘と比べ物にならない速さで、質も先程とはまるで違う。


 トキは少女に時間を流し込んだ。


 背中の火傷がみるみる消えていく。

 焼けた肉が細胞組織と神経、血の気を取り戻す。焼け焦げた皮膚は一新。

 トキは左手を突き刺さっている金属片に伸ばして時間を奪い、同時に金属片による傷口を塞ぐ。


 傷口に消滅と同時、光が2人の体を包んだ。



「トキ〜!

 大丈夫〜!?」



 2人の体が光に包まれるのと同時、トキの目の前にボルトが現れた。



「うわっ!

 何やってるのトキ!?」


「ボルト、この娘が気を失ったんだけど、死んでないよな!?」


「え、あ……?」


「俺は間に合ったのか!?」


「いや、トキ……

 その娘は生きているよ」


「本当に、本当、死んでいないんだよな?」


「うん……だって、心臓動いているもん」



 言われ、トキは少女の胸に手を当てた。

 そこに感じられる鼓動、熱。

 生存を確認でき、トキは一息ついた。



「生きてる……」


「良かったね、って言いたいところだけど――今後はもっと自分を大事にしなきゃダ〜メ!」


「はい?」



 指でさされ、トキは頭を捻った。

 一体全体、ボルトが何に怒っているのかがわからない。

 間違ったことをしたつもりもないし、まず、今この状況で何が間違ったことなのか理解できず、判断がつかない。


 女の子を救えたことでトキは安心していた。

 1人でも助けられたことが嬉しかったのだ。

 安堵するトキの真横と背後に藍と芹真が下りてくる。



「雲や金属から時間を奪うのならいいけど〜」


「凄いな!

 よく助けられたよトキ!」


「本当にあなたが助けたの?」



 ボルトの説教。

 芹真の賞賛。

 藍の疑問。


 トキは藍の質問から片付けることにした。

 頷き、次に芹真さんに向き直る。



「でも、ギリギリだったからこの娘を気絶させちゃって……」


「だ〜か〜ら〜!

 気絶させちゃったこともダメだけど、トキはもっとダメなことをしているんだよ!」



 ボルトの説教が続く。



「え?」


「トキ、何をしたの?」


「聞いてよ、芹真さん!

 トキね〜、自分の生命から時間を奪って、この娘にあげちゃったんだよ〜!」


『え!?』



 芹真事務所――ボルト以外――が凍りついたのは言うまでもあるまい。






 上空から戻った芹真事務所を迎えたのは警察の職につく協会のSRだった。

 そいつらは相手の飛行艇が爆発したことを知るや、首をたらしながら帰っていった。物的証拠が欲しかったらしいが、芹真事務所が受けた依頼は“取引の阻止”であって、証拠品の提示は含まれていなかった。



「ご苦労様でした。

 我々では多くの犠牲者を出しかねなかった作戦を承ってくれたこと、誠に感謝します」



 訪ねたのはPM 21:00ちょうどだった。

 代表として訪れたのはアヌビスのSR、1番人の良いアックス。



「どうでもいいが、あの娘の面倒はしっかり見てやれよ」


「わかっていますよ。

 責任を持って面倒を見てやります」



 静まり返った芹真事務所。

 芹真は自分の机に向き、藍は夜食の準備を。

 ボルトは既に寝ていた。面倒な敵と渡り合い、無駄に魔力を消費したとごね、珍しく食事を取らずにベッドに入ったのだ。


 同時刻、トキもベッドの上にいた。

 夏なのに少し寒く感じる。

 炎に囲まれていたからだろう。



(クロノセプターか……)



 もし、この力で多くの人を助けられるなら、自分が学ぶべきは学問ではなく、力の制御方法なのではないか……



(……いや、やっぱ勉強は必要だよな)



 様々なことに思考を巡らせるうちに目蓋が落ち、トキは眠りについた。


 今までで、最もベッドが心地よく思えた夜であった。

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