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Second Real/Virtual  作者:
24/72

第23話-芹真事務所vs黒羽商会!-



 芹真事務所の襲撃。


 黒羽商会はそれを予測していた。

 何故なら、ナイトメアの肩を持つのが黒羽商会であり、僅かながらも協会と繋がりを持っているのが芹真事務所なのである。


 協会の依頼を受け、攻撃を仕掛けてくる可能性は高い。

 

 しかし、黒羽商会に取引をやめるつもりはなかった。

 客を満足させ且つ、芹真事務所を撃退する。

 黒羽商会の4人はそれを目標として、今回の取引に臨んだ。


 そして、予想通り、芹真事務所は現れた。


 ……生身で来るとは思っていなかったが。



(スティンガー持ってきた意味無ぇ〜!)



 一名、大いに嘆いていた。




 最初の振動は、船に乗り合わせた者の大半に不審を与えるのに十分な効果があった。



「何だ、今の揺れは?」



 お得意である買い手が訪ねた。


 代表同士で向かい合って支払いの額を決めている最中の事だった。



「ジュリー、見てきてくれ」



 この船で行われる取引の責任者はナイトメア武装派、妖怪のSRだった。


 名を、瀬賀駆滝セガ クロウと言う。


 彼には男女2人の部下がついていた。

 女性がコンテナからコックピットまで走り、状況を確認する。



「さて何番の子が……お望みでしたっけ?」


「2番、5番、7番のガキを貰おう」


「了解。では確認を。

 まず銃火器が5箱。

 薬の箱が1つに、当機に積載されていないモノ2つ。こちらは入金を確認し次第、そちらでご足労願うほかありません。暗証番号はこちらになります」



 着々と進む船内取引。

 それはナイトメアの武装派の火器調達であった。

 協会との戦争に必要な武器。

 築いておいて損はない友好関係。

 そのベクトルの全ては、協会を破るために向いていた。



「最後に“器”3基の引渡し。

 内容は神隠しが1、預言者が1、魔術師が1。

 ――以上で間違いありませんね?」


「ああ。

 しかし、まぁ、よく預言者なんか見つけられたな。

 ボスも驚き喜んでいたよ」


「偶然ですよ。

 それに、預言者を作り出したのは器の実験です。

 パンドラプロジェクトがあったからこそ、器実験は成功を収めることが出来ました」


「確かに。

 だが、パンドラも失敗したと言う訳じゃない」


「そうでしたね。

 正確には妨害され失敗しただけですから」


「幸運だったよ。

 俺たちの仲間に、あの計画で発現したSRの1人を迎え入れることが出来るんだからな」


「神隠しですね?」


「“他の奴に”だが、俺は1度殺されかけているから神隠しの威力は知っている。

 味方になると思うと、おっかないような頼もしいような、もどかしい気持ちさ」


「それでもまだ13歳の子供なんですから、しっかり面倒は見てやってください」



 足元が揺れる。



「可愛がってやってやるさ」



 再び機体が揺れる。

 買い手側も、瀬賀も不審を感じずには居られなかった。


 直後、銃声と悲鳴が上がる。



「……皆さん。

 少々騒がしくなって参りましたので、慌てずに避難口へ移動してください」










 Second Real/Virtual


  -第23話-


 -芹真事務所vs黒羽商会!-










 床に大穴を開けられた格納庫。

 そこでは今、混乱と怒りと衝撃で震えていた。

 唖然とする者、体勢をなおす者、怒気を含んで叫ぶ者、四の五の言わず銃を構える者、SRを解放する者。


 そいつらに囲まれ、第3格納庫の中央で――



「じゃあ、藍はブリッジを制圧。

 トキはオレと一緒にいくぞ。

 ボルト、聞こえるか?」


『聞こえるよ〜』



 仕事の確認とインカムのテストを実行する芹真。

 トキも支給されたインカムが通常に機能することを確認した。



「悪いが船を持ってて貰えないか?」


『船を?

 いいよ〜』



 どんな会話だ……


 うんざりしつつもトキは周囲に目を配る。

 屈強な男達が多数。

 中には女性、スーツに身を包んだ青年、厳つい顔つきの熟年と――人外が少々――とにかく老若男女バリエーション豊富。



「ここにいる全員がSRだと考えて間違いないことを忘れるな」



 警告1。

 銃相手ならどこか安全な場所に身を隠れればやり過ごせば問題は無い。

 だが、敵がSRという力を持っているのなら、銃弾とはまた別である。

 常識では考えられない力で襲い掛かってくる者もいれば、特殊な方法で仕掛けてくるヤツだっているのだ。

 前者はトウコツ、後者はイマルが良い例だ。



「自分の安全を図るために全力を尽くせよ」



 警告2。

 つまり、一緒に居ること居る。がカバーはしない。

 トキは憤りを覚えた。


 何の為ここに連れてこられたのか?

 足引っ張るかもしれないんだよ?

 というか、オレ死にたくないんですけど……



「ところで、お前武器持ってる?」



 警告3……というより注意。

 丸腰です。


 芹真さん、もう少し人の話を聞いてくださいよ。

 言い出せなかったオレも悪いだろうけど……



「一段:茨」



 藍の足元からイバラの鞭が現れる。

 それを引き金に芹真も、相手も、全員が同時に動き出した。



「叩き出せぇ!」

「なめるな!」



 銃撃が始まり、

 撲滅が始まり、

 戦闘が始まる。



「死ぬなトキ!」


(それ何日か前にも言われたような……!)



 この場で動き出した殆どの者が、最初の半歩だけ移動した――その瞬間――芹真という1人のSRが、どんなモノよりも早く動いた。

 人より、SRより、銃弾よりも速く。


 一瞬後に展開された残骸と血飛沫、破壊と瞬殺の光景。


 切り落とされた突撃銃。

 力づくで打ち砕かれた短機関銃。

 瞬く間に分解された拳銃。


 散弾銃を撃ち抜かれ、更に人体まで吹き飛ばされた中年。


 蹴り飛ばされた壮年。

 首を折られた男子青年。

 体をくの字に折り曲げ、吹き飛ばされた老人。


 心臓に貫き手を喰らう女性青年。


 頚動脈を切り裂かれ、

 両目を貫かれ、

 五臓六腑、いずれかを破壊される兵士達。


 床は凹み、

 壁はひしゃげ、

 コンテナ吹き飛び、電灯が割れる。

 吹き飛ばされたモノが二次災害を振り撒いた。


 それが、芹真の行動による一瞬の破壊劇。

 この場の半数近くを一瞬で片付けてしまったのだ。



「止まれ!」



 トキのタイムリーダーが発動する。

 半数近くが戦闘不能になったとはいえ、それでも敵は多勢。

 しかもSRでありながら、強力な銃火器で武装。


 だから、トキはタイムリーダーをフル活用して逃げ回ることを選んだ。


 止まった時間の中を移動する。

 それがトキだけに出来ること。


 視界からトキが消えた瞬間、芹真は再び動き出した。


 この場にいる全員を倒す。

 武器を扱う前に、SRの力を使い始める前に。

 それが攻撃になり、防御になる。


 掌底で相手の顎を捉えて打ち上げた。

 殴られたそいつが天井にぶつかり、落ちてくる。芹真はその間に数人を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばす。

 そして、落ちてきた奴をタイミング良く、殴り飛ばす。

 人間大砲、とまではいかないものの、それなりの武器にはなった。


 着地してすぐ、背後に蹴り足を飛ばす。

 相手の胸を捉えた。

 蹴り飛ばした感触から肋骨数本だとわかる。


 更に銃撃。

 1発の銃弾は3つの人体を貫通。有り余る破壊力で、背後のコンテナをも破壊した。

 降り注ぐコンテナも全て撃ち壊す。

 金属のコンテナだろうと1発で破壊できる。



「芹真、先に行くわよ」



 コンテナを撃ち壊して遊ぶ芹真に、藍は声をかけて走り出した。

 真っ先に仕事を終わらせる。

 それが藍のやり方だ。

 仕事に関しては真面目で私事を挟まない。


 芹真が半数以上を片付けている傍ら、藍が残りの敵を片付けていたのだ。



「おう、気をつけろ」



 トキはその2人の行動を見て――正確には、行動が終わってから認識した。


 芹真の戦い方は、鋭い爪と拳銃、常識を超えた超高速移動による撹乱戦闘。

 眼にも止まらぬ格闘から繰り出される格闘、斬撃、銃撃のコンビネーション。

 防御・抵抗どころか、反応することすらままならない一方的な戦闘スタイル。


 風を切る銀爪。 ボディアーマーを貫き、人体に大きな風穴を開ける。


 一方、藍はオリジナル陰陽術もどきと金棒、鬼の怪力を駆使した火力戦闘。

 近付けば鬼の怪力と金棒の餌食。

 離れれば他の術によって攻撃を食らう。

 距離を取って銃撃を浴びせようが、茨の鞭によってほぼ全ての弾丸は叩き落されるので意味が無い。


 1人、また1人と……2人は確実に相手を無力化していく。


 金棒一閃。

 藍が最後の傭兵をミンチに仕上げたのをトキは目撃した。



「無事かトキ?」


「…………」



 言葉が出てこない。

 夢だと思いたい現実が目の前にあった。


 銃、

 鮮血、

 人、

 死体、

 殺し合い……

 粉々にされた死体。


 原型を留めていない故か、それが同じ人間だったとは思えない。

 こみ上げる吐き気、目眩。



(これが……?)


「トキ?」



 顔を覗きこまれ、トキは退いた。

 周囲の惨憺たる光景を見回し、再び芹真に目を向ける。



「……怖いか?」



 トキの視線を受けた芹真が聞く。

 それは、これから一緒に戦う上で重要なこと。



「信頼していいのか?」


「…………」



 だが、返ってくる言葉は無い。

 芹真はトキの態度に迷いを見つけた。

 分かっていたことだが、ここまで来てから迷われても正直困る。



「ここで脅えていてどうする?」


「……人、ですよ?」

「だから容赦しないんだ」


「逆じゃ、ないんですか?」



 トキの声が震えていた。

 芹真はため息をつき、少し考える。


 確かに、トキが言っていることも間違いではないが……



「なぁトキ。

 お前は身売買なんかする奴らを許すか?」


「人身売買、って……」


「ん? どうだ?

 どんな悪人だろうと人を殺してしまうことは法律的に悪い。

 だから、いけないことだって、お前はソイツらを見逃すのか?

 ちょっとくらい灸を据えれば丸くなると思っているのか、トキ?」


「芹真さんは殺すんですか?

 その……何の迷いもなく」


「こいつらなら殺す。確実に」


「でも……」


「言っておくが、“悪人全て”じゃない。

 あくまで“こいつら”だ。

 全部が悪なら、オレもそれになれるだけの経験はしてきたし、今もしている」



 芹真はとあるものを拾い上げてトキに投げ渡した。

 トキはそれを取り損ねて床に落す。

 しかし、それが何であるのかは簡単に理解できた。

 それは軽く、楕円形の丸い金属製――



「バッジ?」


「黒い戦闘服着た奴ら全員、アメリカ大使館の男の部下だ」



 それからもう1つ、今度は別の場所から拾ってトキに投げ放った。

 今度はひし形のエンブレム。



「それがこの船の所有者。

 取引相手は元パンドラ・プロジェクトの資金提供者。

 どうやら、まだそれらしい事を続けているらしいな」



 トキの頭にイマルの台詞が浮かんだ。

 器実験。

 芹真はかがんで拳銃を2つ、適当に拾いあげる。


 1つはイスラエル製ハンドガン――Bul M5ガバメントモデル

 もう1つ、スイス製――Sphinx3000スタンダートモデル


 マガジンを抜いて動作確認をし、その2つのグリップをトキへと向ける。



「1つくらいは持っておけ」


「この人たちはお金が目的なんですか?」



 トキはそれらの銃を受け取ろうとはしなかった。



「戦争に必要なモノはいつの時代も人と武器。 金は二の次さ。

 そこらに転がっているコンテナはどれも空のようだが、どこかに兵器の入った物があるはずだ」



 芹真とトキの目が合う。

 沈んだ目と、何かに燃える目。



「……トキ、考えてみろ。

 奴らは何度、こんな取引を繰り返していると思う?」



 しばしの沈黙。

 揺れる機体と、時折耳に届く悲鳴。



「何度も何度も繰り返しているんだ。

 そして、武器の取引は戦争が終わるまで続く」


「それはつまり……協会がなくなるまで、ってことですか?」


「その間にどれだけの人間が死ぬと思う?

 100人や200人程度じゃ済まない。

 だから、いま壊すんだ。 兵器を売る奴らは片っ端から殴り飛ばす。

 オレは悪事を見て見ぬフリする気は毛頭ない」


「……」



 見て見ぬフリ。


 厄介事は事情を知ってしまえば逃げることが出来ない。

 だから厄介事なのだ。

 それに最も有効な対抗策は“関わらない”こと。


 見知らぬ他人の喧嘩に割って入れば、自分も殴られる。

 他人の悪事を覗いて自分まで巻き込まれる。


 だが、トキはまだ引き返せる時点にいた。

 芹真事務所と共に戦っていくか、何も知らぬと主張し生きていくか。



(見て見ぬフリなんて……)



 それを自覚しながらトキは、芹真の差し出したハンドガンを受け取った。


 右手にBul M5。

 左手にSphinx3000。


 見て見ぬフリ。

 自分が立ち向かうことで誰かが救われるのなら……

 自分に殺気が向けられることで誰かが逃げ延びれるのなら……


 いままで幾度となく決意し、ことごとく挫けてきた事。


 誰かの為に――

 見返りを望まず――

 一切の邪心を抱かずに。



「やれるかトキ?」


「弾をバラ撒く程度ならできると思います」


「よし!

 じゃあ、課題を出そう!」



 それは芹真さんが得意とする、強襲課題。

 まるで思いつきで言っているかのように、課題やら任務やら頼みごとが口から出るのだ。



「課題って、そんな、無理――」


「1発も食らうな。

 プ・ラ・ス、

 1発も外すな。

 ついで、

 敵の足か腕、または武器を狙え」


「なん……ですけ――」


「それまでオレは援護しないからな」


「……ど」



 反論の余地もなく、芹真は足早に大きな扉を目指す。

 第2格納庫。

 トキは必死に付いていき――しかし――追いついた頃、芹真は既に扉を撃ち破っていた。



「撃てぇえっ!!」



 扉の破壊、芹真の出現と同時に銃弾が飛来する。



「止まれぇっ!」



 芹真の回避と同時、トキもタイムリーダーを発動して射線上から退いた。


 方向は違えど、2人が取った行動は同じだった。

 回避。

 芹真は右、トキは左へ。


 それと同時に撃ち返す。

 素早いロックオンと繰り出す必殺の弾丸。

 芹真は反時計回りに高速移動しながら1人ずつ破壊していく。


 逆にトキは時計回りに移動した。

 回避、ロックオン、銃撃の繰り返し。

 芹真のように素早く敵に銃口を向けることはできないが、トキにはタイムリーダーがある。

 停止に等しい低速時間帯の中、トキの意識は通常速度で、肉体は通常の二分の一の速度で動く。


 トータルして、トキは芹真に負けず劣らず高速で動いていた。



(タイムリーダーを使えば結構いけるか!)



 初めてトキが自らのSRの強さを自覚した瞬間である。



(後は、弾が飛んで来る前にコンテナの陰に隠れて――!)



 無数の銃弾が壁やコンテナに弾痕を残す。

 嫌な音がわずかな間隔を空けて耳に届いた。


 いつもより重い体。

 考えてみれば、夢の呪術師と戦っている時もこの感覚は体験している。

 玄関ロビーの人ごみを踏み越えた時。



(でも、あの時よりは体が軽い……!)



 静止状態に近い、緩慢な動き。

 行動速度は通常よりも遅いが、銃弾を避けるには十分な状態。


 コンテナの陰から陰へ、コンテナの隙間から相手を横目で確認する。

 再び隙間に到達したら銃撃。

 芹真の言いつけ通り、相手の手足か武器に狙いをつけて複数回引き金を絞る。


 自分でも信じられないほど的確な銃撃が続いた。


 血飛沫と破片が宙に舞い、バランスを崩していく傭兵たち。

 トキが機動力を奪い、または武器を壊す。

 そこへ芹真が銃弾を撃ち込み、確実に倒していく。


 残弾の心配が頭の隅に浮かぶのと同時、



「はい、殲滅っと!」



 マズルフラッシュに照らされた第2格納。制圧に要した時間は、芹真が扉を破壊してからわずか8秒。

 10秒にも満たない時間で十数名の傭兵が消し飛び、絶命した。

 床や天井に大小様々な穴が無数に穿たれ、景色は鉄屑と飛び血で塗り替えられ、動く者はトキと芹真を除いて他にいないという光景。

 上半身を失った者。

 頭部無き者。


 命無き死骸達。


 芹真は次の扉――第1格納庫――を目指した。



「大丈夫か?」


「はい」


「次が本番だと思っておけ。

 全員がSR解放しているだろう。

 その中に、特別注意しなくちゃならない男がいるだが……生き残れると思うか?」


「何のSRですか?」


「この船の持ち主だ。

 妖怪のSR、瀬賀駆滝セガ クロウって奴さ」


「妖怪って……あの、お化けとかの?」


「ただの“妖怪のSR”なら雑魚……だが、こいつだけは一筋縄じゃいかねぇんだ。

 トキ、弾切れてるぞ?」



 言われて初めて気付く。

 Sphinx3000のスライドが下がりきっていた。

 急いで探して拾い上げ、マガジンを交換する。

 芹真は説明を続けた。



「妖怪のSRの中では一級品。

 “Jr”或いは“殲命獄炎”――それが奴のあだ名だ。

 俺ほどのスピードは無いものの、炎を操らせたら日本一」



 トキはBul M5のマガジンも確認する。

 残りわずか……

 こちらのマガジンも取り替えた。



「性格の悪い化け狐……」


「狐?」


「それが瀬賀駆滝、九尾のSRさ」


『芹真さ〜ん!

 面倒臭いのが現れた〜!』



 静寂の溢れる格納庫に響く、ボルトの声。

 トキは思わず耳を押さえ、芹真に至っては一瞬白目を剥いた。


 気を取り直し、芹真が返答する。



「誰が出た?

 もうちょい静かに話せ」


『霊装呪術師ぃ〜!』



 その音はトキや藍にも伝わっていた。

 空気を切る音。銃声。強い風。



「来たか……

 何とか抑えられるか?」


『殺して良い〜!?』


「ダメだ」



 第1格納庫へと続く扉が盛大に爆ぜ飛んだのは、芹真が言い切るのと同時だった。


 重厚な金属の扉がとろけ、熔解して多大な熱気と火の粉を振り撒く。

 それは火災を誘発させるに十分過ぎる熱量を伴った炎の塊。



「ボルト、こっちも面倒なのが現れた。

 また後で会おう。間違っても殺すなよ?」



 一瞬で火炎に包まれた第2格納庫。

 炎の揺らめきが不気味に周囲を彩った。



「会えるもんなら会ってみやがれよ、芹真」



 扉の向こうに姿を現した2人の男。

 1人はスーツを着た細長い日本人。

 もう1人は戦闘服を纏った筋骨隆々のモンゴル人。



「よぉ、瀬賀。

 仕事はうまく行ってるか?」


「ぁあ?

 芹真、営業妨害だとわかっていてこんな……」


「やっているに決まってんだろ?」


「な、貴様ぁ!」



 落ち着き払った瀬賀に対し、傍らのモンゴル人は怒り顕わに震えていた。

 そして、藍の同様、どこからともなく得物を取り出す。

 左手にサブマシンガン:Vz61スコーピオン。

 右手にまさかり



「タウ、あの少年を確保しろ。

 あれが色世トキだ。商品価値は計り知れない。

 なるべく壊さないように捕獲してくれ」


「あの人狼はクロウがやるのか?」


「俺直々にやらず、誰がやるんだ?」



 2人は相手を目の前に堂々と会話を進めた。

 対抗して、



「じゃあ、トキ。

 そっちの木偶の坊を頼む。いや、木偶の牛か。

 ああ見えてもダチョウみたいに速いから気をつけろ」


「アレ扱いするなよ……」


「俺は狐狩りしてくる」


「え?

 いや、俺には無理じゃ――」


「やってから無理って言え」



 芹真は言い放った。


 少しは反論を並べたいトキだったが、あっさりと切り捨てられたので諦める。

 どの道、逃げ場はない。

 それくらいなら、いっそのこと潔く――



「誰が木偶だってぇ!?」



 木偶と言ったのが芹真にも関わらず、巨躯はトキに迫った。


 仕方ないと、トキは銃を握り直してコンテナの物陰へと走る。

 だが、すぐに身を隠すという行為が無意味であると知った。



(……っ!

 コンテナごと!?)



 力任せに振られたまさかりの前に、金属製コンテナは無いも同然。

 まるでダンボールでも裂くかのように、硬質な物質を切断してみせた。


 当たれば即死は免れない。


 次の攻撃に備えてトキはモンゴル人から離れ、2つの銃口を向けた。

 しかし、モンゴル人は銃口を向けたまま足を止めていた。



(停止?)



 では、



(――ない、SRを解放したんだ!)



 男の姿が次第に変化していく。

 人から、人牛へ。

 赤い体毛がほぼ全体にわたって生え、肌色が見えなくなる。



「名乗っておこう。

 牛人のSR、タバール・ウラフ!」


「……えっ、と、タイムリーダーのSR、色世 時」



 申し訳程度の礼儀を済ませた後、3つの銃口が火を噴いた。

 2丁拳銃による乱射と、SMGサブマシンガンによる連射。


 トキはタイムリーダーによる高速移動で銃弾を躱し、コンテナの影へと飛びのく。

 ウラフは銃弾を跳ね返す強靭な肉体を盾に、急所だけを守り隠しながらトキを追った。


 追撃開始の際、ウラフの側頭部から2本の角が生える。


 牛人から逃げる途中でトキは気付いた。

 タイムリーダーの効力が落ちている



(さっきよりも銃弾が速い!)



 突然の効力減少。

 辛うじて弾丸は避けられるが……このままタイムリーダーの効果が完全に切れたら勝ち目はない。


 背後から牛人が迫った。

 進路上の遮蔽物を力任せに薙ぎ払う。弾が続く限り、トキが視界に入り次第容赦なくSMGの銃撃を繰り出す。


 タイムリーダーに頼っていられない。

 早期決着に臨まなければ、敗北の確率が上がるばかりだ。



(何とかしないと!)



 怒りまかせに仕掛けてくる牛人。

 逃げながら抵抗するトキ。


 そんな2人を他所に、第2格納庫の中央でも戦いが始まろうとしていた。



「お前ん所の牛はだいぶ溜まっているみたいだな、瀬賀?」


「ああ、なにせ多忙でな。

 お前の暇な事務所と違うんだよ芹真。

 まぁ、今回の仕事が終わったら休暇を取るつもりだったが……」


「このオンボロでどっか行くって計画だったのか?」


「……だから、テメェをぶちのめさなきゃ気が済まねぇんだよ。

 修理代を寄こしやがれ!」



 火炎に包まれた妖狐と人狼。

 睨み合いながらそれぞれの得物を取り出す。


 対物拳銃と獄炎。


 どちらが有利でどちらが不利なのか、お互いにそれを理解しながら向き合っていた。


 スピードなら芹真。

 置かれた状況なら瀬賀。


 だが、



「炎に包まれた時点で俺の勝ち……そう思っている時点でお前の負けだぜ、瀬賀」


「思ってなどいない。

 が、どうやってこの状況を切り抜けるか気になってなぁ、芹真」



 瀬賀は両手に火炎を纏う。特に指先へと炎が集中する。

 それでも、芹真の顔から余裕の色が消えない。



「お前、置かれた状況を本当に理解しているのか?」


「やってみろよ」



 炎が芹真の足元から、まるで意志ある生き物のように迫る。

 通常の炎ではありえない動き。揺らめきより早い移り火。


 だが、空振りに終わる。

 芹真は天井を握り掴んで逃れた。

 そんな芹真に瀬賀本人が迫る。


 獄炎を纏った手刀。


 天井の金属を溶かして切り裂く。が、そこに芹真の体はない。

 ぶら下がった状態から一気に反動をつけて飛んだのだ。

 2人の立ち位置が変わるのと同時、芹真の銃撃が妖孤の足元を削いでゆく。



「その程度かよ!」



 銃弾は燃える床と焼かれたコンテナを捉えていた。


 しかし、弾は外れた。

 飛び散る火の粉を払いながら瀬賀は視界に芹真を捉える。



「焼け死ね!」


「やってみろ!」



 芹真は格納庫内で止まることなく動き続け、瀬賀の炎が多方向から複数で芹真を追う。


 コンテナの上を逃げ――溶かす――銃撃。お互い外す、外れる。


 囲むように迫る炎の上を逃げ、銃撃。

 次の炎が襲い掛かった。が、空中では逃げ場がない。



 カンッ!



 芹真は銃撃で獄炎を殺す。

 船底を易々と窪ませる拳銃から繰り出される銃撃の風圧は予想以上に強く、一般的な銃の常識を軽く超えていた。

 着地。

 獄炎が一瞬の隙を突いて芹真の足に絡もうとするが、紙一重で逃げられる。


 芹真は壁とコンテナの間を走り抜け、その後を爆炎のような熱風と殺意が追ってきた。



「当たってねぇぜ!」

「お前もだ! 芹真!」



 コンテナを薙ぎ払う、火炎、火焔、火宴。

 勢いあまった炎が部屋を隅々まであぶった。



「熱っ……!」

「うおっ!」



 第2格納庫“全体”が火炎に包まれていく。

 金属や死体は溶け、電気系統は機能を停止し、触れるもの全てを飲み込んだ。


 そんな強大な獄炎の力は、他に向かい合っている2人の戦いを妨げた。

 時間剥奪者と牛人。

 トキは次なる部屋へ、ウラフは元の部屋へと逃げ込んだ。



(セガの奴、相当頭にきているな!)


(芹真さん、この機を墜とす気じゃないよな……!?)



 体勢を立て直し、トキは再び銃口を向けた。


 物陰から物陰へ。

 隙間から銃撃を繰り出しては、相手の銃弾から逃れる。


 遮蔽物を手当たり次第破壊するウラフ。

 直線的にトキへ迫りつつ銃弾を続ける。



(なんて奴だっ!

 まるで銃弾が効かない!)



 物陰でリロード。

 SMGの銃弾がコンテナをノックする。

 すぐそこまで来ていことがわかった。

 近づく銃口に恐れを抱きながら、それでもスピーディに新しいマガジンを装填する。


 右手が18発、左手が16発。

 しかし、両方とも口径が9mmのため、弾数はあるが威力に乏しかった。

 普通の人間を仕留めるには十分だが、SRには通用しない。



(牛人のSRって言ったな……)



 鉞の鋼刃が真横にその姿の見せ、コンテナを割った。

 金属同士が響かせる嫌な音をBGMに、トキは前へと転がる。


 そこへウラフの銃弾が襲い掛かった。



(近づけないし、遠ざかれない!)



 離れれば銃撃。

 近付けば斬撃。

 しかも、牛人にとってコンテナは無いに等しい。

 トキにとっては重要な物陰であり――しかし――場合によっては致命的な障害物という矛盾した存在であった。


 身を隠しつつ銃撃するが、相手に銃弾は効かない。

 効力の減少したタイムリーダーでは銃弾を避けることも難しくなってきた。

 あまり時間をかけていれば、いずれ銃弾か鉞の餌食になることは明確である。



「ヤバイっ!」



 物陰から飛び出したトキに鉞が襲い掛かった。

 頭上からの振り下ろし。



「止まれぇっ!」



 トキは咄嗟に2つの拳銃を交差させて防御姿勢を取った。

 Bul M5の銃身に鉞が刃を入れた瞬間、牛人の動きが鈍る。

 トキはBul M5を空中に置き去りにし、その状況から横へと、鉞の軸上から逃れた。

 空中に残されたBul M5のフレームが切られ、スライドがひしゃげる。

 バレルを綺麗に切断され、スプリングやSPガイドが飛び出し、その残骸を辺りにばら撒いた。



「クソッ!」



 タイムリーダーの効力は減少しているものの、トキは緩慢になった世界で通常と同じ速度での移動を実現していた。


 横に退避した直後、鉞が金属の床を叩く。

 次に銃口がトキに向いた。


 今度は狙いも何も無い、乱射。


 トキは身を縮こまらせた。


 ――立たなければやられる!

 頭でわかっていても、足が竦み、身が震えて立ち上げれない。


 そんなトキを見て……――

 ウラフが乱射から連射に移行しようとした時、Vz61のマガジンが底をついた。


 止んだ牛人の銃撃にトキは顔を上げる。

 が、遅い。



「武器を捨てろ」



 次の行動も、牛人が1歩早かった。

 弾切れになったVz61のリロードをあきらめ、一気に距離を詰める。


 鉞を右頚動脈に突きつけられ、トキは地面を背にしていた。






(銃声が止んだ?)



 その異変に芹真の顔が第1格納庫に向く。

 トキと黒羽商会の牛人がそこへ飛び込んだ瞬間を芹真は目撃した。


 2人があそこで戦っていることは間違い無い。

 問題は、なぜ足音や銃声が途切れたのかである。



「そらぁっ!」



 一瞬の隙を突いて、瀬賀の回し蹴りが芹真の拳銃を弾き飛ばした。

 背を向けた瀬賀を突き飛ばそうとするが、それもままならない。



(ちっ!)



 熱気が芹真の肌を焼く。

 相手は九尾のSR。

 炎を使わせたらバーベキューから戦争までこなす、炎のエキスパート。



(これが火焔の尾か!)



 後退しながら瀬賀の行動を見定める。


 一瞬前に居た空間を火焔の尾が薙いだ。

 火の粉を散らし、異常な熱気を撒き散らした。炎を巻き上げ、次なる火種を飛ばす。

 それが質量を持った炎“火焔の尾”

 攻防一体で、攻撃を外しても次の攻撃へのつなぎを撒き散らす。


 芹真はSMG:HK UMP45を拾い上げ、セミオートで瀬賀の四肢を狙う。

 32口径のフルオート。

 マズルフラッシュと獄炎の共演。

 小さな爆音と鼓膜を衝く銃声。


 しかし、25発の弾丸は瀬賀に届いていなかった。

 すべて直撃する前に火焔の尾に阻まれ、気化したのだ。



「今のオレは2万度までホットに出来るんだぜ?」


「そりゃ凄い……」



 UMPを投げつけ、更に手近にあった小さなコンテナボックスを蹴り飛ばす。

 投げ捨てたUMPが溶解し、次いでコンテナも気化してしまう。


 更に銃撃を加える。


 右手のショットガン:Franchi SPAS12。

 左手のSMG:FN P90。


 12番ゲージの00バックを7発――1つの筒に9つの粒弾で――計63発の連射。

 5.7×28mmのフルオートで50発。

 両手合わせて、113発の弾が瀬賀に襲い掛かった。



「それだけか!」



 が、瀬賀はそれを物ともせず、確実に銃弾を焼滅させながら距離を詰めた。

 弾切れになった2つの得物を投げ捨て、芹真はコンテナの山を飛び越える。



「揺さぶれ」



 物陰に着地するのと同時、芹真は言った。

 それから自分のSRを解放する。

 半分も解放していないが、それでも充分だった。



(あっちが火焔の尾なら……)



 その変化は腕を中心に現れた。


 黒ずむ指先。

 膨張する腕の肉。

 黒い指先に現れる、炎に照らされる金属質の爪。


 その背後でコンテナの山が溶け崩れる。



「無駄だ、芹真。

 僕に弾丸は届かない」


「やばいってヤツか?」



 不敵な笑みを装って向き合う社長2人。


 周囲は全て炎と壁に囲まれ、逃げ場が無い。

 圧倒的有利は瀬賀。


 しかし、特大の切り札は芹真にあった。



「はっ!

 いまさら銀爪なんか出してどうするつもりだ?」


「お前に1発ぶち込むのさ」


「その前に焼け死んでみるか?

 そうすりゃ現実が見えるぞ」


「おいおい……変な事言うなよ。

 頭でも打ったか?」



 芹真の1メートル左右と手前に炎。

 背後は壁。

 瀬賀本人との距離は3メートル。


 どれだけ芹真が早く動き出そうが、瀬賀の炎の方がわずかに早いだろう。



「殺せるのか?」


「あぁ、いま殺して――」



 その時、船が傾いた。

 瀬賀が背後へと転がり落ち、同時に積荷の落下も始まる。



「なっ……!」


『これでいい〜!?』


「上出来!」



 90度、真横に回転した船内で瀬賀は必死に降りかかるコンテナを弾きのけていた。

 そこそこの重量を持った金属コンテナは重力を得て立派な凶器と化す。

 常人なら運良くて軽症程度、運悪ければ即死級の殺傷力を、船内に積まれたコンテナは有した。



(狙い通り!)



 瀬賀は存在型のSRである。

 SRを完全解放しても、殺傷能力が飛躍的に上昇するだけで体が丈夫になるわけでない。

 むしろ、瀬賀のSRは完全解放に反比例してデリケートになっていく。

 体力を犠牲にして攻撃力を高める、というものなのだ。



(情報有難うだ、ワルクス!)


(空箱降ろしとくべきだったか!)



 上空から襲う複数のコンテナ。

 時には武器を詰め――

 ある時には食料や医薬品――

 大きなコンテナにはバイクや人を積んだこともあった。


 幸いにも特大サイズのコンテナはしっかりと床に固定してあるので落ちてくる心配はない。


 問題は小さいコンテナ――

 そして、それを盾にし、いつの間にか至近距離まで迫っていた芹真。


 銀爪が走る。

 瀬賀は咄嗟に炎の鎧を全身に纏うが、芹真の爪の方が断然早い。


 攻撃を――食らった――?


 そう解釈していいのか、瀬賀は一瞬悩んだ。



(掠めた……だけ!?)



 ネクタイの半分を切り落とされただけで、瀬賀本人には傷一つついていなかった。

 圧倒的に芹真の方が早かった状況で。

 胸襟が血飛沫で染まっていてもおかしくない攻撃のはずだった。



「いつまで篭っている気だ?」



 炎の向こう。

 挑発と理解しながらも瀬賀は芹真に顔を見せた。

 火焔の尾で作った炎鎧の正面が開く。



「篭ってなんかいないさ」


「へぇ……そうか」



 芹真の手でその得物が光った。

 瀬賀が蹴り飛ばしたハンドガン。


 再び炎鎧の正面が炎で覆われた。

 これで、弾丸が瀬賀本体に届くことは無い。届く前に気化してしまう。



「これで同じ手は使えねぇぞ!」



 瀬賀が叫ぶ。

 しかし――芹真は発砲していた。






 好機は突如として訪れた。


 鉞を突きつけられたトキは、牛人とにらみ合ったまま呼吸を整えた。

 タイムリーダーを使う余裕も、クロノセプターで鉞を消滅させる余裕も無い。拾い物の銃も1つは原型を留めておらず、もう1つは牛人の足の下。

 突きつけられる物も鉞とSMGの2つに増え、ますます不利な状況へと追いやられた。


 そんな時、船が揺れた。

 牛人がバランスを崩してSMGの銃口が反れ、トキは鉞を力一杯押し返した。


 一瞬理解に苦しんだが、インカムを通して伝わってきた会話で何とか納得できた。



(なっ……!?)


(ボルトが船を傾けたのか!)



 芹真が船を持っていろと言った事を思い出す。


 つまり、この船そのものが人質であったのだ。

 それは地の利を制するということも意味する。


 程なくして落下が始まる。

 幸いにもトキのすぐ背後には壁があり、それがいま、床に変わった。


 急いで立ち上がり、牛人を探す。

 右の壁が床で、左の壁が天井……


 そんな中、ウラフは鉞を床だった壁に突き刺し、必死に重力に抗っていた。

 目と目が合った瞬間、Vz61の銃口がトキを捕らえる。

 この角度では脳天を撃ち抜かれる可能性が大きい。



(止まれ)



 タイムリーダーが滞りなく展開する。

 戸惑った分だけ、少しずつ使い方がわかってきた。


 時間は止まらない。

 だが、緩やかにすることは出来る。



(この力は……)



 弾道から体を逸らし、滑り落ちてきた銃を拾い上げる。



(常に発動させておくのも悪くない……)



 天井かべを仰ぎ、銃を構えた。

 グリップをしっかり両手でホールドし、照準を牛人に定める。



(けど断続的に使わないと、効力の落ちが早い!)



 トキは引き金を絞った。


 なるべく多くの弾丸を放つ。

 トキは場所を変え、ウラフの銃撃を躱わしながら撃ち続けた。


 ウラフもトキの銃撃に構わず、真っ向から撃ち返した。強靭な肉体を信頼してこそ、弾丸を跳ね返す丈夫な肉体を信じてこその戦い方だ。

 まともに撃ちあって勝てる相手でないことはトキは理解している。



(そのまま撃ってこい!)



 こちらだけを向いてくれれば良かった。

 周囲に気付かなければ良い。

 落下と銃撃。

 そして、振動がコンテナを動かした。



「ちっ!

 そういう……っ!」


「そのまま喰らえ!」



 ぶら下がるウラフの後頭部に金属のコンテナが直撃した。

 1つじゃない。

 連続して4つのコンテナが直撃したのだ。


 さすがの牛人も脳震盪を起こしたのだろう。白目を剥いたまま鉞とともに落下してくる。

 普通の人間なら死。


 だが……



 カチンッ!



 油断しきったトキにタイムリーダーの警鐘が知らせた。



「嘘ぉっ!?」



 落下しながら鉞を握り直しているウラフ。

 そう距離は無い。トキは再び銃口を向けようとするが、落下してくるウラフの方が圧倒的に早い。


 引き金を引いた瞬間、トキの腕はウラフに蹴り下げられて足元の扉に向く。

 残った全ての銃弾を吐き出し、トキの得物が弾切れとなった。

 ウラフの得物が頭上高く掲げられる。

 右腕を掴まれた状態から逃れようと、トキは牛人の胴体に蹴る。が、トキは再び力の差を思い知たった。



(ビクともしない!)



 怒りの表情でウラフが鉞を振り下ろす。


 トキはウラフの懐に身を滑り込ませて斬撃を躱わした。

 コンテナが切断され、その下にあった扉にまで斬撃痕を残す。

 ウラフの懐で、ダメもとで拳を放つが……



「いっ……!」



 打ち込んだ左の拳と、握られた右腕に激痛が走った。

 右腕が握り締められ、骨が悲鳴を上げ、血液の流れが滞る。激烈な痛みで空になったSphinx3000を落としてしまう。



「舐めるな」



 腕を握り潰されると覚悟した瞬間――トキの体は宙を舞った。

 それは力任せの投げ技。

 力任せに無理矢理投げられたトキは右腕の異常に気づくまで時間がかかった。それは単に、右腕以上に鮮明で強烈な痛みを伴う傷を負ったからである。



「う……ぁっ!」



 背中から乱積したコンテナの山に着地したのだ。

 クッションもなしに背骨をコンテナの角に打ちつける衝撃。それは日常で滅多に味わうことのない激痛。

 更に切断されたコンテナの断面が左太腿を切り裂いていた。それも複数、並列に。



「動くな、殺したら俺が叱られる」



 再び鉞が突きつけられる。



「動……かない?」



 鉞を前にしながら、トキはやっと右腕の異変に気付いた。

 異常な熱を帯び、五指全てが動かない。

 手首も、肘も動かない。動かそうとしても首筋の辺りに鋭い痛みが走るだけだ。



(痛……!

 痛いっ!)



 冷や汗が噴出し、左足の傷口から血が流れる。

 鉞が頚動脈に当てられた。

 ウラフの冷ややかな視線がトキに注がれる。



「動くなよ」


『そのまま聞いて、トキ』



 ウラフの警告と同時――

 突然、ボルトがインカム越しに声をかけた。



(ぼ、ボルト……?)


『自棄になっちゃってもいいから、まず相手を睨んで』



 言われてトキの顔がウラフに向く。が、睨めるハズがない。

 この圧倒的不利な状況で、これ以上相手を刺激して痛い目だけを見たくない。

 そんな考えがトキにはあった。



『いい?

 トキは芹真さんや藍ちゃんより強いSRを持っているけど、使い方がヘタ過ぎなんだよ。

 ただそれだけ』


「無理だ……

 勝ち目が……無い」


「よく分かっているじゃないか」


『じゃあ、ちょっとしたヒントをあげるね〜。

 トキのクロノセプターでも、自分の体を治すことはできるんだよ』


「わからない……」


「何ぃ?」


『トキ!』



 一瞬、トキの体が跳ね上がった。


 それにつられてウラフも半歩下がったが、すぐに鉞を握りなおす。

 うっかり頚動脈を掻っ切ってしまう訳にはいかない。瀬賀の指示は商品として生きた状態での確保だ。


 頭の中で指示を反芻するウラフと向かい合ったトキは、藍の介入に心から驚いていた。



『弱気にならないで!

 あなたは1人でイマルに立ち向かったのよ!』


「…………」



 脳裏に浮かぶ男――イマル・リーゼ――夢の呪術師。


 だが、あの時とは状況がまるで違う。

 イマルと戦った時は、クラスメイトを守りたいという強い気持ちがあり、また戦った場所がイマルの創り出した夢層空間だった。どんなことでも実現する夢の世界。

 死んでも死にきれない想いと、現実のような夢があったからこそ立ち向かえた。


 だが、今日――ここには何も無い。



『ここで死ぬつもり?』


「……いや、だ」



 でも、武器が無い。

 あっても目の前の牛人には届かない。

 パワー、スピード、体力……

 相手はどれもが桁外れで、今の自分にはどうしようできない。


 しかし――それでも、逃げたくはない。


 言われなくてもわかっている。

 逃げ出すなと必死に言い聞かせる自分が居た。



『やれること、やってみたいと思うことをやりなさい!

 できそうなことから試してみれば――……』


『援護にいけないけど、言葉は届くから。

 言葉が伝わるうちに出来ることをやっちゃって。ね?

 まず、クロノセプターを使って、体勢を整えて』



 ボルトの介入で通信は途切れた。

 再び目の前の現実と向かい合う。



「殺しはしない。

 安心しろ」



 左の床、右の天井。頭上の壁、固定されたコンテナ。真下の壁、乱積したコンテナ。


 クロノセプター。


 こんな状況で一体どう使えばいい?



(鉞を――いや、間に合わない!

 こいつを外に飛ばせばいいのか?

 穴を開ける?

 いや、避けられる!)



 痛覚が脈打つ中、汗を流しながらトキは必死に考えた。

 ウラフに睨まれながらも触感と視線で自分の周りを探る。



(回復に使え?)



 確かにボルトはそう言っていた。

 聞き間違えではない。


 だが、それは難しい問題だった。

 なぜなら、トキ自身がクロノセプターの特性を完全に理解していない。その上、クロノセプター発動のコツさえ不分明なのだ。

 使えるものなら今すぐにでも使いたいが、現実にはクロノセプターが発動した回数は非常に少ない。

 トウコツの時に一度使い、イマルの時に一度使った程度。



(待てよ……あの時)



 使用回数、たったの2回。

 だが、その2回には共通点があった。


 トキはいま、初めてそれに気付いた。

 トウコツの時も、イマルの時も――



(……時間を奪ったのは、この手だ)



 右手に目が向く。

 そして、あまり自信はないが、もう1つの予感がある。


 失敗すれば確実に次はないだろう。

 覚悟を決めながらトキは両手に意識を注いだ。

 コンテナに触れた両手。

 体勢を保とうとする左手、力なく置かれた右手。ウラフにはそう見えた。



(イマルの夢の時みたいにいけば……)



 身動きできない状況にトキは不確かな活路を思い描いた。







 炎鎧を纏った瀬賀を前に、芹真は間隔をあけて3発の弾丸を見舞う。


 その3発目。


 芹真は右手で引き金を絞るのと同時、左手の人差し指を銃弾と同じ着弾点に向けた。


 銃弾と共に、銀爪が飛ぶ。

 それが、芹真の切り札。

 生身から放たれる、銀爪という弾丸。

 過去に一度も防がれたことのない隠し玉。


 ボディアーマーや大木はもちろん、戦車の装甲さえ貫通したことだってあるモノなのだ。


 そして、それは瀬賀の炎鎧も例外ではなかった。




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