第22話-Go to the……!-
何から思い出せばいいのか?
あの日、私はどうしていた……
雪の降り続ける窓の外。
白銀とイルミネーションに染まり、照らされた夜。
聖夜を一週間後に控えた白州唯の街。
中心地から外れた場所に佇む病院。
彼女は光を失った目を街の方へ向けた。
が、そこにあるのはいつも闇だけだ。一寸の光も無い
(そうだ……
いつもみたいに芹真さんたちのことを考えていたんだ)
数ヶ月前の夏。
彼女は他人の瀕死を目の当たりにして泣いた。
初めて会う人にも関わらず、恐怖と絶望を突きつけられて涙した。
1秒後にでも死ぬかもしれないと宣告された少年。よくは見えなかったが、おそらく自分と同じ年齢だろうと体格から読み取った。
何が起こったのか?
あの夏の日のことを思い出しながら、彼女は見えない目を今なお眠り続ける少年に向けた。
窓の反対側。
隣のベッドであらゆる機器につながれた彼。
以前、芹真が自分に言い聞かせてくれた名前の少年。
『彼を取り戻すには、君の力が必要だ!』
そう言われ、彼女は初めて、今まで恨んでいた自分の力を頼りにした。
“彼”を助けることが出来るのは私だけ。
光の魔女さんも、鬼の彼女にもできない。芹真さんにも……
(私にしか出来ない!)
他に誰がやるのかと考え、意識を集中する。
彼女の手はずっと彼の手を握っていた。それが唯一、彼を助ける方法。
そう、それだけが、未だ意識不明の彼を……
白い天井。
白い壁に、白い床。
不思議なことに、その場に照明器具の類は1つも無い。
照明器具どころか全く一切の飾り気ない廊下。
この通路には一切の飾り気が無く、装飾から持ち主の趣向を読み取ることなど到底出来ない。そもそも装飾が無いのだから。
しかし、屋内は陽光の下にいるような錯覚を呼び起こすほど明るく、通路の奥に大きな扉の姿を確認できるほどだ。
純白の廊下を1人の男が進む。
片手に紙袋。
片手に革の鞄。
この廊下の先に、協力を仰ぎたい人物がいた。
協会にもナイトメアにも属さない男。
夢を捨て、希望を失い、人生とまともに向き合うことを諦め――しかし――それでも未だに強力な力を持つ男。
重厚な扉の前に立ち止まり、監視カメラに顔を晒す。
数秒して、銀行の金庫並に厚い扉が内側へと開いた。
目に飛び込む単色の部屋。
一瞬、目が眩む。
蒼純の部屋で、唯一白い清潔感溢れるデスクに男は腰掛けていた。
桑年を過ぎたばかりの男。
目的の彼。
「四凶が私に何の用だ?」
男の重い声。
一瞬だけ部屋を震わせた感覚。
言われて、一笑。
ただ1人の凶は声を上げず、顔だけで笑った。
出入り口から男のデスクへと歩み寄る。
男は警戒しない。
いつ死んでも構わないという態度の表れだろう。
そんな男の態度を一笑した。
片手に持った紙袋をテーブルの上に置き、革鞄をデスクの横に置く。
男が紙袋の中を覗いた。
すると、部屋の色が蒼から緑へと変わる。
男は袋から取り出して高々と掲げ、凶はその名を声にする。
「ヴァムフォーテンです」
「オレに何をさせたい?」
それは粉末の詰まった缶。
男はココアパウダーの缶をデスクの隅に置き、男に聞いた。
「色世 時を知っていますか?」
「馬鹿な連中共が噂していた子供だな……
ソイツがどうした?」
「私は彼に会いたい」
「それで?」
男が部屋の中を歩いて廻る。
緑の壁、天井、床。
何もかもが単色の部屋。
唯一、ワークデスクだけが白く輝いていた。
「しかし、中々会うことが出来ない。
そこで、Mr.シーズン。
あなたに協力を仰ぎたい」
「いまの季節を知っているのか?
まぁ、協会のお前がココに来た時点で大体予測はついていたが……」
四凶の男は照れ隠しでもするかのように目を伏せる。
数秒の静寂。
そののち、再び四凶の目は開かれた。
シーズンはソイツの目付きが変わっていることに気付いたが、微動だにしない。
「あんたが有能なSRだから声を掛けた」
変わっていたのは目だけでない。
口調、そして態度。
「そいつはどうも。
だが、オレに何かさせる――ただそれだけで、そのガキに会えると思っているのか?」
「ああ、会える。
あんたは雷か雪を降らせてくれればいい。
足止めや陽動は他の連中がやる」
「それは……戦争か?
何のため色世時に会う?」
「Mr.シーズン。
オレはそのガキに会う、その為だけだ。その為に日本へ行く。
ナイトメアも協会も関係ない」
「それは1人の人間として会いに行くというわけか?
それとも、その少年を理由に日本へ入国するのが目的なのか……本心はどちらだ?」
しかし、四凶は首を振った。
肯定はしない。
まずは、会う。
それが第1の目的。
ナイトメアなど眼中に無い。
1つの生き物として対面したい。
「トウコツが手を取られたのは知っているか?」
「お前の仲間のトウコツか?」
「あぁ。
あの無能さ」
「戦闘しか能がないからな。
聞いた話だと、1人だけになっちまったらしいが?」
「ああ。
影武者まで全部潰されてやがんのさ。
完全否定のSRに1人。
国連の至純殺意に1人――」
「セブンス・ヘブン・マジックサーカスに1人……」
「いま日本に居る1番カスな野郎だけ生き残ったってわけさ」
「珍しいことがあるんだな。
まさか、トウコツの連中が1人だけ残して逝ってしまうとは。
しかも生き残りが下っ端?」
「そして珍しいことに……
下っ端とはいえ、仮にもトウコツであるソイツの手を奪ったのが、色世 時だ」
「ほう?
それで、色世 時がどれほどのSRなのか、と……
本当にそれだけで会いに行くのか?」
部屋が緑から淡い水色へ変色する。
シーズンはデスクのイスに戻り、四凶はデスクに寄りかかった。
「どうでもいいが、オレに殺意を見せても何にも出ないぞ?」
シーズンの目が、凶へと向けられる。
言われて一笑する凶。
「気にするな。
あんたは有能だがムカつく。ただそれだけさ」
「……ありがとよ」
ため息をこぼしながら、シーズンはソイツと手を組んだ。
日本――白州唯
「それじゃまた!」
夕方。
白州唯高校の調査が終わってから3日が経った。
警察や調査団による立ち入りが終わった学校。
そのどこかに今までと違う場所があるということもなく、生徒達はあらゆることに首を捻りつつ、今までどおりの日常を展開した。
朝登校し、授業。
昼食を摂りながら、休み時間に他愛無い会話や絡み合いに喜怒哀楽を。
午後の授業が終わり、掃除を終えた生徒達は流れるように学校の門を潜り抜けていく。
また次の日登校し、
友達との会話で盛り上がったり、
職員室で教員から叱責を受けたり、授業の質問をしたり、
殴りあったり……
「ぁがっ、かっ……!」
2年3組。
あらゆる呼称、別名、あだ名を持つ優良問題クラス。
その中で、2年3組を代表する猪突猛進の1人、大橋友樹は自分の犯した過ちに頭を抱えた。
「ま……」
クラスの中央に1人の男子が倒れていた。
2年3組、もう1人の猪突猛進、宮原漣太。
通称:不曲の宮原
「気は済んだか?」
大の字になって倒れている宮原を見下ろす赤髪の男子が声を掛けた。
岩井信弥
宮原を二撃で打ち倒した張本人である。
「負けんな宮原ぁ!
オレはお前に1000円賭けたんだぞぉっ!」
などと、勝手な賭博に興じている友樹を隣に、色世時はその異常な賭博熱に気圧されていた。
賭けなくてもいいじゃん。
というより、学生の賭博は禁止されていなかったっけ?
そもそも、学校で賭けるなよ……
「馬鹿め!
1%も勝率のない奴に賭けるからそうなるんだよ!」
「うっせぇダーティ!
サボリがいきがってんじゃねぇ!
オレは大穴狙いで――」
「悪いが1000円いただくぞ、友樹」
「おい、カイ。
オレにも取ってくれ!」
「テメェは賭けてないだろ、ニィハチ!
勝手にオレの財布漁ってんじゃねぇ!」
怒りに震える友樹。
その横でトキはうんざりしていた。
右の喧騒。
友樹らを中心とした賭博チーム。
もうすぐで6時間目始まるというのにこの馬鹿騒ぎ。
ある程度騒がしいことは悪くないが、これは度が過ぎている。
というより、真横で乱闘が起きそうな予感が……
「……」
「……」
「……」
対して、左の静寂。
物静かにギャラリーと化している者達。
問題はその面子だ。
2大委員長。
ジェイソン佐野代。
そして、藍。
4人が4人とも腕が立つ者。
しかもジェイソン佐野代に限っては、トキ自身その実力を身をもって体験している。
つまり、知っているが故に恐い。
そんなメンバーが、トキの左から後方にかけて並び、立ち尽くして宮原と岩井の戦いを見ていたのだ。
気不味く、そして居辛い……
「ねぇ、2人とも――」
「おい、おまえら――」
突如、静寂の中に雷鳴が轟いた。
何の前触れもなしに、表と裏の委員長が同時に口を開いたのである。
「もう時間だから――」
「次が始まるから――」
見事なまでの内容重奏。
そんな2人に周囲が凍てつく。
友樹たちでさえ沈黙してしまった。
『その辺にしてお……』
完全にセリフが重なった瞬間に2人の腕がぶつかり合う。
「オレが責任持ってやめさせっからさぁ、黙っててくんねぇ?」
「責任だなんて……そんな言葉、あなたに似合わないわよ。
無理しないでここは任せなさいよ」
平静と余裕を装いながら2人の視線がぶつかり合い、火花を散らす。
片や嘲笑するように、片や微笑むように。
どちらも譲らない。
委員長2人が次のアクションを起こす前に賭博チームは解散した。
岩井は呆れて自分の席へ戻り、友樹は宮原を回収する。
その時――
「さぁさぁ始まりました、委員長対決!
2年3組を南北に二分している2大党派の首領2人!
今日こそ決着が着くのか〜っ!?」
2年3組のウィルスこと、類家香織による実況が始まる。
結果的に言えば、それが火に油を注ぐ結果となった。
正委員長、桃山充
or
裏委員長、木田村麻衣子
2年3組が二分している理由はそこにあった。
男子の大半はミツルを支持し、女子はマイコを支持する。
綺麗に分かれたところで2人の委員長はお互いを完全に相容れぬ存在になった。
2人の家柄がヤクザと警察であることも僅かながら関係している。
クラス方針から人員選択、どちらがより良きクラスを築き、保っていけるか。
残念ながら、どうあっても2人は友好な関係を築けそうになかった。
ウィルスの一言により、クラスが闘気で満ちてゆく。
そう、それは乱闘に発展する直前。
「何をしているのか、諸君?」
それは全員が動き出す――本当に一瞬だけ――直前だった。
担任、登竜寺 蓮雅先生の登場。
教室全体で乱闘が繰り広げられることなく、彼女の登場によってクラスは静寂へと返った。
「今日は机を動かさない。
動かさせないから」
一部の男子生徒の舌打ちを流しつつ、レンガ先生はプリントの配布を始める。
窓側から廊下側へと、流れるようにプリントを配るレンガ先生。
最初に受け取った面々――最前列の生徒たちから苦情が上がる。
それが、次々と連鎖していく。
無反応の者も少なからずいるが、文句をいう生徒のほうが圧倒的に多い。
「プリント行き渡った所、口頭で説明するわよ。
まず、プリントに書いてある通り、校長先生および進路指導部、それから一部の先生方の判断で夏休み中の登校日が“2倍”になりました」
プリントの文字を視覚が捉え――
聴覚から入り込んだ言葉を脳が解釈し――
生徒達からの多大な質疑と盛大なブーイングが始まった。
「理由はわかっているでしょう。ただ認めたくないだけで。
この間の、全員が睡眠状態に陥ったことが原因で臨時休学になりました。
忘れたとは言わせません」
「忘れました〜」
勇者発見。
直後、裏委員長による正拳制裁。あえなく撃沈。
「お前ら、しっかり先生の話聞けよ?」
委員長による釘をさされ、教室中が静まり返り、レンガ先生は頷く。
「そう。
いつものことですが最後まで聞いて下さい。
このクラスに限って、特別な条件があります」
意気消沈していた生徒達の目がレンガ先生に集中する。
「先生、それは罰ゲームみたいなモノですか?」
「違います。
むしろ、逆です」
再びざわめく2年3組。
「登校日の殆どは夏休み前半から中ほどにかけて集中しています。
夏休みの後半に、一週間近く何も無い日があります。
そこで――私があなた達を旅行に招待」
再び沈黙する2年3組。
「それ……本当ですか?」
さすがに2大委員長も驚いた。
ある者は突拍子ない先生の発言に呆け、
とある者は今の発言を頭の中で反芻し、
ある者は我関せずとばかりに居眠り、
またある者は必死に我が耳の掃除をして、
ある者は頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。
「マジ……本当です。
私の奢りです」
再三ざわめく2年3組。
「マジ!?」
「旅行だとぉぉおっ!」
「いや、マジだって!」
「有り得ねぇ!」
「ドコ行くんだろ〜♪」
「本当におごりなのかな?」
「国外かしら?」
「国内じゃないか?」
「旅費はおごりで土産代は自腹だろ」
「安全ならいいじゃん」
「また詐欺じゃないか?」
「怪しい怪しい裏ルートとか?」
「あ〜、ありそうだな」
「センセ〜、ちょっとトイレ行ってきます」
「家でゴロゴロしてた〜い!」
「夏休み登校日2倍、代わりにおごりで旅行、更にその代わり修学旅行無し、みたいな感じ?」
「戦場にでも連れて行く気じゃねェ?」
「今時旅行で喜ぶヤツなんて……」
ざわめきは止まらない。
盛り上がる生徒、冷静を失わない生徒、冷める生徒、抜け出す生徒……
「京都、5泊6日の旅」
そして、言い放つ担任。
怪しむ生徒の半数が“京都”の漢字2文字、ひらがな4文字、ローマ字の6文字で寝返った。
『ぃよっしゃあぁぁぁっ!!!』
「ただし、1つだけ面倒臭い条件があります」
再三沈黙する2年3組。
「夏休みの出校日よ。
旅行の日までに予定されている出校日に全員が1日も欠かさず出席することが条件です」
面倒臭いって、まさか教師からそんな言葉を聞くとは思わなかったよ。
「蓮雅先生、旅行に行きたい人だけにその条件を適用してはどうでしょうか?」
「私も最初ソレを考えたけど、その案は降ろした……」
「何ですか?」
「連帯責任を意識してもらう為よ。
学生のうちから慣れておいて損は無いでしょうから、連帯責任制にしました」
「連、帯?」
「社会に出て個人の我が儘が通用すると思っている奴、手を上げて」
1人も居ない。
それはしごく当然の反応だ。
「皆も心のどこかで半分程度は理解できているでしょ?
通用するはずありません。それが現実です」
「実際に経験してみると現実と予測にギャップがある……」
崎島さんが呟き、レンガさんは頷いた。
「その通り。
小・中学校では団体行動を学びますが、高校生はそれよりももっと社会的なルールを意識し、学ぶ必要があります。
実際にやってみると中々うまくいかないものよ。
クラス内での実践だけど、自己中心的な人間には耐え難いルール」
黒板に向きを変え、レンガさんは白いチョークで『要』と書いた。
「欲や衝動に負けて自分がすべきことを怠り、連帯責任の名の下に何の関係も無い、一所懸命励んでいる人たちまで巻き込むことが多々あります。
社会に出て恥を掻く前に、少しでも慣れておいた方がいいでしょ?
つまり、自分の欲望と役割を秤にかけて、コントロールする術を学んで欲しい」
後半が勝手な物言いにしか思えなかったが、とりあえずトキは頷いてみせる。
そこまで思い返していた所……
トキは後頭部に軽い痛みを覚えた。
Second Real/Virtual
-第22話-
-Go to the……!(COUNT:3)-
振り返り、そこには藍が居た。
「ちゃんと聞いている?」
「え……」
「聞いてないでしょ」
「……ごめん。
ちょっとまだ、レンガさんの話が信じられなくてさ」
「頭を切り替えなさいよ。
いまから対策を考えなければ大変なのよ?」
放課後の帰路。
閑静な住宅街を通過している最中のことであった。
藍もレンガ先生の話を信じ切れていないが、本当だった時に備えて色々と頭を回していた。
「京都には私と同じ鬼のSR、その一族がいる」
「鬼か……やっぱり強いんだよな?」
「向こうは白鬼一族。
あまり好戦的じゃないけど、身体能力ならトップクラス」
「アヌビスみたいに強いの?」
「比べられないわ。
スピードこそアヌビス達には及ばないものの、体力や闘争心、タフネスには天と地ほどの差があるから」
「……好戦的じゃないんだよな?」
「でも、やられたらやり返す。
それが彼らの流儀よ」
「まるでヤクザだな……」
「えぇ、ヤクザよ」
京都の魅力、20%ダウン。
やっぱりどこにでも居るんだ……
「とは言っても、地元住民には評判が良いの。
元々は自警団として始めたのが、組織の構成や他の機関・組合……
そういった怪しい所との繋がりを持っている者が多かったことから、ヤクザとしてカテゴリーされているだけらしいわ」
「へぇ〜?
つまり、本人達にヤクザみたいなものだっていう自覚は無いんだ?」
「そうだけど……」
しかし、と言って藍はため息をつく。
問題は彼らがどういった分類の“人間”かではない。
「協会に所属なの」
SRの世界における彼らの立場がどこに位置するかである。
「……安全な旅行になるよう祈るか」
「私達は忙しくなるわよ」
「まぁ……そうだな」
SRだし。
協会じゃないし。
無所属でもないけど似たようなものだし。
「そうじゃなくて、レンガ先生が見つけたのよ」
「何を?」
「事務所よ。
……芹真事務所。
レンガ先生は芹真さんに依頼したらしいわ。
旅行中の護衛を」
「え、ちょっと待てよ!
ってことは、オレ達も――?」
「ええ。その可能性はとても高いわ……」
ため息が出る。
これ以上ないくらいの大きなため息が。
旅行に危険が伴う。
そうわかっていて旅行に行く人間が果たしているだろうか?
確かに京都の価値は大だ。
でも、命を落す可能性があるのなら、また別の機会に訪れるということしたい。
命が何よりも大事だ。
どんな苦痛より、どんな快楽より、例え人生を大きく変えるほどの何かを犯しても優先すべき事。常識だ。
「とりあえず、今日事務所に泊まって芹真さんに聞いてみるよ」
「今日は泊まるの?」
「ああ。
ダメだった?」
「……別に」
「what?」
職員用トイレ。
そこでワルクスは1人、送られてきたメールの内容に軽く驚いていた。
そのメールの内容というのが――
『ボルトだよ。
今日、トキが事務所に泊まるから、打ち合わせは明日ね。
って、芹真さんが言ってた。
それじゃ。
追伸:ワルクスの分の夕食は私が食べておくから安心して♪
芹真事務所代表、ボルト・パルダン』
以上。
その手紙が芹真に持たせた携帯から送られてきたのだ。
(いきなりだな。
それにしても、まだメール打てんのか?
あのアホは……)
周囲に他人が居ないことを確認しつつ、手を洗ってトイレを出る。
日暮れの学校というものは実に静かだった。
外の微かなざわめきと校内に漂う静寂の晩景コントラスト。
静寂に浸った空間を染める空の紫と紅。夕陽を反射する雲。
それがまた何とも言えない哀愁を漂わせ、1人落ち着いて思考するのに打って付けの場所だとワルクスは思った。
ここは日本の学校。
血生臭い世界とは海を隔て、争いとは塀と敷地をもって離れている。
平和の為に世間を学ぶ場所は、当然ながら平和が充満していた。
微笑をかわす生徒達。
未来を創ってゆく大事な子供達。
苦悩しながらも生徒と向き合う教職員。
先駆者として語り、先輩として様々なことを伝えていく。
普段あまり意識しないが、ワルクス自身もその例外でないことを自覚した。
いくら人を殺めてこようが――
人並み以上に愚かであろうが――
いつか人は人に何かを伝えなければならない時がある。
我が子に。
弟子に。
望む者に。
向き合う者に……
(イージー携帯でも持たせてやるべきだろうか……)
頭の隅で考えつつ、ワルクスはここが学校であることを何度も自分に言い聞かせた。
断じて、血を見るようなことがあってはならない。
未来を育む子たちを守る。
それが学校。
だから――ソイツの存在が気に入らない。
「トウコツ」
そいつの存在は場違いもいいところだ。
トイレを出てすぐ、ヤツは左側に存在した。
「君はトキの周辺警護・観察をジャンヌに直接言われたのではなかったか?」
暗闇に紛れるよう階段踊り場の影から動かない。
そこに居るのは男。
逆立てられた髪、獣同然の目付き、露骨にぶらさげているナイフ。
四凶、トウコツ。
「ワルクス……アンタはどっちの人間だ?」
「私はどちらの“人間”でもない。
ただ1人の人間だ」
トウコツが暗闇から出てくる。
極限まで押さえ込まれた殺気の中に、僅かな戸惑いのようなものを感じた。
「聞き方が悪かったな。
あんたはどっちの“SR”だ……協会か?
それとも、芹真事務所か?」
「私は協会のSRであり、芹真とは酒を交わす間柄のSR。
協会にとっても、芹真事務所をうまくコントロールすることができれば色々と便利なのさ。
だから、私は芹真たちとのコンタクトを許されている」
「誰が許してんだ?
そんな話聞いたことねぇぞ?」
「会長から直に、だ」
歪む。
殺気が空間を歪め、
真実がトウコツの顔を歪め、
同じ協会に属する2人の関係を歪める。
だが、最初から2人は相容れぬ者同士だったことは両者共に自覚し、また周知の事実でもあった。
トウコツは完全・完璧のSRを嫌い、
ワルクスは四凶そのものを排除するよう、会長に直談判していた。
「そうかい……」
苦虫を噛み潰したような表情を見せたトウコツが冷静さを取り戻す。
歪んだ顔は徐々に落ち着いた雰囲気を取り戻した。
「その話は後でケリをつけるとしよう……
オレはアンタに質問しに来た」
「珍しいな?」
「アンタにとってあんま良い話じゃねぇ――ただよ……」
再びトウコツの殺気が大気を揺さぶる。
一瞬、ワルクスの目がトウコツの手に向いた。
義手……
「トキに関わることだ」
「何っ……?」
珍しくトウコツ相手に意表を突かれたワルクス。
戦闘でもここまで驚かされたことはない。
「オレはアイツともう1回戦らなきゃならねぇ。
取られた腕の分までやり返さなきゃ気がおさまらねぇ!」
「つまり、お前はその内トキに仕掛ける、ということか?」
「…………」
「違うのか?」
「トキと戦いたいのは私事だ。
いまは協会のSRとして言いに来たつもりだ」
「……そうか」
「“オレじゃない誰か”がトキに仕掛ける可能性があるんだよ」
その瞬間、ワルクスの頭にトウコツを含めた4人の顔が浮かぶ。
四凶。
「お前じゃないのは確かだな?」
「ジャンヌに言われているしな。
可能性があるとすれば、オレとトウテツを除いた2人……」
4人のうちの2人。
もしそれが、真実なら。
トウコツの話どおり、その2人のうちどちらかが仕掛けてくるとすれば、今、トウコツを含むトキの周辺警護をしている者達では太刀打ちできない。
力に差がありすぎるのだ。
「キュウキとコントンが!?」
突如、暗闇に響く第3の声。
2人の顔がその声主に向く。
スカート――女子生徒。
持ち物――火のついたタバコ。
ワルクスは理解した。
「アイン!
どうしてここに?」
「アイン?
お前が番犬のSR、ナグラか?」
両者の質問に彼女は答えず、階段の上で固まり続けていた。
2年3組、無所属のSR、奈倉愛院。
彼女の出現はどちらにとっても予想外だった。
そして、彼女にとってトウコツの話こそ予想外なものであった。
「トウコツ、お前から何とか言って止めろよ……!」
「オレは指図されるのが嫌いなんだよ。
それにキュウキとコントン。
今のオレにはどうしようもできない存在なんだぜ?」
「アイン……」
「それにケルベロス……テメェは、キュウキの姉御と仲良いって話聞いたぜ?
テメェで連絡取ればいいじゃねぇか」
卑しい笑い声が夕闇に響く。
ここに居るのが3人だけなのが救いだ。
「……」
「おい、トウコツ……」
「ワルクス、オレはいまケルベロスと話しているんだぜ?
またこの学校をぶっ壊す気か?」
「壊すことはなくても、一部が血で汚れる知れん」
沈黙が続いた。
誰も1歩も動かず、ただ時間ばかりが過ぎ、闇がその濃度を増していく。
「お願いだよ……」
静寂を彼女が破った。
階段を下り、2人のいる踊り場まで歩を進める。
「トキに手を出さないでくれ」
「お前は芹真事務所の人間でも何でもないだろ?」
「クラスメイトだ」
ワルクスはトウコツを睨み、トウコツは睨み返す。
横槍を受けたトウコツの目が再びアインに向く。
「そんなにこの学校が大事か?
何がそんなに大事なんだ!?」
「その辺にしておけトウコ――」
「やっと……
私がやっと手に入れた居場所なんだ。
何一つ欠いても困る。
我がままって思うだろうが、私にとってソレを守り続けることが生き甲斐なんだよ」
「そりゃまた、ぶっ壊し甲斐があるモンだな……
そんなつまらない理由でキュウキに連絡取れってのか?
ゴメンさらさらお断りだ」
「いい加減にしろ!」
「黙れよ、完璧もどき」
「仮にも彼女は私の教え子だ」
「だから何だ?」
「付け加えて貴様は不法侵入だ。
つまみ出すには十分な理由がある」
「そん中にイジメも入るのか?」
厭らしく笑う男。
沈黙を守る彼女。
教師の双拳が風を纏う。
「出て行け」
しかし、トウコツは再びアインに向き直り、話し始めた。
ワルクスに関する興味が無いわけではない。
が、今後の有益な関係を慮った、トウコツなりの考えがあった。
「じゃあ、ケルベロス。
取引でもしないか?」
「……何?」
「そっちの条件はキュウキの糞尼への連絡。
こっちは欲しい物がある」
「乗るなアイン」
「ケルベロス……お前の魔倉にパチモンたっぷりあるだろ?
その中に1つ、どうしても欲しい物がある。
聞いた話だとお前の魔倉に流れたらしいからな」
「そんな物でいいなら乗った」
「アイン……!」
四凶との取引でろくな結果を得た者は過去に1人も居ない。
すべてが仇になって返ってくる。
ワルクスはその事例を多く知っていた。
もちろん、アインも知らないわけではない。
「白金の方天画戟だ」
その回答にアインは頭を捻った。
「白金……だと?」
「そう、プラチナのな。
柄頭に剣の収まった、あの輝く方天画戟」
しかし、トウコツの言葉に彼女は戸惑っていた。
「ちょい待て!
私の手元にそんなものは無ぇぞ!」
「はぁ!?
無いはず無いだろ!
テメェの所に流れたって、そう聞いたぞコラッ!」
「持ってねぇよ!」
「じゃあ、キュウキとの連絡は諦めんのか?
オレは別に構わないが、お前が困るだけなんだぜ!?」
「別のじゃダメか!?」
「物にもよる!」
「もちろんパチモノだが、出来は中々良いヤツがある」
「刃物以外は受付ねぇっ」
「お前ら……
そういう取引は学外で……」
呆れ半分のワルクスを無視し、2人の話は即決という結末を迎えた。
「日本刀」
「鈍は却下!」
「雷切」
「おし、乗った!」
黒い生き物同士の取引が決定した。
同時刻――
「降ります!
ていうか降ろし……!
あ、いや、やっぱ降ろさないで――!」
日本海上空、地上10.999km
成層圏の1メートル下の対流圏ギリギリを4人は夜に向かって移動していた。
――5分前
芹真事務所の扉を通過した藍とトキを迎えたのは、芹真のコーヒーとボルトの無駄元気だった。
いつも通りの光景。
ただし、今日は珍しくドリップコーヒー。
2人がコーヒーを飲んでいる間、芹真は黙々と自分の部屋で外出の支度をし、ボルトは笑顔のまま2人を見守った。
先にコーヒーを飲み干したのはトキの方だった。
それと同時、芹真は自分の部屋から出て来る。
鞄を置きながらトキは服装の変化に気付いた。芹真がいつも着ている白のYシャツが、水色のYシャツになり、しっかりとその上に露骨にホルスターをぶら下げていた。
その姿から嫌な予感が漂ってならない……
「さて、藍。
久々にみんなで仕事だ。
そして、トキ。
初めて全員で赴く仕事だ」
ボルトは相変わらず笑顔のままソファに腰掛けていた。
どうやら既に準備を終えているらしい。
「仕事?」
トキは顔をしかめた。
当たり前といったら当たり前の反応。
そこでボルトが説明を始める。
「これからみんなでステルス船を占拠しに行くんだ」
コーヒーカップを空にし、藍が質問する。
「依頼人は?」
「シミネ マサトさんだよ〜」
「藍は知っているだろ?
現白州唯警察署の最高権力者だ」
今度はトキが、
「……芹真さん。
ステルス船ってのは?」
「警察であり協会のSRであるシミネからの依頼さ。
内容は、今日これから上空で行われるパーティーの阻止だ」
「パーティー?」
「武器密売とか〜
人身売買とか〜」
「相手はナイトメア?」
「ああ。
兵器の売り手は黒羽商会。
買い手はナイトメア武装派の使い。
多くの駒を引き連れているだろうな。
ステルス船なだけにレーダーにはかからない上、黒羽商会のゴーストによって通常時は目で見つけることも難しい」
「どうやって見つけるの?」
「オレ達には見える。
なぁ、ボルト!」
「うん!
私が皆に見えるようにするんだ!」
「ということだ。
さて、藍はブリッジを制圧してくれ」
「私は〜?」
「船の時はいつも同じ。
そうだろ?」
「あ、じゃあ、逃げないようにね」
「そう。
で、オレとトキで倉庫内を制圧する」
次々と決まってゆく話の流れにトキはいつも通り躓いていた。
中々言い出せない。
「正確に言うなら……」
芹真はテーブルまで移動し、そこにこれから乗り込む飛行艇の断面図を広げた。
3人も移動し、その図に目を落とす。
「ボルトは1人も逃げ出さないように外で見張っていろ。
藍はブリッジを制圧したのち遊撃。
オレとトキで倉庫内を制圧。それから全員に無線する」
「合流場所は?」
「ブリッジか機体の上ってことにしよう」
こうして、四の五の言わず……
そしてトキはろくな装備も無いまま、半ば強制的に出発するはめになった。
何故か?
混乱しているうちに流され続けて発言チャンスを全て棒に振ったからである。
周章狼狽していたトキが悪い、とボルトは言った。
そして現在、地上10.999kmの地点に至る。
移動手段はボルトの光撃魔術。
ボルトが全員の体を光で包み――相手を握りつぶすなり、意のままに動かして弄び、嬲り殺すための――その魔術によって空を飛ばしていた。
かなり危うい光に身を包み、半ば闇に染まった空を飛行艇を目指す芹真事務所の4人。
「芹真さん!」
「落ちたいならボルトに言え!」
とにかく風が強く、冷たく、そして高い。
目眩がするとか、体がすくむとか、気が遠のくとかそういうレベルじゃない。
いとも簡単に崩壊した『現実味』という概念からか、何故か……
「ありえねえぇぇっ!」
「高いトコ苦手か!?」
絶叫しつつ、なぜか顔は笑み。
心から笑っているのではない。置かれた状況と自身の心理を上手くかみ合わせて調和を取ろうという本能の試みだろう。引きつり気味に顔が笑みを模った。
とにかく、何の乗り物もなしに空を飛ぶことなど、常識的に考えてありえない以外の何物でもない。
「そうじゃなくて!
芹真さん、これって警察は協力しているんですか!?」
「1人もしない!」
「な、何で!?」
簡単に説明すると――
ナイトメアの活動活発に伴い、協会の実行部隊・執行部隊は東奔西走。
数日前、芹真は警察を訪問してある約束を取り付けた。
『ナイトメアの尽滅にオレ達も参加する。
だが、協会の指揮下に入るわけじゃない。
下手な支援・情報提供等、一切お断りだ』
故にこの仕事――実際は芹真事務所が自らナイトメアへ本格的に反抗の狼煙を上げる最初の戦いであり、また協会の態度を確かめようという試験的かつ挑発的な行動であった。
ついでにボルトに食い尽くされた非常食と、間違って処分された弾薬、トキがこれから携帯する銃器等の確保も目的に含まれていたりする。
だから、協会からは貴重な人材を1人も派遣しないのである。
それだけ協会の執行部隊は多忙なのだ。
「協会に弱みを握られたくないからさ!」
「みんな〜!
このまま成層圏界面まで昇るよ〜!」
移動方向が横から急激に斜め、そして上空へとその向きを変える。
行き先は高度約50kmの地点。
取引現場のステルス船。
「あ、トキのために言っておくけど、オゾンとか紫外線とか関係ないから〜!」
「え……何!?」
「何でもな〜い!」
「よし!
全員、準備しな!」
「……出来てる!」
「はいは〜い!」
「ちょ……っ!
芹真さん!」
不思議なことに、時速数百kmの中だというのにそれほどGを感じない。
車に乗って急発進した時くらいの圧力しか感じられなかった。
高速で映り行く景色の中、夜空の中に奇妙な光を見つけた。
カキ――ッ
(何だ?)
次第に大きさを増していく飛行艇。
黒くて大きい。
それが上空に留まっていた。
目的のステルス船が視界に入る。
(……警鐘?)
いつも危険か何かの直前に響く鐘――いや――時計の音。
どうしてか、いまの音は弱々しく、いつもと違う。
一瞬。
目に痛みが走る。
眼球が乾いたものだと思って、目蓋を閉じた。
その時、視界が白光に埋められていく。
(あれ……?
なん――)
そこは金属で出来た部屋だった。
周囲には多種にわたる箱。
砕けた銃器。
明日なき死体。
そこかしこに穿たれた弾痕。
申し訳程度の灯り。
砕けた非常灯。
足元を汚す飛び血。
とある壁に、2つの扉があった。
右に亀裂の扉
左に弾痕の扉
どこかで爆発が起きる。
それと同時に何かが自分に訴えた。
ひらけ――……
開け放て―ー!
足元が揺れる。
急かされるように右手のドアを選び、重たい扉を開く。
その先は、赤黒とオレンジの狂演。
それが視界を覆った時……――
――……トキの視界に夜空が戻った。
夕日の残していった僅かな光と弱々しい星明り。
淡い青に彩られ、黒に沈んだ少し早い夜空。
そんな中、芹真事務所一行は徐々に飛行艇へ迫っていた。
「ボルト!
オレ達は中央から行く!
1人も逃がすな!」
芹真が叫ぶ。
飛行艇の真下から上昇を続ける。
やがて迫る飛行艇の腹。大きい。
水面発着が可能な構造の水上飛行機。
船の機能と飛行機としての機能を兼ね備えた乗り物。
インカム越しにボルトの声が伝わる。
『いってらっしゃ〜い!』
上昇を止めたボルトは3人を見上げ、手を振った。
それでも芹真から指示があるまで操作をやめてはいけない。未だに3人を飛ばしているのはボルトなのだ。
上昇しながら芹真は急いである物を取り出す。
拳銃。
見たことのない……しかし、どこにでもありそうな拳銃だった。
「スピードダウン」
『了〜解!』
上昇速度が落ちても急激に縮まる飛行艇との距離。
このままでは船底と激突してしまう。
だから、芹真は右手に持った得物の銃口を向けた。
カンカンカンカン――ッ!
弾丸が放たれる。
その銃声はトキの予想を大きく外れるモノだった。
アルミ缶でも叩いたような銃声。
今まで聞いたこともない音。
より無機質な響きは実銃でなく、トイガンを連想させた。
凹む。
それでも――連射が続く――十数発の弾丸は飛行艇の船底に大きな、それこそ致命的に大きな窪みを作れるだけの威力を秘めていた。
綺麗な円形状に、奇妙な弾痕。
ヘコみがつくるサークル。
その中心は圧倒的な威力の前に亀裂を走らせていた。
「いいぞ、藍!」
次に動いたのは鬼の彼女だった。
トキたちはすでに亀裂の目前に達していた。が、現時点で激突は必至。
だから彼女の出番なのだ。
「理壊双焔破界」
両の手に現れる金棒。
炎を纏った金属の肌が船底を焼き溶かし、船底を吹き飛ばす。
こじ開ける鉄の腹。
金切音と上空の風が耳に痛い。
力と質量のぶつかり合いが生む結果。
耳ざわりな音と、金属摩擦による火の粉、破片。
芹真が歪めた船底を、更に藍がこじ開けた。
(通った!?)
「――んだっ!?」
「敵襲!」
「すぐ伝えろ!」
「包めボルト!」
硬い床に足が着く。
だが、芹真たちが立っている場所はあくまで虚空。
ボルトがステルス船全体を光のベールで包み――その内側――光の上に芹真たちは立っているのだ。
一瞬、足元の夜闇に目がくらむ。
トキは芹真に服の後を掴まれながら、船内のそいつらに顔を晒す。
その隣では藍が周囲の状況を確認していた。
芹真の手から解放され、床に足をつける。
藍も芹真も穴の上から床の上へ移動する。2歩。
だが、これ以上は進めない。
こちらに向いた銃口が自然と足を止めた。
どうやらここは貨物室らしい。
無数のコンテナが壁際や中央に積まれ、蓋を開けられたり、腰掛とされたり、テーブルの代わりとされ、そこかしこにその姿を見せていた。
軽く周章狼狽するトキの横で芹真は――
「ど〜も、芹真事務所です!
この船を墜としに来ました!」
……早くも喧嘩を売っていた。
凶は海の上を早足で歩き、日本を目指していた。
(早く会ってみたい!)
いま、世界に2人しかいないというSRの持ち主……
色世トキと、そのSRという力に。