第21話-Lighttack-
「サブタイトルの少し仕様が変わりました〜Zzz……」
「お客さん、昨日から寝てますよ! そろそろソコどいてください!
掃除できませんけど!
っていうか、これから出前もあるんですからいい加減に退いて下さいよ!」
改装中の店の前。
パイロンは屋台で寝続ける迷惑客を起こすことに必死だった。
ワケのわからない寝言を言い放つ客を必死に起こそうとしたものの、結局惨敗だったという……――
少し早い夏休みに入っている学校がある。
時間に余裕をもつ会社員達が居る。
人生の残りを気ままに過ごす老人もここを訪れる。
そんな、数こそ少ないが様々な人間の集まったカフェ。
地上数階の高さにあるオープンカフェで、4つの人影を除いて他の客は全て消えてしまった。
それは2人の共通意志による出来事。
関係の無い人間を巻き込まないという意志、信念。
ボルトの指に光が集い、灯り、一瞬後に放たれる。
黒い帽子の少年はそれに対応する。 光速で迫る魔法を躱し、左手を横薙に振った。
トキはその流麗かつ手馴れた反行に脅威を覚えた。
奇襲を仕掛けたボルトに感付き、躊躇わない反撃。
今の自分には到底出来ない行動である。それを、小学生ほどの身長しかない子供が易々とやってのけるという光景。
そして、躊躇無く仕掛けていくボルトには恐怖を抱いた。
テーブルが吹き飛び、自販機が熔解。
足場の表層は剥がれ、フェンスが歪む。
それが、たった2度の衝突によってもたらされた被害。
「すっご〜い!
それ、どうやってるの〜!?」
「……どうでもいいじゃん」
ボルトは足を止め、崩れた足元の破片を光で包み、銃弾の代用とした。
複数個の弾丸コンクリートを前に、やはり少年は落ち着いた対応を見せる。 かざした右手を目前に、弾丸は虚空で制止する。
次に少年の反撃。
ボルトが飛ばした破片を更に細かく砕いて撃ち返した。
「落下光跡〜!」
対してボルトも易々と……
余裕を持って対処し、飛来する破片を完全に消す。
光に飲み込まれた破片が蒸発し、地面を黒く黒く焼いた。
空から降り注いだ光を見ても少年に動揺はない。
逆にトキはド肝を抜かれていた。
そんなトキの背後に彼女は立って二人の戦いを見ていた。
2度、路上でであったあの銀髪紅眼の少女。
「……同じくらいだ」
再び、2人の力がぶつかる。
パラソルやイスは倒れ、カウンターのショーケースが砕ける。
次々と周囲の物という物を乱暴に押し飛ばしてゆく。
そんな嵐のような根源である2人を、トキらは静かに見守った。
Second Real/Virtual
-第21話-
-Lighttack/妙って言うレベルじゃない子供対戦!-
「落下光跡!
絨毯ヴァ〜ジョン!」
「……うざい」
無数の細い光の乱射が地面を削っていった。
光撃の雨の中、少年は踊るように回避を続ける。
真上からの光も、斜め上からの光も、ボルト自身から放たれる光も、全て当たらない。
全て躱わしているわけではない。数本防御して直撃を避けていた。
それでも、ダメージが一切無いことに変わりは無い。
光の雨と言って過言でないボルトの光撃。
光の束を相手に落とすことによって、射殺あるいは消滅させる殺傷力抜群の魔法、落下光跡。しかも、光速で落ちてくるため、常人に回避することは不可能。
そんな光の雨を、少年と観戦者2人は必死に避けていた。
「ちょっ、ボ……!」
全てを言い切るより先に、タイムリーダーが自動的に発動していた。
まずは生き残る。
いまのボルトの眼に、トキは映っていない。
つまり、巻き添え必死の、完全予想外。
目の前の相手に固執し過ぎるボルトは、トキへの被害などこれっぽっちも考えていなかったのだ。
しかし――
(死ねるかっ!)
トキにはタイムリーダーがあった。
スローモーションで動く世界の中で、トキは空を見上げ、光撃の軌道を見切り、安全地帯へと向かって回避と移動を繰り返す。
注意すべきは上からの光撃ではなく、ボルトが放つ、横薙ぎの光撃。
1度首を刎ねられそうになりながらも何とか屋上の隅っこまで避難完了。
ココなら光撃は届かない――横薙ぎ以外なら――安全圏である。
「遅……」
光撃の範囲内から安全圏へと逃れてきたトキにかけられた第一声がそれだった。
銀髪紅眼の少女。
自分と同じ、タイムリーダー。
ただし……
「え?」
「…………遅いんだね」
彼女はトキの遥か上を行く存在だった。
レベルが違う。
技量が違う。
何が違う?
何が違ってそんな差がでるのか。
どうすれば、他人に負けないのか。
一瞬の思考は途切れ、次に思い出したかのようにトキは思わず聞いた。
「オレ達がこんな風になったのはあんた達の所為なのか?」
ほぼ初対面。
それでもトキは聞いた。
初対面だろうがそうでなかろうが関係ない。それほど重大な現実が進んでいるのだ。
性別が転換してしまったこの世界。
それはトキが知る通常の世界ではない。
気付いていない者達にとって、それが当たり前の世界。
だが、トキとボルトはそれに気付いた。
誰もが疑問を抱かないのなら然程問題は無いだろう。何故ならそれは、現実に疑問を抱かない問い事。それはつまり通常で当たり前なのだから。
だからこそ、問題がある。
1人でもその異変に気付いた時点で問題があるのだ。
「……」
言葉では何も伝わらない。が、その動作で、トキの考えが正しいと判明した。
頷くよりも口答して欲しかったが、些細な違いだ。
「どうしてここに来た?」
「夕陽」
「……――え?」
大抵、物事には原因と結果、理由と道理が付きまとう。
核心にあるものが何なのか。
それが重要。
なのだが……
トキは我が耳を疑った。
ボルトは確かに言っていた。『同じ世界を纏っている』と。
話が繋がらない。
なぜ、依頼人の名前が突如として出てくるのか。
銀髪紅眼の少女が嘘をついているようには見えなかった。
「龍恵、探してる」
「リュウエって、あの子?」
2人の眼がボルトと戦う彼に向いた。
彼女は頷く。
彼が、歌城華晴龍恵である。
「探してるって、何――?」
同じ頃、2人の戦いに優劣の差が現れ始めた。
光撃を続けるボルトに、龍恵の反撃が決まる。
「あぅっ!」
鈍い衝撃。
震える大気。
見えない圧力がボルトの体を上空へと打ち上げた。
それでも光撃は続く。
が、当たらない。命中精度は格段に落ちていた。
空中であがくボルトを更に上空へと打ち上げる。
「トキぃ〜! 頑張って生き残って〜!」
「え!?」
「光黎一火!」
ボルトの抵抗は続いた。
特大の光の束が上空から降り注ぐ。
もちろん、回避など間に合うはずがない。
衝撃と閃光。
振動と大気の逆流。
その一撃で、建物が崩壊を始める。
(生き残れって……無理!)
傾く足場、建物。
中央に大穴を穿たれ、四方に崩れていく建物。
そんな状況下でどうやって生き残れというのか。
必死に地面にへばりつくトキの真横で――大丈夫――彼女は言った。
一瞬浮かぶ疑問。
その直後、新たな異変が始まった。
疑問はすぐに頭の隅に追いやられ、感覚が通常状態に戻る。
重力による拘束が始まり、そこから様々な情報が交錯、トキは恐怖に包まれた。
置かれた環境、周囲の危険なモノ。
落下スピード、落ちたらどうなるか。
死。
死にたくない。
終わる、コレまでの人生が……
そして、落下は始まり――
しかし同時、崩落が止まる。
「え?」
視覚よりも感覚の方が先にその異変に気付いた。
増加する重圧感、落下への予感。
自然の法則が、突如として“止まった/破られた”のである。
「止めた」
伏せ続けるトキに声がかかる。
顔をあげたトキの目に、何事もなかったかのように2人の戦いに目を戻す彼女が映った。
「止めた?」
上半身を起こし、その言葉の意味を知る。
崩壊が嘘のように止まっているのだ。
傾く足場から下の方に目を向けると、落下中の破片や下で逃げ戸惑う人々も完全に停止していた。
コンクリートも、ガラスも、金属も。
逃げる人、叫ぶ人、諦める人、伝える人……
無差別に……そう、全てが止まった。
「光万夢致ぃ〜!」
やはり4人を除いて。
上空で絶叫マシーンの如く上下に振られるボルトは、さらなる乱射光撃に出た。
空中の様々な場所から、様々な角度、あらゆる方向へ浴びせられる無数の光線。
ガラスを溶かし、コンクリートを砕き、
車は燃え、ビルの一角を消し飛ばす。
体を切り裂き、また貫き、消滅を振り撒く、
見るも無残な破壊の雨あられ。
街の一角を削り、破壊していく光の乱射、そして連射。
観戦者2人は再び回避行動に移った。
落下光跡よりも数が多くて光の束、一つ一つが粗く太い。
故に避けにくい。
眼で直視することも難しかった。
そして、避けたところで床を破壊され、足場を失う。
「こっち……」
タイムリーダーで必死に足場を探す最中、彼女はトキと同じ時間の中に入ってきた。
同じ時間感覚。
通常に伝わる声がその証だった。
早くて聞き取れないわけでも、遅くて理解できないわけでもない。
ただ、通常の声。
(これが、この娘のタイムリーダー)
他人の時間に同調する力。
トキはその娘に導かれて隣のビルを目指した。
崩れた建物の残骸を足場に、少しずつ移動する。
幸いにも隣のビルまで5メートルほどの距離しかなかったため、苦もなく移動することが出来た。
完全停止した世界。
その中で、ボルトと龍恵は動き、トキと銀髪紅眼の少女は更に高速で動いた。
2人の戦いは呆気ない終わりを迎える。
乱射光撃を続けるボルト。
光の魔女に龍恵は言った。
「人を巻き込まないって、そんな気あるの?」
同時、空中で逆さまになっているボルトの両手が白銀の光輝を放つ。
いままでにないほど明るい光。
眩しくて、強大。そして、最悪と言っていいほどの殺気……
「天光石火ぁ!」
両腕を力の限り真横に開き、高速で内側へと振りぬく。
そんな彼女の動作を見て、龍恵はボルトを操作することを放棄し、防御姿勢を整えた。
直後――空中で爆炎の連鎖が始まる。
何の前触れもなしに爆発は起こった。
龍恵が爆炎に包まれ、その背後のオフィルビルも爆発に飲まれていく。
まだ、爆鎖は止まらない。ビル1つの上部を粉微塵にし、その後ろのビルを次々と飲み込んでいく。
衝撃波の連続。
鼓膜に訴えてくるような轟音。
圧倒的な破壊力。
地上に降り注ぐ破片。
少女はそれを止めた。
残骸の雨がタイムリーダーによって、その活動を完全に止められる。
「ちょっ……!
やり過ぎやり過ぎ!」
心配に次ぐ心配。
芹真さんは手荒なことはするなと言っていたのに。
トキは少年の生死さえわからぬまま爆風にバランスを崩される。
「大丈夫みたい」
戦いを見上げる2人。
空中で一呼吸おくボルト。不可視の力による拘束を解かれ、空中で体勢を正す。
そんなボルトに龍恵は仕掛けた。
ボルトが油断したその一瞬。
龍恵は爆発の中から飛び出した。
爆炎の中から高速で距離をつめ、ボルトがアクションを起こす前に、
ピシッ!
デコピン。
それがボルトの広いおデコに炸裂。
間もなく、光撃が嘘のように止んだ。
正直……
トキも龍恵も、何故ボルトが仕掛けていったのか……
または仕掛けてきたのか理解できなかった。
膨れっ面のボルトと向かい合うように目的の少年――歌城華晴 龍恵くん――はイスに腰を掛けた。
トキの左側にボルト、向かい側に銀髪紅眼少女、右側に龍恵。
「すごい……全部元通りだ」
ボルトが膨れる横でトキは驚くばかりだった。
2人の戦闘終了直後、タイムリーダーの少女:ギン・ラシュライズ。彼女は己が持つ力を使い、世界全ての時間を10分前まで巻き戻した。
瓦解しかけた建物。
破壊された数々の物、者、モノ。
イスもテーブルも地面も、屋上の出入り口も、オフィルビルも……
何もかもが破壊される前の状態に戻った。
有り難いことに、学校指定のジャージの汚れなども綺麗に消えていた。
「負けてないモン!」
と、未だに駄々をこねるボルト。
しかし、その手はしっかりとポテトを摘んで離さない。そして、頬張る。
全て元通りになったオープンカフェで4人は何事も無かったかのようにメニューを手元に会話を続けた。
トキはミネラルウォーター。
龍恵はグレープジュース(100%還元)。
ギンはコーヒー(頼んだだけ)。
ボルトは、アイスティー、フライドポテト、リンゴパイ、サラダサンド、アップルジュース(果汁20%)、から揚げ、ホットドッグ……etc、とにかく飲食によりストレスを解消しようという試みらしい。
「とりあえず、僕らがこの世界に来たせいで性別が転換した。
それで間違いないんだね?」
気だるそうに龍恵はトキとボルトに質問した。
この異変に気付いているのはこの2人だけであり、それを解決するために2人はここに居るのだ。
気を取り直したトキは頷く。
「で、僕を探してくれって頼まれたんだ?」
「ああ、心配してるかもしれないから早く――」
「どうでもいいよ」
良くないよ!
「僕は探し物があって色んな場所を行き来しているんだ。
この世界が初めてって訳じゃない」
「探し物?」
ボルトは喰らい続け、ギンは時折頷いてリアクションを取る。
質問は専らトキ。
ボルトには手伝う気がないのだろう。
「たぶん、僕のことあまり聞かされていないね。
姿・格好、外見的特長だけしか聞いていないでしょ?」
長い長い髪の房をいじりながら龍恵は聞いてきた。
確かに、トキとボルトが夕陽という少女から得た情報はそれだけだ。
「夕陽は何も知らないから“連れ戻せ”なんて言えるんだよ」
「とりあえず、彼女に会って事情を説明すれば?
そうすれば、一緒に探すのを手伝ってくれるんじゃ……」
「どうでもいいよ」
「……はぐらかした」
「ど、どうでもいいって……夕陽ちゃんは君のこと心配してたよ?
それに、何を探しているのか芹真さんに頼んでみれば?
きっと探してくれると思うし」
「探しているモノはもう少しで手に入るハズだからいいよ。
ここにいることに意味がある」
「君が探しているモノは、物なのかい?」
「力の残流」
いきなり質疑応答の中にギンが加入した。
探しているものが、『物』なのか『者』なのか『モノ』なのか……
彼女の言葉から『モノ』だということは辛うじてわかった。
「残留?」
「トキ、残りカスじゃなくて、残り溢れた流れの残流だよ」
出ました、始まりました勝手に読心術。
お陰で正しく情報が伝わるのだが……
正直、頭の中見透かされるってのは気持ちの良いものじゃない。
「だから、ここに留まっているんでしょ?」
トキだけに留まらず、ギン、そして龍恵へと読心術は移りゆく。
ギンはわずか頷き、龍恵はしっかりと肯定。
「昨日の夜、預言者に言われたからココにいる」
「預言者?」
「え〜!
ディマは預言者じゃないよ〜!?」
これだから読心術は困る。
と、本気でトキは思った。
「とにかく、黒ずくめの男の人だよ」
「彼女……じゃなくて彼に遭ったの?」
「この世界に来たらいきなり目の前に現れてさ。
ちょっと話をしたら、ここにくれば欲しいモノが手に入るかもしれない、ってね」
「“かも”で来ちゃったの?
ディマは嘘つくこと多いんだよ〜?」
批判。
肯定。
適当。
はたして一般人多数のこの場所で、大声で話していい内容なのだろうか……
しかし、物事は連続的且つ突発的に起こることがある。
それぞれの言葉が飛び交っていくうちに、龍恵少年の態度に変化が現れた。
同時にギン、そしてボルトまでもが同じ反応を見せて――
3人揃ってトキへと目を向ける。
「え、何?」
「うわ〜」
「いや、ボルト。うわ〜、じゃなくて……
何?
何か付いてる?」
自分の体を見回しつつ、学校指定のジャージでこの時間帯からこの当たりをうろついている自分に向けられる視線の痛さに気付く。
が、学校指定のジャージでこの場にいるというだけで、別に何かが付いているわけではない。
「へぇ〜、ホントにこぼれてる……」
いや、君。
なに頷いているんだ?
というより、何がこぼれているわけ?
「……たっぷり」
ちょっ……!
何?
本格的に何がこぼれているわけ!?
ジュース!?
まさか……全然こぼれてないし……
……え、その視線、まさかまだこぼれてる?
流石にトキは戸惑いを隠せなくなってきた。
「力の残流って、トキの中からだったんだ〜」
「これだけ……カナ並にこぼれるほどの力の持ち主久々見たよ」
「……大量、大量」
「――…………」
オレ?
ん? 聞き間違いかな?
ナニ言ッテルンダ、コノ子供タチハ……
虚しさ+悲しみ+このスカ喰らったような、遅れを取ったような感覚。
なぜ自分なのかを頭の隅で考えつつ、この子らには一体何が見えているのやら……
「これだけ流れているんなら、いくらか貰ってもいいよね?」
何を貰う気だ?
力の残流?
もう、なんにも耳に入りません……というか入れたくない。
結局、どういう状況で――
結局解決なのかどうかもわからず――
どんなリアクション取ればいいのか困るような――
とにかく、一般的な学生であることを少なからず自覚しているトキにとって、帰路で前方を歩いている子供(×2)の現実とは思えないような……
でもSRという存在を知っているからそれがリアルな話だって否定できない自分が居たり居なかったり……
早い話、トキにとって、事務所への帰路が最も精神的にキツかったのだ。
何故ならボルトという太陽並の魔法使いと、龍恵という名の1つの小宇宙のような全能らしい魔法使い(?)の会話は常人の理解を超えた会話であり、理解が及ばないとか常識として扱わないことを常識的に扱ったり……正直にいうなら、カオスとしか思えない内容だったのだ。
でも、その話は現実。
何故ならトキもボルトも、この世界に来た龍恵もギンも、一般人とは違う。
特別な力を持って、それでも一般人と同じ世界に生きる。
相違点は少ないが、その僅かな違いの内容は濃く、やはり一般人と同一視できないところがあった。
「で、結局トキがダウンか……」
優雅に紅茶を啜りながらソファで横になっているトキ。
見事、子供の言葉でダウンを奪われたおと――女の子。
その向かいのソファでは小さな依頼人が静かに寝息を立てて寝ていた。
その他にも事務所にはお馴染みのメンバー+呪術師がいた。
「ねぇ、トキ。
クワニーさんから本場のダージリンティー貰ったんだけど飲まない?」
「飲みません……」
貰ったお茶を掲げてみせる芹真さん。
とにかく今はゆっくりしたい。
カフェインは遠慮します。
まさか、昼前からこんなにも疲れるとは思っていなかったんだ。
「トキちゃん!
黄金炸油角つくってみたんだ! 食べない!?」
これはこれで怖い、パイロン女性バージョン!
軍帽被ったチャイナ娘になっっちゃってる!
爆発的テンションはいまだ健在!
そして芹真さんを慕っているらしい面も、怪しい方面に傾きつつあるが健在!
「人の差し入れを断れるほどの勇気は付いたらしいわね」
だが、パイロンを上回る奴がいた。
まるで蛇のように絡んでくるクワニー(♀)。
紫色の髪が不気味だ。
さすがにトキは逃げた。
ソファからボルトの横まで。それはもう、ゴキブリのように。
「どうでもいいけど、この娘どうしたの?」
クワニーの眼が依頼人である夕陽をロックオン。
一瞬、龍恵の目が厳しくなる。
そんな龍恵を気にもとめず、クワニーは勝手に夕陽の体を操作、器用に目蓋を持ち上げて眼の中を覗き込んだ。
さすが呪術師。
マリオネットのように彼女の体を起こして閉じた目蓋を強制解放。
はたから見れば拷問しているようにも見えなくはない。
「どうしたのかしら?」
「わかんな〜い……」
「…………」
「…………」
沈黙が続く。
芹真さんも、ボルトもパイロンも、クエスチョンマークを頭に浮かべてクワニーの行動を見守った。
クワニーは夕陽の中に何かを見つけている。
それは芹真さんにもボルトにも理解できない何か。
もちろん、そんなものがトキやパイロンに理解できるはずがない。
「神か……悪魔とでも契約したの?
そうでもしなきゃ、これほど難解な呪いにかかる事なんて出来ないわ」
「え――神?」
「この娘、どんな理由があって呪われているのかしら?」
夕陽の目を覗きながらクワニーは聞く。
少なくとも龍恵たちは知っているだろう。そう踏まえて聞いたのだ。
こんな時に言うのも何だけど……
――クワニー、普段のイメージが紳士気取りっぽいからキモいよ。やめて、女性口調。
しかし、クワニーの解説はお構いなしに続いた。
「こんな太古の呪術を使っているなんて……呪いかけた人はシーラカンスか何か?
とても現代人が使えるような呪術じゃないわね」
「まぁ、ちょっとした事故で」
「……またはぐらかした」
「もし、この呪いを解きたいなら、正攻法でいくしかないわ……糸状の巧妙に意義の崩壊因子が織り交ぜられている。
それより、こんなの解こうとする人いるのかしら?」
あんたのすぐ隣に居るよ。
なぁ、龍恵くん。
わかっていながら敢えて聞いたクワニーはため息をついた。
「まぁ、私には無理だけどね」
諦めやがった……
あんた本当に呪術師なのかよ。
呪いはあんたの得意科目だろ。
するとボルトが、読心術と共に分かり易いようで少しややこしい例題を挙げた。
「ねぇ、トキ。
どんなに大好物でも、半径500kmのアイスクリームを1週間で食べきれると思う〜?」
「……考えるまでもなく、無理だろ?」
「でしょ?
その娘たち、それに近い状態なんだ〜。
四の五の言っていられない」
「……まぁ、な」
「残り4.5」
もうツッコマナイことにしよう。
とにかく、彼らには時間が残されていないということは理解できた。
呪い、残り時間、力の残流、解き方。
いくら鈍いトキでも状況は把握できる。
クワニーの話が事実なら、依頼人の夕陽は呪いにかかっている。それを龍恵は解こうと方法を集めるため世界を行き来しているのだ。
「じゃあ、少なからず成果はあったんで、帰ります」
「え!?
帰るの!?」
何故ボルトが驚く?
「だって、迷惑なんだろ?」
はい。
何てたって、性別が転換しちゃってるし……
芹真さんやパイロン、特にクワニーなんて見るに耐えないし……
「それじゃ」
言うが早いか、龍恵は事務所のドアを潜り出て行く。
その後をギンが物静かについてく。
ペコリと軽く頭を下げて事務所を出て行った。
トキの目は自然とボルトに向き、ボルトの目もトキに向いた。
「きっと目が覚めれば元に戻っているさ」
2人のやり取りに疑問を浮かべる3人。
その中でクワニーは早急に撤退することを宣言。実行。
トキは改めて時間を確認。
11時半前。
まだ実践術部には間に合う。
こうしてトキは学校へと向かった。
パイロンも芹真との会話をひとしきり楽しんだ後、岡持ち片手に元気に退却。
芹真事務所にはいつも通りの風景が流れた。
ボルトはソファでお昼寝。
芹真さんは新聞に目を落としつつ、時折かかってくる電話の相手をして1日を過ごした。
結局、性別が元通りになっていたのは次の日になってからだった。
ねぇ、トキ。
トキはあの子たちをどう感じた?
私は、最初すごく変な子たちだなって思ったけど……
でも、考えてみれば、私も結構ヘンなんだね。
トキは初めて異世界の人に触れてどうだった?
何か変わったと思う?
初めて自分と同じで、自分より強い力の持ち主に会えてどうだった?
わたしはとっても新鮮で、でも負けたことが悔しかったな。
信じられないでしょ?
いきなり異世界から来たなんて、私でも最初は信じなかったもん。
でもね、世界は決して一本の道じゃないんだよ。
私はその言葉の意味を知らなかった。
少ししてからそれは間違いだって思えたけど……
今日のあの子たちのように、別の方向時間角帯から来る力を持った者達に学んだの。
夢を果たせた自分と、果たせなかった自分。
果たせたものの納得いかぬまま生きていく自分。
果たせなかったが、それでも胸を張って生きていける自分。
この世に様々な自分が統一して存在しているんじゃないよ。
可能性の分だけ自分がいるんだよ。
元を辿れば1人のオリジナルに辿り着くのかな?
チャンスがあったら一緒に試してみたいね……
…………
……ゴメン
今は、ちょっと無理みたい。
トキさえよければ、今日のお昼から行くことも出来たけど……
『私が、私に戻る』
それで行けないんだ。
きっと私、今日あそこに居ちゃいけなかったんだ。
ゴメンね。
もう、思うことしか出来なくなっている……
本当は、原因はトキ。 なんだろうけど、私はトキが原因だとは思っていない。
みんなの言うことちゃんと聞かない私が悪いんだ。
せめて皆に安全な所まで逃げて欲しかったけど、私が私のことを思い出した時から酷いことばっかり思いついちゃって、それが出来なかったんだ。
たぶん、いっぱい迷惑かける……
その時は、ディマにお願い。
いまこうして思うことも難しくなってきたから、一言だけ残すね。
「ただいま。お姉ちゃん」
いまの私を止めることができるかどうか、わからない。
けど、彼女が私を止めに来ることは間違いない。
だから――…………
落ちて行く目蓋。
次に目が覚めたら、自分は死んでいるのだろうか?
それが唯一の不安。
しかし、その不安に打ち勝つだけの要素はある。
色世 時。
彼が居れば、死にすら勝てる。
トキの本当のSRに気付いている彼女は一抹の不安と共に、一度の眠りに落ちた。