表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Second Real/Virtual  作者:
21/72

第20話-世界の一部が反転した時-


 もう1度言おう。


 事故とは、予測できないから事故である。


 だが、予兆はある。


 しかし、見逃しやすい。


 そして今回、トキは予兆に触れることができなかった。

 予兆を見つけたSRも何人かいた。


 トキが予兆を見逃した理由は、ただ単に寝ていたからである。




 それは、この世界の証明。


 前に誰かが話していた、この世界の特殊性。



『あらゆる可能性にリンクして、様々な未来が常に覗ける立場にある』



 それは可能性。

 それは選択肢。

 選ばれた未来、選ばれなかった未来。

 見える範囲で選んだ世界。

 見えない場所で選ばれた世界。


 多くの顔を持ち、且つどんな未来へでもいける世界。



「だから、この世界は異世界へジャンプしやすい特性を持っているんだよ〜!

 またその逆も然りでさ〜!」



 芹真事務所と知り合って4日目の夜。

 光の魔女はトキにそう教えた。

 だが、トキの頭は混乱し続けていたため、その内容をゴマ粒程も覚えていない。






 起床から1日が始まることは人間皆共通する。


 ただ、その起床の時間に少し違いがある。

 一般的に、1日の始まりは朝からである。中には昼から始まるという人もいるし、夜から活動を開始する人だっていなくはない。


 だが、常識的で一般的な高校生の1日の始まりは、やはり朝である。

 そしてトキも、SRセカンドリアルの力を抜いて言えば、一般的な高校生の1人である。

 1日の始まりは朝から。


 今日は実践術部の集まりがある。

 学校が始まるのは明後日だが、その前準備ということで……出ておけば得するらしいので、強制参加ではないが参加しようとトキは心に決めていた。


 連絡を受けたのは朝の3時。

 メールが一挙、7通も届き、その内容全てが実践術部への参加に関するものだった。


 担任の登竜寺 蓮雅先生から2通。

 単位がやばいから、少しでも役立つ技術を身につけたほうがいいという内容と、脅迫と取れなくもないような手痛い現実通知。


 それから同じ実践術部のコウボウ、崎島さん、エロティカ。

 さらに、クラスの居眠り魔:樋口四式ヒグチ ヨシキ、反則魔:隅田幸平スダ コウヘイ


 前半の3人からは一緒に出ようという誘い。

 後半2人はサボるからヨロシクと。人を何だと思っているのだか……


 朝早くからメールを確認して再び夢の中へ。

 そして現在起床。


 AM07:05



「……――」



 目を覚ましてすぐ、視界に飛び込んだものは見慣れたはずの自分の部屋の天井。


 上半身を起こして軽く頬を掻く。

 疲労はなし。

 体調だけ言うなら快調な出だしの朝。


 ただ……



「……ん?」



 再びトキは周囲を見回す。


 見慣れた自分の部屋。

 いつも通りの部屋模様。


 だが、何か違って見えた。



「あれ――?」



 気のせいかと頭を振って伸びをする。

 小気味よい関節の軋む音が体中から響く。


 よく見れば、いつもと何ら変わらない光景。

 机の位置も、タンスの模様も、ベッドの向き、窓、カーテン、本棚……etc

 何一つ変わっているわけでなく、見慣れたいつも通りの姿を見せていた。


 ベッドから降り――微か過ぎる違和感に気付かない――ドアへと歩き出す。


 明確な違和感に見舞われたのは、ドアノブを捻り、外の廊下に1歩踏み出した瞬間だった。



「――うん?」



 2度目の違和感。

 しかし、ベッドの上より明確に何かが違っていると感じたが、やはり何が違うのか分からない。


 トキはその場で再び周囲を見回した。


 見慣れた廊下。

 階段。

 手すり。


 1歩ずつ、慎重に階段を降りていく。


 照明器具。

 壁。

 天井。

 壁に掛けられた小さな絵。

 廊下や階段。


 1階に下りて更に違和感は膨れ上がっていた。


 何か違うわけでもない。

 が、確実におかしい。


 何に対してそう感じているのか全く分からない。



(……なに?)



 軽く頭を掻く。

 困ったことに原因が分からず、そして違和感は更に増した。


 自分が何に対して違和感を感じているのか。

 それを知る術の前に、何に対して違和感を感じているのかすら分からない時点で対処法が思いつくわけない。

 途方に暮れるとはこのことか、と頭の隅で考えつつ……



(とりあえず顔でも洗ってこよう……)



 寝惚けた頭では違和感の正体に辿り着ける気がしない。

 トキは洗顔タオルの補充がてら洗面所に向かった。


 そこでトキは、違和感の正体に気付いた。


 なぜ、見慣れたはずの部屋に違和感を感じるのか?

 なぜ、変わり映えの無い光景がいつもと違って見えるのか?


 洗面所で初めて気付いた。



「はれ?」



 最初は混乱した。

 混乱を覚ますために急いで顔を洗い、もう1度確認する。


 鏡に映る自分の顔。


 が、何故か見たこともない変形を遂げていた。



「え?

 オレ?」



 彼は幸運だったのかもしれない。

 大抵の者はその異変に気付かず『いつもと変わらない』と、異常が起きている真っ只中を何の疑問も抱かず普段どおり過ごす。


 その異変には気付かない、気付けない。

 時には性格にまで影響を及ぼす場合もある。


 どんな者だろうとこの異変から逃れることは出来なかった。

 それはSRであろうと例外ではない。

 全世界でわずか数人は異変の前兆に気付いたが、抗うことが出来なかった。


 SR協会会長も。

 ナイトメアのリーダー達も。

 クリーニング店店長のヴィラ・ホート・ディマも。


 皆例外なくその異変に飲み込まれていた。


 しかし、トキはその中で特殊な存在だった。

 異変に飲み込まれていながら、変化前の記憶と意識をしっかり保持している。


 自分は、元が何だったのか。


 大抵はそれをも忘れてしまう。

 それも含めて異変なのだ。


 よって。

 この異変でトキは男から――










 Second Real/Virtual


  -第20話-


 -世界の一部が反転した時-










 女になっていたことにトキは驚き、困惑し、それでも何とか冷静を取り戻すことが出来た。


 最初に頭に考えたことは、



(え?

 何だコレ?

 コレもナイトメアの仕業……!?)



 すぐにナイトメアの仕業かどうかという真偽を確かめようとした、その前に、不法侵入――というか不法親友が……



「トキぃ〜

 いる〜?」



 いつの間にか上がりこんでいた――こ、コウボウなのか、コイツは?――友人の姿が鏡の隅に映る。

 直感が彼だと告げるものの、どうにも信じがたい。

 何せ、直感は男のコウボウを知らせるのに、目に飛び込んだその容姿は完膚なきまで女性なのである。

 強いて言うなら、肌の色がコウボウのそれであったから。



「え、ああ、ココに!

 寝惚けてない!」



 聞き慣れない自分の声。

 頭で再生しろと命令した言葉。

 今までの自分の声と、現在のそうでない声。

 声まで女性のモノになっていた。


 その差に驚き、また戸惑……


 慌てて玄関に向かい、更に驚いた。



「朝早くから悪いな」



 玄関にたたずむ3つの影。

 最初に声をかけてきたのは、崎島さん。


 ただし、“男”ヴァ〜ジョン!

 やべ、かっこいい……



「上がってていいかな?

 って、私はもうあがってるけど」



 再びコウボウ(♀)。

 褐色の女子高生め……



「ああ、上がれ」


「トキコちゃんは男っぽい……」



 それまで静かにしていた――たぶん、エロティカ――が口を開いた。

 あの存在がセクハラ的な奴が、随分大人しくなったもんだ……って、


 いま、何て呼んだ?



「お邪魔するぞ、トキコ」



 崎島君に言われて判明。

 最悪の事態発生。

 性別判定に伴って、名前も少し変わっている。


 オレの名前、どうやら『色世時子シキヨ トキコ』になったらしい。






 とにかく学校指定のジャージに着替えを済ませ、部屋を出ようとする。


 それと同時、寝ていた藍が起床した。

 もちろん彼女も、彼へと変わっていて……



「やぁ、トキ、おはよう」



 こちらは幾分マシ。

 名前を略称してくれるだけ耳当たりが良く、とても馴染みがあって反応しやすい。


 体格は大きさを増し、髪は短くなって、しかし、顔形は殆ど変っていない。

 男性になって尚独特の優雅さというか、華やかさを失っていない。



「お、オハヨウ……」



 軽い戸惑いから返事がギコちなくなってしまう。

 性別が反転したことよりも、藍が何事も無く挨拶してきたことに驚いた。


 つまり、この異変に――ナイトメアや協会など――藍に殺意を沸かせるような、人為的な事が起こっているわけではないということがハッキリした。



「どうした?」


「いや、どうもしないけど……」


 

 混乱したまま有無を言わずに1日が始まった。






 場所は変わって色世家、リビング。


 トキコとらん、現エロティカ:村崎羽音ムラサキ ハネの3人は朝食に勤しんだ。残りの2人は新聞とテレビに注目。


 その間、トキは必死に会話に耳を傾け、全員の名前情報を獲得した。


 まず崎島さん。

 彼女は、彼になってから――崎島恵維理サキシマ エイリ、と変化していた。

 ただ、『イ』が入っただけなんだけど……

 体格はあまり変わらないが、目付きが女性の時よりも鋭くなって怖さアップ。

 知力の高さも、『スズメバチ』のあだ名もそのまま。


 次に元コウボウ。

 本名は北島香霞キタジマ コウカに変わっていた彼女。

 ただし、中立派のリーダー的存在という点は変わらず。

 明るく豪快な性格も変わらず。

 見事な姉御系キャラのフラグを獲得していたわけだ。


 5人の中で最も大きな変化を見せていたのが、元エロティカ。

 今の名を、村崎羽音ムラサキ ハネという。

 24時間スケベはすっかり大人しく、また淑やかになり、コンポジションC4の如き爆発力を秘めたテンションはドコへ消えたのか不思議に思えるほどの淑女に変わっていた。


 しかし、名前だけの変化なら藍が一番の変化を見せていた。

 陸橙谷藍リクトウヤ ラン

 苗字そのものが変わっている。 

 何故なのかは後で聞いてみよう。


 そして、オレもそこそこ変化していた。



「片付けたら行こ」



 男性から女性へ。

 男性の時あるものが無くなり、男性の時なかったものが有る。


 寝起きの違和感の正体はそれだった。

 女性になったことで、感覚がまだハッキリと覚醒していない状態で違和感を感じ、それが周囲の変化だと勘違い。

 わかってみれば、あっけない原因だが……

 現実的に考えてみれば、かなり深刻な問題であった。



(って、ことは……

 女っぽい話し方しないと変に思われるのか?)


「早くしてよ〜

 トキコちゃ〜ん」



 急かすコウボウ――じゃなくて、コウカを無視し、急いで食器を棚の中に収めていく。


 トキの頭の中では学校に行く前に芹真事務所に寄るルートが浮かんでいた。

 どうしてこうなっているのか芹真さんに聞いてみよう。


 なぜ、いきなり性別が反転したのか?


 高速で食器片付け終了。

 なるだけ平静を装って全員を玄関まで誘導する。

 全員が外に出た頃合を見計らってトキは寄り道の旨を伝えた。


 コウカは反対で、

 崎島さんと藍は遅刻の心配をし、

 エロティカ静観モード。



「先に行ってて!」



 その一言で全員が何とか納得。


 性反転してからというもの、歩くだけでも違和感が湧いて止まない。

 体の勝手の違いから疲労が激しい。 主に精神的疲労だが。


 サブバッグ片手に小走りで移動すること約20分。

 芹真事務所の小さな看板が目に飛び込んだ。


 ふと、階段の途中で足が止まる。



(藍が男になっていたってことは……

 それに、協会でもナイトメアの仕業でもないとすると――)



 悪い予感は最悪の現実へと変わった。

 予感というよりは、確信に近かったが、いざ実現してみれば泣きたくなる。



「おはよう、トキコちゃん♪」



 THE 寒気。

 つい、優雅に紅茶を注ぐ芹真さん(♀)の姿に唖然としてしまう。

 あんたコーヒー派だろ……って、どうでもいいツッコミは無しにして……



「オ、オハヨウゴザイマス……

 あの、芹真さん……」


「そうだ、ジャスミンティーが手に入ったんだけど、飲む?」



 唖然のち、引き。

 正直に言うと、気味悪い以外に言葉が見つからない。



「何で引くのよ?」



 目を細めてこっちを睨む芹真さん。

 強気な物腰は変わっていないが……

 短髪の髪はロングの茶髪へ変わり、たくましい肉体と強気な目付きは、柔和――まるで喫茶にでもいそうなメイドのよう――で優しさをもってして相手を包んで離さんばかりの柔らかいモノになっていた。

 いつも着ているワイシャツは変わってないが、その胸元はあからさまにいつもと違う。

 デカイ……

 その胸が自然の発育によるものなのか疑ってしまう。


 じゃなくて、用件は……



「あの、芹真さん……」


「もしかして、ジャスミンティー嫌いだった?」



 やや落ち込み気味の口調で言う芹真さん(♀)。


 うわっ〜

 こんな大人現実に居ねぇ〜



(って、コレも現実か!?)



 女体化した芹真さんを目の前に、夢だと思い込みたいトキがいる。

 気を取り直して芹真へ質問。

 これは一刻を争う事態なのかもしれない。



「それどころじゃないですよ芹真さん!

 これは一体どういうことでしょう!?」


「何が?」


「何がって……この状況ですよ!」


「やっぱり飲む?」


「お茶から離れてください……

 え〜っと、オレ女性になっちゃってるんですけど?」


「……ねぇ、トキちゃん。

 もしかして寝惚けてる?」


「目ならスッカリ覚めてます。

 芹真さんは何とも無いんですか?」


「何が?

 今日のトキちゃん少し変ね。

 いつも通りの光景が違って見えちゃっているわけ?

 変な電波受信しちゃったの?」



 全く違って見えます。ていうかどんな電波だ。

 何の前触れもなく起きてみたら性別が逆転しちゃってるし。

 むしろ、この異常な事態に気付かない方こそ変でしょ。



「トキ見っけ〜!」



 ボルト出現。

 そして気付けば強制連行されていた。


 これぞ奇襲。

 これぞ急襲。

 それは予測不可能で抵抗不能な強制連行。


 突如現れたボルトによって、トキは芹真事務所の外へと連れ出され、半ば強制的に引きずられるトキは階段で鞭打ちの洗礼を受けた。

 ボルトがどこから現れたのか見当がつかず――

 安心していいのかどうかわからないが、



「ボル……っ!

 ――って、あれ!?」



 気のせいかと最初は思った。

 だが、どう頑張っても目の前の現実は幻になってくれない。

 というか幻でも何でもなく、ボルトはいつものボルトのままだった。

 全くいつも通りの姿である。



「どうしようトキ!

 みんな変になっちゃった!」


「え!

 ボルトは気づいて……!?」


「ちょっと調べてみたんだけど、この世界で今この異常事態に気付いているの私達だけだよ〜!」


「はぁっ!?」


「原因は、たぶんわかっているから、それを探さなきゃ!」



 ボルトに引かれるがまま、街中から住宅街へと抜けていく。

 もちろん、学校からは遠ざかる一方である。



「ちょ、ボ……原因って何!?

 協会とかナイトメアとかじゃないのか!?」



 息を切らせた2人は足を止める。

 呼吸を整えてからボルトは話す準備を、トキは聞く準備を整えた。



「トキは、結構前にこの世界の次元レベルの話をしたのを覚えている?」


「……」


「覚えてないんだ。バカなんだね」


「まぁ……」



 そんな動揺に次ぐ動揺で混乱気味になっているトキにボルトは説明を始める。

 初めての説明じゃないが、しっかりと頭に入れておいて損はない話。

 もしかすれば、一生のうちにもう1度遭遇する場合だって考えられる。



「この世界は他の世界とは少しだけ違うんだ」


「この世界?」


「どう違うかって言うと、あっちからこの世界にも来やすいし、逆にこっちの世界から様々な可能性の過去とか未来に跳びやすいんだ」


「あっちの世界って、それ……天国ってこと?」


「ち〜が〜う!

 トキ、昨日ナインちゃんの話しているの覚えてる?

 訓練してもらうって話」


「あぁ、それは覚えているけど……」


「ナインちゃんたちも同じようにして来る予定なの!」


「――……なぁ、確か、ナインって人は異世界の人だよな?」


「うん、そう!

 それで、この異変も異世界の人たちの中途半端な干渉のせいなんだ!」


「ちょっと待て!

 話が……なんかスケールっていうか何ていうか、突拍子過ぎて頭追いつかないんだけど?」


「だから、この世界の人じゃない人がこの世界に入ってきたからみんな変になっちゃったの!」


「それって……異世界人ってやつか?」


「もう、その解釈でいいから!

 とにかく、その人たちがココに干渉して、こんなことになってるの!」



 異世界干渉。

 ボルトの最も言いたいことがそれである。

 別世界と別世界の部分的交わりは、一方または双方に何らかの影響を及ぼす危険性があるのだ。


 異なる世界同士でも、共通する事項が多ければ影響は起こらない。


 例えば文化。

 例えば歴史。

 例えば生態系。

 排他されたモノや存続しているモノ。

 流行や軍事バランス、国と国との関係。

 映画や音楽、技術や主食。娯楽や職業など。


 しかし、共通するモノが少なければ……或いは皆無であれば、高確率または絶対の確率でどちらかの世界に影響を与えてしまう。

 今回がそれだ。

 異世界から何者かが干渉。

 その結果、こちらの世界で性別が反転してしまったのだ。



「ということは、異世界からの干渉が無くなればみんな元に戻るって事?」


「よく出来ました!

 そういうこと!」


「じゃあ、原因が――」



 ガヂンッ!



「リュウエが穴開けたから……」



 その瞬間、気付けばトキはすくんでいた。

 タイムリーダーの異常なまでの警告音。


 ボルトはその声の主と向き合う。

 気付けばそこに居て、気付けばこちらを見ていた少女。



「あなたも別世界から来たの?」



 しかし、ボルトの問いに対する答えはなく、トキが目を向けた瞬間、その娘は姿を消していた。

 本当に一瞬。

 おそらく、SR。

 ボルトでさえ驚愕に顔を彩られ、慌てて周囲に彼女の姿を探した。



「トキ、大丈夫!?」


「まぁ。

 それより、いまの娘……」


「……どうしてトキの中の警鐘が大きく鳴ったかわかる?」



 その声には焦りとも憎悪とも取れる何かが含まれていた。

 突然機嫌を損ねたボルトに疑問を抱きつつトキは首を横に振る。



「彼女も、トキと同じタイムリーダーだよ」


「タイム……そんな!」


「でも、彼女の方が全然上だよ」


「だから一瞬で」



 納得する一方で恐怖を感じずにはいられなかった。

 ボルトをも置いていってしまうほど早いタイムリーダー。



「早く彼女達の目的を確かめないと!」


「目的……え、『達』って!

 1人じゃないってこと!?」



 もし、干渉者の目的がこの世界だったら。

 もし、協会のように世界の頂点に君臨するというものなら。



「急ごトキ!

 芹真さんに話してみよ!」



 あの銀髪紅眼の少女がたった一言、残した言葉。

 “リュウエ”

 “穴をあけた”

 それがこの異変の原因。

 おそらく人名。

 そして行為。

 ボルトはトキの両手を握り、そこに光を集めた。



「跳ぶよ!」



 次の瞬間、2人は建物の屋上に来ていた。

 ボルトはもちろん、トキもこの場所は知っている。



(……ここは、アヌビスと!)



 協会の実行部隊と戦ったその場所。

 初めて自分の力に気付けた所。


 ボルトに言われ、追いかけるようにトキも階段を駆け下りていく。

 その途中でボルトの足が止まる。



「おっと!」


「中に同じ世界を纏った人がいる……」



 突然足を止めたボルトが再び走り出す。

 階段を下りながらトキはその言葉を考えてみた。

 同じ世界。

 纏った人。

 ボルトの眼に異世界の人間がどう映っているのかわからないが、言葉の意味・流れから察するに、先ほどの少女と同じような誰かが事務所に居ると解釈する。

 扉をくぐると、芹真さんと彼女は居た。



「おかえり」



 見知らぬ少女。

 先ほどの少女とは違う黄色い瞳の娘。


 彼女は芹真さんと何かを話していたようだった。

 ボルトは先ほどまでの焦燥が嘘であったかのように平静を取り戻している。

 その変貌ぶりにトキが戸惑った。



「ちょうどいい所に帰ってきたわね。 パル、トキ。お仕事よ」


「仕事って……」


「人探し〜?」



 すかさずボルトの読心術。

 社長の芹真だろうが関係ない。無断で心を読むのがボルトだた。



「そっ、この娘の連れ」


「ねぇ、その人って魔法使い?」



 ボルトの眼が芹真から依頼人の彼女に向く。

 注目を浴びた少女は怯み、アイコンタクトで芹真に助け舟を求めた。

 が、それより早く、ボルトの読心術が答えを掴む。



「ふ〜ん?

 神に近い存在なんだ〜」


『神?』



 芹真とトキの声が重なる。

 その少女は必死に頷き、それからやっと声を出した。



「1人で歩き回っているというのが心配で……」


「ああ、紹介遅れたわね。

 夕陽ちゃん。彼女たちは私の事務所で働く人たちよ。

 金髪のがボルト。ジャージの方がトキコ」


「よろしくお願いします」


「人探しだね、まかせて〜!」


「こちらこそよろしくお願いします」



 気兼ねなく声をかけるボルトと、挨拶に挨拶を返して軽く頭を下げるトキ。

 行儀正しいその依頼人の娘は、夕陽ゆうひといい、この異変の原因となった人物を追ってこの世界に来たものの、右も左もわからず、ここを訪れたという。

 目的の彼は結構気まぐれな性格の持ち主らしい。



「ご迷惑をかけているようなので、早くこの世界を去るように伝えたいのですけど……」


「それで探しているんだ」


「だから私とトキで探してくるのね〜!」


「じゃあ、早速名前を教えてもらえないかな?」



 トキが聞くと何故か距離を取られる。


 俺なんかした?


 思い当たる節も無いまま、これから探すべき人物の名前を耳にいれた。



「歌城華晴龍恵」


「……」

「………」

「……ん?」



 スイマセン。

 区切り方わからないんですけど……

 珍しくボルトが誰かの言葉で首を捻っている。



「え、もう1度お願いできますか?」



 トキは本当に区切り方で混乱しかけて――距離を保たれつつも――もう1度聞かせて欲しかった。


 ボルトももう1度聞きたかった。

 声に出さなくてもいい。ただ、その名前を心の中で呟くだけでも。

 そうすれば後は勝手に読んでしまえる。



「苗字は、歌城華晴カジョウカセイ

 名前は、龍恵リュウエです」



 それから身体的特徴。

 着ている服は、黒の長袖に白のハーフパンツに黒い大きな帽子。

 金髪で超長髪、ブルー系の瞳。

 身長はボルトくらい。



「当たりだね」


「だな」



 トキの男口調に芹真と夕陽が引いた。

 外見と合わない。

 そんな2人を他所に、トキとボルトの2人は納得していた。



「じゃあ、芹真さん行ってきます」


「見つけたら電話するから〜!」


「手荒なことはしないようにね」


「お願いします……」






 しかし、いざ探索を開始してみると問題は多々あった。


 日中から学生が堂々と街中を歩いている姿を見られては呼び止められる事数多。また目線が痛い。

 すぐさま新しいの問題が発生。

 本日の天気は晴天なり。

 加えて異常に夏休みの早い小学校が何校か存在するらしく、アウトドア派の子供達が帽子着用でそこら中を跋扈ばっこしていたりする。

 そして、外人街から買い物目的で流れてきた外人達も今日に限ってやたらと多く、老若男女問わず、国籍問わず、探しにくい。



「何で今日に限ってこんなに人が多いんだ……」



 場所は街の中心街。

 ボルトの直感的センサーで大まかな方位を特定。

 右往左往を繰り返すうちにこの中心街に絞れたのだが……

 問題に問題が重なっていく。



「ねぇ、トキコさん。

 その娘、この前学校に来てた娘だよな?」



 事情あって学校への立ち入りが一部を除いて禁止されているウチの(白州唯高等)学校は臨時休業中。

 その期間中に勉強に勤しむ者がいれば、遊びに全力を尽くす奴もいて、またバイトに精を出す者だっている。

 そんな彼女……じゃなくて、彼は3つ目の該当者。


 ボルトに最も興味を持った2年3組の出席番号2番。

 この人もだいぶ名前が変わっていた。

 元、五十嵐沙理奈イガラシ サリナ

 現、五十嵐早獏イガラシ サバク

 しかし、ボルトに対して興味津々なのは相変わらず。



「妹に欲しい……」



 どうやら男バージョンだとロリコンに属するヤウダ……

 付きまとう五十嵐さんを振り切ってどこか人気の無い場所を探す。

 適当な裏路地に入り込むと、早速ボルトが探知開始。



「っていうか、ボルトにはわかるの?」


「うん。

 光のある限り……」


「ある限り?」


「私は何も逃さない」



 ボルトの両手が煌々と光を放つ。

 日陰の裏路地を白闇に染め、ボルトは目標を探す。

 目を瞑り、

 ひとり静か、

 光に問う。

 この世界には無い光を纏いし者へ。



「見つけた」



 光が消える。

 だが、絶えない。

 それがボルトの知っている光の強さだ。



「ここから5km。

 あっちの方」


「隣街か」



 ボルトが指差したのは、パイロンの店と白州唯の間にある隣街。

 近代的建造物と古参の建物が乱立するビジネス街。

 裏路地を出て交差点で足を止める。

 赤信号。

 もうじき変わるが、待ち時間がもったいない。

 轢かれるのを覚悟で渡って行きたい。



(でなきゃ、部活が……)



 部活と言っていいのか甚だ疑問はあるが、とりあえず部活への出欠が心配だった。

 なるべく遅刻は避けたい。

 遅れた場合は罰ゲームがあるのだ。



 カチン



「いま食事中……」



 2人が同時に振り返った瞬間、再び彼女は居た。

 短い銀髪に紅い眼。

 思考を一切読み取れない無表情。

 夏場に黒の長袖。


 そして気付けば周囲の一切は停止していた。

 点滅を止めた信号。

 微動だにしない衆人。

 大小さまざまな車両はまるで模型のよう。



「あ、消えた」


「動き出した」



 彼女の視界消失と共に時間はその役目を取り戻した。

 残した言葉はまたしても一言のみ。



「食事中らしいね」



 信号の下を抜け、ボルトは空を見上げながら急ブレーキを掛ける。

 反応の遅れたトキはボルトにぶつかり停止した。



「跳んで行こ!」


「は――?」



 直後、急激な圧力がトキの手を掴み、裏路地へ引っ張った。

 ボルトの指先が光っているところから、昨日の朝の散歩時に使ったあの力だと理解する。 全身粉々にされたくらいだし。


 再び2人は裏路地に入り……



「ふざけんなっつうの!」


「も、かんっ――!

 ゆ、許し……!」



 襟首掴んで顔面、顔面、顔面、顔面。

 そんなバイオレンスなことをするのはこれまたクラスメイトの――



「あ、トキ。

 どうしたんだ、こんな危ない場所で?」



 またしても直感が告げる。

 コイツは、



「秋森……君こそ何しているの?」


「バイト先で嫌がらせにきた取立て屋を絞めてんだよ」


「バイト?」


「あ、言っとくけど、俺のじゃない」



 そう言われて彼女――じゃなくて、彼の背後に目が行く。

 申し訳なさそうにたたずむその赤髪長髪の少女。

 彼女こそ、元・岩井信弥イワイ シンヤだったりする。

 クラス1、そして学校で1番腕の立つといわれていた男。 キリングマシーン岩井。



「なぁ、信音しのん


「しのん……?」



 名前の変わっているクラスメイトに戸惑うトキ。


 ――って、名前だけじゃない。

 性格まで変わってる。

 岩井と智明の性格が真逆だ。

 性別変わっても仲が良いのは微笑ましいのだが……



「お、お疲れ」



 とりあえず労いの言葉をかけてボルトと2人、その場を後にする。

 ここでは知り合いがいるからボルトの魔法は使えない。

 他の場所を『探ため』に走り出す。



「やっぱり、空気が違うな〜」



 突然こぼした言葉を聞きながらトキは走り続けた。

 ボルトが何気なく放つ言葉は続く。



「きっとすごく強いよ。

 もしかしたら私以上かも」


「……とにかくさ、まず見つけよう」



 数百メートル移動したところで路地に入る。

 人気無し。

 大通りに光が漏れること無し。

 ここなら、行ける。



「行くよトキ」


「ああ」



 頷きながら先ほどの2人が気になって仕方ない。

 凶暴化した智明。

 逆に大人しくなった岩井。

 カップルの立場逆転しただけでこんなにも新鮮だとは夢にも思わなかった。


 思考の途中で視界が白闇に包まれていく。

 暑さよりも暖かさが優先するボルトの光。

 視界の全てが光に包まれた頃、周囲から響く音に変化が現れた。

 車の騒音が小さくなり、代わりに落ち着いた音楽と軽いざわめきが耳に届く。



(ここって……カフェ?)


「カフェだよ。

 地上4階にあるオープンカフェ」



 勝手に読心術。

 プライバシーなんてあったもんじゃない。

 だが、たまに助かる。



「金髪に……」



 視界からボルトの光が完全に消えるのと同時、自分の置かれている状況判断が始まる。

 2人が光速移動で出現した所は自販機の影。ボルトの移動が眼に止まることなく、この場を踏めた。

 早速トキの目が右から左へと移ってゆく。

 誰にも見られていない。



「黒い大きな帽子」



 あまり多くの人はいなかった。

 時間帯のせいもあってか、いるのは子連れやちょっと暇な会社員、それから職探しに必死な方々。

 その中に黒い帽子の子供は3人。

 大きな黒い帽子を被った子供は1人。

 付け加え、金髪の少年は1人。黒の大きい帽子を被っている。



(あれかな?)


「アレだね〜!」



 晴天の下、人の目もはばからず走り出すボルト。

 パラソルの元で100%還元グレープジュースを飲み続ける少年。

 と、

 理由もわからず、殺気というには小さすぎる殺気を抱いて走ってくる少女。

 炎暑の中、わき目も振らず攻撃を開始する少年。


 それは、互いに顔を確かめ合うことさえなく始まってしまった。


 可視の光と不可視の何か。


 2つの力はぶつかり合い――……


 衝撃が空間を飛ばし――


 4人を除いた、他一切の客を、


 消し飛ばした。







 動き続ける時間の中――



(ボルトが手荒なことしなくちゃいいけど……)



 適わぬ願いを頭の片隅で考えつつ紅茶を淹れる芹真であった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ