第19話-Piace and Friend's-
ただ何となく。
ただ騒がしく。
それでも、そんな日々も日常。
当たり前に日々は移り変わり、
何気なく、変わってゆく。
私には1人――実に興味深く、且つなかなか予測できない――親友がいる。
出会ったのは中学の時。
そやつはイジメに遭っていると理解していながらも欠席したことがない人間。
1人暮らし故に生活力は優秀で、同じ年齢の中学生とは思えないほど手馴れ。まるで何十年もそうしてきたかのような手際のよさに、私も幾度か魅せられた。
しかし、遊び人という素質も兼ね備えているらしく、楽しんでいるわけでもないのにゲームを買い、どんなにかかっても1ヵ月程度で全てクリア。
娯楽としてゲームを楽しんでいるのか、いままで幾度も疑問を抱いたくらいである。
ゲームだけじゃなく、映画もそうだ。
DVDを購入して鑑賞し、棚にコレクションする。
生活用品の買い物は上手なのだが、娯楽品となるとその消費は激しい。
やはり、楽しんでいるようには見えないし、思えない。
「ぬっ!
起きているとは思わなかったぞトキ」
金銭面の管理能力欠如は置いておこう。
奴はまたしてもこちらの意表を突いた。
「まぁ、ちょっと、色々あってな……」
「ほう?
イロイロとな、何事ぞ?」
普通の人間ならこちらの出現に怒りを覚えるだろう。
しかし、トキは違った。
中々怒り出してくれない。
それ故、言語による誘導が時折困難であったりする。
が、負けるわけにはいかない。
「あ〜……
まず言っておくが、お前みたいに“いかがわしい故”じゃないから」
「であろうな」
そこが私の親友の特殊な場所だった。
私が最も大事としている部分が、奴には抜けている。
というより、ほぼ皆無に近い。
故に、奴に性別という概念は中々通用しない。
「知り合いが“朝の散歩に付き合え”って言ったから一緒に行ってきたんだ」
「ほぅ、意外と脈有りか?」
「は?
う〜ん、まぁ、とにかく上がれ」
私の親友は変わっている。
それ故に面白い。
学ぶところもあれば、教えねばならないこともある。
親しき者が少ない私にとって、絶対に失いたくない者。
私にあだ名をくれた初めての人間。
だから、私は注意していることがある。
学校での私の評価はワースト5にランクイン。というより、その頂点にランクイン
だから私は――学校など、多くの他人がいる時や場所では――トキの『ただのクラスメイト』として振舞っている。
奴まで私と同列扱いされては迷惑だろう。
そして、私個人、そうされて欲しくないと思っている。
「どうした?
上がらないのか、翼?」
それ故、クラスメイトたちは我等が中学来の親友であることを知らない。
「いや、エビフライの衣のような不規則的突起のバ○○を突っ込んでみたら、意外といけるのかどうか……と考えてな」
「おい……
朝からエロティカになるな」
「ふふふっ、冗談に決まっているだろ」
「そうか……
とりあえず、もう帰るか?
それとも上がっていく?」
「昨日の晩も飯にありつけなかったのでお邪魔させてもらうよ」
「またか……
ちゃんと食えよな」
我々には共通点がある。
“共に1人暮らし”であること。
トキの母は他界。
父は獄中。
そして私の両親は、理由不明で原因不明の夜逃げ。失踪。行方不明。
だから、お互い分かり合えるものがあった。
Second Real/Virtual
-第19話-
-Piace and Friend's-
「うむ!
また一段と腕を上げたではないか!」
「そう?」
AM 08:21
リビング。
朝食から数時間が経過し、2人はテレビゲームに興じていた。
「デザートも完璧!
いやはや、本格的に住み込んでしまおうか!?」
「別に、俺はかま……」
朝食の時からエロティカは定住宣言を連呼して止まない。
その言動の一つ一つからまともな食生活を送れていないことは容易に推測できた。
トキとしてはルームメイトが出来るだけで、それなら大した問題ではないと思えた。
だが、『SR』という単語が頭のどこかを掠った時、彼の同居を認めるわけにはいかない。
ハンズのように有無を言わず外から乱射されたら……
トキにはボルトのように、人を生かすだけの力が有るわけではない。
自分の身を守ることで精一杯。
それくらいなら……
巻き込まれるくらいなら、翼には現実的に厳しい道を行ってもらうしかない。
しかし、言い始めの村崎翼本人には本気で同居するつもりはなかった。
「あ、やっぱ無理かも」
「気にするな。気にしていないだろうが。
回答がどうであろうと私は定住する気は無い。
自力で在り処を探すさ」
「頼もしいな」
「頼もしいのはトキの料理の腕だ。
メインからデザートまで作れる学生は今の時代希少だ」
「いや、希少じゃないし……」
「私は自分のメニューで精一杯だと言うのにトキは何品も作れるうえ、美味。
私の腕と比べ、料理の腕では遥か上空を遊泳飛行しているではないか」
「いや、上は居るんだけど……つぅか、いるんだよ
俺よりもおいしいの作れる人が」
しかもクラスメイトに。
コントローラーを握りなおし、エロティカは画面に向き直る。
「ほう?
そんな者がいるとは……」
「藍だよ」
「アイ?
…………それは、橙空藍のことか?」
「その藍だ」
「……冗談ではないのだな?」
「冗談の方がよかったか?」
「いや、冗談でないことが嬉しいな」
「嬉しい?」
ゲームの中でエロティカ操るキャラがありえないコンボを決めてくる。
くそ、腕あげてやがる……
「ああ。
彼女の肢体を見ろ。
服の上からでもわかるあの整ったボディを!
是非ともお近づきにな…………!」
逆襲ついで、エロティカの野望を打ち砕くかの如くトキのキャラが一撃必殺を繰り出す。
「何っ!
そんな技があったのか!?」
「あぁ、あるんだ」
「おのれ……!
だが、しかし!
私が負けるハズ……!」
ラウンド3。
トキの堂々勝ち。
「だが、あのボディは諦めんぞ!
彼女の肉体はこれ以上ないというほど私のインスピレーションを掻き立てる、私が最も理想とするイメージの肢体に近……!!」
やばい。
これ以上話させると話の内容がエロス100%で染まってしまう……
一般的に行くなら、ここで何とか流れを変えないといけないのだろう。
「なぁ、MU○ENやらないか?
何日か前にキャラ増やしたんだ」
「何と!
増えたのか?」
「エビル―――と、セ―。
それから――ト系とか、
X-――Nとか……」
「早速やろうではないか!
言っておくが、私は絶対に貞―だからな!」
「じゃあ、俺も黄金――で戦おうか?
それとも阿―さんがいいか?」
「……いや、そいつらは勘弁してくれ」
※あまりにもマニアックな内容が含まれていました。 しばらくお待ちください。
その日、トキの家に2人目の来客が訪れたのは、2人が新たにゲームを始めて1時間が経った頃だった。
チャイムが鳴り、トキはエロティカを部屋に残して階段を降り、玄関へ。
「おっす、トキ」
DVDを返却に現れたのはタイガーヘッドの友人、友樹。
「いや〜、楽しませてもらったよ」
「映像の乱れとか無かった?」
「全然。
最初から最後まで途切れることなく楽しめたよ。
悪りぃな、朝から出向いてきて」
嗚呼、そんな言葉をエロティカからも聞いてみたい。
「それじゃ、今日はこれでっ!」
「おう。
気をつけろよ」
「はいさ〜。
それじゃ」
友樹は足早に去って行き、トキはキッチンに向かう。
冷蔵庫から飲み物を、食器棚からコップを手に取り、2階へ移動を開始した――
その時に、次の訪問者が現れた。
「よ〜ぅ!
トキ、居るな〜!」
目的不明な彼女の出現にトキの足が止まる。
「奈倉さん……」
予想外な人物の出現に戸惑いを隠せないが、戸惑っていても仕方が無い。
「DVD、ほら。
ん?
両手ふさがってんのか、なら、ここに置いておくよ」
「あれ?
奈倉さんも借りたっけ?」
「ああ、こっそり借りたよ。
スピ―――グの作品」
勝手に持って行ったのかよ……
「ああ、パクっても良かったんだけど、色々大変だろうしな」
「……大変?」
彼女が不敵に顔を笑みで彩る理由がわからない。
「ほら、あんな立派な剣を貰っただろ?
良心の呵責?
恩を仇で返したくない、みたいな?」
「まぁ……」
別に全然大変じゃないし。
でも、少しは腹を立てたかな。
「何だよ?
DVDはこうしてちゃんと返したんだ。
それでも何か言いたいことでもあんのか?
聞いてやるけど、その前に1本吸ってもいいか?」
「言いたいこと……無くは無い」
タバコを取り出して彼女は聞く耳を立てる。
紫煙が流れ、それを軽く目で追いながらトキは切り出した。
「奈倉さん、“SR”って知ってる?」
「エス、アール……ね〜。
シングル・ルームとか?」
トキは黙って彼女を見据えた。
何故か、彼女に聞いてみたくなった。
かすかな確信も無いのに、心のどこかが訴える。
それが本能的警戒心によるモノなのかもしれない。
「剣を欲しがるのは、奈倉さんの興味?
それとも、何か理由があってなのかな?」
「趣味で悪いか?」
「どうして俺が大変だってことがわかるんだ?
俺は全然忙しくない。
暇で暇で眠りそうだよ」
奈倉さんの目が階段の上へと向き、トキの手元のコップに向く。
2個。
「そうか。
じゃあ、私は帰るとするよ。
道路まで付き合ってくれない?」
「……」
「SRって、もしかしてナゾナゾだろ?
恥ずかしい答えかも知れないし」
「聞かせて欲しい」
確信に変わった。
彼女は、知っている。
頷きながら彼女は玄関を出て、トキはそれを追う。
夏の日差しが照りつける中、彼女は急に切り出した。
「“Second Real”だろ?」
背中を向けているはずの彼女に、トキは寒気を覚えた。
――殺気
トウコツほどではないにしろ、それに近いだけの殺気が零れていた。
「気をつけろ。
ハリヤの奴なんか、お前の所為で留学させられたらしいからな」
「え?
ハリヤって、まさか……」
思い浮かぶのは自分のクラスの、
「出席番号:38
高城播夜
通称:先輩
ここまで言わなくてもわかるだろう?」
「そんな……」
「でもアイツは協会の人間だ。
下手に手出しできない。
知ってるか、トキ?
今な、協会はNIGHT MAREとの戦争に忙しいんだ。
殆どのSRは主な戦場になるだろう国に移動している」
「ナイトメア……」
「いま最も気をつけるのはナイトメアだ。
メイトスも中々脅威だけどな。
目の前の現実を教えてやろう。ナイトメアがお前を狙っている。
経験済みだろ?」
「……ああ」
「お前も戦ったんだろ?
なら、奴等が本気だってことはわかるよな?」
「一般人を巻き込んでまで人材を手に入れようとしている」
彼女は頷き、灰を下水に落とす。
そこではじめて振り返った。
「私も、ここ数日のうちに何度か誘われたよ」
「奈倉さんが?」
「トキ、もう私がSRだってのはわかったんだろ?
なら、疑うべきは私が普通の人間かどうかじゃない。
お前の敵か味方か、だ」
「……」
「ん?
私の言っていることに間違いがあるか?」
「……いや、そう。
きっと正しいと思う。
でも……
何ていうか……
これだけは言わせてくれ」
「何て言いたい?」
「俺はクラスメイトと戦いたくない」
沈黙。
静寂。
そして、
「それを聞いて安心したよ」
安堵。
彼女も同じ考えだった。
なるべく、クラスメイトとは戦いたくない。
顔見知りとは拳を、また剣を交えたくない。
「私は協会にも、ナイトメアの下にも服さない。
SRである前に1人の人間として生きていく」
「どうしよ……
オレは奈倉さんみたいに立派に生きていく道標が無い……」
彼女のように立派に、そして気高く生きていく自信はなかった。
自分の非力が、
優柔不断が、
無力さ。
「けど、いま居る仲間と一緒に生き方を見つけていこうと思う」
約束。
芹真と交わした口上の契り。
「芹真事務所か……
確かに、トキはあそこの奴らと一緒に居るべきだ。
世界一安全な場所だと思うぜ?」
そう言った瞬間、奈倉さんは走り去ってしまった。
(彼女が味方でよかった……)
トキはため息をひとつ付いてから、まず飲み物を自分の部屋まで運んだ。
部屋の中ではエロティカがCPU相手にゲームを進行していた。
もう一度下まで降りて今度はDVDを運ぶ。
「あの声からして奈倉さんだな?」
(まさか、聞いていた?)
「思い出したんだが、彼女もいい体つきしているな」
「お前の脳は年中桜が咲いているんだな……」
ある意味安心だけど……
次の来客は電光石火そのものだった。
チャイムが鳴り響き、トキは再び玄関まで降りる。
だが、誰も居ない。
「あれ?」
悪戯かと判断した瞬間、とある物が目に入った。
もしやと思い、トキはそれに近付き……
当たり。
それは郵便受けに突っ込まれた大きい包み。
重さ、大きさ、触感からDVDだとわかる。
その包みに張ってある紙に目を落とすとキリングマシーンの字で謝罪の意が綴られていた。
前の訪問からきっかり1時間後の出来事でる。
「残るは智明だけか……」
そしてこれまたきっかり1時間後、彼女は汗だくになりながらやって来た。
「ご……ごめ……っさい……
もうちょ……けほっ……早めに来ようと……っ」
「あの、大丈夫?
お茶かなんか飲んでく?」
「お言……葉に甘え……えほっ」
息を切らせながら智明は玄関に腰掛けた。
相当な距離を走ってきたのだろう。
汗が凄い。
お茶を渡すや否や、彼女はあっという間に飲み干してしまう。
そして、友樹や奈倉さん同様、彼女もあっさりと別れを告げて帰路に着いた。
その時からだった、トキの中にある感情が浮かんだのは。
『DVDをシリーズ全部借りてくるのって、面白いのかな?』
ただの好奇心だが、1度火がついたら止まらない。
今日訪れた皆がみんな何らかのシリーズを借りていたのだ。
「翼ぁ〜、街まで出かけないか〜?」
「出かけるだと!?
いいぞいいぞ!
しっかりと引きこもりから卒業できているではないか!」
余計なお世話だ。
が、どうもと一応言っておこう。
で、行くのか、行かないの?
2人が帰宅したのは家を出発してから実に5時間後。
移動に約1時間、遊びに3時間半、レンタルビデオ屋で半時間。
さすがのエロティカも帰宅。
遊びの3時間半が大分堪えたようだ。
そして帰宅を果たしたトキにとって、最も堪えたのは藍の存在だった。
「お帰りトキ」
リビングの中央で、まるでこの家の主であるかのように振舞う客人。
「どうやって入った?」
「人を幽霊みたいの言わないで欲しいわ。
普通に入ったわよ」
鍵のかかった家に入ることが普通ですか。
もしかして、ピッキング?
「ドアを掴んで、こう……」
手前に引くアクションを見せるが、そのドコにも違和感は無かった。
普通に扉を引いているようにしか見え……――
そうか。
間違っていたのは俺だ。
俺は第2の現実が見えなくなっていたんだ。
藍の力の前にドアの存在は無意味。
引き剥がされて当然。
藍の口からそれが証言された。
事実、はまっている枠から外れたドア。 藍は何事も無かったかのように家の中へ。
便利な陰陽術もどきで何とか修理したそうな。
「わかった……
で、この時間に来たってことは、何か用事があるとか?」
「いえ。
さっき、芹真とボルトが仕事に出かけて私は非番になったのよ。
だから暇なの。 それでここに来た」
(いや……
俺ん家はマンガ喫茶やインターネットカフェみたいな暇つぶし施設じゃないんだぞ?)
あえて心に思うまでにとどめておく。
間違って口にだしておっかない目に遭うのはゴメンだ。
「それに話しておきたいこともあるし……」
「話しておきたいこと?」
藍は立ち上がり、トキの目の前まで歩み寄った。
そして、耳元で小声で囁く。
「その前にお風呂ドコ?」
「何で小声で言うんだ?」
話の内容がガラリと……
話しておきたいことって、まさかそんなことではないだろう。
そして、何故赤面する?
直後、ボディブロー。
えぇ……!?
なんで、何で殴るの?
「ふーっ……
他の人に絶対言わない?」
「え?」
「言ったら……」
いつものことだが、あの金棒は普段どこに隠してあるのか――
ずん!
などと考えているうちに、金棒が両足の間に突き立てられる。
すいません……
誰にも言わないから、ソレ、やめてください。
すると、再び小声で宣言。
「今日8度目なの」
「何が?」
「お風呂……」
いくらなんでもそれは入りすぎだ。
「最初は寝起きでシャワーを浴びたの」
しかし、ボルトが事務所に帰ってくるなり朝食を貪り、珍しく早くから起きていたせいか、やたらと行儀が悪い。
食器を洗っているうちに油まみれになってしまい、外出の予定があったので汚れた出で立ちで出向くわけにも行かず、そこで2度目のシャワー。
その次。
外出した先で汗を落とすようにと言われてシャワールームを提供され、仕方なくそこで3度目。
その直後に精神的な地獄を見て、その後に4度目のシャワー。
「理由は聞かないで。
あまり綺麗なものじゃないから」
トキの頭には真っ赤で血みどろな光景が浮かんだ。
事務所に帰ってから上の部屋の住人と一緒に事務所の倉庫内を整理、大掃除。
最悪なことに、くもの巣やら埃かマリモか目を疑うような塵芥のなかで掃除すること1時間。
昼食の準備もあるため衛生状態をはかって5度目のシャワー。
ボルトが喰い散らかすこと再び。
調理と片づけで再び油塗れになり、朝にまして汚れたため6度目のシャワー。
今朝よりも酷い汚れようだったのだ。全身油気。 その他、ボルトのドジに付き合い、上半身あんかけまみれ。
気持ち悪かった。
「さすがに頭に来たから、もう何もしたくないと思ったんだけど……」
そこに――
ナイトメアを名乗る連中が襲い掛かってきた。
総勢たったの7名。
揃いも揃ってザコばかり。
芹真は彼らの相手をする気皆無。
ボルトは眠い、くだらない、と文句ばかりたれてばかり。
仕方なく、藍が7人を同時に相手にしたのである。
「そこで返り血浴びたわけか……」
「7度目のシャワーよ」
「で、いま浴びる理由は?」
肝心の8度目のシャワーの理由。
別に、浴場を貸したくないというわけではない。
ただ、どう頑張れば8度目のシャワーという結論が出るのか気になった。
「蚊が酷いからよ。
汗をかいて、やたらと寄ってくるの。
私、これでも傷負けしやすい方だから……」
その割りに綺麗な肌なのは黙っておこう。
「なるほど……
柑橘系のシャンプーとかあったけど、使う?」
「いいわよ。
お風呂借りれるなら、それだけでも助かるから」
「何なら泊まっていく?
帰りにまた汗かいたら意味無いだろうし……」
「トキがいいって言うなら泊めて貰いたいわね。
パルは朝まで帰ってこないって言っていたし」
トキは頷く。
「別に問題ないだろうし、一泊していけよ」
「じゃ、お言葉に甘えて。
あ、それと……」
「藍は夕食はまだ?」
「えぇ。まだだけど……
それより、ちょっと話したいことがあるから、一緒にお風呂入らない?」
「いいよ。
ところで、何か食べたいものとかある?」
食べたい物と聞かれ、藍は悩んだ。
普段はオーダーを聞く側なのだが、いざ自分からオーダーするとなると悩むものがあった。
パイロンの店のように行きなれているわけではなく、しかも他人の家。
全ての食材が揃っている可能性は低い。
しかも今、自分が押しかけ同然に上がっていることも頭の隅にあって余計に悩んだ。
「それじゃあ、トキの得意を食べてみたいかしら?」
「俺の?」
「あ、別に……
いまある食材で作れる物なら……」
「在る物で作れる夕食ねぇ」
頭の中に様々な食材と調理道具が浮かび、レシピを組み立てていく。
そして、その間――トキは藍に引っ張られ――浴場に連行されていることに気付くのに遅れた。
「あれ?
先に風呂入るの?」
「確かめたいこととかあるの」
気のせいじゃなく、自分の手を引く藍の手には力が入っていた。
そして、ごく僅かだが震えている。
風呂の場所を聞いておきながら、藍は滞りなく浴場へと足を運んでいた。
「なぁ、お湯まだ入れてないんだけど……」
「シャワーで充分」
いらないらしい。
言いながら藍は服を脱ぎ始める。
「そういや、着替えるもの持ってくるよ」
「お願い。
早く戻ってきて……」
言われてトキは足早に浴場を出て廊下を進み、階段を上がって2階のとある部屋へ。
そこは単純に言えば物置である。
だが、それは特別なケースに備えて揃えた特別な物置。
トキ自身もこの部屋に何が置かれているのか、完全には理解していない。
ただ、ここには客を喜ばすための飲食物や玩具、困った人のための衣服などが大量に放置されていた。
もしかすれば、この部屋には女性用の衣服があるかもしれない。
ハンガーラックを漁り、
箪笥を漁り、
ダンボール箱を漁った、
その結果、トキが入手した服は白い簡素な寝巻き。
言われた通りなるだけ急いで浴場に戻る。
「藍、服は洗濯機の上に置いとくよ?」
扉越しに返ってくるアリガトウの返事。
しばらく無言が続いた後、トキは質問した。
話したいこととは何か。
「…………」
「藍?」
一瞬、寝てしまったのかと考えたものの、常識的に考えてそれは無いだろうという結論に至るトキ。
扉越しに彼女が僅かでも動いているのがわかった。
(そういや、一緒に入ろうとか言ってたっけ?)
「トキも入ってきて」
「……わかった」
思い出し、同時に言われ、トキは脱衣を始めた。
上脱ぎ下を脱いだ瞬間にある男の言葉が頭に浮かんだ。
(待てよ。
エロティカはタオルを腰に巻くように言っていたな……)
そう確か、男女が湯を共にするときはタオルを忘れずに。
いつの事だったか曖昧な記憶だが、確かに言われた覚えはある。
辺りを見回してタオルを探し、適当に置いてあった大き目のフェイスタオルを腰に巻く。
「入るぞ〜?」
無言。
トキは扉を開き、湯気漂う空間へと入っていった。
まず気になったこと、浴槽が湯で溢れそうになっていた。
焚いてすらいなかったのにだ。
浴槽の次に目に飛び込んだのは藍の後姿。
タオル一枚さえ羽織らずトキを待っていた。
「……背中」
「背中?」
唐突に言われ戸惑う。
目のやり場に困るとか言うが、トキの場合はリアクションに困った。
顔も向けずに言われるとちょっと怖い気もする。
「こすればいいの?」
無言で頷く藍の指示に従ってトキはタオルで洗う。
洗う直前に藍は軽くお湯をかぶっていた。
(髪長ぇ〜……)
濡れた髪の重さに軽く驚く。
背中をこすりながらトキは藍の体を知った。
鬼のSRだろうが、体格は一般人のそれと変わらない。一般的な女子高生と大差ないであろう体格だ。
久々に誰かと風呂に入る。
そのことを思い改め、少なからず新鮮味を味わった。
長い髪をまとめ、藍はそれを前方へと持って行く。
どれだけ常識ハズレな戦闘力を持とうが、結局彼女も生き物であって、いつかは死んでしまう。
そう考えると――非常識なのは、人の死を無意味にも拒み続ける自分。誰にも死んで欲しくないと願う自分――SRの力があろうと、『死』という平等な結末は変わらない。ただ、あえて言うならそこに辿り着くまでの過程が違うだけ。
「なぁ、藍、どっか痒いところとかあるか?」
無言。
ただし、首は横に振られた。
それでもトキは洗い続けることを選んだ。
「……」
「…………」
しかし、静寂がいつまでも続くわけではない。
藍の背中のあらかたを洗い終え、トキはその旨を伝える。
「藍――」
やはり藍は無言。
しかし、明らかな異変には気付いた。
「なぁ」
服を脱いだ状態の彼女を見ることは今後一切無いだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
トキは藍の体よりも、彼女の頬を伝う一粒の涙に目が向いた。
「……泡飛んだりとかした?」
無反応。
しかし、藍はトキの言葉を聞き流しているわけではなかった。
逆に一つ一つを噛みしめるように、丁寧に聞き入れていた。
「なぁ――?」
「――実誕幻」
それは意外な反応だった。
心配して藍の顔を覗き込むトキを狙い、
「二段:」
限界だった。
なぜ、トキが存在するのか。
誰にとっても特別な人はいる。
「蓮華」
浴槽の湯が踊り狂い、トキの顔面を捉えた。
ただし、ダメージを与えるわけではない。
「おっ……!?」
突然の出来事にトキは尻餅をついた。
そこへ藍は乗りかかり――両手――トキの顔に触れて、濡れた髪を丁寧に掻き上げる。
一瞬、トキのクロノセプターは発動しかけた。
ほんの僅か、藍から零れた殺意に反応したのだ。
――自分の手が今どこにある?
それを考えた瞬間、自分が恐ろしいことをしていたことに気付く。
クロノセプターがまともに発動していれば、藍もトウコツと同じようになっていた。
トキは藍の両手首を握り、押し返そうとする。
が、逆に押さえられた。
「どうしてアナタは……」
背中が冷たい。
それは、こぼれたお湯の所為か、藍の気迫か定かではない。
両腕を押さえられた状態で2人は向かい合った。
藍の長い髪が触れる。
「どうして……そんな」
「……なぁ、オレが悪いのか?」
彼女の泣き顔だけは見たくなかった。
オレの理想が君なんだ。
お願いだ、泣かないでくれ。
いつもの強い藍に戻って――……
「何で……アサ兄様と――……」
「アサ?」
そして、彼女はトキの上で啜り泣き始めた。
彼女の親族のことまでまともに考えたことがない。 その現実に直面したのはこれが2度目である。
濡れた顔の水滴が乾ききった頃、彼女はすっかり泣き止んでいた。
結局、2人は揃って軽い湯冷め状態に。
夏場でも今日の夕方はやたらと冷えた。
いまは2人して背中合わせで浴槽に浸かっていた。
「4人兄弟だったんだ」
「私は3番目だったの」
「その1番上がアサって人か」
「ええ……」
体を温め始めて2分。
藍は初めて、自分の過去をトキに教えた。
「最後に見たのが私だった」
「……殺されたんだって?」
「そうよ……
ソイツは協会を抜け、おそらく今ナイトメアにいる」
「ソイツって、藍のお兄さんの敵……だよな?」
「そして、トウコツはみんなの敵」
哭き鬼の一族の悲劇は藍の兄の暗殺事件から始まった。
人狼の一族に対する疑惑。
相手は潔白を主張し、その確認のため5人の鬼が派遣。
しかし、視察に行った哭き鬼5人全員が行方不明。
それでも人狼族は無実を主張し続けた。
「もう1度チャンスを与えるということで再び視察のメンバーを編成したわ……」
その中に藍は志願していった。
身内を討たれたからといって、落ち込んでなんかいられない。
北日本の山間にある小さな村。
藍が訪れた時、人狼の村は静寂と疑心に満ち溢れていた。
「そこで芹真さんと知り合ったの?」
「いいえ」
芹真が事務所を開いてから聞いた話だが……
はじめの哭き鬼視察団の行方不明と同時、芹真とその仲間達によるグループ『CUMo』のメンバー1人が死体となって発見され。
彼は葬式の列で雨雲のごとく、涙を落とし悲しみに沈んだ。
だからこの時、藍と芹真は出会わなかった。
葬式後を藍も目撃し、哀しみとはいつか必ずやってくるものだと思い改めた。
同時に藍は、人狼の無実が本当であって欲しいと思い始めていた。
これ以上、誰かが死ぬことは悪戯に悲しみを作るだけなのではないか?
しかし、そんな願いも虚しく武力衝突は起こった。
「…………」
「本当はね、トキのことを知った時、アサ兄様が生きていたんだと思ったわ」
「改めて聞くけど、そんなに似ているのか?」
「ええ。
体の造り、顔立ち、全体的輪郭、髪型、身長はトキの方が低いけど、声も大体似ている……
違うところといったら、話し方と目の色くらいよ」
「そんなに似ているんだ。
世の中には似た人が3人は居るっていうけど……」
「世の中が狭いとでも言いたい?」
言いたい。
浴槽から出て体を洗う。
「なぁ、明日の朝飯は何がいい?」
「その前に、今度は私が背中洗ってあげるわ」
「別にいいよ。
ゆっくり暖まっていろよ」
「いいから」
半ば無理やり。
しかし、藍に洗ってもらい、よりしっかりと汚れが落ちていく気がした。……ちょっと痛いけど。
「ところで、トキのお父さんの名前は何ていうの?」
いきなりな質問に、トキは鸚鵡返しで答えてしまう。
すると藍は理由をつけてもう1度言った。
「トキのお父さんの名前よ
少し気になることがあって色々調べてみたんだけど……」
「何かあったのか?」
「……慌てないでよ?」
「慌てはしないが……何で?」
「じゃあ、聞くわ。
トキのお父さんの名前は“シキヨ キョウ”でいいのかしら?」
「ああ。
境ってかいて、色世境だ」
そして次の質問。
今度は父の現在地に関するものだった。
「今はカリフォルニアの刑務所に居るはずだけど……」
「当たりか……」
「は?」
背中を洗う藍の手が止まり、とある事実を告げた。
「彼にもSRが発現しているのが、最近わかったそうよ」
「え……!?」
「ナイトメアに誘拐されそうになった時、自力で檻の中まで逃げ戻ったらしいの」
「ナイトメアって何で!?」
振り返り、面と向かって2人は話した。
面会と称して現れたナイトメアのSR。
ゴーストのSR。
事実上の刑事でありながら、ナイトメアのメンバーだったのだ。
目の前まで来た色世境の精神を奪おうとしたが、直前で感付かれて逃げられた。
のち、ゴーストのSRは特別査察官のSRによって消滅。
相手と場所が悪かった。
「特別査察官は協会のヒーローズの1人。
トキのお父さんがいる刑務所は協会の所有物なの。
だから、一般にこの情報が漏れることは無いの。
逆に、彼のSRが誰にも悟られなかったのはそのお陰もあるわ」
「一体、何のSRなんだ?」
「そこまではわかっていない。
というより、彼女はそのSRが何なのかを書類には書かず、直接口頭で報告したらしいから、その情報は公開されていていないと言った方が正確」
「それは何日前の話だ?
父さんは無事か!?」
「無事よ。
安心していいわ」
湯気が視界を覆う。
蒸し暑さを忘れるほど、トキはその話に食いついていた。
「いま、協会のヒーローズが総力を挙げてナイトメアの討伐に乗り出したの」
「ヒーローズ……」
奈倉さんも言っていた、協会とナイトメアの戦争。
ナイトメア。
協会のヒーローズ。
わかり易そうで中々イメージの掴めない名前。
ただ、並みの集団でないということは直感で理解できた。
「その中の1人、リーダー格の英雄がナイトメアに勧誘される可能性があるSRに、直に接触しているそうよ」
「父さんもその1人だった……」
「そう。
どうしてか彼女にはトキのお父さんは目を付けられていたってことになる。
いままでSRだなんてわかっていなかったのに……」
それとは別に、協会よりもナイトメアの方がSRの探知力に優れていることが判明した。
自分達所有の刑務所にいながら誰もその力に気付けなかった協会に対し、何の接点も持たないナイトメアが先に彼の能力を見出したことがいい証拠だ。
「この街にもヒーローズは来ている。
だから、私達は攻勢に出るわ」
「オレ達から向かっていくのか?」
「トキはまだ早いわ。私は一緒に戦いたいけど……」
何も言い返すことが出来ず、トキは沈黙を続けた。
何故、SRという力があって――
何のため、
誰のため、
何を求めて――戦う者達がいるのか?
『強くなって、何になる……』
トキは一つ思い出した。
乱痴気騒ぎ、馬鹿騒ぎを毎日続け――
飽きず、懲りずに――
教室で決闘のようなことを続ける――
そんなクラスメイトに対して呟いた言葉。
呟いたつもりが、とあるクラスメイトに聞かれていた言葉。
喧嘩が強いからって、世の中を渡って行けるわけじゃない。
頭が良いからって、必ず職にありつけるとは限らない。
学校に来たからといって、絶対頭が良くなるわけではない。
それが逃げ言葉だと気付いたのは、どれくらい後のことだろう?
だから、彼は怒りを覚えた。
逃げ言葉を吐くだけ吐いて試そうとしない、自分に。
だから、自分は負けたのだ。
『戦いを理解できていない奴が……』
そう。
自分は、戦うということがどういうことなのか、理解していなかった。
喧嘩も、
知力も、
それは戦い方ではなく、ただの『スタイル』だ。
そのスタイルをもって人生とどう向き合うのか。
それが『戦い』
最大の敵は己である。
誰がそう言ったのか思い出せない。
ただ、トキが眠りに落ちる直前――何となく、直感的に戦うことの必要性を自分のこれからの生活に見出した。
弱いから強くなれる。
違う。
強いとか弱いじゃない。
肝心なのは、いつまで向き合っていられるか。
人生に落胆しない。
希望を捨てない。
夢を追い続ける。
必要なのは、挫けない心。
折れない精神。
不屈の魂。
――ただ、自分がそこまで貪欲になれるか……
心配はある。
だから、この世には大義と名分があるのだ。
自分ひとりでは虚しく、儚く、簡単に諦めてしまうような夢も、何らかの理由さえあれば少しは長く続く。
希望を捨てないための糧。
きっかけ。
燃料。
自分の場合は、協会に母さんの真実を問うこと。
なぜトウコツは、好き勝手にやっているのか。
ナイトメアが自分を戦力として欲するなら、抗う。彼らの仲間にはならない。
芹真さんやボルト、藍。
オレは、みんなと一緒に戦う。
「おやすみ、藍」
「おやすみなさい。
ア……トキ」
今間違えたろ?
無言で頷きながら2人は床に着いたのだった。
数時間前。
トキと藍が風呂に入っている、その外で――
『ォォォォォッ!』
カメラより送られてくる映像に彼らは必死に声を殺していた。
「どうだ?
私の眼に間違いは無かっただろう?」
その中心にエロティカが居た。
エロティカを囲むのは性欲仲間。
すでに高校を終えた先輩や、中卒のAV男優見習い。その中には女性の若手AV女優も混じっている。
それは本来、トキを驚かすためのメンバーだった。
逆夜這いでトキを驚かせ、ついで、素人と若手女優の絡みをカメラに収めようというサプライズ企画だったのだ。
が、またしてもエロティカの方が驚かされてしまった。
何故か、藍が居る。
そして、どうしてか一緒に入浴しているという。
「おい、水ぶっかけたみたいだぞ!」
「見逃した〜!」
「お前のせいだ!」
「やるか?
やるか!?」
「生の逆レ○プ初めてみるぜ!」
「って、あれ!?
何か泣いてない、コレ?」
映像をのぞく面々から音声を求める声が上がったが、生憎機材と時間が足りなかった為、映像のみで我慢していただくしかない。
ちなみに、カメラを仕掛けたのは日中。
リビングにはトキが朝食を作ってくれている間。
トキの部屋にはDVDを回収しに玄関まで降りていった時。
トイレにはもちろんトイレに行くと称して部屋を出た時。そのついで、風呂場にも設置。
なるべく怪しまれないように、そしてバレないよう、スピーディ且つパーフェクトに。
「にしても、いい体してんなぁ〜」
「ああ。
初めて女子高生とやりて〜、と思ったぜ」
「トキ君って、本当に性に関して興味薄いんだね」
エロティカは頷く。
確かに橙空藍はいい体をしている。
エロティカ自身もプロデュースではなく、実際に体を交えてみたいと思ったことが多々ある。
しかし、それ以上にトキのことが心配でもあったのだ。
映像を見て皆も理解・納得していた。
トキは藍が全裸であろうが、密着していようが関係ない。
男子として当然の反応も見せなければ、自然と目のやり場に困る事だって無く、赤面さえしない。
「こいつに性の楽しみを教えるってのは至難だな……」
「いや、いずれ私が一般人ほどの性に関する興味を持つまでにしてやるつもりだ」
「できんのか翼?」
「いや、翼ならできるかもな……」
「私も協力しよっか?」
「必要になったら声をかけてくれよ。
絶対気になるような女を紹介できる自信がある」
「先輩人脈広いですからね」
「おっ!
風呂に入った!」
「浴槽でやるのか!?」
妙に興奮するエロティカとドロドロな仲間達。
残念ながら画面の2人が皆の期待に沿う行動を取ることは無かった。
背中を流す立場が逆になったり、
トキがいきなり驚いたりはしたものの、
それ以外のラッキー映像が映ることは無かった。
しかし、その終わり間際、画面を除く唯一の女性が気付いた。
「ねぇ、この娘の方もトキ君と同じじゃない?」
一同に衝撃が走る。
2人はちょうど風呂から上がったとこなので、撮影――じゃなくて盗撮――会は終了。
彼女の一言を確かめるため、エロ集団は録画した映像の検討会に移った。
こうしてまた、何事も無かったような、やっぱり色々あったような1日が終わった。
「うん」
全員がうなずく。
「彼女もトキと同じだ」