第1話-Raid & Escape-
台風が過ぎ去った空に私は憧れた。
純粋になれない。
だから願う。
純粋になりたい――
この空のように
どこまでも澄み切った青。
雲。
それは青を引き立てる存在なのか……
それとも、青がその白い雲を引き立てているのか。
私にはわからない。
それでも……
PM18:44
色世トキの家は住宅街の至って物静かな場所にあった。
二階建てで、比較的に大きな家。そこで1人暮らし。
必要もないのに実家から送られてくる多額の金。
平均で月10万も送られてくるのだった。
いやはや……
右の頬を指先で軽くかき、まだ少し水気が残る短髪の黒髪と、眠気に支配されつつある空ろな眼でこの家で唯一の住居人であり家主である色世時は乾燥機の前に立っていた。
今日の出来事を思い返してみる。
まず、部屋の窓を全開にして外出。
新鮮な風を室内に入れるためだったのだが、これが後の災厄に繋がる。
街での探索中に突然の雨。
降水確率は0%だったハズなのに……
走るのも鬱になったので、ゲームの攻略を考えながら帰宅途中、変な連中に遭遇。
そいつらは俺を何らかの会員にしたかったらしく、色々言ってきた。
途中で首を縦に振りそうになったけど、そこは冷静になって切り抜けてきた。
雨の中を傘も差さずに走ってきたものだから全身ずぶ濡れ。
加えて、部屋の中は軽く水浸しで貴重なゲーム機がオシャカ。
「………」
そして現在に至る。
何故か知らないが、ブレーカーまで落ちているし。
よって、冷蔵庫が機能停止。
賞味期限の危ういものはゴミ箱行き。
再び買い物に行って、帰宅。
今度は傘を持って行った。
帰宅して間もなく、風呂場の窓が開いていることに気付いて、泥棒が入っていないかを確認。
そういった類は家中探していなかった。
風呂場に戻って窓を閉めようとしたところ……
服の一部が蛇口の長い取っ手に引っかかり、再び全身ずぶ濡れ。
「……やってらんねぇ」
そして、ひとり呟く現在に至る。
ちなみに、2分前。
トキは乾燥機の隣に置いてある身長計で自分のサイズを測定。
結果――
――縮んでた。
(厄日だ……)
ピンポーン
と、珍しく家のチャイムが作動する。
突然のチャイムにトキはビクついた。
誰かが我が家のチャイムを押したのであり、それに応えないワケにはいかない。
だって、留守じゃないだからさ。
それにしても、久々の来客だった。
Second Real/Virtual
-第1話-
-Raid & Escape!-
トキは玄関の扉を開け、その先にいたのが――
(中学生?)
か、どうかさえ微妙なラインの身長と体格の女の子。
艶のある金髪に顔立ちからいって、外国人であることは明確だ。
正直、トキは安心した。なぜなら、この近所の治安は良くない。
「色世トキさんですか?」
挨拶もなしに体育系の服装(上着に水色のTシャツとスパッツという組み合わせ)の少女はいきなり質問してきた。
「そうだけど」
「上がっていいですか?」
トキが答えを返した直後、更にいきなりな申し出がきた。
「は?
待った。君は何だ?迷子か?
悪いが……」
「迷子じゃないよ」
事情を聞こうとしたトキを遮り、少女は説明する。
「お仕事で来たんだよ、トキ」
笑顔。
そして気付けば溜め口。
まぁ、どうでもいいけどさ。
(仕事?)
一体どんな仕事があってこの家を訪れてきたのか、トキは考えた。
人違い……じゃなくて、場所違い?
とにかく、どこぞかの業者に依頼を出した覚えは皆無だった。
「仕事って、何の?」
「ん〜。
教えていいのかなぁ?」
真剣に悩んでいた。
やはり、どこかに依頼した覚えは無い。
「ま、いっか。
私はトキの護衛と勧誘で来たんだよー!」
ハイテンションの少女と逆にローテンションのトキ。
しかし、会話はまともに繋がった。
「何から俺を護衛するんだ?」
アホ臭さのパラメーターが画面上に表示されていたのなら、すでに上限を超していただろう。
「昼に会った人たち覚えている?
ディマって人」
いちいち覚えている奴なんてまず居ないだろ―― なんて言えるはずもない。
さすがに子供相手にそれは大人気ない。(ってか、俺も未成年だけど)
「えーと、身長が高いオバさんだよ」
「……もしかして、自称赤十字の?」
辛うじて思い出した気がする。
「――?
そう、その人だよ!」
「当たりかよ……
で、何で俺が襲われなきゃならないんだ?」
まず、第一の疑問だ。
というか、こんな少女の話しをまともに取り合っている俺は何なんだ……
暇人?
もしくは変なものに理想を抱く人間か?
「え?
それは、トキの才能が類稀すぎて、誰もが欲しがるようなものだからだよ」
玄関の扉はいつの間にか閉まっている。
少女は扉に背を預けて説明したのだ。
「……何でテストもしていないのに俺の才能とかがわかるんだ?」
テキトウな質問。
正直、会話に飽きてきた。
「だって、そういう世界だもん」
(アホか。どういう世界だよ……)
これ以上どうでもいい話をしてもキリがない。
そこでトキは切り出すことに。
「依頼人は?」
第2の質問。
ちなみに、トキにはまったく依頼をした記憶が無い。
よって、第三の者の仕業だろうと予測を立てた。
「じゃあ、上がっていいですか?」
「上げたら教えてくれるんだな?」
少女の話しを信じているわけではないが、暇つぶしにはなる。
「教えるよ」
再び笑顔。
コイツ、俺で遊んでいるんじゃないだろうな?
「あの子供は?」
展望台の上で男が聞いた。
その隣にはディマが居て、それからもう1人、呪術師のクワニーがいた。
「ボルトよ。ボルト・パルダン」
「あの光の魔女か?」
迷彩のバンダナに黒い特攻服を纏った男が聞いた。
「そうよ」
タンクトップに黒ジーンズ姿のクワニーが別の質問をする。
「ボルトって、農村でクレムリンの一族を追い詰めた――
あのボルト?」
「それだけじゃないわ。
この国でも赤鬼族を壊滅に追い込んだこともあるし、
玄武一族。
ドラキュラ伯爵。
アヌビス部隊等。
それらを襲い、壊滅もしくは敗走させたのも全てボルトの仕業よ」
語るディマの話を受けきれないバンダナ男。
「まさか……あんな餓鬼にチームアヌビスが?
有り得なねぇだろ?」
クワニーも認めたくはない。
だが、今の話の中にはディマ自身、その場に居合わせた話だってある。
武闘派でよく耳にする玄武一族。
そいつら主催の社交会でボルトは会場を火の海にした。
「信じられないのならそれでもいいでしょうけど、いざ戦闘となった時に後悔するのはアナタだから」
棘のある言葉を放ち、バンダナ男を黙らせる。
「ハンズ、確かにあの子供は危険だ」
「でも、昼間の戦闘でも閃光を出すくらいしかできなかった奴っすよ?」
バンダナ男:ハンズは反抗するように言う。
そんなハンズを置いて、クワニーには気がかりなことがあった。
「確かにハンズの言うことにも一理ある」
「まさか、あなたも彼女の力が信じられないの?」
「あの餓鬼の力を疑っているわけじゃない」
「じゃあ、何?」
「俺が以前遭遇したボルトの力は、昼間の戦闘の時とは比べ物にならないものだった」
「それで?」
「どうして、昼間の戦闘で本気を出さなかったのか気になる。
本気を出していれば、俺たちなんて一瞬で殺れたハズ」
「そうなのか?」
クワニーの説明を聞いて、ハンズの質問がディマに飛ぶ。
「ええ。確かに、不自然だったわね。
あのボルトが、あれだけしか力を使わないなんて」
「つまり、2人はあの餓鬼が本気を出していないのを知っているんだな?」
ハンズが聞く。
3人の中で最も若いのがハンズだった。
ちなみに、いま3人がいる場所は都市部にあるビルの中に設けられた展望台で、3人の向く方角は北の住宅街が見渡せる場所だった。
しかも、標的である色世トキの家はほとんど障害物なしで見える。
絶好の観察ポジションを確保してから早4時間。
「知っているからこそ、下手に動くことが出来ない」
警戒しているからこそ、すぐに接触しなかった。
昼間もそうだった。事前に準備していたことを実行したまで。
ただ、邪魔が入ったのは計算外だった。
「それに、芹真の事だ。
すでに誰かに張らせている」
クワニーとディマが最も心配することだ。
「張るって?
あの餓鬼が現れたことか?」
ハンズはボルトのことを良く知らない。
だが、ボルトと同じ事務所の芹真の事なら知っている。
「いえ、下手すれば鬼の姫が――
藍が来ていたかもしれない」
「藍?」
ちなみに、ハンズが知っているのは芹真だけで、他の事務所員は知らない。
「おい、一体芹真の事務所は何人いるんだ!?」
これ以上新しい名前が出てきたとして、ハンズは覚えきる自信がない。生まれつき記憶力には自信がないのだ。
「3人だ」
「……3人だと!?」
「ハンズ、お前は芹真事務所に関する情報を耳にしなかったのか?」
呆れるクワニー。
その横でディマが懐中時計を確認している。
「いや、何ていうか、凄い奴らが集まっているって話だろ?
それなら聞いたけど……
けど!3人だろ!?」
クワニーが頭を振った。
相当呆れているということが察知できる。
「凄い3人じゃない。
セカンドリアルの中でも、飛び切りぶっ飛んだヤバイ連中なんだよ!」
語尾を強調して、叱責するように言った。
「はぁ?」
「芹真はショボイ奴なのか?
考えてみろ!協会の本隊でさえ手を出そうとしない奴だろ?」
「あぁ、た……確かに」
「あの餓鬼だってそうだ。
さっきのディマの話を聞いていなかったのか!?」
(クワニーが警戒状態に入ったわね)
激情したクワニーを見て、ディマはあることを確認する。
気付けば周囲の客は自分たちを残し、ゼロ。
私達の位置を発見したか……
時間の関係もあるのだろうが、ここも一応は観光スポットとしてある程度知られている方だ。
それなのに突然この場所から一切の人が去り自分達だけが残っているというのはあまりにも奇妙。
人払いの術でも使ったのだろう。
「ハンズは行きなさい。
クワニー、ここを任せられる?」
「え、何だ?
どうしたんだよいきなり?」
ディマが入ってきたことに少し驚くハンズ。
逆に、クワニーはその一言を聞きハンズを叱るのを止めた。
「ディマは?」
「私とハンズは接触してみる。
それで、先にハンズを行かせるわ」
「本気か!?」
「俺に何させる気だ?」
クワニーが顔を向け、再び口を開く。
「お前がディマより先にトキに接触するんだよ」
「え!?だって、魔女が……」
「大丈夫」
不安を隠しきれないハンズの言葉を遮り、ディマは告げた。
「仮にも、あなたは芹真に挑むつもりなのでしょ?」
穏やかな口調で言うディマ。
クワニーは出入り口の方に顔を向ける。
「芹真に挑む時、そんな弱気で勝てるの?」
「……言われてみれば。確かにそうだな!」
ハンズの顔が不敵な笑みで彩られていく。
「それに、あなたのお兄さんはあなたを高く評価している(らしい)んだから。もっと自身を持ちなさい」
「へっ、言われるまでもねぇ!
先に行ってりゃいいんだろ?」
「2人とも急げ」
意気込むハンズをよそに、重い口調でクワニーが言う。
その時、広い空間にエレベーターの到着を告げる短い音が響いた。
「来たぞ」
「意外と早かったのね。
ハンズ、ボルトは任せたわ。引き付けておくだけでも上出来よ」
ディマが言い終える前にハンズは展望台の壁をすり抜け、眼下の景色へと落ちていった。
「つまり、養父からの依頼だということか?」
PM19:13
金髪の子供が自宅に上がってから早30分が経過したところ、やっとのことで依頼人が判明。
「うん。まぁ、そうだけど」
「で、俺をお前たちと同じ事務所で働くようにするのも依頼の内だと?」
「そういうことになるね」
誤魔化そうとしているのか、少女は笑顔を向けてくる。
「えーっと、ボルトだっけ?」
「覚えてくれたの?」
「あのなぁ〜
一対一で向き合って会話して、しかも30分かそこらで名前忘れる奴なんていないって」
「え、でもかなり名前覚えるのが苦手な人だってデータの中にあったから」
どんなデータなのかツッコミはしない。
ツッコミはしないが、かなり気になる。
「大体、危ない仕事なんだろ?」
「うん」
こういうところを素直に答えてくれるなんて……
親切なんだか、無神経なんだか。
「俺を勧誘するのはいいけど、俺に仕事はあるのかよ?」
「あったら来るの?」
「行かん」
断言。
それに対してボルトは頬を膨らませる。
「何それーっ!
聞いておいてそれはないじゃん!」
「普通行かないって!」
「トキは普通じゃないじゃん!」
かなり失礼な単語オンパレード。
正直、これが十何分も前から続いている。
質問してはキレ、回答が来ては不愉快になる。
「それに、お前は一体何年生だ?
中学か?それとも小学生?そんな歳でバイトなんてして大丈夫なのかよ」
どっちにしろ、子供がうろついている時間にしては遅い。
そんな心配も兼ねて悩むトキの目の前に、ボルトは両手の人差し指だけを立てて示した。
「今年で12歳になる!」
「これからか?」
笑顔で頷くボルト。
何が嬉しいのか――はてまた楽しいのか、トキには理解できない。
(待てよ、これも商売戦略(?)なのか?)
などとワケのわからないことを考えているうちに、
「じゃあ、もう1人の依頼人を教えたら一回くらい事務所に来てくれる?」
上げたら教えてくれるんじゃないのか?
ていうか、もう1人いるのか!?
言いたくても呆れて声が出ない。改めて時計を確認する。PM19:21
明らかに飯時だ。
「……考えとくよ」
仕方なくトキは口を開き、そう言った。
「え?」
「考える時間が欲しい」
「来てくれるの!?」
「考えとく。
どうでもいいが、お前は1人で帰れるのか?」
さすがにこの時間。
子供を1人で歩かせるわけにはいかない。
かなり面倒な事だが、ちゃんと聞いとかないと。もし、送りが必要なら送るつもりだった。
ささやかながら、トキなりの心配の現われでもある。
「大丈夫だよ。泊まっていくから」
……
言語道断、即絶句。
本気でしか会話を進めない子供相手に、こんな冗談はアリだろうか?
「……なぁ、眠いんなら早く家に帰った方がいいぞ?」
「え〜?
別に寝言いっているわけじゃないよ。シャワーだってまだだし……?」
「お前、明日学校とかないのか?」
行く場所がないのだろうか?
明日の予定とかもないのだろうか?
「トキは?」
このタイミングでボルトはカウンター。
しかも反論不可能、一撃KOクラス威力のある一言。
トキは立ち上がってテーブルの上の皿を下ろした。
「私は学校に行ってないし、家族だってもういないんだよ?
だから、誰にも心配かけないし」
「俺が心配なんだよ」
帰り道で何か事件に巻き込まれたとして、とばっちりを喰らうのは御免だ。
だから送ろうか聞いたのに……
「本気で泊まる気なのか?」
「信じてないの?」
「信じるとか、そういう前に意味が解らない」
「だって護衛って、いつでも傍に居るのが基本でしょ?」
もちろん、トキはプロじゃないからそれが正しいかなんて判断できない。
ボルトも立ち上がり、トキの前に立った。
トキの口から溜息が漏れる。
「あのなぁ……」
本気で止まると言っているボルト。
さすがに追い返さないとまずいことになりかねない。
そう思って口を開いた時――
いきなりテーブルのグラスが弾け飛んだ。
「トキ!」
直後、ボルトはトキを物陰へと引っ張った。
ダガガガッガガガガガガガガガガッ!!
けたたましい轟音が響いた。
この日本では聞くことのない音。
銃声!
それも、重火器による連射。
(はぁっ!?銃げ……!)
暗闇に染まりつつある景色を、マズルフラッシュが照らす。
襲撃者は外だ!
テーブルの足が吹き飛び、バランスを崩す。
外からこの家に向かって容赦なく銃弾をぶち込んでいるんだ!
壁や床、天井に着弾しては破片が飛び散り、食器棚の方からは盛大なガラス独特の破砕音が響いてくる。
トキは混乱する頭を振り、階段へと移動した。
それまで座っていたイスも最早使い物にならないほど変形している。
移動を始めたときに蛍光灯が破壊され、破片が降りかかった。
「気をつけて!
アサルトライフルか、それ以上だよ!」
解りにくい説明をするボルト。
リビングを出て、右に玄関。左に階段がある。
穴の開いた靴棚。
目の前で穿たれる壁面。
運良く無傷で2人は階段の前に来た。
手すりに着弾し、振動が手から伝わってくる。
階段を昇り始めた時、玄関の扉に無数の弾痕が出来る。
襲撃者が迫っている。
逃げないと!
石灰が砕け散る。
床板にも穴が穿ち、壁に掛かった絵やライトはことごとく撃ち落されていた。
「一体何なんだよ!?」
トキの憤怒を聞き、ボルトも銃声に負けないくらい大きな声で説明した。
「多分、ハンズが来ているんだよ!」
「じゃあサルもいんのかよぉっ!?」
「そうじゃなくて!
ハンズ・ブリジスタス!錬金術師だよ!!」
ズガンッッ!
直後、ドアノブとその周りが異常な形に変形した。
至近距離ショットガン。
ボルトは説明をやめ、頼りない力でトキの手を引っ張り階段を駆け上がっていく。
2階のすぐ近くにあった部屋へ2人は駆け込むと同時、銃撃が止む。
「何なんだよ!一体!?」
「しぃーっ!
あの人達からトキを護るのが、今日の私の仕事だよ」
ボルトに注意されてトキも声のボリュームを落とす。
「どうでもいい!
それより、何で銃なんて持っていやがるんだ?」
「ハンズ・ブリジスタス。
いまハッキリしたけど、彼で間違いないよ」
「知り合いか?」
怒気を含ませた声でいい、ボルトは少し驚いた。
「まぁ、名前とどういう人かくらいは………」
「お―」
(―前の仲間じゃないよな。
仲間なら撃つはずないもんな)
口に出しかけた言葉が心の中で響く。
敵が来た。
認めたくないが、その表現が今の状況に当てはまる。というか、それしかない。
「あいつは密輸業者なのか?
それとも警察関係か、軍人か?」
銃器が手に入る可能性のあるものを口にしていく。
それでもあそこまで連射が利き、且つ火力に優れた銃器を所持していることから、警察ではないという推理に自信はあった。
「錬金術師よ」
ボルトの言葉でトキの思考回路がぶっ飛びそうになる。
なにもこんな時に……
「ふざけてはいないよ」
いまのボルトがトキには別人に見えた。
「ハンズに金属探知機は通用しないよ。
どんな時、どんな場所でも物質を変換して他の物を生成する力を持っているから。
それが、錬金術師であるハンズの特徴よ」
ボルトの話はトキの耳に届きそうで届いていなかった。
急に大人びた雰囲気をかもし出すボルトに魅せられたのだ。
(……カッコイ)
「トキ?」
ボルトが顔を覗き込んでくる。そのおかげで我に返る。
「あ、じゃあ、急いで逃げなきゃ!」
「ちょっと待ってよ!」
ボルトがトキを止める。
どこか怪我したのかとトキは心配そうにボルトの体を見回した。
無傷である。
その間、ボルトは目を瞑っていた。
(やっぱ眠いのか?
いや、違うか……何だ?)
そして急に目を開いた。
瞬間、
「トキ!」
ボルトが肩を掴み、力の限り引っ張る。
トキの体が前方へと転がった。
直後――
フローリングの床を無数の散弾が貫いた。
2人は立ち上がり――
同時、銃撃が再開された。
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!
2階の廊下はコの字構造になっている。
今度は2階への銃撃が始まったのだ。
手すりが外れる。
2人は角を右へと走っていく。
部屋のドアにも無数の銃弾が叩き込まれている。
「急い……!」
「俺の家がぁっ!」
「諦めて!」
破壊は続き、建材から破片が生み出され続ける。
床、天井、ドア。
見慣れているハズの家が、見知らぬ廃墟のように見えてくる錯覚。
ダガガガガガガッ!
(銃声が変わった!?)
軽いパニックに陥りながらも、トキはそのことに気付いた。
銃撃が自分たちから遠ざかる。
(他の部屋へ銃撃がいっているのか!?)
天井を透かしてモノを見る人間なんて居るはずがない。居てたまるか!
ボルトは突然最寄のドアを開き、その中へ飛び込み、トキも続く。
そこは寝室であり、トキの部屋でもあった。
勉強や引きこもるのもこの場所。
「……………」
玄関でハンズは天井を見ながら首をかしげていた。
その右手には8.8kgもあるブローニング・オートマチック・ライフル、通称:BARが握られていた。
左手にはXM8と呼ばれるアサルトライフルのシャープシュータータイプが収められて、両手がふさがった状態でいる。
2階での声や足音が聞こえなくなったのだ。
(まさか、間違ってトキって奴まで殺しちゃぁないよなぁ?)
自問自答。
ただし、答えはこれから確認に向かうため、自問の状態で止まっている。
間違って殺してたら何と怒られるだろか。
ハンズは、フルオート(連射)でなくセミオート(単発)でBARを撃ちまくった。
一応、捕獲対象であるトキに当てないための心遣いだったのだが――
(ハハッ!意味ねぇな)
しかし、反省している暇はなかった。
弾切れになったBARに自分の力を流し込んでいく。
(この質量から創り出せるものは……よし、これだ!)
決定と同時にもう1つの武器にも、残弾を確認することもなく力を流していく。
(こっちは、ナイフだな)
ハンズから流し込まれる不可視の力が、2つの得物を別の得物へと変化させていく。
(あいつらが生きていたとして)
静かであることから、すぐには動かないことが予想される。
そう考えハンズは――
(錬度を最大に出来る時間はあるな)
例えば、ナイフ。
錬金術師であるハンズでも、錬金を大雑把に行えばロクな物を生成できない。
ナイフなどの場合、刃毀れがしやすい、折れやすい、切れ味が悪い、などの悪要素を伴い戦闘に支障をきたすのである。
この力に慣れていなかった頃は、何度かそういうミスで死にかけた。
今のハンズには、2〜3秒の時間さえあれば、最硬質のナイフを生み出すことが出来る。
「………」
改めて家のつくりを見る。 外から見た感じよりも広い。
ハンズの手にはプラスティック主体のセミ/フル切り替え可能なハンドガン。
パリッ
一瞬で銃全身を包んでいた膜のようなものが剥がれ落ち……
グロック18Cが握られていた。
「それで、どうするんだよ?」
小声でトキとボルトは会話を続けていた。
ハンズの銃撃が止み、ボルトは再び目を閉じた。
(またか……)
何故、目をつむるのか理解できないトキは苛立った。
いつ銃撃が再開されてもおかしくないというのに、何故目を瞑っていられるのか。
ボルトという少女にこの状況を打開する力があるのか?
(そもそも、コイツは俺を護衛しに来たって言うけど……)
「近付いてくる」
いきなり目を開いたボルトが口にしたのはそれだった。
「接近戦で来る気ね」
ボルトの目がトキへと向く。
(ディマが来たら勝ち目がないしなぁ……)
ボルトは悩みながら自分の力を確かめる。
トキは苛立たしげな表情でボルトを見つめていた。
「ねぇ、トキは走るの速い方?」
「まぁまぁだ」
最後の最後までボルトは思案し、告げた。
「楼塔病院って知っている?」
「ああ」
ボルトは自分の時計を確認する。
PM19:17
「いますぐ、そこまで避難して」
「どうして?」
「私がハンズを止めておくから、トキはそこまで行って、芹真さんに合流して」
芹真。
その名前を聞いて昼間のスーツ男の顔がぼんやり浮かんでくる。
「でも、あいつは銃を持っているんだぞ?」
お前こそ逃げろという直前、ボルトの手から光を放つ球が現れた。
「私も、武器くらい持っているよ」
「え…なん?」
「ここで1番弱いのはトキだよ?
わかってる?」
邪気の無い笑み。
深く突き刺さる言葉。
無力、非力。
「目を閉じて」
ボルトは時の肩に手を置いた。
トキはそれを振り払う。
「何する気だ?」
「トキに死なれたくないから」
「俺はお前が死ぬのも御免だ」
「私は、トキを逃がしたい。
それだけなのに……」
俯くボルトを前にして、トキまで俯きたい気分になってくる。
ここは、従うしかないのか?
パリッ
微かな音がボルトの耳に届く。
(もう時間が……)
「芹真に会えばいいんだな?」
ボルトはトキの顔を見つめ頷く。
「そこに行けば芹真は居るのか?」
「わからない」
決意をしたトキにとって、この回答は拍子抜けなものだった。
「これは、可能性でしかないけど、せり……!」
途端、ボルトは言うのを止め、トキの額に光の球を押し付けた。
それを喰らったトキは目を閉じる。
「走って!」
トキは瞬き、いきなり体勢が崩れたことに驚いた。
「おわっ……え!?」
トキはコンクリートの上に居た。
周囲を確認する。
どう見ても見慣れた自分の家の前と、その周辺の景色だった。
何が起こったのか混乱する頭を回している最中、再び銃撃音が響いた。
「アイツ……!」
悔しさを押し殺し、トキは走り出した。
芹真という男さえ連れてくれば何とかなる。
走り続けるしかない。
あまり体力に自身がないトキだが、いまはそんなことを言っている場合じゃない!
自分に何度も言い聞かせる。
ボルトには内緒だったが、一発の銃弾がトキの腿を掠っていた。
(マジ物かよ!)
徐々にこみ上げてくる恐怖と不安。
「やってらんねぇ!」
自分の不運さに毒付くトキ。
あの娘が死んだら、自分の責任なのか?
それすらハッキリ解らないまま、トキは走り続けた。
闇の中をただ1人、あの娘を救うため。
そして自分を救うために。