第18話-親光少女!ボルト・パルダン!-
きっとその瞬間がすばらしいから。
だから人は――
過去を造って、
未来を創って、
現在を作るんだ。
だから――
朝があって、
昼があって、
夜があるんだ。
どれが一番なんて無い。
どれも素晴らしいんだ。
……
…………
………………
本気でそう思っていたのはいつの事だったろう?
成功に次ぐ成功から真理を得ようとする事は難しい。
目に映るものは簡単に入手することができるが、見えないモノ、目に映りにくいモノは中々得がたい。
例えば――『愛』やら『信頼』やら『生命』やら『ライバル』やら……――etc
しかし、そういったものを気付かぬうちに手に入れている者も居る。
「あれ?」
午前04:04
芹真事務所。
そこには1人の魔女が住んでいた。
人狼と鬼と一緒に生活を送り、日々を過ごす、忘却水準を往来する光の魔女。それが彼女、ボルト・パルダンである。
事務所内に設えてある部屋の1つに、ボルトお気に入りの部屋があった。
部屋の中は多くの照明器具と子供には少し大きめのベッド、それから、短剣の刺さった懐中時計と、木製の大きな時計が壁に並べて掛けられている。
純白で統一された壁に一点だけ、黒い穴。
以前、トキが朝から発砲して開けた穴である。幸いにも、あの時は照明器具を1つ破壊されただけで、ボルト本人が怪我することはなかった。
「……ん?」
いつもならまだ寝ている時間帯である。
しかし、訳も分からずボルトは目を覚ました。いままでにない感覚、起床。
夢の途中に、何の前触れも無く覚醒に至ったことは今まであっただろうか?
それすらあやふやなのである。
(何だろう?
怖い夢…………だったっけ?)
どんな夢を見ていたのか思い出そうにも思い出せず、上半身を起こし、ベッドから足を下ろす。
どんな夢?
思い出せない。
閉じた窓を開けようと立ち上がり、ボルトは自分のそれに気づいた。
(……涙?)
目尻に感じた違和感を、手で触れ、その雫を撫でる。
よほど怖い夢でも見たのか。
しかし、どうしても思い出せない。
ボルトは涙を拭いながら窓を開けた。
開け放たれた窓から吹き込む新鮮な空気。
ほど良く暖かい微風。
外に映えるオレンジとブルーの朝空。
昼は喧騒に包まれるであろう静寂の街。
まるで嵐の前の静けさのような雰囲気。人ごみでざわめき、車の活動で静寂は切り裂かれ、空気は淀む。
「ん〜〜っ」
一度伸びをしてから両手を広げ、朝日と微風を受ける。
(思い出せないなら仕方ないか〜)
あっさり頭を切り替え、ボルトは深呼吸し、僅かの間景色を楽しんでから洗面所に向かった。
ここで、問題が1つ。
ボルトは通常この時間帯に起きることはない。ほぼ100%。
故に、どんなに早く起きようと眠いことに変わりなく、彼女の脳はおそらくまだ眠っていた。
それも、確実に50%は非覚醒状態。
そんなボルトが鏡の前に立った時、
「ん……ん?」
鏡の前で伸びながら自分の顔を覗き込む。
どこか違和感が……
(まぁ、いっか)
確実にまだ半分くらいは寝ていた……
意識がハッキリしないとあまりいいことはない。
よし。
まずは、意識がハッキリした所から始めよう。
俺は夢の中にいた。
おそらく自分の葛藤か未来予想図か……
とにかく、夢の中でもう1人の自分らしき者と格闘している最中、俺の体は危険信号を宇宙人と交信ができるんじゃないかと思えるくらい発信し、覚醒に至ったのだ。
そう。
俺、色世トキは確かに自分の部屋のベッドに寝ていた ハズ だ。
だが、目が覚めてみれば、見慣れた天井や壁・床などはドコにも見えず、また柔らかい布団や枕も何処かへと消えていた。
しかし、決定的違和感は自分を取り囲む環境の変化じゃなかった。
シーツの感触も、枕の心地も、暗いマイルームでも、決定的な違和感を与えたのはそんなモノじゃない。
目が覚めてみると、俺は習慣でも趣味でもないのに――しかも……おそらく、いままで寝ながらだろうか――俺は、
『散歩』に勤しんでいた。
それも、早朝から。
(はい?)
夢だと信じたい俺。
しかし、現実にはしっかりジャージ着用しているし、シューズも履いているし……
気付けば隣にボルトが居るし――
しかも、何か――
いつもと……
「おはよ〜!」
「う、ぉ、おお。
おはよう……」
トキが夢から覚めるのと同時、ボルトはその覚醒に気付いた。
スマンが、混乱も覚めるような説明をしていただけないでしょうか?
トキの意識はある程度ハッキリしていた。
が、ハッキリしているだけで、ボルトの読心術を完全に忘れていたのである。
「うん。
今日ね、スゴく早く目が覚めちゃったんだ。
それで暇つぶしに散歩行こうかな〜、って思って」
「それで俺を誘拐――じゃなく、誘ったとか?」
「とかじゃなくて、まさしくその通りだよ。
どうせトキは今日も1日暇でしょ?」
朝から痛いところを突かないでくれ。
いや、決して暇ではないんだが……
しかし、そんなことよりも、どうして俺はしっかりと着替えているんだ?
「え?
あ、それはね」
そう言った直後、ボルトの指先に光が灯る。
しかし、ボルトだけじゃない。
俺の両手、両足、指、腰、首まで光を纏ってしまった。
朝早くとはいえ、大体予想がつく。
つまり、マリオネット。
糸で操る人形だ。
俺の体から自由が奪われていくのが感覚的にわかる。
多分、ボルトは起きている人間には容赦ない娘だ。
予想はついたからその辺で……
「こうやって」
ゴリ
「ぅっ……!」
「こうして……」
メキメキ
「っ!」
「こんな感じで――」
「ぁ……っ!」
ポキポキ、コキッ
「こうやったんだよ!」
ボキッ!
「―――!!!!」
されるがままの俺。
声も出せないもんだから、本当に操り人形と何ら変わり無い。
俺=人形。
ただし痛覚あり、限界あり。
ボルト=操り師。
ただし、スーパーアマチュア。
もうやめてくれ。
意志と関係なしにギリギリまで関節とか動かすと、結構痛いもんだしさ。
マジで洒落にならん。
「あ、ゴメ……
間違えた!」
ギュウゥゥ……
あの、ボルトさん。
悪化。
なんか、首絞まって――
「う〜ん…………」
何を考えてるのか詮索しないから……いや、あとで聞いてあげるから、いまはとにかく首の圧力を――!
「それっ!」
ゴリゴリ
ポキッ
メキメキメキパキッ
多分、首が絞まってなければ思いっきり叫んでた。
嗚呼……
俺の人生、散歩で終わるんだ……
「ごめんトキ!
思いつきでやってみたんだけど――
あ〜、えーっと!
さっきは上手くいったんだけど、今ダメみたい!」
だったら最初からやらないで……
「今治すから!」
糸が切れた人形そのもののトキに向かい、ボルトは急いで両手に光を纏って修復にかかった。
(え〜っと……
両腕は80%、
腰50%、
両足90%、
……首40%も壊しちゃったんだ)
それでもまだしぶとく生きていたりする俺。
でも意識は今にでも飛びそうだったりする。
(やばい、マジで逝くかも……)
が、幸か不幸か、ボルトは逝かせてくれなかった。
生き延びた、といえば聞こえはいいが……
「それっ!」
ボルトの実行した治癒魔法 = 貫き手!
分かり易く言うと、手は前倣え状態。
手刀の突きバージョン。
五指をそろえて伸ばし、突き立てる技だ。
しかも、人体で急所が多数存在するという正中線。
そこに集中。
しかも複数回。
更に乱打で!
それでも不思議なことに、折れた骨、ねじれた骨、外れた骨は全て元通りになった。
ただし、貫き手のダメージは蓄積。
ボルトの指が意外と鍛えられていたことにも軽く驚かされたが。
「何で朝から死にかけなきゃいけないんだ……」
立ち上がり、そんなことを言ってみる。
貫き手のダメージはあるが、先ほどのように各関節や骨への尋常ならぬ激痛は綺麗サッパリと消えていた。
どうせ独り心につぶやいても同じだ。
読まれることを思い出したことだし、いっそ愚痴ってみ――
「誰にでも間違いはあるじゃん!」
「間違って殺された俺は一体……」
どれだけツイていないんだか。
それはそうと、気付けばココは隣町だった。
一体、どれだけ歩いているんだ?
「なぁ、ボルト……いま、何時?」
人影皆無の、騒音極少。
朝だってのはわかる。
だが、一体何時なんだ?
「たぶんAM04:48〜」
多分にしては細か……
って、おい!
「5時前!?」
「朝の空気はおいしいね」
いや、そんな余裕ないし!
つうか、眠気が踵を返したかのように襲い掛かってきたし!
「そんな不健康なこと言っていると、早死にするよ〜!」
いや、お前といる方が早死にしそうだよ……
というより、もう1回死んでるし。
「何が目的で朝の散歩なんかしてんだ?」
「散歩するため」
何のひねりもない回答、実にありがたい。
特に混乱と眠気で頭がうまく機能してくれない時には。
だが、いまはそんな回答が欲しいわけじゃない。
「本当はね、準備している時に、トキの顔がふわ〜って浮かんできたから、一緒に散歩するだけ出し、大丈夫か〜って思って」
「全然大丈夫じゃない。
眠い。
寝せて」
「ココで?」
「いや、じゃあ、まず家に帰っていい?」
「ダメ」
理由無き一刀両断。
そりゃないだろう……
「トキといると夢を思い出せそうだから、一緒にいて」
「夢って?
何か重要な夢?」
「う〜ん……どんな夢か覚えていないの。
けど、起きたら泣いていたから、何で泣いているのかな、って気になって……」
本当にボルトか?
今更だが……
今更ツッコむのも何だけどさ……
あなた、本当にボルトですか?
ガチ
「それで、私がどんな夢見てそんなになったのか思い出したくて」
トキは心から戸惑っていた。
口調こそ同じだが、今日のボルトは明らかに変だった。
まず、何より身長が自分の口元辺りまであること。
普段のボルトはどんなにがんばってもトキの胸くらいの身長しかない。
次に髪の長さ。
普段は短めだったり、セミロングだったり、たまに気分で成長急促進させてツインテールとかやっているらしい。
が、今のボルトの髪は明らかに腰まで達している。
ボリューム満点且つ、金髪が眩しい。
それから体型。
頼りなげな四肢はモデル顔負けの整った体つきになり、無駄がない。
そして胸も藍に匹敵するサイズを誇っていた。
(エロティカには是非とも遭わせるわけにはいかんな)
それはもう、さまざまな意味で。
下手すれば俺みたいにマリオネットのように弄ばれて、『間違えた』で殺されるやもしれんからな。
「そうか。
とりあえず、夢が思い出せるまで散歩は続くわけだ」
「う〜ん……
たぶん思い出せない気がするし……」
帰宅不可ですか。
「じゃあ、パイロンの店まで行ったら帰ろ。ね」
つまり、どんな早くてもあと街二つ。
あそこまで歩いていくとなれば結構かかるな。
正直、キツい。
「……なぁ、ボルト」
トキは観念し、仕方なく眠気を吹き飛ばすためボルトに話しかけることにした。
「朝からこんな話もなんだけどさ」
「な〜に〜?」
少々欝なトキに対してボルトの機嫌は良好だった。
「ボルトの家族はもう、皆いないって話だけど……」
「そんな話したっけ?」
「初めて会った時話したろ」
「ん〜……ごめん。
思い出せないや」
ガチッ
「ぁー……そうか」
「でも、皆居なくなったわけじゃないよ」
「兄弟とかいたり?」
「うん!」
妙に嬉しそうだが、同時に少し寂しそうだった。
やはり、どんなに強力な魔女だろうと子供であることには変わりない。
「トキは?」
「知ってるくせに聞くのか……」
「兄弟なしの、母他界、父獄中、でしょ?」
「そうだよ」
後ろ手組んでボルトは歩を進めた。
トキも歩いて追いかける。
「ねぇ、トキ」
「何?」
「ちゃんと友達は居るんだよね?」
「ああ」
振り返り、ボルトは言った。
その時のボルトが何を考えていたのか俺にはわからなかった。
もしかすると、解ろうとさえしていなかったのかも知れない。
とにかく、ボルトの本意が読めなかった。
「友達の世界を大切にしてあげてね」
「?」
「この世界はね、世界の上にさまざまな世界が存在して世界を動かしているんだよ。
そうやって“世界/生命”が世界を重ねていくんだ」
「はい?
どういうことだ?」
単刀直入にいうと、さっぱり解りません。
むしろ、テラカオス……
変な電波入っちゃったのかい?
「わからなくてもいいんだよ。
ただ、聞いたことがあるか、ないかの違い」
「わからなくてもいい?」
「わかりやすくいうと、個と全だよ。
それは始まりから終わりの過程が光と闇の狭間を漂って、共通して同じ結果にたどり着く。でも、結末が同じというだけで決して全てが共通するとは限らない」
「……」
……もう、なんてコメントすればいいの?
ていうか、あなた本当にボルトですか?
「うん!
ボルトだよ!
そういうトキは、本当にトキなの?」
元気ハツラツ。
たしかに、ボルトらしいといったらこの上なくボルトらしいが……
ただ、それは中身に限ってだ。
外見に関しては全くの別人にも、思えなくはない。
「俺も俺。
色世時だよ」
「うん!
私も私!
ボルト・S・パルダンだよ!」
S……?
やっぱり、いつもと少し違うようだ。
Second Real/Virtual
-第18話-
-親光少女!
ボルト・パルダン!-
「あ、猫さん」
隣街に入ったところで、ボルトは路地裏に潜む存在に気付いた。
トキも何となく、そちらの方へ目を向けてみて……
「うっ……」
思わず目を反らした。
臓物引きずりながら、辛うじて息をしている生き物がそこに居たのだ。
ボルトは駆け寄り、猫は逃げようとする。
「おい、ボルト」
引きとめようとしたが、ボルトはすでに猫を捕まえていた。
必死に逃れようとする猫と、必死に抑えるボルト。
「いま治してあげるから」
その瞬間、裏路地はまばゆい光に照らし出された。
太陽光とは違う、もっと白く、強烈で――
しかし、優しさに満ちている、純白の光。
トキは思わず目を瞑った。
素直に眩しい。
(朝からこんなことして大丈夫なのかよ!?)
近所迷惑になってないことを祈る。
まぁ、近所ではないが。
程なくして放光は終わり、裏路地からボルトは帰還してきた。
その足元には先ほどの猫。よく見れば、子猫。
「おっきな猫と喧嘩したんだって」
足元でボルトに身を寄せる子猫。
ボルトも笑顔を見せた。
一つの命を救ったことに対する満足感からだろうか。
(そんなことも出来るんだ……)
ボルトは再び歩き出した。
再び笑顔を向けてくる。
「凄いな、ボルトは」
「うん?
えへへ♪」
心底驚きだよ。
はみ出てた内臓がしっかり元に戻ったのか、子猫は元気にボルトの横で鳴いてる。
これが魔女のSRなんだ……
「魔女じゃなくても命を与えることが出来る人はいるよ?」
「……居るんだ」
何か、人の命が安く思えてきた……気のせいだと信じていたいけど。
「例えば、アヌビスとか」
「あの黒い人たち?」
「うん。
協会の断罪部隊最高権威者、前HERO'Sの1人、イシスによって創設された部署。
その主力構成員たち」
いや、そんな自慢げに長々とした名前を連ねられても分からないんだけど。
というより、イシスってあのゲームとかによく出てくる――
「うん。
たぶん、世界最大の占い師」
「占い師が人を蘇らせるのか?」
「藍ちゃんとか良い例だよ」
数秒沈黙。
足音と子猫の鳴き声と烏の鳴き声だけが周囲を彩った。
「藍って……
一回死んだの?」
「うん。
私達と会う前に10回死にかけて、1回リアルに死んじゃったらしいよ」
「マジ?」
どんなに傷付こうが死なない人だと思っていたのに……
「なんかその時、金棒と術符と日本刀しか持っていなかったんだって」
「はい?」
何ゆえいきなり装備の話?
「しかも、その時藍ちゃんが着てた服なんて、戦いに次ぐ戦いでボロキレも同然だったんだって。辛うじて大事なところ隠れる程度の。
そんな状態で……」
「砂漠を横断したと?」
なるほど。
こんなこと言いたくないが、藍も結構アホだったんだな。
「藍ちゃんにそのまま伝えておこうか?」
すいません。
伝えないで下さい。
言わないで下さい。
間接的に殺さないで下さい。
「にしても、そのままの状態で――」
確かに。
よくもまぁ、そんな所を……
「南極に渡ったんだって。
しかも、船も使わずに」
瞬間的フリーズ。
解凍し、回答に悩む。
イシスって言うからエジプト方面じゃないの?
てか、何で南極!?
つうか、アホでしょ!
自殺行為もいいところだ。
ボロ切れ纏って、船も使わず、しかも武器以外一切持っていないなんて……
「藍ちゃんも未熟だったんだよね〜。
直に見てみたかったな〜」
「って、ちゃっかりサディスティックな宣言してるし……」
「だって、藍ちゃんが馬鹿みたいなことする所見たことないんだもん!」
「いや――」
初めて出会った夜は、数千いるんじゃないかっていうほど大量のクワニーのゾンビに突っ込んでたじゃん。
あれが馬鹿みたいじゃないと?
「そんなの全然馬鹿みたいじゃないよ〜!」
「俺から見れば、スゲェ馬鹿げて見えたぞ?
普通は突っ込まないし」
「それは、一般人的見解でしょ?
私達は“セカンドリアル”!
常識で考えていると、その内訓練で死んじゃうよ!」
「訓練で死んだら意味無いだろ?」
何の訓練だよ……
って、ちょい待て、何その笑顔。
「何だよ訓練って?
って……
それはまさか、その……俺が訓練の対象だったりはしないよな?」
「トキほど戦力にならないSRがどこに居るの?」
スイマセンでした。
そうですね。
芹真事務所で最弱なのって、俺なんですよね。
「だから、訓練相手をお願――」
「なぁ、その相手もやっぱりSRだったりするのか?」
「SRじゃないよ。
あ――う〜ん……
でも、SRほどじゃなくても普通の人間なら持っていない力を持っているよ〜」
やっぱり、普通じゃないんだ……
これは質問なんだが、SRじゃないのに普通の人間じゃないってのはどういうことだ?
「え〜?
だって、この世界で特異な能力を持った人たちや、そんな存在を『Second Real』っていう、まぁ、読み方が違うだけだよ。
大体相手はSRだと思っていても間違いじゃないし」
「何かそれじゃあ――
まるで異世界からでも来たみたいな、
自分の世界に閉じこもって独自のルールができたみたいな?」
にしても、今日はよくも朝から頭が働いてくれること。
普段からこれだけ回転がよかったら成績で悩むこともないんだろうなぁ……
「うん、当たり!」
「はい?」
「まさしく――」
何が当たりなんだよ?
子猫も軽く驚いているようだし、もちろん、俺も軽く驚いた。軽く、ね。
「ナインちゃん達はこの世界の人間じゃないんだ〜!」
自慢げに笑顔で解説するボルト。
必死に話についていこうとするトキ。
必死に歩行速度について来る子猫。
どうでもよさそうに鳴き続けるカラス。頭上を旋回するカラス。
「前にも1度来たことがあるんだけど、その時は少人数だったから少し寂しいかな?っていっていたんだ。
だから、今度来る時は知り合いを連れて来るって!」
「その、異世界の人とは仲いいのか?」
「うん!」
「どうやって知り合ったんだ?」
抱かずにはいられない疑問。
抱いて当然の疑問。
何が目的で異世界の人と知り合ったんだ?
「何でかって言われても、マリーンを探すためにあちこち飛び回っていたら、偶然ナインちゃんと遭遇したんだ」
「ナインって、それは人の名前か?」
「そういう部署で仕事をしていて、みんなが気軽にナインって呼ぶから、その名前が好きになったんだって。
それで、呼ぶときはナインで統一お願いって言われたことあるんだ」
どんな部署で、どんな仕事だ。
仕事でナインと呼ぶ職場も職場だ。
「安心してトキ。
ナインちゃんは相手しないから!」
(ナインちゃん……
……女性か?)
てっきり男かと思っていたよ。
「うん!
女性!
ウーメン!
たぶんそろそろ23才になった頃だと思うけど」
「若いんだな」
「でも強いよ〜」
「強いのか?
あ、だから俺の相手はしないと?」
それはそれで少し腹の立つ話だが……
まぁ、俺が弱いのが悪いんだろうしな。
「そう!
いっておくけど――
ナインちゃんは自分の世界で最も頂点に近かった人なんだ!」
「何の頂点だ?
っていうか、どんな仕事している人なんだ?
軍隊や特殊部隊とか?」
「この世界にはない仕事」
「へぇ」
ちらりと子猫に目を向ける。
たまに見てみれば可愛いかった。
何か、飼ってみたくなるな。
たぶん、長続きしないだろうけど。
気付けば、芹真事務所から3つ目、パイロンの店のある街――通称:外人街――の都市部に差し掛かっていた。
「ナインちゃんの世界では“フィルナ”って呼ばれているお仕事」
「ふぃ……?」
子猫を抱き上げ、ボルトは頭を撫でる。
そんなボルトの足元に、いつの間にか逃げ出したらしき犬が近寄っていた。どちらかというと少し痩せ気味で小柄な犬だった。
「トキ。
この世界が平和過ぎじゃないかって、思ったことない?」
突然ボルトは口調を変わった。青空から灰色の空に変わるように。
上空のカラスたちが飛び去っていく。
「平和すぎるって……
まぁ、この国は法律がうるさいし」
「この国じゃないよ。
世界だよ。
そう感じたこと、そう思ったことはない?」
「実感がないし、世界中のこと考えているほど余裕あるわけじゃないし……
あ〜……
実感が湧かない」
「そっか」
と、再びボルトの口調に明るさが戻った。
結局、今の質問にはどういった意味が――……
「じゃあ、これを機にナインちゃんが連れてきた人たちに訓練してもらいながら聞いてみればいいよ。
絶対損はしないから」
そう繋がる訳か。ということは……
ナインなる人の世界は、この世界以上に荒れているということだな。
「うん。
そんな世界でも生きていく為に必要なもの。
これからお世話になるんだから、あっちの世界のことも少しは知っておいたほうがいいでしょ?
まぁ、訓練が始まれば、それどころじゃないと思うけど」
どんな訓練になるのか、秘かに胸躍る響きもあるのだが……
冷静に考えてみれば、ボルトの知り合いである。
そして、その知り合いの世界は酷い荒れ様という。
間違って命落とすことはないよね?
「保障できな〜い」
じゃあ、死ぬ確立の方が遥かに高かったり、とか?
「うん。
それは保障できる」
――参ったな。
半ば冷静、半ば冗談で聞いたつもりだったのに……返ってきた答えはとても耳当たりがいいとは言えないモノだった。
例え冗談だったとしても、訓練つけてもらうのは俺。
命落とす可能性があるのは俺。
ボルトは訓練に参加するわけじゃないんだ。命を落とす心配なんてないだろう。
しかし、俺は違う。
下手すりゃ逝けるらしいじゃないか。
嗚呼、逃げ出したい……
痛いのは嫌いだ。
「でも、慣れておけばすごいプラスになるよ」
そんなこと言われつつ俯くと……
初めて足元の異常に気付いた。
「……!?
っ!?
えっ!!?」
いつの間にか犬+猫、合計して4匹に増えてるし。
更に、ボルトの右肩には鳩が。
足元にカラス……って、上空にもたくさんいる!
他にも数え切れないほどのスズメやネズミ。
俺の後ろにも何か――か、カルガモ!?――ついてきてるし!
「あとでトウコツと戦うんなら、結構役に立つと思うよ?」
「う、ん、わかった!
ちょ……なぁ、ボルト!
何だこの動物!?」
「お散歩仲間〜」
「い……えっ、嘘ぉ!?」
なんか、鷲まで!
随分愉快なお散歩パーティーじゃないか!
これ、俺誘う必要なくない!?
「こうやって、パイロンの店まで行くと、皆で朝ごはん食べたりできるんだよ」
原因発見!
餌付けか……餌付けしたんだな!?
「違うよ〜、食べ残しなんて勿体無いじゃん!
だから、有効利用しているんだ」
いや、結果的に餌付けになっているし。
ウミネコに、カッパ○○センを与えないでください、って標識見たことないのか?
この動物メンバーに天然記念物混じっているぞ?
「……」
「下手に懐いちまったら、面倒なことになるんじゃないか?」
「ぅ〜〜〜……」
あ、ふくれた。
と、同時。
一斉に動物たちが逃げ始めた。
子猫なんて逃げ遅れてボルトの腕の中で震えている模様。
かわいそうに。
ボルトはゆっくり子猫を地面に下ろしてあげる。
すかさず逃げ出す子猫。
「本当はわかってるもん」
言ってからこんなこというのも何だけど、何か悪い事してしまったな……
それから黙々とあるくことわずか2分。
パイロンの店(改装中)の姿が目に飛び込んだ。
「なぁ、ボルト。
俺、今日友達が来るっていうから、家に居なくちゃいけないんだ」
「そうなの?」
「ああ」
「ちぇ〜っ」
膨れながらボルトは踵を返し、復路を進み始める。
「じゃあ、また後で散歩に付き合ってね」
「え?」
突然の申し出に戸惑い、トキは足を止める。
街の稜線を飾る太陽光を背に、ボルトは言った。
「みんな変わっちゃう前にもう一度、一緒に散歩しようね」
いつものボルトはもっと元気で、もっと子供っぽく、もっと無邪気。
だが、目の前のボルトに、そういったものがない。
何故か、少し寂しげな顔。
何気ない約束。
「ああ。
いいよ」
見慣れたハズなのに、しかし、見慣れないボルト。
容姿が変わったことだけが原因とは思えない。
決定的に、いまのボルトは何かが違う。
「約束だよ」
2人は静かに、それでもいつもより話は弾み、復路を行く。
その帰り道に疲れを感じることはなかった。
トキが自宅へ着いた時、ボルトは再び踵を返した。
「事務所には行かないのか?」
「うん。
ちょっと用事思い出したの」
手を振ってボルトは走り去り、トキはそれを見送った。
朝早くからだというのに、何故あんなに元気でいられるのか疑問に思った。
自分には到底真似できない。
早寝は苦手だし、早起きは規準がわからないし。
「まぁ、ボルトなら大丈夫か」
魔女だし。
その気になればきっと、人独り、1分もかからずに破壊できるだろう。
俺がそうされたように。
だから、誘拐されないか、という心配をしなくて済む。
逆に、こっちが危なくなった時に駆けつけるだろうから頼もしい。
(さて、エロティカや智明たちが来るまで余裕を持てそ……)
ボルトという津波が引いた後、
第2の波が来た。
しかも、かなり害悪・有害・精神的不衛生な、
「ぬっ!
起きていたかトキ」
何日か前にDVDを借りていった人物の1人が、常識ハズレなマル秘友人が常識外的な時間帯から襲撃を仕掛けてきた。
「セ〜ン〜。
何〜処〜?」
隣町。
2度通った場所へ、再三ボルトは足を運んだ。
もちろん、人探しのためである。
それは親友。
そいつは後輩。
彼は人外。
周囲は勝手に仙人と呼ぶ。
が、本人にその自覚なし。
「セン〜。
出てこないと焼き殺……照り消しちゃうよ〜♪」
ボルトの両手に灯る蒼白い光。
その気になれば半径20Kmくらい一瞬で焼け野原にできる魔女。
そんな彼女を先輩と慕っているのが彼、センであった。
直後、裏路地の水溜りから人1人が飛び出る。
「すみませんでした!
もう2度と邪な悪戯を仕掛けようとはしませんから許してください!」
学生服に身を包みながら謝罪の意を必要以上に繰り返す、実年齢21歳の微童顔青年。
本名:オリベイル・セスナム
通称:セン
水の精霊に見込まれた、命を守る水。
遥か昔から人々を育んできた水。
光と影の後輩。
それが、この男“生源創水”のセンである。
(って、うわっ!
ボルト先輩が“S状態”だ!)
「そんなことより、ちゃんと測定できた?」
殺意に満ちた笑顔で迫るボルト。
必死に頷きながら胸ポケットを探る。
「もちろん取れました!
急ごしらえとはいえ、それなりの設備を借りれましたので!」
色々戸惑いつつも、センは一枚の紙を取り出して読み上げる。
「色世 時君に関する情報!
第1覚醒:タイムリーダー
第2覚醒:クロノセプター
それから、第3覚醒の予兆が現れています!」
「やっぱり?」
通常の態度に戻ったボルトにセンは安心を隠せない。
殺気が津波のように引いていく。
思わずため息が漏れた。
「はい。
先輩の言ったとおり、トキ君は並みのSRじゃないです」
「直に見て正解だったと思わない?」
「ですが……
本部からは、積極的なアプローチは一切禁止とされていますので……」
「大丈夫だよ。
私に脅されてやった〜、って言えば」
言いつつボルトは指先に光を灯らせる。
センは身構えながら言葉を選んだ。
「そ、それは、先輩……」
「それにしても、よく1時間以内に用意できたね」
「え?
ま、まぁ、先輩の頼み――」
――だと、断るに断れない。
断ったら他界必死。本当に必死。必ず死にます。そう、冗談抜きで!
(1、2……5人か〜)
ボルトから声がかかったのがトキを散歩に連れ出す直前。
指定された時間内に指定された場所で待機して欲しい。
2人が外人街に来る前後から“その眼”は少しずつ集まり始める。
様々な動物達の目を通してトキを観察する千里眼達。
ある者はトキの仕草を観察し――楽しんで、
ある者はトキの外見的特徴だけをしっかり目蓋に焼付け――ナルシスティックに表情をゆがめ、
ある者はトキの口調から癖を拾い――速筆でメモを取り、
ある者は娯楽としてトキの考えを考慮・吟味し――反応のいちいちに笑みをこぼし、
ある者はトキのSRを考察・推論していた。確実に覚醒を重ねている、と結論に至った。
「それにしても、思いつきでやったにしては相当な情報を得ることが出来ましたね」
「うん。
やって良かったでしょ?」
「はい。
ですが、先輩。
先輩は協会が嫌いなんじゃ……」
「嫌いだよ〜♪」
殺意のこもった笑顔。
殺意というより、むしろ悪意。
「ぅへっ……!?」
そこからボルトによる後輩イヂリが始まり、正午まで続いた。
今日の外人街は、いつもよりも多くの外人が喜怒哀楽で街を飾ったという。
<報告>
色世 時。
--SR--
タイムリーダー(未確認)
クロノセプター(未確認)
UnKnown(予兆有、不特定要素未知数)
--危険度--
通常時:皆無
SR発動時:B+
異常時:未知
--コメント--
預言者でさえ完全に読みきることの出来ないSRであり、且つ協会に服する意志がないことから、NIGHT MAREに加わる前に処分することをお勧めします。
ただし、四凶を向けてはいけません。
<確認書>
--印--
受領
--コメント--
処分不可能。
やれるものならやってみやがれ。
無理だから!
<追加報告>
--緊急--
色世 時と魔女に関する報告ですが、今回観察して判明したことがあります。
ボルト・パルダンは、色世 時から漏れているSRの微々たる波動を拾って復活しつつあります。
--詳細--
仮説の域を出ていませんが――
もしかすれば彼のSR:クロノセプターがボルトの『夢の殻』から時間を奪い、夢の殻に閉じ込められたボルトに時間を与えているというものだったとしたら、最悪の場合、彼女が完全に復活します。早急に防御を固める必要があると思えます。
他のSRの仮説でありますが、検討した結果、トキの力で彼女が蘇る確立は65%を軽く上回ったそうです。
その報告書が届けられる前に、1人の男がそれを盗み見た。
色世 時に関する報告書。
それは興味深く、またある程度の期待を抱くに値した。
何せ、色世 時はトウコツの左手を奪っている。
それだけの力、見てみたい。
自分を凌駕する実力者は飽きるほど見てきた。
逆もまた然り。
問題は、それらの殆どが完成体、または完成間近な実力者達。
(あの若さ……
あの未熟さ……)
しかも、日本人。
しかも、学生。
戦争も知らない。
戦いも知らない。
命の駆け引きを知らない。
世界の流れなど考えたことも無い。
だが、トウコツの左手を奪った少年、色世トキ。
「ククク……ッ
フハハハハハハッ!」
“自分が試してやる”
男は笑いながらトキに向かって歩き始めた。