第16話-決着!夢層の戦い!-
変わりたいものが夢。
変わろうとする標が夢。
変わるきっかけが夢。
変わった理由を返り見せるのが夢。
―――いや――
記憶が夢。
思い出が夢。
夢見ることも夢。
当たり前でいい。
夢は夢でいい。
だから、
お願いだ。
せめて、私にも夢を……
白州唯高校2年3組
そこを独りの男が訪ねた。
全てが静寂に帰っているこの学校に虚しさを見出し、それでも男はある意味での喜びを感じていた。
この夢を作り出している呪術師を殺すまたと無い理由を手に入れた。
犠牲となっている生徒には悪いが、君たちのおかげで奴は下手に動けない。
(もう少しの辛抱だ)
眠りから覚ましてあげよう。
そのために男はここに来たのだ。
男は夢に堕ちた1人の男子生徒の背後で立ち止まった。
ここまで来た理由は、夢を止める為。
(皆を夢から救うにはお前の協力が必要不可欠だ、トキ……)
取り敢えずの謝罪と、これから行う行動に事の理由付けを心の中でつぶやき、腰のホルスターから黒い鉄針を取り出す。
黒い針身には白い呪文が書かれていた。
呪われた人間と直接コンタクトを取るにはそれなりの処置が必要で、夢に呪い堕とされた人間には、その夢と現実を繋ぐ橋が必要だった。
男の取り出した鉄針がそれである。
男は、鉄針をトキの後頭部に突き刺す。
死に至るはない。
なぜなら、この針は人を殺せないという呪いを受けている。
刺しても死なない、傷つかない。
しかし、刺さっているという事実は存在する。
痛みを感じることはない。
男は、夢に介入した。
「な……っ!?」
イマルはすぐその介入に気付き、動揺した。
その――夢を――、一瞬。
呪いによって創られた夢の世界が、別種の呪いによって“止められた”
1秒たりとも時間が流れない世界が発生する。
完全静止の零世界。
介入した男の所為で、世界が狂ったのだ。
時間の流れが止まり、イマルも、夢の住人も、全て…………
何もかもが制止してしまう中、トキだけが時間の流れの中にいた。
「……え?」
突如として止んだ打撃・斬撃の嵐に顔を振った。
イマル、止まってる。
クラスメイト達、静止している。
アヌビス共、微動だにしない。
(まさか……)
自分のSRが発動したのか、トキは疑った。
そうだ。
そうすれば、ここから逃げることが出来た。
どうして使わなかった?
なぜ気付かなかった?
「動くな少年」
一声。
しかし、そのひと声はトキの背中に寒気を覚えさせた。
「いま下手に動くと首が飛んでしまう」
「なにが……?」
「私の介入はここまでだ」
トキの脳裏にある男が浮かぶ。
まさか、また――
「フィング……さん?」
否定の返答。
しかし、男であることは分かる。
そして、聞き覚えの在る声。
「完全再生に比べれば、あまりにも微弱なSR。
どうでもいいことだ」
「時間を止めたのはあんたか?」
単刀直入な質問に男はイエスで返す。
凶器や蹴り足に囲まれたトキは、男の姿を確認することが出来ないが、声を聞くことは出来た。
「私はイマルを殺す。
君は、この世界を破れ」
「……破れ?」
「そう。
呪術師は私が倒す。
その為に、この世界で君は奴を足止めしてくれ」
その男が味方であることは分かった。
が、しかし、信用していいものなのか疑問である。
「ならば、言っておこう。
会うのは瞬間的な場合を含めて8度。
言葉を交わすのは今回が2度目」
「……ぇ?」
「時間がない、どうする?
この世界でイマルを倒してくれるか?
そうしなければ現実で奴を倒すことは不可能だ」
「……」
芹真さんといい、フィングといい……
どうしてみんな言い出すことが急なんだろうか?
それは俺が世界の状況を知らないから?
実は明日にでも人類が滅びてしまうくらい切羽詰まっているとか?
だから、SRの世界は慌しいのか?
「違う。
お前は自分の成すべきことをいままで避けてきた。
その代償だと思え」
「代償だって?」
「引きこもることで、お前は何を見つけようとした?」
ガチン!
「欲しかったものは“あらゆる困難を乗り切る力”だろう?」
ガチッッ!
「お前には力があるんだ……
やってくれないか?」
ガチンッ!
「俺が、目の前のSRを――殺せばいいのか?」
「そうだ。夢の呪術師、イマル・リーゼ」
完全に停止しているこの世界で、トキを中心に世界の“一部”は時間を取り戻した。
「この夢の世界は、お前の望みに答えるはず」
「夢……だからか?」
「そうだ。
だからこそ、奴を倒せる」
トキの体中の傷が消え始めるのと同時、男の体から色素が抜け始めた。
(もう時間か……)
この世界から強制的に排出されてしまう。
夢の外に出たら本格的に夢の呪術師を見つけねばならない。
問題は、この世界を破るか覆すという重荷を目の前の少年に託すしか方法がないということ。
「武器が欲しいなら、右手のそれを使え。
お前の母親が得意とした“クロノセプト”を使ってな……」
「俺が……呪術師を倒せばいいんだな?」
全身の傷が完全に消え去ったのを見て、男は安心した。
トキならやれる。
この世界で――全ての都合がイマルに傾く世界で――トキをタイムリーダーが使えるまでに引き出すことが出来た。
元々使えたわけだが、引き金が引ききれていなかった。
それがトキの弱点。
敵の創りだしたものに飲み込まれ、自分を見失ってしまう。
だが、今のトキは完全に自分を取り戻していた。
安心してこの世界を出られる。
「乗り越えてみせろ、少年。
例え――
Second Real/Virtual
第16話
-決着!
夢層の戦い!-
地面の沈下と共にイマルは驚愕した。
崩壊の轟音と、バランスを崩し倒れる住人たち。
一瞬だけ世界を止められたことを感覚的に悟る。
その間に何をされたのか、被害調査に意識を向けようとしたが、頭は軽い混乱を迎えていた。
被害調査したい頭と、足場の陥没によるサプライズで不思議を覚えずには居られない頭。
(何だ!
この陥没はっ……!?)
コンクリートの道が沈む。
多くのアヌビスや生徒達もバランスを崩して倒れた。
「はああぁぁぁっ!!」
陥没した道の――その中心にトキがいた。
(そうだ……コレだ!)
トウコツとの戦いを思い出す。
つい昨日。
しかし、どうしても思い出せなかったその感覚。
右手を貫いているスローイングナイフを握り、時間のSRを流し込む。
この一瞬で作り上げる。
さもなくば、奴らが一斉に襲い掛かり、またチャンスを失うことになる。
今まで、幾度と無くチャンスを失ってきた。
全て逃げてきた為。
だから、何も得られない。
何も変わらない。
いつかは逃げ出さずに立ち向かわなければいけない時があるのだ。
それが避けて通れない道。
様々なモノに共通する、試練。
(乗り切ってやる!)
いつまでも助けられっぱなしは嫌だ。
自分を嫌いになってしまう。
そうなれば、人として壊れていくだろう。
それくらいなら、死ぬ覚悟でぶち当たってやる。
玉砕だ。
「させるかっ!」
改層を阻害されたイマルは苛立ちながら夢の住人に告げる。
トキを止めろ!
何もさせるな!
しかし、僅かな困惑でトキに隙を与えたイマル。
号令の発令と同時、トキの右手に刺さったスローイングナイフは、金棒へと姿を変え、トキの手に握られた。
アヌビス戦で藍が使って見せた金棒。
トキの記憶に強く結びついている武器。
理壊奏淵破界(リカイ ソウエン ハカイ)。
「何っ!
貴様も持って……!?」
トキは立ちあがり、理壊奏淵を振る。
最初の餌食となったのは、スローイングナイフのアヌビス。
更に、
「止まれぇぇえ!」
トキを囲む夢の住人達が立てるざわめきに負けないほど大きな声でトキは叫んだ。
呼応する夢の世界。
イマルが創ったはずの世界で、トキは主導権の半分を掴み取った。
「――馬鹿な……
私の……夢層を改竄したのかっ!?」
トキの号令で世界が、夢の住人たちの動きが緩慢になる。
完全に止めることは出来ないが、そのあまりにも遅々とした動きは止まっているに等しかった。
まず、アヌビス共から吹き飛ばす!
(イメージだ!
イメージを……!)
頭に浮かぶ、藍の姿。
理壊奏淵破界を握った藍。
理壊双焔破界を振り回す藍。
どんな窮地も切り抜ける力を持った鬼。
逃げたい気持ちを押し殺し、戦いに没頭する。
鬼になれ。
頭を切り替えるということ。
戦う。
もう、逃げ出さない。
「誰も連れて行かせねぇ!!」
「ほざくな!
穿て、射手達!」
イマルの号令で、緩慢となった住人達に通常速度を取り返す。
その内の半数が距離をあけ、残り半数もトキから距離を取った。
手にする得物が変わる。
近接武器から、遠距離武器へ。
イマルの知る最も高性能な銃。
アメリカ製軍用アサルトライフル:M4A1カービン。
5.56mmNATO弾使用の高速連射ライフル。
20もの銃口が一斉にトキに向く。
が、どんな事が起ころうとこれは夢だ。
現実じゃない。
だから、何が起こってもおかしくない!
一斉に放たれる5.56mmの弾丸。
同時、再びトキは叫んだ。
「止まれっ!」
再びタイムリーダーが世界の一部から時間を奪う。
放たれた弾丸は時間という概念を奪われ、虚しく空中で静止した。
しかし、第2波が襲い掛かった。
同時にトキは走り出す。
いつまでも同じところにいるわけにはいかない。
アヌビスの時も、トウコツの時も、皆そうだった。
動き続ける。
止まることがダメージに繋がる。
(イマルを叩く!)
トキは直進した。
その進路をアヌビスが遮る。
(今なら――これが夢ならお前らなんかに負けない!)
トキは理壊奏淵破界を振り、アヌビスに殴りかかる。
が、アヌビスはそれを躱わし、反撃――
――しかし、攻撃がトキに届くよりも早く、アヌビスが崩れた。
「何!?」
(なっ……!
まぁいい!
とりあえず2人目!)
トキは然程気にしていないが、それが――アヌビスが倒れた原因こそ――“奏淵”の効果だった。
アヌビスとの戦闘時は封じられていた破壊音詩の力。
理壊双焔破界
――双焔の効果が絶対火炎なら、
理壊奏淵破界
――奏淵の効果は極超音波。
不可聴域による直接脳攻撃。
相手の近くで振るだけで、相手をブラックアウトに追いやってしまう。
それが、アヌビスを堕としたのである。
この世界の創造者であるイマルはすぐその仕組みに気付き、同時に疑問を抱いた。
(使用者には何の影響も無いのか!?)
イマルは改層し、この夢層における立ち位置を変えた。
この夢の世界でなら、どんなことであろうとイマルの思うがままだ。
よほど強力なSRでも無い限り、この夢の層は覆せない。
その事実はまだ変わっていない。
「なっ!
何処行ったっ!?」
「斬りかかれ!」
叫び声と同時、再び夢の住人たちがトキへ近接戦闘を挑んでくる。
10人一斉。
勢いよく仕掛けてくる。
だが、トキの方が怒り遥かに勝っていた。
何せ相手は夢の住人。
ただ、形を成しているだけで、心を有していない。
感情皆無のイマルが作り出した人形に過ぎないのだ。
作りモノに負けない。
「とまれぇぇぇっ!!」
今度は完全に止まる。
動くものから時間を奪う。
それが、クロノセプト。
動作には時間が伴い、また一度動き出したものには必ず時間はついて回る。
「おおぉぉぉっ!」
止まった敵に理壊奏淵破界の一撃を喰らわせていく。
奏淵が触れた者から時間を取り戻し、同時に崩れていった。
しかし、止まった10人全てを叩いている暇は無い。
クロノセプトの対象にならなかった他の住人達がトキに殺到する。
今度は10人どころではない。
20名+アサルトライフル!
「全部止まれぇぇぇっ!!」
流石にイマルは驚き、同時に疑問を抱いた。
この世界の主導権を完全に奪える力を……世界を覆すだけのSRをトキが持っているのか、と。
そして、イマルは本当に驚かされた。
トキに迫る何十発もの弾丸は完全静止。
四方八方から迫った住人たちの活動速度は10分の1にまで落ちていた。
完全停止ではなかったものの、トキはこの夢の世界において、1個の世界として独立し始めた。
止められた銃弾や遅滞状態に陥った住人がその証拠だ。
驚異であり、また脅威である。
もし、今回トキの捕縛に失敗したら、次はない。
この程度の『夢層』では止めることの出来ないSRに成長する。
その可能性を秘めている。
(だから、器としても又と無い人材なのか!)
納得と焦燥。
後悔と憤怒。
こんな子供に押されている……
負けるのか?
協会が目をつけるだけあって、それ相応の力を持っている。
しかし、まだ未熟だ。
今なら勝てる!
「射手4つは左より牽制。
接近は一度に2つ。
波のように繰り返し打って撃て!」
屋上のフェンス上に陣取りながらイマルは指示を下す。
トキを囲む住人たちがその指示に従い、仕掛けた。
(奴のSRは、叫ばなければ効果を発揮しないようだな)
それは魔法使いで言うところの呪文詠唱。
自分の中の魔力を引き出し、実行するための『起動コード』。
それが、魔法使いにとっての呪文。
トキの力もその類のものだと判断し、イマルは波状攻撃を命じたのだ。
息が切れるのを待ち、畳み掛ける。
何も焦ることは無い。
確実に相手の隙を突けばいい。
33階層、反時計周りの夢層。
(ここもダメ……!)
荒廃した校舎を藍は独り、駆け回っていた。
机の上で睡魔にやられ、夢の世界へ堕とされたところまでは覚えている。
現実世界にはボルトが残っている。
それに、ワルクスも。
(狙いはわかっている。
でも、まさか、こんなに早く動くなんて……!)
焦りつつ、コンクリートの壁を叩く。
この世界が敵の創り出した世界だということは理解している。
現実に、コンクリート程度の壁なら素手でも簡単に粉砕できるハズだ。
だが、それが出来ない。
また、リカイソウエンが出せないことと、華創実誕幻を使えないことが夢であるということを大いに証明していた。
まず、現実では起こりえない。
トキの安否が気になって仕方が無く、学校での護衛を任されているのにこの様であることが悔しくてならない。
しかし、この世界に閉じ込められた時点で、藍は巻き返し不可能な立場に追いやられたのだ。
「最悪……」
ついでに場の雰囲気も。
馴染みの――少しずつ愛着の湧いてきた学校。
ある程度清潔を保たれた学業空間。
それが錆と埃に彩られ、カビや破片が廊下・教室を飾る。
割れた窓に朽ちた机やイス。
剥がれた天板。
むき出しのコンクリート。
一切の光源がないのに薄暗さを保っている校内。
様々な扉が藍の進行を阻んだ。
開く扉、開かぬ扉。
扉の向こうは荒廃の度合いを増し、また、窓は窓とつながり、内と外をつなげない。
無人の校舎。
閉鎖された巨大密室。
校舎内の移動はある程度可能だが、校舎内と外の行き来が出来いない。
一刻も早く、自分の仕事を遂行したい。
トキの護衛を任されておきながら、何もできないということが芹真やボルトに対して申し訳なさを感じさせずにはいなかった。
『そこの壁ではない』
廃れた壁を殴った直後、聞き覚えのある忌々しい声が藍の耳に届いた。
男の声。
意外な登場に驚くよりも、冷静と怒りが働いた。
「まさか、あなたがこの世界を……」
『断じて違う。
そこで協力してほしい』
藍からすれば嫌な申し出だった。
この男と手を組む。
有能だが、避けたいことだ。
しかし――
『トキ独りでは、いつまで持つかわからない』
「え、どういうこと?」
『いま、トキはこの世界を創り出した張本人と戦っている』
「まさか……そんな!」
予期せぬ話に藍は驚いた。
それが事実なら、藍はこの男と組まざるを得ない。
『深く考えるな。
私は直接夢の世界に入ることができない。
だから、お前とトキで創造主を討て。
私は現実で奴を討つ』
「……信じていいの?」
『信じられないだろうな。
だが、今回だけでいい信じて欲しい』
ほんの僅かな沈黙ののち、藍は肯定した。
ここで黙りこくっている時間が惜しい。
すべての質疑応答を即座に終わらせる。
「どうすればトキを助けることができるの?」
『まず、最初にいた場所に戻るんだ。
そこから、校庭に向かって走れ』
「でも、窓が外と繋がっていない」
『その瞬間を私が助ける』
藍は走り出した。
――今回、あの男は本気で味方をする気だ。
走り出してわずか1分足らず。
藍が目を覚ました場所、2年3組のクラスプレートが視界に入った。
イマルは更に場所を移した。
校舎の上から、野球部の部室となっているコンテナ。
しかし、トキはその移動に気づかない。
(よし。
少しずつ余裕を失ってきているな)
叫ぶトキ。
襲い掛かる銃弾・住人。
トキの余裕もなくなってきているが、夢の住人も確実に減っていた。
すでに3分の2が使い物にならない。
「“その眼は光を
鼻は生命香
耳、息吹を捕らえ
獣に群がり――」
そこで、イマルは夢の住人――半径3キロ以内の使える住人――を集められるだけ集めた。
トキの所為ですべてを集めることができなかったが、それでも十分な数がこの場所を目指して移動を始めている。
「――集え!
無道の得物達!”」
最初の集団が早くも学校の敷地内、正門に姿を現した。
最後のアヌビスを撃破したトキは、初めてその異変に気づいた。
「な……ん!?」
まるで――あの夜と同じだった。
芹真たちと――SRの世界に踏み込んだあの日。
自分は独り。
敵は大勢。
だが、今は武器がある。
(クソ……体力持つか!?)
そんなことを思いながらもトキは突っ込んだ。
先制攻撃。
相手が来るのを待っているほど余裕はない!
門の方に見える敵は10人弱。今のうち叩いておけば……
と、その瞬間、トキの思惑を打ち砕くように――2桁では到底収まらない――多くの住人が姿を見せた。
「――っ!」
前言撤回!
ちょっ、コレ多過ぎないっ!?
踵を返して逃げ出す余裕もない。
「止まれ!」
辛うじて先頭集団が緩慢になるものの、後続の住人たちは通常速度でトキに押しかけた。
その勢いに気圧され、タイムリーダーの効果が薄れていることに気づく。
(ヤバッ!
マジヤ――ッ!)
奏淵一振りで数人をブラックアウトさせるが、人の波は勢いが衰えることはない。
学校のフェンスや塀を登り越え、更に何十、何百もの住人がトキに迫る。
正面だけでなく、左右。
更に校舎の中からも大勢の住人が姿を現した。
校庭の半分が住人によって埋め尽くされる。
幸いなのは、相手が何の武装もしていないこと。
奏淵を振る。
数人倒れるが、間もなく次が攻める。
タイムリーダー。
しかし、それでも全てを止めることはできず、更に止めることが出来なくなってきた。
動きを緩やかにするのが精一杯。
とにかく、奏淵を振る。
休む余裕などない。
(あいつはどこに行った!?)
住人の中にイマルの姿を探すが、見つからない。
数が多すぎる。
視界を覆う住人たち。
右も住人、左も住人、前も後ろも夢の住人!
背後から迫る。
前から押しかける。
左右から挟撃をかける。
そのたびに奏淵を振る。
倒れた住人がコンクリートの道を覆ってゆく。
気づけば自分の周りは全て住人たち。
「栄華の夢心地はどうかな?」
イマルは叫び、トキはその方向に顔を向けた。
野球部の部室となっているコンテナの上。
そこにイマルはいた。
トキが生んだ一瞬の隙を突いて迫る住人たち。
走り出し、トキは一斉攻撃を回避し、同時にイマルを目指した。
背後・左右の奴らは極力無視。
――奴を倒せばこの夢は終わる!
奏淵を振りながら出来る限り全力で走った。
目の前、トキの行く手を阻む住人が悉く崩れ落ちてゆく。
イマルはその光景を見て微笑んだ。
――うまく乗った!
次の瞬間、トキは自分が誘われていたことに気付いた。
イマルが足場とするコンテナを目前にして、コンテナの中から大勢の住人があふれ出たのだ。
物理的に考えてありえない数量の住人達。
「うっ……わっ!
止まれっ!」
しかし――
いかに高速で動こうと……
いかに動きを緩慢にしようと……
その圧倒的数の前にトキの力は微々たるモノだった。
「ゲームオーバーってヤツさ。
貴様の負けだ、色世ト――」
――……シャン
住人とトキの揉め合いの最中――
イマルは確かに、その破砕音を聞いた。
(何だ?
今の音――!?)
「華創実誕幻」
トキは背後に立ったそいつ目掛けて奏淵を振る。
(今度は上から――っ!?)
しかし、トキの攻撃はあっさりと止められ、同時に気付いた。
「あ……っ!」
「天段:八衛柵螺!」
直後、地面は天を衝く勢いで変化した。
2人と住人たちを遮るよう、何の前触れもなしに地面が空に延び始める。
自分たちの立っている地面だけだ陥没したかのような錯覚さえあった。
八方を土気色の何かに囲まれ、住人たちの侵入を阻害した。
「藍!?」
「間に合ったようね」
そう。
まるで、あの夜のように。
再び彼女はトキの前に降り立ったのだ。
「いままでどこに――!?」
しかし、これが本物の藍なのか、トキには知る術は無い。
そんな藍の眼は、トキの右手で止まっていた。
「――ここから何階層か下の夢の層に隔離されていたんだけど……」
何故、トキが“理壊奏淵破界”を握っているのか……
戸惑わずにはいられなかった。
鬼でもない、ただの人間が持っているはずが無い代物。持てるはずが無い得物。
鬼達の金棒、リカイソウエン。
「いや、待て……本物の藍、か?」
とりあえずとして、藍は自分が疑われていることを知った。
一体どんな状況に遭遇すれば、そんな考えがトキの中に生まれるのか。
「本物かって?」
「イマルの――
夢の……あいつらとは違うんだよな?」
「それはこの外にいる敵のこと?」
トキは頷く。
本当は、目の前の藍が本物であると頭のどこかでは認識していた。
そう。
夢の住人たちの中には、しっかりと藍もいて――
しかし、金棒や符・華創実誕幻を使うことは一切無かったことを思い出す。
「どうすれば本物と認めてくれる?」
その時点で本物だとトキは思った。
ちゃんと反発するかのように答えてくれる。
感情を持っている。
なら、答えは簡単だ。
安心して背中をあずけることが出来る。
「この夢の世界を創り出している奴を倒す。
周りの奴らは、オレだけじゃどうにも出来ない……」
「なら、私に任せなさい」
「ああ。
どうせ夢の世界だ。
何でもありだし……オレが本体を叩いてみる」
ちょっとした沈黙。
急に静かになった藍に、トキは不安を抱いた。
「藍?」
「そう……何でもアリ……」
何か閃いたのか、藍は片手に理壊双焔破界を出現させる。
「トキ」
「はい?」
「本当に何でもアリなの?」
「…………たぶん。
いや、俺さ、さっきまで袋にされていたんだけど――
まぁ、反撃できるって事を知らされて、それで……」
「だから、奏淵を持っているのね」
「あぁ……まぁ……」
藍の目がトキの体を探る。
傷一つ無い。
本当に袋叩きにされていたのか、怪しいところだ。
が、他の決定的要素は覆っておらず、ここが本当に『何でもアリ』な空間――夢の世界であることを思い知る。
夢はまだ終わっていない。
夢の世界から夢の世界に移っただけで、まだここは現実じゃない。
しかし、夢の世界だからこそできることがある。
(なら、取られても大丈夫ね)
八衛柵螺の障壁が地面に還り始める。
天高く聳え立った障壁は、地面の中へと潜り始め、2人も戦闘態勢をとった。
どうせ夢だ。
藍は、1枚の符を取り出す。
漆黒の術符。
それを双焔の柄に巻き、柄から棒先へと滑らせて行く。
(まだ、武器持っているのか!?)
それが率直なトキの感想。
トキの初めて見る、藍の武器。
金属特有の輝きを持たない――しかし、それでいて気品と凶悪性を存分に秘めたような不思議な雰囲気を醸し出す刀。
全てを飲み込むような漆黒の刃。
純白に輝いているような錯覚を誘う峰。
白と黒の日本刀。
「生死繋綴」
八衛柵螺の半分が消える。
生死繋綴を右手に握り、左手に双焔のもう片方を取り出す。
「トキ、茨はいる?」
「茨……なんだっけ?」
「自動防御陣、とでも言おうかしら」
アヌビス戦の時のことを思い出す。
ああ……あれ。
地面に描かれたサークルから生えてくるトゲトゲの。
「それって、動けなくなるんじゃ――?」
「この符を持って。
そうすれば、術式陣はついてくるから」
渡された術符をポケットにしまい、トキは構えた。
土の障壁が消え――
再び戦闘の火蓋が切って落とされた。
「行くわよ!」
「放て!」
「止まれぇぇっ!!」
飛び出す藍。
放たれる砲弾の雨。
それを止めるトキ。
「華創実誕幻、一段:茨!」
(コイツら、また変わってやがる!)
茨と“奏淵/双焔”で攻撃を防ぎながら、トキと藍は住人たちの変化に驚いた。
全員が武装していた。
大半が日本刀や西洋剣・槍または薙刀。
その他、100名近くが銃火器だった。
先ほどから使用しているM4A1にM203グレネードランチャーやM3ベネリショットガンが取り付けられている。
何でもアリなのは、こっちだけじゃない!
(なら!)
形勢の優劣を見極めながら藍は術を用意した。
「トキ、飛んで!」
「なに!?」
その光景はイマルの目にも飛び込んでいた。
(そっちが数で来るなら、こっちは火力で勝負!)
(アイツめ!
直接ここを撃つ気か!)
この空間に於いて、最大の戦力を持つのが彼女だった。
イマルはその行動の一つ一つをしっかりと観察。
その結果、観察することなど無意味なのだと知った。
「天段」
(え――天段?)
(来るっ!)
「:瞳断銃矢!
:ホウセンカ!」
双焔の先端に煌く、光の蓄積。
トキは理解する前に跳び、イマルは理解してから飛んだ。
直後、校庭を埋め尽くす住人の海を一条の光が切り裂いた。
閃光、熱、衝撃波。
反撃の余地を与えない。
光速で迫るそれは避ける事は容易ならないことだ。
瞳断銃矢はコンテナをまるごと消滅させ、さらに背後の民家にまで消滅破壊の痕を残した。
(何だ?
天段を2つ?)
(しかし、効果を発揮したのはひとつだけ!)
(そんな!
夢でも“ホウセンカ”だけ扱い切れないっ!)
瞳断銃矢の効果が現れるのは一方向のみ。
その他の方向から迫る敵も同時に排除したかった藍。
しかし、成功したのは一撃クラスの威力を有するが、一方向の敵しか消すことのできない瞳断銃矢のみ。
(でも、大した問題じゃない)
「女に集中砲火!
トキには砲撃と斬撃の波状攻撃。ただし、殺すな!」
イマルが叫ぶのと同時、トキは再び走り出し、藍も次の行動に移った。
ボンッ!
十数発もの榴弾が放たれる。
それでもトキは進行を止めない。
榴弾を止める術はある。
問題は、止めてからどう行動すべきか、だ。
「藍っ!」
「え、何!?」
それが初めてのトキからの明確な要求。
一気にイマルまで迫る方法をトキは見つけたのだ。
「トウコツを浮かせただろ!
アレを!」
トキの脳にくっきりと焼きついた、昨日の映像。
飛来するトウコツに襲い掛かったのは、どこの道路でも見かけるような乗用車。
上から襲ってくるトウコツに、下から自動車をぶつけた、あの術。
迷わず藍は唱え、応えた。
「一段:菫!」
藍の術がかかったことを悟る。
体が軽い。
地面が弾んでいるような錯覚。
(――よし!
これなら)
――飛べる
「止まれぇぇえっ!!」
叫び、砲弾を止める。遅滞させたのではない。
正真正銘の“完全停止”
「何をしている!
撃ちまくれ!」
今度は銃弾の雨が襲い掛かる。
が、間髪入れず藍の術がそれを阻んだ。
「:薄!」
銃弾は瞬速から超低速へと破壊の秘訣を封じられ、トキはその間、イマルを目指して飛翔した。
住人たちにトキを止めることは出来ない。
(何だ!?
どうして遅い?
トキは力を使って――)
藍が、両手で薄を使っていたのだ。
銃弾を遅らせるために右手。
そして、住人達に向けて左手を。
奥歯を噛みしめながらイマルは藍から視線を戻し、トキに据える。
1対1でトキとイマルは向き合った。
イマルは大剣:クレイモアを創り出し、両手で握り締める。
「貴様がここまで来たのは誉めよう!
だが、あまりにも無謀!」
「うるせぇ!」
ぶつかり合う大剣と奏淵。
優劣は一撃でトキの方へ大きく傾いた。
(くっ……!
何て超音波だ!)
金属と金属の衝突によって生まれる反響。
それがイマルの脳を揺らした。
(何てことだ!
コイツ――この武器で現実の世界にまでダメージを反映させていやがる!)
相手には多大な影響を及ぼすが、使用者には何の害も見て取れない。
(コレが!
日本の鬼が好んで使うアイアンロッド……!)
あらゆる理を破る力を秘めた金棒。
リカイソウエン。
そのハカイ級の力を目の前に、イマルは撤退を決意した。
銃撃隊も藍の攻撃によって壊滅。
イマルは疑問を抱かずにはいられなかった。
藍がどうしてわずか数秒で、100数名を討ち殺せたのか?
銃撃隊全員の体に穴が見えていた。
大小様々だが、藍が銃器を使った痕跡は無い。
「二段、上
:鈴蘭、
:芙蓉!」
風と先鋭。
カマイタチが住人達をなぎ払う。
得物を切り裂き、獲物を切り伏せる。
イマルは揺れる視界で何とかそれを横目に見た。
クレイモアでトキを弾き飛ばし、距離を取る。
「二段、上
:紅葉
:朝顔、」
(なっ……!)
藍の両手が発光と紅蓮に包まれる。
それを見て、イマル何となく理解した。
あれが、銃撃隊をなぎ払ったのだと。
「:鈴蘭!」
熱は光を伴い、光は高熱を帯びる。
そして、先鋭が加わり、全てを切断する効果を得る。
熱+光+先鋭。
それがもたらす結果は、
(レーザーまで使えるのか!)
藍の両手、両の武器の先端から放たれる一条の光線。
その場での一回転。
たったそれだけで多くの住人が再起不能の重傷を負う。
レーザーの回転。
再び仕掛けてきたトキの攻撃を躱わす。
トキの攻撃を受けてはいけない。
必ず躱わさなければこちらがヤバイ!
回避しながら、イマルは更に見た。
日本刀で住人たちの武器を全て消滅させる藍、その次の行動――
「:鈴蘭!」
先鋭効果を金棒に帯びさせ――
地面を抉った。
それが、銃撃隊を壊滅に追いやった攻撃だと、一目で理解できる。
日本刀で住人たちの武器を完全無力化させ、更に命を絶つ。
近距離の住人は全てこれで片付けられていた。
(何て奴だ!
一瞬で5人も切り伏せていやがる!)
そして、遠距離。
半径50メートル内の住人が右手の双焔で片付けられていた。
(土の塊が……銃弾のように飛んでいくっ!?)
金棒で抉り飛ばされたコンクリート、土、石。
それらに先鋭効果を加えたことで、凶器は出来上がっていたのだ。
そして、飛んでいるのは土だけじゃない。
双焔で破壊した住人たちの得物、それから住人たちの破片。
(“すずらん”
……あの呪文には要注意か!)
イマルは再びトキの方を向く。
せめて、コイツを倒してから現実に戻る。
手ぶらで撤退しては物笑いだ。
「空中戦には慣れていないようだな!」
高い位置からクレイモアを振り下ろす。
トキは間一髪で受け止めた。
超音波は出なかった。
(なるほど。
自分から攻める時に限って、あの妙な音波が発振させられるわけか!)
「と――っ!」
直後、イマルの視界からトキが消えた。
理解する前に、痛感する。
背後に回りこまれた。
「まれっ!」
「なにぃ……っ!」
その瞬間――
「終わらせる!」
背骨。
奏淵がイマルを捉えた。
軋る骨と奏で合うように奏淵は鳴り響き、強烈な破壊振動がイマルに異常を与え、吹き飛ばす。
イマルの景色は、トキを視界の中心に残し、高速で移り変わっていった。
トキが、雲が遠ざかる。
一瞬後の騒音、激痛。
混乱する頭では理解が及ばない。
どうしてやられた?
そんな疑問が浮かぶ余地も無いほどイマルの混乱は深く、ひたすら『逃げろ』と警報を出し続けることに懸命だった。
トキは自分でコイツを倒すと決意した。
しかし、自分ひとりでは無力だと分かっていたから武器を求めて走ったのだ。
それは結果として自分を信じないことに繋がってしまい、自分の非力さばかりを知り、自分の持つ別の力を信じていなかった。
(それをあの男は気付かせてくれた)
イマルの眼前でタイムリーダーを発動。
背後に回りこみ、十分に体勢を整え、力一杯――絶対に倒すという想いを込め――奏淵を振った。
少しでも多くのダメージを。
その願いを叶えたのが奏淵なのか、この世界なのか定かではない。
ただ……
少し過激すぎた。
バッドのフルスイングで、人が弾丸の如く飛ぶことなどありえない。
よろめくか、倒れる。
そんなものだろうとトキは心の隅のどこかで思い続け――だからこそ、目の前で起こったことに驚きを隠せない。
ほぼ45度。
地面に向かって高速落下。
住人たちの動きが止る。
「あ……れ?」
煙の晴れた崩れた陸上部のコンテナの中に、イマルの姿は無かった。
残骸ばかりが散らばり、一切の姿を見失ったのだ。
(ドコに?)
トキは周囲を見回し、イマルを探す。
その最中、微動だにしない住人と、住人の波をかき分けるように進む藍の姿が目に付いた。
「トキ!
敵は逃げたから、急いで降りてきて!」
ここが夢の世界とわかっていた。
そう。
理解してしまったことが、最大の盲点。
イマルの最後の攻撃手段はまだ残っていた。
2人を取り巻く景色が一度歪み、住人が消え始める。
次に、破壊されたガラスやコンテナ部室が元通りになり、散乱し壊れた得物の残骸や、トキが陥没させたコンクリートの道まで全てが現実世界に飲み込まれていく。
夢の世界に飲み込まれるのではない。
現実の世界が戻ってくる。
それはつまり……
地上20メートルの地点にいるトキに重力が戻り始めることを意味した。
「うっそおおおおおぉ!!!」
「一段:薄!」
地面との距離を半分以上経過したところで、藍の術が発動。
トキを空中で遅滞させることに成功した。
後の救出は簡単。
「:菫」
重量変化でトキを軽くし、茨でトキの足を絡め取る。
今のトキがどれくらい軽いかというと――
藍は下からトキの手を軽く押して空中へとバウンドさせた。
「:薄」
遅滞効果を解く。
8分の1という重力下に置かれたトキは戸惑いを隠せず、
「え!え!?あれぇ!!?」
見事混乱。
そんな中、茨は手繰り寄せるようにトキを地面に引っ張ってくる。
両足が地面に付いた瞬間、茨でグルグル巻き。
今日の茨は少し悪戯気質なのか、トキに好意でも抱いているのか……
何はともあれ、完全に落下の衝撃を殺して見せた藍であった。
「ぐっ……!」
背中を押さえ、イマルは膝をついた。
予想以上のダメージ。
予期せぬアクシデント。
「馬鹿な……
どうして……」
ありえないハズだった。
この一帯に於ける人間は、誰一人として見落とさなかった。
SRには特に注意した。
睡眠を回避する力を持った奴らだって数人いる。
そういう奴らを真っ先に、集中して眠らせた筈なのに……
それなのに、眠っていない。
「なぜ、私がお前の夢に介入できたか教えよう」
イマルは顔をあげ、男を見上げた。
「貴様……」
「イマル。呪術師としてお前は優秀だ。
まず、多くの人間を夢に陥れる。
お前の凄いところは、個々が見ている夢を他の夢の世界に繋げてしまうこと」
例えば、雨の夢と雪の夢。
雨の降る夢の世界と、雪が降る夢の世界を、イマルは自分が新たに創った第3世界につなげることが出来るのだ。
雪の最中に雨を降らせることも、水溜りの上に雪を落とすことも出来る。
なぜなら夢は統合され、2つの都合が入り乱れているのだから。
雨が降りながら雪も降る。
また、雨の世界も雪の世界も、統合された世界も、夢の世界ならイマルには自在に改変することが出来た。
リデアは、夢の世界においてまさに神に近しい力を持っていた。
“全ての夢を統制する”
それが、イマルのSR:夢の呪術師である。
だが――
「率直に言おう。
私は、生まれてこのかた1度も夢など見たことなどない。
他人の夢を覗き見ることはできても、私自身が夢を見ることは出来ない」
「……」
「残念だ。
君のSRでも私に夢を見させてはくれない……」
イマルはため息をついた。
もう、この次は無い。
自分がここで終わるのだと悟った。
やがて、イマルの首筋に僅かな痛みが走る。
次の瞬間には視界から光が消え、耳に届く全ての音は遮断され、感覚が指の先から消えていく。
何も残らない。
痛みも無く、後悔・怨恨を残留させる余地も与えず、男はイマルを殺す。
静かに。
極力苦痛を取り除いた、最も自分が得意とする方法で。
イマルは穏やかな顔で死を受け入れた。
「君は実に興味深い……
いつか、夢でもう1度会って話したいものだ」
こうして戦いの幕は下ろされた。
流れる清水の如く静かに――
灰色に染まった空のように虚しく……
それでいて残るものは、人々が思っているよりも多かった。
白州唯高校の生徒たちが目覚めたのは襲撃から約30分後。
ワルクスや愛院が起こして回り、トキや藍、それからいち早く目覚めた蓮雅さんは警察に連絡。
学校は臨時休業となり、生徒らは簡単な質問を受けてから帰路についた。