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Second Real/Virtual  作者:
15/72

第14話-皆殺犬!解放、奈倉 愛院!-


 世の中――


 表が在って裏が在る。

 内が有って外が有る。


 彼女の担当は裏でなく、表。

 ――しかし存在は裏


 また、彼女の心も内ではなく、外にあった。

 ――でも、時折内が恋しくなる


 表裏はあって中立は無い。


 裏の存在で、孤独。

 家族は皆死んで、孤独。


 故に、他人とは比べ物にならない自由を手に入れた。


 タバコ、暴力、裏ルート、点滴、金、男、女、飯……etc


 ルールだらけのこのニホンで、今までどおりにやりたい放題。


 しかし、時折協会のアヌビスの注意がウザい。

 けど、聞く耳持たず。


 うるせぇんだよ。

 私にゃ、私のやり方があんの。


 ブレイクしたい時にブレイクして何が悪いんだよ?

 やるときゃやるからさぁ、黙っててくれない?


 それを今――

 口先だけじゃないことを証明してやる。


 この場にアヌビスがいないのは言うまでも無い。が、それでも、しっかりと働いてみせる。

 有言実行。

 きっといつか報われるだろう。


 いまは真面目に前向きに。


 彼女は得物を用意する。


 得物は獲物を求めて声を上げる。

 聞こえるはずない、また、聞こえない声。


 獲物は向こうから。

 得物はここに。



「はぁーっ……」



 少し落ち着こう。

 敵は向こうから来るんだ。


 いまから興奮していても、敵が早く来てくれるわけじゃないんだ。



(私と一緒に人類最大の発明について考えてみようじゃないか……)





 彼女は人が発明したモノの中で、『扉』の存在に偉大さを感じていた。

 外界からの接触を前もって知ることの出来るモノ。

 外と内を明確に分ける境界。


 人々が安心して生活を送っていくのに『扉』は必要不可欠。


 しかし、明確な『内』がない場所に扉はない。

 外側と内側の接点を隔てる為に扉は存在し、内を外から守るために扉は必要とされる。


 少なくとも日本の学校では、そういった扉は内側の更に内側にしかない。

 最初に触れるべき扉はなく、ただ、門としてしか存在しない。それも申し訳程度……

 正面扉ではなく、正面門。


 敷地内に入ってからやっと扉があるのだ。



(まっ、私としてはそっちの方がやり甲斐あんだけどな)



 侵入者を追い返すだけなら誰にだって出来る。

 肝心なのは、恐怖を植えつけること。


 殺意に駆られ、得物が光る。



(それが番犬――最初の扉……

 ……来た!)



 敷地内に6つの人影が侵入してくるのが目に入った。

 その中で、最も殺意にあふれた者に狙いを定め……


 ――奔る――


 5人が彼女の存在を知覚した瞬間、メンバーの1人が倒された。


 左頚動脈から左胸、右脇。

 時計回りに斜めの切り、絶命に追いやる。



(はい、ショック死確実ぅっ!)



 もし、生きていたとしても……それは確実に有り得ないだろう。

 まず助からない。


 裏門から進入したSR達は有無を言わない凶刃による出迎えを受けた。


 この時、裏門チームの誰もが正面チームも同様の歓迎を受けているとは考えなかった。



「なっ!何者かっ!?」



 正面から突入したチームよりもはるかに人数の少ないこちらのチームは6人。

 そのうちの1人が速攻で切り伏せられたのだ。


 こちらで侵入者を歓迎した者も1人。

 もちろん、SRだ。



「ただの番犬さ」



 問う彼らに、彼女は淡々と答えた。

 回答と同時に解析を始める。



(リーダーは、雷系の魔法使いだなぁ……

 はっ! 自分でも十分闘れる相手かっ)



 撃退可能と判断がつく。

 いつまでも平和な生活が続くと彼女は思っていなかったが故、行動を起こした。


 協会が在る。

 無所属がいる。

 小規模集団も目の隅に置けない。

 いずれ戦いが勃発する。


 今日が境目だ。

 頭を切り替えなければ、やっていけない。


 さよなら、『平和』が日常の世界。

 ただいま、血と怨恨渦巻く『戦い』の世界。



(久々だな〜、こういうの)



 ただいま、元の世界。

 さよなら、第2の現実。


 私は始めからSRの世界の住人だからさ。

 平和と花は似合わない。

 どうでもいいこと、ハトは嫌い。ってね。


 僅かな名残を覚えつつも彼女は頭を切り替える。



(やっぱ、どこか護りながら生きていくのが性に合う……)



 そうでなければ退屈で退屈で……本当、冗談にならないくらい退屈でしょうがない。


 ギリギリまでふかしたタバコを吐くように捨て、彼女は再び定位置へ戻った。

 裏門の中心地ともいえる場所。門と校舎の狭間。



「私はマクサス・ロイだ!

 そちらも名乗っていただこう!」



 あくまで紳士的に話を進めたい雷系魔法使い、マクサス。

 しかし、対峙する相手……彼女にそういった要素は外見上皆無だった。


 ……外見だけなら。


 だが、中身はどうだ?

 もし戦闘を回避できるようなら、とマクサスはそこに賭けてみるが……



「はぁっ?

 何でアンタらのルールに従わなけりゃなんねぇんだ?」


「何!?」



 もしかしたら、という希望は一瞬にして消え失せた。

 交渉する気は皆無だと判明。する気なし。



「あんたらも無所属だろ?

 アタシのこと知らないわけ?」


「知っているなら名乗りはせん!」



 その一言を聞き、彼女は嗤った。

 本気で喋っている事が笑える。


 ――とんだモグリだな


 仕方なく、面倒臭そうに……しかし、精一杯丁寧に慈悲を込めて彼女は答えた。



「私は無所属――元パンドラ・プロジェクト正面番――」



 すると……



「パ、パンドラ・プロジェクト!?」

「何てこった……!」

「え、パンドラ……の?」

「まさか、コイツが――!」



 瞬間、マクサスの背後に控えていた手下の首が宙へ舞った。



(斬撃っ……!?

 一瞬で首を刎ねた!?)


「こいつ……

 こいつがあの時の門番!?」



 手下のSR1人が叫ぶ。

 気付いてもらったこと、驚いてもらったことに彼女は喜んだ。


 それは同時に威嚇になるんだ。

 そう、それが番犬の役目。



奈倉愛院ナグラ アインだ」










 Second Real/Virtual


  -第14話-


 -皆殺犬かいさつけん

 解放、奈倉 愛院!-










 最初に仕掛けたのはアインの方だった。

 武装した侵入者の来訪を受け付ける理由はなく、そんな外敵を門前払い、あるいは排除するのが彼女の役目である。校舎まで入れてやるつもりはない。


 それが彼女のSR。

 外敵の侵攻を止める。


 当然、彼らは反撃に出た。

 人数的優位を生かし、コンビネーション攻撃を仕掛ける。


 斬撃、銃撃、打撃、攻性魔術。


 右を躱せば左から。

 左を防げば下から。

 屈んで避けても背後から。


 しかし――それでも彼女は、全てを躱すか、防いで見せた。

 そう、どんな死角を突こうと、全ての攻撃を回避する。



(どうなっている?

 明らかに死角からの攻撃だった……!)



 人数的不利であるはずのアインは4人相手に互角以上の戦いを見せた。


 響き渡る剣戟、金属音。

 風に流されずに篭る熱。

 度々起こる空振り。 それに伴う空気の流れ。


 容赦ない日差しが無所属SRたちのストレスを扇いだ。

 たった1人の少女に手間取っている事実。



「ハッ!だらしねぇ」



 息を切らせ、3人のSRが彼女を取り囲んでいる。

 後方にマクサスが控え、そこから魔法による援護を行っているのだが全く効果なし。

 良くて威嚇になっている程度だ。


 しかし、決してマクサスの魔法が遅いわけでも、また威力に乏しいわけでもない。

 スピードは銃弾以上。

 威力は一撃で金属を融解・貫通する程。


 それにもかかわらず、どんなに死角を突こうが彼女は悠々と避けて見せるのだ。


 アインを取り囲む3人も銃器や近接武器を装備して挑んでいる。

 3人同時に襲い掛かって何とか彼女と互角に戦える、という事実が腹立たしい。


 しかし、マクサスらは認めざるを得ない状況に遭遇していた。

 この場でもっとも戦いの場数を踏み、戦い慣れしているのが彼女。

 対峙する番犬、ナグラ アインであることを。



「“器実験”が成功するなんて、まだ本気で考えてんの?

 しかも、人材集めのためにこんな極東の島国まで来やがって……」


「なぜ……?

 どうして我々の研究を知っている?」



 アインの言葉にマクサスは聞き返す。

 まだ、そんな単語を口にはしていない。


 ――的を射ている


 彼女はその実験が成功するとは思っていない。というより、失敗が必然であるかのような口ぶりだ。


 しかし、自分達の実験をやめるわけにはいかない。

 この実験が将来、協会と互角に渡り合うために必要になってくるのだ。


 最も、いまは人材不足で明確に反旗を翻すことはできない。

 だが近い将来、それは実現するだろう。


 ――我々の実験の成功がその将来を実現する鍵なのだ。


 少しでも可能性があるなら、それを簡単に諦めるわけにはいかない。



「何で私が知ってるといけないんだ?」


「元パンドラ・プロジェクトメンバーだろうが、この計画を知っているのはごく一部のSRのみ!

 協会ですら気付いていないことを、なぜ一個人であるキサマが知っている!?」


「モグリもそこまでいくと悲しくて涙出てくるよ。

 同情のな……」


「なっ!

 同情……!?」


「……――っ!」



 アインは口を開きかけ――

 同時、咄嗟に重心を落とした。



 ギンッ!



 銃弾が頭上を通過する。

 32口径の弾丸をあっさりと躱したアインは、西洋剣による反撃に出た。


 更に他の2人がカバーに入る。


 ――状況把握&再確認……


 正面手前にダブルガン。

 左後方にガン&ソード。

 右後方にツインソード。

 正面奥が雷系魔術。


 リンチするには充実した装備だ。

 が、しかし……



(遅っせぇっ!!)



 つい、相手のやる気と本気を疑ってしまう。

 そんな奴らを見て、アインは抑えきれない狂喜で顔を歪めた。


 笑えない。

 けど、嗤える!


 左後方から距離を詰めた敵を脳内ロックオン。


 時計回りに体を回転させ――もう1人の方も遅っ!!――ひとまず左後方から迫っていた敵を片付ける。

 右後方から来た奴も大分遅い。十分間に合う。



(まずは……っ!)



 空気を切り裂き、手元の得物が煌く。


 下から上へ!


 左後方から迫ったSRはアインの斬撃を左手の大型ナイフで受け流した。


 金属の摩擦。

 一瞬の衝撃。


 勝負はその瞬間に決定する。

 先に次の行動に移ったのがアインで、出遅れたSRは右手のハンドガンで対抗しようとした。


 そいつが犯したミスは2つ。


 1つ、決定的スピード差。

 2つ、武器と戦略の選択ミス。


 充分な余裕を持って、右腕を切り飛ばす!



(トロいっ!

 接近戦になってから銃を使ってんな、バァカっ!)



 距離ある時に銃を使わず、距離がない時に銃を使う。

 適材適所という言葉が脳裏をよぎった。


 銃を握ったまま、右腕が舞う。


 次いで左手首も斬る。


 下から上へと流れる剣筋。

 相手が右腕を失った衝撃で混乱していたため、簡単に左手首も切り飛ばすことが出来た。


 高い位置にある剣。

 切り上げた故に、高く掲げられるように握られた剣。


 アインはそのまま剣速を殺さず、体だけ振り返り、右後方から迫って――今は左後方か――いたもう1人に斬撃を浴びせた。


 鎖骨を砕き、肋骨を破り、腰まで一直線。

 絶命は免れない。


 ――何てタイミングの悪い奴らだ。カバーに入ろうとしてカバーに失敗し、更にそのまま突っ込んで剣戟の餌食となっているんだから……


 正直、アホとしか思えなかった。

 が、確実に1人仕留めたことに変わりない。大して嬉しくも無いけど、まぁ、楽しいからいいや。



(私に損がないにこしたことないし!)



 次に、正面手前にいた敵。


 その時、ちょうどよくそれが目に入った。

 切り飛ばした腕に握られている銃。

 アインは迷わずそれを掴み取り――


 ――連射!



「何のっ!」



 撃たれる側もただ立っているわけではない。自らのSRを発動し、防御しつつ体制を整え、同時に反撃に出る。


 ダブルハンドガンを持つ男の皮膚が硬化していく。


 石化。

 それがゴーレムのSRの力だ。



「51:18!」



 更にマクサスの雷撃が迫った。

 奇襲のつもりだったのだろう。

 しかし、見えている。



「学習しな! 私に死角はない!」



 孤を描いて迫った雷の筋を上半身を反らして躱す。


 外れた雷撃は校舎のコンクリートを直撃した。

 直撃部を急激に加熱し、融解させる。


 上体を反らした状態になってもアインの銃撃は続く。

 硬化させた腕で銃撃を凌ぎつつ、ゴーレムも負けじと連射した。



(ハハハハッ!!

 久々ッ、ひっっさびさぁぁっ!!)



 ガキッ!



 途切れる銃撃。

 止まらない刺激。

 狂想の果ての住人に帰る瞬間。


 壊れ、崩れていく瞬間。

 手を伝わる戦いの温度。

 周囲に漂う血臭。

 生と死が織り成す狂奏空間。



「ちっ!」



 マガジンが空になって初めてアインの銃撃が途切れる。

 それはもはやフルオートと大差ない、激しい連射だった。



(ゴーレムに銃撃は通じねぇ!)



 銃撃から顔面を守っていたゴーレムのSRは、体を石化させることによって銃撃による致命傷を免れていた。


 全弾はじかれ、かすり傷一つ無し。


 しかし、石化はそう長く続かない。

 大量に単純なエネルギーを消費するのだ。 個人差はあるが、目の前のゴーレムは半端でない防御力を持っている変わりに、燃費は最悪と言っていいだろう消費速度だった。


 SRを解いた、その一瞬――



「もうちょい考えなっ!」



 アインは約6メートルもの距離を一瞬にして詰めた。


 そして、左から右へ。

 斬撃が走り、ゴーレムの首が体に別れを告げる。

 ついで、邪魔くさい死体を力一杯蹴り飛ばし、敷地外へ。



(これで2人!)



 次に両腕に深刻な傷を受けてもがく妖精。


 アインは手にした剣を投げ放つ。

 自らのSRを半ば開放させることもなく、心臓への一突きで妖精は絶命した。


 3人目も撃破され――トータルで5人目の撃破――マクサスだけが残された。

 死体に囲まれ、再び2人は面と向かい合う。



(これで門番だと言うのかっ!?)



 見せ付けられた実力差。腹立たしい現実。

 銃弾を躱わし、奇襲をことごとく察知し、ありえない速度での攻撃を実現する。

 付け入る死角がどこにも無い。



「何故だ!?」


「ぁあ?」


「キサマも同じ協会を敵とする者!

 何故、我々に刃を向ける!?

 同じ敵と戦って――!」


「じゃあ、逆に聞くぞ?

 何であんたら、私のダチに手を出そうとするんだよ?」


「ダ……?」



 剣を――

 つい昨日手に入れたばかりのカリバーンを取り出し、アインは言った。


 早速、コイツを試せる。

 クラスメイトが干渉されることに対する怒りと、破壊衝動に駆られて胸躍るアイン。

 矛盾する感情が彼女を更にハイにした。



「それにこの学校は結構気に入ってるんだよ」


「たった……

 それだけで我々を阻もうというのか?」


「いや、暇つぶしに邪魔してやろうってハラさ。

 それに、お前らじゃ絶対に実験に失敗する。保障するよ」



 マクサスの額に青筋が浮かぶ。

 今の一言が決定打になった。



「最も、いまを生き延びればの話だがな」



 絵に描いたのような見事な青筋。

 そして更に決定的にする言の葉。


 青筋立てるマクサスの表情を楽しみながら、アインは最後の1人を撃破する準備を整える。


 ――あれ?そういや最初は撃退のつもりだったけど……



「キサマは協会が陥落する瞬間を見たくはないのか!?」


「そりゃあんたの個人的要望だろ?

 私は興味なし。皆無。やりたきゃ勝手にやってな。やれるもんならね」


(この……!

 許さん!

 断じて許さんぞ!)


(やっべぇ、また熱くなって皆殺しにしちまったかー、ってまだ1人生きてるけど……

 仕方ねぇ。撃退はヤメヤメだ。

 皆殺っちまおう……)



 魔力の蓄積を感じ取りながらもアインは動こうとしなかった。

 理由は簡単。

 あっちが動いてからでも十分間に合うからだ。


 全く……何でこんな奴がリーダーのポジションを勤めている?


 ――何ていうか……



「いちいち遅いんだよ。

 早く来いよ!」


「666:828!」



 直後、マクサスの背後から12本の雷鞭が放たれた。

 頭上、足元、左右、前、背後。


 チャージした分だけあって、結構壮観なものだ。



「これならドコにも逃げられまい!」



 いや、避けれるんだなコレが……



(はっ、とんだ夢想家だこと)



 あんな小娘1人なんかに……!



「いかな理由であろうと、我々の邪魔はさせん!」



 ああ、そうですか……


 誠に残念なことながら、『右』へ行けと言われたら絶対に等しい確立で『左』を選ぶのが彼女、奈倉愛院という人間であった。

 仕事には忠実だが、それ以外の時の性格はとにかく反抗的。

 


「断じて邪魔などぉぉっ……!!」


「じゃあ、思いっきり邪魔してやるよ!」



 “するな”と言われたら“する”


 雷の鞭が迫る中――マクサスの魔法が生み出した8億V超の雷撃を前に――彼女はそう宣言した。それも飛びっきりの笑顔で。


 12方向から迫る雷撃。 全てが同時。


 正面から挑む彼女はその壮観さに感動した。

 迫る紫電。

 轟く雷鳴。

 空気を伝わり、体中の毛に干渉してくる静電気――いや、すでに静電気の域じゃない。軽い電気ショック程度の威力はある。


 初対面でこれを喰らったら、電気ショックで逃げるのもままならないだろう。


 だが、彼女は違った。



 ――閃光!



 紫電が爆発に変わる。

 雷同士が擦れ・ぶつかり合って強烈な閃光を生み、とてつもない衝撃と熱が発生した。



(これでどう――

 ――っ!?)



 マクサスの耳に轟音が届くのと同時、胸元に衝撃が走った。


 激痛。

 並走する熱さ、冷たさ。


 気が付けば彼女アインは目の前にいた。



「あんたの負け」



 その声。

 言葉の内容を理解するまで少しかかる。


 マクサスは悟った。

 自分の攻撃は外れ、彼女の反撃によって深刻なダメージを受けた。

 胸元に走る衝撃と違和感がその証拠だ。



「来世では気をつけるんだな。

 門番のいる場所には用心して足を運べ」


「ど、な……

 どうし……て……」



 マクサスの口元が朱に染まる。

 そんな彼を見て、彼女は再び哂った。

 目の前の虫の息の男に――冥土の土産だ――ネタばらしでもしてやろう。



「雷の落ちた場所……見てみな」



 死に際、マクサスは素直にそちらに向く。


 やはり、自分の攻撃に自信があったのだろう。

 何故外れたのか相当気になるようだ。



「あそこで焦げちまったのは私のコレクションの1つだ。

 パチもんだが、切れ味は確かなものだった。

 どういうことかわかるかだろ?」


「…避雷……針」



 マクサスの体から剣が抜かれ、地面へと崩れていく。

 足に力が入らないのだろう。



「ただの避雷針じゃない。

 名剣のコピーでな、今まで一度も刃毀はこぼれしたことのない優秀な剣でさ。

 “アロンダイト”っつうんだけど……

 まぁ、興味ねぇだろ?」


「ぐっ……

 はっ、はっ、はぁっ……!」


「私にとって厄介な魔法使いは雷系と風系。

 事前に自分の弱点対策練っとくのは当たり前だろ。

 ちなみに、この剣は昨日手に入れたばっかりでな、ちょいと麻酔毒を塗ってみたんだ。

 いい実験台になってくれたな、マクサス。

 ハハッ、もうじき逝けるぜ♪」


「きさ……まぁ

 どうひて……」



 呼吸もままならぬほど毒が回ったことがわかる。

 マクサスの言葉に呂律が回り混じり始め、わずかだが顔色にも変化が現れている。


 何を聞きたいのか分かりきっている。


 ――何故、邪魔をしたのか?


 嗚呼……

 笑えねぇ。

 マジ、嗤えねぇ……


 アインの顔から全ての表情が消える。



「あんた達が“器の実験”を続けるって言ったからさ」


「な……?」


「パンドラ・プロジェクトがどうなったかは知っているハズだ。

 同じ失敗を繰返すつもりか?」


「…………ぐ…そっ――」



 それ以降、マクサスから言葉が発せられることはなく、同時にアインは嫌な記憶の再生に顔をしかめた。


 あの事件のせいで自分は晴れて自由の身となれた。

 だが、やはり兄弟同然だった親友の死は未だに堪えるものがある。


 校舎の壁に背をあずけ、タバコを取り出してくわえる。

 ライターを探しながら横たわる6つの死体を眺め――


 ――そういや死体の片付けはどうしよう?


 肝心の後片付けを思い出した。

 面倒臭い。



「ちっ……忘れてきたか」



 トイレに忘れてきたライターの存在を思い出し、ついでに嫌な記憶も浮かんできた。

 出来たら思い出したくない記憶。


 パンドラ・プロジェクトに加担していた当時、13歳の時のこと。


 協会と喧嘩していたあの時代。

 殺人は当たり前。

 襲撃も当たり前。

 裏切りなんかあったなぁ〜……

 無法は常識。

 家族になろうって言う奴らはマジで邪魔だったなぁ……


 思い返せば、すべてが自由だった。

 こうして並のSR程度なら一蹴してのけることが出来るのはあの時代があったからだ。



(あいつら、名前を変えただけで自分たちの実験だと言いやがって……)



 “器”実験……


 あの実験は危険かつ、最悪だ。

 ひとつの人生を剥奪し、強制してしまう。



(成功率は低いわ、道徳的に罪悪感溢れるわ……)



 人を殺す分には何の罪悪感も感じないが、生きた人間の人生を強制してしまうことには吐き気を覚えてしまう。

 殺る時と違って慈悲ってモンが無ぇ。


 それ以前に、自分達でSRを作るのはいいが、必ずしも手懐けることの出来る奴が現れることはない。


 “1人の人間に強力な霊魂を入れてしまう”


 それがパンドラ・プロジェクトの内容だった。

 生きている人間に死んだ人間の魂を与えて能力の向上を図る計画。 最初はひとつのSRに別の力を加えようとする計画だった。


 人という名の箱に、各地に封印されている霊魂を入れてしまう。


 現在ある、『SR』という力に死んだ人間の魂を加える。そうすることで新たな能力が芽生えることがある。


 しかし、それは非常に成功確立の低い実験だった。

 “箱”の実験が、“器”の実験になっただけである。



(ってことは、いまだに降霊術士の生き残りがいるってわけだな……

 協会に刈り取られなかったのか?

 あるいはつい最近、力に目覚めたのか……)



 彼女の頭の中で様々なモノが駆け巡った。


 パンドラ・プロジェクト。

 2年前に大きな失敗を犯し、協会を打ち破るという計画は白紙となった。


 門番として研究所の正面を守っていた彼女。


 外敵は全て打ち倒した。

 が、内部謀反の発生により研究所は壊滅。主要メンバーも殆どが討たれ、研究そのものが続行不可能となってしまった。



(そういや……

 あん時、逃げた奴らはどうなったろ?)



 アインの脳裏に彼らの顔が浮かぶ。


 特に印象を残した数人の人工SR。 数少ない成功者たち。


 フランス人の悪魔憑き。

 隻腕になった少年。

 牛人青年。

 超冒険者。

 内乱の首謀者と思わしき言動の少年。



(協会に捕まってなきゃいいけ……

 あっ……)



 ふと思い出した。

 いま思い出した5人の中の1人。そいつは協会に捕――というより、自ら協会の門を叩いたのだ。



(クソ面白くねぇ。

 何が童心英雄だよ。ピーターめ)



 個人的な感情を抑えつつ、人工的火種が無いことを心から後悔する。

 次からは忘れ物をしないようにしよう。



(仕方ねぇ……)



 アインはくわえたタバコを手に取り、そっと息を吹きかけた。

 手元のタバコが赤く燃える。



(うめぇ……)



 戦闘の後は何故かタバコがおいしい。

 タバコの煙を楽しみながら、再び目を物言わぬ死体に戻す。


 ――いやぁ、本当に死体の後片付けどうしよう?

 面倒くさいこと極まりない。


 片付けるのは得意だが、なかなか取り掛からないのが彼女であった。


 あぁ〜、面倒くせぇ〜








「あぁ〜、ダッリィ」



 後片付けがどれだけ大事なのか……人は皆一定の条件を満たした状況を経験すれば、誰もが気付く。


 片付けなくして新鮮な心はありえない。


 汚い場所からはマイナスの印象を受けるか、何も感じない。とにかく、プラスとなる印象を受けることはまず無いだろう。



(さぁ〜て、コイツら片付けたら今度はこの夢創り出してる奴探さないと……)



 全く。

 数ばかりいて強い奴が少ないなんて、もう少し上手い作戦立てろよ……


 愚痴の止まらないアイン。


 その間、夢の中では大変な事態が藍を振り回し、トキを困惑させていた。





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