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Second Real/Virtual  作者:
14/72

第13話-As teacher-

 

 “全ての生物は生まれてから目的を持つ”


 しかし、それは時代と共に変わりゆく一つの概念でしかなかった。



「行こうではないか、ケイノス君!

 全ては打倒協会という、全人類の自由への飛翔の為に!」



 彼と自分は共通の敵、共通の目的のために生きている。


 年上の先輩にしては少し抜けているところが痛い。

 そして、一緒にいるのが恥ずかしい。

 が、それでも僕は(たいちょう)について行った。

 隊長は失敗しても必ず次に事を(つな)げるという、類稀なる『悪運』を持った男だ。

 つまり、一緒にいるだけで様々なチャンスに巡りあえる。


 まぁ、本人はその悪運に気付いていないみたいだけど……



「この作戦が成功した暁に、私は協会の『HERO'S』に挑戦状を送ろうと思う!」



 相変わらず突拍子もないことを言い出す隊長。

 無謀な台詞。

 無茶苦茶な内容。

 SRという、ただの人間から見れば現実離れした力を持った僕ですら、隊長の言葉が現実味を帯びていないと、理解する前に直感した。


 作戦開始2時間前のリデア・カルバリーの台詞である。

 その場の誰もが作戦の成功を疑った。



『こんな隊長で大丈夫なのかよ?』



 リデアと長い付き合いのケイノスだけが、我関せずといわんばかりの面持ちで空を仰いでいた。



(……眩しいなぁ)



 あぁ、夏。

 隊長はアホな台詞をアホ丸出しに大声で発声し、そのアホっぷりをコレでもかというくらい周りに露呈させていた。


 少々の不安はあるものの作戦は成功するだろうと、この時誰もが作戦の成功を疑っていなかった。

 ただ1人、哭き鬼の男を除いて。






 AM10:03 白州唯高校


 校舎の2階の廊下を進む6つの影があった。

 容姿や思考に共通した点は無いが、立場はみな同じ。


 無所属連合『NIGHT MARE』

 この学校に来た目的は、『器実験』に必要な人的素材を集めるためである。


 第1目標:色世時しきよ ときの確保。

 第2目標:それ以外の『器』候補者の確保。


 ここを護るのは協会のSR少数名と小規模集団の鬼の娘1人のハズ“だった”……


 彼らの進行がピタリと止まる。

 その理由は、想定外のSRがこの学校に居たことにあった。

 リーダーを務める風の特級魔法使い:リデア・カルバリーは再び足を止め、



「コイツ、何故催眠が効いていないっ!?」



 素直に驚き、戦闘態勢をとる。

 リデアついて来た手下たちも臨戦態勢に移った。

 その中でサブリーダーを務めるもう1人の魔法使い:ベクター・ケイノスは誰よりも早く、目の前の敵の正体に気づいた。


 対峙する男は悠然と廊下に立ち、彼ら7人を待ち構えていたのだ。

 たった1人。

 男の目に迷いは無かった。

 十分対応できる事態・状況であると静かに存在が語っている。


 ケイノスは理解した。

 男に迷いが無い理由、強制睡眠が効かないそのワケを。



「か…完璧のSR!」










 Second Real/Virtual


  -第13話-


 -As teacher-










 校庭での超難関は、雇った鬼に任せて何とかココまで来ることが出来た、リデア率いる正面チーム。

 計画通りだと護衛の鬼は夢の中に堕ちている。


 何人にも邪魔されることなく目標トキの身柄を確保できたはずだった。


 しかし、それ以上進むことができなかった。

 鬼はしっかりと夢の中に堕ち、睡魔を跳ね返すというイレギュラーが発生することもなく、すんなりとここまで進むことが出来た。


 しかし、誰もが予想だにしなかった、鬼よりも遥かに深刻な存在発覚イレギュラー

 たった1人の男に隊の動きが止まり、その男はそれ相応の実力を兼ね備えていた。



「構うこと無ねぇだろ。

 アイツ1人じゃん?」



 威勢良き同志が男に仕掛けた。

 こんなところでモタモタしている暇は無い。

 早急に、協会と対等の戦力を確保しなくてはいけないのだ。


 そのために彼らは時間を気にしすぎ、また功を焦り、結果……

 戦闘開始から――50.000秒――わずか1分足らず。


 たった1人の男にチームの大半が極半殺しに遭い、無傷でいるのは隊長と副隊長の2人だけという状況となった。



(これが完璧のSR……

 ワルクス・ワッドハウス!)



 残った2人にワルクスの目が向く。



「さて、次はいよいよ君たちだ」



 ショットガン レミントンM870 Police――通称:エントリーガン――片手にワルクスは尋ねた。

 授業を邪魔してまで何しに来たのか知る気はないが、一教師の端くれとして、どんな理由があろうと生徒たちに手出しさせるつもりはない。



「学校は土足で上がる場所じゃないんだ。

 OK?」



 わざとらしくため息をついてみせる。

 元々、交渉する気はあった。

 しかし、奴らは四の五の言わず攻撃を仕掛けた。その時点で、ワルクスの頭から交渉という選択肢は消えたのだ。


 こういう手合いはとっとと痛い目に遭ってもらう。

 殺してはいけない。

 なぜなら、報復は必至。

 殺さない程度に殺す。つまり、半殺しだ。その方が時間を稼げる。



「なぜ私の魔法が効かない!?」


「隊長の魔法じゃないでしょう。

 それに隊長、そういうことは大声で叫……」


「俺が“完璧”だからだ」



 ショットガンに悠々と弾を込めるワルクス。

 手っ取り早く終わらせたい。

 ここで一つ思い出した。対峙するリデアは執念深い性格だとか……



(奴の疑問に答えてやるべきだろうか?)



 混乱するリデア。

 いままでにない状況に冷静さを欠くに欠きまくっていた。



(どうして私の魔法が効かないのだ!?)



 呆れるケイノス。

 隊長が隊長なら、敵も敵だ。

 何で自分の周りは目立ちたがり屋 or 無駄に声のデカイ人物が多いのだろうか。



(何ていうか、いちいち……)


「教えてやろう。

 ただ完璧と言っても、どういった意味で完璧であるのか。

 まず、その基礎を組み立てなければいけない」


「基礎、だと?」


(いちいち戦闘にまで演出を凝らす必要は無いと思うんですが……

 聞いてますか、お二方?)



 勝手に説明会がスタート。

 出来るだけ早く終わって欲しかったが、確実に1分以上はかかるだろう。

 ついため息が漏れてしまう。

 はぁ……



「今の場合は……

 そうだな、簡単に言えば視線の高さの違いだ。

 例えば――

 戦う前から恐怖を抱く者と、抱かぬ者。 対する2人の目に戦いはどう映ると思う?

 片や黒く凶々しいイメージを抱いたり、流血や痛覚による完膚なき負や、死のイメージを連想するだろう。

 しかし、もう一方は戦いを仕事と捉え、そうすることが当たり前なのだと理解することだってある」


「結局、同じではないか!?

 それに例えが解りにくいわ!」


「解り難いか?

 う〜む……

 じゃあ……」



 考え込むこと約5秒、ワルクスは再び顔を上げた。



「0から始めることと、5から始めることだ。

 終着点を10とした場合のね」


「キサマは何が言いたい?」


「隊長が叫んだからですよ……」


「リデア。君は数字の基礎が何であるか知っているか?」


「10個の数であろう」


「どうして?」


「どうしてもこうしても、そう学んだからだ」


「なら、5〜9までしか学ばなかった場合はどうだと思う?」


「どうも思わんし、どうも思えん。

 私にどう思って欲しい?

 仮定するなら詳しい状況を述べろ、極論家め」


「ただの例えだよ」



 隊長〜、 ここ敵地ですよ?

 悠長過ぎではありませんか?


 聞きたくても会話に割り込むことさえ出来なかった。

 おそらく、聞く耳を貸すどころかそんな耳を持ち合わせていない。



「10個の数字を満遍なく使う場合に、さ。

 そうじゃなくてもいいけど」


「それなら答えよう。

 未知である数字との遭遇だ。

 その数字を対処出来ず、混乱するか放棄するか……あるいは原点に戻らざるを得ないであろうな」



 ケイノスは2人の会話に耳を傾けた。

 隊長、もしかして目的忘れてない?

 大体、この会話のやり取りに何の意味があるのか……?



(もしや、時間稼ぎ?

 しかし、バクの睡眠効果は最高5時間。

 時間稼ぎには到底……)


「そうかもな。

 5〜9しか知らない人はそうなるかもしれない」


「それで、その話がキサマの言う“完璧の基礎”とどう関係あるのだ?」


「本題に入ろう。

 いまの話では、ゼロを知らないことになるだろ?」


「ああ」


「隊長、少しは警戒を――」



 リデア、あっさり無視。

 向いていないのに……

 それなのに、何でリーダー業務に拘るのかなぁ、隊長は……



「全ての事象はゼロを起源としてそれぞれの結末へと向かうものさ。

 0(はじまり)がなければ、1(つぎ)は無い。

 繰り上げもなければ繰り下げもなくなる。

 数字の境界線が『0』だ。

 何にだってそういった境界に当たるものがある。それが基礎さ。

 基礎を知らねば応用を身につけることは出来ない」



 ショットガンのポンプ音。

 ワルクスは攻撃準備が整ったことを2人に伝える。


 正直、意味が分からなかった。

 本題に入ると言っておきながら、例え話の方が納得いくようでいかないような……詰まるところ、意図が掴めない。何が言いたかったのか分からなかったことに変わりはない。



「つまり、数学を解くには公式を。計算するには数字と記号の意味。

 文学に答えるなら単語と語順。

 スポーツをするにはその内容とルール。

 何かを悟るために経験。

 世の中を渡っていくに正義と悪を……」



 エントリーガンの銃口がリデアに向く。

 両者の距離は10メートル前後。


 銃撃が来る。

 この場で立っているSRは隊長と自分しかいない。

 いよいよ火蓋が切って落とされる。



「そして、戦いも例外ではない。

 “敵を知り、己を知らば、百戦危うからず”と言うだろ。

 知らなければ何も得られない――

 しかし、何も知らないからこそ何かを知り、そこから何かを得、様々学ぶ価値がある。

 悩むこともでき、どんな困難も乗り越えられる可能性とだって出遭え、より高次な自分を想い描けるようになる。

 弱ければ弱いほど強くなる甲斐はある。

 肝心なのは、どんな場合であろうと何も学べずに終わらないこと」


「全くわからんわぁ!

 お前、人にモノ教えるの苦手だろ!

 風の天際!」



 発砲。

 リデアが叫ぶと同時にエントリーガンが火を噴き、リデアも術文を唱える。



(正直、私も理解できませんでした!)



 散弾がリデアに襲い掛かり、それと同時に風の魔法が発動する。

 全身を風鎧(ふうがい)で纏うリデア。

 散弾の弾道を反らすが、少数のスラグが掠り傷を残していく。だが、結果的にダメージは無い。



「RD2!」



 更に同時、ケイノスの魔法も発動する。

 ケイノスの家は代々、優秀な空間操作系魔術師を世に送り出してきた純血魔術師の家系であった。

 ベクター・ケイノスが得意とする魔法は、『空間の圧縮と拡大操作』、そして縮小拡大で『空間に流れ』を作ること。


 ワルクスは咄嗟に上半身を反らす。

 飛んできたB4用紙がケイノスの作り出した魔術空間に触れた途端、消しゴムサイズに縮小する。

 その空間の歪みは、透明ながらもそのシルエットが球体を連想させた。

 サッカーボールほどの少し大きめの球だ。



(……空間圧縮!)



 次弾装填。

 発砲。

 ワルクスは2人に向かって突っ込む。

 この戦いは長引かせるものではない。



「風獣、鋭爪!」



 リデアの魔法が突撃するワルクスを迎え撃った。

 魔法の発動と同時に壁や天井、ガラスなどに切れ目が走る。

 一瞬の目配せながらもワルクスはそれがカマイタチによる攻撃だと理解し、しかし、走り続ける足を止めない。

 スピードを上げ、ワルクスはカマイタチへと突っ込んだ。



「馬鹿め!

 カマイタチを避け――」



 その瞬間、ワルクスはスピードを殺さず、空中に躍り出る。

 ハイスピードダイブ。


 滞空時間が長い0.5秒。

 そこで2人は異変に気付く。

 すでに1.45秒もの滞空を実現しているワルクス。

 完璧のSR全くといっていいほど高度を落としていなかった。


 風が下からワルクスの体を押し上げていた。 風に真横から乗ったのだ。

 だから、カマイタチによるダメージを受けていない。



「――ら、れた!?」



 ワルクスが無傷でカマイタチを突破する。

 再び銃撃。

 そこに、



「LUL!」



 飛来する散弾に対し、ケイノスの魔法が発動する。

 リデアの目前に迫った散弾は、ランダムに発生させられた圧縮空間に遮られ、その速度を落とした。

 迫り来る散弾のスピードが落ちた隙を見て、リデアは射線軸から退避しながら次の魔法を用意する。

 見事にカマイタチを切り抜けたワルクスに感心してしまった。



(えぇい!見とれている場合ではない!)



 頭を切り替え、再び敵を捉える。

 逆風の中、果敢に突撃してくる完璧のSR。



「風流、9号!」


「DR!」



 ケイノスの圧縮空間が作り出した空間の流れに乗せ、超強風をワルクス目掛けて放った。

 水の流れるホースの先端をしぼめるようなものだ。


 カマイタチを通過したワルクスは更に距離を詰め、同時にリデアは真正面から風速30メートルの風をワルクスにぶつけた。


 廊下に掲示されていたプリントや、隅にたまった綿埃が真っ先に吹き飛ばされ――

 その風にケイノスの破壊した壁や床の材質の破片が乗った。


 それはまさに、エントリーガンと風式散弾銃の対決。


 強風の中、ワルクスはエントリーガンで飛来する破片を弾きながら距離を詰めた。

 30メートルの風速がワルクスの進行を大きく阻む。

 風に飛ばされたものが凶器と化して容赦なく襲いかかり、思うように進めていなかった。



(何より、この地形!)



 この四角く長い一直線に伸びた廊下には逃げる場所、身を隠す場所が一切無い。

 あるのは前進か後退のみ。

 判断を誤れば直ちに死地へと赴くことになる。


 しかし、ワルクスに後退する理由は無い。

 逆に前進する理由はあった。

 どんな逆風で、どんな強風だろうと逃げる理由もなく、また隠れる必要も無い。


 生徒を護る。

 ここで諦め、逃げ出したのなら、一体誰が生徒達を守るのだ?

 自分が何のためにココにいるのか。


 それを改めて認識する。

 くだらないことかもしれないが、その認識が目的へ、また使命としてワルクスを駆り立てるのだ。

 生徒を護る為に自分はココにいる。

 理由は、それだけでも十分だった。



「このくらいの風、10%だった頃のオレでも乗り切れた!」



 自分に言い聞かせ、強風に負けじと高らかに宣言するワルクス。

 その台詞に2人は疑問を抱いた。


 ――10%?

 ――何が?


 直後、2人――特にリデア――は目の前の事実に驚愕した。

 ワルクスにぶつけている風が、



(緩和されている!?)



 リデアの風と別の風がぶつかり合い、相殺していた。


 この場所にいる風使いは自分ひとり。

 その見解が誤りだったとリデアは今更気付いた。



「キサマも魔法を使えたのか!?」


「完璧だからな!」


(いやいや!

 何でも有りですか!?)



 強風の中をワルクスは風の流れに乗って逆流し始めた。

 川の上流を目指す鮭のように。

 余計な動作を極力省いた全身全霊を込めた突撃。

 ケイノスはワルクスの未来位置を予想し、そこへ、



「D2R!」



 風に乗るワルクスに向け、ケイノスの空間圧縮魔法が発動される。

 大小違う大きさの拡大空間が4つ。


 触れれば質量をそのままに体積を拡張され、風の影響を大きく受けてしまう。



(読まれたか!)



 ワルクスは風の流れから降り、再び前傾姿勢で地面を走った。

 風に乗って迫るワルクスを迎撃しようとして拡大空間であるだけに、低姿勢で走れば牽制程度にしかならなかった。


 そこへ、間髪いれずに破片が襲い掛かる。


 躱わしながらショットガンを向ける。

 ――この距離なら届く!

 目標は、リデア・カルバリー。


 まず、この風を止める!

 発砲!


 しかし、



「何っ……!?」


「フハハハハッ!

 風の障壁を甘く見るでない!」



 シェルから放たれた無数の粒弾スラグ

 しかし、リデアの風の障壁によって阻まれ、致命傷どころか掠り傷をつけることすらなく軌道を反らされたのだ。

 風の障壁――風の天際と唱えていた――を纏い始めた頃とは比べ物にならない、圧倒的防御力。

 かすり傷をつけられないどころか、超強風によって完全に無力化されている。



「ならっ!」



 銃撃が思った通りにいかなかった。

 でも、そんなことは日常茶飯事だ。



(理想どおりの未来などない)



 現実は常に紆余曲折する。

 故に、ワルクスは今回の相手も銃撃が効かないと知り、手にしているショットガンを――



「なっ!?」



 投擲。

 風速30メートルを超える逆風の中、まるで野球ボールを投げるかのような鋭いピッチング。

 しかも、物が物だ。

 3、4kgはあるショットガンを軽々と投げて見せた。



(何という強肩っ!)



 しかし、風に流され、ショットガンは変にポップアップ。

 リデアの後方で天井に突き刺さった。

 同時、ケイノスの魔法が消えたのを機に、ワルクスは再び風に乗って距離を詰める。



「風流、12号!

 そして――風竜、滅爪!」



 一瞬だけショットガンに気をとられたリデアも、再びワルクスへ矛を向ける。


 これ以上接近されては何をされるか……

 ……わかることはわかるが、受け入れがたい!


 背後で天井に突き刺さったショットガンが落ちる。

 滅爪の発生と同時に周囲に傷が現れ始めた。


 天井も、床も、その空間にあるモノ全てを切り裂き、風が襲い掛かった。

 壁に切り傷が残り、床の石材は削られ、天井から埃と破片が降り注ぐ。


 それでもワルクスは足を止めず、カマイタチの“嵐舞/乱舞”に突っ込んだ。

 どんな障害があろうと、まだ諦めるには早すぎる。



(いける!)



 風を相殺し、突破する。

 それは、ワルクス魔法を使っていると確信するに十分な状況だった。


 ――風を風で打ち消し……いや、軌道を変えているのか?


 風というのは消すことが出来ない存在だ。

 自然消滅を待つ以外に消える術を持ち合わせていない。それが風の性質だ。


 しかし、風の流れを強制的に変えることによって急激に弱体化させることはできる。

 とにかく、ワルクスは対処法を知っていた。



(ここだ!)



 距離を4メートルまで縮めたワルクスは、懐からあるものを取り出す。

 それが何なのか、リデアとケイノスの目にもハッキリと映った。



(携帯電話?)



 目前でそれを取り出したワルクスに疑問を抱き、リデアの突風がわずか弱まる。

 ワルクスはその隙を突いた。


 突如、ワルクスの手の中の携帯電話が形を変え、膨張を始める。

 変形と膨張、その時点でそれはすでに――



(携帯じゃない!?)



 形状を変えながら、それはリデアに急迫した。

 弾丸ほどではないにしろ、かなり速い。

 一瞬の隙を突かれたリデアにそれを躱わす余裕はなかった。



「隊長!」



 ケイノスはリデアの前に立ち、急迫するソレを短剣で弾き反らした。

 軌道を反らされたソレが天井を穿つ。


 ワルクスの放った得物が、何らかの金属であることが判明した。


 金属同士の擦れ合う独特の反響音。

 リデアの風がそれをかき消すように強さを増す。



「下がれケイノス!」


「隊長こそ下がって!」



 互いに譲らぬ無所属の魔法使い2人。

 その間――

 ワルクスの手には鍔なし・肉厚・幅広い両刃の剣:グラディウス が握られていた。



「風と共に悟る!」



 近接戦闘を挑んでくるであろうワルクスに対抗し、リデアは感覚強化魔法の術文を宣言。

 常に自分の周りに風を発生させ、風の乱れを察知することにより敵の接近・攻撃に対応する術である。

 理論上この術の発動によりあらゆる死角を無力化でき、また、纏っている天際、滅爪と共に併用させることの出来る術であった。


 ケイノスが予備の短剣をリデアに渡し、ワルクスの近接戦闘に備えた。


 リデアが1歩踏み出した直後、2人の剣がぶつかり合う。

 高速で繰り出されたワルクスの剣戟をリデアは風の流れで軌道を察知、見事防いでみせる。



(この男!

 剣に風を纏わせ、こちらの風鎧を撹乱しようとしているのかっ!)



 ワルクスは一旦距離を置き、その隙にリデアも風を整える。

 2人同時に仕掛けた。



「URL!

 追加、DR2!」



 縦一直線に複数の放出型球状の力場が複数発生する。

 まともに喰らえば頭ごと潰される!


 ワルクスは横へ飛び、ケイノスの魔法を避ける。

 リデアはそこに追撃をかけた。



(ちっ!

 間に合わ……!)


「遅い!」



 リデアの順手に持った短剣による刺突。

 ――手応え有り!


 だが、致命傷には程遠いことがすぐにわかった。

 ワルクスは左腕を盾とし、急所への攻撃を防いだ。


 そこから反撃に出る余裕は…………無い!


 思いの他、リデアの自力は強かったのだ。

 右手の短剣を逆手に持ち方を変え、柄頭に左手を添えて押してくる。


 パワーゲームでは圧倒的不利!



(眼球狙いか!)



 ワルクスは必死に押し返そうと抵抗する。

 この状態が1秒でも長く続くのはまずい。

 ケイノスの魔法の準備が整い、餌食になることは間違いなし。

 それに、リデアには圧倒的に力で負けている。


 背中が壁につく。

 後ろは窓。

 下手をすれば落とされる。

 逃げ場は……


 ――いや……逃げる必要など!


 辛うじて手に力が戻り、無傷の右腕で――

 短剣に貫かれた左腕を押さえながらグラディウスに自らの意志を伝える。



(変われ!)



 グラディウスをかたどったはソレは応える。

 ワルクスの要望。


 生徒を護りたい願い。


 リデアはワルクスの目を潰すことに精一杯でその変化に気付かなかった。

 何せワルクスに、グラディウスを逆手に持ち替える余裕がないと、リデアはそう思い込んでいたのだ。


 ――しぶとく抵抗するコイツを一刻も早く倒したい!



「隊長!」



 名前を呼ばれ、リデアは目の前の現実を再認識し、気付いた。

 ワルクスの得物――鋭利な刃先――が自分に向いている。



(いつ、グラディウスを持ち替えた!?)



 戦いの最中に疑問を抱くことがどれだけ危険なのか、リデアは後悔し、思い知った。


 再び、ワルクスのグラディウスの刀身が伸び、リデアの左目を掠めるように――水晶体を破壊し、深刻な――傷を与えた。


 リデアの体から力が抜ける。

 それを機にワルクスは押し返すため、リデアの腹を蹴った。

 腹を蹴られたリデアは短剣を手放し、必死に左目を押さえて激痛にもがく。



「おおおぉぉぉぉっ!!!!」



 泣哭きゅうこくするリデア。

 ワルクスは背後にケイノスの魔力蓄積を感じ取り、急いで回避行動に移った。



「R2L!」



 ガラス全体にはヒビが入った。

 背後のガラスが一箇所だけ綺麗な球状の虚空と化し、圧縮されたガラスの一部が落ちて小気味よい音を立てる。


 ワルクスは、足元に転がるリデアに目を向け、野球バッドのようなグラディウスの柄頭でリデアを気絶に追い込んだ。

 ずん、と鳩尾への重い一撃。



「このぉお!」



 ケイノスが隙を突こうと襲い掛かってくるが、隙を突くにはあまりにも遅すぎた。


 急襲のポイントはスピードとタイミング。

 ケイノスは成功の条件であるどちらも満たしていない。リデアを黙らせた後では遅いし、隙を突くにしては襲い掛かってくる速度が酷く遅い。


 ワルクスは――短剣の使い方に慣れていないのか――あっさりと短剣を弾き飛してしまう。

 近接武装を弾かれたケイノスは距離を取り……



「ぐっ!」



 ワルクスの得物が変化していたことに気付く。 リデア同様、気付いた時には遅かった。

 後退と同時にそれらがケイノスの体に当てられていたのだ。


 首右側と上半身僅か左寄りの心臓。



(何だ、この大鎌は!

 それに、いつショットガンを拾った!?)


「勝負はついた。

 このまま大人しく去ってくれ。

 さもなくば首と心臓、要らない方を選べ」



 あれだけ小型だったグラディウスが、いつの間にか長柄鎌に形を変えていたことに驚く。

 質量的に考えても有り得ない事態に、ケイノスは戸惑いを隠せなかった。


 いくらSRという非常識的な世界に身をおく者であろうと、戸惑う以外に無い。

 ――世界中のどこからそんな金属を見つけてきたんだ?――何のカラクリもなく変形・拡大縮小する金属なんて……



「この金属は以前、知り合いの知り合いに貰ったものだ」


「なっ……!」


「この世の物じゃない。

 そんな事より、お前は命の重さを知らない愚か者ではないだろう?

 リデアを連れて帰れ」


「……断ったら?」


「言ったろ。

 首と心臓のうち、要らない方を選べ」


「後悔するぞ……」



 睨み付けるケイノスと、殺意の篭った視線を受け止めるワルクス。



「ああ。

 だが、いまは後悔しない」


「いまは無理でも、後で後悔させてやる!

 絶対に!」


「そうか。

 なら、お前はもう少し魔力をセーブして空間圧縮と拡大を使え。

 質より量で攻める戦法が向いている」


「うるさい……」


「もうひとつ。

 リデアが起きたら伝えてくれ。

 お前は遠距離戦向きじゃないと」


「黙れ!」


「オレに後悔を味わわせたいんだろ?

 ただのアドバイスだ。

 なら、今の言葉を忘れるなよ。

 お前らはいい素質を持っているんだ。

 その気になれば、協会のHERO'Sにだって立ち向かえる」



 数秒の沈黙の後、毒づきながらケイノスは戦闘の続行を断念。

 その意思をワルクスに伝え、リデアと他のSRを亜空間に収納し、早々と撤退し、後には静寂に戻った空間でワルクスはため息をついた。



「さて……」



 ケイノスが完全に去ったことを悟り、ワルクスは周辺の掃除・修復に取り掛かった。


 自分の投げたショットガンによって出来た天井の穴。

 リデアによってはがされた掲示板や、それに張られたポスターや連絡用紙。

 ケイノスの破壊した窓ガラスやらコンクリートの壁やら床やら……etc



(こういう時の為に復元魔術を学んでおいて良かった……)



 使うたびに痛感するありがたさと、後ろめたさ。


 全ての人間がこんなことを出来る世界になれば、人は堕落の一途を辿るだろう。

 現代の社会でもそうなのかもしれない。が、おそらく、今の比ではない堕落の道を進むに違いない。


 人は、楽な道を選ぼうとする。


 特別な力がないから人は努力をする必要があり、だからこそ何かを学ぶことが出来るのだ。

 逆に、特別な力を持つ者は何も学ばなくてもよいと考えている人がいるが、そんな事はない。


 学ぶところが違うのだ。

 使い時がいつなのか、それを使っていいのか。

 効率で考えるか、道徳で考えるか。

 数字か、右か左か、善悪か。


 自分に何が出来て、何が出来ず、どうすれば出来るようになるのか?


 とにかく、いまはこの力があることに感謝しよう。



(――にしても……)



 少し自信のあった数字と完璧の基礎をつなげる話。



(――リデアで理解できないということは……)



 話をもっと簡潔にするよう、ワルクスは頭も働かせた。

 どういえば分かり易いものか……







 この私の作戦に呼応してくれたことに礼を言おう。

 ケイノス君、皆に飲み物を。


 ――さて。

 手順を説明しよう。


 まず、我々が正面から進行する。


 君らは強制睡眠を頼む。

 もちろん、彼を中心に、ダミーとバックアップでお互いカバーしあい、出来るだけ長く、多くのモノを夢の中に落として貰いたい。


 そうだ。

 君達は。そう、その通り。

 裏門からの進行だ。頼む。


 屋上?

 資料を見ていないのか?

 対空用の迎撃魔装が敷かれている。

 簡単に突破は出来まい。


 ……何?

 学校ごと破壊?


 バカモノ!

 そんな考えだから我々無所属は野蛮人だけと罵られるのだっ!


 我々は正面から、堂々と進む!


 全てを破壊するなど……君は芸術という言葉を知らないのか!?



 ――リデアの作戦会議、より――



 現在。

 正面チームと睡眠チームの半数以上が壊滅したいま……


 残るは裏門チーム、そして、強制睡眠の主担当者のみとなった。






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