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Second Real/Virtual  作者:
13/72

第12話-魔女VS鬼!動き出した無所属連合!-


 人とは空ろなもの……

 自らの価値を求める。


 空を仰ぎ、地を踏み、海を越え、時に自分の過去を振り返り、未来に不安を覚え、一時の幸福を悔い残さぬように謳歌する。


 そこに自分の価値は存在したのだろうか?


 筆を走らせ、書に耽り、風に当たって空を仰ぐ。剣を振るい、戦い方を学び、幸せについて考える。



(私は、何を求める?)



 兄弟は皆、彼を尊敬する。

 だが、どんなに讃えられようと、彼の心が満たされたことはない。



(私は一体……)



 1人で塞ぎこむ時期もあった。


 しかし、彼にもやっと――

 自分から望む目標がたった。



(世界を変えよう。

 無所属は、最近組織化したから誰を潰せばいいのかわかりやすい)



 最初の目標が決まる。 まず、無所属連合。


 急に連合した目的を探るため、男は自ら連合の1チームに加わった。


 極東での作戦に伴って編成された部隊。

 何らかの研究のための実験体集め……


 反吐が出る。

 やろうとしていることは誘拐に他ならない。

 男は、いざとなったらチームを裏切ろうと硬く決意した。


 そして、――学校の校門で何度も深呼吸し、殿しんがりを務める。


 無所属連合による、作戦にしてはあまりにも稚拙な『作戦』が始まった。



 どうしようもない事。

 それは誰の人生にだって最低一度はある。


 偽りの終わり、安心した頃に蘇る不安、不意を突くように発生する事故・事件。


 ホート・クリーニング店店長、ヴィラ・ホート・ディマ。

 彼女も例外ではなかった。


 闇影使い最高の魔法使いという肩書きを持つ、元テロリスト。

 今でも所属を問わずにあらゆるSRセカンドリアルとのコネクションを持つ黒き魔女。


 闇影を司る人にして人の領域を超越した者。

 しかし、現在は協会を抜け、小規模集団となって芹真事務所と手を組み、常時共同体制を示していた。


 そんな彼女を不安に陥れる事態が発生していた。それも現在進行形で。


 ――ボルトの復活――


 しかし、それは有り得ないはずだ。

 有り得ない事態であるだけにディマは戸惑いを隠せない。



(なぜ、いま彼女が出てこられる?)



 最強に数えられる魔女の1人と謳われるディマが不安になる理由。

 それが――



『ボルト・A・パルダン 唯一の封印成功者』



 悠久の眠りへついているハズのボルト。

 数百万の犠牲の果て、ディマに託された封印の代行。


 無限の眠りに堕ちた『創造されし災害』

 災害を眠りの彼方へ封じた『対する黒鍵』


 彼女を包む夢の殻が、音もなく崩壊を始めていた。






 AM 09:59


 何の前触れもなく、白州唯高校を中心に半径3Km一帯は静まり返った。

 学校の内部や民家の中も例外ではなかった。


 つい数秒前まで学校は活気で溢れかえっていた。


 それが突如、無理やり夢の中へと引きずり込まれたのである。生徒も職員も皆。

 睡魔に侵された教室の中でボルトは怒りに震えていた。


 ――こんな事があっていいの?


 学校……

 これからの長い人生に備えて学ぶ場所だ。



(こんな大事な場所なのに……)



 睡魔を大量に放出している犯人はそのあたりを全く考慮していない。

 自分達の目的のためなら何であろうと犠牲にする。障害として取り除く。


 他人のことを一切考えない最低な連中。

 自分達が最優先なのだと錯覚・勘違いしている連中。


 子供……生徒たちのことを何も考えていない。



(絶対に護る)



 目の前で睡魔に負けたメインボディガードの藍に再び声をかける。返事はない。



「今日は私が頑張るね」



 ボルトは撃退を決意し、深呼吸を始める。

 光に包まれたボルトの体が膨らみ始め、一定のサイズで止まった。


 学校に憧れ続けたボルト。

 夢にまで見た学校に今日初めて彼女は足を運んだのである。

 将来に備える生徒で溢れ、喜怒哀楽をあらゆる人々と共にすることが出来る場所。


 そんな場所まで奴らは敵としてやって来た。



「さぁ〜て。何人……」



 ボルトから放たれる光が納まった頃、ボルトは今までどおりのテンションを取り戻していた。

 怒りに任せた戦闘をボルトは嫌う。怒ったからといって敵が消えてくれるわけではない。逆に戦闘には冷静な判断が必要であることを知っていた。


 閃光の消えた教室。

 窓辺へと歩み寄り、正面から堂々と歩いて侵入してくるソイツ等の姿を確認する。

 ――15体。



「少なっ……」



 軽く愚痴をこぼしつつ窓を開ける。

 そして、躊躇なく――


 ボルト(17)は飛び出した。











 Second Real/Virtual


  -第12話-


 -魔女VS鬼!

 動き出した無所属連合!-









 乾燥した夏の空気。

 前日に雨が通過したとは思えないほど乾いていた。


 ボルトの出現に気付いた侵入者たちが足を止める。

 2階からの飛翔する子供。重量を感じさせない静かな着地。



「むっ!」

「隊長」

「アレは……」



 その中のリーダー格、アイルランド系の長身青髪男が着地した子供について記憶検索を始める。

 その最中、後ろをついてくるSRの何人かは早くも気付いていた。



「はて?

 どっかで見た顔……」


「あいつ光の魔女じゃないですか!?」

「え、マクマランを倒した奴?」

「ボルト・パルダンじゃない!?」

「でも何か……写真で見たのより大きくねぇ?」

「バカ!姿を変えられるって噂あったろ!」


「いいから早く行けよ」

「お前らみたいに暇じゃないんだからさ〜」



 ボルトを知る者半数以上、無知数名。


 まず、名乗ろう。

 ボルトはそう決めた。

 彼らのリアクションに付き合っている暇は無い。


 そしてこんなリアクションには既に飽きが来ている。

 大抵のSRがボルトと対峙した時、その反応はほぼ共通して驚愕へと走るのだ。



「ボルト・S・パルダンです。貴方達は?」



 ざわめくSR、困惑するSR、逃げ出すSR。

 SRたちの間にこんな話があったのを思い出した連中が逃げ出したのだ。


 ――ボルトに名乗って挑んだ者は例外なく死去!


 が、それを知らないリーダー格はしっかりと答える。



「ふふん。私は魔法使いのSR、リデア・カルバレーだ!」


「あ〜、知ってる。

 風の特級魔法使いの」



 テロリストにしてはある程度名の通ったSRだ。

 その後ろにいる他の面子もほぼ全員がテロリスト。


 敵は無所属だと判断するに十分な顔ぶれだった。



「そうだ!

 驚いたか!」


「全然」



 自分の肩書きを誇る魔法使い。

 ボルトも彼のことくらいは知っている。

 風の魔法を使わせたら右に出るものはいないといわれ、類を見ないほどの風使い。

 だが、興味ない。



「えっと……

 あなた達はここがドコだか分かってる?」


「日本であろう」


「隊長。あまりレベルの低い返事は……」


「何ぃ?

 雇われた身のでありながら言うじゃないか」


「まぁ……それは」


「ね〜え。ここがドコなのか本当に分かってる〜?」



 再びボルトの質問。

 軽く無視されたようで少し苛立たしい。



「学校でしょう」


「……はい。正解」



 リデアではない、別のSRが答えた。

 僅かに機嫌を損ねながらボルトは返事を返す。

 それと平行し――


 魔法使いが2。

 バクが2。

 ゴブリンが2。

 ゴーストが2。

 妖精が1。


 逃げ出した連中を省き、目の前に残っている敵のSRをボルトは把握する。

 彼らの纏っている光がボルトの中にそういった情報をもたらす。


 そんな中、1人――

 赤茶色の髪をしたリデアとは別のもう1人の魔法使いも、ボルトを観察していた。


 ――聞いた話では、10代なりたての小さな女の子という話だった。

 が、目の前にいるボルトは話通りの容姿に当てはまらない。

 少なく見積もっても17、18歳。身長も170は確実にある。

 全く、話の内容と異なる。



「あなた達はどうして学校まで入ってきちゃうの?」


「ほぅ、どうしてだと?

 シキヨ トキの価値はキサマも知っているはずだ」



 風の魔法使いが質問に質問で返す。

 その背後でもう1人の魔法使いが準備を始めた。



「我々は我々の研究に適した実験体を探しているのだ。シキヨ トキは実験の器として申し分ない素質を持っているのでな。

 そう、是非とも我らの手の内に招こうと思っている!」


「誘拐じゃなくて?」


「それは人の解釈それぞれ!

 我々の招待がキサマの目には誘拐として映っているだけの話だ!」



 ――ウザ。

 ボルトは一呼吸置いてから、肩にかかった髪を後ろに撥ね退ける。



「あなた達はどうしてもトキを手に入れたいわけ?」


「無論だ。

 それ以外の目的で我々の利益に繋がる『何か』がこの国にあるとは考えにくい!」


(あ〜、もう!

 この人と話すのヤメた!)



 断言する風の特級魔法使いに呆れるボルト。

 1秒でも時間を無駄に出来ない。

 夢の中へ引きずり込まれた人々を救いたい使命感にボルトは駆り立てられていた。



「故に! 我々も早く自分達のいるべき場所に戻るために手っ取り早く目的を達成しようと――」



 そこまで言いかけた時、対峙するボルトが動いた。

 人差し指を向ける。 行動はそれだけ。

 しかし、全員がその指の向く方向、右側を確――


 瞬間。

 僅かな蒸発音を伴い、周囲が光った……気がした。


 ――認したリデアは疑問を抱いた。

 真横、右側に並んでいたゴブリンの姿が消えていたのだ。



「ん?」 



 リデア本人がそれを視認した時、残っていたのは焦げたアスファルトと妙な臭い。


 それが何を示しているのか、さっぱり分からない。

 唯一わかるのはボルトの攻撃であること。


 しかし、一体どのようにして?

 視線をボルトに戻すと、



「次は君ね」



 人差し指で指名。

 リデアはその指が差す方へ体を向ける。


 今度は反対、左側。

 ゴーストのSR。



「頑張って避けてね〜♪」



 笑顔で攻撃宣言。

 ボルトは有無をいわずに攻撃を決意した。

 ――コイツらは話し合ってどうにかなる相手じゃない……というよりもう何も話したくないのよね〜♪



(何だ?)



 指名されたゴーストは、訝しげにボルトに注意を注いでいた。

 自分を指した指が、今度は空へと向けられている。



(避けろ……?

 指?指……?)



 何が起こっているのか理解できない諸々のSRは、本当にボルトの仕業なのかと訝しげにゴーストを凝視していた。


 視界いっぱいに広がる夏の空。

 鮮やかに浮かぶ雲。


 そして、何の前触れもなく――

 ゴーストは消滅した。



「うおっ!?」


(やはり光!)


「はい!ざ〜んね〜ん♪」



 リデアは目の前の光景に驚きの声をあげ、もう1人の魔法使いは自分の予感が当たってしまった事に驚いた。

 あどけない笑みを振り撒きながらボルトは次を指名。

 次はこの睡眠を生み出している原因の1人、バク。



「オレ!?」



 ボルトの指が空へと向く。 バクも空を向く。

 ――避けられるのか!?

 しかし、避けなければ死ぬ。



「ちっ!」



 リデアの後方に控えていた魔法使いが動いた。

 術文を唱え、ボルトに補助装具の短剣の切っ先を向ける。



「Rディ――!」



 呪文詠唱の途中で魔法使いの動きがピタリと止まる。

 もちろん、ボルトの仕業だ。



「私ね、遊ぶのを邪魔されるのは嫌なんだ。

 あなたも嫌じゃない?そういうの」



 その魔法使いは見事に固まっていた。

 意識はある、感覚もある。だが、体の自由だけが利かない。



「それに、正規魔法使いのあなたなら分かるでしょ?

 ベクター・ケイノス」


(くっ、読心術か!?)



 目の前の光景を見ていたリデアは思い出した。

 ボルトという魔女が最強の理由。

 ――その秘訣が高度な読心術にあるのではないかという噂。

 敵の心を見透かし、作戦を看破、敵を心から崩していく。



「ケイノスだけじゃないよ。

 リデアも、他の人もそう」



 バクの目が空からボルトへと落ちる。


 その時――

 一瞬の隙を突き、ボルトの魔法がバクを消滅させる。



「あなたたちは常に私の補助装具の中にいるのよ?」


(あ、なるほど……だからか!)



 いきなり彼が――

 ケイノスは自分が動けなくなった理由を悟った。

 遅れて他数名のSRも気付く。

 ボルトから直接魔法を使った気配が感じられないことを妙に思っていたが、今の説明で納得がいく。



「人はね……光なしでは生きていけないんだよ?」



 ――魔法を使っている。

 ――それも、誰も気付けないほどごく極めて微量の魔法を!


 空から襲い掛かる一条の光。

 それが、ボルトが光を極限まで収束し、光の速さで標的へと落とす『光撃』。

 収束により質量を確保、高熱を発生する。

 更に、質量と高熱を得た光に落下を与えることによって威力を倍増させ、直接敵に落とし一撃で敵を仕留める。


 それはすでにエネルギー兵器の域か、それ以上の存在。


 その時、全員がリデアから魔力の蓄積を感じた。

 ボルトに攻撃をする気だ。

 ケイノスはそれを咎めたかったが、体が動かない。


 ――隊長が無駄死になる!


 そして、ボルトはリデアを迎え撃つ気で満ちていた。


 この隊のリーダーがリデアだ。彼を欠いたら次にどう行動をすればいいのか――

 それ以前にこの隊をまとめる器量を持ち合わせた者などいない!



華創実誕幻かそうじったんげん



 ボルトの魔法が発動。

 それと同時だった。



「天段:亜時砦あじさい



 天からの裁き、ボルトによる断罪の光――

 それが突如発生した不可視の壁にぶつかり、リデアの抹消に失敗する。


 光が何かに遮られた。



「なんだっ!?」


「へぇ〜」



 リデアは頭上で起こった事態に困惑した。


 銃弾以上のスピードで上空から降り注いだ光撃。

 それを妨げた不可視の壁。


 ボルトの光と、それを防いだ術。

 リデアを護った男が学校の敷地内に入ってくる。光がボルトにそれを伝える。


 黒い髪、白い目、青いワイシャツ、スーツ姿。

 一見すればただの若手サラリーマンにも見えなくはない。 そう、一見すれば……



「ここで数を減らされるわけにはいきません」


「キサマ、勝手な真似を……!」


「その勝手な真似に助けられたのが隊長殿。貴方です」



 空気が変わる。


 それまで邪心を持って対峙していたボルトだったが、その男の出現と同時に遊び心はどこかへと消えていた。



「彼女は私が抑えます。

 その間、リデア隊長らで目標を確保してください」


「断る。私が魔女を倒す!」



 会話を聞かず、ボルトは男に意識を傾けていた。


 リデアを護った男。

 ――防がれたのは、完全に見切られていたから。



「無理です。隊長は今の攻撃を避けるどころか反応することすら出来なかった」



 非常に痛いところを突かれるリデア『隊長』。

 隊長としての器ではない――読心術で男の心の叫びを読み取るボルト。



「しかし、私は……」


「解らないのか?

 行け、リデア。

 君のような中途半端なSRで勝てる相手ではない」



 ボルトは初めて気付いた。

 ここにいる誰よりも殺気を放っているのがあの男だと。


 ――下手なSRより遥かに強い。



「くぬぅぅ〜!

 雇われた身のくせに!」


「私を雇ったのは貴方じゃない」



 やりきれぬ思いを残し、リデアは渋々男の指示に従う。

 だが、それを見ているだけのボルトではない。


 光撃を仕掛けた。



(落下光跡!)



 ボルトの魔力が動き始める。

 視界いっぱいに広がる景色から少しずつ光を集め、それがある程度集約された瞬間、再び一条の光が降り注ぐ。


 目標はリデアを救った男。

 しかし――



「一段:すすき



 遅滞効果を与える効果の聞き慣れた陰陽術。

 頭上から迫った光撃が緩慢になり、やがて光は徐々に雲散する。


 光は自ら形状を維持することが出来ない。


 ――光の魔術の対処法を知っている。


 ボルトは目の前の男だけに興味を持った。他のSRはすでに眼中に無い。



(強い……

 それに、聞き慣れた――藍ちゃんと同じ術)



 しかし、最もボルトの興味を引いたのは彼の術でも殺気でもない。

 男の顔――



(トキの兄弟?)



 2度も術を阻止した男。

 それでもボルトは次の光撃を仕掛ける。3度目の光撃、落下光跡。

 ただし……



「落下光跡 絨毯.Ver!!」



 今度は複数の光が多方向から一斉に襲い掛かる。

 真上からの光撃に加え、斜め方向、水平方向からの攻撃。


 それはまさに光線の乱射。 どこへ逃げようと死角は無い。

 だが――



「二段、下:釣鐘つりがね



 男はボルトの攻撃を予知していたかのように、同時に術文を唱えた。

 重なる2人の声。

 ボルトの光撃が始まると同時、男の防御術も発動する。


 多方向から迫った光撃は、再び不可視の壁にぶつかり消滅――いや、今度は全て反れてしまった。



「わかりましたか?

 皆さんで目標を確保してください。私が彼女を止めておきます」



 彼の後ろで全員が了承する。

 ――俺達の手に負える相手じゃない!


 その反応に男は満面の笑みで応えた。



「では、行って下さい」


「行くぞぉ!」


「“行かせ/生かせ”ないっ!」



 再び複数の光撃が集団めがけて放たれる。

 先ず、前後左右同時。



「天段:八衛柵螺やえざくら

 二段、上:夕顔ゆうがお



 術文の直後――

 土の塊が地面から生え、空へ空へと急速に伸び始めた。


 六方から迫った光撃がソレに遮られる。



(藍ちゃんが自主課題にしている別段同士の同時発動!)



 次に迫る光撃、上下同時。

 空中の光による上:四方向。地面を照らす光が下:三方向。計7条の光撃。


 しかし、男の術はそれも防いでみせた。


 ――天段:ヤエザクラ

 その効果で八方と上方からの光は全て遮られ、


 ――二段:ユウガオ

 地面に蓄積されていた光が闇の蓋に覆われ、そこから光が発生することはなかった。



「俺に続けぇ!」



 隙に乗じ、リデアが僅かに吹いた風に乗る。 他のSRもリデアの魔術によって風に乗って白州唯高校内に突入。

 風の特級魔法使いと言われるだけはある、とボルトは思い改めた。


 髪がほんの僅かになびく程度の微風。そこに足場を作ったのだ。

 リデアはその動く“足場/風”に乗ることでボルトの頭上を飛び越えていった。


 ――さすが、特級魔法使い。



(あれ?

 そういえば、私は何て呼ばれていたっけ?)



 校庭で向かい合う光の魔女と陰陽術士。

 2人を残して他すべてのSRは学校内へと侵入していった。



「――さて。

 あなたは光の魔法使い:ボルト・パルダンですね?」



 先に口を開いたのは男の方。

 ボルトは自分の階級を思い出そうとしながら――思い出せない――頷く。


 思い出すことを完全に中断し、男に聞き返す。



「あなたは哭き鬼のSRね?」


「その通り」


「それで――

 あなたは藍ちゃんのお兄さん?」


「さぁ……

 どうでしょう」


「当たりね。陸橙谷リクトウヤ 麻さん」



(本名を……

 読心術か?)



 あくまで笑顔を崩さない男:アサ

 ボルトも負けず劣らずの笑みを振り撒く。


 笑顔のまま向かい合う2人。

 顔こそ笑ってはいるが、実際はいつ攻撃を仕掛けるか見合っている。

 先に隙を作った方が負ける。


 数秒経過し、風が吹いた瞬間――



「目潰しビーム!」



 焦れたボルトの奇襲先制攻撃!

 しかし、アサは上半身を大きく捻ることによって躱わし、反撃に出た。



「一段:すみれ!」



 同時にボルトを取り巻く重力が重くなる。

 まるで自分に足が無いかのような錯覚に陥るほどの無力感。自分ひとりの力では立っていられない。

 日常ではありえない重力。



「な、なにおぉ!」 



 しかし、ボルトも負けずに次の術を繰り出す。

 アサはそれも予測し、回避。



(この人、魔法使いと戦い慣れている!)



 無駄に動かない、無駄に止まらない、『作っておいた隙』の存在を看破している。対抗できる術を持っている。

 そして、魔術の種類を的確に予測している!


 驚異を覚えずにはいられなかった。

 しかし――



(何ていう子供だ……

 あの強重力下で反撃に出るとは)



 大抵の人間――

 いかなSRでさえまともに立っていられなくなるハズだ。


 しかし、ボルトはゆっくりと、確実に立ち上がっていた。



「あ……」



 ボルトはアサに指差し何かを訴える。

 それは――



(いつの間に!)



 指を差したその背後にボルトがいた。

 しかも、視認した時にはすでに攻撃モーションに入っている。


 アサは咄嗟に横へ飛び距離を取る。

 ボルトの手から発生するビームソードが空を切る。


 攻撃を躱わされたボルトと強重力の下で立ち上がるボルト。


 ――ボルトが2人。

 アサは判別を始める。



(おそらく、術を受けた方が今は虚像)



 アサの手が光剣を発生させているボルトへ向く。

 咄嗟にボルトの読心術が告げる。

 次の術は――



「やばっ!」


「二段、下:紫苑しおん



 ボルトはこの術を知っていた。

 以前、藍に折檻として喰らった凶悪な術。


 その効果は――視界消失――

 しかも、術の効果を解くことが出来るのは、術をかけた術者本人だけ。


 ボルトは必死にその術を避けた。

 2度とあの暗闇は体験したくはない!


 姿勢を低くし、アサの指先――

 射線から逃れる。

 回避してからそれが計算されたものだと気付く。



理壊装円破解リカイソウエンハカイ



 一瞬での装着。

 ボルトは僅かに戸惑った。変わった形の金棒。


 ――トゲの代わりにサムライブレードが取り付けられている?


 アサが距離を詰めてくる。



(目の前っ!?)



 鬼のSRたちの間で歴史的に愛されてきた得物――金棒、リカイソウエン。

 金属製の打撃武器。

 だが、彼の持つ金棒には、斬撃武器としての機能も備わっているようだった。

 しかも――最高クラス『ハカイ』の名を持つ棍棒。


 ハカイと名のついた金棒の破壊力は、戦車の装甲すらも破る!


 横一閃。

 避けられない!


 ボルトの体の上下半身が別離――だが、流血無く、大粒の光の粒子が空気中に散った。



(やはり……

 光で残像を作り、その残像の中に魂ごと移動できるというわけか。

 抜け殻戦法、囮としてはうってつけという訳だ)


(この人、私の戦い方を分析している?)



 それまで強重力によって自由を奪われた『虚像のボルト』が『本物のボルト』へと戻る。

 アサは次の術を用意。 要する時間は0.2秒。


 ボルトも対抗策を思いつく。



「一段:薄」



 遅滞効果の術。

 ただでさえ自由を制限されたボルトにそれを躱わす術はない。


 もとより藍や、いまアサが使っている陰陽術は不可視のものが多い。ボルトの光撃との大きな違いと言ったらまずそこが挙げられる。

 次に術の速度。

 ボルトの光撃は文字通り光速。それに対し、藍の華創実誕幻は銃弾程度かそれ以下のスピード。しかし、遅滞効果と組み合わせて使うことによって確実に当てることが出来る。


 ボルトの感覚に異常が発生する。

 音が聞こえない、周りのものが異常な速度で動いている……



「三段:秋桜こすもす



 アサの右手に握られた金棒に華創実誕幻の力が乗る。

 つまり、棍棒からも華創実誕幻の効果を相手にぶつけることが出来るのだ。



(秋桜は確か、痺極枝死!)



 光の速度で直接頭に伝わるアサの攻撃方法。

 直撃は免れない。

 アサの狙う場所は頭。


 一撃で脳の機能を停止させることが出来る。

 しかも、『打撃+麻痺』だ。



(これなら!)



 ボルトの準備も整い、同時――

 アサの攻撃がボルトの体を破壊した。


 左側頭部から左肩へ振り下ろされ、左腕がもげる。



「むっ!?」



 ボルトの体を破壊した瞬間、光の粒子がボルトの周りに漂い始め――

 1人だけスローモーションの中に取り残されていたはずのボルトが、通常速度での行動を再開する。

 ハンズとの戦いの最中に思いついた戦法だ。光質変化とでも言おうか。



(薄の効果を解いたか……)


「落下光跡ぃ!」


「一段:椿つばき!」



 光撃再び。 しかし、威力は先程のものとは比べものにならない。

 慌ててアサは距離を取る。

 顔をあげたアサの目に、空中に浮かぶボルトが飛び込む。



(無傷……?)



 確実に破壊した頭部と左腕。

 しかし、ドコにも傷は無い。それどころか、流血や血痕1つすら無い。



(これが、光の魔女か!)



 体勢を直し、理壊装円破解を握りなおす。

 ボルトもアサの戦闘能力の高さに驚いていた。



「ねぇ、アサさん」


「はい?」


「学校に行ったことある?」



 どんなに驚こうと笑顔を崩さない2人だったが、ボルトの顔から笑顔が消えた。

 つられるようにアサの顔からも消える。



「いいえ、学業はすべて自宅で。

 あなたは?」


「私も行ったことないよ」



 アサはボルトから魔力の蓄積を感じ取っていた。

 ボルトもアサが準備を進めていることに気付いている。



「だからね、学ぶことを邪魔する人は許せないの」


「同感です。

 しかし、今は仕方ない」


「仕方ない?」


「色世 時を狙っているのは協会だけではない。

 すでに私のような死者の端くれの耳にも噂が流れているほどです」


「トキがメイトスを倒すSRっていう噂?

 それとも、トキの眼に価値があるっていう噂?

 でも残念。

 今のトキじゃメイトスに秒殺されるだけだし、トキの力はトキの中に完全定着しちゃったんだよ」


「そうですか。

 しかし、それを知らずに協会のHERO'Sや、無所属連合のNIGHTMAREが争いを始めました。この国が戦場になろうとしているのです」


「うん。知っているよ」


「知っている?」


「少しずつだけど、この街にいろんなSRが入ってきていたり、発生しているんだよ」


「私は、この国が戦場になる前に色世 時を別の国に移動してもらうか、拉致することによって人々の無駄な衝突を避けたい」



 アサの言葉に耳を傾けながらボルトは考えた。


 この世界のどこへ逃げようと、協会は必ずトキの居場所を突き止めるだろう。それが可能なSRが協会にはいるのだから。

 そしてそれは協会だけじゃなく、無所属のSRたちの中にもいる。

 協会の預言者や、無所属の千里眼能力者クレアボヤンス



「でも、トキは渡さない」


「その結果、多くの無関係な人々が死んでもいいのですか?」


「ううん。死なせないよ」



 ボルトの手が光に包まれてゆく。

 仕掛けてくるつもりだ。


 接近戦。


 アサも金棒を握り締める。

 やはり、この戦い方が手っ取り早い。



「その為の――」



 その瞬間――アサは視界からボルトを見失う。

 光速移動。

 直感が告げる。



(後ろ!)



 理壊装円を振り、ぶつかる。

 そこにボルトはいた。


 衝突する金棒と光の剣。



「私達だよ」



 ――再びぶつかる。

 三合、四合!



「天段:大紋慈双だいもんじそう



 ボルトの三撃目を防ぎながら唱える。


 直後――

 アサの中から、同じ姿の模倣体が出現する。

 右に1人、左に1人。


 合計3人のアサがボルトの視界に現れた。



(虚像……じゃない!)

 


 ボルトは空中へ退き、見極めようと目を凝らす。

 全てが同じ。

 感じられる気配も、総合的戦闘力も。

 3人のアサは全てが共通し、相違点などなかった。



「大紋慈双。

 効果は有意識体の召喚」


「有意識体――

 ってことは……!」



 ボルトの真下でアサが、



「一段:薄」



 同時、ボルトの背後からアサが、



「三段:秋桜」



 そして斜め下、本体のアサが――



「二段、下:麒麟きりん



 3体同時。

 真横から見て、1:2:√3のポジション。

 同時に3つの術がボルトに襲い――



「やっぱり!」



 攻撃が迫っているにも関わらず、ボルトの顔には笑みがともっていた。


 アサの術がかかるよりも早く、いきなりボルトの両手は真下と斜め下に向けられ――

 指先に僅かな光が灯り、そこから光線による乱射が始まった。


 十指から放たれる10本の光線。

 必殺の威力こそ無いものの、ある程度の質量と熱を持っている。


 それに目的は殺傷ではなく、術の妨害だ。

 狙い通り、真下のアサと本体の術が途中で途切れる。

 ――術文の失敗。


 十分に魔力が行き届かなかったことと、十指から連続して放たれる光線の乱射に術がかき乱され十分な途中で打ち消されてしまった結果だ。

 魔力は魔力を持って潰せることをボルトは完全に忘れていた。思い出せたからこの行動に出たのだ。


 更に、ボルトは光速移動で背後から迫る三段目の攻撃を躱わす。


 真下にいたアサが接近戦で挑んでくる。

 ボルトも手刀光撃で対抗した。


 一合、二合……


 真横からもう1人、アサが近接戦闘に加わる。

 2対1。

 しかも、どちらのアサも相当戦い慣れていた。

 滅多に接近されることのないボルトにとって少しやりにくい相手だ。


 その間、アサ本体は何もせずにボルトの動きを見つめていた。



(あれで本気なのか?)



 数秒眺めてわかった。

 ボルトは遠慮している節が見えた。



「ボルトさん。どうして――」


「だって、藍ちゃんが悲しむかもしれないから!」



 先に読まれた。

 しかも、戦いの最中に。



「藍は関係ない。

 私は全力であなたと戦い、時間を稼ぐだけ」


「私は戦いたくないの!」



 1人のアサを踏み台に、ボルトは高度を上げた。

 有意識体も一段:菫で重力を操作し、ボルトを追う。


 振り向きざまの光撃……躱わす。



「それだけの力を持っていながらですか?」


「本当は誰とも戦いたくない……!」


「なら、私はあなたを殺しますよ?

 そしてトキも――」



 金棒を受けながら、再び指先に光が灯った。

 しかし、指の向く方向は白州唯高校、その校舎。


 光撃がないと判断した有意識体2つが容赦なく攻め……


 同時――

 校舎からのビームが飛来、1体の有意識体の首を貫いた。



(反射光か!)



 アサは素早くそれを分析し、本人も近接戦闘に加わる。


 直後――

 強烈な閃光がボルト全身から放たれ、アサ本体の視界をホワイトアウトに追いやった。



(閃光か!?何て攻撃だ!)



 ボルトの矛先が壊れかけの有意識体に向く。

 そこへもう1体の有意識体がカバーに入ろうとし――



「ぐっ!」



 突然、有意識体は両目を押さえて苦しみだした。

 もう一体、首に傷を受けた有意識体は困惑しながらも攻撃を続けた。


 理壊装円破解による袈裟。

 乱杭歯の代わりに備えられた刀刃が魔女の体に切り込むんだ。

 しかし――再びアサは彼女が最強と呼ばれる理由を思い知らされた。



(抜け……殻?)



 有意識体が攻撃を与えたのは光の残像。

 僅かな手応え。 滝に向かってバットを降ったような感触。

 いつ抜けた? 視界が揺れる。

 零距離、後頭部に五指光線を喰らい、有意識体は完全に機能を停止した。



「光、貰うよ」



 すでに物言わぬ死体へボルトは言った。

 触れたボルトの手に、有意識体のアサが纏っていた光が集まってゆく。


 目を押さえて苦しむもう一体の有意識体。 ボルトは、彼の視界に細工をしたのだ。

 紫外線量の増加と可視認識域の過剰作用による、網膜の破壊。


 光。


 それがいかに自分達の生活のなかに溢れているものなのか、アサは思い改めた。



(少しずつ本気を出しているな)



 アサ本人の目に色が戻ってくる。

 有意識体が1体破壊されていたことには驚かない。

 しかし、ボルトの魔力の膨張に焦りを覚えた。


 ――これが人なのか?


 一般的な魔法使いの魔力量を月のサイズとしたなら……

 彼女の魔力量はまさに太陽。いや、今、それを以上になった。そう感じた。


 ボルトは指に光を蓄積させる。

 先ほどの光線とは違う。


 ――光の爪。

 それが、まず形を作り、次に有意識体めがけて突如飛来。

 顔を潰し、肉を切り裂き、心臓を貫いた。

 目の前で2体目の有意識体も破壊され、振り出しに戻った。



(光の最高魔女、ボルト……

 これほどの化け物だとは思わなかった。いや、油断したと言うべきだな)



 再び2人は向かい合う。

 アサにはまだ見せていない術は残っていた。が、余裕は残されていない。



「どう…―…したの?

 もう終わり?」



 急激にボルトの魔力が変動する。

 それまで、いくら強大でも常に清澄さを併せ持っていたボルトの魔力の流れから、優しさと清澄さが同時に消えた。


 彼女の中で魔力の流れが変わっている。

 ――殺される

 直感がそう告げる。

 しかし、彼女には完全決着の意志はないハズ……



「残念。さっきまでの私ならそうだけど――」



 ボルトの体から光球が発生し、同時にボルトはその光の中へと消えていく。

 すでに予測不可能。

 次にどんな手が飛んでくるか、想像すら出来ない。


 ――接近戦?遠距離戦?



「もう時間切れよ」



 ボルトの声。

 しかし、真後ろ。



(いつの間……またか)



 アサは動かなかった。

 動いた瞬間――いや、動く一瞬前に殺されるだろう。



「協会でも私とここまで戦える人はいないんだよ?」



 その声は今までのボルトのものと異なっていた。

 先ほどまでとは比べものにならないほど大人びた声色。


 口調こそ変わっていないものの、声は変わっている。

 ついでに殺気と憎悪の量も。



「ふり返っていいよ」


「貴女は私を殺すのか?」


「うん、殺すよ。

 面白かったけど、生きていても邪魔になるだけだし」


「先程の言葉と矛盾していないでしょうか?」


「してるよ。

 さっきは戦いたくないって言ったけど、今は戦いたくてしょうがないんだ。

 何か、トウコツみたいなこと言ってて嫌だけど」



 気付けばノドもとに光刃のきっさきが突きつけられていた。

 熱く、そして何より痛い。


 目の前に少女の姿はなかった。

 あるのは大人の姿へと変わった――



「貴女は、ボルト・パルダンなのか?」


「ううん。

 正しくはボルト・S・パルダンだよ?」


「……何?」


「だ……――から、ボルト・N・パルダンってのが……」



 明らかに、何かがおかしいかった。

 その異変に本人も気付いたのか、



「あれ?

 私は―……」


「一段:椿」



 その一瞬――

 隙を見て、アサは高速の世界へ突入。

 ボルトの足止めを完遂する。いまが絶好の好機。



「一段:よもぎ



 術の発動。

 それによってボルトの背後、地面の中から巨大な樹木が生える。



「うわっ!?」



 蓬の効果は、捕縛。

 ボルトの四肢を樹が絡み取り、体の自由を奪う。



「二段:夕顔」



 アスファルトの通路と土のグラウンドが黒い影によって染まる。

 ――準備は調った。



「私は―…」


「天段:霞黎央華かれおばな



 術の発動に伴いボルトの体が黒い霞に包まれ、流れ出る魔力の放出が止まる。

 天段、霞黎央華。

 効果は黒い霞による精神侵食。


 誰もが持つ“忘れ、消し去りたい記憶”

 それを無理やり掘り起こすことによって相手の精神崩壊を誘う術である。

 しかし、この術の最大の特徴は、ただの記憶の逆流ではない。


 記憶の再生強要と、擬似痛覚再現がこの術の本質である。

 つまり、2度と味わいたくない痛みごと思い出させ、疑似体験させるのだ。

 現実に痛み感じているわけではなく、記憶がその痛みを思い起こさせる。それが霞黎央華。


 この術にかかれば、ただの人間だろうがSRだろうが大差はない。


 SRも元は人である。

 故に感情を持ち、その生を記憶によって左右される存在であることに変わりない。



「嫌ぁ……」



 目の前のボルトも例外ではない。

 独り言がはじまり、やがて自分で命を絶つ。


 これまでこの術を受けて生き延びた者はいない。

 極痛の記憶に苛まれ、やがて自ら命を絶ち、終わりを迎える。



「1人は嫌――」



 アサには、この術でボルトを殺せないだろうという予感があった。

 それでも精神崩壊まで追い込むことならできる。


 ――だが、本当にいいのか?


 ついさっきまでボルトに完全決着の意志はなかった。

 卑怯ではないのか、と何度も自分に尋ね、結果曖昧でやるせない答えばかりが渦巻いた。


 仕方なかった。

 彼女はいきなり自分を殺そうとした。

 でも、自分は彼女を殺せない。なら、壊してしまおう。



「置いてかないでよ……

 もう、悪いことしないから!」



 ボルトの目から生気が抜ける。

 樹木に手足、首、胴体の自由を奪われながらも必死に身振り手振り、体を揺らす――

 何かを払おうとしていた。



(悪夢を見ながらも、霞を払おうとしているのか?)


「いやぁ……」



 アサはボルトの崩壊を見守った。

 最強と謳われる少女の悪夢にも多少の興味はあったが、アサのプライドがそれを許さない。


 これ以上、戦った相手に失礼を働きたくはない。

 だから、これ以上は何もせずにいよう。


 そうすれば、この術の終わりと同時にボルトも大人しくなってしまうハズ。


 術は完全に決まった。

 これ以上、必要以上に目の前の魔女を苦しめたくない。

 アサは、ボルトが立ち上がらないことを願った。その術に苦しんだ後、少しでも長く眠っていてほしい。



「…………

 私はここで引き上げる」



 聞こえているのかいないのか……

 アサはボルトに告げた。


 樹木によって拘束されて苦しみもがくボルトを見て、アサは踵を返す。

 ――彼女なら自殺はしないだろう。

 確かな予感をもとに、アサは撤退を決したのだ。


 ――逃げるのではない……自分は仕事を果たした。

 アサは魔女として高名な彼女を、これ以上汚すことに多大な罪悪感を感じているのだ。



 この戦いに正義がないのがせめてもの救いだった。

 どちらかの死を必要としない。



 校門を潜り抜け、数秒――

 ボルトを抑えていた樹木が地面へと還る。



(リデアは、ボルトの魔力の超大さによって大事なことを見落としている……)



 アサの脳裏に校舎内へ突入したSRたちの顔が浮かぶ。

 おそらく、誰も生きて帰って来ないだろう。


 そう。

 どの道、この作戦が成功する確率は著しく低かったのだ。



(学校の中にもSRが3人……)



 それが協会の手回しか、偶然か――

 はてまたトキの能力なのか。


 アサにはその謎を解く気はなく、今更戻る理由がない。


 ――足止めは十分。なら、自分のいるべき場所に帰る。


 ただ、それだけだ。




 道を半ば経過した時にディマは気付いた。



(ボルトの解放が止まった?)



 理解できない事態が連続した。

 突然の解放、急停止、気配の変化。


 ――もし、解放が完全に終了していたら?


 最悪の事態を想定し、ディマは再び全力で走った。




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