第10話-In my home... Successive attack!-
帰路に着いた時、再び雨が降り始めた。
だが、降ったのは10分前後。
雨雲は不自然なほどサッパリとその姿を消し、夕焼けの空を人の目に晒していた。
絵になるような夕立後の空。
不純な空気は雨に流し落とされ、綺麗なオレンジ色が過ぎ去り行く雲を染めていた。
そんな綺麗な空の下――
トキの連敗的1日は続いていた……
場所は変わって住宅街。
トキ、色世家にて唖然。
「おっ!
家主が帰って来たぞ!」
玄関。
SRについて、もう少し自分なりに考えて整理してみようかと考えていたトキだった。
大抵、家にはトキ1人しかおらず、母もいなければ父もいない。
1人で考え込むにはうってつけな静寂。
滅多に邪魔の入らない空間。
しかし、今日は招いてもいない……
というより、招きたくない類の客がいた。
見てくれはただの外国人。
実際は、『外国人が来ている』ということだけでも日常的には考えられないことだ。
見知らぬ外人が、いきなり自分の家を訪れてきた場合を想像してみよう。
しかも、初対面でいきなり『俺達知り合いじゃん』みたいな軽いノリで。
更に自分よりも先に自分の家にあがっていた場合。
戸惑うこと間違いなし!
その内の1人が仲間に声をかけ、合計3人の客人が顔を見せることになった。
(…………)
トキは今日の朝の占いを見ておくべきだったと後悔した。
絶対の自信をもって言えることがある。
今日は大凶だ。
嗚呼、逃げ出したい……
Second Real/Virtual
-第10話-
-In my home...
Successive attack!-
「誠勝手ながら家主より先にお邪魔させてもらったことを謝罪します。
しかし、我ら。昨日より帰る場所をなくして間もなく、本部からこの地に留まり反省と謝罪をもって職を全うせよとのこと」
「まっ、早ぇ話許可なしでこの地を出たら命は無えってことよ。
この街に隔離されたって訳」
「そして私達がここにいるのは、すこし聞きたいことがある為なのです」
三者三様。
1人目は手袋をしたリーダー格。
2人目が顔に包帯を巻く荒い口調。
3人目だけ女性。
それぞれ違う特徴をもっているものの、服装はみな同じだった。
褐色の肌に、黒のインナー。黒いマント。
見紛うことはない。
何たって昨日の今日だ。
その姿はこの平和な国――この街では異色も異色。
(……アヌビス?)
としか捉えようのない彼らの姿。
トキは玄関にて、
(自分の家?)
当然のように浮かび上がる疑問を抱いていた。
1度外に出て表札を確認。
今度は、紛れもなく自分の家であることには疑問を抱いた。
何故?
どうして彼らが我が家に?
「我々は少し聞きたいことがあるが故、ここでトキ君の帰りを待っていたのです」
「なんか脅えているように見えんの俺だけ?」
包帯顔のアヌビスの指摘に、あっと声を上げる2人のアヌビス。
言われた通り、トキは震えていた。
先ほどのトウコツ戦で心身的疲労がピークに達していることが大きな原因だ。
それと相まって、昨日のアヌビスたちの常人離れした戦闘能力が脳裏に思い描かれる。
まさか自分の家にアヌビスがいるなんて誰が予想できたものか。
昨日の戦闘が頭に思い浮かぶ。
やべ、3人も……
死んだ……
「先告すべきでした。
我々は戦闘のために来たのではありません。情報が欲しいために来ただけです」
「これはマジ」
マジとか言われても……
信じていいのだろうか。
むしろ、こういう場合は疑うべきなんだろうけど。
「アックス。
疑いはキリ無い。単刀直入に聞けば良いのでは?」
「ふむ。やはりそうすべきか」
「どうでもいいから早く聞けよ」
「ハルバート。
あなたは黙っていなさい」
「……え〜っ、あの。
オレは上がっていいのか(自分の家に)?」
自分の家の玄関。
今日、この時に限って自分の家に帰ってきた気がしなかった。
リーダー格アヌビスは、慌てて自分たちが犯した無礼を謝罪。
やっとのことで自分の家の床を踏みたトキだった。
それからアヌビス3人をリビングで待たせ、トキは自分の部屋で着替えを済ます。
(改めてみると、本当に元通りに戻ってるなぁ)
ハンズによって半壊状態に陥ったこの家は、芹真さんの友人によって完璧な復活を遂げていた。
しかも、以前から直そうと思っていた壁や床も新調され――
少し複雑な気持ちだが、タンスの中身や本棚、冷蔵庫の中身までハンズに襲われた時の状態を完璧に再現していた。
(完璧再現……)
昨日知り合ったばかりの人物の顔が浮かび上がる。
この家を半壊させた犯人の身内であり、完全再現・完璧再生のSR。
フィング・ブリジスタス
これも彼の成せる業なのか……
実際のところ、真相を知っているのは芹真さんだけだ。
友人かどうかは昨日の口ぶりからいくと少し怪しい。
それでも、修復を依頼してくれたのは彼なんだし。
階段の途中の装飾、掛け絵まで元通り。
芹真さんに土下座して感謝してもいいくらいだ。
(さて、それよりも……)
トキがリビングに入ると、1体のアヌビスが勝手にテレビを使用していたことに気付く。
他の2人は静かにトキの着席を待っていた。
えぇい、ツッコムのは後だ。
引き篭もっていたとはいえ、この状況が読めないトキではない。
アヌビス(×2)はトキの着席を待っている。
トキはアヌビスたちと反対側に腰を落ち着かせ、
(オレから何か言うべきか?)
そこで少し迷った。
が、あまり長く一緒にいようとも思わないため、準・単刀直入に聞くことにした。
「え〜っ。
オレに聞きたいことがあるそうだけど」
無言で頷く2人。
興味なさげにテレビに噛り付く1体。
「単刀直入に言いましょう。
我々は迷子です」
「はい?」
「ちゃんと説明しないと分からないと思うけど」
女性アヌビスの指摘でリーダー格――
先ほど玄関では“アックス”と呼ばれたアヌビスが自分の説明不足に納得する。
全くの説明不足。
よってトキには何故彼らが迷子だと言ったのか毛ほども理解できなかった。
「失礼しました。
簡潔に説明すれば――」
こういう事だった。
いま、トキの目の前にいる3体のアヌビスは、パイロンの店に突入したグループなのだと言う。
3体はそれぞれ――
“アックス”
“ジャベリン”
“ハルバート”
と呼ばれ――
パイロンの店から辛うじて逃げ延びた新米アヌビスたちだった。
自分達を残して偉大な先輩方全てが絶命の負い目に遭った状況で孤立した彼らは、協会本部と連絡を取った。
元々3人は詳細も知らずに戦地に赴いたため、今後どのように行動するべきかなのかも全て先輩任せだった。
状況の報告と、今後の方針を協会に仰ぎ求めた3人に返ってきた返答は、決して温かいものではなかった。
“現地とその周辺に留まり、勝手な仕事をした分だけの功績を上げたら帰還を許可しよう。
もし、この命令に従わぬ場合は英雄達による処罰が下り、貴様等の命は無い。
監視は現地のSRが行う。
僅かな怠慢でも厳しく指摘するよう、すでに指令が飛んであるはずだ。
怠ることなかれ。
アヌビスとして不整な精魂を断罪してこい。つまりいつも通りのことをすれば良いのだ
つぅか、人手不足なんだからとっとと罪を償って戻りやがれ新米共が”
そして、3日間だけの準備・調整期間が与えられ、今日がその1日目。
3人は監視役のSRに顔を合わせて挨拶をしようと考えていたようだが……
「警察署がわからないと?」
「はい。
そこで、先輩方の話に出ていたシキヨ トキという人物に話を聞いてみようと思いまして」
「いや、何でオレに聞こうとするの?」
「先輩達が口にしていたほどですから、相当のSRだと思いまして。違いますか?」
断固として違います。
トキの力が花開いたのはついさっきの事だ(藍談)。
実際はあれが自分のSRなのか自信がもてないし、しかも、どんな感覚だったか覚えていない。
もう一度、あの力を見せろと言われても無理だ。
自分でもどうやったのか覚えていない。
「ほらな!
だから言ったろ!」
それまでテレビに没頭していたアヌビスが声を上げた。
「確かに先輩達は口にしてたけどなぁ、そりゃ、標的確認って意味でなんだよ!
しかも、め・ず・ら・し・く捕獲対象なわけ!」
「ハルバート!」
「んだよ?
事実だろ、なぁトキ」
そのアヌビスと目が合う。
怖っ!
だが、確かにそれは事実だ……ったか?
「再度公言しますが、我々に戦闘の意志はありません」
公言しなくてもいいよ。
昨日遭遇したアヌビスたちと違って、殺意が全く感じられないことからそれは分かる。
まぁ、1人殺気を含んだ奴もいるけど……
「トキさんのSRって、どんなモノですか?」
唐突に女性アヌビスが真剣な質問してきた。
どんなとか言われてもほとんど自覚がない。
が、名前だけ聞かされた。
「タイムリーダーとか……」
ハルバートがへぇと感心する。
「時間の指導者。
確かに珍しいSRですね。それじゃあ、任意に時間を止めることが可能なんですね?」
「まぁ、ほんの少しは」
「待て待て。
オレには少し違う感じがしたが?」
ジャベリンに待ったをかけるハルバート。
まじまじとトキを観察するように見回した後、
「どっちかというと“数秒後に起きる未来を予想できる”って感じじゃないか?」
「え?」
「へぇ?」
「未来?」
ハルバートアヌビスの言葉にトキが一番驚いた。
何故かわからないが、ハルバートのアヌビスにはそれを見抜かれていた。
実際トキは、意識の有無を問わずにタイムリーダーの力が発動していることがあるのだと薄々気付いていた。
任意に止めることはまずない。
と言うより、ほとんど止めたことが無い。
しかし。
代わりに、予言じみた直感をかなり昔から幾度となく体験している。その本能的な危機察知・予想能力もここ何日かで飛躍的な向上を見せ、機能していた(が、それでも回避不可能なこともある)ことがあった。
例えば、階段。
数秒後に転ぶと言う異常なまでにリアルな予感。
その数秒後に備えるように体は硬直を始めるか、手すりを求めて腕が動く。今日もあった。
それは予感と言うより、悟りに近い。
「オレは時間指導者というより、時間解読者だと思うな」
統べる者ではなく、読む者。
つまり、それは予言といってもなんら差し障りは無いだろう。
誰にも見えない分岐した未来。
枝のように分かれた未来で最も実現しうる可能性の高いモノを垣間見る、あるいは感じ取る能力。
アヌビスの説明でトキは確信した。やはり、と。
「なるほどね。
それなら確保しようという方針も分からなくわないわね。
時間を読む、か。
理論型のSRの中でも飛びぬけ珍しいわね」
理論型?
首をかしげたところ、トキがこっちの世界に入って1月も経っていないことを確認。
説明の必要が有り、と判断したアックスが説明を開始した。
「SRには大きく分けて3種類あります。
まず“存在型のSR”。
我々アヌビスや、芹真事務所、ホート・クリーニング店の人狼、鬼、錬金術師、呪術師など神話や童話、伝承、創話にしか存在しないモノがこれに当たります。
強靭で人間離れした力と精神力はそれだけでも強力な武器になり得ます」
「孫悟空の野郎もな」
えらく毛嫌いするハルバート。
入れ替わるように今度はジャベリンが説明する。
「2つ目が“理論型のSR”。
これは完全支配のオウル・バースヤード、完全否定のメイトス、完璧のワルクス、完全再現のフィングのように世の中の理を覆すことを武器とする者達(SR)のことです。
理論型SRは、いかに理を自分のものにするかが戦闘を大きく左右する鍵となります」
例えば、フィングの完全再生・完璧再現。
他人の容姿を再現し、壊れた体を再生する。
再製と再生。
再現を武器に、昨日はアヌビスを撃破して見せた。
アヌビスを確実に仕留めるために必要な相性を持ったSRを自らがリプレイし、受けた傷はたちどころリバイバルする。
トキは、芹真と藍の話を思い出す。
“戦争し合うように仕向けられた”
それは完全支配のSR:オウル・バースヤードによってすべて操作されていたものだと2人は言った。
自分が操作する全てが実現する。どんなに抗おうとも実現してしまう。
トキは初めて理解した。
反抗しても実現してしまう、いくら自分が拒もうと現実は否が応でもソイツの思い描いた結末へと向かって止まることがない。
それが、完全支配。
自分達が介入する余地もなく、またそのルールを崩そうにも崩せない。介入できたとしても、完全な支配者からすればそれすらも予定の範囲内でしかない。そして、介入者や支配者の手駒となった者は描かれたシナリオを書き直すことが出来ない。
書き変えることができるのは支配者のみ。
神として君臨することも可能な、圧倒的不可視の力。
全てを自分が創り上げた世界に縛り付けるSR。
トキは自分の“考え/推測”に没頭するあまり、何か意外と大事なことを聞き逃したことに気付かなかった。
ふと、今度は疑問を抱いた。根本的でありとても大事な質問。
トキは躊躇わずに聞いた。
「どうしてSRは生まれるんだ?」
前々から思っていた疑問に、アックスが答える。
「近代の存在型SRは代々その系統、一族や末裔として生まれた者を言います。
しかし、その元の元――起源となるSRは理論型のSRと同じように発生します」
“誕生”ではなく“発生”と、ジャベリンが訂正してバトンタッチする。
「肝心なのはここにあるの。
理論型のSRは、一途で強烈な願いでしか発生しない」
「願い?
“そうなりたい”って思えばなれるってことか?」
今度はハルバートが、答える。
「少し違うね。
俺達みたいな存在型は望まなくとも何らかの力を持って生まれる。
アヌビスから竜の子は生まれない。
生まれるのはただの人間か、アヌビスの二者択一。
だが、理論型はそうじゃない。
いくら親が強力なSRを持とうと、それが子供に受け継がれるなんて有り得ない。むしろ、受け継ぐことが稀ってくらいだ」
いつの間にかハルバートもテレビから離れ、体をしっかりと向けなおして真面目に会話に入り込んでいた。
「理論型のSRは、同時代の誰よりも何らかの理を自分だけのモノにしたいと強く望んだ特別な者に許される力。
協会で必死に探しているメイトスの野郎も例外じゃない。
奴は自分の過去に起こった受け入れたくない 何か を否定し続けた結果、いまほどの力に至るって話だ」
「へぇ」
ふと、魔女は存在型なのか理論型なのか気になったが、トキは聞かないことにした。
「そして3つ目。
存在型でも理論型でもない。
昔は理論型の例外として扱われたSR」
「四凶と呼ばれるSRがそれにあたる。
トキさんは知っていますか?
コントン。キュウキ。トウテツ。トウコツ。
この四種で“四凶”と呼ばれているのです」
アックスが言うには、彼らはその存在意義にあわせてそう呼ばれるようになったらしい。
「………」
「………」
ジャベリンとトキが同時に黙り込む。
何といえばいいのか、その内の1人と交戦してきたばっかりなのだが……
「何て言ったっけ。
彼らのような例外を?」
「……創造型」
ボソッとつぶやくジャベリン。
言葉を遮られて拗ねてる。
「あ、そう!
“創造型のSR”!」
「あの、アックスさん。
話盛り上がるのはいいことだろうけど、主旨ズレてません?」
言われて我に返ったアックスは口をつぐむ。
その横でハルバートは呆れ、ジャベリンが微笑んでいた。
「警察署ですよね?」
「はい」
昨日遭ったアヌビスと違って目の前の――特にアックスはしっかりと礼儀を弁えている。
「え〜っと、地図は要ります?」
「あ、それは私から是非お願いしたいです」
ジャベリンさんが挙手。
ハルバートは再び、飽きたと主張し寝そべる。
この3人のアヌビスは本当に無害だ……
何なんだろう昨日のアヌビスとのこのギャップの差は。
席を離れ、台所へ。
ごみ収集ポイントが記された地図だが、公共の建物にはしっかりとマークが入っている。
これでも十分だ。
トキは台所から地図を手に、アックスに手渡した。
「え〜っと、この家がこの辺で〜……」
手近にあるマジックを取り、道を書き示す。
説明する横でアックスとジャベリンが、片やうんうんと頷きながら、片や黙々とその道のりを覚えようと真剣に地図を覗き込んでいる。
その隅でハルバートだけ大きなあくびをかいている。
1分もかからず書き込み完了。
「これなら行けるね」
と、ジャベリン。
いや、標識とか交番見つけて聞けよ。
説明してからツッコむのもなんだけど、お前ら地図を買え! or 交番尋ねろ!
「そうですね。これなら迷わないでしょう」
恩に着ますとアックスが深々と感謝の辞を述べる。
どうでもいいけど、この人外見と裏腹に頭低っ!
「では、長居は迷惑をかけてしまいそうなので、我々はこの辺で退散します」
律儀に説明アリガトウ。
実際のところ、勝手に上がりこまれていた時点で相当迷惑感じたんだよ……
など、口が裂けても言えない。
だって、アヌビス恐いもん。
3人が玄関へ移動するのをトキは見送った。
それでは、とアックスは言って玄関を後にする。
1人。
ハルバートが振り返り、
「トキ、お前もSRならこれだけは知っておけ。
創造型のSRに勝とうと思うな」
「何で?」
「SRの本質を“善”と“悪”に分けるなら、曖昧なものが殆どだ。
90%くらいがそうだといっても過言じゃない。
だが、創造型SRは極端にどちらかに偏っている奴が多い」
それだけ言い残して去るハルバート。
気になる。
たったいま、改めてアヌビスに聞きたいことがたくさん出来た。
「意味がわか……」
ハルバートを呼び止めようとし――
入れ替わるようにいきなり奴が来た。
「トキ〜!
DVD貸して!」
抜き手臓物潰しっ!
ぐはっ! by トキの心境風景より。
「友樹……なんだよ、いきなり!」
「何だとは何だ!?
こっちはメール送って、返信ないから電話かけて――
それでも出なかった奴がそんなこと口にしていいと思っているのか?」
「………」
無言でトキは自分の携帯電話を探――
ポケットにない。
「あー、まず上がれぃ!」
「おう!
お邪魔しなきゃ気が済まん!」
2人とも階段を上がって2階の部屋へ。
入室してすぐにトキは自分の制服・鞄のポケットを探る。
あった!
点滅あり。
本当にメールと着信アリだよ。
メール内容:DVD貸して
まぁ、それなら問題はなかろう。
「ちゃんと最後まで読めよ」
「最後?」
言われて画面に注目。
『▽(つづく)』表示あり。
まだ下に続きがあるというのかっ!?
改めて読んでみると、その内容が――
『何か、今日エロティカと、奈倉さんが来るみたいだから〜』
文章の意味をトキは必死に理解しようとし、その名の持ち主の顔しか浮かんでこない。
あぁ〜、何も考えられない。
やばいくらい混乱してるぞ、オレ!
エロティカ……
本名:村崎 翼
そう、クラス1の美形にしてクラス1の変態。
あんなのが家に来るだと!?
外見上は華だが、中身が淫魔で出来上がっているあの男が!?
それに、奈倉さんって……
本名:奈倉 愛院
通称:ケルベロス!
上級生・下級生・同級生・近隣の諸学校の生徒・教職員問わず、誰からでも恐れられるような典型的超攻撃型女子!
恐喝・脅迫はもちろんの事、喧嘩・喫煙・飲酒・無免許運転の他に――
あくまで噂でしかないが、殺人やら窃盗やら計画犯罪にまで手を出していると言う、おそらく白州唯高校で確実にダークサイドに数えられる完膚無き悪女!
最近はかなり大人しくなっているものの、何しにここまで来るのか全く検討が付かない。
いずれ訪れる未来(来客)に震えるトキ。
DVDを漁りながら友樹が、
「何か、エロティカは委員長の差し金らしいよ?
そんで、心配だからって裏委員長から奈倉さんが派遣されたとか……」
解説サンクス。
大体の理由がわかったぞ!
「進路調査票かっ!?
調査票だな!」
「ん〜、そうなんじゃない?」
我関せずと言いたげな他人行儀率。
ほんの少し苛立つトキに……
「でも、それってトキが悪いんじゃない?」
背後からの奇襲。
いきなり首筋に掌当てられ、
「―――っ!?」
THE 声にならない声。
優しく包み込むような柔らかい手――
じゃなくて、慌てて振り返り……!
そこに智明がいたことに混乱する。
「え?
なんっ……!」
よく飲み込めない状況に遭遇したトキに、友樹が親切に説明してくれた。
「ああ、オレら一緒に来たんだよ。
トキにDVD借りに行くって言ったら、2人ともついてきて」
「そういうこと。
私も借りてもいい?」
この2人、なんでこんな活動的……
「って、待てコラ!そこのタイガーヘッド!
2人ともついてきたって……」
間髪おかず、ポン、と再び首筋に掌が。
それはそれは、やたらと力強い感じで。
「オレも借りていいか?」
ザ・キリングマシン登場。
何故、岩井が?
思わず戦慄を覚えた。
あぁ、ついに殴りこみに……
オレ(トキ)、岩井の癪に触ることしたか?素直に白状しやがれ。
混乱しつつ震えるトキ。
もしや、岩井様も委員長によって送り込まれた刺客なのでしょうか?
「信弥君に安いお店教えてもらっていたの」
まるで計っていたようなタイミング良き智明の解説。
ゲーセンの帰りにか?
と、ここはツッコんではいけないトコだ!
そういや、この2人付き合い始めたんだ。
すっかり忘れてた。
「で、トキってどんなDVD持ってんだ?」
「アクション系が8割」
意外と普通に会話する友樹と岩井。
昔は仲悪そうに睨みあっていたが。
はて……
唖然としているうちに友樹の借りていくDVDが決まる。
「じゃあオレは、『男達の○歌』借りるぞ〜」
しかも、シリーズ全て。
負けじと岩井も、
「オレは『ワンス・アンポ・○・タイム・イン・○○○○』な」
これまたシリーズ全巻。
おい、どうして君達は古い映画ばかりを選ぶのだ。
トキも今日は古い映画ヲ楽しもうトしてイタのニ………
ハッ!
もしかして、オールドファンか!?
「じゃあ、私は」
これがまた意外だった。
普段は闘争などの争いごとを極力避けていた智明まで借りる気満々だ。
で、決定したのが――
『ポリ○・○トーリー』
ジャ○キー!
そして彼女までシリーズ全巻借りていくという。
岩井と付き合って暴力に目覚めたか!?
「つぅか、俺ん家はレンタルビデオ屋じゃないんだぞ?」
「だからタダなんだろ?」
アイタタッ……
実際に持っていくことを止めることの出来ないトキであった。
これだから非力は嫌なんだよなぁ。
ここで1つ、前もった教訓と余談を。
海岸で波というものは幾度も上陸と海への退却を繰り返すもの。
そして、それにあやかって世の中には『波状攻撃』なる言葉が存在する。
(嗚呼。
これであの2人まで来たら……)
どんな波乱が起こるか予想不――
ピンポーン!
……来た。
※波状攻撃:断続的に、攻撃を繰り返し与える“もの/こと”
「勝手にお邪魔しま〜す」
エロティカの声。
続いて、
「じゃあ……
我が物顔でお邪魔しますよ〜、だ」
2人して何を競っているのか分からないが、トキは2人を案内するため階段を駆け下り――
ズゴゴゴゴゴッ!!
コケた。
停止したのは階段落ちが終わって更に2メートルほど転がってからだ。
しかも、ちょうど良く2人のまん前で。
(痛い!
そしてハズい!)
「盛大に転んだな。お邪魔します」
「言い直さなくてもいいよ。
聞いてたか……タタタッ!」
「マジで大丈夫か?
特に肩」
心配してくれてアリガト。
「いきなり訪問してきてくれたのに言うのもなんだが……
何の用件で来たんだ?」
「進路調査票の回収命令」
「は?何で?
期限は明日までのハズだろ!?」
「委員長曰く、
“明日忘れてきて、ここまで回収に来るのが面倒臭いから今日中に回収しておこう。で、誰か頼まれてくれ”、だとさ」
委員長として失格でしょ、その台詞は。
何で支持率が落ちないかなぁ。
「でも、提出していないトキが悪いじゃん」
本日2度目。
グサ、っと刺さる奈倉さんの一撃。
それを言われるとたちまち反論不可となってしまう。
いじめだ……
「分かった……
いま書いて、エロティカに渡せばいいのか?」
「おう。出せ。
そしてDVD貸せ」
お前もかよ……
って、そうか。以前1度貸したことがあったな。
「おい、エロティカ。
私たちは、遊びに来てるんじゃないんだよ?」
「おい、奈倉。
1発 上のトキの部屋の棚見てきな。
ついつい借りたくなる1本があるはずだ」
言い方がエロいぞ。さすがエロティカ。
言われた奈倉さんが勝手に階段を上がっていく。
「あれ?
智明に友樹、岩井?」
2階の部屋に消えた奈倉さんの台詞。
バッチリ1階まで届き……
「え?何?
上で何やってたの?」
目の前に変態1名。
厄介なものに油を注いでしまった。
「●交か?
複●か!?」
「……DVD借りに来たんだよ」
「ほう。ビデオ●●イか
自らのテクニックの稚拙さを省みての……」
………
お前だけ!帰れ。
「ん?
上で何やってんだ?」
トキ思ふ。
クラスで1番顔が整っていることで一部評判のこの男――
外見は映画俳優並で、中身がA○男優、いや、監督がどうして家に来たんだろう。
って進路調査票か……
実力があったら、委員長に文句言いてぇ。
つぅか、いますぐ追い返してぇ。
-10分後-
1階のリビング。
全員に睨まれながらトキは進路調査票を書き終えた。
「はい、お疲れ〜」
リビングに集まっていた面子が、一斉に茶なり菓子なりに手をつけはじめる。
そう。
書き終えるまで全員が少しアドバイスする程度で問題行動・発言は一切たりともなかった。
その反動なのか定かではない。
定かではないが、奈倉さんはその発言を我慢していたらしい素振りを見せていた。
「なぁ、トキ。
この家に骨董品の類はあるか?」
言っておこう。
テンションが高まると奈倉さんは男口調になるのだ。
「??
……ない」
突拍子もないことを言う奈倉さんに疑問を抱かずにはいられない。
「何で?」
「いやね、私さ、骨董品はあんま好きじゃないんだけど……
鎧とか、甲冑とかには目がないって言うか?
何だろ?
認めたくないけど、コレクターとしての血が騒ぐって言うか、匂いがするっていうか……」
「残念ながら、この家にはオレしか住んでないし、俺にはそういった物を集める趣味はない」
「よし、じゃあ、探していいんだな」
何故、そういう結論にたどり着く?
どんな思考回路持っているのか不思議でならない。
無いって言ってるのに聞き分けの悪――
(……待てよ)
トキの頭の隅で該当するモノが見つかり、アレか、などと考えているうちに……
「部屋のベッドの下に隠してあったコレか?」
いつの間にか2階の部屋を物色したらしい友樹が該当したソレを持ってきた。
本当、いつリビングを抜け出したのか気付かなかったよ。
自分の興味のためなら止まらない男だ。
お前も武器は好きだったな。
「おぉぉっ!」
「うわっ……」
「銃刀法違反じゃん」
各人それぞれの感想クソありがとうございます!
そこ、明らかに引かない!
トキの予感は見事に的中。
それは紛れもなくトウコツとの戦闘で手に入れた名剣、『カリバーン』
アーサー王が最初に抜いたと言う、岩に刺さっていたあの剣だ。
「へぇ!すっげぇ!
リアルっつうか、マジモンじゃん!」
大興奮で手にとって剣を振ってみせる奈倉さん。
皆が白い目でそのはしゃぎぶりを目に焼き付ける。
曰く、2年3組最強のツンデレ(いや、デレは無いが)――
――の初めて見せる子供のような可愛らしさを覚えてしまう姿。
長らくあのクラスの連中と一緒に生活を送っていればわかる。
彼女はこんなキャラではない!
格好いいと感じることはあっても、可愛いと感じさせることのない彼女。
(つうか、鎧・甲冑で喜ぶ女子も稀少だな)
どんな生活送ってればそんな趣味が芽生えるんだか……
ちゃっかりスカートの中を覗こうと懸命なエロティカ。
そんなエロティカの後頭部に平拳打ち込む友樹。
巻き込まれまいと距離を取る智明・岩井ペア。
「トキ!これくれ!」
もはや完全に貰う気満々の奈倉 愛院。
彼女の欲するモノは、博物館行きも間違いないであろう名剣。
名剣と知ってか、知らずか、3人は奈倉さんの言動に驚いていた。
だが、トキも管理に苦労するだろうというリアルな予感と不安があったため、譲り渡すことに迷いは無かった。
「いいよ」
あっさりOK。
その返事を聞いて岩井が口を挟む。
「いいのかトキ?
あれで犯罪でも起こされた日にゃ、お前まで芋づる方式で捕まったりするんじゃないか?」
「大丈夫だよ♪
ちゃんとトキの指紋は消しといてやるから」
奈倉さん、いつものスケ番的キャラに戻って。
見慣れないモノを見ると気持ち悪い。
その感覚をトキは思い知らされた。
「さて、目的完了でポロリもなかったし、飯時だし。
DVDも借りたし、俺は撤退する」
物分りのいい男1名。中身は変態だけど。
連鎖的に岩井と智明、友樹も立ち上がり、奈倉さんは相変わらず嬉々として時間と言う概念を忘れたかのような振る舞い。
が、みんなが玄関に向かうとさすがの奈倉さんも時間を確認し、帰宅。
「じゃあな、トキ」
岩井・智明が帰り、
「また明日な!」
友樹が突っ走って帰り、
「お返しに後でマイベストセレクションA○貸してやるよ」
男子としては是非とも借りてみたい話を持ちかけ……
って、その前にキサマは何を借りた!?
「ん?
『ポリ○・○○デミー』
もちろん全巻一括で」
コンチクショウ!
気を紛らわせようと今夜予定していたのにっ!しかもアニメ.Verの方まで借りやがってるし!
コンプするのにどれだけかかったと思っていやがる。
こぼしたい愚痴を我慢しつつ見送る。
最後の1人、奈倉さんの帰り支度完了。
問題あり。
完全露出したカリバーンをそのまま抱えて帰る気満々だよ……
「何か包み隠すのいるか?」
さすがに銃刀法違反で捕まるでしょ?
真剣もって街中を闊歩している学生が警察と一悶着〜、なんてニュース見たくない。
「大丈夫よ。
それより、こんなもの貰ったんだから、後で困ったときに何か手伝ってあげるから♪」
今まで見たことない笑顔を残して去ってゆく奈倉さん。
期待してないから〜、って、もう視界から消えているし。
第2波が去った。
全員が帰った後に残ったものは、程よい静寂だった。
だが、何だ?
この……
妙な、置いてけぼりを喰らったような感じ。
玄関の扉を開けたままでトキは溜息をついた。
まるで嵐が過ぎ去ったあとのようだ。
(きょう一日散々だったなぁ)
疲労がピークのピークに達した時、何故か今日一日の回想が始まった。
学校で2度も保健室行く破目に遭ったし、ゲーセンでも自信喪失。
トウコツ。
藍が売った喧嘩だが、最終的には自分も加わることになった。
でも、まさか、母親がSRだったという話を聞かされるとは夢にも思わなかった。
大きな収穫だが、どう受け止めていいのかわからない。
喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
しかし、どこか欠けていたパズルのピースがやっと埋まったと言う感じがし、嫌な記憶ともども思い出したが、心は満たされていた。
「なら、よかったじゃん?」
「あ……」
ぁあ?
頷きかけてソイツに気付く。
「って、ボルト!」
「何でそんなに驚いてるの?
あ、私ね。
きょう、トキん家に泊まってもいいって言われたから来たんだよ!」
元気ハツラツ!
存在が爆撃級の輝きを放つ厄介者登場!
「…………1つ聞くけど」
「芹真さんの差し金?
違うよ!」
「……」
読心術って、読まれた側からすれば結構腹立たしいんだよね。
何か、一言も発言できないキャラになっちゃうし……
1人ブルーになって、1人納得して、1人静かに明日に備え、暗い今日という日にさよならを告げるという――
トキの『だるまさんが転んだ計画』はココで粉微塵にされた。
おそらく、肩から提げているボストンバックには着替えでも入っているのだろう。
おつまみがのぞいているけど。
(……諦めよう)
一日を通して連敗し続け――
その敗北のうち、いくらかが完敗で――
トータルして今日はほぼ全敗のいいトキであった。
嗚呼。
誰か……
さし当たって、この波状攻撃を企てた神よ。
あんたが実在するなら、今すぐ殴りたい。
現時点。
トキの精神形状をあらわすなら
“穴だらけの酒瓶”
つまり、何がこぼれてもおかしくないと言う状況なのさ。
(うう……
もう、どうにでもなりやがれ)
ボルトのお泊り。
そこにパイロンが『差し入れ!』と称してちゃっかり加わり――
その後、『家を壊したことについての謝罪を〜〜』と称してハンズが加わった。
結局、何もかもすっきりしないままトキはベッドにもぐりこんだ。
が、ボルトが潜ることを阻止し、1人いじけることさえままならない。
嗚呼。
また引き篭もりたくなってきたよ……
しかし――
そうさせまいと、ある計画をしているボルトだった。