第9話-SR継承!時間剥奪者(クロノセプター) トキ!-
前がないなら後ろへ。
左がないなら右へ。
そのどちらもダメなら、ちょっと止まって考えてみる。
ほんの1秒で何か違ってしまうかもしれない。
時間と言うのは、過去を創り残し、未来を期待させる力を持っている。
色世 皐。
いまはもう居ない母親が教えてくれた時間の話。
トキはもう、それを覚えてなど……
その考えに至ったのは突然だった。
(思い出せないことは、正しい事なのか?)
わからない……
誰でもいい、少しだけ話に付き合って欲しい。
誰かに聞いてもらわないと、何かが壊れてしまう気がした。
「オレは何に悩んでいるんだ?」
いつしか、自分にそう聞いくようになっていた。
答えなど返ってくるハズもない。
昔、よく話しかけていた母親はすでに他界し、父親とはある意味別居中。
孤独とは、案外身近にあるものだと思った。
(そうか。
もしかして、自分は孤独が恐かったのか?)
結局、どれだけ考えても自分を納得させるような答えが浮かんだことはなかった。
(コウボウ……)
そんな自分の話に彼は真剣に付き合ってくれた。
孤独とは、なりたくてもなれないもの。
彼は家庭での孤立に、日々不安を抱きながら生きていると言った。
(友樹、崎島さん)
出会って間もなく、彼らも同じことを自分に聞いてきた。
思い出せないことは正しいことなのか、と。
自分と同じことを考えていた。
だから、その話に付き合う義務とシンパシーを感じ、お互いに話し合うことを決めた。
(智明……)
3度の火災、2度の肉親との死別、数え切れないほど事故や事件に巻き込まれ、そして望まない呼び名で呼ばれる生活……etc
それは、まるで災禍に付きまとわれている様な不運多き日々。
自分よりも辛い経験を多く乗り越えてきた彼女に、少なからずシンパシーと尊敬の念を抱いた。
どんな不幸に出遭おうと、生きるために必死で乗り越えようとする意思の強い姿勢。
そんな彼女との大きな共通点が、共に母親と別れている事だった。
彼らに出会ったことで自分は、自分で思うほど酷い目には遭っていないと思え、つまらない自己陶酔・自意識の過剰だったと思い知ることが出来た。
『この世界には、学ぶことさえままならない子供たちがいるのよ』
崎島さんはそう言った。
確かに、自分たちよりも過酷な立場にいる人間は世界中に数え切れないほどいる。
彼らと比べれば、自分の不幸なんて塵ほどのものに感じないだろうか?
すべての不幸を忘却できないことが、最大の不幸なんじゃないか?
希望という光明もなく、自分たちが目指すべき道しるべさえ浮かばない。
ならばどうする?
それほど不幸を味わったわけではない者同士が楽しいことも悲しいことも共有できる程の友になれたら――
他人の不幸を理解することができる人間になれたら。
そんな人間を目指してみようと5人は約束し、かけがえの無い親友となっていった。
今のトキには不幸を包み隠さず打ち明けることができる友が居る。
1人暮らしでもさびしくは無い。
そして、本人が気づかないうちに別居中の父も、死別した母親のことも無理に思い出す必要がなくなっていった。
最も、なぜか母親の死別は思い出そうとしても思い出せないものだったが……
PM 17:42
結界内、駐車場で繰り広げられている戦闘が外の人々に気付かれることはない。
が、SRには見えていた。
「アレがトキの力!?」
現場に駆けつけた人物が2人いた。
1人は芹真事務所のボルト。
もう1人はホート・クリーニング店店長のディマ。
魔女2人が、上空から結界内の様子を見下ろしていたのだ。
(私達でも敵うのかしら?)
Second Real/Virtual
-第9話-
-SR継承!
時間剥奪者 トキ!-
爆風で吹き飛んだ車が消えた。
そんな理解不能な出来事が駐車場内で起こっていた。
数秒前、トウコツが駐車場のいたるところに仕掛けた爆弾を爆発。
四方から襲い掛かる爆風。
鬼である藍も、爆風の強さにもてあそばれた。
そこに爆発で吹き飛んだ自動車が飛来。
上から全身に圧し掛かった――
その瞬間。
圧力が消え、火炎が消えた。
戸惑いつつも周りを見渡す藍。
異常が続く。
(炎が!?)
次々と消えていく炎。
消えたのは藍に圧し掛かった車の炎だけではなかった。
だが、それだけに留まらない。
「――あ」
空を見上げ、あの光景を再び見ることになった。
それはトキの力――
(何っ!
雨が……!?)
トウコツですら戸惑った。
雨が完全に空中でストップする。
「タイムリーダー」
トキの力が瞬間開放されたことをわかる。
その力を放出している本人は空を仰ぎ、叫び声を上げて続けている。
まだ異常は終わらない。
今度は、トキの周囲の車が次々と消えていく。
次々よパーツごとに消滅し、形状崩壊。
完全消滅。
十数台の車がわずか5秒足らずで完全消滅したのだ。
まだ完全に目覚めていないという話を聞かされていた。
トキはいまココで、目覚めたようだ!
「面白……!」
開口直後、トウコツの背後に衝撃が走った。
打撃による衝撃だと理解するのに一秒もかからない。
(ちっ!後ろかっ!)
先ほどまでトキがいた場所は、無人。
叫び声の終わりと同時にトキは背後に回りこんでいたのだ。
「痒くもない!」
空中で身を翻し、トウコツは銃撃。
トキは再びトウコツの視界から消える。
(コイツの速さは芹真並か!?)
トキの思ってもいない底力に顔がほころぶ。
悪くない。
いや、上出来だ。
こんな奴がまだ居たなんて。
しかもまだ若い。
これからもっと強くなるとしたら……
と、考えながらもしっかりとトキの打撃を防ぐ。
「バレバレェ!」
反撃の拳。
だが、トキはまたしてもトウコツの視界から消えた。
(スピードはあるが――)
トウコツのカウンター。
肘、肋骨。
確信。砕いた感触。
またしてもトキは消る。スピードは全く落ちていない。
四度目の攻撃、またしても背後。
だが、今度は背後の下段攻撃!
「おっ!」
軽く驚かされたトウコツだが、すぐに反撃に出た。
下段突き。
潰れるように突き飛ばされたトキを藍が受け止めた。
「トキ!あまり無茶しないで!」
だが、藍の呼びかけを無視し、トキは再び突っ込んだ。
藍が止めることもできない速度。
正面。トウコツの銃撃を掻い潜り、懐へ。
顎!
しかし、
「特筆すべき 俊敏さだが、直線的過ぎるんだよ!」
五度目の打撃も防がれたトキは、反撃する間もなく蹴り飛ばされた。
「いい速さ持ってんだ!
もっと工夫してオレを……」
「二段:芙蓉!」
突風がトウコツのバランスを崩す。
そこへ再びトキが攻撃を仕掛けた。
頬への打撃。
トウコツを車の上から落とす。
「やれば出来るじゃん!
じゃぁ!」
トウコツの銃撃。
藍はそれを回避し、同時にトキが攻撃を仕掛ける。
「一段:茨!」
トキの打撃を防いだトウコツ。
更に足元から生えてきたツルを紙一重で躱わし、距離を取ってソードを手に――
(さっきのとは違う!?)
藍の観察眼がトウコツの武器に着目した。
先ほどまでの粗末な作りのソードとは明らかに違う。
(まさかあの剣、行方不明中の……)
その武器にいち早く気付いたのは、空中から眺めているディマだった。
「デュランダル!
何故トウコツが?!」
「??
ねぇ〜、デュランダルって何〜?」
(まさか、トウコツが持っていたなん……)
その真横でボルトは手に光を纏わせ、手刀をつくり……
ビュンッ!
ボルトの手刀攻撃をあっさり回避するディマ。
光撃軌道上に静止していた雨粒が全て蒸発。
人間でも岩でも簡単に切ってしまうボルトの“お得意攻撃”
……いや、“光撃”
「ねぇーっ!
デュランダルって何っ!?」
「そんな事も思い出せないの?」
「思い出す?
知らないよ!」
「ぁ、いえ。
芹真から聞いたことないの?」
「ないよ」
その時、トウコツが仕掛けていった。
ぶつかり合う2つの得物。盛大な火の粉がその場に舞い散る。
理壊双焔破界とデュランダル!
破壊力では理壊双焔破界。
切れ味と耐久力はデュランダル。
武器の違いによって生じるそれぞれの戦闘スタイル!
藍はとにかくパワーとスピード攻撃。
トウコツは回避とカウンター重視。
藍もまったく避けないわけではない。
トウコツが回避重視なのはトキも襲い掛かってくるからであり、下手に手数で勝負することができないため、確実にダメージを与えられるタイミングを見計らっているのだ。
飛び蹴り!
わざとギリギリ躱わす。
同時、藍の理壊双焔破界が予測通りの軌道からトウコツに襲い掛かる。
当然の防御、反撃。
トキが仕掛ける。
顔面ストレート!
あっさり回避。そして、
1.鎖骨に手刀、2.脇に平拳、3.顔面に裏拳、4.両太腿に浅めの斬撃、5.胸元に双拳!
矢継ぎ早に襲い掛かる反撃乱打。
トキはまたしても吹き飛ばされる。
「トキ!」
少しは話し聞け〜!
切りかかりを捌き、切り返しを躱わす藍。
再びトキが突っ込んだ。
「ト……!」
「ほらぁっ!」
今度は一撃で吹き飛ばされる。
お帰り!そして、すぐにまた行ってらっしゃい!
不思議とスピードは落ちていない。
藍は、ダメージが無いのかという疑問さえ持ち始めた。
だが、いまはそれどころじゃない。
「:薄!」
遅滞効果、薄。
それがトキの動きを一瞬だけ遅滞させることに成功した。
カウンターを極めようとしたトウコツのタイミングをずらし、すかさず攻める!
「おっと!」
もう1本のソードが理壊双焔破界を阻んだ。
だが、これでいい。
トキがトウコツの気をそらし、そこに藍が仕掛ける。更に、今度はトウコツの注意が藍に向いた時!
その隙、トキにかけた薄を解く。
直後、トウコツの側頭部に平手が叩き込ま……!
が、トウコツはフラつきさえしない。
「甘い!」
回し蹴り。
正確に肩を捉えた。
トキのスピードこそ落ちていないものの、少しずつ隙が大きくなっていることは確かだ。
ほんの僅かながら、トウコツに反撃の余地を与えないほどの高速行動と攻撃ができなくなってきている。
藍も距離を取る。
「トキ、いい加減に大丈夫!?」
「まぁ」
それはあまりにも奇妙だった。
確かに切られたはず……
トキの太腿に外傷がない。
再び、ゆっくりと立ち上がる。外傷の無いことから、行動に支障がないことはわかる。
痣もないし、息切れもしていない。
(これが、時間のSR……)
おそらく、ダメージの伝達を遮断しているのだろうと解釈した。
そうすればダメージは受けない。
藍は再び突っ込もうとするトキの手首を掴み、
「武器が欲しい?」
思いついた必要最低限の質問。
だが、その言葉が出た直後に言い出した本人が後悔した。
「欲しい」
なぜなら、自分が渡そうとしているそれは、
「握った瞬間に死ぬかもしれないけど……」
「いいぞ」
トキは承諾したものの、言い出した藍が直前で渡すことを躊躇った。
(……いえ、無理。
そう、トキには……
落ち着け!
アサ兄さんじゃない。触れた瞬間に死ぬかも)
ためらう最大の原因は“未練”。
そして、いま渡そうとしている日本刀:生死繋綴の性質。
トキが死ぬことは避けなければならない。
(トキの心配をするのはトキがあまりにも弱いから?
でも、タイムリーダーが……
いえ、やはりダメ。
いくらアサ兄様と瓜二つだからって)
命が懸かっていることに変わりはない。
それを不確定要素に賭けた場合のリスクは計り知れない。
将来的に有力な仲間を失うことになる。
――自分も混乱している。
結局、藍は武器を渡すことをやめた。
「さっき……」
トキの開口と同時、トウコツは車の上から降りてきた。
「爆発に巻き込まれて、どうしてか昔のこと思い出したんだよ」
(……そう。
トキはトキ。
協会が敵に回る前に手駒にしたいほどのセカンドリアル。
いまは生死を繋げる必要は無い。
むしろ、生存できるようにこちらがサポートしないと)
「何で今頃になって思い出したのかわからないけど、母さんが死ぬ時のことだったんだ」
「トキのお母さん?」
「ああ。思い出した」
トキが思い出した記憶。
それは、約10年前のことだ。
トキは訳もわからず、母親に連れられ慌てて家を出た。
台風の中車を飛ばす母親。
不安を隠しきれないトキ。
各地で洪水や土砂崩れのニュースが出ていた悪天候だ。
そんな中で、悪い予感は実現してしまった。
豪雨の山道。
落石。
しかし、車は大破したものの、トキは軽い打撲程度で済んだ。
心の傷以外は……
後々長く引きずることになる、母親の死。
最後まで必死に泣くのを堪えて呼び続けた母の名。
“返って/帰って”こない返事。
そして生命……
「前にトキの記憶の中を覗いちゃったんだけど、トウコツがいたんだよ」
「トキはすでにトウコツに会っている、そういうこと?」
「うん。
それで、トキのお母さんに止めを刺したのものも……」
2人の下で、トウコツが攻撃を仕掛け、トキも負けじと応戦する。
銃撃!
回避してデュランダルの斬撃!
藍が割って入る。
理壊双焔破界で防御姿勢。
今度はトキがトウコツの背後に回りこむ!
が、読まれていた。
「二段:紅葉」
その言葉にトウコツは距離を取る。
だが、何も起こらない。
「ふぅ〜ん、やるじゃん♪!」
「:紅葉」
(同じ術文?)
その時、トキの銃撃がトウコツを襲う。
ヒット!
腕。だが剣を手放さない。
「いいぞ!
こんなにたくさんの痛みなんて何年ぶりだ!?」
再び、理壊双焔破界とデュランダルがぶつかり合う!
何度も、何度も。
だが、明らかに藍の方が不利であった。
(理壊双焔にヒビがっ!)
13合目。
藍は、トウコツをデュランダルごと弾き飛ばす。
距離と余裕を手にし、唱える。
「:紅葉」
すかさずトウコツは襲い掛かる。
防御!
理壊双焔破界のヒビが大きくなる。
(うっ!
さすが名剣と言われるだけはある!)
だが、諦めるわけにはいかない!
こちらも武器だ。
条件は同じ。後は……
「:紅葉!」
更にヒビが大きくなる。
トウコツは二刀流に付け加え、うち一刀はデュランダル。
切れ味、耐久力は理壊双焔破界のそれよりも遥かに高い。
(強い……!)
トキは2人が急接近したため下手に銃撃できなかった。
だからといって、格闘で仕掛けたところでトウコツと自分の徒手に関するレベルは天地ほどの差がある。
戦力に、相手にならない。
これでは今までとまったく変わりがない。
藍は戦っているのに自分は目で追うことが精一ぱ……
「うん?」
無力感に直面したその時だった。
忽然とトキの右手から銃が消えいる。
「そらっ!」
同時、デュランダルが強めに打ち込まれた。
鍔迫り合いなら理壊双焔破界にも分があるものの、耐久力で圧倒的に不利な今、まともに打ち合うことは不可能だ。
理壊双焔破界が崩れる――
その直前だった。
「おおぉぉぉっ!!」
2人の間にトキが割って入り、トウコツを吹き飛ばした。
車に激突。
が、トウコツにダメージはない。
「やっぱり、目覚めたか!?」
トウコツからすれば、楽しい以外にな……!
同時、異変に気付く。
(あれ?)
デュランダルはしっかりと握っていた。
しかし、もう1本のソードは手から消えていた。
「ん!?」
体勢をなおし、すぐ目に飛び込んだ光景はこうだ。
藍の前に立つトキ。
トキが自分を吹き飛ばしたということはわかる。
(あんなトコに刺さ……)
最初はごく普通にそう思った。
トキの右腕に、ソードが深々と突き刺さっていたのだ。
接触した瞬間にそうなったのだろうと予想できる。
(……って!
何だありゃ!?)
刺さっている光景まで問題はなかった。
だが、突き刺さっているソード。
目の前で起きている明らかな異常。
それは、柄と剣先から無くなっていく――という光景。
少しずつ溶けていくような……
しかし液体や粉状のものは一切出ていない。
何らかの薬物を使うわけでも、また魔法を使ったわけでもない。
トウコツに理解できない。
自分が知らない何かによって溶けていくその様子は、あまりにも不気味だった。
(トキ。
やっぱり、物質から時間を……)
すると、トキはゆっくりと歩き出す。
トウコツとの距離が開く。
堂々と背を見せて歩くトキ。
「おい、逃げんのか?」
トウコツは目で追った。
背後から襲い掛かることは造作も無いが、面白みが無い。
「……武器」
言って立ち止まる。
その場所には、
(アレは)
(さっき使用不能にしたトウコツのソード)
……の柄。
「まさか」
2人の予想通り、トキはその柄を握った。
地面に溶け刺さったソードを武器として使う気か!?
「トキ、無理よ!
桜で使用不能にした剣よ!」
藍の華創実誕幻、一段:桜。
それは壁や床・天井を一種の無意識生物とし、接触するものを飲み込ませる術。
術者の意志力が大きく反映される術で、飲み込んだ者を生かす・殺す・痛めつけることを自在に操作することができる(生かした事は無いが)。
無機物の場合は、粉砕か溶解して使用できないようにするために使うことが多い。
偽トウコツのソードもそれで完全に溶かしたはず。
「うそ……」
使用不可能にしたはずのソードが、トキの手で転生を遂げていた。
それもトウコツを驚かすほどの名剣となり。
「あれは、カリバーン!?」
それを見た上空の魔女2人は、
「え〜?
どういうこと〜!?」
「確かに受け入れがたいわね。
トキの力はタイムリーダーのはず。
でもあれは、蘇逆時行なんてレベルじゃない。まるで錬金術。
しかも創りだした物がカリバーンなんて……」
「でも、トキが錬金術師のセカンドリアルに目覚める可能性はないはずだよ?」
(まさか……
もし、あのセカンドリアルを受け継いでいるとしたら)
ディマの中で自分だけが知るパズルが組みあがっていく。
(そうだとしたら、トキの本当のSRはタイムリーダーじゃない!)
その下の駐車場。
トウコツの言葉に藍も驚いた。
(カリバーンって、あのアーサー王伝説の?)
トキは少し剣を振ってみせる。
使えると判断して一呼吸し、トウコツに聞く。
「トウコツ、ひとつ教えろ。
どうして母さんを殺した?」
明らかに何かが違うトキ。
トウコツも今までにない嬉々とした表情で答えた。
予感がした。これで小コイツも対等に近い力を発揮すると言う予感。
「いいねぇ〜、その殺る気満々の姿勢!
何故かって?
邪魔だったからさ」
「どうして母さんが邪魔者にならなきゃいけない?」
「トキ。
お前、いま自分の母親が一般人だったと思っただろ?」
「どう……
意味が分かんないな」
「まぁ、当時の記憶は俺の職務過遂もあってフェアリーどもに封印されちまっただろうからな。
どうせ覚えていないだろう。
つぅか、ここまで話せばもう分かるだろ?」
「SRだったのかよ!」
「そうさぁ!
大当たりだよ!」
視界からトウコツが消える。
右!
直感がそう告げ、それが実現する。
防御に成功!
「お前も心臓貫き殺したはずだ!
どうして死んでいない!?」
鍔迫り合い。
トキが押されている。
「うっ!」
背中が車にぶつかり、わずかな戸惑いが起こる。
押される。
迷うな、押し返せ!
デュランダルの刃が徐々に迫る。
その刃が目前に迫った時、
「……思い出した」
「あ?」
「こうしたんだ!」
トキの右手がトウコツの左手首を掴み、
ピシャッ!
初めて聞く音と共に、トウコツの左手が地面に落ち、握られた部分が一瞬で消滅した。
隙を見せたトキにトウコツのデュランダルが襲い掛かった。
相打ち。
(頚動脈!
手応え……)
有り!
だがトキには一切の外傷がない。
斬りつけたはずなのに流血はおろか、傷が出来ない。
どうなっている?
トウコツには理解できなかった。
完全に理解しているのは上空にいるディマだけだった。
「いまから30年くらい前かしら……
トキの母は、誰もが認める最強のセカンドリアルだったけど、誰もその全ての能力を見たことはない」
「ディマは戦ったことあるんだっけ?」
「ええ。
時間のSRの厄介さを嫌と言うほど味わったわ」
「ふぅ〜ん」
「トキはしっかりその力を受け継いでいるわね」
「でもさぁ、いくら親子だからってSRが受け継がれることは無いんじゃなかった?」
「そう。
でも、彼女はその方法を知っていた」
「あるの?」
「みたい」
「それで、トキが使っている力って厄介なの?」
「見ての通り厄介よ」
触れただけで消滅する。
それが、トキの“能力/SR”
「おうおう!何だいこりゃ!?
いいねぇ!すごいねぇ!!やるねぇ!!!」
再び斬撃がトキの体に刻まれるが、やはりダメージ・外傷は一切ない。
(デュランダルを受け止めた!)
次の術の準備をしながら藍はそれを目撃した。
素手で真剣を受け止めたトキ。
ピシャ!
再びこの音が響き、デュランダルが折れた。
理壊双焔破界よりも頑丈で折れにくいデュランダル。
トキはそれを刀身に触れただけで折ったのだ!
(デュランダルから時間を奪った……)
爆発を消し、車を消し、トウコツの腕を消し、そしてデュランダルの刀身の一部を消した。
「すっげ・・・!」
トウコツも呆気に取られた。
上空のボルトも軽く驚く。
「あれが“時間剥奪/クロノセプト”」
「本当に時間を奪っちゃうの?」
「ええ。
奪うかあるいは強制進退させる力よ」
「え?
どゆこと?」
「以前戦った時、私は右目を強制若化された。
それがどういうことかわかる?」
「たんと〜ちょくにゅ〜に言えばいいじゃん」
回りくどい。
「右目だけが極端に若返り、焦点がずれたのよ。
おまけに視力も相当落ちたわ。回復はしたけど」
強制的に赤子くらいの視力まで若化されたってことよ。
「ふぅ〜ん」
「何百年も生きている私達にさえ匹敵する力よ」
「でもさぁ、仮に光と影なら――」
「無理よ」
(どうなってる!?)
今まで戦いを楽しんでいたトウコツの顔に僅かな翳りが現れた。
(いきなり爆発が消えたと思ったら今度は車を消し、俺の腕と剣も消しやがった。
そして……)
トウコツはデュランダルを捨て、残りのソードでトキの斬撃を捌いていた。
(なぜ使用不能になったソードが名剣として蘇った!?)
高速で迫るトキ。
体の一部を失ってバランスがうまく保てないトウコツ。
「オレを殺せるのか!」
トウコツは初めて自分の死について考えた。
斬撃が迫る!
回避。
空振り。
いまの斬撃は避けなければ確実に首を刎ねていただろう。
トキが殺しに来た。
それは分かりきっていること。
殺し合うのが戦いの本質!
問題は、初めて殺されるかもしれない状況に遭遇したことにある。
恐怖と快楽の境界線。
頭の中から余分なものが消えていく素晴らしき瞬間!
一瞬後には死ぬかもしれない緊張感。
それを楽しむ心、臆する心。
矛盾する2つの感情が織り成す結果で生まれる独特の雰囲気!
「オレはお前を殺さない」
トウコツの両足にカリバーンの斬撃が入る!
それでもトウコツは移動を続けた。
車と車の間。
それはトキの斬撃をいくらでも防ごうという考えからだ。
防ぐと言うより、もっとこの感覚を堪能したいがため。いくらでも闘いを長引かせるため!
トキはまだ剣に慣れていない。
だから、車と車の狭間のように、狭い場所では思うように剣を振れない。
車のドアを開け、トキの斬撃を妨ぐ。
反撃。
ダメージを与えることができない。わかっていながらも攻撃する楽しみを捨てない。
トキが背後に回りこむ。
それは誤算だった。
自分で開けたドアが、今度は自分の退路を塞いでしまった。
トウコツは振り返り、防御姿勢を取る。
次にくるだろう斬撃は縦に……!
だが、トウコツに襲い掛かったのは銃撃だった。
それはもう1つの銃、キンバーコンパクト。
(クソっ!
また両足……)
剣と思わせ銃!
完全に機動力を奪われた、その直後。
「華創実誕幻、三段:」
トキの背後に藍がいることに気付く。
戦闘の間に姿をくらましていた藍。
探す余裕もなく、まして移動力を奪われた今トウコツは動かぬ的でしかない。
「蒲公英」
一瞬後、藍の紅葉が打ち込まれた部分と理壊双焔破界の火の粉が落ちた場所から大量の火炎が生まれ、トウコツに襲い掛かった。
『熱効果』+『無限召喚』
これによって生まれる『無限火焔地獄』!
一つの術から巨大な炎を生むことは出来ない。
だから、小さいものを少しずつ重ねて作り出す。それが紅葉を連発した理由だ。
そう。熱も集まれば炎と化し、塵も積もれば山となる!
「オオオッ!!!」
炎に包まれたトウコツが雄叫びを上げる。
服が、皮膚が、デュランダルが燃える。
(勝った)
確信――
だが、トキは複雑な心境だった。
自分の母親の仇を討てたという達成感と同時に、殺人に加担したことへの後悔、ただならぬ罪悪感。
しかも、母を殺した者だと思い出したのが数分前。
本当に自分の記憶なのかも疑わしい。
ただ頭が混乱し、トウコツが母の仇だと錯覚していたら……
そう考えると背筋が寒くなる。
真偽を問う達成感と確実な罪悪感のせめぎ合いがトキを混乱させた。
(夢にまで見なかった、殺人)
刺激や興奮は望んだ。
だが、人の死は……
「残念ながら助ますよ」
突如、新たな声が駐車場に響いた。
「はっ!?」
若い男の声。
直後、トウコツの頭上から滝のような水が降りかかった。
トキは呆気に取られ、藍は驚いた。
「……まさか。
生源創水、センね!」
「その通り私です」
藍の足元にある水溜りからセンと呼ばれる青髪の青年が現れ、少しずつ体型を作り上げていく。
やがて藍と同じ目線の大きさになったところで形成がストップする。
この際、藍がスカートであったことは無視しよう!
「トウコツには半年の謹慎が課せられていましたが、2日前からそれを破って行方をくらましていたのです。
藍さんとトキ君のおかげで発見に至りました。
心から感謝します。
上からの指令通り生かして連れて帰ることも出来そうです」
センは頭を下げて深くお辞儀。
その間、トウコツの体を水が包む。
すかさず藍が質問する。
「アナタだから信用はするけど……
念のために聞かせて。どうしてトウコツが謹慎を?」
「さすがにそれは言えません。
それを言ったら今度は私が謹慎を受けてしま……」
同時――
「うわっ!」
いきなり、センの鼻先をソードがかすった。
「え!?
ぁ、トキ!」
「そいつ……
トウコツは俺達がここで倒すんだ。連れ帰るんじゃない」
しかし、吐いた言葉と裏腹にトキの顔には困惑の表情が浮かび上がっていた。
迷っている。
トウコツを見逃すべきか、今ここで殺すべきか。
決断が出来ない。
自分が殺人へ加担することを認めるか、目の前で虫の息の敵を逃がすか。
「トキ。
どの道私達じゃセンには敵わないし、センは敵じゃない」
「でも!」
「あ、確かに私は協会のSRですけど!
芹真事務所やクリーニング店の皆様に楯突く気は毛頭ございませんから!
というか私は強くありませんから!」
メチャクチャ必死に訴えるセン。
年齢はトキよりも上なのに、やたらと頭が低い。
「そいつは……」
「お願い、トキ。
彼には敵わないから、大人しく剣を収めて!」
「そ、そうです!
でなければ必死に力ずくで黙らせなければならなくなるので、今回は譲ってくださいよ!」
「……今回って、次はもう連れ帰らない?」
「はい。もちろん!
私もこの男にはあまり関わりたくないですから!」
「ごめんね、セン――
目が覚めたらトウコツに、次は必ず殺すからって伝えて」
トウコツを包み込んだ水は次第に空へと昇って行き、センもその水と共に空へと消える。
藍とトキはそれを見送った。
「トキ。
私もトウコツを倒せないことは悔しい。
でも、次会う時までに鍛えれば、一人でも太刀打ちできるようになるかもしれないから……」
「そうだな」
トキは、呆気ない終わりに落胆し――
しかし、これで殺人に至らなかったことで安心もした。
一方、上空の魔女2人。
「あっ!センだ!」
「あら。本当」
トウコツを抱えている?
「あ、ディマ先輩にボルト先輩!?」
何で私だけ嫌そうなのよ〜っ!
「トウコツの回収命令?」
「え、はい。
会長じきじきの命令でしたので、早急に雨と共にやってきました」
無視……
それなら、
「ねぇねぇ、セン!
また後で海柱やってちょうだい!」
「えぇ!!?
でも、あれは……!」
じゃなきゃ殺るよ♪
「ひっ!」
ボルトの心の声に心底震えるセン。
こら。脅さない。
「ボルトの言うことを真に受けちゃダメよ。セン」
きっとボルトも久々に会ったから冗談を言ったのよ。
「ホッ」
安著。
「冗談言わないよ〜だ!」
戦慄。
「えっ!?」
「セン。
とにかくボルトの言うことは聞き流して。
今は仕事を最優先……」
ビュンッ!
ボルトの光撃再び!
ディマのあっさり回避再び!
「ババァは黙れ〜!」
「黙らないわよ、クソガキ。
セン、如何なる時でも仕事を完遂するのがプロフェッショナルというもの。
トウコツを運びなさい」
「あ、ではっ!」
センは逃げるようにその場を去っていった。
「あ〜ん!
セン待ってよ〜!
またアレ見せてよ〜!」
(まったく子供は)
ビュンッ!
スカ!
「何よぉ!
い〜っつもディマがセンを唆すから……!」
「唆す?
それはあなたじゃなくて?」
「ムッカ〜ッ!
いいもん!
また後で問い詰めるんだから!」
「何を問い詰めるの?
言葉選びなさいよ……
そんなことしたら余計にセンは悪い方向に転がっていくじゃない」
「そんなこと無いもん!」
2人にとって日常的な口喧嘩が今日は空中で繰り広げられ……
その最中、再び雨が降り出した。
「あれ?トキは?」
数十分後、藍とボルトは芹真事務所に帰ってきた。
そのメンバーの中にトキがいないことに芹真は気づき、そう質問した。
「今日は自分のベッドで寝るっていってたよ」
ボルトの手にはしっかりとアイスクリームが握られていた。
「へぇ。
何かあったのか?」
「トウコツだよ」
「トウコツ?
まさか、あの四凶の1人の?」
「ええ。
私から戦いを仕掛けたんだけど、その後トキが追いかけてきて……」
「おいおい……
藍もトキも大丈夫なのか?怪我とかしなかったか?」
「私はいつも通り。
無傷とはいかないけど大丈夫。
でも、トキについては私も結構驚かされたわ。
傷つけられたはずなのに、まるで無傷よ。
トキのセカンドリアルがあそこまで強力だったなんて、夢にも思わなかったわ」
「うん。
トキは無傷だったよ」
「……目覚めたのか?」
「ディマがさ、“クロノセプター”だって」
「嘘ぉ!?」
芹真、本日1番の驚き。
その驚き様は、お気に入りのマイコーヒーカップを握り砕く程だったという。
駐車場からまっすぐ家に帰ったトキ。
振り出した雨が頭を冷やしてくれた。
その所為で震え、頭の中がパニックを起こした。
到着した久々の我が家。
1人で考える時間が欲しい。
晩御飯のことはまだ考えなくても大丈夫だ。
それよりもSRだ。
自分の母親がSRということを少し考えてみようと思い、我が家の玄関を開ける。
自分の部屋に向かう途中に……
気付いた。
招いてもいない者達が勝手にあがりこんでいることを。