第0話-引きこもり 色世 時!-
初めまして、鳥です。よろしくお願いします。
初投稿作品です。
意味不明且つ稚拙な表現が多々見られます……書き漏らしや誤謬、それらの修正見落としも含め、素人丸出しです。
少しずつ勉強して、娯楽作品を提供できるように頑張っていこうと考えています故、なにとぞ宜しくお願いします。
解っていてもどうしようもない。
求めたところでそれは夢想。
現実からの逃避が生み出す虚像。
しかし、望めばそれはきっと、どこかに存在するはずだ。
人生で知りえる情報には限りがある。
広い世界でそれら全てを知ることは不可能で、機会が訪ねてくる可能性が低いだけだ。
だからきっと、夢や妄想や想像を満たしてくれる現実はこの世界のどこかに存在しているのだ。
出会いがないだけで、機会がないだけで、それ以外にその現実を否定する理由はない。
そう。
だからきっと、世の中そんなもので溢れている…………わけが無い。
人はただ憧れているだけだ。
実在しないものに――
Second Real/Virtual
-第0話-
-引き篭もり 色世時!-
遠くない未来。
どれだけ遠くないかを説明するとしよう。
まず、地上には人類が未だに繁栄している。
文明だって10年や20年で急激な発達を見せるわけでもないし、地球外生命体とグローバル関係を築いているわけでもない。
誰もが容易に想像できる世界だ。
素直に白状してしまえば、人類の文明は21世紀初頭からほとんど進歩していない。
厳密に言えば、どうでもいいような技術力や、不要な物に対する進歩があったくらいで、これといった歴史的旋風を巻き起こすような変化は無いに等しかった。
社会的にも、技術的にも、文明的にも、だ。
どうでもいい事ばかりが多い。
……
…………
何故かそういうものを考えていると、鬱陶しくなってしょうがない。
日本。
白州唯という場所があった。
ビジネス街と繁華街が隣接し、住宅街とは川で隔てられた人口15万人前後の都市である。
都市部から住宅街へと伸びる路。
人ごみに紛れ、彼は暗い空を見上げながら心の中で憂鬱を白状した。
「…………」
絶句。
理由を教えよう。
現在時刻は午前11時15分。本日の降水確率、0%
そう。
20分ほど前は天気なんて気にしなくても済んだ。
なんせ、月並みの言葉を借りて表現しても違和感を覚えないほどの『澄み切った青空』『清々しい快晴』が、しっかりとその姿を見せていたからである。
それが今はこの様子。予告もなしに突然雨雲が頭上に発生し、いつ降り出してもおかしくない色合いを見せいてた。
しかも、季節は夏。
降雨によって、今以上に蒸し暑くなる可能性がある。
この際だから文句のひとつでも言っておかなくては気がすまない。言ったところで気が晴れるわけでも、雨雲が消えるわけでもないが、現在軽装備に加え、空けてきた家の寝室の窓はフルオープン状態である。そんな状態で外出してきたのだ。
「……降るじゃん」
誰に聞かせるわけでもなく愚痴る。
珍しく天気予報を信用して外出してきたのにこれである。
目的は、予約していたゲームソフトの入手と、掘り出し物がないかという中古探索。
探索は全て無為に終わり、一時帰宅。その途中で雨雲に気付き、つまりそれが数秒前のことで、それから今につながる。
「……」
しかし、走って帰る気など起こらない。
(まぁ、引きこもりに回ってくる運なんてこんなもんだろうな)
自分を納得させた。
それが、納得を得ようとも空しさを残してしまう手段であることを黙殺しつつ、少年:色世時は降り始めた雨から身を隠そうともせず、自宅へ向けて人間の平均的歩行速度約4km前後で、いつもと変わらぬペースの足取りで歩き始めたのだった。
雨が強さを増した頃、トキの移動速度はほんの少しだけ上がっていた。
無意識に。
気分が良いわけでも、機嫌が戻ったわけでもない。
理由を考えるどころか、トキ自身は逃げるように家へと向かう自分に気付きすらしなかった。
これが現実なのだと、自分を取り巻く現実を横目で確認しながらゲームの攻略法を頭の中で捜索し始める。
色世トキが持つ現実に、もうひとつの、しかし初見であれば現実と認めがたいであろうが世界が迫っていた。
「彼女たちが来よ〜」
デパートの2階に設えてあるカフェに3人は腰を下ろしていた。
成人男性ひとりと、女子2人。
家族でなければ交際関係にあるわけでもない。一口に言うなら仕事仲間である。
その内の1人、金髪が特徴の小さな子がガラス越しに曇り空を見上げて言った。
「彼女って?」
女の子の向かいに座る男性が聞く。
少女は外見的特長から日本人でないことは一目瞭然であったが、使う言語は紛れもない日本語であり、しかも流暢というレベルではない。一切の訛りが混じっていない日本語であった。
男性は純日本人だが、ハーフのようにも捉えられる顔立ちをしていた。
「ディマの事?」
3人目、黒のロングヘアーが特徴の少女が男性の疑問を解消してくれる。
「まさか、ディマたちまで彼を狙っているとはな……」
男性が溜息混じりに言ってから面倒にならないことを祈り、コーヒーを流し込む。
「パル。相手の細かい人数は判るか?」
男性の質問に女の子は目を閉じる。
店内に流れるスウィングジャズを楽しみながら、少女は自分達と同じ目的で色世トキに近づいているそいつらの状況把握に努めた。
「ディマがいる……それから、クワニーとハンズも」
それを聞いたロングヘアーの持ち主は微かに指を動かした。
「やっぱり生きていたのか」
男性が言い、少女の方に目をむける。
「あ……」
「あの男は私の獲物よ?
奪う気なら芹真さんでも容赦しないわ」
男性が言おうとするのを女性が遮った。それは暗黙の了解であり、説明は不要のはずだった。
「落ち着けよ藍。判っているだろ?
俺にあいつは殺せない。
お前かパルじゃなきゃ消し去れない」
パルと呼ばれる小さな少女はそんな2人を意に介さず、ひとりミートスパゲティを貪っていた。
そこへ新たなメニューが運ばれる。
「……とにかく、パルが喰い終わったらトキに接触を試みようと思う」
それに反応したパルの喉にパスタが引っ掛かったのを見て、藍は呆れて目を外に向けた。濡れたガラス越しに見える街は酷く歪み、汚れていた。
(まだ止まないのかしら)
雨を気にする藍の頭の片隅には色世トキの顔写真が浮かび、同時にあらゆる不安が心の内を締めていた。
同時刻。
ずぶ濡れた衣服に涼しさを覚えたトキは、半ば投げやりに雨の中を無言で進んでいた。
(あそこをBの連打――って、これはもう使った手段だ)
早足での帰宅途中。
いつものことであるが、トキの頭の中はゲームのことで一杯だった。
(買ったばかりのこれの攻略法出てたか?)
その時、雨音が減った。
(ぅん?)
トキは足を止め、状況の把握に意識を総動員した。
雨の感触がなくなったのである。
不快を覚える傍ら、清涼感を覚えていたのも事実であったからだ。
(傘?)
頭上に現れたそれ。
振り返ると、背後に1人の女性が立っていた。
(誰?)
「あなたは自分が濡れていることを自覚していないのかしら?」
外見から察するに20代後半を目前にしたという感じのお姉さんだが……正直、何かのイベントですか、と聞きたい。
この蒸し暑い日に冬物のコート。いくら雨が降っているとはいっても、過剰すぎる降水対策。しかも、見た目から防水性があるとは思わせない生地のコートだった。
それに日本人でないことも判る。
「何か用ですか?」
彼女の質問には答えず、逆に質問を返す。
「用があるのは確かよ。
じゃあ、早速。 献血、する気は無いかしら?」
彼女は笑顔を見せて言った。
「実は、赤十字で献血をやっているのよ」
トキは周囲を見渡した。
ここは住宅街のど真ん中である。
(普通そういうのって、街中とかでやるもんじゃないのか?)
それを気取られたか、彼女は、
「もしかして疑っている?」
溜息が漏れた。
確かに、目の前のお姉さんは怪しい。
こんなところで献血どうのこうのよりも、なぜコート姿で仕事しているのか。
(早く帰りてぇ〜)
「私の担当地区に別の人が入っていて、私がおこぼれになったのよ」
(つまり、担当地区を取られたんだ……)
「それで、ここまで足を運んだの」
トキはもう一度周囲を見渡す。
(なるほど。仲間はあそこか)
白い車体に緑色のラインが一本横に走った簡易献血車。バスでなく、大型のワゴン車を改良したものである。それがトキの左後方に待機していた。
「すいません。
一時的にでも雨を凌げたことに感謝します。
でも、献血は出来ません」
トキはきっぱりと断りを入れた。
「貧血気味、とか?
それから数時間以内に何か強いクスリを服用したとか?」
否定する。
(帰ってゲームがしたい)
それだけだった。
直ちに解放されたい。
そうすれば……
(あれ?)
そうすれば、どうなる?
ふとした疑問が浮かんだ。
毎日浮かんでいる気もする疑問。しかし、晴れない心の雲。
満たされることのない毎日。
トキの体中にその感覚が行き渡った。
見えない欠乏感。
それともこれは落胆なのか、虚脱感否めない何かと何かが確かに内にあった。
浮遊感をもたらすそれらを知る術を持たない故、疑問はいつまでも疑問のままである。
(不安か?)
トキの中に本物の不安が生まれた。
献血。
確かに注射は昔から苦手だった。
というか、得意な奴の方がおかしいと思っている。居るかどうかは定かではないが。
「どうしたの?」
再び彼女に気取られ、トキは戸惑った。
(何が不安なんだろう?)
自分のことを他人事のように考え、見直してみる。が、原因はわからない。
心此処にに在らず、とも違う気がする。
何かが自分に足りていない。
自分の求めるものは解放などではなく、もちろん献血でもない。
ここまで考えたトキの頭から帰宅の意思は半ばほど消えていた。
トキの肩に彼女の手が置かれる。
「大丈夫?」
顔色を確かめるように覗き込んでくるが、我に返ったトキは彼女に背を向けて歩き始めた。
「ねぇ、トキ君」
動かし始めた足を再び止め、トキは振り返る。
状況がだんだん悪化しているのをいま、しかと感じ取った。
名乗ってもいないのに自分の名前が相手に知られているのは何故か。
(俺の名前?
初対面――なのに、何で?)
言い知れぬ不安と背筋が凍りついたという錯覚を覚えるほどの恐怖。
感じるは彼女の視線。
冷たい何かが突き刺さる。
(調べられた?
何のため?
ていうか、誰だよ……)
直後、目に付く異変が起こった。
衝突音が雨音に混じる。
突然響いた轟音は異変の1つに過ぎなかった。 意表を突くように耳に障った轟音よりも、トキは降り続ける雨が止まったことに驚き、自分の目を疑った。
「何だ――っ!?」
僅かに冷静を保ちつつ、トキは轟音の原因に目をむけた。
そこで目に飛び込んできたものは、無惨に変形した献血車。頑丈な車体がひしゃげ、内側の搭乗者を圧死に追い込んでいる様が垣間見えた。
(雨が止まっているのに献血車の残骸は動いている?)
バウンドする残骸、砕け散るガラス達。
舞い踊るは破片。
上がる悲鳴は金切り。
ふと思いついたトキは振り返り、しかし、トキの予想は外れて彼女はしっかりと動いていた。何が原因で雨が一時停止したのか。雨だけが停止し、車の残骸は動いているのか。その原因が出会ったばかりのこの女性による何らかのトリックではないかと疑っていたのだ。
(時間が止まったわけじゃないのか……じゃあ、一体どうして雨が止まった!?)
思考を巡らせる。
腑に落ちないこと、納得できないこと、理解できないことが一斉に起こったために頭は僅かに混乱していたが、整理はできた。
何故、彼女は自分の名前を知っているのか?
雨が止まる現象が自然界にあったか?
110番……119だっけ?
現実か? しかし、血も流れているし、どう見ても演技じゃないのはわかる。
「ディマ!」
トキが携帯電話を取り出した時、1人の男がトキの目の前に降り立った。
そいつが一瞥をくれると、
「こっちに問題発生か?
こんな奴早く連れて行けば良いだろ」
「彼らが来たの?」
初対面でかなり失礼な物言いの男は相当焦り、それに対して女性:ディマは冷静だった。
「ん?」
ディマとトキの顔が合った――その瞬間――高速で何かがトキの右耳を掠めた。
背後で飛来してきたがコンクリートブロックに突き刺さる。
目で、飛来し突き刺さったそれを追う。
どう見ても日本刀でしかなく、もちろん、刀身が掠っていった部分は切れていた。とても小さい掠り傷だが、痛みがあるのは確かで、しかもそれは予期せぬ攻撃の部類に入ったため、覚えた衝撃は先の轟音よりも僅かに大きい。
「痛っ――!」
トキは振り返り、日本刀が飛んできた方へ顔を向ける。
そこにはまたしても見覚えの無い連中が立っていた。
「今日は厄日か……!?」
面識のない人間からこれだけ声をかけられる日はそうそうない。
しかし、ディマたちは彼らを知っているようだった。
「真ん中のあの男は……」
ディマの確認に男がうなずく。
「ああ、あいつだ。
“デストロイ・マーチ”の芹真だ」
「やはり。
左右の彼女たちは分かるわ。
右側に立つ娘が、元鬼の姫よ。
反対側の餓鬼は光の魔女」
「光の魔女ってことは、ボルト・パルダンか?」
トキはそこまで聞いて割り切った。
(頭のネジがゆるい連中なんだぁ)
鬼に魔女。
それを知っていると公言する偽献血事業者のディマたち。
トキは一刻も早くこの場を去りたい一心を取り戻し、見知らぬ連中の合間を縫うように避難を始めた。
(ゲームか映画かテレビか、いずれかの影響を受け過ぎたんだろな、アレは……)
新たに現れた3人はトキの動きをしっかりと見守っていた。
悪い印象を与えたとも知らずに、芹真は長袖を捲り上げ、左右の2人に確認を取る。
「じゃあ、打ち合わせ通りパルはディマ、藍は……」
「あの呪術師を完全に殺す。それでいいでしょ?」
芹真は頷き、同時にトキがこの場から逃げ出そうとしている事に気付いた。
(じゃあ、説得するとしますか)
合図の直後、まず藍が走った。
強烈過ぎるスタートダッシュ。あまりにも強すぎて地面が抉れるほどの突撃。
藍は真っ直ぐクワニーに向かい、その途中で警棒を取り出した。
トキがこの場から少しでも離れたことを確認したボルトは、その場で光を集め始めディマに突っ込んだ。
「トキは渡さないよ〜!」
芹真はトキを追った。
追った、と言っても芹真にとってその行動は跳躍でしかなく、現に1回飛んだだけでトキの目の前に降り立つことに成功した。
「やあ、色世トキ君。
はじめまして」
突然目の前に降り立った芹真に、
「どうも」
と、トキは素早く短い返事を返すのみで足は止めない。
すぐさま進路を芹真の真横、左脇に変え、体を振る。
芹真はそれを塞ごうと横へ飛び出し、トキの前に立つ。
だが、それはトキの望んだ反応。
そこから切り替えして芹真の右脇を抜けるためのフェイントであった。
残念ながら、フェイントは芹真にとって予想の範囲内でしかない。トキが予測してそれをやったように、芹真もまた予測してトキを試していた。
「結構、運動能力はわかった。
それで、トキ君はそれっぽっちの力で俺達から逃げられると思っているのか?」
芹真の手がトキの右腕を掴んだ。
「あんたも俺に用なのか?」
反撃の質問に芹真は頷く。
大切な用件がある。
回りくどい説明でトキを説得できないのは、ディマの会話を盗み聞いていたから分かる。
「俺の事務所でバイトしないか?」
芹真は掴んだトキの右腕を解放した。
脅しも禁物。
あくまでこれは説得なのだ。
「いいです。遠慮します。
金は要らないし、それに働くなんて俺には向いていない」
踵を返し、早々に立ち去ろうと足を持ち上げる。
言って聞かせたい芹真と何も聞きたくないトキ。
その背中に芹真は言葉をぶつけた。
「仕事の内容を聞いてもいないのにツレないこと言うなよ。
少なくとも、あいつらも君をスカウトしたくて君の前に現れたんだぜ?」
コート姿の女性が頭に浮かび上がった。ディマと言う変わった名前の持ち主が。
(あの明らかに嘘を言っている赤十字のことか?)
早足のトキを追いながら芹真は続けた。
「あいつらのところで働くのはつまらないぞ」
「いや、働く気なんか……」
「俺の事務所なんて滅多にやることはないが、しっかり金は出す」
「金が全てだと思っている人ですか?
じゃあ、尚更お断りです」
金には困らないし、当分使う予定もない。
飯だって充実している。携帯電話だってほとんど使わないから金がかからない。
電気も止まっているわけじゃないし、ガスも通っている。それでも不自由はないし、資金的不足には当分なれそうにない。
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
改めて芹真が言う。
「新しい刺激。新鮮な世界。
目に見える世界で展開されている、もうひとつの、普通なら見せられることのない世界」
その一言にトキの足は止まった。
「俺の事務所はそのためにあるようなものと言っても過言じゃない。
まさしく君のように刺激を求める人を雇っていたりもするんだよ」
一瞬目の前の男の正気を疑ったが、疑問よりも好奇心が先行し、ノーとイエスのどちらかを選ぶ前に質問が口から零れ出た。
「どんな事務所なんですか?」
芹真は大まかな概要から説明した。
「全万事務所だ」
「は?」
どんな仕事かを教えて貰いたかったトキにとって、それは理解に時間を要する回答だった。が、芹真はそれを予想し、答えを用意していた。
「文字通りさ。頼まれれば何でもする。
で、頼まれなければ何もしない。そういう事務所」
(何でもって……)
非常識な仕事が舞い込んできたらどうするのだろうか。
懸念。
しかし、どうしてか浮遊感が消えた。
「君には才能がある。
俺の事務所だったら自分の才能に気付くことも、磨くことも出来る。暇な人生にオサラバできる可能性もあるんだ」
瞬間、コンクリートの破砕音が響く。
いま来た道の方から土煙が立ち登っていた。瞬間、宙に何かが浮いたソレは、色合いから先ほどひしゃげ転げたワゴン車の残骸と推測できた。
「新しい刺激って、あんまり仕事がないのに?」
「刺激は保障しよう。
何も依頼が来たときだけが刺激に出会える方法ではないんだ」
正直、意味不明。
それはただ単に考えるのが面倒だからだろうか。或いは、後戻りの出来ない選択肢に直面しているからだろうか?
芹真という人物の話が気になる反面、まともに取り合いたくないと心構えている自分も僅かながらに存在していた。
加えてトキには“何もない=暇”という方程式が既存していた。そらら時間的空白の埋め合わせにゲームをする、本を読む、映画を見るなど、メディアに触れる時間とそれを提供する娯楽が存在する。
それゆえに依頼がなくても刺激的な事務所でのバイトというものがどうにもイメージできず、理解できない。
(軽く混乱しているのか、俺?)
芹真が微笑む。
何が愉快なのか、芹真の機嫌は声に現れるほど良くなった。
「そうか、来るんだな」
(はっ?)
芹真が放った言葉にトキは動揺を隠せなかった。
何を根拠に断言したのか。
心の中でまだ迷っているにも関わらず、どうして決め付けるのか。
「トキ。
君はいま、どんな顔をしているか自分でわかるか?」
その台詞を聞き、嫌な予感に見舞われた。
右手の指が頬に伸び、引きつり気味の頬に触れ、それを確かめる。
(……もしかして)
「嬉しそうな面しているぞ?」
実際に表情というものを意識し、顔がどうなっているかを知った。
確かに綻んでいた。
どうしてか、笑顔に分類される満面でないにしろ喜びを象ったものが現れている。
「ようこそ新世界へ」
またしても“理路整然”と言う言葉とはかけ離れているとしか思えない言葉を放つ芹真。
「新世界?」
「悪いが、俺の事務所に来たら、今までの人生の中に戻っていくことは出来ないぜ?
あ、待てよ。
出来なくはないが、色々面倒なだけだ。
それでも、トキは自分の欲望を果たしたいと思わないか?」
「……」
沈黙。
人生がどれだけ予測不可能だろうと、結局は自分が望んだ通りにならない。
故に結局はつまらないものでしかない。
欲張りだ。
刺激があれば良いというものではない。
自分が欲する刺激がないというのは言い訳に過ぎない。
トキは今までの自分を改めて思い出した。
他力本願、優柔不断、自己中心的かつ矛盾三昧。
もし、新しい刺激に出会えることでそんな自分を変えることができるなら――
瞬間。
耳元を強い気流が通過し、一瞬後に背後から何かを叩きつけたような音が伝わる。
トキは、芹真の右腕が伸びていたことに気付いた。
拳は丁度トキの左耳の真横で止まっていることから、空気の流れの正体は芹真の拳だと納得できた。
問題は、その後。
何かが芹真の拳で高速移動し、この場に存在する何かにぶつかった。
確か後ろはブロック塀だったような……
「どうする?
トキ君」
行くか、行かないか?
しかし、トキにとって拒む事の方が難しい問いかけだった。
その理由が、先ほどから話題の刺激。
そして、もうひとつ、引き篭もりからの脱出。
この2つが大きかった。
(この人、普通じゃねぇ……)
どう考えても変人。
そんな奴が目の前に現れる世界が存在するのだろうか。
否定したくはなる。
だが、これも理不尽な世の中では有り得ないと言い切ることは出来ない。
それを知っているトキは、自らに言い聞かせて納得し、興奮に発熱した頭に冷静を呼び戻した。
(そうか、どこにも無いからこの世界にあるのか……って、何かのゲームであったな!
でもこれは現実だ!)
雑念交えて考えつつ、芹真への答えを用意した。
「本当に……」
「期待してくれ。
君には才能があって、俺達には君の才能を芽吹かせるだけの才能と理由、それから必要がある」
トキの言葉を遮り、芹真は言う。
「大きな可能性を持っているんだ。君は」
「可能性?」
芹真の口から度々発せられる『可能性』というワード。
それが何を示すのか、トキは疑った。
一体、自分のどういった可能性に期待しているのか。
そもそも何をどのように考えて自分を必要としているのか。
「そうだ。可能性だ。
自分に与えられる選択肢のことだよ」
よくは理解できない。
理解はできないが、心の中ではおぼろげなイメージが組みあがり、感覚的には頷けた。
もしかしたら、自分が最も欲するものが“可能性”だったら?
先の見える人生より、先の見えない人生を歩みたい。
選択肢の残っていない現実に、新たな選択肢を加えることが出来たなら。
彼がそれを与えてくれるかもしれない。
もし、それを拒んだらどうなる。
聞き入れたらどうなる。
(でも……話がウマすぎないか?)
冷静さを取り戻してから考えてみた結果、不安がよぎった。
ずん、と再び重い音が響いた。
地面を走る振動。
揺れる電線。
それでも静かな住宅街が、どうにも不自然な気がしてならなかった。
芹真はそれを気にせず続ける。
「トキ君が引きこもっていた理由は、現実逃避。
それから、存在しないものへの憧れ。
違うかな?」
何度目かの質問に、嫌気を感じずには居られない。
しかし、的を射ていた。
言い逃れようと目論んでいた矢先、芹真は突如として急所に触れてきたのだ。
「それを知っているからこそ、君に新しい現実を教え、与えてあげるというんだ」
――現実。
さんざんに言われ、トキは決心した。
「面白そうな話でしたが、お断りしますんで。
それじゃ」
それ以降振り返ることも立ち止まることもせず、トキは全力で走り去った。
芹真という男が放った最後の最後、その台詞で踏ん切りがついた。
現実とは、人が与えることのできる範囲に限界がある。
それを軽々しく与えるなんて言える奴はそうそういない。否、いていい筈がない。
(あいつはやばい!
あんな危なそうな奴のところで働く人の気持ちが知れねぇ!)
さっきは突然すぎて混乱していたが、冷静になればおかしなことが一気に起こり過ぎであった。
雨に、謎の騒音。
偽赤十字に、芹真。
それからバイト勧誘。
(やってらんねぇ、この国も末期か?
危ないバイトなんてやってられっか!)
内心で叫び放題叫び、力の限り走り続けると、気がつけば家は目の前だった。
帰宅と同時に意を固める。
(当分、外出は控えよう……)
ただでさえ外出数が少ないのに、である。
あまり関わりたくない奴を完全に振り切ったと、この時は思っていた。
2度と会いたくないとも小声で呟いた。
しかし、そんなトキの決意も虚しく、この後、彼等からトキに関わってきたのだった。