灯りを読む旅人
大陸には、 人の“感情”が結晶化する現象があります。
悲しみは青い雨になり、怒りは赤い霧になり、孤独は街の灯りを少しずつ消していく。
多くの人はそれに気づきません。でも、ごく一部だけ「空気の変化」が見える人間がいる。
私も、その一人。
私は戦士ではありません。剣も強くないし、魔法も派手ではない。ただ、“消えかけた灯り”を見つける力がある。
例えば、誰にも言えず疲れている戦士、居場所をなくした鍛冶職人、夢を諦めかけた魔法使い、無理して笑っている僧侶。
そういう人の中にある、 小さな灯火を見つける。でも私自身は、自分の灯りの守り方を知らない。
灯りを音や匂いで“読む”。
そのスキルだけを手に旅をしている私の記録です。
ー灯りの消える街ー
5月24日
街の噂を聞いた。
訪れた人が、「なぜか心が重くなる」と言う。
おそらく今、目指している街だ。
心が重いというのは、不機嫌な人が近くにいる時のことか、それとも「役に立たないと価値がない」と落ち込むことか。
暑い日が続き春も終わりかと思っていたのだが、なんだこの寒さは。
頭の中のひとりおしゃべりは冷たい風によって切り上げられた。
ふと行く先を見るとひとりの旅人の姿が見えた。
「この先の街へ行くのか?」
「…そのつもり」
「あそこは人の住むところじゃない。まあ、今のうちにたくさん見ておくといい」
魔術師?いや錬金術師?靴やら絵描き道具やらたくさんの荷物を抱えた短髪の青年が、街と反対の方向へ歩いていった。
「そう言われたら、俄然興味が湧いてきた!」
私の好奇心は不安の少し上で落ち着きもなく踊っていた。
6月1日
ついに到着!日が落ちる前にたどり着くことができた。
「次こそ、手に職をつけてどこにいても人を助けられる自分の武器を身に着ける!」
そう意気込んで街の門をくぐった。
その瞬間、パンの美味しそうな匂いと、打楽器の軽快なリズムが耳に飛び込んできた。
賑やかな街だ。洋服も今まで見てきた街に比べて鮮やかな色が多い。大きな街だ。
そんな活気に溢れた街だが、心の奥が少しだけ冷えた気がした。
たくさん見て回りたい気持ちを抑えて、今日は宿屋で体を休める。
部屋で荷解きを終え、少しだけと思いベッドで横になった。
温かい布団と窓から入る風が心地よかった。移動の疲れもあり、気付けば目を閉じていた。
…あなたはいつも中途半端なんだから
…上手くいったのは私のおかげ。失敗は、あなたのせいに決まってるでしょ
誰かの声が聞こえる…?
心地よい風とは対照に、私の灯りは小さく冷たくなり震えているようだった。
6月2日
いつの間にか眠っていた。
あたりはすっかり明るくなっていた。朝だ。
では早速、散策!
…のまえに、手持ちが少なくなっていたのでまずは資金調達から。
この街での私の仕事場を探そうと思う。
この街は、通過地点ではあるものの郷に行っては郷に従えだ。何か違った角度で見えるものもあるだろう。
街の中心にある装飾品クラフトショップ、おしゃれ小物の武器屋、冒険者ギルドのクリエイト部など、ものづくりが好きな私の、興味が向くところに訪ねてみたが全て断られてしまった。それもなんだか、ハッキリしない理由でだ。
エネルギーも削れ、誰にも必要とされていないような気持ちになってしまった。
帰り道、
「やっぱり人混みは得意じゃないなあ」
と呟きながら一人歩いていた。
後ろから走ってきた人と肩がぶつかり「ごめんなさい!」と言ってそのまま駆け足で去っていった。私はその拍子に落とした筆が壊れてしまった。
この街は見たところ、人が多く時間の流れが早い。そんな中で謝ってくれたんだ、私もよそ見していたのかもしれないし、仕方がない。
今日は宿屋で早めに休もう。
6月4日
絵が好きなので美術品がたくさん並ぶお店を訪ねた。そこのお店の人は私と同郷で話が盛り上がりそのまま、そこで働くことになった。今日からここが私の職場だ。
ここに来るお客さんは、鮮やかな洋服に見合う明るさで元気よく絵を見て回っている。
ただその人々の持つ灯りの形が、常に大きく変形を繰り返している。
今まで読んだ灯りは、変形はあるものの常にいびつな形をし続けるものではなかった。
「なんだ?」
そう小さくつぶやきながら、仕事の作業を続けた。
6月7日
今日は仲間の働く防具屋へ。
生産サポートが得意なその仲間とは少し前に出会いこの街まで旅をともにした。
屋台が立ち並ぶその一角にお店はあった。
ゆっくりと扉を押し開けると、洋服だけでなく生活をちょっと豊かにする魔道具なんかも並んでいた。
店内は比較的静かで居心地の良い空気が流れていた。仲間とほかに2人働くものがいた。
最初に話したのは、風に揺られやすくポコポコ陽気に音を立てる灯りを持った、明るくて孤独な音楽家。
・短髪で薄い黒色。
・体形は細身。
・装飾品はまとわず薄い桃色の洋服を着ている。
そこに来るお客さんたちは話しかけやすいようで、気さくに会話をしていた。
ぼんやりと眺めていたら急に目が合ったので、私は慌てて
「あ、おじゃましています」
「あら!こんにちは。可愛らしい子が来たわね。あなた何してる人?」
「今は、時計台の前にある美術品のお店で働いています」
「確かに!働いてそうだもの、似合うわ〜」
「ありがとうございます…??」
そんな事を話していると、私の後ろを誰かが通った気配がした。
振り返るとここで働くもうひとりと目が合った。
その人は、静かでゆらぎの少ない灯りを持った、強いふりをしている鍛冶職人。
・長くまっすぐな黒髪。
・少し太さのある装飾品をいくつか身にまとっている。
・お客さんとも多くは語らず、でも的確に欲しているものを理解し導くことができる。
私はこんにちはとだけ挨拶を交わした。
6月14日
私は職場で新しい仕事仲間と出会った。
温度は高くは無いが柔らかく揺れて綺麗な形の灯りを持った、悲しみの匂いがする旅芸人。
・長髪を一つに束ねている
・私より少しだけ歳上
・人と明るく話すが落ち着いた印象もある
今日は私が業務の内容を教える。雑談もしてお互いのことも話した。
「今のあなたの生き方、本当に良いと思う。気になることはやってみた方がいい」
そう強く背中を押してくれた。
私とこの世界の見え方が近い人なのだろうと思ったりした。
6月17日
今日もこの街の“灯り”は変わらず不思議だった。
笑い声は多いのに、 どこか急ぎ足。
私は仕事が終わり、今日は寄り道したい気分だったので仲間が働く防具屋に顔を出した。
今日お店に居たのは明るくて孤独な音楽家だった。
たまにこうしてフラッと立ち寄るのだが、いつも少しお疲れ顔。風に揺られやすい灯りに疲労の膜が張っているような感じ。
「あら!来たわね、今日はどうしたの」
「仕事終わりに立ち寄ってみました」
「嬉しいわ〜、元気してた〜?」
「まあそれなりに」
私が辺りを見回す。
「今日はあなたのお仲間いないのよ。店番あの人と同じなんだけど……」
と話し始めた。どうやらお店の中に気の合わない人が居るようで苦労していた。
「あ、これ新商品ですか?」
「そう!変な形でしょう。手に取ってみていいわよ、見るだけタダなんだから」
一通り話して息抜きもできた私は店を後にした。
「また来るのよ〜」
そう元気に見送られた。
こうしてたまに顔を出すと元気になってくれているような気がして嬉しく思う。
6月20日
熱が出た。布団の中で、休日でよかったと胸をなで下ろした。
思い返せば熱が出るのは決まって休日だった。
その数日前には耳が痛くなるとか。体調を崩してから気づく。もう少し早めに気づきたいのだが、自分の灯りを読むのは苦手なのだ。
6月23日
仕事の日。少し歳上の旅芸人と店番が同じ日だった。趣味も私と合うようで、空き時間はずっと話していた。
何でもないいつも通りの会話が心地が良くて安心できる場所になっていく。
ただそんな日だった。
7月1日
私の職場にて。今日は体調がすこぶる悪い。
ただかなり顔に出づらい体質で、今までも周りに気づかれる事が無かった。
仕事の休憩時間にポーションやら何やら買いに行っていたら戻るのが遅くなってしまった。
私と同じく店番を任されている人に理由は伝えておこうと思い話していると、通りかかった店主にも聞こえたようだった。
今日の業務もあと少しで終わりという時間に店主が私の隣にやってきた。
「あのね、自分で解決しようとするのは素晴らしいこと。ただ、ここではそう肩ひじを張らずにね」
とだけ言って仕事に戻っていった。
その温かい灯りが、ただそこにいて良いと言われたようで、なんだか体から力が抜けていった。ずっと力が入っていたことに気がついた。
その夜、布団の中で今日の出来事を思い出した。
「灯りって分けあえるんだ」
知らなかった、というか気づいていなかった。
7月2日
今日は休日。生産サポートが得意な仲間に会って、昨日の出来事を話した。
「前から言ってるでしょーよ。」
「え?」
「あんた無自覚に分けてて無自覚に受け取らないんだもの、もっと人を頼っていいって言ってるよね」
「いやあ。どう頼ればいいか…」
「分かった。まずね、できるできないじゃなくて“頑張ればできる”を人に任せるの。そして…」
こうして、“自分の灯りの守り方”を伝えてくれた。
7月4日
仕事の日。昼食を取りながら、ふと思った。
この街に来て、仕事探しで最初に訪ねた装飾品クラフトショップや武器屋に断られた理由。
ずっと実力不足だと思っていた。でも“頑張ろうとした”からかもしれない。
本当の理由は違うだろうけれど、肩の力が抜けて呼吸しやすい環境が私の正解なのだろう。
紅茶を飲み干し窓の外に目を向けた。
この街の“灯り”は変わらず不思議だった。
スッキリした頭で、また仕事に戻った。
7月6日
仕事終わり。
なんとなく気持ちが晴れず寄り道をすることにした。
どこを目的地にするもしっくり来ないが、ひとまず博物館を目指した。
道の途中、
「この近くってお気に入りの本屋がある道だっけ。ということは美味しいあの店もあるぞ」
雑貨や香水が豊富な本屋に目的地を変更した。
気になる本を片っ端から手に取り、私の灯りが震えない穏やかな時間を過ごした。
そこから宿屋に帰るのだが、道を間違えた。
「いや待てよ…」
近くに貼られていた地図を見るといつもと違う帰り方を見つけた。
ここから少し行けば列車に乗って帰ることができる。
「駅にはかなり早く到着だろうけどゆっくり待てばいいか」
歩いて駅に向かった。
「このあたりのはずなんだけど」
同じところを何周かしている気がする。
日も落ちているので駅が見つけづらくなっていた。
歩いていると雰囲気の良いお店を見つけた。
古い小さな建物で窓から漏れる光がとても美しい。
お店の看板やメニュー表はなにも出ていなかった。夜でないと見つけられない静かで夜に煌めくお店だった。今度来てみよう。
そのお店を横目に、
「あ、あった!」
ようやく駅に到着した。
もうすっかり良い時間になっていたが列車はまだ来ていなかった。
「…なんだか良い香りがする」
駅の前にパン屋があった。匂いにつられ黒いメロンパンと三角のカレーパンを買い列車に乗った。
いつもより長い帰り道。
気が落ちそうなことも目の前の小さな灯りに癒されて、そんな自分も悪くないと思える日になった。
9月1日
この街最後の日。
挨拶は済ませてある。
出会った仲間たちはまだこの街で夢を追うらしい。
灯りを大きく変形させながら、分け合いながら。
私は今でも自分の灯りを読むのが苦手だ。
それでも以前より少しだけ、 誰かの灯りを借りてもいいと思えるようになった。
街の門をくぐると、再び大自然と青空が広がった。
「どうだった?あの街。人の住むところじゃなかっただろう?」
あの錬金術師がいた。
「…ううん、人がいた」
錬金術師は笑う。
「そうか」
ー次はどんな灯りに出会えるかな
それと、自分の灯りも。




