「日々新たに」
「書初め(かきぞめ)」それは
元日の朝に汲んだ縁起の良い水(初水)で墨をすり、その年の恵方に向かって詩歌やめでたい言葉を書く行事のことである
今やスマホなどのデジタル社会の時代 習字を志す人がどのくらいいるのかと思ったが逆に若い世代からも書初めをする 人たちも多いようだ
書初めをしょうと腰を上げるがそもそも書く題材がなければならない 「謹賀新年」などのありきたりなものでは少し筆が載らないというものである
ここにきて小説を書いてる私 辞書を開いたが やはり「これは!」というものが見つからなかった
アイディアを探しに馴染みの本屋さんに足を運んだ ここでほとんどのネタを探す 私にとって小説を書くうえでなくてならないお店である
ズラッと本が並ぶ背表紙に一際光るものを見つけた 実業家土光敏夫氏の書物である
その書物の中にいい言葉をみつける 「日々新たなり」それに私は決めた よく座右の銘に使われるが 東芝やIHIで経営の腕を振るった昭和の大経営者の土光敏夫さんの座右の銘もそれだと知った
土光 敏夫は、昭和時代の日本のエンジニア、実業家。だ
敏夫は、石川島播磨重工業(IHI)や東芝の社長を歴任し、日本経済団体連合会(経団連)会長も務めた大物実業家で、「ミスター合理化」「行革の鬼」と称され、国鉄などの民営化や「増税なき財政再建」を主導した行財政改革で国家再建に尽力した人物だ
土光が好んだ言葉に〈苟日新、日日新、又日新(まことに日に新たに、日々に新たに、また日に新たなり)〉があった。出典は中国の古典だそうな「その日その日を精いっぱい生きる。昨日を悔やむことも、明日を思い煩うこともない」と解釈をしていたという
不意の災いに合わせるとその「日に新たに」の言葉が重くのしかかる。
まさかのあの元日に大地震が襲ったとは誰が予想したであろうか。
いつ何が起きるか分からない、だから一日一日を大切にしなければならない。新年を迎えるたびに思い起こしたい。今日だけ、今だけではない よければそれでよしと誤った解釈ではないことを
私はその言葉とともに今年も必死に生きていかなければ




