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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第九章 守る者は声を荒げない


王妃エレオノーラは書簡を閉じると、しばらくそのまま動かなかった。


王妃の私室は城の奥にある。


豪奢ではないが調度は丁寧に選ばれていた。


静けさを好む彼女の性格が、そのまま空間になっている。


書簡の内容は、短い。


――神凪候補ノエリア

記録庫への無断立ち入りを確認。


事実だけが記され、感情は添えられていない。


だからこそ意図が透けて見える。


「……ずいぶん急ぐのね」


独り言は、誰にも聞かれない。


王妃はノエリアの顔を思い浮かべた。


幼い頃、城に来たばかりの少女。


緊張で肩を強張らせながら、それでも礼を忘れなかった子。


この子を役割だけの存在にする気か。


王妃は立ち上がり、窓辺に寄る。


雨はもう上がっていた。

雲の切れ間から、淡い光が差し込んでいる。


「アスベル」


名を呼ぶと扉の向こうで気配が動いた。


ほどなくして、王子が入室する。


「母上」


王妃は振り返らない。


「あなた、最近ノエリアと話していますね」


否定できない問いだった。


「はい」


「何を話しましたか」


一瞬の間。アスベルは言葉を選んだ。


「……彼女が、何を背負わされようとしているか、です」


王妃は、静かに息を吐いた。


「そう」


それだけだった。


だが、その一言に咎める色はない。


「覚えておきなさい」


王妃は、ゆっくりと振り返る。


「この国は神を敬ってきました。同時に人を守ってきた」


アスベルは、母の瞳を見る。


「神凪は、その両方に立たされる存在です。だからこそ――」


王妃は、はっきりと言った。


「壊れていい理由にはならない」


アスベルは深くうなずいた。


「私は、ノエリアを神に“差し出す”つもりはありません」


王妃の唇が、わずかに緩む。


「ええ。それでこそ、私の息子です」


 ***


一方、神殿。


神官たちは、非公式の場で集まっていた。


議題は一つ。


「神凪の成長が、想定より早い」


記録官が、淡々と告げる。


「記録庫に反応が出ています。あの書が再び“読まれた”」


年長の神官が眉を寄せる。


「呼応が始まったか」


「ええ。このままでは、“名”に近づく」


沈黙。


誰もが、その意味を知っている。


「ならば」


別の神官が口を開いた。


「段階を前倒しにするしかない」


「王家は反対する」


「王妃は特に」


それでも声は止まらなかった。


「だが神が溺れれば、国が沈む」


それが、彼らの論理だった。


人の心より秩序を優先する。


その決定が、静かに固まっていく。


 ***


その夜、ノエリアは部屋で一人本を閉じた。


読む文字は、もう意味だけでは入ってこない。


行間に、誰かの記憶が滲む。


「……今日は、来ないんですね」


返事はなかった。


だが、不在は分かる。


遠ざけられている。


それが誰の意思かも。


ノエリアは、胸に手を当てる。


怖さはある。けれど、それ以上に


「……まだ、呼ばない」


約束は守る。


たとえ周囲が急かしても。


誰かが彼女の時間を奪おうとしても。


ノエリアは、まだ境界に立っていた。


守られながら、同時に試されながら。


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