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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第三十四章 白紙は、祈りよりも重い


夜明け前の城は祈りの時間を待つ獣のように息を潜めていた。


ノエリアはまだ起きており、灯りを落とさずにいた。


窓辺の小卓、その上に置かれた白紙の本。


神凪の務めとして与えられたそれは、本来なら神の記憶を受け止めるための器だ。


だが今、何一つ書かれていない。


指先を伸ばしても頁は冷たいままだった。


「……今日も、何も書かない」


独り言のように呟いてノエリアは本を閉じる。


それは拒絶でもなく怠慢でもない。


ただ、書けないのだ。


言葉にした瞬間、記録として定着してしまうから。


感情が、制度の中に固定されてしまう事をノエリアは恐れていた。


神凪としてではなく、一人の人として。


すると扉の向こうで足音が止まり、軽く控えめなノックの音が聞こえた


「……ノエリア」


アスベルの声だった。


「起きてるよ」


返事は思ったよりも早く出た。


扉が開き、王子は一歩だけ中へ入る。


夜着のままの姿は昼間の公的な顔とは違い、年相応の青年に見えた。


「眠れなかったのか?」


「少し……考え事を」


アルベルトは白紙の本に視線を落とす。


だが、何も言わない。


それが彼の優しさだとノエリアは知っている。


「……アスベルは」


ふと、言葉が零れた。


「もし、忘れられるなら……忘れたい記憶はありますか」


アスベルは即答することはせず窓の外、まだ昇らない太陽の方を見る。


「あるよ」


静かな声だった。


「たくさんある」


ノエリアは少しだけ驚いた。


「でも、忘れてしまえば今の自分はここに立っていない」


彼は、ノエリアを見る。


逃げない目だった。


「だから、忘れないことを選ぶ」


「……辛くても?」


「辛いから、かもな」


ノエリアは、言葉を失った。


それは神官たちが語る“記憶の尊さ”とは違う。


もっと人間的で、不完全な理由。


「ノエリア」


アスベルは彼女の名前を呼ぶ。


「君は神のために全てを語らなくていい」


「……え?」


「白紙でいることも、一つの選択だ」


その言葉に胸の奥がわずかに痛んだ。


許された気がしたからだ。


それと同時に逃げ道を与えられたようでもあった。


「……それでも」


ノエリアは白紙の本を抱き寄せる。


「神は、覚え続けている」


「そうだな」


「私が語らなくても」


アスベルは小さく息を吐いた。


「だからこそ、君が必要なんだ」


ノエリアは顔を上げる。


「語るため、ではない」


アスベルは、はっきりと言った。


「“語らないこと”を選べる存在として」


その瞬間、空気が変わった。


神殿の奥の記憶庫。


セファ=ノアは、その言葉を“記録してしまった”。


語られない選択。


白紙という決断。


それは神の体系には本来存在しないものだ。


(……これは)


(整理できない)


神は、初めて理解する。


神凪が語らないという行為は神の負荷を減らすのではない。


“神に委ねる”という別の形の対話なのだと。




夜明けが、わずかに色づく。


ノエリアの白紙は、まだ白い。


だがその重さは、どんな祈りよりも確かに存在していた。


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