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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第三十章 神官は書かれなかった異変を恐れる


神殿の奥書庫は、昼でも薄暗い。


高窓から落ちる光は細く、書架の背表紙をなぞるだけで文字を照らしきれない。


そこにいる神官たちは皆、声を落として話す。


ここでは声そのものが“記録”になりかねないからだ。


「……最近、神の記憶の流れが不安定です」


そう口にしたのは若い神官だった。


彼は巻物を抱え、その端を無意識に握りしめている。


「整理の周期が、早すぎる」


年長の神官が応じる。


「神凪が語る前に記憶が沈もうとしている」


「それは、良いことでは?」


別の神官が言う。


「神が自ら整理しているなら負荷は減るはずだ」


年長の神官は、ゆっくりと首を振った。


「これは“整理”ではない。“選別”だ」


その言葉に場の空気がわずかに固くなる。


「忘れられるはずのない記憶が残されている」


「逆に取るに足らないはずの感情が深く沈んでいる」


若い神官が小さく息を飲んだ。


「それは……」


「神が“偏り”を持ち始めている兆候だ」


書架の向こうで紙がわずかに鳴った。


誰も触れていないはずの巻が、ひとりでにほんの少しずれた。


神官たちは、その音を聞かなかったふりをする。


見ていないことにする。


記録されない方が、まだ安全な異変もある。


「原因は、神凪でしょうか」


沈黙のあと、誰かが尋ねた。


年長の神官は答えなかった。


代わりに別の問いを投げる。


「神凪は、どこまで“人”でいるべきだと思う?」


誰も即答できない。


「語り部である以上、神と同調するのは避けられない。だが――」


言葉が、途切れる。


「近すぎれば神は記憶を“守ろう”とする」


「遠ければ、神は溺れる」


そのどちらも記録には残らない災厄だ。


若い神官が恐る恐る言った。


「王子殿下は神凪に寄り添いすぎているのでは……」


空気が、凍る。


年長の神官は静かに告げた。


「殿下の名はこの場で出すな。王子は制度の外にいる存在だ。だが――」


その先は言葉にしなかった。


書庫の奥で、また紙が鳴る。


今度は確かに“重さ”を伴った音だった。


神官たちは顔を上げる。


書かれていない異変。


記録できない兆し。


それを最も恐れているのは神でも、神凪でもない。


「……記録を急げ」


年長の神官は言った。


「残せるものだけでも残す。失われる前に」


だが、誰も気づいていなかった。


その“急ぎ”こそが神を追い詰める一因になることを。



同じ頃。


ノエリアは、自室で一冊の白紙の本を前にしていた。


何も書かれていない。


けれど、触れると胸の奥がざわつく。


「……これは」


彼女が息を吸った、その瞬間。


遠くで記憶神《セファ=ノア》が一つの判断を保留した。


忘れない神が、あえて“書かない”ことを選ぶ。


それは、かつてなかったことだった。


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