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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第三章 継がれるものは言葉では残らない


王城の書庫は、昼でも薄暗い。


高い天井と分厚い石壁が光を遮り、窓から差し込む陽は埃を照らすだけで床には届かない。


ノエリアが初めてここに足を踏み入れたのは城に来て間もない頃だった。


「怖くない?」


隣で小さな声がした。


当時のアスベルは今よりずっと幼く、王子としての威厳もなかった。


金色の髪が無造作に揺れ、好奇心と不安が入り混じった目で彼女を見ていた。


「……少しだけ」


ノエリアはそう答え、書架を見上げた。


天井まで積み上げられた書物は、まるで壁のようだった。


「ここ、全部“昔のこと”が書いてあるんだって」


「昔のこと?」


「うん。国のこととか、失敗したこととか、忘れちゃいけないこと」


アスベルは背伸びして一冊を引き抜こうとしたが、重くてびくともしなかった。


「ねえ、ノエリア」


「なに?」


「忘れなかったら、全部うまくいくと思う?」


唐突な問いだった。


ノエリアは少し考え、それから首を傾げた。


「……わからない。でも、覚えていないと、同じことを繰り返すかも」


「父上も、似たようなこと言ってた」


アスベルは、なぜか誇らしそうだった。


その時、奥から足音が聞こえた。


二人が振り返るより先に、低く落ち着いた声が響く。


「記録とは、正しさのために残すものではない」


国王だった。


子どもたちは慌てて背筋を伸ばす。


国王は二人を叱ることなく、書架に手を置いた。


「人は必ず間違える。だから、その“間違えた事実”を残す」


ノエリアは、その言葉をじっと聞いていた。


「覚えていれば苦しむ。忘れれば、また傷つける。その狭間で選び続けるのが国というものだ」


国王の視線が、ふとノエリアに向く。


探るようでいて、決して踏み込まない眼差し。


「この子はもしや?」


「父上、彼女はノエリアです。母上が……」


「知っている」


国王は短く答えた。


「だから、ここにいる」


それ以上は語られなかった。


だがその一言がノエリアの胸に深く残った。


――だから、ここにいる。


理由は告げられない。


けれど、理由があることだけは確かだった。


 ***


現在。


同じ書庫でノエリアは一人机に向かっていた。


幼い頃に見上げた書架は今も変わらない。


けれど、見えるものは増えた。


文字を追うたび胸の奥がざわめく。


知らないはずの出来事に懐かしさを覚える。


「……どうして」


小さく呟く。


覚えていない記憶。

体だけが反応する感情。


扉が静かに開いた。


「やっぱり、ここにいた」


アスベルだった。


「探しましたか?」


「あぁ。だいたい、ここか中庭かだと思っていたが」


彼は机の向かいに腰掛け、積まれた書を見た。


「また、そんな顔をしている」


「どんな顔ですか」


「……自分だけ、取り残されている顔」


ノエリアは否定しなかった。


「ねえ、アスベル」


「なんだ?」


「私、覚えすぎるのは、良くないことだと思いますか?」


王子は少し考え、それから静かに答えた。


「覚えすぎること自体は、罪じゃない。でも、整理できないまま抱えるのは……危うい」


ノエリアは、その言葉に微かに息を詰めた。


「だから」


アスベルは続ける。


「君が一人で抱えないように、ここにいる人間がいる」


ノエリアは、机に置いた手を見つめた。


――記録は残る。

――感情も、残る。


それをどう扱うかは、人に委ねられている。


まだ“神”の話は出てこない。


けれど、すでに運命は静かに動き始めていた。


忘れないことを選ばされた者の物語は


こうして、記録の中から始まる。


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