表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/38

第二十八章 王妃は記録されない祈りを持つ


王妃の部屋には記録が少ない。


壁に掛けられた織物も、窓辺に置かれた花も、歴代の王妃が残してきたはずの品々も、どれひとつとして「由来」が書き残されていない。


それは偶然ではなかった。


記録しないと決めているのだ。


王妃は、窓の外を見ていた。


書の国の朝は静かで紙を漉く水車の音だけが遠くに聞こえる。


「ノエリア」


呼ばれて、ノエリアは一歩、部屋に入った。


「お呼びでしょうか、王妃様」


形式ばった言葉。


だが、王妃はそれを嫌わなかった。


距離は時に必要だから。


「こちらへ」


促され、ノエリアは窓際に立つ。


王妃は彼女を見つめる。


柔らかな銀灰の髪。

幼い頃よりも落ち着いた表情。

それでも、まだ少女の線が残る横顔。


「……痩せましたね」


ノエリアは、少しだけ肩をすくめた。


「気のせいです」


「そういう返しを覚えたのですね」


責める調子ではない。


王妃は椅子に腰を下ろし、ノエリアにも向かいの椅子を示した。


「語り部の務めは、どうですか」


「……難しいです」


それ以上は、語らなかった。


王妃は、深く追及しない。


「あなたが城にいる理由、忘れてはいませんね」


「はい」


ノエリアはうなずく。


「神凪候補として、王家が預かっている」


それは表向きの理由。


王妃は、その先を知っている。


「あなたは神に近づきすぎてはいけない」


その言葉は、冷たくも、厳しくも聞こえた。


ノエリアは、視線を落とす。


「……わかっています」


王妃は、しばらく黙っていた。


やがて静かに言う。


「でも」


声が、ほんの少しだけ揺れた。


「あなたを神に“取られたくない”とも思っています」


ノエリアは、顔を上げる。


王妃の表情には王族としての仮面はなかった。


ただ、一人の母の顔。


「私は王妃です。この国の安寧を願う立場です。それと同時に」


一瞬、言葉を探す。


「アスベルの母でもあります」


ノエリアの胸が、わずかに痛んだ。


「あなたは、あの子の婚約者です。だから」


王妃は、はっきりと言った。


「人として、生きてほしい」


その言葉は、どの記録にも残らない。


残せば、それは「国是」になってしまうから。


「……神凪は」


ノエリアは、慎重に言葉を選ぶ。


「神に仕える存在だと、教えられました」


王妃は、首を振る。


「神凪は人です。人が神と向き合うための形に過ぎないの。忘れないで」


ノエリアの手を、そっと取る。


「あなたが壊れれば、この国も壊れます」


ノエリアは指先に伝わる温もりに思わず息を詰めた。


それは神の声とは違う。


重くもなく逃げ場のないものでもない。


ただ、確かに“生きている”温度。


「……ありがとうございます」


ノエリアは、そう言うことしかできなかった。


王妃は微笑んだ。


「祈りは、記録されない方がいいこともあるのです」


その日、王妃は何も書き残さなかった。


ノエリアも、その会話を語らなかった。


だが、神殿の奥で記憶神《セファ=ノア》は“語られなかった祈り”を確かに感じ取っていた。


整理できない感情が、また一つ増えたことを。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ