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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第二十三章 王子が選ばなかった言葉


朝の城は静かだった。


人の動きはあるが声は抑えられ足音も軽い。


アスベルは執務室の窓辺に立っていた。


窓から見えるのは中庭であり、石畳の上を神殿へ向かう神官たちが通っていく。


ノエリアも、あの先にいる。


そう思うだけで胸の奥がわずかに沈んだ。


「アスベル」


背後から声がかかる。


国王だった。


「昨夜も、神殿に灯りがあった」


責める口調ではない。


ただ、事実を確かめる声。


アスベルは振り返らずに答えた。


「ええ。神凪は務めを果たしています」


国王は、少し間を置いた。


「……お前は、それをどう思う」


アスベルは、即答しなかった。


窓の外を見る。

風に揺れる木々。

変わらない城の朝。


「正しいと言うべきなのでしょう」


「だが」


国王の声が低くなる。


「“正しい”だけでは人は守れない」


アスベルは国王にゆっくりと向き直った。


「だからこそ父上はノエリアを城に置いたのでしょう」


国王は否定しない。


「神凪としてではなく、王子の婚約者として“人の場所”に留めるためです。それでも」


アスベルは言葉を選ぶ。


「神は、彼女を必要としている」


国王は、深く息を吐いた。


「……神は、国を守る存在だ」


「ええ」


「だが、国は人で出来ている」


その言葉は、かつて幼いアスベルに語ったものと同じだった。


アスベルは、静かに続ける。


「ノエリアは人として神に近づいている。それを断てば彼女は壊れてしまいます」


「近づきすぎれば」


国王は言う。


「神の側に、引き寄せられる」


沈黙が落ちる。


二人とも、それを知っていた。


「……だから、私は」


アスベルは言葉を止めた。


言えばいい、「やめてほしい」と。


「危険だ」と。「婚約者として心配だ」と。


どれも、嘘ではない。


だが、アスベルはそのどれも口にしなかった。


「私は、選ばない」


国王は眉をわずかに動かす。


「止める言葉も、背を押す言葉も」


アスベルは、はっきりと言った。


「彼女が語るなら聞きます。迷うなら待ちます。それ以上はしません」


それは王子としては不完全な答えだったが人としては誠実だった。


国王はしばらくアスベルを見つめ、やがて小さく笑った。


「……難しい道を選んだな」


「はい」


アスベルも、わずかに笑う。


「でも、それしか出来ません」


国王は、窓の外を見た。


「神は、選べない」


「ええ」


「だが、人は選ぶ」


その言葉は息子への問いであり、祈りだった。


その夜。


アスベルは城の回廊でノエリアとすれ違う。


「……お疲れさま」


ノエリアは少し驚いた顔で微笑む。


「アスベルも」


一瞬、言葉が途切れる。


アスベルは何も聞かなかった。


神のことも、夜のことも。


代わりに、ただ言った。


「寒くなる。部屋に戻った方がいい」


ノエリアは、少しだけ目を伏せる。


「……ありがとう」


それだけで、十分だった。


選ばなかった言葉が、二人の間に確かに在った。



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