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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第十八章 花嫁という言葉が母の口から語られる夜


王妃の私室は城の奥にあった。


華美ではない。


だが、柔らかな灯りと布の重なりがここが「守る場所」であることを示している。


ノエリアが呼ばれたのは夜も深まった頃だった。


「お入りなさい」


扉の向こうから聞こえた声は、いつもと同じ、穏やかなもの。


「失礼します」


一礼して入ると王妃は窓辺に立っていた。


夜の庭を見下ろしながら背中越しに言う。


「座って」


ノエリアは指示に従った。


沈黙が落ちる。

その沈黙は、問いかけの前触れだった。


「今日、アスベルが書庫に行ったそうね」


ノエリアの肩が、わずかに揺れる。


「はい」


否定はしなかった。


王妃は、ゆっくりと振り返る。


その目には責める色も、怒りもない。


ただ、確かめるような静けさがあった。


「あなたは、あの子に何を与えていますか?」


問いは、鋭かった。


ノエリアは、すぐには答えられなかった。


「……答えになっていないかもしれません」


それでも、言葉を探す。


「記憶を。迷いを。選ばなければならない未来を」


王妃は、ふっと息を吐いた。


「随分と重いものね」


そして、静かに告げる。


「それは本来、神凪が王子に与えるものではありません」


ノエリアは目を伏せた。


「分かっています」


「いいえ」


王妃は、はっきりと言った。


「分かっていない」


ノエリアは、顔を上げる。


王妃は椅子に腰を下ろし彼女と視線を合わせた。


「ノエリア。あなたは“神の花嫁”と呼ばれる立場です」


その言葉に胸が締め付けられる。


「だが、それは、あなたが神に嫁ぐという意味ではない」


ノエリアは息を止めた。


「この国で、その言葉が生まれた理由を知っていますか?」


首を横に振る。


王妃は、ゆっくり語り始めた。


「昔、神凪は“器”と呼ばれていた。感情を持たず、記録し、繋ぐだけの存在として」


指が膝の上で組まれる。


「けれど、それでは続かなかった。神も、人も、壊れた」


ノエリアは思い当たる記録をいくつも思い出していた。


「だから、この国は言葉を変えた」


王妃は、静かに言う。


「“花嫁”と」


ノエリアは戸惑いを隠せなかった。


「それは、縛るための言葉では?」


王妃は、首を振った。


「守るためよ」


はっきりと。


「神にとっても、人にとっても」


ノエリアの胸に、その言葉が沈む。


「花嫁とは選ばれる存在ではない。選び続ける存在よ」


王妃は、彼女の手にそっと触れた。


「あなたは神を選ばない。けれど、神から目を逸らさない」


その距離感こそが制度だった。


「そして――」


声が、少しだけ柔らぐ。


「あなたは私の息子の花嫁でもある」


ノエリアは唇を噛んだ。


「王妃様……私は」


「知っています」


王妃は、微笑んだ。


「あなたが、どれほど迷っているか」


その微笑みは、母のものだった。


「だから、はっきり言っておくわ」


王妃は、目を逸らさない。


「私は、あなたを神に“取られたくない”」


ノエリアの心臓が、大きく跳ねる。


「それは……」


「母としての、わがままです」


王妃は、そう認めた。


「国のためでも、信仰のためでもない」


一拍置いて。


「けれど王妃として言えば、あなたを無碍に扱う神官がいれば私は許しません」


その声には揺るぎがなかった。


「あなたは道具ではない。神の所有物でもない」


ノエリアの目が潤む。


「……ありがとうございます」


「感謝はいらない」


王妃は、手を離した。


「覚えておきなさい。“花嫁”という言葉は、あなたを縛るためではなく、あなたが選ぶためにある」


ノエリアは深く頷いた。


「はい」




部屋を出るとき背後から声がかかる。


「ノエリア」


振り返る。


「もし、選びきれなくなったら」


王妃は静かに言った。


「人の方に戻ってきなさい」


その言葉は祈りだった。


廊下に出たノエリアは胸に手を当てる。


花嫁。


その言葉が少しだけ違って聞こえた。


選ぶ者。


彼女は歩き出す。


記憶を抱えたまま。

愛と距離を、測り続けながら。


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