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忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


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第十六章 記録に残らなかった神凪たち


書庫の奥は、いつも冷えていた。


火を入れることが許されない場所。


紙と記憶を守るために温度は一定に保たれている。


ノエリアは羊皮紙の束を胸に抱えたまま動けずにいた。


そこに書かれているのは神凪たちの「役目」ではない。


祈りの文言でも、儀式の手順でもない。


断片だった。


「今日は、声がうまく出なかった」

「神は優しかった。だから余計に、つらい」

「王子の手を取ったとき、少しだけ人に戻れた気がした」


どれも正式な記録ではない。


神殿の年表にも聖典にも載らない言葉。


「どうして、残っているんですか」


ノエリアの問いは宙に溶ける。


だが今夜は違った。


空気がわずかに震える。


――残したかったからだ。


声は、はっきりとした形を持たない。

それでも、ノエリアにはわかった。


「忘れられないから……?」


――忘れられるべきではないと思った者がいた。


ノエリアは、ゆっくりと息を吐いた。


「神凪は、記録の一部じゃない」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

それでも、胸の奥が痛む。


「……私は、どうなるんでしょう」


返事は、すぐには来なかった。


長い沈黙のあと、ようやく。


――お前は、まだ“選ばれていない”。


ノエリアは眉をひそめる。


「でも、皆はもう……」


――周囲が決めた未来と、記憶が定めた未来は違う。


その言い方に、彼女は違和感を覚えた。


「記憶が……定める?」


――覚えている者は、流れを変えることができる。


ノエリアは、紙束を机に置いた。


「それは、救いですか?」


沈黙。


重く、深い間。


――それを決めるのは、神ではない。


その答えに、ノエリアは小さく笑った。


「……ずるいですね」


――知っている。


そう言った気配には、かすかな疲労が滲んでいた。


ノエリアは、椅子に腰を下ろす。


「ここに書かれている人たち、皆…名前が途中で消えています」


記録は、ある時点で途切れている。


神凪としての役目が始まる前に。


「まるで、“人”だった時間が、消されたみたい」


――消したのではない。


「じゃあ、どうして?」


――残せなかった。


ノエリアの指が、紙の縁をなぞる。


「残す価値がないと、判断された?」


――“耐えきれなかった”と、判断された。


その言葉に、胸が締めつけられた。


「それは……弱かった、という意味ですか」


――違う。


きっぱりと、否定が返る。


――覚えすぎた。


ノエリアは、目を伏せた。


「……それって」


言葉が、続かなかった。


覚えすぎた者は、壊れる。

忘れられない者は、前に進めない。


それは、神だけの話ではない。


人も、同じだ。


「なら……」


ノエリアは、顔を上げる。


「私は、あなたのために語るんですよね」


返事はない。


だが、空気がわずかに緩んだ。


「整理するために。抱えきれなくならないように」


――そうだ。


「でも、それって……」


ノエリアは、言葉を探す。


「私が、あなたの“外側”になるってことですよね」


沈黙が肯定だった。


ノエリアは、しばらく何も言わなかった。


やがて、静かに告げる。


「……それでも、いいです」


声は震えていたが、逃げてはいなかった。


「忘れられるより、ずっといい」


その瞬間、書庫の空気が、確かに変わった。


重なりすぎていた記憶が、わずかにほどけた感覚。


――ノエリア。


「はい」


――お前は、まだ戻れる。


彼女は、首を振る。


「戻れる場所があるから選べるんです」


城。


王妃の微笑み。


アスベルの不器用な優しさ。


「だから、私はここに来ました」


その答えに、神は何も言わなかった。


ただ、世界の奥で記憶が静かに整えられていく。


この夜ノエリアは知った。


神凪とは、選ばれた役目ではない。


選び続ける立場なのだと。


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