第十二章 神凪は誰のものか
神殿の会議室には朝の光が差し込んでいた。
高い天窓から落ちる光は柔らかいが集まった者たちの空気は硬い。
円卓を囲むのは、神官長、副神官、記録官たち。
そして国王の代理として席に着くアスベル。
議題は、ただ一つだった。
「神凪ノエリアの扱いについて」
神官長が口を開く。
「記録が進むにつれ、神との対話頻度が増しています。このままでは神凪が“個”として神に取り込まれる危険がある」
「それは危険なのですか」
アスベルは、淡々と問い返した。
「神凪は神と対話する存在です。それ自体は制度の中にある」
副神官が言葉を継ぐ。
「度合いの問題です。記憶神は特異だ。抱え込む性質が強い。神凪が近すぎれば神の記憶が流れ込む恐れがある」
「それは神凪を守るための意見ですか」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……結果的には」
歯切れの悪い答えだった。
アスベルは椅子にもたれ、静かに言う。
「確認します。あなた方は、ノエリアを“神の器”として危惧している。だが同時に、“国の資産”として管理したい」
神官の一人が眉をひそめる。
「王子、その言い方は――」
「違いますか」
否定は来なかった。
「神凪は誰のものなのです」
その問いは空気を切り裂いた。
神官長が低く答える。
「神のための存在です」
別の神官が続ける。
「国の安寧のためでもある」
アスベルは、ゆっくりとうなずいた。
「では、本人は」
誰も答えなかった。
「……なるほど」
アスベルは立ち上がる。
「父王の意向を伝えます」
神官たちが姿勢を正す。
「神凪は神のために在る。国のためにも在る。だが、それ以前に“人である”」
彼は、はっきりと言った。
「人であることを奪う解釈は国として認めない」
神官長が、わずかに目を細める。
「王子。それは、神に逆らうことになるかもしれません」
「逆らいません」
アスベルは即答した。
「神と争う気はない。ただ、線を引くだけです」
会議は、結論を出さないまま終わった。
だがその日以降、神殿では確かに二つの考えが並び立つようになる。
神凪は、神のものか。
それとも、人のものか。
その問いが、やがて神自身に向けられることを、この時誰もまだ知らなかった。




