表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れない神に別れを告げる ―記憶神セファ=ノアと神凪ノエリアの物語―  作者: 宵待 桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/35

第十一章 王子であることは選ぶことではない


王城の執務室は夜になるとひどく静かだった。


昼間は報告と命令が行き交い、紙と声に満ちている場所だが、今は暖炉の火が小さく鳴るだけで時間がゆっくりと流れている。


アスベルは、机の前に立っていた。


向かい側には国王が座っている。


書類に目を落としたまま、息子を見ようとはしない。


その態度が、逆に緊張を強めていた。


「神殿の記録が始まったそうだな」


先に口を開いたのは国王だった。

問いではなく、事実確認の声だった。


「はい」


「ノエリアは?」


「……落ち着いています」


国王はそこで初めて顔を上げ、アスベルを見た。


その目には父としての感情よりも、統治者としての冷静さが色濃く宿っている。


「それは良い。壊れては困る」


アスベルの指先が、わずかに強張った。


「父上」


「言いたいことがあるなら、言え」


許可は、簡潔だった。


「神凪は記録される存在です。でも……それだけではありません」


国王は黙っている。


「ノエリアは考えています。理解しようとしています。神のことも、国のことも、自分の立場も」


アスベルは一歩踏み出した。


「だからこそ、彼女を“手順”として扱うのは――」


「それ以上は誰に向けた言葉だ」


国王の声は低く、遮るようだった。


アスベルは言葉を詰まらせる。


誰に向けたものか。神官か。神か。


それとも、王である父か。


「……私自身です」


ようやく、そう答えた。


国王はしばらく黙り、やがて椅子にもたれた。


「アスベル。お前は王子だ」


「承知しています」


「王子であることは選ぶことではない。生まれた時点で、すでに背負っている」


その言葉はノエリアが感じた“決まっていた流れ”とよく似ていた。


「だがな」


国王は、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。


「背負い方は選べる」


アスベルは息を呑んだ。


「神殿は神凪を管理する。国は神凪を守る。だが、人として寄り添う者がいなければ、どちらも空になる」


「それを、私にやれと?」


「お前以外に誰がいる」


国王は静かに言った。


「私は王だ。神官を押さえることはできる。だが、日々の言葉までは与えられない」


アスベルは、深く頭を下げた。


「……承ります」


「ただし」


国王の声が鋭くなる。


「神と競うな。神を否定するな。お前が守るのは、ノエリアの“人としての場所”だけだ」


その夜、アスベルは神殿へ向かった。


許可は必要なかった。

王子であることは、時に重く、時に便利だった。


回廊の先、灯りの落ちた書庫にノエリアはいた。

膝の上に本を広げ、だが文字は追っていない。


「……アスベル?」


声に気づいて、彼女が顔を上げる。


「どうしたの、こんな時間に」


「話したかった」


それだけで、十分だった。


アスベルは彼女の向かいに腰を下ろし、しばらく黙ってから言った。


「君は、選ばれたわけじゃないと言った」


ノエリアはうなずく。


「でも」


アスベルは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「選ばれていなくても君はここにいる。ここにいることを俺は否定しない」


「アスベル……」


「神が君を必要とするなら、それは神の問題だ。国が君を必要とするなら、それは国の問題だ」


彼は、まっすぐに彼女を見た。


「でも、君が人であることは俺の問題だ」


ノエリアの目が、わずかに揺れる。


「私、迷ってる」


「いい」


「怖い」


「当然だ」


アルベルトは、迷いなく言った。


「それでも君が君でいられる場所を俺は用意する。王子として、婚約者として、幼なじみとして」


彼女はしばらく黙ってから、小さく笑った。


「……ありがとう」


その夜、ノエリアは久しぶりに少しだけ眠れた。


神がすべてを覚えている世界で人が忘れずに寄り添うことが、まだ許されていると知ったから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ