掌編・「奇跡のバイオリン」
音楽療法士の私は、糸川英夫さんばりに、バイオリンづくりのプロなのだ。
日ごろから「癒しの音楽」というテーマを追求し続けていて、電子音ではどうしてもある種のノイズが生じるのであって、完璧な癒しのためには、自然素材の”楽器”が必要…そういう結論に至ったのだ。
バイオリンという楽器を選んだのは、もっともポピュラーで、バッハの「G線上のアリア」という名高い名曲、バイオリンのG線だけの演奏を想定していて、その美しい旋律を、自律訓練法のBGMによく使う…そういういわれを、まあ踏襲したのだ。
”癒しのバイオリン”、それを設計、自作して、自ら演奏して、そのコンサートを開き、聴衆をその場で癒す…マイケルジャクソンばりに、「Heal the world 」を究極目標にしているのだ。
イメージしたことは実現する、というような潜在意識の心理学にも通暁している私は、ひたすらその「聴衆を癒している私」というイメージを脳みそに焼き付けた。 マーフィー理論はユングの換骨奪胎?だろうが、マズローの”至高体験” peak experience も、音楽という抽象芸術を、その呼び水とすることで惹起しやすくなるのであり…そういうような割と怪しげな?理論づけもできていた。
音楽の癒し、と言うと、モーツァルト効果が有名。 モーツァルトのシンフォニーとかは、2万khz以上の高周波数の音源で作曲されていて、その科学的な効果が、特に脳や神経を癒すわけである。
アートセラピー、は、一般的には意味が異なっていて、自由に描画したりすることで、精神的カタルシスを得て、ノイローゼなどが軽快する…アリストテレスの演劇論にも通じる。 芸術は表現で、マズロー的な自己実現、シュープリームな、もっとも上澄みな、行動で、それゆえに携わることが、一種の秘儀的な、悪魔的な?天使的な?なんらかの効果をもたらすのか?
ともあれ、「耳をすませば」というシネマがあったが、ああいう職人気質な作業への憧れもあり、で、かなりマニアックな夢という「自分にしかできない」そういう自負とやりがいも相俟って、…私は、「夢のバイオリン作り」にdevote myself 一意専心したのだ。
… …
エジソンは、フィラメントの適当な素材を探求して、日本の竹を使ったりしたらしい。
私も、様々な素材で試行錯誤した挙句に、特殊なピンククリスタル、アフリカの人跡未踏の奥地で採取される、ある宝石の奏でる周波数と音色が、ベストだということを発見したのだ!
専門的、理論的な話は、学術論文に譲る。 英文の科学雑誌に、掲載されて、反響を呼んだ。 「文字通りの福音伝導者」と、私を紹介してくれた雑誌もあったのだ。
3年後に、件のヴァイオリンは、最終的に完成して、日本武道館で、私がたったひとりでお披露目の演奏会を催した。
「こんばんは。 ヴァイオリンは、ほぼ素人です。(聴衆笑う)が、このヴァイオリンはただの楽器ではない。 美しい音楽を奏でるのは普通の楽器。 演奏するのも普通の人。 私も凡人ですが、(聴衆笑う) この楽器については、なみなみならぬ思い入れを持って、彫心鏤骨して、自分の魂をすべて込めました。
が、このヴァイオリンは、この一回しか弾くことができないのです。 なぜか?
このピンククリスタルは、きわめて希少な金属で、このヴァイオリンを一台作るのがやっとだった。
で、脆い。
一度演奏すると、ばらばらにばってしまう。
ですが、シミュレーションした結果、どういう精神的な疾患にも劇的な効果をもたらして、88%の確率ですべてを完全に治癒させる…そういうことがわかっています。
僭越にも私ごときが、こうやって独奏の栄誉を担っているのは、そういう来歴からなのです… …」
https://youtu.be/thQWqRDZj7E?si=4NtMePhu7oHkjxpUhttps://youtu.be/thQWqRDZj7E?si=4NtMePhu7oHkjxpU
演奏は4分弱続いた。「G線上のアリア」の、その”奇跡のヴァイオリン”によるたった一度の演奏は、厳かに執り行われ、静かに終息した…
終了とともに、ヴァイオリンは音もなくぼろぼろと砕け散った!
が、世界中に中継されたその演奏により、すべての病苦と業病、あらゆる精神的な苦悩、精神的な葛藤に来歴するすべての人類の災厄は、たった4分間で、すべて一掃されたのだった…
<了>




