第2話:午前10時、Excelが爆発した日
今日、午前10時。
売上報告ファイルが爆発した。
Excelの地獄絵図。
それが山田健太のモニターだった。
正確には、数値が全てマイナスに跳ね、グラフが踊り狂った。
隣でニヤつく花澤彩香、通称毒華が、『山田のミスだ』と上司にチクる。
だが、これは彼女の策略。
ピンクのネイルで改ざんした痕跡が残り、職場の空気が張り詰めた。
***
蛍光灯の冷たい光が、オフィスを監視者のように照らす。
私のデスクから少し離れた場所で、山田健太が慌てふためいている。
入社2ヶ月、Excelはまだ不慣れな新人が、売上報告のファイルを手に震えている。
隣では、花澤彩香、毒華と呼ぶお局様が、ピンクのフリルとネイルを輝かせてニヤついている。
「山田く~ん♡ このエクセル故障したみたい。」
くすりと笑って、もう一度画面を覗き込む。
「ねぇ、山田くん。この数値、おかしいわよ?」
オフィス内に毒華の猫撫で声が除夜の鐘のように響き渡る。
山田の画面には、赤いエラーが点滅。
売上データがマイナスに飛び、昨夜彼が入力したはずの数値が崩壊している。
「え、僕…僕が?」
山田の声が震える。
毒華の唇が歪み、「新人なんだからミスもするわよねぇ。上司に報告しなきゃ」と毒を吐く。
——また始まった。
Excelより厄介なのは、人間のエラーね。
私はデスクから立ち上がり、山田のそばに寄る。
「待って、山田さん。急がないで。」
「斎藤さん…」
山田が困った顔で私を見る。
蛍光灯の光が背中を冷やすが、放っておけない。
冷めたコーヒーを一口。
闘志が湧く。
「このデータ、僕が昨夜入れたはずなんです…」
山田が呟く。
「じゃあ、確認してみよう。」
私は山田のファイルを引き取り、数式をチェック。
売上合計のセル(=SUM(B2:B10))がゼロに。
上司が求めたのは昨日の数値(1500万円)のはずだ。
マクロを走らせて修復版を作成。
VBAで修復マクロを組み、別ファイル(Repair_Sales.xlsx)にバックアップした。
「山田さん、ここが変だよ。」
私は修復データを山田に見せる。
「どこがですか?」
山田が目を丸くする。
「B5セルの単価が1000円から-1000円に変わってる。タイプミスじゃないよ。」
私はセルを指す。
山田が青ざめる。
「え、自分のミスじゃない…?」
「待って。」
私が言うと、山田が慌ててスマホを取り出す。
「昨日、全体をスクリーンショットしてあるんです。念のためって。」
画面に映る昨日のデータ。
B5セルは確かに1000円。
「これ…誰かが編集したかも。」
山田の声が小さくなる。
「そうだね。編集履歴を見てみよう。」
私はExcelを開き、変更履歴を確認。
昨夜の山田の入力ログと、朝10時ちょうどの「未確認ユーザー」による改ざん記録。
「これで決まりだ。」
私は山田に頷く。
午後の報告会議。
毒華はフリルを揺らし、上司の隣で、勝ち誇ったように髪をかきあげた。
「やっぱり新人は信用できませんね」
その瞬間、私はUSBを差し込む。
ディスプレイが私の闘志を形にした剣に変わる。
——会議室の空気が、変わった。
プロジェクターの光が白く壁を照らす。
「売上報告のミスについて、説明します。」
声がオフィスに響く。
上司の目がディスプレイに注がれる。
「これは山田君のミスではありません。変更履歴とスクリーンショットをご覧ください。朝10時、未確認ユーザーが数値を改ざんしたと思われます。」
会議室の時間が止まった。
ざわ…と波が広がる。
Excelより早くフリーズするのは、人間らしい。
「ログに記録されています。花澤さんが山田さんのファイルを触った証拠です。」
私は山田のスマホを掲げる。
「知らないです! 山田さんのミスよ!」
毒華の声が震え、笑顔が凍る。ネイルが虚しく光る。
「花澤さん、これはどういうことだ?」
上司の眉が上がる。
「誤解です! 確認しただけ…!」
毒華が言い訳しながら、フリルの裾を絞るように握る。
「他の人のデータを勝手に触らないように。」
上司の言葉が響く。
山田がホッとした顔で私に感謝の目を向ける。
「斎藤さん、ありがとう…」
同僚たちがこっそり近づき、画面の変更履歴やスクリーンショットを頷き合う。
「やっぱりね…」
「あいつの仕業か」と囁き合い、私と山田に温かい視線を向けてきた。
その視線に温かさを感じ、心でガッツポーズ。
日々巻き起こる事件。
毒華の背中を見ながら、「退屈しない職場だな」と呟く。
明日もオフィスは平和——なわけがない。
次の標的は、私だ。




