第1話:事務職あるあるコピー機ジャム事件
午前9時。
白い蛍光灯が、無機質な光でオフィスを支配していた。
まるで、感情を許さない冷たい監視者のように。
デスクには昨夜の残業の残骸。
冷え切ったマグカップ。
散らばった付箋。
エアコンの微かな送風音が、息を潜める私の心臓の鼓動と重なる。
私は斎藤 涼子、事務職3年目。
Excel・Word・PowerPointは得意だけど、あの人の前ではいつも自信が揺らぐ。
この静寂は、まるで毒華の支配する小さな社会の縮図。
誰もが彼女の気配に怯え、声を殺す。
その静寂を、甘ったるい声が切り裂いた。
「斎藤さぁん、ほんっと素敵〜♡」
私の指が、キーボードの上で凍りつく。
背筋に冷たい棘が走る。
ピンクのフリルが揺れる背中。
彼女は花澤 彩香。
職場を支配する「お局様」。
通称:毒華。
甘い香水は、まるでオフィス全体を絡め取る霧のカーテン。
鼻を刺し、胸を締め付ける。
彼女の笑顔は、まるで獲物を品定めする肉食獣の目。
「涼子、コピー機詰まったから片付けてよ〜。私、忙しいの!」
ガタン!
コピー機の赤いエラーランプが、まるで毒華支配を告げる警告音のように点滅する。
コピー機トレイからグシャグシャに詰まった紙が溢れ、機械の奥で唸るローラーにピンクの派手なデザインチラシが絡まる。
毒華の私用印刷のせいで、みんなの仕事が止まる。
事務職なら誰もが知る、苛立ちの瞬間だ。
私の心が叫ぶ。
「また私に押し付け!?」
だが、毒華の猫撫で声に気圧され、言葉は喉の奥で凍りつく。
オフィスは、まるで毒華の王国。
コピー機のジャムは、彼女の無責任さが撒き散らす混乱の象徴だ。
彼女のフリルが揺れるたび、まるでこの閉塞した空間をさらに締め上げる鎖の音が聞こえる。
「あなた、早くしてよ。使えないんだから!」
毒華の言葉が、刃のように突き刺さる。
周囲の同僚は目を伏せ、誰も助けてくれない。
このオフィスは、彼女のルールで回る小さな社会。
私は、ただの操り人形――だった。
いや、もう嫌だ。
このままじゃ終われない。
私は奥歯を噛み締め、冷めたコーヒーを一口。
苦い液体が、静かに私の闘志を呼び覚ます。
コピー機の前で、マニュアルを貪るように読み漁る。
埃っぽい紙の感触、インクの匂い。
私の指は震えるが、止まらない。
そして、見つけた。
印刷ログ。
毒華が「テスト印刷」と偽り、100枚以上の私用チラシを刷っていた証拠。
ディスプレイの光が、まるで私の反撃の希望を映し出す。
Excelを開き、ログを整理。
数字は、まるで私の声を代弁するように、毒華の嘘を赤裸々に暴き立てる。
「これ、私の武器だ。」
午後の報告会議。
毒華はいつものようにフリルを揺らし、上司の隣で笑う。
私は深呼吸し、印刷ログの表を提出する。
ディスプレイに映る数字は、まるで私の闘志が形になった剣。
「コピー機の不具合原因、こちらです。」
私の声は、初めてオフィスに響いた。
上司の目がログに釘付けになる。
「これは…私用印刷? 誰だ?」
毒華の笑顔が、初めて凍りつく。
「え、知らないです!私じゃない!」
だが、彼女の声は震え、ネイルのキラキラが虚しく光る。
「ログに記録されてます。彩香さん、100枚以上の私用チラシ。」
上司の眉が上がる。
「次やったら処罰だ。」
毒華のピンクのフリルが、まるで敗北の旗のようにしぼむ。
周囲の同僚が、チラリと私を見る。
その視線に、初めて「認められた」温かさを感じた。
私は心でガッツポーズ。
ディスプレイの光が、私の小さな勝利を祝福するようだった。
だが、これは始まりに過ぎない。
毒華の背中が遠ざかるのを見ながら、私は決意する。
「次はもっと、データでアイツを倒す!」




