配達された未来
第一章:元気印の通知日
2048年、結婚出産義務法はより厳格に強化され、性交義務の履行期限が設定された。
期日を過ぎれば、本人の意思に関係なく、生殖医療センターによる措置が発動される。
LOVEYOUの**元気印担当・夏芽(なつめ/22歳)**にもその通達は届いた。
> 【通知】あなたの割当配偶者は「高梨 宗一」
職業:日本郵便 社会連携事務員(所属芸能事務所専属窓口)
「え、あの人!? いつも無言でハンコ押してる地味な郵便局員……?」
アイドルに囲まれても一切動じず、礼儀正しく、どこかロボットのように振る舞う男。
彼がまさか、自分の“義務の相手”になるなんて。
---
第二章:無言の同居と、迫る期限
「お世話になります……その、よろしくお願いします」
夏芽は最初、明るく振る舞おうとしたが、宗一は必要以上に距離を取った。
「……性交は、未実施のままです。記録に基づき、期限はあと19日」
「あ、はい……」
笑顔で距離を詰めても、彼はほとんど笑わない。
気まずい空気のまま日々は過ぎ、期限は迫る。
> 【警告】性交履行期限:残り3日
未履行時は生殖医療措置が強制適用されます。
「宗一さん……あたし、“ちゃんと好きになってから”がよくて……。でも、怖くて踏み出せないの……」
彼は静かに目を伏せた。
「わかります。でも……私も、誰かを傷つけるような関係にはなりたくないんです」
---
第三章:強制措置の日
期限を過ぎた翌朝。
玄関のチャイムが鳴り、白衣の女性たちが現れた。
> 「高梨宗一・夏芽 両名。性交義務履行未遂のため、生殖医療措置を実施します」
「夏芽さんには麻酔と採卵、宗一さんには精子採取の処置を行います」
夏芽は震えながら叫んだ。
「やだ……そんなの、心がない……っ!!」
だが処置は止められなかった。
冷たいライトの下で、何の感情も通わぬまま“命”が操作されていく。
その夜、帰宅したふたりは言葉を交わせなかった。
---
第四章:命が宿っても、心が置いてけぼり
妊娠が判明しても、夏芽の心は重たかった。
「元気印」で通ってきた自分が、こんなにも“生きていない”と感じることに戸惑っていた。
そんなある日、宗一がぽつりと言った。
「……実は、あなたが笑うのを見るのが好きでした。ずっと。郵便を届けるたびに、救われてました」
「なんでそんなこと……今さら言うの……」
「好きでした。でも、制度の中でそれを言うのが、どこか“罪”に思えて……」
夏芽は初めて、宗一の“人間らしさ”に触れた気がした。
---
第五章:義務として、愛として
国からは第二子出産の義務が届く。
> 【通知】第一子妊娠を確認。第二子の履行期限:生後11ヶ月まで。
今度も、ただの“処置”で済ませるのか――
「もう、あたし、イヤなの。ちゃんと自分で決めたい。好きな人と、好きだって思って、抱かれたいの」
そう泣く夏芽に、宗一は初めて自分から手を差し出した。
「……じゃあ、今度は、俺から“お願い”してもいいですか。あなたと……家族になりたい」
制度で交わることしか許されなかったふたりが、初めて心でつながった夜だった。
---
最終章:届いた手紙
第二子を無事出産し、義務を終えた夏芽のもとに、ある日届いた封筒。
中には、宗一が書いた私信。
> 『最初の処置の日、君が泣いているのを見て、無力さが悔しかった。
でも今、君と生まれた命と笑い合えている。制度じゃなく、自分で選んで君といたい。これからも、届けさせてほしい。毎日、君のそばに』
読みながら、夏芽は小さくつぶやいた。
「……届けてくれたんだね、ちゃんと、心も」
アイドルだった彼女は今、母であり、パートナーであり、
もう“制度の被害者”ではなく、“選び直した人生の主役”だった。
---
―完―