序章
この小説は、以前投稿していた「妖怪度 安堂翼の幽霊退治」を再編成したものです。
眠れない。
遅くまでスマホやテレビをみていたわけではないのに、なぜか頭が冴えている。
今、何時だろうか。俺はベッドの上に起き上がり、向かいの壁に掛かっている時計を見た。
午前二時、日付はもう変わっていた。卯月二十一日午前二時三分……
「今日は学級討議か。……なにについて話し合うんだっけな〜」
呑気にそんなことを呟いてみたが、これだけで緊張が緩和されることはなかった。
「……午前二時」
どこでこんなことを知ったのかまでは憶えていないが、午前二時〇分から三十分までは、「丑三つ時」と言って、幽霊が出やすい時間帯らしい。
幽霊の存在は信じていないつもりだが、それでも怖いものは怖い。自分で思っているよりも、案外脳は単純である。俺はすぐに頭から布団をかぶった。
外の雨音が、いたずらに大きな音を立て、部屋に響いている。
しばらくこの状態が続き、やっと眠りにつきそうになったその時、部屋のどこかから大きな物音がした。勿論、自分以外誰もいない部屋で。……え? まさかな……
息をひそめ、恐る恐る布団の隙間から部屋中を見てみるが、誰もいない。よく見ると、教科書が一冊、棚から落ちていた。
なんだ、教科書が落ちただけかと思ったその時、俺の目はあるものを捉えた。
まるで、暗闇に目が慣れてきた時のようにじわじわと、それは少しずつ実体となって俺の目に映しだされた。
噓でしょ……
俺の目の前に、セーラー服の制服を身にまとった少女が現れた。教科書を拾い上げた手は、驚くほど白く、透けているように見えた。
あり得ない。いや、あってほしくない。これはきっと夢だ。そうであってほしい。
心臓の鼓動が早くなる中、目を擦ってからもう一度辺りを見ると、誰もいなくなっていた。やっぱり気のせいだったのか、とホッとしたのも束の間、いきなり目の前に顔が現れた。俺は自分でもビックリする速さで飛び起きた。
「キャ!?」
「うわぁっ!? ……イテ」
驚いた反動で投げてきた教科書が俺の頭に直撃した。よりによって分厚い国語の教科書を……
「……ご、ごめん。大丈夫?」
まだ痛みの残る頭をおさえている俺に、少女は話しかけてきた。
「ごめん。まさかそこまで驚くとは思わなくて……」
斯くして、俺は人生を大きく変える出会いを果たした。
「ゆ、幽霊……なの?」
しばらく沈黙ののち、出てきた言葉はこの一言だった。
「そうじゃないわけ無いじゃん。だって私のこと、透けて見えるでしょ?」
茫然としながら落ち着きを取り戻そうとする。何とかこの場を理解しようとするが、中々上手くいかない。
「てか、何で俺の部屋に?」
とりあえず、一番聞きたい質問を投げてみた。
「そりゃ、あなたに用があるからでしょ」
……「あなたに用があるから」って、そんなこと言われても俺はこの人……いや幽霊に頼まれるような関わりは憶えにない。
「……なにその、用って」
思考が追いつくのをいつまでも待っていても先に進まないため、あまり深く考えずに質問することにした。
「分からない? まあ、そうだよね」
……むしろ分かるほうが怖いわ。
「あなたに、幽霊退治をしてほしいの」
幽霊は満面の笑みでそう言った。
言葉の意味を理解するのに数秒かかった。なるほど、とても非現実的な内容だ。
「え? ユウレイタイジ? ん? どういうこと???」
「そのままの意味。幽霊の退治に協力してほしいの」
「……え、えぇ!? なんで俺が!?」
俺は座った状態のまま驚きで後退したが、その勢いで少し頭をぶつけた。
「お願い! あなたしかいないの」
「だからなんで俺が!」
俺は何度も理由を聞こうとするが、そんな俺の声は届かず、何度も「お願い」と言ってくる。
「そうか! これは夢だ。早く目を覚ませ!」
「なに馬鹿なこと言ってるの」
呆れた目で見てくる。そんな目で見られても、信じられないことは信じられない。
「だから理由を教えてって」
「そのうち教えるから、とりあえず協力して!」
「それじゃあ、説得力無いって! そんな得体のしれないものを退治して、なんか良いことあるの!?」
「幽霊は、ほとんど人型だからそんな怖くないわよ」
「……そうなの?」
そういえば、幽霊ってどんなものなのか考えたことがなかった(むしろ今まで考えたくもなかった)。という、どうでもいい思考がよぎった。そして忘れていたが、今目の前にいるのは幽霊である。
「そう、だからお願い!」
「全然理由になってない!」
「え、いいの?」
「そんなこと言ってない!」
いったいどんな風の吹きまわしなのだろうか。しかし、どんなに断ってもこの幽霊は諦めないだろうということは、よく分かった。多分これ以上否定しても、体力と時間の無駄だろう。俺の徹夜の脳はそう判断した。
つまりは限界がきた。
「……わかったよ。やれば良いんでしょ」
「本当? ありがとう!」
女幽霊は飛び跳ねて喜んだ。ジャンプした後に「あっ」、と突如思い出したかのようにこっちに向き直り、
「名前言ってなかった。私はえっと……葉本愛衣、よろしく! あなたは?」
と言ってきた。
「あ、ああ、俺は安堂翼」
俺も急かされるように名を名乗った。
「翼くんね。私のことは愛衣でいいからね」
そう言うと、愛衣は手を前に出して俺の手を握った。……手を握った。
「え、幽霊って触れるの?」
「今更? 触ろうとすれば何でも触れるよ。勿論、透けることもできるけど。だから窓を開けて入ってきたのよ。窓くらい寝る時は鍵を掛けた方がいいと思うよ。まだそんな暑いわけじゃないし」
そう言われて窓のほうを見ると、確かに窓が開いていた。なぜ今まで気付かなかったのだろう。
「ちなみに、他に何かできるの?」
もうどうせ長い付き合いになりそうだから、聞けるものは聞いておこう。
「う~ん、私は一応軽く風貌を変化させられるんだけど……」
「『私は』、てことは全員じゃないの?」
「うん。幽霊によって妖怪度が違うからね」
「ヨウカイドってことは水に溶けるの?」※溶解度
「そんなわけないでしょ! 私は水に溶けないわよ!」
「冗談だよ。で、そのヨウカイドって何?」
「妖怪度は、その幽霊が持っているいわゆる妖力みたいなもので、例えば物を浮かせたり、人に取り憑いたりする能力のこと」
「へえ~」
つまり、妖怪度とは、それぞれの幽霊が持っている特殊能力のことだと、その後分かりやすく教えてくれた。
「てことでよろしく!」
まあ、普通に生きてたら経験ことだし、やってみるか。と、少しはプラスに考えたほうが良いだろう。……って、
「もう朝じゃん!」
時計を見ると、午前五時三十六分。いつの間にか雨は止み、薄橙色の空に、太陽が宝石のように美しく輝き、一日の始まりを告げていた。
どうも、著者の神原夏吉です。
今年こそは、小説をサボらずに投稿できるように頑張ります。
読者のみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。