第四話 赤面の小悪魔
「ルンルン〜♪ ルンルン〜♪」
今日は待ちに待ったお買い物!
私は上機嫌でスキップしながら、商店街を歩いていた。
「元気いっぱいですね、アイリス様」
「もちろん! 買い物って、心が弾むのよ!」
そんなとき、目に飛び込んできたのは――
「あっ、あれって……服屋さん!?」
「はい。気になっていたお店ですね」
「やった〜! 行ってみよう!」
ワクワクしながらお店に入ると、ドレス、ワンピース、小物にシューズ……まるで夢のような空間が広がっていた。
「すご〜い……これ、全部売り物!?」
「ええ。どれでもお選びください。もちろん、アイリス様に似合うものを」
「似合うかな……私に……」
「――これはいかがです?」
ヘンリルが差し出したのは、ピンク色のフリルとレースたっぷりのドレス。お姫様みたいな一着だった。
「か、可愛い……!」
「試着室はこちらです。どうぞ」
「えっ、でも……こんなの、私が着たら浮いちゃうよ……」
「大丈夫です。きっとお似合いになりますよ」
背中を押され、渋々試着室へ。
(うぅ、似合ってなかったらどうしよう……)
恐る恐る着替え、カーテンを開けた。
シャッ。
「ど、どう……?」
顔を伏せる私の前で、ヘンリルの目がきらりと光る。
「とてもお似合いですよ。まるで童話のお姫様のようです」
「ほんと……?」
「うわぁ、可愛い〜!」
通りがかりのお客さんまで拍手してくれて、ちょっと恥ずかしいけど――嬉しい!
「じゃ、次も着てみようかな!」
そこから私は、次々と試着ラッシュ!
黒のロングドレスに、淡いブルーのワンピース、花柄、チュチュ付き、マーメイド風……気づけばお店の人もお客さんも大盛り上がり。
「可愛い〜!」
「まるでモデルさん!」
(なんなのこの世界……最高か!?)
そんなとき――
ガチャッ。
「やあ、こんにちは。アイリス女王」
「え、ええっ!? レ、レイス様〜!?」
店の入り口には、完璧な笑みを浮かべたレイス様と、執事たちの姿が。
「噂を聞きつけて、来てしまいました」
にっこり微笑むレイス様。
「よければ、僕もご一緒していいですか?」
「も、もちろんですっ!」
(ひゃ〜〜っ! イケメンと買い物だなんて人生初! しかも相手が国宝級のレイス様なんて、私、前世でどんな徳を積んだの!?)
その裏で、少し離れた場所にいるヘンリルは、ほんのり苦笑い。
「――あの、レイス様。もしよければ、私に似合う服を選んでいただけませんか?」
ドキドキが止まらない。異性と服選ぶなんて初めてで、どうすればいいかわからない!
「喜んで。では、こちらなどどうでしょう?」
そう言って差し出されたのは、水色のふわふわとしたドレス。乙女心をくすぐる、可愛らしい一着だった。
「わぁ……ありがとうございます!」
私はドレスを受け取り、試着室へ。
その様子を見届けながら、ヘンリルがぽつりと話しかけた。
「……どういう風の吹き回しですか? レイス様」
「さぁ、何のことかな?」
「とぼけないでください。今日の予定、知っているのは限られた人間だけのはずです」
「偶然って、不思議だよねぇ。ヘンリル君」
と、どこまでも涼しい顔のレイス様。
シャッ。
カーテンを開けて、私は顔を覗かせた。
「あの、どうですか……?」
レイス様は優しく微笑んで、うなずいた。
「とてもお似合いですよ、アイリス女王」
「えへ……ありがとうございます。私も、このドレス、気に入っちゃいました!」
「もう時間ですし、お昼はどうでしょうか?アイリス様」
「あれ、もうそんな時間に!」
「でしたら僕もご一緒させてもらっていいですか?」
「はい、もちろん」
アイリスはそう笑ってお昼ご飯を食べに行った。
※※※
「ここ、前から気になってたんですよね」
「そうなんですか。それは光栄です」
アイリスとレイスは、街で一番有名なレストランに来ていた。
「お待たせしました。こちら、パスタとスープです」
「あ、ありがとうございます」
「どうも」
「レイス様、それだけでいいんですか? スープだけだと、ちょっと寂しいような……」
「いえ、僕は少食なんですよ」
ふわりと微笑むレイス。
二人が食事を始める中、執事たちは立ったままだった。
「ヘンリルたちも座ったら? 立ってるの、疲れちゃうでしょ」
「いえ、私は執事ですから」
「私もです」
「僕も〜。ルイスが立ってるなら、立つ〜」
三人揃って、キッパリ拒否。
そんな中、レイスがふとニヤリと笑った。
「アイリス女王、このスープ、とっても美味しいですよ。よければ……ひと口どうです?」
「えっ、いいんですか? じゃあ……」
アイリスがスプーンを手に取ろうとしたその瞬間、レイスがその手をそっと止めた。
「僕が……食べさせてあげます」
「な、なに!?」
レイスは自分のスプーンでスープをすくい、アイリスの口元へそっと運ぶ。だが――
「ストップ。お二人とも、食事中のマナーというものをですね……」
割って入ったのは、真顔のヘンリル。レイスの手をピタリと止めた。
「ですが、ヘンリルさん。デッサイル王国では――そういうマナー、ないんですよ?」
にこりと笑うレイス。挑発的なその笑みが、どこか楽しげ。
「……くっ、たしかに」
悔しそうにヘンリルは手を引いた。
「それでは――女王様、あ〜ん」
「いただきます」
アイリスはパクリとスープを一口。
「ん〜、美味しい! やっぱりこのお店、最高ですね」
「ふふ、ですね」
よし、こうなったら私だってせめてやる!
「レイス様も、私のパスタ……食べます?」
アイリスはフォークでパスタをくるくる巻きながら、無邪気に微笑んだ。
彼女の表情には、まったく下心も駆け引きもなくて、ただただ純粋な“分けてあげたい”という気持ちだけがある。
それが逆に、レイスの心臓には強烈だった。
「い、いや、僕は……っ、自分のがありますから、大丈夫ですよ」
思わず言葉を濁しながら、レイスはやんわりと断ろうとする。
だが、アイリスはまったく気にする素振りもなく、にこにことフォークを差し出してきた。
「いいですよ〜、はい、あ〜ん♪」
「っ……!?」
店内、しかも人目のあるレストランでの“あ〜ん”攻撃。
しかも、それをやってくるのが、王女であるアイリス本人。
レイスの耳が、じわじわと赤くなっていく。
「アイリス様……ここは、公共の場ですし……その、周りの目も……」
「え? 別にいいじゃないですか。レイス様がしてくれたみたいに、私もしたいだけですよ?」
ニコッと笑うアイリスの顔が、まぶしすぎた。
……これはダメだ。
完全にペースを握られている。しかも、本人はそれにまったく気づいていない。
「はい、あ〜ん。ね? 大丈夫ですよ、誰も気にしてませんから!」
「う……うう……」
レイスはついに、観念した。
「……あ、あ〜ん……」
フォークをくわえるその瞬間、彼の顔はみるみる赤く染まっていった。
普段はどんな場面でも冷静な彼が、今はただの“恥ずかしがり屋の美形男子”。
アイリスは、無邪気に聞いてくる。
「どうでした? 美味しいですか?」
「…………はい。味は……美味しいです。けど……」
俯き気味のレイスが、小さな声でつぶやく。
「……なんで僕が、こんなことで……こんなに、ドキドキしてるんだ……」
顔を覆いたくなるような羞恥心に、レイスは自分でも信じられないほど動揺していた。
「え? なにか言いました?」
「い、いえっ、なんでもありません!!」
バッと背筋を伸ばしてごまかすレイス。だが、耳の先まで真っ赤なのは隠しようがない。
その様子に、アイリスは首を傾げながら――
「レイス様、顔真っ赤ですよ?」
「なっ……!? ち、違いますよ!?これはその……スープが熱かっただけです!!」
あれ……おかしいな。
オレは“史上最強の美悪魔”、見た者すべてが惚れ込む――そんな存在のはずだ。
なのに……なんで、オレの顔はこんなに熱いのだ?アレ
「完全にしてやられた」
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